2011年08月20日

さらに小出しにしてみる愛着理論

明けない夜はない。それは残酷な現実だ。どんなに闇の中に隠れていたいと願っても、いろんなものが見える朝が必ずやってくる。
 朝が来ると、街が動き出す。まともに仕事をしている人の少ない地区だから、目的に向かって急いで移動している人はいないが、それでもだらだらと人が舗道を歩き始める。
 この街に住まなければこんなことにはならなかったのかと思うことがある。朱に交われば赤くなると言うが、理沙が使う言葉やルードな態度は、すべてこの街の人たちのものだった。
 よく考えれば、私もこの街に麻痺していたかもしれない。ここには働かずに生活している人が多過ぎたのだ。
「シングルマザーでしょ。働くより、生活保護のほうがたくさんお金もらえるよ」という知恵をいろんな人につけられて、悠長に暮らしていたのかもしれない。日本だったら、何でもいいから仕事を見つけて働いていたに違いないのに。「将来の税金の払い手を女一人で育ててるんだから、国から食べさせてもらうのは当然」と言うシングルマザーの考えに私も知らないうちに同調していたのだ。
 けれども、冷静に考えてみれば、マックス母子がそろって生活保護受給者だったように、この街で育つ子供たちが将来税金の払い手になる確率はあまり高くない。親子三代そろって生活保護で暮らしている家庭だって珍しくない。
 だが、理沙は賢い子供だから大学にでも行けるだろうし、法的なステューデントローン制度のあるこの国なら、親に資金がなくとも大学に行くことができる。
 この貧民街を出て行けるように力をつけてあげたかったのだ。
 だから、厳しくしたのは事実だった。近所の子供たちと同じ目線で物事を見てはいけないと教えてきたし、彼らと一緒に遊び呆けていてはいけないと言ってきた。
 が、成長するに従って理沙の言葉づかいや目つきが変化し始めた。
 誰もが「この子はこんなところにいる子じゃない」と言った自慢の娘が、十代で子供を産んで生活保護をもらうようになる少女たちと同じような英語を喋るようになり、同じような服を着たがり始めた。
 ヒステリックになったことがなかったと言えば嘘になる。
 近所に住む理沙の友人の家に彼女を迎えに行った時もそうだった。
 玄関のドアを開けると、ジャージ姿の太った両親がどっかりとソファに座り、妙な臭いのする巻き煙草を回し吸いながら、テレビでソープオペラを見ていた。テーブルの上にはポテトチップスの袋やチョコレートの箱にビールの缶。いつからそこにあるのかベイクドビーンズの食べ残しが白っぽい緑色に変色した汚らしい皿や、蓋の開いたコンドームの箱もあった。
 カーペットの上にあぐらをかいた理沙の友人がビールの缶を開けていた時には思わず声が出た。
「あなた、それ、飲んじゃだめでしょ」
何言ってんの、このばばあ?とでも言いたげな目線で理沙の友人は私を見ていた。
 十歳の子供である。
 彼女の両親は何の反応もせず、どんよりした目つきでテレビを見ている。
「帰りましょ、理沙。早く、家に帰るのよ!」
と理沙の腕を掴むと、理沙の友人がぐいっとビールを飲んだ。
 きゃらきゃらとおかしげに理沙は笑う。理沙の友人はいたずらっぽい表情でちらっと私を見てから、理沙にビールの缶を渡した。理沙はそれを受け取り、口をつけようとする。
「あなた、何してるの! さっさと立ちなさい! 帰るわよ」
私は理沙の手からビールの缶をむしり取り、それこそ引き摺るようにして家に連れて帰った。
 あんな家に理沙が出入りしていると思うと手先が冷たくなった。
