2012年02月22日
往時の一般向け・ライヴ録音装置
さすが時代物:ゴツイけれど、スタイリッシュにも?・・
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -
ミケ棲む北東北・青森市:「春に向かってる感じ」は
何となく シてキました;ソレ迄が酷過ぎたワ・・
こういう時も「建て直し」や「新生」に注力して
御出での被災された皆様の辛さは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております
ミケのスウィング・バンド狂ばなし、
「スィング・バンド鹿馬」:
宜しくお付き合いを
スィング・バンド愛好者にとって興味とか
「欲」が尽きない対象なのがライヴ音源。
磁気テープがまだ現れず、「ダイレクト・
ディスク」収録の時代:一体どんな感じの
装置というか機械だったんでしょう?・・
アリマシタ・ありました;ミケがインターネット時代よりもっと昔に
アメリカのジャズ・レコードのオークション元からシコシコ集めてた
『古雑誌』に載ってた!!
どうも スィング時代の「一般人」にとって、ラジオの実況・公開放送含め
ステージ上の実演(ライヴ)の音って、手軽に記録(レコード)/再生
出来るものでは無かった様です。
勿論・その当時なら、78回転SPレコードが「再生目的」で市販され;
沢山のアーティストによるステュディオ・レコーディングが残されてます。
これらステュディオ・レコーディング;CEDARなどの技法を使い、復刻版
CDの音は随分とキレイに聴ける様になりました(だからミケのパーソナル
な考えは;”昔は良かった”じゃ無しに、”長生きはするもんだ”派です)。
ソレ・は・ソレとして、他方、ライヴのエアチェック音源と謂うのがまた、ミケや
お仲間達をズルズルと”砂地獄”の様に妖しく引き摺り込むんですワ・・
「あの時代」のコト;半導体トカじゃなく、真空管なんかをイッパイ使って
凄い嵩張ったシロモノだったのでは? ドンナ感じだったんでしょう?・・
上の画像:1939年10月のダウンビート誌に載ってた録音機器・広告。
フェデラル・レコーダー・カンパニー・インコーポレイテッドというメーカーで、
「1.高忠実レコーダー; 2.PAシステム; 3.電蓄; 4.標準型ラジオ、
と4大特徴を備えて、お値段は450ドルとお求め易くなりました」
コノ画像は、さっきのと同時期・1939年10月のメトロノーム誌に載ってた
プレスト製のYモデル:マイクロフォンとスタンド付きで644ドル。
どちらも「16”」と表記され;16インチの(40cm! - そりゃア、LPで12”
だから、それより10cmデカイ)トランスクリプション盤で連続15分の収録が
可能だった(グレンのチェスターフィールド・ショウの1回分に相当する)。
勿論;コレらはどちらかと云うと「ホーム・レコーディング」の部類のものであって、
例えばグレンのチェスターフィールド・ショウ等を収録していた『業務用』の
機材/道具立ては、この比では無かった事でしょうが・・
しかし・・大変なモンだったんですネぇ:当時だと、タバコが
15セントで、雑誌が10から15セント辺り、レコードが
ブルーバード盤で35セントの、ビクター盤で75セント
(トップ飾るはアーティ・ショウの「フレネシー」)だから、
当時の「1セント」:今の20円程になりそう・・
恐らく450とか644ドルなら中古車
買えたんじゃないでしょうか??・・
でも、ミケが当時の青年だったら
中古車よりコッチ買ったかも・・
御試聴:コンナのどうでしょ?
Duke Ellington 1943 Live Radio
St. Louis Blues : Ella Fitzgerald & Chick Webb
Swing Brother, Swing : Billie Holiday & Count Basie
Roast Turkey Stomp : Benny Goodman Sextet
The Song Is You : Dorsey & Sinatra
Harlem Chapel Bells : GLENN MILLER
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昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -
ミケ棲む北東北・青森市:「春に向かってる感じ」は
何となく シてキました;ソレ迄が酷過ぎたワ・・
こういう時も「建て直し」や「新生」に注力して
御出での被災された皆様の辛さは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております
ミケのスウィング・バンド狂ばなし、
「スィング・バンド鹿馬」:
宜しくお付き合いを
スィング・バンド愛好者にとって興味とか
「欲」が尽きない対象なのがライヴ音源。
磁気テープがまだ現れず、「ダイレクト・
ディスク」収録の時代:一体どんな感じの
装置というか機械だったんでしょう?・・
アリマシタ・ありました;ミケがインターネット時代よりもっと昔に
アメリカのジャズ・レコードのオークション元からシコシコ集めてた
『古雑誌』に載ってた!!
どうも スィング時代の「一般人」にとって、ラジオの実況・公開放送含め
ステージ上の実演(ライヴ)の音って、手軽に記録(レコード)/再生
出来るものでは無かった様です。
勿論・その当時なら、78回転SPレコードが「再生目的」で市販され;
沢山のアーティストによるステュディオ・レコーディングが残されてます。
これらステュディオ・レコーディング;CEDARなどの技法を使い、復刻版
CDの音は随分とキレイに聴ける様になりました(だからミケのパーソナル
な考えは;”昔は良かった”じゃ無しに、”長生きはするもんだ”派です)。
ソレ・は・ソレとして、他方、ライヴのエアチェック音源と謂うのがまた、ミケや
お仲間達をズルズルと”砂地獄”の様に妖しく引き摺り込むんですワ・・
「あの時代」のコト;半導体トカじゃなく、真空管なんかをイッパイ使って
凄い嵩張ったシロモノだったのでは? ドンナ感じだったんでしょう?・・

