2015年07月22日

オリジナル グランフォンド・ラ・マルモッテ

シクロワイヤードに掲載されたものは、かなり編集されてました!
そこで、現地写真満載で久々のブログ更新です。
重複しているところもたくさんありますが、よろしかったら見ていってください!

どうしてマルモットなのか?←ここ最近知る!

この地域にはたくさんのマルモッテが生息しているということでこの名がついている。
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グランフォンドという言葉は自転車乗りなら誰もが知る自転車イベントであることは日本でも浸透しているはず。でも、一体どういうものなのか、本場ヨーロッパのグランフォンドを知る人は少ないだろう。そして、私の出場したこのグランフォンド・ラ・マルモッテは、ツール・ド・フランスでもお馴染みのHC超級山岳カテゴリーを「これでもか!」というほど取り入れている最大級サイクルイベントで、7月4日に行われた。
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本来のラ・マルモッテのルートは、テレグラーフ峠とガリビエ峠が含まれているのだが、ガリビエ峠からアルプデゥエスを結ぶトンネル工事がこの期間に間に合わず、急遽上記のルートに変更となった。変更を余儀なくされたのは私たちだけではない。7月25日のツールもルートの変更をしている。
このラ・マルモッテは、グランフォンドの中でも頂点を極めるほど人気が高い。ツールとほぼ同じルートを走ることに加え、ロケーションの美しさに息をのむ。
私はレースをするから見ることができない。練習時にちょっと足を止め写真を収めた。
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7500人の定員で、開催される8ヶ月前からの11月に申し込みが開始されるが、ほぼ3日で席はなくなる。8ヶ月前からこの戦いが始まっていると言っても過言ではない。
戦いという言葉を私は使っているが、グランフォンドの敷居は低い。スポーツ診断書さえ提出すれば誰でもが参加可能なのだ。
カテゴリーが下記のように分かれていて、その時間内にゴールすればメダルをもらう事ができる。
(金銀銅メダル・マルモッテのぬいぐるみ・オリジナルTシャツ・10ユーロの中から選択できる)

女子      A 18〜34歳  AB 35〜49歳  B 50歳+
時間 金メダル 9時間27分内  9時間41分内  9時間56内
   銀メダル 11時間16分内 11時間33分内  11時間51分内
   銅メダル          完走
男子     C 18〜29歳 D 30〜39歳 E 40〜49歳F 50~59歳 G 60歳+ 
時間 金メダル7時間53分 8時間13分   8時間39分 9時間   9時間27分
   銀メダル9時間23分 9時間47分  10時間18分 10時間44分 11時間16分
   銅メダル          完走
私のようにレースをする人から金メダルや完走を目指す人など一人ひとりの目標は違う。
ほとんどのグランフォンドが当日申込み可能なのに対して、このラ・マルモッテでは当日申込みが許されていない。

 さて、私がスタートライン立つまでの準備を紹介する。
さかのぼる事、今年の1月から11500kmの乗り込みで備えていた。初めて出場するにもかかわらず、私は表彰台にあがるという目標を掲げ挑んだ。
体調はすこぶる順調だったのだが、5月に私のピークが来てしまった。これをこのまま7月4日まで持っていくのは非常に難しい。私のしていたシクロクロスは40分の競技。私の挑もうとしているグランフォンドは7〜9時間走る。ましてオランダには山がなく想定ができない。距離を見ずに自分が何時間走るかを想定して練習していたし、5月後半から6月までの間にベルギーやルクセンブルグにも走りに行って多少なりとも山の手応えをつかみたかった。でも、最後の1時間でいつも体がいうことを聞かなくなる。エネルギー切れだったり、脚が攣りかけ2秒前だったり。日々自分のからだと向き合う毎日だったし、免疫も落ちているのはわかっていたがごまかしていた。でも、そのごまかしも効かなくなり、2週間前とラ・マルモッテが迫ってきた矢先に病気で熱を出してしまった。おまけに今年のオランダは寒い6月。気管支に痰が絡んで体のだるさを感じながらの練習でその翌週をしのいでいた。
そんな矢先、練習仲間がラ・マルモッテの1週間前に開催されるグランフォンド・モン・ヴェントゥー135kmを走って現地入りするというので私も急遽便乗することにした。

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もちろん病み上がりで体が言うことを聞かないのは分かっていたし、気持ち控えめにレースをした。それでも、35°度の気温にかなり参っていた。基本的に暑さには強いはずだったのだが、さすがに14年もオランダに住んでしまって暑さから長く遠ざかっていたせいもありまさにしんどい。本当はカテゴリーで1位だったのだが、私は来ていない練習仲間のナンバーでスタートしたためリザルトなし。

でも、このグランフォンドのおかげで暑さに過剰反応することはなくなった。
が、しかし暑い!
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トム・シンプソンの記念碑
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トップで記念写真。

