2017年12月13日

フローに入るためのコツ

 石川良樹氏の「仕事はうかつに始めるな」を読んでの続き。
 石川氏はフローは極限状態にのみ生じる稀有な現象ではなく、誰でも、いつでも、工夫しさえすれば、なれる状態だと考えます。ただし、「弱いフロー」ですが。「弱いフロー」でも十分仕事のパフォーマンスを上げることができ、それが自分自身のコンディションを「普通」→「良い」にいつでもコントロールするということなのだといいます。
 フローな状態は、ストレスから一気にリラックスすることによって生まれるので、人為的にその状態を作り出すということから、フローのその状態を持続させることです。強いフローの場合、その状態はせいぜい数十秒しか持続できないのですが、弱いフローの場合、小さな目標を立てること、そしてそのようにして単調に思われることも、そのプロセスを定型化し習慣化することで、意志力に頼らないでその状態を持続しつづけ、フロー状態の集中が蓄積されて、やがて不可能と思われていた目標を達成することが可能になると氏は具体的な方法を簡潔に示しています。
  目標は、外的動機とパフォーマンスの関係により変化していきますが、最初は外的な動機により始められ、徐々にそれが達成されるようになると、外的動機そのものの要因は小さくなり、代わりに内的動機に代わりパフォーマンスが上がってきます。石川氏は小さな目標を立てることで、そのように変化する動機とパフォーマンスの関係をうまくコントロールするために、小さな目標を立てることで、その都度適切な動機とパフォーマンスの関係を維持し続けることが可能であるとします。
 そしてその際に、集中と休憩のメリハリをつけること。疲れる前に休憩を入れることが大切だといいます。 
 いつも同じようにフローな状態に入るために、仕事に入る前に準備すべきこと→気を散らすモノを置かない、いやいや始めない、終わりを決める。そして強いストレスを感じて、一気にリラックスさせ、小さな目標を立て、適度に休憩をはさんで疲れないようにし、さらに大切なことは、「考えるためのプロセス」を定型化することだと氏はいいます。
 「考えるためのプロセスを定型化する」とは自分がどこの領域で考えていて、それに対して、どうアプローチで取り組んでいくかが、あらかじめ型が決まっていることです。 それは
1.アイデアを箇条書きにする
2.そのアイデアの一つ一つについて「これはどういう視点から生まれたのか」を考える
3.つぎにそうして発見した視点がどういう構造から生まれてきたのかを考える。
 つまり、自分自身の考える構造を知ることによって、それを反復可能にしていくということです。 
 石川氏は習慣こそが、目標を達成するために単調で持続的な努力が必要なことについては有効な方法であると考えます。なぜならば、そのような達成のためには強い意志力が必要となるのですが、それを持続することは難しく、習慣の力によるのが一番だと考えるからです。
 習慣を楽しくするために、フローを習慣化させるという、なんともユニークな発想にとても共感しました。

