三毛猫の引きだし・・・編集者・イラストレーター・ライター美和子のブログ

イラスト、文章、旅、映画。 好きだらけでぱんぱんの引き出し。

東京で編集のお仕事をしている美和子です。
イラスト描きます。文章も書きます。絵と文章をこよなく愛しています。

スキにまみれた日々の中で、キラッと光るものを拾いあげて、じーっと観察して、磨いて,
引き出しに入れていきます。
死ぬまでワクワクしたいのです。

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レビュー:メアリと魔女の花(映画)


(コピック、色鉛筆、ボールペンで描きました。)




『メアリと魔女の花』を観た。


スタジオジブリの制作部が解散して、
新たに設立された「スタジオポノック」の初めての作品。


まずは、とにかくメアリが可愛かった。
究極にドジっ子でお調子者で素直な子。
観ていてハラハラさせられるバカっぷりなのだけど、
絶妙ににくめないキャラクター。


そして、ピーター。
かっこいい。もはや、好き。

神木くんの安定のイケボイス。
声優業もプロフェッショナルすぎる。


魔法の描写は綺麗でワクワクする。
魔法の本って、こんなふうに機能するんだろうなぁってほんとに感じさせる、ファンタジーの本気の虚構。


建物やその内装も、とても美しくて気持ちの良さそうな空間だった。
米林監督はアリエッティでもマーニーでも、
内装のセンスが素敵だなぁと思う。


ストーリー自体はシンプルなものだったけれど、
ジブリの世界の中を思いっきり飛び回れてドキドキして楽しかった。


そう、そこには「ジブリ」があったのです。


大叔母さんと家政婦さんが ニシンのパイのおばあさんたちに似てたり、
見知らぬ猫をおいかけたり、
魔女と黒猫だったり、
ヤックルみたいなシカに乗って駆けたり

あえて」入れ込んだ感も満載だったけど、
そういうのを抜きにしても、
そこにはちゃんと
「ジブリの世界」が生きていた。


それぞれが違う世界のストーリーのはずなのに、
観るたびに、「帰ってきた」と思わされる不思議なジブリの王国。


私が目を離している隙にも、
この映画がエンディングを迎えても、
変わらずそこには人々が生きて生活を続けているんだろうと思える、
あの美しくて平和で不思議に満ちた秘密の故郷。


あの世界観が、表面をなぞっただけじゃなくて、
ちゃんとスクリーンの中で呼吸をしている感じがして嬉しかった。



メアリの魔法の力は失われてしまったけれど、
魔法の花がまだどこかに咲いているように、
ジブリの魔法も受け継がれる。


そこにあるのが当たり前すぎて気づかなかったけど、
スタジオジブリは遥か昔からあったわけじゃないし、永遠に続くものでもない。


私はジブリの時代に育った子どもだったのだなぁと気づいた。

飛行石が本気で欲しいと願ったことも、
トトロを探しに縁の下を覗きこんだことも、
千尋の成長に自分を重ねて一生懸命応援したことも、
屋久島でもののけに思いを馳せたことも、
一つ一つが宝物だった。