フェデラル・レコーダー・カンパニー・インコーポレイテッドというメーカーで、
「1.高忠実レコーダー; 2.PAシステム; 3.電蓄; 4.標準型ラジオ、
と4大特徴を備えて、お値段は450ドルとお求め易くなりました」
コノ画像は、さっきのと同時期・1939年10月のメトロノーム誌に載ってた

どちらも「16”」と表記され;16インチの(40cm! - そりゃア、LPで12”
だから、それより10cmデカイ)トランスクリプション盤で連続15分の収録が
可能だった(グレンのチェスターフィールド・ショウの1回分に相当する)。
勿論;コレらはどちらかと云うと「ホーム・レコーディング」の部類のものであって、
例えばグレンのチェスターフィールド・ショウ等を収録していた『業務用』の
機材/道具立ては、この比では無かった事でしょうが・・
しかし・・大変なモンだったんですネぇ:当時だと、タバコが
15セントで、雑誌が10から15セント辺り、レコードが

(トップ飾るはアーティ・ショウの「フレネシー」)だから、
当時の「1セント」:今の20円程になりそう・・
恐らく450とか644ドルなら中古車
買えたんじゃないでしょうか??・・
でも、ミケが当時の青年だったら
中古車よりコッチ買ったかも・・
御試聴:コンナのどうでしょ?
Duke Ellington 1943 Live Radio
St. Louis Blues : Ella Fitzgerald & Chick Webb
Swing Brother, Swing : Billie Holiday & Count Basie
Roast Turkey Stomp : Benny Goodman Sextet
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2012年02月19日
シリンジャーの館
ガーシュイン氏もグレンも、バークリー「遠縁・門下生」?

- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -
ミケ棲む北東北は青森市:晴れたり・吹雪いたり,
冬将軍・最後の悪アガキでしょうか?・・
こういう時も「建て直し」や「新生」に注力して
御出での被災された皆様の辛さは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております
ミケのグレン・ミラー狂ばなし、
「マイ・ミラー・マニア」:
宜しくお付き合いを・・
そうそう昔、「サザンカのヤド」云うのアリましたね・・
いえ、ソレとは大分違うハナシで;それに、「誰それハウス」と名前が付いた
時には、既に当の「主」は他界されていて、薫陶を受けた直弟子の方が
その『ハウス』を運営・発展して行かれ、現在 世界的に非常に高名な
音楽大学として知られています - かのジョージ・ガーシュウィン氏や
グレンも その『前躯体』だった「私塾」の謂わば同門で、更に謂うならば
その音楽大学の「遠縁の大先輩」になる訳ですワ!
その「ハウス」の元祖の塾長:ジョセフ・シリンジャーさん - グレン・ミラーの
愛好者の間では聞き覚え/読み覚えのある方で、ミケも随分前から
”あのグレンの「編曲/オーケストレーション・師匠」のシリンジャーさんって、
何処の血筋/血統の方なんだろう??”なんて思っていたんですワ。
元々の御出身はウクライナなんだそうで;その当時としては帝政ロシアの
一部だった模様です。
帝政ロシア時代に培われた文化遺産というのは 何と凄いものだった
様です - してみれば、クラシック・バレーやら偉大な作曲家たち等の
存在などで窺い知れる処がありますよネ。 それで、音楽教育の方面
でも『ロシア方式』で極めて高い水準を行くものがあった模様です:
シリンジャーさんはサンクトペテルブルグの音楽学校を修了した方で、
極めて数学的で緻密なアプローチに基づいた音楽理論をもって指導
する方だった、と伝えられています。
渡米後、ニューヨークでポピュラー部門・アーティストやコンサート曲の
作曲家への指南で名声を得るようになりました。
「グレン・ミラーの編曲法・師匠」という感じで後代知られている面も
ありますが;実際の処、「御仲間」のベニー(グッドマン)やトミー(ドーシー)
も弟子の中に入ってたミタイで - ただ;その中でもグレンの熱心ぶりは
殊に際立っていた様です。 「シリンジャー塾」に教わっていた頃の練習作
からテーマ曲:「ムーンライト・セレネード」になっていった、という話は良く
知られています。 プロを目指し、結局は中退してしまうコロラド大学・
ボールダー校に未だ在学中、既に「セミプロ活動」していたグレンは、元より
トロンボーン奏者として腕を上げてながら、編曲の途にも進んでいった訳
ですが - 何と! 通ってる大学での「和声」のコースで赤点取っていた
事が伝記本から伝わります - だから察するに、”音楽理論の基礎を
チャンと教わっておかねば”、という気持ちが強かったのでしょう、それと
学生時代のグレンは「音楽」より「代数」トカ数学・科目の方が高得点
だった事もあって、シリンジャー先生の「メソッド」に”成る程”と思えて吸収
出来る処が多かったのではないでしょうか - 時期としては’30年代・中頃:
イギリスから渡米したレイ・ノーブルの為に「アメリカン・バンド」をオーガナイズ
していた辺りでしょう。
ジョージ・ガーシュウィン氏は、 恐らくホンの少しグレンより「兄弟子」だったの
でしょう - 1932年辺りから4年程 師事を受けていた’ミタイ’ですワ。
悲しい事に、この「師弟関係」:「弟子」の方が夭折してしまうんです、
ガーシュウィン氏が病気(脳腫瘍? 膠芽腫?)により38歳の若さで亡く
なられたのが1937年;シリンジャー先生が47歳で亡くなられたのが6年後の
1943年( 因みに、バンドを解散して志願入隊したグレンが書いた
「アレンジング教本」が出版されたのが同年:1943年なんですワ・・)
それで、ジョージ・ガーシュウィン氏の死後、”組曲:「ポーギーとベス」などの
創作の際にアドヴァイスをした事もある・・”、と云う シリンジャー先生の
述懐/談話が広まると、それを兄で作詞家のアイラ・ガーシュウィン氏が”アレは
弟の全く独自の創作なのだ”、と何処か・些か’ムキになってる’感じでこれを
打ち消した模様です。
でも、どうなんデショ? 「師事を仰ぐ」くらい:何もジョージ・ガーシュウィン氏
の偉大さを低める事になんてならナイでしょう? 別に構わんのジャ
ないかなぁ?・・ ところで、ガーシュウィン氏やグレンが、その
「シリンジャー塾」で教わってた頃のノート類は、かなり
良い状態で各々のアーカイヴに残ってる模様です
ともあれ、この「同門・関係」っていうのは、やっぱり
イイ方に向かって後押ししてくれるモノで、
1942年にグレンが「ラプソディー・イン・ブルー」の
ステュディオ・レコーディン並びにリリースに関して
ガーシュウィン家に「挨拶」に赴いた際は、
”おぉ、ジョージの「塾・後輩」君だね!”
と、極めて円満・円滑に運んだそうですワ
その『塾』の教え:シリンジャー・システムを
受け継いだ直弟子:ローレンス・バークさんが
ボストンで創設したのが「シリンジャー・ハウス」:
後のThe Berklee College of Music
だから・・、ガーシュウィン氏も、グレンも、
バークリー音楽大学の『遠縁の』
先輩 - 云う事にしとこうよ、ネっ!
御試聴:コンナのどうでしょ?
I Got Rhythm : GLENN MILLER
Rhapsody In Blue : GLENN MILLER
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- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -
ミケ棲む北東北は青森市:晴れたり・吹雪いたり,
冬将軍・最後の悪アガキでしょうか?・・
こういう時も「建て直し」や「新生」に注力して
御出での被災された皆様の辛さは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております
ミケのグレン・ミラー狂ばなし、
「マイ・ミラー・マニア」:
宜しくお付き合いを・・
