2018年08月

2018年08月31日

寝たきり防止には「筋肉財産」の蓄積が必要

 久野謹也氏の「ダイエットはおやめなさい」を読みました。題名の前に、「寝たきりになりたくなければ」という但し書きが付きます。
 久野氏は、高齢者が多くおちいっている「サルコペニア」ー高齢になって筋肉減少が過度に進んでしまい、日常動作にも不自由になる状態ーの原因の多くに、若いころの極端な食事制限によってダイエットを試み(て失敗を繰り返した)結果があることを指摘します。
 食事制限だけのダイエットは、脂肪だけでなく、体に必要なタンパク質までも減少させます。そしてダイエットに失敗して、リバウンドし、その際付くのは脂肪だけ。落ちたタンパク質はそのままで、何度もダイエット→リバウンドを繰り返すことにより、筋肉の減少+脂肪の蓄積が進んでいきます。
 筋肉は誰でも、20歳をピークに毎年1%減少していくので、それに加えて食事制限だけのダイエットの繰り返しにより、高齢になると筋肉不足による寝たきりラインに到達する速度が速くなってしまいます。
 3か月の食事制限だけのダイエットで5%の筋肉が落ちます。これは筋肉減少ペースの5年分に相当し、寝たきりラインに到達する年を5年早めることになります。
 女性の場合はもともと筋肉が少ない上に、若いころのダイエットによってさらに筋肉を減らしているために、寝たきりラインに到達するのが早くなり、その結果寝たきりの器官が長くなってしまいます、
 さらに高齢女性に多い骨粗しょう症防止のためには、筋肉は必ず骨に付着しているので、筋トレの刺激が骨を刺激して、骨粗しょう症予防にもなります。
 では、筋肉の低下を伴わないダイエットの方法とは?
 筋トレそのものは消費カロリーはそれほど多くないため、やせる効果はありません。ダイエットの目的は余分な脂肪を減らすことで、そのためには有酸素運動が有効です。そのうえでタンパク質を多く含むバランスのとれた食事制限を気長に続けることで、きんにくを減らすことなくダイエットすることが可能であると久野氏はいいます。
 筋肉を減らさないで、筋トレ、ウォーキングなどの有酸素運動、適切な食事制限の3つ巴でダイエットをするには、気長に続けることが大切です。そのためにも脂肪率などが計量できる体重計で、体重、脂肪量、筋肉量を測定し、記録することで、変化が励みにもなり、続けることが可能になり、習慣化していきます。これを久野氏は「筋肉量レコーディングダイエット」と名付けます。
 寝たきりになりたくなく、かつスリムになりたければ、「筋肉という財産」を維持していくことが大切だと氏はいいます。それが豊かな老後生活をおくることができるかどうかの秘訣であると。
 老後の豊かさは若いころからの筋肉の貯蓄によるということを知り、筋トレのモチベーションがさらに上がりました。

miki00011 at 04:00|PermalinkComments(0)