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2017年12月12日

フローのテクニック

 石川良樹氏の「仕事はうかつに始めるな」を読んでの続き。
 心身を普通から絶好調へとコントロールするためのカギとなるのが、自分自身を「フロー」の状態にもっていくということだと石川氏はいいます。
 しかしながらフローな状態は、極限のトップアスリートや命の危険にさらされる状況でのみ生じる極めて稀な天賦のような出来事だと思われています。けれども石川氏は最新の脳科学や心理学などの知見を用いて、「誰でも」、「いつでも」、「どんな時でも」、「フロー」になれるコツを伝授しています。
 「フロー」はそんなにお手軽なものなのか。それが与えてくれる至高の崇高さは単純なノウハウで手に入るものなのか。
 はい、そうなのです。と石川氏は断言します。フローの科学により、フローが生じるプロセスが明らかになり、そのような状態を再現できでは、誰でも、どこでもフロー状態に入る確率を高めることができるのです。ただし、そのために踏まなければならないステップがあり、またそれを身に着けるためには、かなり辛抱強い訓練も必要です。
 まずフローの定義ですが、フローとは行為そのものに没頭しながら、リラックスしている状態です。
 フローの状態にあるとき、その人の能力が最大限に発揮できる状態で、パフォーマンスの能率が極限まで高められ、普通の状態では不可能なことも可能になります。
 フローに入るためには二つのステップが必要です。
まず、心身に強いストレスを感じる状態。そしてそれから一気にリラックスする。
 脳科学的にはストレス時にリラックスすると体内には大量のNOが流れ込み、血管が拡張してストレスによる交感神経緊張の悪い側面を抑えてくれるからです。
 フローの脳波はどのようなものか。最新の脳科学により、フローな状態の脳波がわかってきました。そうなると、逆に脳波をフローな状態であるようにフィードバックすることが可能であれば、フローな状態を作り出すことができるようになるという原理です。
 フローな状態の脳波は「高シータ波」+「低アルファ波」そしてさらに「ガンマ波」も発生しています。シータ波は新しい刺激(情報)を処理するノデスガ、フローな状態の高シータ波は、大局観を持ち、低アルファ波がリラックスして、そしてガンマ波で、閃きの下準備ができている状態です。
 またストレスとリラックスの落差があることがフローの状態に入りやすいことから、強いストレスを人為的に作り出すことをしてみる。強いストレス=強い感情であり、これはネガティブでもポジティブでもOKだそうです。そして急激なリラックスのためには、呼吸が有効です。深い深呼吸が心身のリラックスをもたらします。
 となると、感情的に強いストレスを引き起こし、深呼吸をしてリラックスする。
 フローに入るための有効な訓練だということです。
 フローについて。つづく。

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2017年12月11日

フローに入るためのテクニック

 石川良樹氏の「仕事はうかつに始めるな」を読みました。石川氏のメンタルアドバイスは、最新の脳科学の知見も踏まえて、「誰でも」、「無理なく」、望むメンタル状態になるためのシンプルかつ有効な「ノウハウ」を教えて、「ため」になります。この本では、「普通」のメンタル状況を「好調」へと変えるテクニックを伝授してくれます。
 鍵は「フロー」です。最近スポーツ選手などから「ゾーンに入った」というセリフをよく聞きますが、この「ゾーンに入る」状態こそが「フロー」な状態です。石川氏は仕事でのパフォーマンスを上げるためには、「フロー」なメンタル状態を人為的にいつでも作り出せるようにすることがコツであると、わかりやすく、かつ、だれでも容易に実行可能な方法を指南しています。
 まずフローの第一条件として、集中力があります。集中力をコントロールすることが秘訣です。そのテクニックは3つ
1.気を散らせるモノを遠ざける  「自分を信用しない」。自分を律さなくてもいい環境をつくる 
2.いやいや始めない  脳がネガティブ感情をインプットしてしまう。感情と場所はセットで記憶される
3.終わりの時間を決める 仕事を「量」で管理する タイマーを使って仕事と休憩の区別をはっきりとする。疲れてから休んだのではリカバリーが遅くなる。疲れる前にこまめに休んでおく。
 「フロー」=集中力+幸福な状態であると考えられます。行為そのものに没頭しているときが、幸福感が高いです。 
 フローに入るための様々なテクニックについて、つづく。

