2009年04月14日

勤労しない理由〜オールドパンクとニューパンク〜

「俺は働かないで政府から金もらいながら好きなことやってるんだ。ま、自分の場合、やりたいことって音楽なんだけどね。ボランティアしているって言うと失業保険事務所で係員と喋るときの印象もアップしてすんなり金が貰えるし、将来音楽で生計が立てられなかった場合に、ここでボランティアしている経験が役に立って金を貰える仕事にありつけるかもしれないじゃん。一石二鳥。って感じかな。俺がボランティアしている理由はごくプラクティカル。失業者に思想はいらねえ」

 

鼠男系パンクがはきはきと吐くその発言に、ニックの顔がぎりりと歪む。

「自分、自分、自分、って。貴様らはいつもそうだ。他人のことはどうでもいいのか! 世界に何が起きているかなんて貴様らは考えてもみないんだろう」

ニックが言うと鼠男系パンクは答えた。

「世の中って、MEの集団だろ。あんただって、自分はあくまでもMEで、社会の一部であるよりもかけがえのないこのMEでありたいと願うから、政府に税金を払わないで、他人の税金を還元してもらって好きなことやって生きてるんだ」

「俺は好きなことをやっているのではない。そういう次元のことではなくて、世の中の役に立つことをやっているんだ」

「リサイクリングや無農薬野菜栽培が?環境問題で世の中が救えると本気で思っているあんたは、とんでもなくナイーヴな人だな」

くすくす、と笑う鼠男系パンクにいよいよぶち切れたらしいニックは、がたんと椅子を後方に倒しながら立ちあがる。

 

ひいい、頼むから人の頭の上で殴り合いだけはやめてくれ。

と思いながら身をかがめていると、

「貴様のようなガキに何がわかる!パンクってのはなあ、ファッションじゃないんだ、生きざまなんだ。あくまでも世に警鐘を打ち鳴らし、オーソドックスを疑い、否定し、迎合することを忌み嫌う、その絶えることのない不変のアティテュードなんだ」

と大声でニックが怒鳴った。わたしの頬に彼の唾が打ちかかる。

 

と、その時、「大きな声を出すのはやめてください」と涼しげな声で言いながら近づいてきたのはアニー(レノックス似の底辺託児所責任者)だった。彼女は付設託児所だけでなく、底辺生活者サポート施設全体の責任者の一人でもあるので、このイベントを仕切っているのだ。

「このセンターには、様々な理由でボランティアを行う人々が来ています。そして、当センターのモットーは“寛容”です。自分とは違う認識や考え方を持つ人々を認め、リスペクトするというのが我々の信条の一つなのです。私はこの考え方を5歳以下の子供たちにも教えていますよ。それが大人に徹底されていないのは、悲しいことですね」

鶴の一声。みたいな感じでニックは静かになった。

「議論はたいへんに結構です。が、あくまでも冷静に、他者をリスペクトしながら行ってください」

にっこり。と柔和ながらも凄味のある微笑を浮かべてアニーは去って行く。さすがにこういう人々の扱いに慣れているというか、底辺アダルトの対応もプロである。

 

「ふん。所詮あいつは学校の先生なんだよ」

アニーの姿が遠ざかってから、ニックが小声で言う。その姿はまさに先生に叱られた子供のようだ。鼠男系パンクのほうは、くすくすくすくすフードの陰でおかしそうに笑っている。

 

あまりにも分が悪いな、この状況は。と思った。

これではあまりにも新パンクがクールで、旧パンクがアンクールだ。

ニックだって、戦うパンクが格好いい時代にはけっこうクールだったのかもしれず、鼠男の“音楽(または文学、芸術)やりたいけどそれだけじゃ食えないから失業保険もらう”にしたって、何も新しいライフスタイルではなく、UKでは古典的な生き方なのであって、ニックだって若い頃は同じ地点にいたのだ。

 

鼠男から見れば、ニックみたいなおっさんはどうしようもないルーザーに見えるだろう。音楽をやりたいという“ドリーム”の諦め時、引き際、というものを知らずに、ずるずる失業保険もらって生きていたら、いつの間にか何らの換金可能スキルもない雇用不能な中年男になってしまい、そんな自分を直視するのが辛いので社会が悪いのだと考えることにして、流血の抗議活動などに夢中になっていたら、頼りにしていたアナキスト団体ですら時代の流れと共にソフト化し、“戦うより地球にやさしくなりましょう”ってんで、気がついたら革のライダースジャケットにゴム長はいて畑を耕すじいさんになっていました。などという人生は、希望に燃える若者から見れば、あまりに侘し過ぎる。

 

が、そんなニックを笑う鼠男だって、現在は自分の好きなことで生きて行こう、駄目だった時には見切りをつけてきちんと社会人になろう、と思っているかもしれないが、25年後はニックになっている可能性だってないとは言えない。思っていることと現実とはいつでも食い違うものだからだ。

 

失業保険給付はいつの間にか生活保護給付へと切り替わり、その気になってうまく立ち回れば政府から金をもらいながら半永久的に生きていけるこの国で、“ドリーム”に見切りをつけるのがどれだけ大変なのかは、夢に生きている若者にはわからないことだろう。

 

オールドパンクとニューパンクは親子のようなものなのだ。

同じコインの、思いきり錆びた裏面とぴかぴかの表面のようなもので。

 

その後も新旧パンクたちの意見の衝突はあったが、アニーが部屋の角から目を光らせていたせいか大事には至らず、ピースフルにディスカッションは終わった。

 

互いを牽制し合いながら椅子から立って行った2人であったが、某スーパーから寄付された賞味期限本日付のパンが食堂で無料配給されていることを知ると、オールドパンクもニューパンクも我を忘れたようにカウンターの前に駆け寄り、公営団地ジャージ系シングルマザーや、全身から尿とアルコールの匂いを漂わせている天然ドレッドロック系ホームレスなどに混じって食パンやロールパンの配給を受けている。

 

縦横無尽に生きているはずのパンクもパンが欲しくて並ぶのだ。

 

まじめに勤労している人々からすれば、しょうもない屁理屈をこねている暇があったら、働いて自分の金で賞味期限の切れてないパンを買え。と一喝したくなるような話だろうが。

 

ふと窓の外を見下ろせば、付近にあるオフィスビルの窓から、紅茶片手に新聞を読みながら欠伸しているスーツ姿のおっさんと、死んだ鯖のような目をしてぼんやりと空を見上げている若者の姿が見える。

 

まじめに働いている気配はそこにもあまり無いように感じられたのは、たぶんわたしの気のせいだろう。

 

時間を売ってパンを買う人と、時間を潰してパンを貰う人。

同じコインの、裏表裏表。



Posted by mikako0607jp at 22:13│TrackBack(0)

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