2011年09月20日

リトル・アンセムズ 1. Never Mind The Fu**ers

彼女はバスに乗って家に帰る途中だった。
彼女の外見は中国人か日本人。韓国人かもしれないし、フィリピン人である可能性もある。

何にせよ、一見して極東、またはもっと広い意味でのアジア出身であろうことがはっきり見て取れる外見。その中年女性は、よほど急いでいたらしく、チャーチル・スクウェアのバス停に止まっていたバスに飛び乗り、後部座席へと歩いて移動した。

彼女が着用している赤いポロシャツの胸元には、TEDDY BEAR NURSERYという刺繍が見える。保育施設に勤める移民なのだろう。両手いっぱいにスーパーマーケットや1ポンド・ショップの袋を下げ、よちよちと頼りない足元で後部座席へと進む彼女の足が、つ。と何物かに触れ、転びそうになった。
足を通路まで投げだしてだらしなく腰かけていたスキンヘッド&タトゥーだらけのおっさん2人組の、どちらかの足に蹴躓いてしまったのである。

「ソ、ソーリー」
と彼女はR音とL音が混じり合ったような、英国人にとっては聞き取りづらい不思議な発音でSorryのR音を発音しながら謝った。
スキンヘッド&タトゥー2人組のおっさんの1人が、低い声で呟く。
「ファッキン・チンク」

彼女はまた「ソーリー」と条件反射のように謝ってからバスの後部に移動した。
チンク。
それは彼女が日常的に耳にする言葉であった。
その言葉は中国人に対する蔑称だと、ある日本人は言った。
そうではなく、極東人全体を指す蔑称なんだよと爆笑した中国人もいた。

しかし、彼女にとってそういう詳細はどうでも良かった。
中国人でも、日本人でも、韓国人でも、フィリピン人でも、そんなことはどうでも良いのである。先様の目から見れば、チンクはチンクなのだから。

「ファッキン・チンク」
彼女は特によくこの言葉を浴びせられることがあった。
自転車で道を走っている時に、ぼんやりしていて信号を確認せずに渡ってしまうと、脇から出て来た車の運転手から「ファッキン・チンク」とどやされた。
ぼさっと考え事をしながら商店街を歩いていて、反対側から歩いて来た人の肩に頭がぶつかると「ファッキン・チンク」となじられた。

どちらの場合も、悪いのは自分である。と彼女は理解していた。
自分がしょっちゅうぼんやりしたり、ぼさっとして街中を移動しているから、他人に迷惑をかけてしまい、そのために相手を激昂させて「ファッキン・チンク」と言われるのだ。
そう考えていた彼女にとり、「ファッキン・チンク」はもはや人種差別的表現ではなく、自分がどんくさいために見知らぬ人から叱られている時に言われる言葉に過ぎなかった。
だからその時も、彼女はそそくさとスキンヘッドとタトゥーの2人組のそばから歩き去り、バスの一番後ろのシートに腰かけたのである。

が、その時、唐突にバスの前方からだみたおっさんの声が聞こえて来た。
「誰かが今、俺のバスの中で不快な言葉を吐いただろう。しかも卑語つきで」

彼女が顔を上げると、バスの運転手がおもむろに振り向いてこちら側を見ている。
運転手はガラの悪そうなスキンヘッドの白人の大男であった。
半そでのシャツから覗くモリモリした腕には、色とりどりのタトゥーが施されている。
年齢はおそらく三十代後半から四十代前半。はっきり言ってその運転手の年恰好は、彼女に罵声を浴びせた2人組に良く似ていて、同じ系統の人々であるようにも見える。彼ら3人は仲の良いお友達同士なのですよ、と誰かがもし言ったとしても、彼女は別に驚かなかっただろう。

「誰かがそこの真ん中あたりで、不愉快な雑音を発しただろう」
運転手はそう言いながら、その目は明らかにスキンヘッド二人組のほうを見ていた。
運転手から誰が見てもそれとわかるような明瞭な視線を向けられ、二人組は激昂した。
「なに格好つけてんだよ」
と、背の高い方のスキンヘッドが言う。
「ファッキン・チンクはファッキン・チンクだろうが。ちょっとファッキン金の貰えるファッキン仕事をしてるからと言って、人を見下ろすな」
背の低い小太りのスキンヘッドも、ファッキン、ファッキンとリズミカルに怒鳴っている。