「いったいどういうつもりなの? ダディのお酒のせいで、どれだけ私たちが苦労したか知ってるじゃないの! あの妙な巻煙草まで吸ってるんじゃないでしょうね! 吸ったの? 吸ったことあるの?」
私が前後の見境いなくキレたのはあれが初めてのことだった。
「吸ったよ。いい感じだった。ファッキン・ブリリアント」
こちらの反応を楽しんでいるかのように笑っている理沙を見ると、頭の中で怒りが逆流してつい手が出ていた。
「何笑ってるの! 全然おかしくないでしょ! へらへら笑うのはやめなさい! まじめにお母さんの話を聞きなさいっ!」
私は理沙を叩き続けた。
 理沙は頭を押さえて貝のようにじっと蹲っている。
 その小ささにはっとして、私は我に返った。
 こんなことで叱られているにしては、アンバランスなほど彼女は小さいのである。
 アンダークラスと呼ばれる家庭の子供たちが、二桁にもならない年齢から飲酒したり麻薬を経験したりしているというのは新聞やテレビのニュースで見聞きしていた。だけどそれはあくまでも英国人家庭の話で、うちは別だと思っていた。
 真っ青な顔で固まっていた理沙は、燃えるような目で私を睨みつけて自分の部屋に走って行った。私から叱られたり、叩かれたりすると必ず卑語まじりの悪態でやり返してきた理沙が、無言で自室に閉じこもったのはあれが初めてのことだった。
 「ごめんなさい」と謝ろうと思って、理沙の部屋のドアの前に立った。でも、今謝れば、理沙があんな家庭に出入りしたり、この街の人のように振る舞うことを許したことになる。
「あなたには、心から娘さんに謝ろうとする気持ちが今でもないように思えます」
とソーシャルワーカーは言った。
「母親の、心からのソーリーを彼女は必要としています」
けれども、あの時を除いたら、私はカッとなったり、キレたりして子供に手をあげたことは一度もないのだ。これは本当にいけないことで、すると大変なことになるんだとわからせたくて叩いていたのだから。社会に出れば、悪いことをする人間は警察に捕まるし、刑務所に送られる。「罰」を教わらずに育った子供が、大人になってからいきなり「罰」を知るようではもう遅い。だからこの国は囚人の数が多過ぎて刑務所のベッドの数が足りないというような状況になるのだ。そしてそれら囚人の多くが、この街のような貧民区の出身者なのである。
 ああ。私はこの国の貧困と闘っていた。
 この国の貧困についてくる様々の病癖に子供を染めないよう、たった一人で闘っていたのだ。
 「子供を大学に行かせたかった」とか「きちんとした仕事について欲しかった」とかいう私の発言はすべて「アンリアリスティックな母親の願望だ」と心理鑑定書に書かれた。
 なぜそれが「アンリアリスティック」だったのか。
 それは、私たち親子が貧民街の人間だったからだ。ミドルクラスの母親がそう言ったのなら、「非現実的なことを言うキチガイ」と心理分析する人は一人もいないだろう。
 階級。というものがこんなに明らかに存在するとは、こんなことになるまで私は知らなかった。いつまでも観光者気分で、ぼんやりしていたのだ。
 この国では外国人だからといって、階級の枠の外で傍観していることは許されない。「私は日本人だから階級の外」というような根拠のない理由を信じ込み、まるでテレビのニュースでも見るような感覚で社会を傍観しているといつか自分も足元をすくわれる。
 だけどそんなことは誰も教えてくれなかった。日本で読んだ本もイギリスに関するテレビ番組も、そんなことは教えてくれなかった。
 私は知らなかったのだ。
 知らなかったという愚かさは罪なのか?
 神も仏もいないこの街で、問う相手などどこにもいないけれど。