そういう宝物が、また新し く生まれてくる子どもたちにも届くといいと思う。



完璧である必要はないし、
変わって行っても構わない。



慣れないホウキで飛び立とうとする2人めの魔女の背中を、
私は強く応援したいと思う。









「めんどくさい」で投げださない




ある人から、
「めんどくさい」という言葉を使うのをやめたほうがいい、という話を聞いた。

めんどくさいを使うくせのある人は、
全てのことをめんどくさいで終わらせてしまう。
ストーリーのエンディングが「めんどくさい」になる。

人間関係めんどくさい。
掃除めんどくさい。
恋愛めんどくさい。
仕事めんどくさい。
生活めんどくさい。
生きるのめんどくさい。

「めんどくさい」をよく使う人は自分のことを「めんどくさい」人間だと思っているし、
周りにも「めんどくさい」人間が寄ってくる。


そして、そもそも自分をめんどくさいと思うようになってしまったきっかけは、
だいたい幼少期に母親から、めんどくさい子どもとして扱われた(ように感じた)ことだ、と。



この話がすごーーーく腑に落ちたんです。
私、自分のことをめんどくさい人間だと思っている。

だから、新しい人間関係に入って、
自分のめんどくささがバレることとか、
めんどくさい関係に突入してしまうことを恐れている。


そして、母親にめんどくさがられていた記憶はけっこう鮮明に残っている。



うちは4人兄妹だったので、
母と2人きりになる機会はあまりなかった。


たまに2人になると、
私は遊んでほしくて楽しくしたくてソワソワするんだけど、
母はとにかく、今がチャンスとばかりに1人の時間を確保しようとしていたように思う。


保育園生のころのはなし。

母と2人で図書館に出かけた時、
紙芝居を読んでもらえる!と思ってルンルンして出かけたのに、
自分の本を読みたかった母に
紙芝居を読んでほしいとねだったら、
なんであんたは1人で本を読めないのと怒られた。


プールに行った時は、
母は学生時代に水泳部に入っていて泳ぐのが好きだから、
私をプールサイドに1人残して、
25mプールに本気でバタフライをしに行ってしまった。

私が甘えるのを
拒絶していたように感じた。



大人になった自分には、
1人の時間を確保したい切実さというのはよく理解できるけど、

幼かった自分には、
この人は私といっしょにいたくないんだ、
私の相手をするのがめんどくさいんだというのは
ことばにできなくても
やっぱり鮮明に刻み付けられたと思う。







めんどくさいって言葉は、

細かく絡み合った状況や感情、
好きなこと、苦手なこと、有利な点、不利な点、そういうものを
全部丸ごと放り出して終わらせてしまう。





だから、「めんどくさい」が浮かんで来たら、ちょっとだけ頑張って、

何が?
どこが?
どう思ってる?
というのを細かく自分に聞いてみたい。



例えば、

このメールに何て返信したらいいか今は思いつかないから、ちょっと置いておこうとか、

今はとにかく身体が疲れているから少し寝ようとか、

私はこういうことについてネチネチ言われるのが嫌いなんだとか、

この作業は好きだけど、この作業はできれば他の人にやってほしいとか、


めんどくさいの解像度を
高くすることで、
少し俯瞰して、自分の願望や対処策が見えてくる。




もうやめたい
もう関わりたくない

そうやって終わらせることももちろんあるけど、
めんどくさいから、じゃなくて
何が嫌だから、というの自分でわかってあげることで、
次にどんな状況に身を置きたいのかがわかって、
自分を少しずつ良い方に引っ張っていける気がする。


自分のことをめんどくさいと思って、
その時点で考えを止めてしまうと、
自分のことがよくわからないままで、
嫌な気分になっている自分の原因も対処法もわからないまま、

自分でもどうしたらいいかわからない自分を、
まるごと他人に押し付けてしまうことになる。

そうすることで自分をさらに「めんどくさい人」にしてしまう。



まず、自分で自分に細かく細かく聞いていく。

自分のトリセツを作る。

自分で叶えられる願いは自分で叶えてあげる。
人の助けが必要な時は、人にお願いしてみる。




めんどくさいをやめることは、
自分をめんどくさがらないことは、
自分に丁寧に寄り添うこと。


少しずつ、
めんどくさいの言い換えの訓練をしていこうと思います。



めんどくさいの先にある景色へ。







レビュー:魔法のコンパス(西野亮廣という宇宙人について)



キングコングの西野さん。

今まで、どちらかというと苦手でした。
なんでそんなに攻撃的な言葉ばっかり使って人を怒らせるんだよ~~って。

でも先日、他の人目当てで行ったとあるイベントで、
ステージ上で話す西野さんを見て、

この人・・・超絶面白い!!

