2011年07月05日

セオリーから導く開国のススメ

親は土建屋で、本人は保母。ちなみに夫はダンプの運ちゃん。という、ワーキングクラス・スルー・アンド・スルーのわたしには、アカデミックな教育論は今一つ理解に苦しむことが多く、「おお。その実験でダイレクトにこの結論を導くか」とか「いや、その結果をそう解釈するのはあまりに物の見方が歪んでいるかも」とか思ってのけぞって大笑いすることも屡で、全然勉強がはかどらなくて困ったものだが、そんなわたしにも、「ほお」と思う学者先生はいて、ハワード・ガーナーという人などはその1人だ。

彼は、「人間のインテリジェンスというものは、一つ、又は“こういうものである”VS“そういうものではない”の二つの相反タイプで片付くものではなく、もっと雑多でいろいろである」というまことにリアリスティックな学説を打ち立てた御仁だ。1943年生まれ。という年齢を考えると、まさに「There is no one right way」(ただ一つの正しい道は存在しない。「愛着理論」で書いた話だ)のポストモダーンな教育セオリーが流行した時代に精力的にリサーチ&学説の発表を行っていた人だ。

彼が独自のリサーチから導き出した結論によれば、人間が「あの人はインテリジェントだ」と思う基準はその人が属する社会的グループや国家(という名の人の集まり)によって異なるらしい。そして彼に影響を受けたイアン・ディーリーという人が2001年に出版した「Intelligence :A very short introduction」という書物によれば、何をもって知性と見なすかは国や文化圏によって以下のように異なるという。

 文化グループ            知性から連想する言葉やフレーズ

 中国人学生              事実に対する記憶力

オーストラリア人学生          記憶力は知性と関係ない

ウガンダの村の住民          ゆっくり、注意深く、能動的に
                      社会において適正な行動を取ること
                  どうすれば社会に適応できるか知っていること

ウガンダの教師たち          スピード
(および考えが西洋化された人々)

米国のミドルクラス          抽象的な考え、技術的な能力
                     (社会的知性やエモーショナル・インテリジェンスではない)

アフリカ人グループの         社会的責任
子供の知性に対する考え       協力と服従

 (How Children Learn 2 by Linda Pound published by Practical Pre-School Booksより)



記憶力の良さをインテリジェンスだと見なしているのは中国だけではなく、これは東洋国全般に言えることだろう。日本の学校の試験は記憶力テストだし、幼児期においても、例えば日本の保育施設の図画工作では「みんなで同一のゴールに到達しましょう」という目標設定をしてから同じ材料で同じものを製作させることが多く、これなどは、どういう順序で何をすればゴールに到達できるのかよく見て覚えなさい、という教育であり、要するに記憶力の訓練なのである。

これは中国や韓国、シンガポールなどでも同じだそうで、テーブル一杯に様々の材料を並べ、「何を使ってもいいし何を作ってもいい、好きにしろ」という英国の保育施設の図画工作の時間は、フリーダムというより、職員が怠慢過ぎ。と怒るお母さんはだいたい東洋人である(インド人の場合もある)。

しかしながら、好き勝手にやれというフリーダムには「自分で決断する」「試行錯誤しながら解決法を見出す」という人生の最重要タスクが含まれているのも確かで、言い方を変えれば、英国のガキどもは幼少のみぎりから決断を下す訓練をしているとも言える。

とはいえ、当然ながら幼児が自分で物事を決めれば失敗の連続であり、悔し泣きをして癇癪を起したり、激怒してあたり一面のものを床に投げ落としたりして、保育士から「ノー・サンキュー!」と叱られ、号泣しながら、だんだん子供たちは決断上手になって行く。

しかし、失敗からちっとも学ばない子供というのもいて、こういうやり方では「正しい決断が下せる個人」と「間違った決断しか下せない個人」の能力差や、その結果としての社会的階級差が広がるのは確かである。なぜなら、こうした「自分で決めなさい」の教育では、あらかじめ「こうすればうまく出来ますよ」という成功モデルを記憶させることをしないからである。

が、大きな決断を下す場合に必須である肝っ玉や直感的センスというものは、こうした訓練無しには身に着かない。なぜなら肝っ玉やセンスというものは生まれついた性質や才能ではなく、「大失敗するかもしれないというリスクを背負い、全く手本や前例のない中で、自分で決断を下して来た」経験の連続から習得するものだからだ。

