● 女王の鏡の修理人  金銀錯嵌珠龍文鉄鏡


    CG復元作業

    金銀錯嵌珠龍文鉄鏡

    きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう

    1-3世紀 大分県日田市ダンワラ古墳出土

文様 その2 蕨手文

蕨手文 (わらびてもん)は蕨の形に似た渦巻状の文様で、呪術的な図文と考えられています。
九州の装飾古墳にはたくさんの種類の文様が描かれていますが、記録のみのものを含めても蕨手文が描かれているのは、王塚古墳、日ノ岡古墳、珍敷塚古墳、塚花塚古墳、重定古墳、丸山塚古墳、鹿毛塚古墳、田代太田古墳、乗場古墳の9つの古墳しかありません。またその全てが6世紀に作られた円墳または前方後円墳であり、横穴式石室を持つものです。(蕨手文の画像、古墳の詳細・分布図

1-3世紀に作られた金銀錯嵌珠龍文鉄鏡にも、そのふちどりとして、美しい黄金の蕨手文が廻らされており、また同時代で同じ地域から出土した金錯鉄帯鉤 ( きんさくてったいこう )にも多数の蕨手文が描かれています。

京都大学元教授梅原末治氏の論文には、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が出土したダンワラ古墳は竪穴式の古式古墳であるが、その副葬品の1つの辻金物の作りから5世紀以降、おそらく5世紀から6世紀に作られた古墳であると書かれています。

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡がダンワラ古墳に納められ地上から消えた直後の6世紀に、これら9つの古墳は作られています。鏡の存在とその文様を知っていた人々(ダンワラ古墳の葬儀に来た親戚?)が、埋められた鏡の魔力を惜しみ求めて、自分の古墳にも蕨手文を描かせたのでしょうか。


古代の文様

「文様」の定義は多々ありますが、おおまかに2種類に分けることができます。
1つは単純に美しく飾るためのもので、もう1つはそれ自体が意味を持つ記号としての役割をもつものです。古代遺産に見られる文様の多くは美しさを持ちながらも深い意味を表しているものが多く、その文化特有の記号であったり、宗教的象徴であったりします。

たとえば金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が出土した九州には多数の装飾古墳があり、不思議な幾何学文様が鮮やかに描かれていますが、それぞれの文様が宗教的な意味をもつシンボルであることは広く知られている通りです。その中の一つ、蕨手文(わらびてもん)という美しい形の文様は、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の縁取りにも廻らされています。(梅原末治氏の論文では渦雲文と呼ばれています)

もちろん現代でも墓石のデザインと彫金師の仕事は全く別の分野ですが、この問題においては両者共に、目には見えない不思議で大きな力、宗教・呪術をテーマとしていますので、その解明に期待してもよいのではないでしょうか。

不肖気の長い私も参加するつもりですが、多くのみなさんに参加して頂けるよう、まずは説明からとしたいと思います。(多忙なため説明のペースは遅くなる予定です) とりあえずは動画で、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の文様の不思議さを考えてみてください。


ダンワラ古墳

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は、大分県日田市日高町のダンワラ古墳から出土しました。この古墳の上部表面は1933年当時、畑として使われており、高さ約4m、広さ9アール。9アールは900平方メートルですから、目安としては30m四方です。直径30mの円墳だったのかもしれません。

高さ4mの盛り土のかなり下の方、火山灰の地面近くに古式古墳の長方形の竪穴があり、その中の西側で金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は発見されたということです。この竪穴は長さが4~5mある長い方形で、鏡から東北に当たる位置には、鉄刀や轡などの馬具も間隔を置いて納められていました。
またこの竪穴とほぼ同形の竪穴が、東に約8m離れたところにも平行して存在し、その竪穴内東側からは碧玉の管玉、水晶の切子玉、玻璃(ガラス)の小玉類も出土しています。

以上は梅原末治氏の論文の一部を、わかりやすく書き直したものです。
ダンワラ古墳の石室の配置図

なお、このダンワラ古墳発見のきっかけは、近くの鉄道工事用の盛り土採取による破壊であったため、現在はその痕跡はありません。ただ、現在露出しているアカホヤと呼ばれる火山灰の上を歩いてみると、地面がゆれていると感じるほどふわふわとしていて、その特徴である水はけの良さが感じられました。
2.5ミリという、ごく薄い鉄の鏡が千数百年の時を超えて奇跡的に形を残すことができたのは、このとても特殊なガラス質の火山灰のおかげのようです。

鏡の表面

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は鉄製で、そのままだとすぐに錆びてしまうため、表面は錆びない別の金属で覆われていたと考えられます。

ただ、鏡の表(装飾が無い側)については、魔鏡効果を保つためにコーティングされていなかったのではないかと思います。魔鏡ができたら実験してみますが、理論上はそうなるかなと。よって表は鉄のままで、担当の下僕が毎日朝昼晩磨いていたのでないかと推測します。

金銀象嵌のある裏面には、その美しさと豪華さにふさわしい金か銀のコーティングが施されていたことでしょう。
日田古代史研究会では銀ではないかという意見があり、可能性としては最も高いのではないかと思います。理由は、銀は硫化して黒くなってしまうため、腐食した鉄と混ざると肉眼では判別しにくいからです。国立博物館で調査されればすぐにわかるはずですが。

また銀と違って変色の心配が無い、金であった可能性もあります。強い照明を当てて撮影したこの鏡の写真で、地が金色に輝いているものがあるからです。

1962年の研ぎ出しの際に、表面の金属がどうなってしまったのかは明らかにされていません。

いずれにしろ地色が金色か銀色であれば、それはそれはゴージャスで美しい鏡だったことでしょう。表も、鉄のまんまであっても、磨き上げた鉄はシャープに輝く銀色です。

女王の鏡の修理人としては、最終的にはそんなキラキラ・ゴージャスな鏡の画像も作りたいと思っています。
お待たせして申し訳ありませんが、長い目で見てください。
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