2017年06月01日

 梅雨の好きな人はいないと思うがバイク乗りにとって雨降りはまさに天敵、そんなうっとおしい時期になるまえに「乗り貯め」をしてきた。

鈴鹿と滋賀の二人と埼玉からのメンバーの中間地点である磐田市のヤマハ博物館に集合、その後は福ちゃんと島田市の「長生きの橋」、(長い木の橋)を見物。
静岡県の広報17蓬莱橋1







(県の広報写真) 本名は蓬莱橋 897,4m(厄なし)は徒歩での往復がエライので渡るのはやめた。

DSC_0383[1]ヤマハ博物館にて
左は浦和のバイク店主滝沢氏、ロッシ選手の顔が小さいのかあるいは・・・?。磐田ツーリング

週末ではなかったため朝から大渋滞、高島平から東京INTまで一時間もかかった。
YD1
予科練くずれの長兄も乗っていたYD1
三方五湖

三方五湖レインボーラインにて
5月中旬は自分が所属するツーリングクラブの鈴鹿支部が主催した福井県敦賀方面への旅。 吉村太一さんの顔も見える。


会名のないバイク集会、5月度

Berneg初めて見たバイク
ライダー歴56年で、いっぱしのバイク通を自認する自分も知らなかったバイク。   Bernegという名前も初めて聞いたが美しい車だ。ヘッド右横のディスビが泣かせる。
ポインターACEメグロ250山口は新明和興業の56年ポインターPA6
(250cc)、オーナー氏は『マフラーは腐ったので別物を付けたが他は全然いじってない』
は自作のアルミタンクとシートでドレスアップしたメグロ250
は57年ヤマグチSD87cc、驚いたのはキャブのインテークマニホールドに孔を明け、クラッチケーブルを貫通させている。オーナー氏いわく、純正キャブが無く、別物だがヘッドに付けられない為、インマニを自作した。クラッチケーブルが極端に曲がってしまうのでインマニにパイプを溶接し中にケーブルを通したとのこと。
H社でエンジン設計の責任者を務めた人も来ていたが『ウーン・・・』と言ったきりコメントなし。

パイオニアラン2017
ヒラノ、スタート 5月末には宇都宮ロマンチック村でのパイオニアランを見物
スタートラインについたのはトランクタイプスクーターとして61年に少量が販売されたヒラノパルモビルPSB型


ヒラノ
これがバイクに見えるだろうか?
50cc、 2.8馬力、Max53Km/h





ビンセントヴィントコメット500 スピード狂が憧れたブラックシャドーと良く似ている。




発動機2
♫ 僕の名前はヤン坊、僕の名前はマー坊♫ つい懐かしいコマソンが出るヤンマーディーゼル




発動機3
パイオニアランの特徴の一つは発動機の展示が多い事。毎分ウン百回転でノンビリ回る姿には2万2千回転のRC149を走らせる身にとっては『新鮮な驚き』だ。







DSC_0437[1]大利根軍団


大利根旧車会の皆さんと



(おわり) メンテのため、しばらくコメントへの返信は出来ませんのでご了承下さい

(12:20)

2017年03月20日

 題名のない音楽会というTV番組があったが我が家からバイクで7〜8分の所で会の名前もないバイク集会があったので『こたつむり』を返上して行ってきた
集会風景2
東京から埼玉に入ってすぐの河川敷に2か月に一度集まってくる旧車好きの集会。



BMW500トラタイガー



集会風景1


受付、申し込み、会費などは一切不要、会長を名乗る人も特にいない、ただ集まって自慢の愛車を見せ合いバイク談義で時間を過ごすというもの。

こう言う”お気楽”なバイク集会はアメリカでは良く見かけるが日本でも徐々に浸透してきたようだ。

この日は50台くらいが集まったが、やはり年配者が多い。

カブの修理最年長の82才氏が手に入れたばかりのカブ102が来る途中でエンコ、近くのバイク店のオーナーが軽トラで運んでくれた。皆で修理を試みているところだが旧車に精通した人が多いので心強い。

語らい - コピーカブのステッカー






ようやくバイクの季節がやってきた、皆さんコタツから飛び出しましょう。
end



(23:19)