 

  

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2011年08月17日

暴動の後で小出しにしてみる「愛着理論」

第四章 独奏

 母親失格

 「あなた、日本の方ですか? ああやっぱり・・・。そういう風に人前で子供を叱るのはやめたほうがいいですよ。この国では、子供は叱っちゃいけないから。駄目、とか、ノー、とか言っちゃ駄目みたい。叩くなんてもってのほか。子供から蹴られても叩かれても我慢しないと、親が手をあげるとポリスが来ちゃう。実際、私なんかそれで子供を取られちゃいました。躾は虐待だって言われて。勉強しなさいっていうのも駄目。勉強しないときちんとした仕事につけませんよ、と言うのも駄目。成功を強いることで子供を精神的に虐待する親、職業で人間を差別する親だって、鑑定書に書かれてました。子供は二人いますよ。で、どっちも取られました。信じられないですか? そういうことをする国なんですよ、ここは。
 どうも、そういう政策みたいなんですよね。役所が取りあげなきゃいけない子供の数のノルマがあるみたいで。トニー・ブレアが首相でまだ人気あった頃に、子供が親に虐待されて死んだりするニュースが続いたので、福祉は何やってるんだ、政府は何やってるんだ、ってマスコミに叩かれて、政府が地方自治体にノルマを課したそうです。ええ、住民から取りあげる子供の数のノルマ。たくさん取りあげてると、仕事しているように見えるからじゃないですか。で、ノルマを達成すると、地方自治体が政府からボーナスもらえるそうで。いや、本当のことですよ。ちゃんとニュース記事とかにもなってるし。私の回りには政治のことに詳しい人たちがいて、調べてくれたんですけど。だから今世紀に入って、福祉が取りあげる子供の数が以前の二倍以上になったそうで、特に外国人家庭の子供が多いそうです。外国人なら家族もいないし、孤独で弱いから。生活保護受給者や、シングルマザーの外国人は特にそう。旦那さん、ちゃんと仕事してらっしゃる? じゃあ大丈夫だと思うけど。
 でも、外国人が人前で子供を叱るのは危険だと覚えておいてくださいね。特に日本人は、泣かせてでも子供を躾けようとしますからね。それって虐待に見えるみたい。こっちの人は躾なんてしないもの。子供が立って物を食べてても、女の子がだらしない恰好して下着を見せながら歩いてても、お構いなしでしょ。そういう子が十代になると、万引きしたり、妊娠したりするようになるんです。ブロークン・ブリテンなんていうのも、親が子供の躾をしてないのが原因でしょう。人権、人権って、腫れものに触るみたいにして何でも本人たちがしたいようにさせて、そんな教育じゃモンスターみたいな子供しかできないのは当たり前。
 もの凄いルードでしょ。この国の十代の子供たち。子供の頃から他人をリスペクトすることを学んでないから。例えば、私は託児所で働いてことがあるんだけど、誰かのお誕生日にみんなでテーブルに座ってケーキを食べたりする時だって「座りたくない子は参加させなくていい」っていうんです。無理矢理全員座らせて一緒に何かをさせようっていうのは、子供の人権侵害だそうです。日本なら、例えそれが仲のいいお友達じゃなくとも、もっと玩具で遊びたかったとしても、それでも他人のお祝い事は尊重するのが人間としての礼儀ですよ、だから我慢して座りましょうね、って幼いうちから教え込むんだけど、この国はそうじゃない。
 で、私の上司がいつも言っていたのは、そんな時に自分勝手に遊んでいる子のそばに誰かがついて、優しくケアしてあげないといけないってこと。つまり、遊びたい気持ちを押さえて椅子に座っている子たちは放っておいていいから、好き勝手にしている子をケアしろってこと。おかしいでしょ。きまりを守ってる子は放っておいて、他人をリスペクトしない子に優しくしろなんて。普通は逆でしょ。ご褒美がもらえるのは我慢している子たちじゃなきゃいけない。これでは子供たちに間違ったメッセージが伝わります。何か大変なことをして世間を騒がせれば注目されると思うようになる。ティーンズのヴァンダリズムとか、殺傷事件とか、全部そう。教育に端を発してる。
 私の長女も、この病に冒されちゃったのかな。虐待されてるって嘘をついて、スターになろうとしたんでしょうね。可愛そうなハーフの娘が鬼みたいな東洋人の母親から虐められるっていう筋書きのヒロインになって、みんなに構われてちやほやされて、小さな世界でのセレブリティになりたかったんだと思う。悪いことでもずるいことでも、例え恥ずかしいことでもして、有名になった者が勝ち、みたいな感じだから、この国は。『ビッグ・ブラザー』とか、あそこまで羞恥心を失くしたものは日本では流行しないでしょう。この国の人たちにはもう『人としてどう生きるか』なんてことは関係ない。
 羞恥心や道徳心は、小さいうちから一貫して教えなければ身に着かないんです。
 そういうことは頭で考えてすることではないでしょう。条件反射的に出る、人間の反応だから。そういう教育や訓練が躾なんだと私は思うんですけど、英語で躾って何ていうか知ってますか?parentingとdisciplineを使い分けるらしいんですけど、ペアレンティングってのは、おムツ変えたり食事を与えたりするケアの部分も入っているからちょっと違うし、ディシプリンってのは規律やルールで縛ってる感じで、どちらも違うんですよね。
 躾って、『身を美しくする』って書きますよね。子供が人として見苦しくならないように、親が教育するのが日本の躾。この国には、それに当て嵌まる言葉がない。ということは、そんなものは存在しないんです。礼儀をわきまえ、人として見苦しくない子供を養育するのが親の義務だと思っていた。と言ったら、この母親はキチガイだって言われました。子供に自分の理想や願望を押しつけるキチガイだって。親にも子にもデューティーなんてものはないんだって。頭のおかしい人間には子供を養育する資格はないって裁判で言い渡されたんですよ。この国にいる限り、私はカウンセリングを受けて正常な母親になれと言われ続けるんです。
 もう日本に帰りたい。
 本当に心から帰りたい。
 でも、子供たちがこの国にいる限り、私は日本には帰れない。
 カウンセリング? 受けてません。ソーシャルサービスも、そのことをいまだに訊いてきますけどね。私、異常じゃないです。英国人とは考え方が違うだけで、狂っているわけじゃない。異質なものと狂っているものは同じじゃないでしょう?
 それに、彼らに洗脳されてまで子供たちを取り戻そうとするというのも、おかしいということに気づきました。
 私はしゃんと背筋を伸ばして、日本人の私としてここにいなければ。
 いつか子供たちが戻って来る時のためにも。
 私がいなくなったら、あの子たちは日本のルーツを失くしてしまう。
 あら、子供さん、バギーの中で寝ちゃいましたね。長々と話し込んじゃってごめんなさい。
 何か困ったことがあったら、ここに電話してみるといいですよ。フライヤーを、どうぞ。エスニック・マイノリティーの女性を助ける慈善団体で、私もここでボランティアしてます。この公園でも、たまにエスニック・ミュージックのコンサートとかやってるんですよ。アフリカや中近東の音楽が楽しめて、たくさんこの街に住む外国人が集まります。
 じゃ、またご縁があったら、どこかでお会いしましょう。
 子供さんは、くれぐれもイギリス人の見てるところでは叱らないようにしてくださいね」