「降りろ」
と運転手は言った。
「卑語や他人を蔑む言葉を使う人間は、俺のバスには乗れない。降りろ」
2人組のスキンヘッドは、いったい自分たちに何が起きているのかわからない、というような表情で当惑していたが、すぐに勢いを盛り返し、運転手に向かって叫び返した。
「格好つけやがって、安月給の運転手のくせに。バス会社のオフィスにクレームつけてやるからな」
「俺らはちゃんとバス代払ってるだろうが。貴様が払い戻ししてくれんのかよ」

しかし、そうしている間にも、二人組の立場が苦しくなっていることは彼女にも見てとれた。
「あんたたちがいつまでもそこでうじゃうじゃやってると、アタシ、バイトに遅れるんだけど」みたいな目線で二人組を睨んでいる赤毛の学生風の女性。
「なんでもいいからとっとと降りてくれ。こちとら早朝から働いて疲れてるんだよ」みたいなディープなため息をつく、暗い目をした郵便配達の制服の男性。など、じっとりと二人組を凝視している乗客がけっこういる。
運転手はきっぱりとした声で言った。
「彼らが降車するまで、当バスは発車しません」
(と書くと、まるで脚本のようにストレートな進行だが、これはリアリティーなので、当然、乗客の中には「あんたさえバスに乗って来なければこんなことにはならなかった」的な目つきで彼女のほうを睨み、大袈裟にため息をついて頭を振ってみせる人などもいたが)

「一介のファッキン運転手に、運賃払って乗車している客に『降りろ』なんて言うファッキン資格があると思ってるのか?」
と二人組の背の高い方が言った。
「ファッキン運転手はファッキン運転手らしく、黙ってファッキン・バスを運転しろ。それがお前の仕事だろうが」
二人組は執拗に駄々をこね続けるが、運転手は彼らの挑発には乗らず、冷静に言った。
「速やかに降車しろ」
乗客らは一斉に二人組のほうを見ている。
二人組は肩を怒らせてポーズをつけながら斜めの角度で立ち上がり、
「最低保証賃金で働く哀れなルーザー」
「ファッキン・カント」
と悪態をつきながら運転手の脇を通り抜け、バスから降りて行った。

真っ昼間からゆったりとバスに乗って、気ままに卑語を連発しているということは、無職の人たちなのかもしれない。
彼らから低賃金で働く哀れなルーザーと呼ばれた運転手は、何事もなかったかのように前方を向き、バスのドアを閉じながら言った。
「発車します」

いったい何だったのだろう。
彼女はひどく動揺していた。
この国に住んで15年になるが、こんなことがあったのは初めてなのだ。
だから、運転手の行動は、彼女にとり、一種の清涼剤とか、わたしのヒーロー。とかいう爽やかなものではなく、ある意味、ひどくショッキングなものですらあった。

多くの人々がバスを乗り降りし、窓の外の風景がゆるやかに街中から郊外へ、裕福な地区から貧しい地区へと移り変わり、二人組のスキンヘッドのことなど誰もが忘れてしまった頃、いつものようにブザーを鳴らし、いつものバス停で彼女は降車した。
降り際に、「Thank you」と彼女は言ったが、それは特にバスの中で起きたことに言及しているのではなく、この街では多くの人々がバスを降りる時に運転手に言う言葉だったので、なんとなく習慣でそう言っただけだった。
運転手も慣れた口調で
「Thanks. Bye」と挨拶文句を言う。

が、唐突に、しかしさり気なく、
「Never mind the idiots」
というだみ声が降車する彼女の背後から聞こえてきた。

そういえばむかし、「Never Mind The Bollocks」というタイトルの、この国のパンクバンドのアルバムがあったよなあ。
と彼女は思った。
あのアルバム、邦題は「勝手にしやがれ」だったと思うが、本当は違うよな。

 

「アホは気にすんな」


よろよろと貧民街の坂を登る彼女の脇を、バスがぶるんぶるんと走り過ぎて行く。
彼女の胸の中に、久しぶりに、本当に久しぶりに、金銀の花火が打ちあがった。

  

