2009年06月05日

炊事場のスーザン・ボイル

底辺生活者サポート施設の食堂は全てボランティアによって運営されており、それ故その日キッチンに入っている人の顔ぶれによって食事のうまい、まずいが激烈に違う。

 

例えばS子さんがキッチンを取り仕切っている曜日は、ちらし寿司などのジャパニーズが出たりして、無職または低額所得の人々でもトレンディな日本食を味わうことが出来る。といっても無職または低額所得の人々は、トレンディな日本食なんてものには縁がないので、「何これ」「ソーセージとチップスを出せ」みたいなリアクションもあるようだが、スーパーリベラルな思想ゆえに自ら底辺に降りてきた知的(&理屈っぽい)貧乏人の間では大変に好評な曜日である。

 

さらに、「まずい」と評判の英国料理も、本格的に作られたものはこんなにうまいのか。ということが確認できるのが、ルーシーという女性が炊事場に入っている日である。

でっぷり肥って毛深い(ブルネットのくせに、全く無駄毛の処理をしない。夏でも)このおばはんの手にかかると、シェパーズ・パイもラム・ホットポットもバンガーズ&マッシュも、こんなにうまかったのならもっと早くに言ってくれ、と英国継続在住13年のわたしですら唸りたくなるほど美味しい。

 

むかしロンドンの日系企業に勤めていた頃、東京から来る物見遊山の出張者の接待で、セレブリティー御用達レストランで飯を食うこともあったが、そういう有名レストランの食事と比べても、ルーシーがキッチンに入っている日の当該施設の食事の味は劣らない。そんなに料理のうまい人だったら、ボランティアなんかしてないで、レストランでシェフとして働けばいいじゃないか。と思われるかもしれないが、彼女の場合は学習障害者であり、ストレスへの耐性が極端に低いので錯乱状態に陥りやすいというこころの病も抱えており、商業キッチンなどという緊迫した場所での勤務はまず無理である。

 

障害を持つ人間は、何かの分野で極端に秀でた人が多いというが、彼女の場合がまさにそれだ。

「あなたは料理の天才ですね」

ある日、S子さんと一緒にベランダに佇んでいた彼女に声をかけてみたことがある。

彼女はいきおい真っ赤な顔になって、あ〜、あ〜、う〜、ともじもじシャイになってS子さんの背後に隠れ、それから「きゃああっ」と乙女のような悲鳴をあげてキッチンの方に逃げて行った。

 「知らない人に話しかけられると怖いのよ。褒められたりすると、余計にね」

S子さんに言われて、そうだったのか。と思っていると、ルーシーがいきなりベランダに駆け戻ってきた。

「あんた本当は私の料理のこと嫌いなんだろ。それならそれとはっきり言え、この(F)偽善者! (F)嘘つき! (FOFF!

彼女は血相を変えてそう言い、そばのテーブルの上にあったグラスをわたしに向かって投げようとした。S子さんがとっさに彼女の手を掴んだので危機は免れたが、ルーシーは仁王立ちしてぷるぷる震えながら、物凄い憎悪のみなぎる眼差しでこちらを睨んでいる。

 

褒めたのに激怒されるって、なんで?

と思ったが、当該施設に出入りしている人々には常識がまかり通らぬことが多いので、とりあえず謝罪すれば気分がよくなるかな。というまことに日本人的な姿勢で、

「何か気に障ることを言ったのなら、ソーリー」

と言うと、ルーシーは

「ふん、この腐れビッチ」

と吐き捨てるように言って、炊事場のほうに戻って行った。

 

このタイプの女性が、底辺生活者サポート施設にはけっこういる。

何らかの才能は明らかに持っているが、障害やメンタルヘルス上の問題などによってそれを社会で換金することの出来ないおばさんたちである。こういう人々はみな独身で、一人暮らしまたは年老いた親と同居しており、身なりなどにも一切かまわないことから年齢よりもずっと老けて見え、「45歳の処女」「口ひげばばあ」等のニックネームがついている。

 

酒とドラッグとセックスに依存し、ボロボロ子供を産んでは政府からの補助金を欲しいままにする女性たちとは、また別のタイプのアンダークラスの女性たちである。

 

しかし当該施設のようなチャリティー団体はこのような女性たちの能力に支えられている側面があり、ある者は料理に尋常でない手腕を発揮し、またある者は英国人のくせにブリリアントな計算能力を持っていたり、写真を撮らせればプロ顔負けのおばはんもいるし、やたらめったら絵のうまい人などもいる。

 

力のある人を世の中は放っておかない。

というのは、わたしの元上司の口癖だったが、ここでは物凄い能力のある人々が埃にまみれて世間の片隅で忘れ去られている。

とはいえ、“力”というものの中には、きっと“実際の作業をする能力”というのはあまり含まれておらず、自己プロモやネットワーキングを行う手腕といった“作業換金力”が80%から90%なのだろう。

 

だとすれば、前述のおばはんたちには全く“力”はない。

ただ異様なほど“作業を行う能力”に恵まれているというだけで。

 

くだんのルーシーは今年50歳になるそうだ。

一度も結婚したことはなく、郊外の小さな家で70代の母親と暮らしている。

当該施設が設立された15年前からずっと炊事場でボランティアをしているそうだが、心ない誰かに「今日の食事はいまいちだった」と言われて激怒し炊事場で食器やガラス窓を破壊して暴れ、施設には顔も出さなかったブランクが2年ほどあるらしい。

 

「トラックに轢かれて潰れたような顔」「わきがが臭い」「炊事場のマッド・ウーマン」

と子供たちにからかわれても全く気にもしてない様子の彼女が、自分の料理に関することを言われると、けなされても褒められても過剰なほどに反応して錯乱する。

 

きっとそれは彼女が、一銭の儲けにもならない仕事に全身全霊を傾けてしまうような、サッドでしょぼい人生を生きているからだ。

 

それでも彼女のつくったランチがあまりに美味しくて、「More! More!」の歓声と共に人々がフォークでテーブルを叩く音が沸き起こった時などに、食堂のカウンターの奥で恥ずかしそうにタオルを頭にかぶって食堂を見下ろしているルーシーの顔は、ついこちらまで笑いたくなるほど嬉しそうに見える。

 

かくいうわたしなんかもたいそうサッドな人間なので、究極の幸福というのは、ひょっとするとこういうことではないのかと思わされてしまうのである。

 

        ***************

 

スーザン・ボイルは突然変異でも珍品稀品でもない。

英国社会の底辺には無数のスーザンたちが存在している。



Posted by mikako0607jp at 08:47│TrackBack(0)

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