2011年01月21日

さらば、底辺託児所

金が貰える保育の仕事を毎日することになったので、このたび正式に底辺託児所を去ることになった。

金銭的余裕があったなら、一生ボランティアしたかもしれないが、まあ人生とはリアルなものであるから、そういうわけにもいかない。

 

マイ・ラヴリー・リトル・レイシストのジェイク、

戦慄のゴシック児レオ、

凶暴児リアーナ、

I’ll miss you”の一言でわたしの心を蹴破ったアリス、

失禁と脱糞に苦労させられた元被虐待児のムスタファ、

わたしを見ると、顔が滑稽なせいかいつも笑ってくれたダウン症のミテキシー、

わたしが託児所に来ないと、託児所に置いてあるわたしのレインコートの袖を握り締めて歯ぎしりしていたという自閉症のジャズミン。

 

このような子供たちと関われるのは、底辺託児所しかなかっただろう。

 

最後に底辺託児所で働いた日、

「子供は大きくなると、大人になって、仕事をしてお金をもらうようになる人もいるし、仕事をしないことを選ぶ大人もいます。それは各人が自分で決めることです」

とアニー(レノックス似の託児所責任者)が子供たちに言った。

こんなことを幼児に言って聞かせる保育者がいるのは、底辺託児所以外にはないはずだ。

 

保守党政権は、「生活保護受給者」の絶対数を減らそうとしている。

肉体的に働く能力があるのに、嘘をぶっこいたり、だらだら怠けたりして政府から各種補助金をだましとって生きている人々を締めつけ、社会復帰させようとしている。

その政策実行のリーダーになっているのが、日本人の曾祖母を持つ元保守党党首イアン・ダンカン・スミスだ。真面目で勤勉な性格のDNAを持つ人が、保守的な人々から激烈に愛される政策を実行しているのだから、その勢いというものは想像できるだろう。

 

しかし。

わたしという人間は45歳になっても全然世の中のことがわかっていないバカたれなのでいまだに学ぶことが多く、底辺生活者サポート施設に出入りするようになってわかったというか、考えるようになったことがあるのだ。

 

それは、生活保護受給者や長期失業保険受給者についてとやかく言う納税者たちは、「じゃあお前も生活保護で暮らしてみろよ」と言われたら、絶対に自分はそうはしないということだ。

なぜなら、彼ら(わたしら)にはそこまで堕ちてはいけないという自覚があるからで、「アンダークラスの人間」と世間に見なされたくないという自衛心やプライドがあるからだ。

また、国家社会はそれぞれの人間が平等に(税金という名の)責任を負い、イコールな存在として生きて行ったほうがフェア&クールだ。という個人的信念もあるだろう。

 

ならば、それは各人が自分の尺度で「美しい」又は「クール」と決めた立ち位置や方向性である。その立ち位置や方向性を選ばない人々が、自分とは違う考え方をしているからと言って、又は自分が納めている税金を還元してもらって怠けているからと言って、「お前の人生は間違っている」とか「こうして生きろ」とか言って他人を弾圧する資格は誰にもない。

 

幸か不幸か(冷静に考えると不幸の割合のほうが大きいが)、わたしはカトリックという宗教の洗礼を受けた。

以来、まったくそれらしい生き方はしとらんし、戒律に背いて大罪を犯しちまった身なので、ミサに行ったってクライマックスの儀式なんかには参加できない人間なのだが、それでも、この人の「美しい」又は「クール」の基準は信用できると思うだけにいまだに捨てられない男にジーザス・クライストという人がいて、この人はむかし、淫らな娼婦を石打ちの刑に処そうとしていた人々に対し、「自分は自分の人生において何の罪も犯しとらんとマジで思う奴がおったら、この女に石ば投げてんやい」と言ったことで有名である。

 

わたしにとって、底辺託児所での日々はその言葉を体験したようなものだった。

 

底辺託児所シリーズを始めて、何回か書いた言葉に「その先にあるもの」というのがある。

あんたたちは駄目なのよ、駄目なのよ、駄目なのよ。の、その先にあるもの。だ。

 

うちの連合いが癌の治療でひいひい言いながらダンプに乗って働いている時に、昼間っから底辺生活者サポート施設にたむろって暗がりで乳繰り合ったり妙な臭いの巻煙草を吸ったりしている健康な生活保護受給者たちを見るにつけ、わたしはそのことを考えていた。

 

あんたたちは人間の屑なのよ、カスなのよ。と、私は思うのよ。の、その先にあるもの。

 

「それは各人が自分で決めることです」

がアニー(レノックス似の託児所責任者)の口癖だった。

その言葉を自分の立ち位置にしている彼女は、無色透明の静まり返った水のようだ。

来る者は拒まず、去る者は一切追わない。それは各人が自分で決めることだからだ。

「では、また」

といつものように挨拶して、いつものように託児所を出て来た。

Good luck」だの「Keep in touch」だのといった、嘘臭い別れの言葉だの抱擁だのは全くなかった。

あまりにもあっさりとしていて、底辺託児所での2年9か月ですら本当にあったことだろうかと思えてくる。

 

実際、ジェイクもレオもリアーナもアリスもムスタファもとっくの昔にいなくなった。

最後の日に相手をした子供たちは、みんなわたしのよく知らない、新しい子たちだった。

新しい問題を抱え、新しい脆弱さや凶暴性を露呈する、新しい子供たち。

彼らはこの施設に来て、いなくなる。

そしてわたしも去る。

 

ここからわたしが持って行くものとは何だろうと考える。

それはきっと「その先にあるもの」と「それは各人が自分で決めることです」だろう。

そしてこの二つはおそらく密接にリンクしている。

 

ブライトンの冬空はなぜか晴れていた。

わたし自身の、この先にあるものは何なんだろうなあ。

などとしょうもないことを考えながら底辺生活者サポート施設の玄関を出て坂を下りていると、グリーンがかった黄土色のDOG POOをいきなりべっちゃり踏んでいた。

SHIT。とはこのことである。

 

人生は見事にどこまでも一片のクソ。

 

いやいやいや、これは、すべて実話だ。

例えそう思わない人がいたとしても。

 

さらば、底辺託児所。

  

Posted by mikako0607jp at 09:57TrackBack(0)