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2011年09月06日

愛着理論/いまさら出してみる本当の最終章

第5章 カーテンコール
 
 レイコ

 まだ二月だというのに、春めいた日の光が建物の中を照らしていた。
「ちょっと、その婆さん匂うから、そろそろオムツをチェックしてくれる?」
同僚の英国人に言われて、礼子はマーガレットの車椅子を押して部屋に戻る。
 ベッドにオムツ替え用のシートを敷き、英国人にしては小柄なマーガレットをベッドに横たえる。昔、託児所で仕事をしていた時にも大勢の子供のオムツを替えたものだったが、礼子は大人のオムツ交換にはまだ慣れていない。マーガレットは小柄だからまだいいが、礼子の体の二倍、三倍の重さはありそうな老人のオムツを替える時は本当に苦労する。
 気のいい同僚はすぐ手伝いに来てくれるが、あまり気のよくない同僚は見て見ぬふりをする。そういう人々は、礼子が老人を抱えあげられずに一緒にベッドの上に倒れたりすると、
「どうして助けを呼ばないの?高齢者の安全を第一に考えるのがケアの基本でしょう」
と叱りつける癖に、礼子がはあはあ言いながら老人を抱えあげている間はわざとらしく目を逸らしている。
 以前、底辺生活者を支援する施設でボランティアしていた時は、同僚はみな強烈な個性の持ち主だったが、こちらが困っている時は必ず助けようとしてくれた。とはいえ、それは誰も報酬をもらっていないというユートピアのような例外的場所でのみ成立することかもしれず、給料をもらって働く職場、特に多くの人々が不満を抱えながら最低保証賃金で働いている職場では、英国人は自分たちと同じ仕事をしている外国人が忌々しいのかもしれない。以前は考えもしなかったが、外国人が一番苦労するのは、最下級のアンダークラスではなく、ワーキングクラスの底辺部分なのだ。
 礼子はビニールシートの上にマーガレットの腰を乗せ、糞尿でどろどろになったオムツを開けて、彼女の陰部についた排泄物を丁寧に拭いて行く。保育の仕事をしていた頃は、幼児のオムツ替えも大変だと思ったものだったが、老人のオムツに比べれば、あれは潰れたチョコレートケーキのようなものだった。匂いも、量も、老人のものは強烈で、最初の頃は吐きそうになった。
 しかし、これにもまた、慣れて行くのだ。決して慣れないことなんて世の中にはないのだから。
 オムツを替えたマーガレットをそのままベッドに寝かせようとすると、マーガレットが「散歩に連れて行ってください」と言った。
 しっかりとした口調だ。この老齢の女性は、アルツハイマーを患っているというが、時折、いきなり正常な状態に戻るというか、時折ドキッとするほどまともな口調でまともなことを口走ることがある。オムツを替えている間だって、恥ずかしそうに俯いてパジャマの袖をかんでいたのだ。きっと今、この瞬間のマーガレットは、アルツハイマーを患っていないマーガレットなのだろう。
 「散歩に、お連れしてもいいでしょうか?」
廊下に立っていた上司の女性に訊くと、でっぷりと腹部のたるんだ中年女性は礼子のほうを一瞥し、興味なさそうに目を逸らしながら「OK」と言った。
 ダイニングルームからガラス張りのコンザバトリーに出て、裏庭に続く扉を開けると、外は金色の明るい光に満ちている。黄色い水仙の花があちこちにちんまりと咲いて、まるで一気に春が来たようだ。
「ビューティフル。ですねえ」
礼子はマーガレットに話しかけた。マーガレットは黙って庭の草花を見ている。
「あ、ほら、見てください。あそこに、狐が!」
礼子は思わずそう叫んで、垣根近くの背の低い植林の藪を指差した。
「ベイビー・フォックスだ。小さくて可愛い。見えますか?」
日本の柴犬の顔が一回り大きくなったような感じの、毛並のつやつやした子狐が、好奇心あふれる目つきで藪の前に座り、じっとこちらを見ている。
 礼子が指差す方向をじっと見ていたマーガレットが、ゆるりと小首を傾げ、鈍い空気の漏れ音のような声でつぶやいた。
「私にも、三人赤ん坊がいたはずなんですが、どこに行ったんでしょうかねえ」
ぼやけた目つきで、マーガレットは礼子の顔を見上げている。
「なんとなく子供を育てたような気はするが、あの子たちはどこに行ってしまったのやら、不思議で不思議でねえ」
 マーガレットの家族には一度も会ったことがなかった。クリスマスや母の日には高価なプレゼントや孫たちの写真が送られてくる。平素から定期的に美しい花束やマークス・アンド・スペンサーのバスローブなんかも送られてくるが、マーガレットの子供たちが直接彼女に会いに来たことはなかった。
「六歳までですよ、子供なんて。それからは、育てたっていいことなんて一つもない」
頑なな口調でマーガレットが言った。礼子が百回は耳にしている彼女の口癖だ。彼女の背後から礼子は囁くように言った。
「私には、訳あって一緒に暮らせない娘が二人いますけど、たとえ短い間でも育てられただけで幸福だったのかなと、今はそう思うようにしています」
 マーガレットはぽかんと口を開けて空を見上げ、顔に日の光を浴びていた。徐々に口元が緩んで目の端が垂れ下がり、いかにも気持良さそうな顔になる。日光は、幾つになっても人間を幸福にするのだ。
 子狐はいつの間にか垣根の向こうに消えていた。
 びょうびょうと吹き渡る風が、垣根や木々の梢を揺らしている。
 林檎の木の枝で鳥がぴちゅぴちゅさえずっている。と、その林檎の木の向こう側に、薄茶と墨色が混ざったような色の細い木があり、枝には拳のような形状のピンク色の蕾がいくつかついているのが見えた。
「あれ、桜?」
礼子は思わず日本語で言った。
 丘の上から吹き下ろす突風に揺さぶられ、桃色の桜の蕾が上下に震えている。
 こんなところに桜があったなんて。
 半年近くもこの施設で働きながら、庭に桜の木があったことを知らなかったなんて。
 そんなことを考えてぼんやりしていると、背後から、食堂の方から言い合いをしている職員の声が聞こえてきた。
「ファッキン能なしのファッキンアル中が。お前みたいなファッキン障害者にファッキン説教される筋合いはファッキンねえんだよ」
「誰に向かってファッキン物をファッキン言ってやがるんだ、このファッキン糞野郎! ファッキン新人の分際でファッキン態度がでけえじゃねえか」
この施設の英国人職員には、介護士になりたくてなったわけではない人たちがいる。他に仕事がないから、なり手のない介護をしているのだという。だからなのか、ちょっとしたことで苛立つ人もいて、そういう職員同士が喧嘩を始めると、ブレーキがきかなくなって卑語混じりの泥試合になることもあった。
 マーガレットはお腹がいっぱいになった猫のような表情でゆるゆると顔面に日光を浴びている。
 「ファッキンおまんこ野郎! てめえ、ファッキン酒でもファッキン飲んで来たんじゃねえのか。ファッキン・リハビリ施設に戻りやがれ!」
 礼子は一心に桜の木を見つめていた。
 けれど、あれは日本の桜ではない。と、礼子は思った。祖国の桜は、あんなに派手なピンク色をした、大ぶりの蕾はつけない。
 「大きなファッキンお世話だ、ファッキン浮浪者! てめえ、このファッキン仕事を見つける前はファッキン・ホームレスだったらしいじゃねえか」
 あれは、英国の桜だ。
 英国人が綺麗だと思えるように、英国人が自分たちの美意識で改良し、育てている桜。だけど、あの花の故郷はこのユニオンジャックの国ではない。どんなに違って見えたとしても、あれは日本から来た桜。私の祖国の春を飾る桜と、同じ花。
 「ファッキン殺すぞ、このファッキン障害者! 殴られたいのか? はあ? ファッキン首のファッキン骨をへし折るぞ、このファッキン障害者!」
 礼子の瞳の両端からゆるゆると生温かいものが毀れ落ちた。
 私は、待っている。
 私はいまだに何かを待っている。そんなことが起こるはずのない何かを、今でも待っている。
 