火曜日にモン・ヴェントゥーをあとにして、300km程北上にあるアルプデゥエスに向かった。頂上に予約していたホテルに到着して景色の美しさにしばし無言。
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 水曜日が自分を試す最後の調整練習で、コル・デゥ・グランンドンのルート確認を兼ねて出かけた。10%の上りが続く20km。途中で1回川を渡るため、谷に下りのあるところが特にリズムを失うし、脚に来る。それでもこの日はよく周りを観て楽しんで走った。たくさんの自転車乗りがここで脚を休めていた。
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アルプデゥエス頂上で羊の放牧にも遭遇。とても素敵なことなのだが、道路はふんだらけなので要注意だ。
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木曜日は全くの休息日に当て、私は自転車店に飛び込んだ。実は、水曜にアルプ・デゥエスを上った際にギヤが足らないことが引っかかっていたのだ。その日は元気だから普通に上れたが、162kmを走ってからのアルプ・デゥエスは別物であるし、回すタイプである私には命取りの事態だ!練習仲間の助言から34×28から34×32へ。この32がなかったら完走していなかっただろう。それほど私には重要なことで、山のないオランダで32のギヤを入手することも出来なかっただろう。金曜日は車でコル・デゥ・グランドンから先のルートを確認し準備は整った。
 土曜日、レース当日7時のスタートで、4時に朝食へ行き普通に食べる。スタートがアルプデゥエスの麓なので、ストレスのないよう6時に出掛けてゆっくりと下った。
昨年ここで37位を獲った練習仲間の助言から、他の強豪女子と一緒にスタートした方が得策ということで私の戦歴をオーガナイザーにメールし、592番のナンバーを117番に変更してもらってほぼ先頭でスタートラインに立つことができた。
スタート時間は下記の通り。
7:00スタート Nr.1〜1999
7:30      Nr.2000〜3999
7:50      Nr.4000〜
255
スタート4分前。
これからどうなるかわからない展開にワクワクの私だ。私のすぐ後ろで微笑む白いヘルメットをかぶっているのが練習仲間のウェスリー。彼は25位でフィニッシュした強者だ。
スタートしてダムを過ぎてからグランドンの20km上りが始まるが、それまでの集団は非常にナーバスな緊張感に包まれて、不意の段差でボトルが飛んできたりと″アテンツィオーン″と声をかけて周りに知らせる。
上りに入ってからは、自分のキープできるハイテンポで進む。聞こえるのは周りにいる人の荒い息づかいのみ。前から落ちてくる人や上がってくる人が入り乱れているが、それに対しての焦りは全然なかった。ただただ自分の維持できるスピードを保った。

それでも、シクロマラソンの女王イリス・ファンモーレンに抜かされたときはチェックした。
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シクロの女王イリス・ファンモーレン
でも、あまりのスピードの違いに付いて行く気力を失う。多分、10%の上りで時速3km/h違っていただろうし、174kmのまだ30kmも走っていないのに無茶はできなかった。
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グランドン頂上には知り合いがいて私が現在2番手であることを知る。
「良し、悪くない。」と思った。
グランドンの下りで2年前に死者を出たことから、その区間はニュートラルゾーンとして時間が加算されない。心持ち肩の力を抜いて下るが、これから先の平坦区間をいいグループに乗って上りの入口まで行かなければ余計な力を使ってしまうと思い、抜かされてばかりではと多少集中。
キツイであろうと予想していた標高777mモン・フェリニェールが意外にも勾配が緩やかで助かった。しかし、次の標高1630mコル・デゥ・モラールの17kmに苦戦する。車での視察では日陰も多く勾配も緩やかに見えたが、じわりじわりとこの辺りから暑さも戦いの1つに加わっていた。
コル・デゥ・フェリニェールの頂上あとからは必ず止まり、各所のエイドステーションでボトルに水を入れ休むことなくすぐ走り始める。
次の山岳コル・デ・ラ・コロイデフェールまでの短い下りで、2人の女子と合流する。
一人がオランダ人でエマ・ペターノット。
Stravaで見たことのある彼女に私は話しかけた。
「何歳?」
「29歳よ。」という返答に、いきなり年齢を聞いといては失礼なので、
「私は44歳なの。」と言うと、「このテンポでここに居るのは素晴らしい!」とお世辞をもらう。エマにはパートナーがいて、この先にあるエイドステーションではパートナーが吸水を行い彼女が止まることがなかったことで私は彼女から遅れを取る。
もう1人の女性は必死にエマに付いて行っていた。