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2017年12月10日

反骨と内面の苦しみークロネコヤマト小倉昌男の生涯

 森健氏の「小倉昌男 祈りと経営」を読みました。
 郵便以来の物流インフラを構築し、規制緩和を求めて霞が関公官庁と闘い続け、引退後は障がい者福祉に貢献した、小倉昌男の「信念の人」と誰もが捉えていた表の顔とは別の、内面に隠されたもう一つの顔に迫る伝記です。
 小倉氏を長年取材してきた森氏は、経営を退いて福祉事業に携わるようになった小倉氏の挙動に、「もやもや」とするものを感じました。その理由の一つは引退後すべての私財を投じて、知的障がい者が働く「スワンベーカリー」の経営に尽力したこと。それまで経営一本であった小倉氏がなぜ、全く畑違いの福祉の分野に晩年のすべてを捧げて打ち込んだのか。
 また外部と自分自身への人物評価のギャップ。小倉氏が自分に厳しいだけでなく、何か内面に秘めたものがあるのではないか。
 そして最晩年、末期がんで医者の反対を押し切って、ロスアンジェルスで亡くなったこと。
 理論的、合理的な経営を誰もが認める小倉氏が抱えてきた内面の苦悩に迫ります。
 実は小倉氏は火宅の人(当人の女性問題ではなく、娘が精神障害を抱えた苦悩の人)であったという事実が、後年の障がい者福祉に身をささげる大きな要因であったことがわかりました。その事実を小倉氏はひたすら隠し、仕事にかまけて家族のことを妻に任せっきりであった自分の罪として生涯背負い続けていたようです。それが対外的な高評価に対する自身への評価の低さの原因でもあったようです。
 長女の支離滅裂で常軌を逸した言動の数々に、留守がちな夫に代わって一人で対処してきた妻は、精神的に疲れ果て、持病の心臓病の悪化もあり、発作が自殺かわからない死因(多分発作的な自殺だと思われるが、小倉氏はひた隠しにしていました)でなくなり、小倉氏は強い罪悪感と喪失感に陥ります。 
 それを吹っ切るように福祉事業に打ち込み、自身の経営の手腕を福祉の分野でも生かして、障がい者でも自立して一人で生活していけるだけの給料を払える経営の視点を導入したベーカリー事業を始めました。
 その心の底には、精神障害に苦しむ娘の姿があったのではないかと森氏は推測します。
 晩年小倉氏の最後の心残りである娘と、最愛の孫たちと過ごしたいという思いで、アメリカに旅立ち、そこで亡くなられたのだと。
 幸いに良い治療法が見つかり、娘の精神症状は緩和されたようですが、家族の苦悩を抱えながら、日本の物流革命を果敢に敢行した小倉氏の強さを改めて感じました。

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2017年12月09日

ねつ造された父像の回復のための人生

 高山文彦氏の「宿命の子」を読みました。
 もと日本船舶振興会理事で創設者故笹川洋一の三男で、父の後を継いでハンセン病撲滅のための運動を世界規模で繰り広げている笹川陽平氏を、ルポライター高山氏が密着取材し、笹川一家の神話の皮をはがし、真実の姿を明らかにしています。
 私たちの世代(50代以上)はテレビのゴールデン番組の時間帯、へんてこな着物姿のおじいさんが、大勢の子供たちを従えて、大声で「世界は一家人類はみな兄弟」、「一日一善」、「お父さんお母さんを大切にしよう」と連呼する不思議なCMを連日見せられた経験があると思います。
 その際大人の示す「A級戦犯のくせになにをいう」、「競艇というギャンブル事業で大儲けした汚いお金で、何が世界平和だ」という冷めた視線やコメントが、子供ながらおじいさんの連呼する言葉の矛盾と相成って、笹川洋一という名前をスティグマとして覚えています。
 しかしながら神戸少年殺傷事件少年Aを徹底して取材した高山氏の本を読んで以来、氏の取材力を信頼しています。だからマスコミによって負のレッテルを張られた笹川良一氏の真実の姿を明らかにし、子である陽平氏の「父の汚名を晴らしたい」という思いに心動かされ、マスコミによって歪められた笹川良一氏の正しい姿を描き出したいという高山氏の思いが伝わってきます。
 高山氏がそのような思いに至ったのは、なんといっても陽平氏の清廉潔白で微塵もぶれないその生き方に感動したからだと思います。ハンセン病の撲滅、患者の差別撤廃のために世界の隅々まで過酷な旅程で訪問をつづけ、自身の命を狙われる体験を経ながらも日本船舶振興会の組織の膿を出し、果敢に組織改革をしつづけた陽平氏の信念の強さ。
 しかしながら氏は笹川氏の非嫡子であり、思春期まで離れて過ごし、父親の下で暮らすようになっても、成人するまで下男のような待遇で父親としての愛情をかけられずにいました。けれども、父親の反権力的な己の信じる社会変革の道を突き進む父親に触れるうちに、父親を助け、その事情を引き継ぐようになりました。
 この本を読んで私の笹川良一像も180度変わりました。そして父の意志を継ぐ使命のために無私で人生をささげる陽平氏の生き方にも感動しました。


