2013年12月30日

マニフェストとしての『The Angel's Share』

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「天使の分け前」という邦題がついているらしい当該作は、個人的には「天使の取り分」の方がしっくり来る気がする。というのも、天使には現実社会でも取り分があって然るべきだと思うからだ。が、この世知辛い世の中ででそのような役割を果たしている人々にはSHAREなど回っていないし、働く場所さえ無くなって来ているのが事実だ。

だのに英国社会には、「どうしてそこまでするのか」と思うほどパッショネイトな地べたの世話焼きさんたちが存在する。拙ブログには、昔からこのテの人々がけっこう登場した。

元底辺託児所責任者のアニーがそうである。成人向け算数教室の講師もそうだし、うちの息子の親友のお父さんであるユースワーカーのブラック恵比寿氏もそうだ。


『The Angels Share』にも、そのテの人が登場する。

裁判で刑務所行きを免れた(よその国なら間違いなく禁固刑だが、英国は何しろ刑務所が満員御礼で暴行ぐらいではムショ送りに出来ない)犯罪者たちが行うカウンシルの社会奉仕活動の現場指導者ハリーである。

ウィスキー愛好家のハリーは、主人公ロビーを含む現場の若者たちにウィスキーについて教え、ウィスキー・テイスティングのイベントに連れて行くなどして面倒を見る。実際のカウンシル社会奉仕活動現場にこういう人情味溢れたおっさんがいるとは考えにくいし、もっと殺伐としたものだろうと思うが、しかし、アニーや算数教室講師や黒い恵比寿のことを思い出すと、いや、意外といるかも。うん。確実にいるだろう。と思えてくる。


ケン・ローチの映画の中では最も明るく、笑いあり涙ありでエンタメ性に富んでいる。と言われている本作では、主人公の底辺青年ロビーが、ハリーという世話好きなおっさんとの出会いによって自らの才能に気づき、荒みきった下層人生に終止符を打って更正する話だ。が、その人生の再出発に必要な資金は、超高級ウィスキーの樽から「天使の分け前」(ウィスキー蒸留中に蒸発し目減りする一定の分量)に見せかけて盗んだウィスキーの闇販売で得るのだから、要するに犯罪者が犯罪によって立ち直る話とも言える。だからこそ、「こんなものは何の美談でも、勇気を与える話でもない」と批判する人々も出てくるわけだが、しかし、ケン・ローチは美談を撮りたかったわけではないと思う。犯罪でも犯さない限り誰も「チャンス」など与えてくれない下層の若者たちの現実を撮ったのだ。


ケン・ローチ版『フル・モンティ』とも呼ばれる本作で、いまさら彼がこのように世間受けしそうな、ハリウッド的と言っても良いほど「わかりやすい」表現法を選んだのは、加齢のせいではないとわたしは睨んでいる。

ソーシャル・リアリズムもずっとやっていると惰性になってくるのはわかる。が、一貫してずず暗い映画を撮ってきた彼がいきなりこのようにカラフルな映画を撮ったのには理由がある。それは彼に、映画とかアートとかを超えたところで万人に訴えたいメッセージが出て来たからである。


2013
3月、ケン・ローチは新たな左翼政党を発足させる構想を発表し、1130日に新政党Left Unityを誕生させている。

「トニー・ブレアが政権を握ったときに、労働党は労働者階級の政党ではなくなってしまった。もう長い間、ワーキング・クラスを代表する政党は英国には存在しない。英国には、中庸的政策を拒否し、庶民の生活を向上させる政党が必要である」

彼は政党発足の理念につき、そう宣言した。


わたしには、『The Angels Share』は愛と感動のエンタメ映画には見えない。その証拠に、盗んだり買ったり売り飛ばしたり換金したりせず、最終的に椅子に座ってゆったり天使の分け前を味わうのは誰なのかということを考えてみればわかる。

それはとんでもない額の値段を払って超高級ウィスキーを飲むだろう一握りの金持ちと、質素な家のキッチンに座っている世話好きおっさんのハリーだ。

The Angel's Share。を天使の分け前。と訳すと、日本語的には何か分け前に「預かる」みたいな、幸運にもいただいているような感じが残るが、これはハリーの当然の「取り分」だろう。

政権が底辺層を見捨て、貧民街のゲットー化を推し進めている時代に、地べたで庶民の生活を向上させようとしているハリーのような(アニーのような、算数教室の講師のような、ブラック・エビスな笑顔のユースワーカーのような)人々を軽視してはならない。政治とは、本来彼らの仕事をすべきなのである。というケン・ローチの力強いメッセージを感じる。


もはやアラセヴどころかアラウンド・エイティの映画監督が、こんなところまで来て作風を変えるにはよほどの動機がある。
加齢してリラックスしたケン・ローチの作品。と2012年公開時は言われたが、2013年になって見直してみると、リラックスどころか、なるほどそういうことだったのか。と思う。

『The Angels Share』は、わかりやすい言葉で語られたLeft Unityの設立マニフェストだ。




Posted by mikako0607jp at 09:17│TrackBack(0)

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