2019年06月02日

アジサカ画伯への返信

『女たちのテロル』の装幀画の作者、アジサカコウジさんがブログ(https://azisaka.com/?p=2207)で紹介してくださいました。以下、無断転載(よかろーがっちゃ。笑)

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去年の夏のこと「再来週、帰国するけん一緒に飲まん?」とイギリス住んで文章書いてるブレイディのみかこやんからメールがあった。
一年ぶりに再会し、互いの子供ら引き連れてエスニック料理の店に入る。
席に座りビールを注文するやいなや、大好きな金子文子のことを話し出した。

「あたしさー文子ってさ、生きとったら日本を代表する哲学者になっとったと思うっちゃん」

「えー、哲学者っていう感じやなかやろー、もっと自由やろ」

「もちろん、普通にいうような哲学者じゃなかとよ」

「うんうん、そうやねえ...俺は詩人とかになって欲しかったなあ」

「あーん、文子の歌、めちゃめちゃよかもんねー」

「よかよなぁ...」

てな感じで延々としゃべりまくりだ。
なにせ会うの久しぶりなんだから致し方ない。
子供らに「もう、いい加減いいっちゃない...食べようよ」
とたしなめられるまで続いた。

さて、その時、「今度、文子の本書くけん、あんたの絵使わせてよ」って話が出て、それでできたのが上の写真の本だ。

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というのがアジサカ・ブログの文章ですが、私のほうも実はあの晩の会話でひときわ鮮烈に覚えている部分があって、

アジサカ:「文子のめざしの歌、あれがよかっちゃんねー。なんかものすご、いい匂いがしてきて、めざしがうまそうで。めざしが食いたくなるんよねー」

私:「そうそう。文子はあの歌よね。私もあれこそが文子やと思う。あれが書きたかとよー(半泣き)」

アジサカ:「伊藤野枝には、ああいうやさしさっていうか、ああいうところは、あらっさんもんね」


アジサカさんのブログに「自由」という言葉も出て来たのですが、私は地べたのババアなので哲学者なんてそんなに知らずに発言しているわけで、言うまでもなく國分功一郎さんを思い浮かべていたりするのですが(笑)、彼の本を読んだり話したりしていつも思うのは、「結局、いつも自由の話をしているよね」ということで、哲学者とは自由について考えたり話したり書いたりする人、というイメージが勝手にできている(すごい偏狭な考えですが。笑)。

そういう意味では、金子文子こそが命をかけて自由について考えた人、だと思います。
文子の「黒い花」は自由の花やったと思う。
(日本に女性の哲学者が少ないのは、その花が咲きにくいけんやなかとね)

なんのこっちゃ、と思われた方は、本を読んでみてくだされば幸い。
表紙からして南国風味満載(「なんかメキシコの絵っぽい」とこっちで言われたぞ。笑)の長崎ルーツの福岡民たちによる本です。

追記:岩波の猛獣編集者から、哲学者は森元斎さんもいるじゃないかというツッコミが入り、いやでも、森さんもいつも田舎でバーベキュー焼きながら自由の話しかしとらんよ、アナキストにもけっこう自由じゃないやつがいる、とか(笑)、と思いました。

森さんの発言で鮮烈に覚えているのは「経済で社会を捉えているのは、左翼よりアナキスト」。これはいろんな意味で今日まで何かと思い出すことが多い。

森さん、次号の『図書』で金子文子について書いておられるそうで、すげえと猛獣編集者が言っているので楽しみにしとるけん。文子って、じつは南国勢のミューズよね。

女たちのテロル
ブレイディ みかこ
岩波書店
2019-05-31




Posted by mikako0607jp at 09:19│