2018年08月30日

筋肉は「かけがえのない財産」

 久野謹也氏の「大腰筋を鍛えなさい」を読みました。
 老化と筋肉の関係をわかりやすく解説し、老化に伴う様々な身体の衰えの速度を遅くするのに筋肉の働きを高める方法を指南しています。
 ただやみくもに筋肉をつけましょうというのではなく、筋肉をつけることの意義を明らかにすることで、筋トレのモチベーションが上がります。
 「筋肉は老化に抗う器官」
 「筋肉はどんなに歳をとっても増やすことのできる器官」
 「筋肉量が増えると体が疲れないように変わる」
 筋肉と老化の関係をわかりやすい標語であらわされています。
 40代以降、若い時と比べて疲れを感じやすくなるのは、筋肉の減少によって、エネルギー産出量が減少したためであると久野氏はいいます。筋肉量は毎年1%ずつ減少していくため、何もしないでいると歳とともに誰でも筋肉量が減り、それが疲れという現象となって表れます。
 筋肉の減少速度は75歳を過ぎると落ち方の速度が加速かし、ますます筋肉量が落ちていきます。
 サルコペニアとは筋肉量の減少によって、様々な日常の動作に困難を生じる症候群のことで、男性は27.5%、女性は22.1%も占めます。
 さらに近年はサルコペニア肥満の高齢者が増加していて、筋肉の割合と脂肪の割合がすっかり入れ替わることで、「サルコペニア進行による筋力低下」+「肥満になる脂肪蓄積からくる内臓疾患」が引き起こす身体の不調が進行する症状で、70代の3割を占め、特に女性の方が多いのですが、それは閉経後内臓脂肪が増えやすくなることと、若いころ無謀なダイエットとリバウンドを何度も経験したことで、筋肉量を減らしてしまったことが原因だと久野氏は考えます。
 食事制限だけによるダイエットをすると、3か月で5%(減少の5年分)の筋肉が減ってしまうので、決して食事制限だけのダイエットをしてはいけないと。それが将来のサルコペニア肥満の原因になるといいます。
 太ももの筋肉は50代になると20代のころの30%も減少するそうで、そういえば、中年の典型的な体形はお腹はポコッとでているけれども、足は細いというもので、それは太ももの筋肉が減少したためなのですね。
 そのため、老化に抗うための筋トレでもっとも効果的なのは、大腰筋を鍛えることだと久野氏は具体的に大腰筋エクササイズの例を挙げています。
 筋トレによる無酸素運動で特に年齢と共に減少しやすい速筋の量を増加させることが必要だといいます。
 そのうえでウオーキングなどの軽めの有酸素運動によって、脂肪を消費させ、遅筋に多く含まれるミトコンドリアの量を増やすことで、エネルギー効率のよいからだを作ることができると。
 「運動とは、体という会社の中の、筋肉という部署において、次々に様々な細胞改革が起こって、効率よくエネルギーを生み出して効率よく体を動かすことのできる体制が整うこと」
 運動で体が変われば、心も変わっていく。心が変わっていくと、自分をコントロールできるようになるので、考え方や行動がかわっていく。つまり人生は筋肉をつけるかで決まる。筋肉貯金が老後の生活を豊かで潤いのあるものにすると久野氏は断言します。
 筋肉の可能性に目を開かされました。早速筋トレに励もうと思います。

miki00011 at 04:07|PermalinkComments(0)

2018年08月29日

穏やかで安らぎに満ちた最期ーサイレントブレス

 医師で小説家の南杏子氏の医療小説「サイレントブレス」を読みました。
 医師として実際に終末期医療の臨床現場で体験したことをもとに、終末期医療の是非を問う小説です。
 主人公は大学病院に勤務する30代の女医。先端医療の現場では病気を治すことを第一の目標として、それに疑問を持たず(感じても心に封印をして)できるだけの医療に携わっていましたが、訪問介護センターの常勤医者として出向することになり、主に高齢者や終末期を迎えた患者を中心に診療することになりました。
 純粋に病気だけを相手にした大学病院の医療とは異なる、生活の困難さと病気の境界がはっきりしない患者、また治らない患者を相手に、終末期医療を施す体験をすることになりました。
 そこでは医療教育が教えてきた「治る患者を治す方法」でなく、「治らない患者の治療法」、つまり死にゆく患者を治療すこと、現代医療の存在意義をも問いかけられたのでした。
 そこで主人公が感じたのは、死というゴールから逆算して残された時間をどうするか、患者の意志が生かされることを支援する医療があるのではないかということでした。
 病気を治すことが目的の現代医療の医師にとって、病気が治らない死は敗北です。だから、患者が治らず死んでしまうと分かった途端、医師はその患者に関心を失ってしまう。だけど、患者うぃ放り出すわけにいかないから、ずるずると中途半端に治療を続けてしまい、結局患者を苦しめる結果になることが多いのだと、先輩医師の言葉を借りて現代医療の問題点を指摘しています。
 死は負けではない。穏やかで安らぎに満ちた、いわばサイレントブレスを守る7医療が求められていると主人公は感じるようになり、終末期医療に意義を見出します。
 実際の医療現場での体験を下敷きにしているだけに、リアリティが感じられ、それでも主人公のニューマニティあふれる姿勢に困難な現代の医療現場にもめげない希望を感じました。

miki00011 at 04:03|PermalinkComments(0)