2016年11月13日

小春日和と言うのか、ポカポカ陽気に恵まれた13日(日)に奥秩父は小鹿野の紅葉と名物の観音そばを楽しみに行ってきた。

16年紅葉ツーこの日集まった人たちは、年齢は33才から75才、普段の仕事は燃料屋、肉屋、石屋、バイク屋、元オートのプロ選手、そしてホンダOBなどさまざまだが皆さんいずれ劣らぬバイクキチ。

16年観音茶屋
バイクはドリーム50やCBX6気筒、トラなどが目立っていて私のCB1100EXもかすんでしまうほど。
カントリーロードの両脇の山々の紅葉を愛で、少しだけ加えた峠道では思い思いにコーナリングを楽しんだ。

バイク談義1
異業種交流会ならぬ異車種交流会、皆さんバイク談義が始まると止まらない。
この中には100台近いバイクを集めた人もいる。

バイク談義2
細かいセッティングの話や部品の入手方法まで話題は尽きない。
ホンダ車の開発に携わった人も多く奥深い話も聞ける。

荒井、滝沢両氏元オートレーサーの荒井さん(右)と愛車のトラボンネ03年、ハンドルは左右同じ高さだった。
左は浦和のロードスター店主滝沢さん、 Yam FJ1200で参加。

皆さんライディングの達人で整備状態も完璧、更に集合時間も守った結果、予定より1時間早く解散となり渋滞前の道路を走り、明るいうちに帰宅できた。
おわり

(19:27)

2016年10月26日

20日(木)はXL250で奥秩父、22日(土)はCL72で茨城・千葉方面へ単独ツーリングに行き、翌23日(日)はホンダ青山本社でのカフェカブミーティングを見に行こうと決めていたら夜8時頃に先輩から電話が入り、「自衛隊観閲式の券が余ったから行かない?」,自分としては何年も希望していたので二つ返事で「行きます!」やっと念願が叶った。
    普通科部隊
陸自1     女性自衛官部隊
女性陸海






オスプレイ前米兵隊さん2






友情出演?(祝賀部隊)の米軍からオスプレイ(MV-22)2機、初めて飛んでいるのを見た。
右はストライカー旅団の兵隊さんとの写真だが一発ギャグ(アメリカンスラング)で笑わせたところ。     自分の帰国後30年、まともな英語より得意とするスラングはまだまだ通用することが分かった。
よほど気に入られたのか兵隊さんが自分のカメラを取り出し、「このヘンなオジさんと一緒に撮ってくれ」と言っていた。
     偵察部隊
バイク部隊KLX250Kaw250







        
チタンコーティングのインナーチューブ
DLCフォークこのバイクの役目がらメッキパーツなど光り物があってはマズイだろうと思っていたらしっかりとチタンコートで黒くなっていた。
最近はチタンコートとかDLCとか爺さんでは付いていけないような新技術がどんどん標準化されている。
残念なのは輝くブレーキディスク、いっそのことカーボンにするかドラムに戻す?
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観閲式の10日ほど前は60才からのツーリングクラブで大町温泉と黒部ダムに行ってきた。
大町集合写真福ちゃん







黒部ビューホテルに集まったメンバーは88人、「60才からの〜」ではなく「70才からの〜」にしてくれと言われるほどの高齢化が進んでいるが皆さんの元気と熱気には毎回圧倒される。 右は黒部ダムの福ちゃん、バイク用のブーツで歩き回ってヘロヘロ状態。
下は恰好と時期的に”老人クラブのハロウィン”かと思われそうだが皆さんバリバリの現役ライダー、辛うじて60代の私などまだ洟垂れ小僧の部類です。(この6枚の写真は幹事の田中氏提供
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ddeegg
終わり











(00:03)

2016年07月27日

梅雨の晴れ間に紀伊半島一周ツーリングに行ってきた
白浜集合
ここは20年ほど前、まだ東京ー那智勝浦を結ぶフェリーがあった頃に一度走っているが、今回は白浜温泉での「60才からのツーリングクラブ」に参加も兼ねていた