 喋るだけ喋って去って行く白髪のおかっぱ頭の同国人女性の姿を、日本人駐在員の妻はぼんやりと見ていた。
 手渡されたフライヤーには、黒人やアラブ系や東洋系の顔をした女性たちが勇ましく拳を突き上げているイラストが描かれている。
 若い駐在員の妻はくしゃっとフライヤーを丸め、ベンチ脇のゴミ箱に投げ入れた。
 長く海外に居過ぎて、変になっちゃった人かな。と苦笑しながら。


 

  
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2011年08月16日

暴動理論

ロンドン暴動を美化してはいけない。
イギリスでライオットなどというと、すぐ音楽とかそういうカルチャー面を持ち出してスタイリッシュに捉えようとする御仁がいるようだが、今回の暴動は違う。
ガキ共が集団でたむろって盗んで火をつけただけだ。中には盗品を並べて自慢している写真をネット投稿して警察にしょっ引かれたバカたれもいるし、アンダークラスのローティーン暴動参加者などは親から車で送り迎えしてもらっていたという話もある。あのクラスの家庭では、「店を燃やす前に、あんたら母ちゃんにもナイキのスニーカー盗んで来てよ」みたいなフェスティバルなう感が絶対にあったんだろうなあ。というわたしの読みは当たった。
あの世界は、わたしが知っている限り、ラップというより西原理恵子の「ぼくんち」である。

逮捕されている暴動参加者にミドルクラスの子女が目立つし、高価な携帯電話でのみ使用可能なネットワークを使って広がった暴動なので、どうやら貧困層の暴動ではなかったようだ。などという報道もあるが、これもまたストリートの現実からは微妙にずれている。
ミドルクラスの子女が目立って捕まっているのは犯罪慣れしてないからで、どこにCCTVが設置されているとか、それ故どの店のどの付近では顔を上げてはいけないとか、そういうストリート犯罪のいろはが全然わかってないので真っ先に面が割れているだけである。
また、わたしは自らの経験から、貧しい地区のガキ共が往々にして高価な最新モデルの携帯を持っているのを知っている。買えない人間は盗むのだということを、また、貧民街では盗品安価販売の地下ネットワークが充実しており、小ぶりなのでスリ易い携帯電話は常にそのメイン商品であるということを、そういう街で暮らしたことのない報道関係者は知らないのであろう。

とはいえ、英国のメディアが、「常日頃から窃盗などの犯罪を犯していたガキ共が、なぜに上の階級の子供まで巻き込んで巨大な犯罪パフォーマンスをプロデュースする時代になったのか」という原因を真剣に議論し始めたのは良いことだと思う。なぜなら、これは単に警察の数を増やして彼らを抑えつければ済むというシンプルな問題ではないし(無理矢理抑えつけたものは、そのうち回転焼のあんこのように脇から醜くはみ出して来るのだ。なぜなら、黒いあんこは現実にそこに存在するのだから)、保守党政権が暴動後に打ち出した「暴動に参加したアンダークラスの子供たちの家庭は、家族全員を公営住宅から放り出し、生活保護の支給も止める」というマーガレット・サッチャーばりの鋼鉄の方針は、今後この国の街の治安を保つ上で、リアリスティックに考えれば最も危険なものである。