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2017年12月08日

義務は愛よりも信ずるに足る

 平川克美氏の「何かのためでない特別なこと」を読みました。
 平川氏が父親の介護を通じて感じ取ったことが綴られています。
 氏が、介護度4の若い時は反発していた父親と実家に戻り食事から介護の世話まで「引き受けた」のは、様々な事情から「義務」感であったといいます。
 しかしその義務を淡々とこなしていくうちに、平川氏の中に責任ということの本質がわかってきたといいます。それは
 本来は自分には責任のない「いま、ここ」に対して責任を持つこと。合理主義的に考えれば、不合理極まりない損な役回りを演ずることになる。しかし人間が集団で生きていくためには誰かがその役回りを引き受ける必要がある。
 
義務を果たすことで、ひとはこどもから大人へと脱却すると。
 介護期間中、平川氏の講演を聞く機会がありました。講演の内容はその直前にだした経済市井に関するものだったのですが、その中で氏が現在の日本経済に対してそのような(成長を否定し、定常状態をいかに生きるか)スタンスをとるかの根拠となった経験で触れた父親の介護の話を聞いていると、介護で大変であろうと思われるのですが、氏自身も言及したように「面白い」様子が感じられました。それは責任ということの意味を介護生活を通じて肌身で感じ取ったことがにじみ出ていたからでしょう。
 そしてそれは弱者を中心に抱え込むことが成熟した社会の本質的なあり方だという確信に至ったようです。
 両親、祖父母・・・と、私たちは無償の贈与を受けて育ててもらってきました。社会は市場の原理である等価交換ではなく、贈与で成り立っている。現代人は「弱気もの」を抱え込むことで、はじめて原初的な贈与から立ち上がってくる現場に遭遇するのかもしれないと平川氏は強く感じます。 
 義務は愛より信じるに足る。
 これは人間の営みの原理が贈与であることを深く了承した心からにじみ出た言葉だと感じました。


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2017年12月07日

脱消費宣言

 平川克美氏の「『消費』をやめる」を読みました。氏の前著「小商いの進め」の、氏自身の生活の変化も含めた後編です。
 氏が唱える「小商い」は、アベノミクスの経済成長戦略の真逆の原理です。先進国に先駆けて少子高齢化、人口減少社会に突入した日本においては、もはや成長は不可能である。ではそれに代わる原理としての定常社会実現の手段のための「小商い」という戦略を平川氏は提唱し、自らも生まれ育った東京下町に職住を移し実践しています。
 平川氏は経済成長を支える個人の精神の内部に深く巣くう「消費信仰」を失くすことが、定常社会の実現のために必要であるといいます。
 現在日本の消費社会は、経済成長を生み出すための基として、政策によって巧妙に作り出された神話であり、それに国民の欲望が火をつけた結果であると氏は戦後の消費社会の歩みを振り返りながら考察します。
 消費は現代人にとっては、満たされない生活、精神的な飢餓感を満たすための代償行為であると氏はいいます。
 そして消費者になることで、市民は匿名の個人となり、のっぺらぼうが集まる消費社会において、他人との差異を強調する唯一の指標がカネであると。それは顔の見える、一人ひとりが重苦しいけれども責任のある存在である住民が織りなす地域社会を崩壊させていったと。そしてそれはその成り立ちが日本とは全く異なる移民社会であるアメリカ社会の思想が生み出したものであるということ。それが現代のグローバル経済の真相であるということ。平川氏は、自身の生まれ育った地の商店街という「顔の見える」関係性の中で、喫茶店を友人と共同で経営するという「小商い」の実践から実感します。
 そして、現在の消費経済の原理から不可能と思われる「小商い」の経験は、平川氏自身の内面から心から満足感を覚え、心身ともにリフレッシュしていることがうかがえます。
 この続編を楽しみにしています。

