2012年07月17日

ファッキン。のリアリティーとしての重力

過日、あるミーティングに出席した。
同僚の一人への懲戒処分を決定するための審査会議である。
と書くと、えらく物々しいが、非常に小規模な職場のわが保育園のことである。
審査委員というのは、つまり保育園の雇われマネージャーのことであり、懲戒処分の行方を決定する審議官というのは保育園のオーナーであるという、大変にこじんまりとした審議だ。それゆえ懲戒処分の対象になっている同僚側にも労働組合代表などのオフィシャルなサポートはおらず、「懲戒処分に関する会議では、当該雇用者には同僚の一人を随伴する権利がある」というEU雇用法に基づき、同僚を一人同席させる権利だけは与えられたわけだが、当該同僚が会議の随伴人として選んだのが、あろうことか職場でたった一人の外国人であるこのわたしだったのである。

同僚。というのは、以前、このブログでも書いたことのある18歳(もう19歳になったけどな)のSである。底辺託児所に来ていた子供たちを髣髴とさせる家庭環境で育ち、「ガキばっかりボロボロ産んで生活保護もらって生きて来た母親のようになりたくなくて保育園に弟子入りし、アホみたいに安い賃金(週42時間働いて月給は7万円程度)で働きながら保育士の資格を取った」という、外見は立派なChavながらもバンビのようなつぶらな瞳をしたSである。

「で、いったい、何をやらかしたの」
当該会議に随伴人として出席して欲しいと頼まれた時、わたしはSに尋ねた。
「Dが派手に泣いてたんだよ。あの子、気に入らないことがあると、気が違ったみたいに癇癪起こすでしょ。で、チェーン・リアクションになっちゃって、別の子供まで泣き出したんだよね。Dが泣いていた理由は、別の子供から玩具を取り上げようとしていたから、アタシが叱ったからなんだけど、彼女が泣いていた最中に休憩時間から返って来た同僚のAが、マネージャーにその時のことをチクったんだよ。わたしが4人の泣いている子供たちを放置していた、とか言って」
「4人も泣いてたの?」
「いや、それは大げさ。2人だよ、正確には」
「で?」
「ほんで、マネージャーから小言をくらったから、その日、仕事が終わった後でAに言ったんだよ。何か心配なことがあるんだったら、どうしてアタシに直接尋ねないんだ、って。あんたは現場で何が起きていたのかも知らないで上の人間にチクッた。実際には、どういう事情でDが大泣きしていたか、あんたは知らなかっただろう?ってね」
「・・・・・」
わたしはAという同僚のことを考えていた。
ほんわりとした印象のわりには世間ずれしてそうな30代女性のAは、オーナーの弟の婚約者だ。ったくまた、よりにもよってSもなんという相手に食ってかかったのだろう。
経営陣関係者と縁故関係にある人間を相手に問題を起こせば、こちらが正しい場合にだって勝ち目はない。ましてや、こちらに落ち度がある場合には、号泣し、失禁するまで成敗されるのが世の常ではないか。汚いとか、不公平とか、そういうメルヘンなことを言っている場合ではない。職場には“公平”なんてお花畑は存在しない。それは、日本であれ、英国であれ、ティムバックトゥーであれ同じことだ。

「で、ひょっとして、FとかCとかで始まる卑語使った?彼女と話している時に」
「それはない。絶対にないよ」
と言うSの声を聞きながら、Fワードぐらいは言ったかもな。と思った。
決め付けは良くない。良くないが、英国の階級にもメルヘンは存在しない。Sの家庭環境や居住区を考えれば、激怒して喋っている時に卑語が混ざらないというのはちょっと考えにくい。

「で、問題にされているのは、子供たちが泣いていたってことじゃなくて、そのAとの会話なんだね」
「それが、よくわからないんだ。マネージャーから貰った手紙には、『子供が4人も泣いているのに放置していた状況』って明記してあって、その後に『同僚に威嚇的な言葉で抗議した』って書かれている。だから、両方なのかな」
「うーん。だけど、ガキが泣いてるって理由でいちいち懲戒解雇されてたら、いったいこの国に何人の保育士が残るの」と言うと、Sは言った。
「だから、ミカコに随伴人になって欲しいんだよ。あんたDの担当長かったから、あの子がすぐ泣くこととか、あの子の難しさをよく知ってるし」

“難しさ”と言われてもピンと来ないのは、わたしには底辺託児所のクソガキどもとの怒涛の経験があるからだが、地元では有名なレストランチェーン経営の両親を持つお嬢様のDが、何か自分の気に入らないことがあると、誰かに虐待でも受けたのかと思うほどの凄まじい泣き方をするディーヴァであることを、確かにわたしは知っていた。

んなわけで、Sの随伴人になることを承諾して会議に出席した。
が、懲戒処分審査会議は、蓋を開けてみればスタッフ用休憩室というカジュアルな場所で行われるのであり、誰かがランチタイムに食ったらしいカリーの匂いが立ち込めているのには難渋したが、その臭い部屋の真ん中にマネージャーとオーナーの30代後半コンビは座っていた。