そうそう昔、「サザンカのヤド」云うのアリましたね・・
いえ、ソレとは大分違うハナシで;それに、「誰それハウス」と名前が付いた
時には、既に当の「主」は他界されていて、薫陶を受けた直弟子の方が
その『ハウス』を運営・発展して行かれ、現在 世界的に非常に高名な
音楽大学として知られています - かのジョージ・ガーシュウィン氏や
グレンも その『前躯体』だった「私塾」の謂わば同門で、更に謂うならば
その音楽大学の「遠縁の大先輩」になる訳ですワ!
その「ハウス」の元祖の塾長:ジョセフ・シリンジャーさん - グレン・ミラーの
愛好者の間では聞き覚え/読み覚えのある方で、ミケも随分前から
”あのグレンの「編曲/オーケストレーション・師匠」のシリンジャーさんって、
何処の血筋/血統の方なんだろう??”なんて思っていたんですワ。
元々の御出身はウクライナなんだそうで;その当時としては帝政ロシアの
一部だった模様です。
帝政ロシア時代に培われた文化遺産というのは 何と凄いものだった
様です - してみれば、クラシック・バレーやら偉大な作曲家たち等の
存在などで窺い知れる処がありますよネ。 それで、音楽教育の方面
でも『ロシア方式』で極めて高い水準を行くものがあった模様です:
シリンジャーさんはサンクトペテルブルグの音楽学校を修了した方で、
極めて数学的で緻密なアプローチに基づいた音楽理論をもって指導
する方だった、と伝えられています。
渡米後、ニューヨークでポピュラー部門・アーティストやコンサート曲の
作曲家への指南で名声を得るようになりました。
「グレン・ミラーの編曲法・師匠」という感じで後代知られている面も
ありますが;実際の処、「御仲間」のベニー(グッドマン)やトミー(ドーシー)
も弟子の中に入ってたミタイで - ただ;その中でもグレンの熱心ぶりは
殊に際立っていた様です。 「シリンジャー塾」に教わっていた頃の練習作
からテーマ曲:「ムーンライト・セレネード」になっていった、という話は良く
知られています。 プロを目指し、結局は中退してしまうコロラド大学・
ボールダー校に未だ在学中、既に「セミプロ活動」していたグレンは、元より
トロンボーン奏者として腕を上げてながら、編曲の途にも進んでいった訳
ですが - 何と! 通ってる大学での「和声」のコースで赤点取っていた
事が伝記本から伝わります - だから察するに、”音楽理論の基礎を
チャンと教わっておかねば”、という気持ちが強かったのでしょう、それと
学生時代のグレンは「音楽」より「代数」トカ数学・科目の方が高得点
だった事もあって、シリンジャー先生の「メソッド」に”成る程”と思えて吸収
出来る処が多かったのではないでしょうか - 時期としては’30年代・中頃:
イギリスから渡米したレイ・ノーブルの為に「アメリカン・バンド」をオーガナイズ
していた辺りでしょう。
ジョージ・ガーシュウィン氏は、 恐らくホンの少しグレンより「兄弟子」だったの
でしょう - 1932年辺りから4年程 師事を受けていた’ミタイ’ですワ。
悲しい事に、この「師弟関係」:「弟子」の方が夭折してしまうんです、
ガーシュウィン氏が病気(脳腫瘍? 膠芽腫?)により38歳の若さで亡く
なられたのが1937年;シリンジャー先生が47歳で亡くなられたのが6年後の
1943年( 因みに、バンドを解散して志願入隊したグレンが書いた
「アレンジング教本」が出版されたのが同年:1943年なんですワ・・)
それで、ジョージ・ガーシュウィン氏の死後、”組曲:「ポーギーとベス」などの
創作の際にアドヴァイスをした事もある・・”、と云う シリンジャー先生の
述懐/談話が広まると、それを兄で作詞家のアイラ・ガーシュウィン氏が”アレは
弟の全く独自の創作なのだ”、と何処か・些か’ムキになってる’感じでこれを
打ち消した模様です。
でも、どうなんデショ? 「師事を仰ぐ」くらい:何もジョージ・ガーシュウィン氏
の偉大さを低める事になんてならナイでしょう? 別に構わんのジャ
ないかなぁ?・・ ところで、ガーシュウィン氏やグレンが、その
「シリンジャー塾」で教わってた頃のノート類は、かなり
良い状態で各々のアーカイヴに残ってる模様です
ともあれ、この「同門・関係」っていうのは、やっぱり
イイ方に向かって後押ししてくれるモノで、
1942年にグレンが「ラプソディー・イン・ブルー」の
ステュディオ・レコーディン並びにリリースに関して
ガーシュウィン家に「挨拶」に赴いた際は、
”おぉ、ジョージの「塾・後輩」君だね!”
と、極めて円満・円滑に運んだそうですワ
その『塾』の教え:シリンジャー・システムを
受け継いだ直弟子:ローレンス・バークさんが
ボストンで創設したのが「シリンジャー・ハウス」:
後のThe Berklee College of Music
だから・・、ガーシュウィン氏も、グレンも、
バークリー音楽大学の『遠縁の』
先輩 - 云う事にしとこうよ、ネっ!
御試聴:コンナのどうでしょ?
I Got Rhythm : GLENN MILLER
Rhapsody In Blue : GLENN MILLER
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2012年02月15日
楽器広告で偲ぶスウィング期の巨匠たち 2
スィング期の楽器広告で「再会」する巨匠たち・・
- 引き続き、昨春の東日本大震災;並びに
昨秋の台風で被災された皆様、併せて
この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -
ミケ棲む北東北は青森市:「春の気配」いふのが、
コレがなかなか遠い按配ですワ - 少なくとも
「折り返し点」越したと思うんですけども・・
こういう時も「建て直し」や「新生」に注力して
御出での被災された皆様の辛さは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております
ミケの「スウィング・バンド狂」ばなし
今回も手持ちのコレクションから
スウィング期の巨匠達・幾人かを
当時の楽器広告で偲んで見ます、
宜しくお付き合いを・・
バディ・リッチさんの若いコトっ!!
コレはスリンガーランド・ドラム
(ラジオ・キングでしょうね、きっと)
今度はロイ・エルドリッジさん!!