と、秒で好きになってしまいました。


それから一週間、西野さんの本やらニコニコ生チャンネルやらブログやら読みまくっているので、
本の感想というか、
「西野亮廣」という人間についての感想記事になっています。



どんな言葉を使っても、
どう思われても、
人気がどうでも、
炎上しても、
この人にとってそんなことは大した問題じゃなくて

とにかくとにかくとにかく
面白いことをしたい
何でもネタにしたい
新しいことをしたい
世の中を面白くしたい

それしかない。

どうやったらそれができるのか。

驚くくらいに、少し怖くなるくらいに、頭の中がそれしかない。



意外だったけど、
「エゴ」みたいなのも薄い人だと思う。

とにかく、「これがやってみてーー!  こんなものを見てみてーーー!」というものが頭にあって、
そのなかで自分がどんなポジションだとか、自分の名前がどう扱われるとか、
個人でやるかチームでやるかとか、
そういうのは彼にとって純粋に手段でしかない。

人気を得るということすら、
承認欲求というより
手段にすぎないようだ。


こうやったら面白いから、効果が出るはずだからこう動く。

それ以外の動機がスッポリと抜け落ちているから、
エネルギーのほとんどを、物事を前進させるためだけに使えていて、
結果を作り出しているのだろう。


あと、こういうビジネスをする人って、
最初のマインドセットというか、
意識の持ち方みたいなのを鍛えたり、人に説きたがると思うんだけど、
『魔法のコンパス』の中には、そういう自己啓発的要素が一切ないんだよね。
(こういう仮説に基づいてこういうものを作ったという事例がたくさん載ってる感じ)


たぶん、西野さん自身が、
その心づもりとか、打たれ強さみたいなものを
後天的に身に付けたんじゃなくて、
先天的に持っていたんだと思う。

だから本人にとって当たり前すぎて、
その特異性に割と無頓着であまり気づいていない。



世間の人は、
やりたくないことも我慢してやって、自分の人格を否定して、鬱になったりするんだよ、という話を聞いた時に、
西野さんは

ああーー、なるほど!そういうことだったんや!

と本気で驚いてたんだよね。笑
もはや宇宙人。





『魔法のコンパス』の中で一番好きだったのは、
大ヒット絵本『えんとつ町のプペル』を生み出す時の話。

(以下、内容の要約)
------------------
世界の誰も見たことがないモノを作りたい。
誰も見たことがないモノのひとつは、企画段階で確実に赤字が見込めてボツになるような作品だろう。
それは生まれる前に消されてしまうから。

例えば、制作費がかかる絵本を出版社に持ちかけたら一瞬で跳ね返されてしまう。

だから、クラウドファンディングでお金を集めて赤字を相殺して作品を完成させて、
データだけを出版社に持ち込めばいい。
------------------


これ・・・この発想!
私も一応出版社に勤めてるんですが・・・
企画を立てる時って、どうしても「会議を通過する大きさ」ありきになるから
1ミリだってそんなふうに考えたこともなかった。



この他にも、脳みその使ったことがない領域を広げてくれる話がたくさん。


西野さんは、
「ここから先は無理だから考えても仕方ない」とみんなが引き返す点の向こうに
いつもチャンスを探している。


高い壁をよじ登って越えて(進撃!)、誰もいない平原の中で部品を拾って新しいものや仕組みを創り出してしまう。






少年時代の秘密基地を作り続ける。
永遠に終わらない文化祭。
アラフォーにしてそんなノリの人。


みんながどこかで捨てた
「意味のないキラキラ」のゴミをまとって生きる、
嫌われ者のゴミ人間、プペル。


私は
「やりたいことに手を出しまくってもはや何屋さんだかわからないけど、とにかく面白そうなことをしていて、それを楽しそうに話す人」
に焦がれてしまうので、
(あと、イケメン)

しばらくこの宇宙人から目が離せなさそうです。










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