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2017年12月06日

路地裏ー資本主義が及ばない場所

 平川克美氏の「路地裏の資本主義」を読みました。経営者としていくつもの会社を創設してきて、現在出身地東京西部の下町の商店街で喫茶店のオーナーもされている平川氏が、現代社会を覆いつくしている資本主義を捉えなおした、現代版「資本論」とも言える書です。
 平川氏がこの本を書く動機は、現代社会が果たして資本主義というフィクションの呪縛にすべて覆いつくされているのか?そしてそのフィクションの行く末は?そしてそこから抜け出せるニッチはあるのかという問いにあると思います。そしてその結論としての「路地裏」です。
 かつて、100年以上前に、マルクスが当時の勃興しつつあるむき出しの資本主義の様態をとらえ、当時の社会に蔓延する貧困やかくさんどの、矛盾の根本を理解しようとし、資本主義に対抗する手段としての社会システムとして、社会主義を唱えました。その壮大な社会的実験はソビエトをはじめ社会主義国家のマルクスの主張とは離れた形態の失敗と崩壊により、資本主義の正当化が唱えらえ、現在グローバルに世界の経済システムを覆いつくしています。
 資本主義の発達は、産業資本主義→消費資本主義→金融資本主義→カジノ資本主義→強欲資本主義→その果てとしてのグローバル資本主義と発展形態が変化してきたと平川氏は捉えます。
 資本主義は人間の社会の無目的な資本形態の一つの様相。その無目的な発展を可能にするシステムであると氏はいいます。そして現代社会を特徴づけている消費資本主義が作り出す社会は身の回りのすべてがお金で交換可能である社会であると、貨幣の突出した作用をいいます。
 お金とは身体性を持たない商品であり、身体の限界性から自由であるがために、人間のやむを得ぬ慎み深さから解放され、人間の暴走から身を守る歯止めがなくなっていると、現代の消費資本主義社会の無秩序さの根拠だと氏は考えます。
 そのような資本主義の影響は、私たちの生きているすべてを侵食し、その端的な影響は、言語ー匿名性のネット言語に現れていると詩人でもある平川氏は感じます。
 ネット上の匿名言語は、貨幣と同じだと。それは身体性を持たない言葉であり、実体を持たない記号として流通しているものであると。
 そして資本主義を成り立たせている株式会社も、そのような社会システムが作り出したフィクションであるけれども、それが資本主義の発展の根幹をなすものとなってきている。
 そのような暴走する資本主義の影響から自由になるニッチを見つけ出すために、平川氏が持ち出したものは、「路地裏」という身体性です。「路地裏」というささやかで等身大の場所で、平川氏は資本主義に対抗する実験を試みているのだと思います。

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2017年12月05日

音楽を聴くように本を読むーフローリーディング

 書評家印南敦史氏の「遅読家のための読書術」を読みました。
 月30冊の書評をされている印南氏が、単なる速読術ではなく、現代の情報過多、情報スルーに適応している脳に見合った読書術を指南しています。私もほぼ一日一冊を読破するのを日課にしているので、どちらかというと速読派です。でも本をただうわっ滑りで読み飛ばしているだけのように感じていたので、印南氏のフローリーディングの哲学に出会い、自分の読書行為が間違っていないことを確かめられて安心し、また速読によっても収穫的な読書ができる秘訣を教わり、とても有意義な本でした。
 印南氏が熟読=遅読を否定的にとらえるのは、自身の読書体験ー「いくら熟読しても実際に忘れていることのほうが多い」−に裏付けされるからです。強く同感します。そして「読むスピードと理解度・記憶は全く比例しない」も、「そうそう」です。
 氏にとって(そして私にとっても)じっくり読もうが、さっと読み飛ばすように読もうが、読んだ「成果」に大した違いはないという結果から、フローリーディングというスタイルが生まれてきました。
 一冊を深く読むことで全部を記憶しようとするから無理なのであって、たくさんの本から「小さなかけら」を集めて「大きなかたまり」を創っていくことが大切だと。
 それは「音楽を聴くように、本を読める状態になる」ことだと氏はいいます。自分の中に入ってきた音を「知識としてため込もう」とするのではなく、音が自分の中で通り抜けていくこと自体が心地いい状態になる。そのようなフローな状態でも、やはり「残る言葉」はある。聴いた結果として自分の中に生まれたことが音楽の根本的な価値である。同じように読書体験をすることも可能だと。
 そのためには、自分の中に読書によって印象に残った言葉をため込むのではなく、積極的にノート(外部)に書き出していくこと。つまり読書するということは、書物に書かれた作者の思いを、読むという行為で自分の中に通過させ、吐き出してしまうことだと氏はいいます。
 そうして吐き出された言葉を定期的にまとめて読み直し、簡単な一行で要約して記憶に定着させ、読書の果実を身にしていく。
 期せずして私自身の読書体験もまさに印南氏と同じでした。今こうしてブログで書き出しているのは、ひと月前に読んだこの本の内容の書き出しを見ながら書評しています。いつも感じるのですが、ひと月まえの本の内容を、ノートに書き出されたものを読み直すまで、まったくわすれてしまっているということ。そしてこうして読み直し、内容をまとめることによって、はじめて読書をしたといえることです。
 私にとって、印南氏が言われるように本を読むことは、脳の中に言葉の音声を音楽のメロディーのように流れていくことが快感なのだと改めて実感しました。