2018年08月28日

動くことで運を運ぶー「運動」

 久野謹也氏の「100歳まで動ける体になる『筋肉リハ』」を読みました。
 筋肉の研究をされている久野氏は、筋肉の新たな側面を明らかにし、人生100年の時代を充実したものにするために筋肉が重要な働きをしていることを、筋肉のしくみからその効率的な増やし方を指南しています。
 久野氏は人生100年を充実したものにするための筋肉の育成の目的を、従来の筋肉ムキムキのからたをつくる筋トレから、「筋リハ(筋肉リハビリテーション)」へと変化させます。つまり筋肉をつけることによって、健康な体の機能を維持するというリハビリテーションです。
 それは筋肉が従来考えられていた、体を支えることや動かす機能だけでなく、活力エネルギーを産出する工場のようなものであり、また様々なホルモンを作り出す内分泌器官であるという、新たな筋肉の働きがわかってきたからです。
 筋肉は20歳を100とすると、何もしないでいると毎年100とすると1%ずつ減少していき、550代で30%、60代で40%、70代ではなんと半分になってしまいます。
 筋肉という工場が減ってくると、体の生産力がじわじわと低下し、次第にからだが必要としているエネルギーをまかないきれなくなって、様々な不調がでてきます。
 中年以降、疲れがとれなくなるのは、筋肉量が減少するとともに、少しずつ基礎代謝がおちているため。代謝の低下とともに、まかなえる活力エネルギーが減り、疲労の回復に時間がかかるようになってくるからです。
 さらに腰痛や糖尿病などの病も、筋肉低下が関係してきます。
 腰痛は腹筋や背筋などの腰部のコルセットの役割をする筋肉の低下により、背骨を支えきれなくなり生じます。
 また糖尿病は、体内の過剰なブドウ糖を筋肉が消費できなくなったために生じます。
 さらにからだが硬くなるのは、筋肉量がへりその空間を結合組織が(筋肉のさび)が付着し、このさびが多くなると筋肉の柔軟性が低下するからです。
 筋肉の第三の働きとして、筋肉の産出するホルモンの総称=「マイオカイン」があります。骨格筋は人体の40%も占めるため、筋肉は人体最大の内分泌器官と言えます。
 そのように様々な働きのある筋肉ですが、年を取ってくると衰えてくるのは速筋が大部分なため、それを重点的に鍛えることが大切です。
 一日2〜3種目、週3〜5回ぐらい、細切れでもよく、長く続けられるように、ちょいきつめの筋リハのメニューを組むことが有効です。
 久野氏は、動くことによって運が運ばれてくる。だから「運動」というのだと、筋肉をつける運動は人生に運をもたらすといいます。
 実際に筋肉リハをして、それを実感しています。

miki00011 at 04:07|PermalinkComments(0)

2018年08月27日

水魂ー水族館が表現するもの

 水族館プロヂューサー中村元氏お「水族館哲学」を読みました。
 日本各地の水族館を新たなコンセプトで蘇らせ、人気スポットに次々に変えていっている氏が、水族館が私たち与えてくれるものはなにか。水族館の可能性とはなにかを熱く語ります。
 中村氏は水族館はずばり「命を見せて伝える」空間であるといいます。それを訪れる人に効果的に展示する施設であることが水族館の使命であると。
 水族館を訪れる多くの人々の真の目的は、海や川の水中景観を見たり、水中感覚を味わうこと。海や川の代用として、手軽に水中世界の非日常を味わうことであると、中村氏は来訪者の目的をいいます。
 暗ーい、じめじめとした水槽がずらりとならんで、苔むした水槽から時折ぽちゃんと中の水中生物の動きがわかる50年近く前、子供のころ訪れた水族館(実は中村氏がプロヂュースして劇的に変わった下関の「海響館」)のイメージとは全く変化し、現在の水族館は明確なコンセプトを掲げ、それを効果的に表現できる場となっていることが、中村氏の手掛けた水族館をはじめ、全国の人気水族館の写真からうかがえます。
 「面白そう」。
 中村氏が水族館を再生させるポイントは以下のとおりです。
1.水魂の癒し
2.命と地球
3.日本人の世界観
4.逆転から進化
 このようなコンセプトで日本各地の水族館を蘇らせ、人気観光スポットに変化させてきています。
 水族館は「水」の存在を感じることのできる非日常空間である。そのような水槽のことを中村氏は「水塊」と呼びます。「水塊」=「水魂」です。
 確かに水族館で水槽の中を泳ぎ回る水中の生き物は、陸上で生きている生物(我々人間を含めて)は全く異なる世界で生きているということが、その色の鮮やかさ、姿態の奇妙さ、大きさ、数の多さ等々、地上の常識が通用しない水の世界があるのだという新鮮な発見をします。
 地球は7割が海で占められ、そこには陸上とは全く異なる世界が展開されていること。多様な生き物が共存する場であるということを、水族館の水塊から教えられます。





miki00011 at 03:58|PermalinkComments(0)

