「『マンマ・ミーア!』ってさ、UKでは興行成績だけじゃなくて、DVD売上でも史上最高のヒット作になったって言うじゃない」
「オフィシャルに最も多くの英国人が観た映画になったらしいね」
「乗り遅れちゃいけないと思ってアタシも観てみたんだけど、それがさあ。アタシったら、どうなっちゃったと思う?」
「どうなったの?」
「大泣き」
「ははははは。なんで泣くのよ、あんなひどい映画で」
「馬鹿ねー。人が泣くのはひどい作品だって昔から決まってるの。素晴らしい映画で誰が泣くもんですか」
「そんなもんかしら」
「そうよ。だけど、そういう意味での号泣映画とは全然違うでしょ。コメディだし。なのに号泣しちゃったの。『ダンシング・クィーン』が始まるともう駄目。登場人物はみんな円舞したり海に飛び込んだりして盛り上がってるのに、アタシだけテレビの前で大泣き」
「じゃあ、のっけからいきなり泣いてたってことじゃん。それって『ロッキー・ホラー・ショー』観ながら号泣するぐらいレアな反応じゃない」
「きっと、あの曲で踊っていた頃を思い出しちゃうからなのよね」
「若い頃は良かったわあ。みたいな?」
「そうじゃないわよ。よく若い頃に戻りたいなんて言う中年がいるけど、アタシはそういうの一切ないもの」
「あ、それはわかる。わたしなんかも人生やり直しかと思うだけでゾッとするもん」
「でしょ。アタシも若い頃に戻りたいなんて思う人の気が知れない。あんな大変なこと繰り返すのはもう沢山」
「じゃあなんで泣くの?」
「それが何故なのか、よくわからないのよ。あれからずっと考えてるんだけど」
ブライトンのケンプタウンにある某パブのランドレイディ(生物学的にはランドロード)はそう言ってカウンターに寄りかかり、遠い目をしている。
「マンマ・ミーア!」は阿漕な映画である。
地中海の夏のホリデイ。日差しと酒と海とパーティー。男たちにモテモテの中年の私。若き日に愛したピアース・ブロスナンとの再会。そして愛の成就。女同士の友情。母子愛。カラオケ。コスプレ。周囲と確認しながら笑えるベタなユーモア。ABBA。
これらの一般的に女が好むと言われているモチーフをこれでもかというほど数珠つなぎにしてみせたのが「マンマ・ミーア!」だ。そのメソッドがあまりにコテコテだから、その面白みがわかる自分のことを“ユーモアを解する知的な私”として他者にアピールできるというおまけまで付いており、「ブリジット・ジョーンズ」のDVDはちょっとアレでも「マンマ・ミーア!」なら居間の棚の上に並べておいてもいいように思える。というのが驚異的に売れている理由だろう。
というような御託を並べておけば「マンマ・ミーア!」の商業的成功は説明がつくとして、フェデリコ・フェリーニを愛してやまない某ランドレイディ(でもランドロード)がこのような映画で号泣したというのはどうしてなのだろう?
「昔から思ってるんだけどさ。『ダンシング・クィーン』には何かあるよね。人の脳内ムードを危険なほど高揚させるハーモニーっていうか。鳥に聞かせると籠の中で妙にバサバサするという説もあるし」
「うん。ちょっとヤバいものね、あれ」
「ママが踊った時代より10年ぐらい後だけど、わたしなんかもあの曲で踊った時期があるよ。ロンドンの、北部のむさいところは違うけど、中心部のクラブでPUNKナイトとか行くとさ、必ず洒落っぽくラストに『ダンシング・クィーン』かけてたもんね。するともう、ハードコアパンクからモヒカンから何からごついのがうおおおおおっと押し寄せて来て、狂ったように飛び跳ねるのよ。あんたら洒落じゃないでしょ、本気で踊ってるでしょこの曲で、みたいな」
「あの曲には人を狂わせる何かがあるからね」
「なんというかこう、キチガイじみてるんだよね、ポジティヴさ加減が」
「妙にピアノがきらきらしてるし」
「あの曲をかけると、2歳になるうちのガキなんかも最初は踊ってるんだけど、そのうちそこら辺のもの破壊してるもん。玩具を床にぶち投げたりして」
「ってことは、あんたも家でABBA聴いたりしてるわけ?」
と訊かれてわたしはむっつりと黙り込む。
「ダンシング・クィーン」で泣ける理由が、若き良き日への追想なんかでないことはわたしにもわかっているのである。
だって、若き日は少しも良くなんかなかった。
Having the time of my life. ・・・人生で一度の、またとないような楽しい時期。なんて、あの頃も断じて訪れてなかったし、今も全然違うし、ましてやこれから訪れる可能性はない。おばはんたち(女の気持ちで加齢したおじさんも含めて)はそうしたきらきら幻想に対する「ふざけんな」や「うくく」の年齢すら通過してしまい、ただただ茫々として眺めてしまう年齢になっているからこそ、自分でも気づかぬうちにこのような映画を観ながら目から屁温い水を垂れ流すなどという不可思議な様態に陥るのである。
陰気な気分で歩く人間の上空に広がるビューティフルな青空。のようなもんで、どんよりした暗みとピーカンの明るみの間に広がる大いなるギャップは、生理的に人間を狂わす力があるに違いない。
「悲しい気持ちがやたらポジティヴに盛り上がる。ってこともあるからね」
こちらの胸中が伝わったのか、某ランドレイディ(ロード)がぼそりと言った。
“知らぬ同士が小皿たたいてチャンチキおけさ おけさせつなや やるせなや”
シュールなまでの明るみをもって悲しみを表現した名曲は、三波春夫という天才歌手の肉声を借りて日本国にも存在しているが、ひょっとするとこれに通じるものが「マンマ・ミーア!」のコテコテの夢物語にもあるのかもしれず、この映画が英国の女性たちの間でバカ当たりした真の理由がそれだとすれば、ダブル、トリプルの意味で阿漕な作品だ。
いっぺん観てみようかしら、などという物好きなおばはんたちはくれぐれも注意されたし。
鑑賞後にダンシングしている姿をうっかり見られたりしないように。
諦念の、一人おけさを。
http://uk.youtube.com/watch?v=yzhxHsqQvsI