マーティンのラッパなのかア・・
次は偉大なテナー・マン:
チュー・ベリーさん!!
コーンだったのか。
テナー・マンと謂えば、この方も・・
バド・フリーマンさん!!

うーん、ま、当時はコーンだったのか。
今度はシンバルの広告で、
ジーン・クルーパさんが

「ジルジャアアーーーン」と、ネぇ・・
凄いですねぇ、「創業1623年」って云ったら、
江戸時代の元和 9年ですワ!!
しかし最近、ミケも初老の境になって、
ついて行けないトコあるんです・・
レコード会社や楽器のレーベル/銘柄:
セルマーとコーンが合体してたり;
昔で謂う処のコロンビアと
ビクターのスウィング・バンド達が、
一つの巨大グループ企業から
「レガシー」なんて云うレーベルや
シリーズでカタログに並んだりして、
訳ワカンなくなったり・・ イイんだ・別に;
くれぐれも、イイものをカタログから
『合理化』したりしないでくれりゃあ・・
御試聴:コンナのどうでしょ?
Quiet Please : Tommy Dorsey & Buddy Rich
After You've Gone :Roy Eldridge
Blowin' Up A Breeze : Chu Berry Sextet
I Got Rhythm : Bud Freeman Trio
Stompin' at the Savoy : Gene Krupa Trio
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この度の豪雪で被害を被られた皆様に
衷心から御見舞い申し上げます -
ミケ棲む北東北は青森市:「春の気配」いふのが、
コレがなかなか遠い按配ですワ - 少なくとも
「折り返し点」越したと思うんですけども・・
こういう時も「建て直し」や「新生」に注力して
御出での被災された皆様の辛さは
本当に察するに余りあります - どうか、
どうか 皆様、火の元や体調に用心され
復興の足取りを増して行かれる様、
昼も夜も心底から祈っております
ミケの「スウィング・バンド狂」ばなし
今回も手持ちのコレクションから
スウィング期の巨匠達・幾人かを
当時の楽器広告で偲んで見ます、
宜しくお付き合いを・・
バディ・リッチさんの若いコトっ!!

今度はロイ・エルドリッジさん!!

次は偉大なテナー・マン:

テナー・マンと謂えば、この方も・・
バド・フリーマンさん!!

今度はシンバルの広告で、
ジーン・クルーパさんが

「ジルジャアアーーーン」と、ネぇ・・
江戸時代の元和 9年ですワ!!
しかし最近、ミケも初老の境になって、
ついて行けないトコあるんです・・
レコード会社や楽器のレーベル/銘柄:
セルマーとコーンが合体してたり;
昔で謂う処のコロンビアと
ビクターのスウィング・バンド達が、
一つの巨大グループ企業から
「レガシー」なんて云うレーベルや
シリーズでカタログに並んだりして、
訳ワカンなくなったり・・ イイんだ・別に;
くれぐれも、イイものをカタログから
『合理化』したりしないでくれりゃあ・・
御試聴:コンナのどうでしょ?
Quiet Please : Tommy Dorsey & Buddy Rich
After You've Gone :Roy Eldridge
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