2058mコル・デ・ラ・コロイデフェールで、もうすでに疲労が色濃く出始めていた。エマが遠くに見えて、″追いつけたらいいなぁ〜″と思うが、自分の足元を見れば自ずと答えは″ノー″と出ていた。この辺りから、足を攣って止まっている人が増え始める。日陰はまずないし、岩山なので天辺が見えるのも気持ちをネガティブにする。
あそこが天辺だと思い込んでいたが、Garminの標高がまだ1890mだという残酷さ。まだ先があることを悟る。私が常に見ていたのは、この標高と心拍のみ。この頃から体に水をかけないと意識が低下するのを感じていた。
やっとの思いで上り切るとまたすぐボトルに水をくみ、冷たい水をがぶ飲みし、またボトルを満タンにして走り始める。ここからは下り基調だが、グランドンの下りには谷がありコブ山がある。それも12%の勾配があるから厄介だ。
ここでエマに付いていた女性と合流する。上りは私に分があったが、私の下りはあまりにも慎重すぎて遅い。昔は、特攻隊と言われるほど下りは速かったのだが、2人も子供を産んで私は変わってしまってもう攻めれなくなっていた。
下りで彼女から遅れを取るものの、多少の上りで追撃し追いつくことに成功した。でも、彼女の仲間か長らく彼女と走っていた男性かよくわからないが、その彼が私に意地悪をする。わざと彼女の後ろから離れて間隔をあけ、私に脚を使わせようとするのだ。
″ムカつく″
今度は、別の若い男性が彼女にコーラを手渡す。
″私にもくれ〜!″と叫びたいところだったが、もらえるはずもない。
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向かって左がエマ・ペターノットで、右がアルプ・デゥエス麓まで私が戦った女性、誰だかさっぱりわからない。
標高1880mアルプ・デゥエスの麓から第21コーナーに突入した。
私に上りに部があると思って先行するも、第19コーナーでパッタリと時速6km/h。
ここからが私への拷問の始まりだった。
気温38度。体感温度は45度。ギヤは32に固定で入りっぱなし。
立ちこぎをしたいが、3踏みで脚が攣りかけ1秒前。
第16コーナーに練習仲間がコーラを持って待っている。
私の頭の中は葛藤だらけ、″止まりたい″″いや止まったら動けなくなる″。
その繰り返しだった。
やっとの思いで第16コーナーに着いて小さなコーラを手渡される。
″デカいのをくれー!″と頭の中で叫んでいた。簡単にコーラを飲み干しも呼吸が整わなくやはり動けない。埼玉県人であるのだが、頭の中でなぜか関西弁が、
″あかん″とつぶやく。
体に冷たい水をかけてもらい、「勾配のあるところはもう終わったから大丈夫。」と励まされどのくらい止まっていただろうか。あとで聞いた話だが、10分も止まっていたし、ゴールまで私がたどり着けるかすごい心配だったと練習仲間が言っていた。
とりあえず心拍138になったのをみて踏み始めた。股は痺れているが脚が攣りかけ1秒前だから立ち漕ぎはできないし、そのあと股が痺れていることがこのあとどうでもよくなっていた。また1人小さな若い女性が私を凝視しながら抜かしていった。私の頭の中はゴールすることだけの意識を保つことだけで精一杯の直面だったし、彼女はすぐに見えなくなった。
しかし、どこから見えなくなったはずの彼女が視界に入り、時速6km/hしか出なかったはずの私が無意識に踏み始めていた。すぐ我に返って、頭の中で″私、壊れる″とつぶやいていた。彼女を見てはいけない、視界に入れて走ってはいけないと思い、その手前にある水場で1人男性が止まってボトルに水をくんでいるのを目にし、私も止まる決意をする。水が冷たくて目が覚めて一時生き返る思いだった。
それから4コーナーまでは覚えていない。
4コーナーには、カメラマンが立っている。
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カメラに目を向けて笑う余裕など、0.1秒もない状況。
泣きそうな顔をしているように見えるが、泣こうという涙の出る選択技もない。
ただただ踏んで前に進むことだけしか考えていない。
でも、止まって楽になりたい思いもあり、でも、止まったら2度と走り出せないのではないという怖さの葛藤と戦い続けていた。
それでも、第1コーナーを過ぎて残り1kmで木が数本の木陰を見つける。1人おじさんがそこで電話をしながら立っていた。とりあえず、ひと呼吸入れるしかなかった。メチャクチャ息の荒い私にそれでも話しかける。
「日本人か?」もっと質問攻めにあっていたと思うがあまり覚えていない。ただ、私をちょっとそっとしていてくれる?と思っていた。それでも、そのおじさんも心優しく、残り少ないお水を私の首にかけてくれた。
「メルシー」と言ったかも覚えていない。
もう走り切れると自信を持って走り始める。前には2人の男性が走っていた。
一人はもう体が左に傾いていて限界をさ迷っているのが見て取れた矢先、もうひとりの男性の後輪が「パン!」と大きな音を放ちパンクした。頭の中で、″済まない、私はゴール目指す″とつぶやいて抜かしていった。
意識もうろうでゴールした。
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どうゴールをしたか覚えていない。
この写真を見て笑ってガッツポーズをしていたのを思い出した次第で。
このあと、立っていられず日陰を探して横になっていると、私の呼吸に驚いたオランダ人が救護を呼んで、私は救護室のある体育館に椅子に乗って連れて行かれた。
呼吸が整うのに時間がかかったのと、多少の震えとめまいがあったため動けなかった。
血圧も90-60と低かったら、もうふらふら。コーラを少しづつ飲んで休んでいる途中私の電話が鳴る。娘の愛美からだった。「今、ママ喋れないからあとにして。」と言って切った。コーラが空になるとだいぶ意識もしっかりしてきてお腹もすいて来たことで私自身大丈夫だと判断し、ドクターに許しをもらって外へ出た。
すると、マイクロフォーンで私の名前が呼ばれているではないか!
あまりの人だかりにステージがどこにあるのか一瞬分からなかったが、多少の千鳥足でステージへ向かった。
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私の目指した夢の表彰台。