食堂のほうが急に静かになった。施設の責任者か誰かが、喧嘩の仲裁に入ったのだろう。
「また喧嘩だよ。あの連中は、他人に対してだけでなく、自分自身に対してもリスペクトするということを知らないからね」
ガーナ出身の中年女性の同僚がそう言って、別の老人の車椅子を押しながら、礼子たちの脇を通り過ぎて行った。
 礼子はにっこりと笑って、マーガレットに話しかける。
「お天気はいいけど、まだ寒いですね。お部屋に戻りましょうか」
虚ろな視線で空を見上げていたマーガレットは、ぶんぶんと幼児のように首を振って礼子の腕を握り、甘えた目つきでこちらを見ていた。
 英国人が、頼り切ったような顔をして自分を見上げている。
 それは礼子にとり、とても奇妙な感覚だった。しかし、いつしかこの奇妙な感覚も、日常の一部になっていた。自分から最愛の子供たちを取り上げた国の人間の体を洗い、体液を拭い、糞尿の始末をする。それは礼子がこの国を許したからではない。生きてゆくためだ。
「じゃあもう少し、ここでお庭を見ていましょう。寒くなったら、言ってくださいね」
礼子はそう言ってマーガレットの顔を見下ろした。マーガレットは呆けた顔つきでだらりと宙を見ながら繰り返す。
「六歳までですよ。子供なんて。それ以上は育てたっていいことなんて一つもない」
エプロンのポケットからティッシュを出して、礼子はマーガレットの洟を拭った。彼女は礼子が差し出したティッシュにいやいやをしていたが、そのうち礼子の手に顔を預け、気の抜けた声で囁く。