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2017年12月04日

自分で新陳代謝できない「大田舎」東京

 古市憲寿氏の「大田舎 東京」を読みました。
 無類のバス好きである社会学者古市氏が雑誌の連載企画で都バスに乗って東京都内をフィールドワークし、その結果出した結論が、「東京は大田舎である」という仮説です。
 人口1369万人、スウェーデンやスイスの人口と同じ規模で、都内総生産100兆円、これは独立国にするとGDP世界20位であり、高さ100メートルを超えるビル500棟、200メートルになると25棟もあり、世界の流行の最先端を走り、多くの外国人観光客を惹きつけている「大都会 東京」のイメージは、東京のごく一部であり、大部分は都民の暮らしが日々地道に営まれているということを、それを古市氏は「大田舎」であると、バスに乗っての観察で認識しました。
 都バスに乗っての観察が都民の生活を観察するのに適している理由として、古市氏は都バスが主に走っている路線が東京の東側、戦前から開けた古き東京の名残が色濃く残っている地域であり、歩行者よりも高く、電車よりも低い、バスの車窓の高さ「2.3メートル」からは街並みまずの細やかな変化や人の表情まで観察することができます。そしてバスに乗っていると「ちょっとだけ上から目線」で観察することができます。
 そのようなバス目線で東京を眺めて古市氏が気づいた「東京は田舎である」という仮説の根拠。
   まず田舎の定義とは
 多様性を許容しない閉鎖的な社会。東京は世界的な大都市でありながら外国人居住者の少ない都市であること。
 他の世界の大都市に比べて歩いている人が少ない。
 夜が早い。
 動作が遅い。多分高齢者の割合が高いため。
 男尊女卑がひどい。
 これのすべてに東京が当てはまると古市氏は東京の東部の街並みを観察して結論に至ります。古市氏の描写する東京東部の街の様子は高齢化が進み、街並みが新しくなっても、そこで暮らす人々が昭和の影響をそのまま引きずり、変化に抵抗していることがうかがえます。
 それに対して、古市氏は「体質」や「仕組み」としての「大田舎」をいつまで続けるのかと訴えます。東京が大田舎であるということは、この国が様々な社会問題を「田舎」的な対処法で切り抜けてきたことの象徴ではないかと。それの端的な影響は育児や介護を家族に任せるということによって少子化、介護離職などの現象が起こっていると氏はいいます。
 出生率が全国最下位の東京は自力で新陳代謝できない街ではないかと。
 古市氏がバスから眺めた東京の主に東部は、正真正銘の田舎出身の私からしても、なんだか懐かしい素朴な印象を受けました。そこに変化を拒み、新しい動きを阻む力が作用しているのかもしれませんが個人的にはいつまでもこのような街並みが残ってほしいなあと感じました。田舎でいいではないかと。
 
 

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