カテゴリー女子35〜49歳の部第3位。
感無量の瞬間だった。
気温45度。1時間ごとにパワージェルとエナジーバーを食べ、5リットルの水を飲み、7時前に1度トイレに行ってから5時までトイレを必要としない異常な状況。(5リットル飲んで、2kg体重減)
最後の超級山岳カテゴリーアルプ・デゥエスは、私にとってどのような感覚であったかを表現するならば、パワーマックスでスプリントをしたあとそのまま休むことなく1時間40分踏み続ける状態と例えられるだろう。これほど過酷な思いをしたのは長い自転車経歴をもった私でもこれが初めてだ。
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なんのトラブルもなく、私を支え続けてくれたバイク。
 私が走ったルートはツールにも使われている。
7月23日
コル・デゥ・グランドン超級
モン・フェリニェール
7月24日
コル・デ・ラ・コロイデフェール超級
コル・デゥ・モラール
7月25日
コル・デ・ラ・コロイデフェール超級
アルプ・デゥエス超級
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ここはオランダコーナーと言われていて、オレンジ色に染まり、
オランダ選手が毎年鳥肌が立つほどビックリする場所なので要チェック!

選手がこれらでどのような走りを見せるか今から楽しみだ。
残念ながらこの大会からまた死亡者が出てしまった事を報告する。
あまりの暑さで、51歳、男性、オランダ人の死亡が確認されている。
彼のご冥福をお祈りする。
7500人申し込みで、4678人完走。
このように過酷であった。
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私はダイエットを解き放ち、好きなものを食べまくっている。
どれだけ追い込んでいたかStravaで見ることが出来ます。
覗いてみてください。ここ
私の長い文にお付き合いいただき、ありがとうございました!


mikaogishima at 20:58|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2015年02月04日

男の趣味部屋?

うちのガレージを紹介。

うちには車が今はないけど、昔あった時から
ガレージは自転車専用になってた。
今はちょうどとあるスーパーの
ハムスターウィークで半額セールが続いたから
ちょっと私のものが増えているけど気にしないで。
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ここには自転車が

クロスバイク     私とシャークの2台
ロードバイク冬用  私とシャークの2台
マウンテンバイク  太郎の通学用とシャークの2台
普通車        愛美と私とシャークの3台

計 9台

常時で、時々私の台車のクロスバイクがもう1台入ったりもする。

正面の仕事台は年季が経っていて、工具が掛け易いよう
L字の金具がいっぱい打ってある。

正面左の仕事台上収納は、ネジ類やニップル止めとかとにかく細かいものが
しまってある。

正面左手前の収納は、靴だったり、ヘルメットだったりで、
扉の中には日曜大工の道具も入ってたりする。
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台の引き出しには、パーツとかべだるとかが入ってる。
正面右側の棚には、タイヤ類やオイルやら。
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フックで車輪を引っ掛けるようにしてある。 

片付けてなくてかたじけない!


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mikaogishima at 06:13|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2015年02月02日

マチューが勝ちましたね!

私が最後にシクリッシモの原稿を書いた2012年1月14日の結びに、
こう書いていた。

下記がCICLISSIMOへ提出した原文。

そして今私の注目しているオランダ期待の星、マティウ・ファンデルプールをここに挙げよう。
ツール・ド・フランスステージ優勝通算3回、アムステルゴールドレース、ロウンドファンフラーンドレン、パリ〜ブリュッセル等々の名だたるレースで表彰台の天辺に立ったことのあるアドリー・ファンデルプールを父と、ミラノ~サンレモやリュージュ〜バストーニュ〜リュージュで優勝をしたことのあるフランス人のレイモン・プリドールを父に持つ母との間に生まれたサラブレットとも言える彼は若干17歳である。
ニューベリゲン(14~15歳)からほぼ負けなしでジュニアに殴り込みをかけて、彼の相手になる者がいない。どんなコースコンデションでも強くて隙がみつからないほどだ。
とあるレースで私も彼と一緒に走ったことがあるが、あまりの速さに私は後ろにいる気配も感じずに道を譲ることも出来なかったが、私を抜かして行った時はまるで「蝶のように軽やかで舞うがごとく。」瞬く間に彼は消えて行ってしまった。その非凡さを目の当たりにしたのが、まだマッチ棒のように細かった彼が14歳の時で、今はたくましく成長してパパに近づくほど大きくなっている。
これからオランダにたくさんの金メダルをもたらすに違いない彼から目が離せない。
 マティウ・ファンデルプール…、シクロクロス界に名を残す選手となるだろうから名前を覚えておいてほしい。