と、ここまで書くとお気づきの方もおられるだろうが、「決断の下せるリーダーがいない」国には、こうした決断の練習をさせる教育ポリシーがない。と言えはしないだろうか。

我が祖国の政治家にリーダーとしての肝っ玉がないというのは、政治家がエリートだからではなくて(政治家なんてものはどこの国でもエリートだ)、自分で決断して直接やりかぶらなくていい教育を受けたせいだ。日本の子供の教育で重視されるのは、決断力や自信というよりは脳内データベースの豊かさだ。そしてそのデータベースの重厚さと正確さによって「優秀だ」と評価されて来た人々は、前例のない事態が勃発した時には混乱してしまう。
なぜなら、前例のないことはデータベースの中に含まれていないからである。

そしてこういう教育を受けた人々は、指導者というポジションには不向きだ。
なぜなら、リーダーとは、ぶっちゃけた話、他人のために自信を持って決断を下せる個人だからである。

とは云え、世の中には「ただ一つの正しい道」など存在しないので、どのような教育が正しくて、どれが間違っているということはない。
どの教育も、別のタイプの人間を効果的に製造するという点で、それぞれ正しいのである。

それに、国(という人の集まり)を単位にして互いを比較し、何処の国が劣っているとか優れているとか言っているのがそもそもおかしいのであって、地球という星単位でみれば、どこの国にも自分の持ち場というものはある。そして、その持ち場(言いかえれば得意分野)は同じである必要はないし、出来れば同じではなくて補完し合えるほうが、星全体としてはコンプリートでストロングな集団になれる。

で、あれば。大変な事象が勃発した国が、決断を下すこと(言いかえればリーダーシップ)の苦手な国であれば、ここはひとつ、決断を下すことの得意な人々にそれを任せたらいい。

地球人。という英会話教材会社の宣伝文句があるが、地球に生きる人になるということは、他国語が操れる人になることではない(実際、他国語が流暢に喋れる人に限って脳内でかたくなに鎖国している例は多い)。
そうではなく、星全体の中での自分のポジショニングを知り、その持ち場での役割をきっちり果たすということであり、ちょっとまごついてしまう自らの苦手分野を現実的に認識し、意味不明の見栄を捨てて他からのヘルプを要請できるということである。

政府の中にガイジンが何人もいる。というのだってこれからは当然有りだ。
そもそも、例えば英国政府なんかには、英国人として選ばれていても、実は非英国人。の人々が数多く存在する。かなり昔から国民の血が混ざりまくっているからである。
逆に、同じDNAの記憶を持ち、同じ教育を受けて来た単一の民族で構成されている政府というのは、インテリジェンスのタイプが同一∴得意分野と苦手分野が概ね同じ。という点で非常に脆弱である。

純血。というのは、自分という個に対する自信が希薄なので集団アイデンティティーにすがりたいというロマンティストには愛される幻想だが、もっとリアリスティックに人間のサヴァイヴァルを見据えた場合には、坂口安吾も指摘した通り、雑種の方が強靭でしぶとい。
つまり、政府だって雑種のほうがストロングなのだ。

このあたり、非イエロー人種に混じって仕事をしているジャパーン出身の方々にはわかっていただけるのではないかと思う。

                          ******

話はころっと変わるが、昨年末に録画していたディベート番組をようやく見た。
英SKYが放映した、「神は存在するのか」というテーマで、カソリックに改宗したトニー・ブレア元英国首相と、無神論者として有名な某ジャーナリストが1対1の議論を展開する番組だった。

わたしは別にブレアのファンではないし、どちらかというと嫌いな方だが、それでも番組を見ていて「さすが」と痛感したのは、例えば米大統領の演説などに比べると、ブレアの議論はデリケートだということだ。切れのあるツッコミを展開している時にも、このデリケートさは崩れず、この場合のデリケートというのは、別にソフトでフラジャイルということではない。「星全体」の反応を想定して、思慮深く、ずる賢く発されているということである。

米政府が、複雑なので大の苦手としている中東問題担当に彼を雇った理由はここら辺だったのだろう。

であれば、だ。日政府だって、原発問題担当として外国人を雇ってもいいのではないか。
なんてことを書くと顰蹙モノなのかしらん。ウヨクちっくな思想(あくまでも、ちっく、な)が流行ってるみたいだし。という懸念は、日本国内での救世主レディー・ガガに対する盛り上がりを知って消し飛んだ。
我が祖国の人々は、ある意味、そのシュールなほどの純真さでサヴァイヴァルすることができるはずだ。



Posted by mikako0607jp at 09:56│TrackBack(0)

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