「私が育てた子供たちは、いったい何処に行ってしまったんでしょうねえ」
 
 春を思わせる陽気にしては、風はまだ尖っていた。
 その鋭角な風が正面の雑木林のほうから吹きつけて林檎の木を揺らし、脇の桜の木を小刻みに揺さぶる。日本から来た英国の桜の蕾は、絶え間なく小刻みに振動していた。それはいつか花咲く日を待っているようにも、花開く前に地に落ちて枯れて行く未来を知っているようにも見える。
 マーガレットの手は頑なに冷え切っていた。礼子はその固い手に、自分の掌をそっと押しあて、そろそろと彼女の手をさすりながら言った。

「私たちはきっと、子供と一緒に過ごせた時間があっただけで、それだけで、とても幸福だったんですよ」

礼子はそう言いながらマーガレットの車椅子の脇にしゃがみ込み、遠くを見て表情を静止させていた。それは例によって泣いているのか微笑しているのかよくわからない曖昧な表情だが、もはや頑迷を通り越して根源的にすら見える穏やかさがあった。
 礼子の視線の先にある桜の蕾は、晩冬の風にぶるぶると震え、儚く上下に振動していた。
 

それは今にも落ちそうに見えるが、それでも未だ落ちず、けっして落下せず、今も確実にそこで踏ん張り続けている。

 

 


 