そう私は既に書いていたが、まさか最年少20歳も
数日前に誕生日を迎えたばかりの若武者がエリートの大舞台で
大物をバッサバッサと......。

ワウト・ファンアールツにもチャンスはあったが、
ベルギー選手権の時と同じく

歯車があっていない......

運の悪さを自分から引き寄せていた感がある。
でもこれってどうすることもできない歯車。

コケた時も、他の選手とは全く違うスピードで
コーナーに突っ込んでいる。
冷静さを失っていたのは明らかだ。
ここ

でも、今回はうまくいかなかった彼だが、
彼も絶対世界チャンピオンになるだろう。

表彰台に上がった若いニューフェイスたちの
強さを見せつけた世界選手権だった。
さぁ〜これからベテランたちがどう割り込んでくるかが
楽しみだ!



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mikaogishima at 18:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

実は、レースに出てました!

毎年出ているチョーローカルレースで、
毎年優勝していたわけで、
これといっての練習もせずに行ってきた。
昨年2位の子とデッドヒートの末負けてしまったけど、
年の割には、かなりかなり頑張ったよ。
深い泥あり、砂ありでとりあえずそこらじゅう重いの。

デッドヒートをしている時に、私のラインや
手の内を見せてしまったことが悔やまれるが、
足が攣るまで平均心拍は180で行ってた。
その攣るまでの30分をキープ。
↓を見ればわかるよ!

ここ

もうすぐまた年をとりますが、インターバルもせずに
ただ自転車に乗っていただけで180を30分キープ
デキる自分にちょっと自信が持てた。
負けてはしまったのものの、

来年は勝つぞ!

という意気込みはない。

LithseHam2015

1回のレースでうまくやろうというのは無理なお話で、
レース慣れは絶対に必要。
練習の強度と、レースの強度は全く別物であるから。

今回は、昔と同じようにハリーがピットに入ってくれて
ハリーミカコンビの復活に
ハリーが喜んでくれて嬉しかった。

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mikaogishima at 04:48|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2015年01月30日

シャークがめでたく53歳になりました

数週間だけだけど現在私と10歳違い。
長生きをしてもらわねば。
お約束のバースデーケーキ。
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オランダでは、自分の誕生日にケーキを振舞う風習があり、
ケーキ屋さんで50個ケーキを注文すると
100ユーロは飛んでいくので、
ここはひとつ節約。
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でも、シャークの同僚は私のケーキを楽しみにしている人も
多いから手は抜けない。
ロールケーキはまさに手抜きケーキ。
焼き時間は短く、すぐ冷めてクリームが卷けるから。
ロールケーキは簡単!
ポイントは、

ヘルシーにバター無しの牛乳足し

しっかりメレンゲをたてる ツンツンになるまで

オーブンから出したら即、型をひっくり返して保湿
これをしないとパサパサになってしまってしっとりしないの

卵 4個
砂糖50g
牛乳50ml
強力粉50g
180度 10分

これであなたもロールケーキの達人!


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mikaogishima at 06:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年01月03日

明けましておめでとうございます

あれもこれもと欲張りたいところですが、
体さえ健康であれば、何でもやれると思うから

健康第一!

が目標。

こんな私ですが、今年もよろしくお願いします!

FBやらでたくさんのおせち料理を見て、
初詣の神社等も見、
日本の初日の出も所々至る角度から見、
オランダに居ながら大変贅沢なお正月。

皆さん、ありがとうございます!

ところで、日本滞在のさらに番外編ですが、
12月14日の全日本の時、
チームテントの前に
「玉こん」の文字がちらついていたのに、
宇都宮から来ていたアベさんからチームに
頂いたというモナカを3個だけで朝から撤収まで
頑張ってた!
レースが次々続いていて、腰を下ろして
食べている余裕が全くなかった。

ん〜、美味しいものを前にして惜しいことをした。

あっ、思い出した!

みーさんからおにぎりをもらったっけ、
ありがとう!

そのお礼に、靴底レクチャーを
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皆しているのに知らないと損するね。
初代の私の靴は、ハンダゴテで溶かしてかなり取った。
かなり取るとかなりの違い。
お試しあれ〜!