20年前に来た時は、朝の5時頃にフェリーを降り、「和歌山に来たら最初に熊野三山に詣でること」、と同行した地元出身でナナハン乗りの友人に言われ、先ず本宮大社、速玉大社、那智大社をまわり、安珍・清姫の道成寺、そして日本一大きな鳥居が田んぼの中に立つ大斎原、その晩は彼の故郷「龍神村」の国民宿舎に一泊。
翌日は龍神スカイラインを走り高野山参りを済ませ、日ノ御崎のアメリカ村などを見て回った。

従って、今回は内陸部に入るのはやめ、大阪の松原JCTから入って海岸線をたどる文字通りの一周ルートとした。


親子ツーリング最初の宿泊地、伊賀上野に行く途中の牧之原SAで出会った親子タンデム、あまりのカッコ良さと可愛さについ一枚、
ウチの孫たちは野球漬けでバイクには乗ってくれないので実に羨ましい。


白浜での大宴会の翌朝、お互いの生存を確認し、夫々の目的地へ向け出発するが朝の集合写真には何故か20人ほど写っていない。
我々「伊藤グループ」は7台で次の宿泊地の鳥羽へ向かう

福田、博士
鳥羽まで案内してくれた鈴鹿の福ちゃん(CBR1000RR)と彼の最近のパートナーで御年75才のS博士(実際に工学博士)のCBR650F



伊藤GrフォルツァがGrリーダーの伊藤弘さん(77才)、このバラバラの車種で途中の那智大社、速玉大社などを参拝し275Km先の宿舎・鳥羽荘を目指す
(本宮大社は内陸部のためパス


潮岬灯台
潮ノ岬に灯台あれど恋の闇路(やみじ)は照らしゃせぬ♫と唄われた潮岬灯台。

 恋の闇路より三途の川を照らして欲しい老ライダー3人、200円を払って上った68段の急階段でヘロヘロ状態。


クジラを喰いに

太地町入口白浜から同行の6人は福ちゃんの案内で那智大社に行き、私は20年前に食べ損ねたクジラを喰うために一人で太地町へ。

福ちゃんは「あんなマズくて高いモン」と全く取り合わず、色々な人を案内して数回は行っている筈の那智大社に向かった。


くじら家ランチ何軒もあるクジラ料理屋のうちの一軒に入ったがメニューの値段を見てギョッ!。ランチ定食が3,980円もする、だが、ここでリタイアしては一生鯨肉を味わうチャンスは無く、福ちゃんの笑顔も浮かぶ。

刺身 左の皿にベーコン3種類が1枚づつ、右の皿はミンク鯨、にたり鯨、イワシ鯨の刺身と皿の左上に生うねす、刺身お間の白いのはベーコン


これに、鯨の串カツと小学校の給食で定番だった竜田あげが付くが、肝心の味はどれを食べてもクジラ特有のクサミがあり、まぁ、これも昔懐かしいものだった。
          福ちゃんがドジった
福ちゃん福ちゃんご自慢のフランス仕様178馬力のCBR1000RR、那智大社に参拝中、ライトを灯けっ放しにし、バッテリーをアゲてしまった。そこで押し掛けをするため75才の博士が押し出した途端、博士のふくらはぎに肉離れを起こしてしまった。
皆に散々コキおろされて言うことには「こういう時に電流をカットするタイマーを博士に作ってもらう」


フェリー尾鷲から高速?に乗りジモティ福ちゃんの案内で無事に鳥羽の宿舎着。翌日は一部のメンバーは伊勢神宮参拝に行き、我々は伊勢湾フェリーで伊良湖へ渡った。そこから1号線で東名浜松ICへ出て東京へ向かうことにした。

フェリー内同宿だったOSTCの若手の連中が「フェリーはバイクを10台しか乗せない」、自分達が遠慮すべきか迷っているようなので、「先輩も後輩もない、早いもの勝ちにしよう」と言ったら彼らは30分早いゴルフ客用の朝食を頼み、早々に宿を出たそうだが結果的には7台しかいなかった。

東京目前の海老名SAあたりから雨が降り出したが、この時期に4日間も走って雨がなかったほうが珍しい。
ともあれ、1,392Kmを走って明るいうちに無事帰宅した、所謂「無事これ名人」だ。
終わり







(00:07)