マネージャーは会議の冒頭でカチャッとテープレコーダーのスウィッチを入れ、
「今日の発言は全部このテープに録音されます」と言った。
Sはそのレコーダーを一瞥し、わたしの方を見た。
「なんか、これじゃまるで警察の取調べを受ける容疑者みたいじゃん」
と、Sの悲しげなバンビ目が言っている。
わたしはテーブルの下でぎゅっと拳を握って見せ、あ。こりゃ、日本式ガッツの表現だ。英国人にはわからん。と気づいて、親指を突き上げた。ポジティヴ。ポジティヴな心持でのぞまねばならんのだ。こういう窮地には。

会議は、滞りなく始まり、滞りなく進行した。
マネージャーもオーナーも30代なので、わたしも30代の頃にはロンドンの日系企業で人事関係の仕事をしていたことを思い出しつつ、草の根の労働環境で生きる英国人経営者たちのお手並みを拝見させていただいていたのだが、そんな物見遊山の外国人であるわたしとは異なり、当事者のSは真っ青だった。

会議の焦点は、案の定、「泣いていた子供の放置」ではなく、「オーナーの弟の婚約者への威嚇」であった。
「あなた、卑語を使ったんでしょ!? 使ったのね! はっきり仰い!」
「このような同僚に対する虐待を我々は見過ごすことはできません」
と、30代後半の女性経営陣たちは言った。
虐待。
というのは便利な言葉だ。
ムカつく人間を自分の人生から排除したいと思う時には、この言葉を使っておけば良い。同僚であれ、恋人であれ、配偶者であれ、血の繋がった親子関係だって断ち切れる。
そして、巷で気楽に使われているFやCで始まる卑語は、実は法的にはヴァーバルな虐待になり得るのである。

やたらと卑語を連発し、ブリテンに同化した気分になっている在英日本人のヤングの皆さんをたまにお見受けすることがあるが、学生や無職者の身分の時ならそれでもいいだろうが、ひとたび英国の組織に雇用されれば、そうした言葉づかいは危険である。
「あいつ、チンクのくせして、いっちょまえにファッキンなんて言ってる。ははははは」
と陰で同僚たちに爆笑されるぐらいならいい。が、ひとたび誰かに反感や怨恨を抱かれた場合には、ファッキンの一言は「言葉による虐待」になる。

しかし、実は外国人だけではないのである。
英国人の中にだってこうした知識に乏しい人々はいるのだ。

「もう、しません」と言うように肩を震わせながら、Sは下を向いていた。
気が強いので涙をこぼすことはしないが、ぎゅっと一文字にかみ締めた唇の周りの真っ白な肌が赤く染まり始めたSの顔を見ながら、わたしは考えていた。

これはきっと、まともに社会に出ようとするアンダークラスの子供たちには避けることのできない関門なのである。
まともに働いたことのない親が教えてくれなかった社会の基本ルールを、瞳を涙で一杯にしながら、周囲の肌がうっ血するほど唇をかみ締めながら、アンダークラスの子供たちは実地で学ぶしかないのだ。

「今回は解雇にはしませんが、これを最終警告にします。今度、何か懲戒処分の対象になるような言動があれば、あなたは即、解雇処分になりますから」
オーナーは冷酷に、しかし、ぷんぷんと懲戒処分を決定し、宣言した。

経営陣が部屋を出て行き、3分ぐらい経つと、Sがぼうぼうと涙をこぼし始めた。
「ふざけんなよ。ファッキン経営者が!何がファッキン警告だ」
今にも折れんばかりの虚勢を張った声を荒げながら、Sは泣いている。
「だから、ファッキンはやめなさい。この部屋にだって隠しカメラがないとは限らないし」とわたしは言った。「ファッキンは、怖い言葉なんだよ」。
「もう、ファッキンこきやめてやる、こんなファッキン会社、こんなファッキン仕事!」
卑語を吐きながら怯えきったように震えるSの背中を撫でながら、彼女はこの仕事を辞めないだろうとわたしは思った。

というか、願っていた。

あれだけミドルクラスの中年女たちに一方的にいじめられながら、一度も会議で卑語を吐かなかったアンダークラス出身の十代の娘のことを、30歳近くも年上の友人として、わたしは誇りに思っているからだ。

  

Posted by mikako0607jp at 09:13TrackBack(0)

2012年07月06日

これはある意味、

個人的にはジャングル番組出演に次ぐ衝撃。

http://www.guardian.co.uk/music/2012/jul/05/john-lydon-bbc-question-time

英国在住者は、今宵、必見。

あの「クエスチョン・タイム」だぞ。ははははは。

Never dismiss JL - he's more honest, rational and straight-talking than any of our political class....not to mention smarter.

のガーディアン紙電子版ユーザーコメントが光る(だけに一抹の不安も感じる)。

 

  
Posted by mikako0607jp at 02:41TrackBack(0)