  
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2011年09月01日

もちっとだけ小出しにしたい愛着理論

第5章 カーテンコール

ケリー

チルドレンズ・センターという「親子のための集会所」のようなものが英国にはある。あまり知られてない話だが、英国では自分の住む町にチルドレンズ・センターがあるかどうかで、自分の居住区が裕福なエリアなのか、貧しいエリアなのかがわかる。こうしたセンターは貧困地区限定または優先で建てられているからだ。
 チルドレンズ・センターは様々の側面から貧しい地域の親子をサポートする目的で建てられている。というのは表向きの設立理念で、実際には、統計的に最も虐待やネグレクトが起こりがちな貧困地域のファミリーを監視・教育するために労働党政権が考案した幼児虐待防止政策の一環だった。
 ケリーは、市内六か所にあるチルドレンズ・センターを根城にして仕事をしていた。
 底辺生活者サポート施設付設託児所の責任者代理として働く傍ら、チルドレンズ・センターで行われている育児教室で講義したり、地域の乳児とその家族を訪問している保健士たちの相談相手になってきた。特にケリーが有名なのは、外国人ファミリーが参加できるイベントをチルドレンズ・センターで展開してきたからで、幼児教育における「外国人親子のインクルージョン」の分野では地域の第一人者と見なされていた。実際、この分野では本も出版したことがあり、大学でも講義したことがある。そういうわけで、ケリーは地方自治体の福祉関連職員にも一目おかれているのである。
 が。
 そのケリーが最近、外国人向けの育児教室で、自分の言っていることに疑問を抱くことがあった。
「イコール・オポチュニティー。というのは、どこの国の出身だろうが、どんな宗教・信条を持っていようが、どんな階級の人間だろうが、そんなこととは関係なく、みんな平等に発展する機会を与えられる権利があるということ。教育だってそうなんだから、自分の子供が平等の機会を与えられていないと思ったら、黙っていちゃいけない。教育は権利であって、一部の人に与えられる特権じゃないんだ」
という、いつものマントラを唱えた後で、ふとケリーは沈黙する。
 労働党に代わって保守党が政権を握り、大学の学費値上げや貧困層学生支援補助金などが続々とカットされている現在、イコール・オポチュニティーの概念は虚しいものになってきた。
 学生だけでなく、移民にも冷淡な保守党政権下では、外国人を対象にした育児教室やイベントを行う予算など、真っ先に削減されるだろう。労働党政府は外国人の問題にも進んで介入し、時には干渉し過ぎて、そのことがまた新たな問題を生み出してきたが、保守党政府は貧しい外国人をばっさり切り捨てるはずだ。彼らがどれほど貧困しようが、荒んでいようが、「あれはガイジンだから」と、国の政治とは切り離して考えるだろう。なぜなら、保守党という政党の支持ベースは、そうした政策を待望していた人々だからである。
 そんなことを考えながら、ケリーは、外国人向け育児教室に来ている貧困地区の母親たちを見ていた。
 例え言葉が不自由でも、その不自由な言葉を駆使してがんがん強気で自分の権利を主張してくる中近東系の母親たちや、英語が喋れなくとも実力行使で訴えて来るアフリカ出身の母親。そうした親たちに比べると、オリエンタル系は、中国人、韓国人、日本人ともに静かで、煮え切らない印象だった。
「子育てはどう?」
「自分の国の育児と、この国の育児とは違うと思う?」
中国人の母親は、彼女に質問をふる度に、微笑してケリーの目線から目を逸らしがちに答える。
「I’m all right」
 その反応は、礼子を思い出させた。「最近、どう?」というケリーの質問に、礼子もいつも伏し目がちに「大丈夫」とだけ答えた。判で押したようにいつも「大丈夫」だったから、ケリーは特に彼女と話をしたいとも思わなかった。彼女の夫のマックスがアル中&ドラッグ依存症だと言うことは知っていたが、いつも冷静に「大丈夫」と言う彼女は、何の問題もなく子供を育てているものだと確信していたのだ。
 「困ってるんです」「助けて」と、もっと剥き出しにSOSを出してくれればよかったのに、礼子はそうしなかった。そうしない母親たちもいるということなのだ。そして、そうしないのが彼女たちの文化の特徴なのかも知れないし、自分たちは自分たちのコミュニティーだけでやって行く、という考え方が東洋人にはあるのかもしれない。そうであれば、ケリーは外国人インクルージョンのエキスパートにしては東洋圏の文化について何も知らなかったことになるし、同国人だけの小さなコミュニティーだけでは解決できない問題がこの国にはあることを礼子に伝えていなかったことになる。
 「きれいなセーター着てるじゃない?どこで買ったの?」
「中国なんかはあれでしょ、自転車に乗ってる人多いから、子供用の補助椅子なんかもいろいろあるんじゃないの」
何かにつけてケリーは育児教室に来ている中国人女性に話しかける。
 話しかけられると当惑したように俯いたり、イエス、或いは、ノーだけ答えて会話を終わろうとする女性に、根気よく話しかける。少女のようにはにかんでいるその顔が考えていることは、相変わらずよくわからない。わからないが、会話を続けて行くしかない。会話を続けることをやめたら、インクルードすることをやめたことになるからだ。
「十月から三月ぐらいまでは、子供にはちゃんと毛糸の帽子を被せて、手袋やマフラーをしてあげなさい。この国では、そうしてないと親のネグレクトとか言う人たちがいるから」
「自分の国の言葉で子供を叱る時は、あまり勢いよくやらない方がいい。何を言ってるかよくわからないと、人は実際よりひどいことを想像しがちなものだから」
ケリーは中国人の母親にいちいち忠告した。
本を書くことよりも、講義することよりも、こっちのほうが何倍も大事なのではないかと最近では思えてきたからだ。
 風の噂で、礼子は老人ホームの職員として働き始めたと聞いた。
 礼子のことは長い間ケリーの心に重くのしかかっていたが、その彼女も、ようやく次のステップに踏み出したのだという。
 私の次のステップとは何だろう。とケリーは考える。
 それは、ベーシックに戻ること。
 アカデミアであるよりも、貧民街のおせっかいなおばはんでいること。
 
 It takes a village to raise a child.(子供は村全体で育てるものだ)
 ヒッピーコミューンで暮らした二十代の頃からケリーが抱いている信条は今も変わらない。そして、ケリーが思い描く英国という村には、外国人も底辺民も含まれていなければならない。外国人だから、アンダークラス民だから見捨てる、なんてケツの穴の小さい政治はケリーは信じないからだ。
 「ったく保守党のプリンス・チャーミングが政権握ったおかげで、忙しくなってきたよ」
 ど派手な原色のサリーをまとって裾の擦り切れたジーンズをはいた六十一歳のヒッピーが、今日も地域の貧民区を飛び回り、ソーシャルサービスに睨まれた母親たちの悩みを聞き、アドバイスをし、叱り飛ばしている。
 ブロークン・ブリテンを修復しようとしているのは、保守党でも労働党でもない。
 何かに対して圧倒的な情熱を抱き、そのために本気で生きている無名の末端の人々なのだ。

 


 

 

  
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