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mikaogishima at 22:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年12月31日

パート6 日本滞在番外編

今回もアライレーシングの武田さんの
MURACA号を借りることができた。
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このお陰で私の夢は広がった。
まずは、足慣らしならぬ日本慣らしということで、
お墓参りに昔住んでいた世田谷へ。
環八でトライアスリートをナンパする。
話をしていると、どうやら白戸太郎さんの後輩だという。
甲州街道まで一緒に走ってお別れしましたが、
FBですぐにお友達になった。
お墓参りを終えた出口にあったもみじが見事だった。
070
日本にいるあいだに本当はヤビツ峠や道志、上野原や
津久井も行きたかったけど、実家のある朝霞からだと
それほど欲張ることはできなかった。
それでも、某元選手の「100回は登った。」までは
いかないが、何十回は登ったことのある大垂水峠は
外せない。
久しぶりすぎて、圏央道が出来ている事など知る訳もなく、

「なんだこれは〜!」とは叫ばなかったが、

本当にビックリで、時速を落としてしっかりと見てきた。
上下線が別れるからちょっと焦ったけど....。
とりあえずまっすぐ走った。
昔と何も変わらない景色が私を迎えてくれた。
086
その日は何だかんだで132km乗れたので満足だった。
ここ
 
アライレーシングの練習会というか、ポタに参加。
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色々な話に花が咲く.....。
お腹ポッコリに効く、バイクに乗りながらのエクササイズを
指導。ものすごい怪しい写真になった。
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その日は一日に3つも掛け持ちしてたから忙しかった。

そして、10日に仙台へ入って11・12日と東北で乗ることができた。
12日は蔵王へ行く予定で地図を頭に叩き込んだつもり
だったが、しょっぱなから道を間違えて、行き止まりへ
突っ込んだり、工事で通行止めに阻まれ来た道を
また戻ったり、とてもじゃないが蔵王にたどり着かなくて....。

プランAからプランBへ。

プランBに変更して、スズラン峠を目指す途中で
女性をナンパする。
どうやらスズラン峠の近くに住んでいて案内してくれることに。
スズラン峠へ向かえば向かうほど雪が.....。
その女性が言うには、峠の向こうはさらに悪いと.....。
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ここを右に曲がるとスズラン峠という所で、プランBを
諦めてプランCということで折り返し引き返して菅生へ戻った。
ここ

私の住んでいるところは、というか、オランダには
道のり3kmぐらいの峠しかないから登りを
堪能できて嬉しかった。

1年って過ぎるのが早いですね。
2015年は私にとって発展のある年にしたいと思います。
皆さん、良いお年をお迎えください。
そして、来年もよろしくお願いいたします!



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mikaogishima at 04:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年12月30日

パート5 全日本シクロクロス選手権in菅生

勘違いのないように言っておくけど、私は出てない。

今回、Team Chainringの監督である菅田さんが
主催ということで、ピンチヒッターの監督代行を務めた。
即席だったけど、選手が出来るだけ集中できるように
心がけてた。
ピットに立った経験は非常に少ない。
でも、ピットに入った回数は数知れず.....。
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宮内選手に勝たしてあげたかった.....。
豊岡選手が走れているようにも見えなかったし、
チャンスはあったハズ。
でも、宮内選手にはレース中に自分の置かれている状況を
冷静に判断する経験差が豊岡選手と違っていた。
経験値のある豊岡選手でさえ、ピットを通り越して、
焦りながらも逆走してバイクを交換することにこだわった。
私もあの状況なら同じことをしただろう。
そのロスタイムよりもバイクの交換が重要であったってこと。
赤土のバイクへのこびりつきは尋常じゃなかった。
乗る以外の場所は全てバイクを担いでクリアしなければ、
バイクは重くなるばかり。
それらを忠実に守っていた者が勝者だ。
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しかし、ピットはヨーロッパに負けないくらいの乱戦だった。
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あれ以上のことはもうありえないから、
これからはドンと来いですよ。
選手のお父さんたちには本当に助けられました。
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2014年12月29日

パート4 GPミストラル

12月7日のGPミストラルでワンポイントレッスンを
やらせていただいた!
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子供たちが元気で......。
時間が限られていたので急ぎ足で....。
コースを使って1周の組立などを説明したけど、
みなさん上手くいったかなぁ〜?
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こういう機会がたくさんできるように頑張りますよ!
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主催者の大山さんとアライレーシングの武田さんに感謝です!
中野さん、写真をありがとうございます!


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mikaogishima at 04:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年12月24日

パート3 シクロクロススクール

3年前にシクロクロスサマーキャンプの経験があったから、
受講の皆さんが退屈で眠くならないように雑学の
パワーポイントを作った。
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見よう見マネで始めた方が多く、たくさんのことを知っている人が
ほとんどだったようだが、「どうしてそうなのか?」
と言うことがわからない点と点を結ぶ私が線の役割になっていたかと。
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見よう見マネでしていたであろう、バイクから降りる作業と
乗る作業から担ぎまでポイントはたくさんある。
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みなさんが熱心なので私も力が入る。
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シクロクロスをする人口が日本で確実に増えているのを
この目で見て、講習の必要性を強く感じた。
雑学有りでも抜きでも講習や練習会などを
自分で企画をし動いていくのでこれからもよろしく!
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受講された皆さん、ありがとうございました!
茨城シクロクロスを仕切っている影山さんに感謝です。
FBへ投函された皆さんの写真等を使わせていただきました!