「奴らは単なるアニマルであり、主義主張とか社会システムとか政治とか人種とか階級とか、そういう理由になりそうな事象は一切、今回の暴動とは関係ないようだ」
という見方は、それ自体が議論の脆弱さを露呈しており、要するに、何も関係していないように見えるということは何が関係しているのかよくわからないということで、裏を返せば全てが関係しているかもしれないということだ。

わたしは以前、「この国のアンダークラスと呼ばれる階級のど真ん中で子供を育てる」という壮絶な戦いを経験する日本人女性を主人公にして長編雑文を書いたことがあり、暴動の後、再びそれを読み返したりしていたのだが、その雑文の中で主人公が呟いたり、独白していたようなことを、今になって英国の識者たちが討論番組などで語り始めているのが面白いと思う。

その「愛着理論」という長編雑文は、書き終えた後で読んでみるとあまりにも小さな箱に籠ったべたべたした感情的表現が目立って赤面したので、しばらく寝かせてから醒めたスタンスで書き直したいと思ったわけだが(それ故にネットからも外したのだが。外した理由については、見も知らない人々からいろいろ劇的な憶測もされているようだけれども)、今回の暴動の原因についてメディアで議論されていることは、わたしは全てあの中で書いたような気がする。

そんな気がするのでそういう箇所だけ再公開するかもしれない。

この国の回転焼のあんこは、重厚に、濃密に、黒い。

 

 

 

  
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2011年08月11日

マジでやんなさい!と吠える老婆と前を横切る自転車と

Get it real ! 暴動騒ぎは、これまでわたしがブログで書いてきた内容の延長だ。

あんたたちはアニマルだ。人間の屑だ。と私は思うのよ。の、その先にあるもの。
その先に進むかどうか、その先に何を探すのかは、各人が決めるのだということ。
今回もまた、それに尽きる。

いろいろ感じること、思索することはあるが、
関連報道の中でこころに残ったのは、炎上するハックニーの街で暴れるガキどもに、果敢にも説教をぶちかましていたというアフロカリビアン系の婆さんの映像であった。杖をついた婆さんが仁王立ちして熱い説教をかましている最中に、「ど真ん中をすみませんよ」か何か言いながらそろそろ自転車を押しつつ前を横切って行く一般市民の姿がまたリアルで微笑を誘い、英国の現在を伝える良い映像である。

http://www.youtube.com/watch?v=llhVrB5Ejmk


'This is a f****** reality. Low up the f****** burning the property. Low up burning people's shop that they work hard to start their business. You understand? The shop up there, she's working hard to make her business work and you lot want to burn it up, for what? So that you can say you're 'warring' and you're bad man. This is about a f****** man who got shot in Tottenham, this 'aint about having fun and rioting and busting up the place. Get it real black people, get real. Do it for a cause. If we're fighting for a cause let's fight for a f****** cause. You lot p*** me the f*** off. I'm ashamed to be a Hackney person because we're not all gathering together and fighting for a cause we're running down Foot Locker and thieving shoes. Dirty thief run off or what?’

「これは(ファッキン)リアリティーなんだよ。建物を(ファッキン)燃やすのは止めなさい。人が一生懸命働いて商売を始めた店を燃やすのは止めなさい。わかったかい?そこの店の女主人は商売を成功させるために必死で働いてきたんだよ。だのにあんたたちはそれを燃やそうだなんて、どういう了見なんだ?俺はヤバいんだぜ、俺は悪党なんだぜって人に言えるようにかい。これはトテナムで(ファッキン)撃たれた男のためだろう。ただ面白おかしく暴れて破壊して回るためじゃないんだよ。現実を見なさい、ブラック・ピープル。現実を見ろ!大義のためにやりなさい!理由があって闘うのなら、その(ファッキン)理由のために戦おうじゃないか!あんたたちみたいな輩はアタシを(ファッキン)ムカつかせるんだよ。ハックニーの住人であることを恥ずかしく思うよ。アタシたちは一つになって大義のために戦うどころか、靴屋に押し入って靴を盗んでるだけじゃないか。コソコソ逃げてる汚らしい泥棒じゃないか」

 

ひどい時代は、優れたアンセムを生む時代でもある。

  
Posted by mikako0607jp at 09:18TrackBack(0)