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mikaogishima at 22:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年12月22日

パート2 日本滞在2週目

慣れないiPhoneを借りて、Wi-Fiを探し回ってた。
野辺山で見た八ヶ岳がとても綺麗で感動ものだった。
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この週は、私がお世話になった人たちとの再会に当てた。
まず、火曜は私のトレーニンググラウンドである八王子へ。
来たのは10年ぶりに相当する。
駅構内もあまりにも変わってしまっていてまるでオノボリさんだ。
ここ八王子には恩師がたくさんいる。
今回の滞在は私一人とあって私のフットワークは軽く、恩師に
無理を言って昔のオフトレを再現したく高尾山へ連れて行ってもらった。
前日の雨が嘘と思える程の快晴で富士山がド〜〜ンと私を迎えてくれた。
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60歳を超えた師匠だが、体力は健在だ。
昔のように話をしながら登り、今更ながら私の雑学が
昔と同じように蓄積されていった。
その夜もさらに恩師たちを交えて居酒屋で昔話に花が咲いた。
いろいろなことがあった八王子には今の私の基盤となるものが
詰まっている。
八王子は私の第2の故郷だ。

そして次の夜は、その昔一緒に練習したことのある
十数年ぶりに会う旧友と飲み会。
人生初のドンペリをいただいた。
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武蔵野線新秋津駅近くのお店のオーナーも昔馴染みの阿部さん。
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そして、オリンピアンも駆けつけてくれた。
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昔話やマル秘話に花が咲いて、本当に楽しい夜を
ありがとう!

そして私が慣れひたしんだトレーニングコースの再現。
ただ、実家の朝霞からだとそう遠くには行けるはずもなく、
八王子周辺に留まった。
この新小峰トンネルはお初。
旧小峰トンネルは暗くてじとじしていて狭かったので
あまり一人では通りたくないトンネルだったが今は違う。
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何百回とはいかないが、何十回も登ったことのある
高尾の先の大垂水峠。
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この途中に圏央道が出来ている事など知ることもなく、
ただただ一人で驚きながら走っていた次第で。
飽きない133km乗れた日だった。

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mikaogishima at 21:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年12月19日

パート1 日本へ着いて

まずは説明を....。

実は、5月からTeam Chainringの監督代行を頼まれまして、
シクロクロススクールをたくさん入れてもらう予定だった。
スクールが茨城1つだったのが寂しかったところ...。

今回は初めて羽田着の航空チケットを抑えて、成田のいつもとは
違うルートで日本入りした。
行きは、福岡経由、帰りが関空経由のチケット。
福岡行きの飛行機は空席が多く、有り難い事に私の列の3席
独占状態だ。
何本か映画を見て、体を横にして3時間は寝れた。
私は基本的に乗り物では寝れないタイプだ。
その甲斐あってか、時差ボケの取れが早かった。
次の日は野辺山に移動で、待ち合わせの東上線上福岡にある
アライレーシングにいると、次々とサイン会となった。
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この様子をTwitterで見た方も駆けつける。
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そうこうしていると、武田和佳選手が私をピックアップに到着し、
野辺山に向けて出発。
女子トーク炸裂であっという間に野辺山に着いてしまった。
野辺山のペンションホテルで既に日本時間にバッチリ体は合っていた。
化粧道具を忘れた。
普段していないから、「まぁいいや」と開き直る。
土曜日の野辺山は皆さんも知る大雨。でも、寒くない。
セブンでTeam Cainring菅田監督にカッパを買ってもらう。
本当は、この日選手と試走の予定だった。
雨だ、ドロドロだ。散々ヨーロッパで走っている私には茶番な話だが、
選手を止めているし、ジャージとバイクの始末も考え、なおかつスケジュールが
機密を理由に辞退表明。
これは時間がなかっただけに正解だった。
でも、宮内選手が豊岡選手に大負けしてしまった。
そのことでちょっと責任を感じる。
次の日はヤリが降ろうとも絶対一緒に走ると誓った。
一緒に走って私の知っている知恵を絞って細かく指示をした結果、
豊岡選手に宮内選手は勝ったのである。
日曜の野辺山は最高にいい天気でした。
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元世界チャンピオン同士で、素晴らしい八ヶ岳をバックにパチリ。
気持ちよく埼玉にある実家に戻った。


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mikaogishima at 03:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年04月10日

オランダもしっかり春です!

私のいつもの90kmコースを1人でポタってきた。
さすがにグループだと写真などとっている暇はないから
1人のいい天気の時はカメラを持っていいくようにしている。
特に今は子羊のたくさん見れる時期だからなおさら。
とまぁ〜最初に見たのはカモちゃん。
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こんな子沢山を見たことがないので、多分だけど
ほかの子の面倒を見ているんだと想像。
カラスがチョッカイだしてたけど、ママが追い払ってた。
産毛感が何とも言えない!
DSC02193
天気の良さも手伝って羊も放牧。
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ママは黒だから、パパは白ね。
DSC02202
今日はラッキーなことにコウノトリもいた!
4月・5月の時期はよく見かけるけど、体外遠くにいて豆粒。
コウノトリは警戒もキツいからカメラを取り出して
ハイ、シャッターを押しましょうという時にはいなかったりして
うまくいかないんだけど、今回はすぐに逃げない♂だと私は
思っている。
DSC02195
大抵これが精一杯なんだけど、今回は特した気分。
DSC02198
オスはメスを探しに放浪をするらしい。
メスが1羽でいることは考えにくいから....

もう少しするとツバメもやってきてもっと暖かくなるんだ。
そんなオランダだよ!
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2014年03月14日

子供たちと過ごした日本 パート3

日本滞在も残り2日間になり、金曜日は結構
タフな日でした。
池袋にある防災館の予約が取れ、地震・火事の
防災訓練の体験をしてきた。
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子供たちと体験したのは関東大震災並みのM6.7
だったかな?
DSC02143
それでも結構な揺れだったけど、
M9もその後した結果、とんでもなかったことを知りました。

このあとは、火事を発見した時の消化の仕方や、
火事のでた場所からどう脱出するかの訓練をして
子供たちにも大変良い経験だった。
それが3時までで速攻実家へ戻り、
着替えてかなりの時間の余裕を持って講演のある
青山へ出かけたのですが......

実家からだと地下鉄副都心線で明治神宮前で降りて
歩いても青山はすぐだと大きな勘違いをして
私の中では打ち合わせもあるだろうし30分前には
会場に入る予定だったので、どんどん早歩きになって
終いには走ってた。
場所がわからなくてブリヂストンのショールームにも
駆け込んで助けていただきました。
そのあとも走る走る。
息が荒いままドアを開けて開催者の皆さんに
ご挨拶でした。
聴講しに来てくださった方々を全速力で抜かした様で、
私は血相をかいた姿を見られて恥ずかしい...。
時間には余裕があって、ヒールのある靴で
全速力で走る程のことはありませんでしたね。

急遽、友人の絹代さんが進行してくれることになり、
メールを見ていなかった私にはサプライズという形に
なりましたよ。
絹代さんはその昔シクロクロスに携わっていて、
オランダの私の家に泊まったことある1人で、
愛美に言われるがままよくおんぶをして
いただきました。
懐かしい!
もう今は愛美が重くて出来なと思います!
DSC02148
緊張もなく、トークショー的な講演でした。

日本の交通網インフラが少しでも良い方向へ
進むようにオランダでの事例を紹介しました。
DSC02146

DSC02151
最終日は寿司三昧で、太郎の箸サバキがなかなか。
あっという間の10日間でやっぱり短いね。
また行きたいよ〜〜〜〜〜!

自転車ばっかり乗っている私ですが、基本にあるのは
体力がなければ何もできないということが持論です。
このまま行きますし、新しい事へも挑戦します!

とりあえず、今回の日本滞在は完結!

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mikaogishima at 16:14|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2014年03月13日

子供たちと過ごした日本 パート2

本当はスカイツリーへ行く予定だったのですが、
予定していた日が全日雨予報で却下となり、
埋め合わせで都庁に変更。
それでも太郎は近くで見たいというので
浅草まで出てふもとまで散歩したの。
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ちょっと今時っぽくスカイツリーを持たせてあげました。
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ここは外国人の名所なんだよ...っといったところで
よく分かっていない2人にイヤイヤ雷門で撮らしてもらう。
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帰り際に上野駅から出る新幹線を見ようということになり
見に行ったのですが、2人は乗れるものと勘違いして
私は睨まれる。
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私が数年日本を離れている間に電車が便利になっていることに
驚く。なんと埼玉から横浜中華街へ電車一本で行けるのだ。
それもあり、長年十数年来のシクロクロス同士である
横浜に住む池本選手と前々から約束していたので横浜へ繰り出した。
前々から知り合いで、今年のシクロクロスの世界選で
オランダへも来ていたありささんも来てくれて、
彼の提案で八景島シーパラダイスへ。
もちろん子供たちは大喜びで....。
移動の車の中で念願の富士山を見ることもできた。
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クジラのしずかちゃんを触れることができてご満悦の太郎。
私も触ったのですが、さすが哺乳類、ほの温かかったのが印象的。
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〆は中華料理で、「大変美味しゅうございました」
愛美が初めて会うありささんを18歳と言い張り、未だありささんの
本当の年齢を受け入れていないようです。

つづく

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mikaogishima at 15:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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