2018年08月26日

組織の呪縛への挑戦

 原雄一氏の「宿命」を読みました。
 原氏は警視庁の刑事としてオウム真理教地下鉄サリン事件の捜査、特に警察庁長官狙撃事件では第一線に時効を迎える15年間関わってきました。
 週刊誌やテレビなどでは度々真犯人と思われる人物について特集され、原氏も数々の状況証拠を地道な捜査でつかんでいながら、警察組織としての方針に反する真犯人を検挙することはかないませんでした。
 現場の一警察官の職業人の矜持として、また真犯人(と思われる)中村泰の矛盾あふれる数奇な人物像に強く惹かれ、定年後もこの事件を追い続け、警察官としての公的な立場を離れ、いち市井の原雄一としてこの本を上梓しました。
 なぜこれほど状況証拠もそろい、そして何より真犯人自身が犯行を認め検挙を願っているのに逮捕できなかったのか。
 それは警察という組織の官僚制の生んだ組織力学から生み出すメンツと競争と嫉妬が、真実を捻じ曲げた結果だということが、現場で汗を流して取材を続けた原氏の無念から伝わってきます。
 公安組織が警察庁長官狙撃事件は、オウム真理教が引き起こした犯行だと断定して操作を続けてきたのだから、それに反する状況証拠は握りつぶされたという事実にも驚きます。
 それを原氏は「宿命」という言葉に、自身の無念の怒りの矛先を向けようとしますが、定年後もこの事件を負い続けている氏の執念は、まさにこの事件と真犯人にアディクトしてしまった氏の思いがこもっていると感じます。
 それにしても中村泰はなぜこのような事件を引き起こしたのか。
 原氏が中村の生涯と思想を丹念に取材し、本人や関係者の証言から真実が浮かび上がってきました。
 それは警察とオウム真理教が胎児しているあの時期に、警察庁長官を暗殺すれば、だれもがオウム真理教の犯行だと考える。官憲に対する積年の恨みを晴らす絶好の機会が到来したと考えたからです。中村自身は、事件を引き起こすことでオウム真理教に対する警察捜査を奮い立だせるためだと事件の動機を主張していますが、実弟がいうように、官憲に対する個人的な恨みを晴らす「復讐」が本来の目的で、東大卒の頭脳優秀で謀略を好む中村は、いまこのとき警察庁長官を暗殺すれば、だれもがオウム真理教の犯行と考え、自分は捜査線上に浮上せず逃げ切れると思ったからだろうと原氏は推測します。
 それにしても現在別の事件で服役中の80歳半ばでパーキンソン病を患う中村から
「ここまで立証できているのに、なぜか逮捕されない。はたして日本はほんとうに法治国家と言えるのだろうか。」とまで言わしめたこと。真実をも捻じ曲げる警察官僚組織の「宿命」とは何なのかと思いました。

miki00011 at 04:01|PermalinkComments(0)

2018年08月25日

神に成り代わる?−合成生物学の未来

 須田桃子氏の「合成生物学の衝撃」を読みました。
 合成生物学とはー従来の観察・実験の手法による生物学とは異なり、コンピューター上で「生命の設計図」であるゲノムを設計し、その情報に基づいて合成したDNAや、改変したDNAを持つ新たな生物をつくる新たな生物学の分野です。
 読売新聞記者の科学班の記者である須田氏は、アメリカに留学し、合成生物学の最先端を取材し、その現状と未来を伝えています。
 合成生物学の目的は二つ
1.つくることによって生命の仕組みを解き明かす
2.人類にとって有用な生物をつくる
 合成生物学は、ゲノムを解明し、デジタル情報として扱えるようにんったからこそ生まれました。
 従来不可能であった生物学と工学の「合成」が結びついた分野が合成生物学ですが、工学の世界では「実際に作ってみて確かめる」という手法が一般的ですが、生物学ではそうした手法をとることができませんでした。観察と実験によって法則を見つけ出していくしかありませんでした。
 しかし遺伝子工学とコンピューター技術の発展がそれを大きく変え、新たな合成生物学という分野が生まれました。
 40億年という気の遠くなるような長い年月を掛けて進化してきた生命の設計図を、私たち人間の利己的な都合でどこまで書き換えていいのだろうかと、須田氏は合成生物学の実情を知るにつれてそう問います。
 現在主流の合成生物学には2つがあります。
 一つは規格化したDNAを作り、それを実験動物に再移植し、それがどのような働きを示すのか調べることです。DNAの塩基配列のうち、特定のタンパク質を作ったり、他の遺伝子の働きを調節したりする指示が組み込まれた個々のDNA断片を部品として規格化したものです。
 それを研究している生物学者は、どのDNA断片=バイオブリックを「言語」だといいます。
 「僕たちの考えや意図を、生物の中に送り届け、生物に僕たちが言うことに耳を傾けさせ実行させるための言語」であると。
 もう一つは「遺伝子編集技術」です、DNA一文字からの修正も可能なこの技術は、新たな生物を合成する可能性を秘めています。
 それはすなわち、生物兵器へ転用されるという技術の二面性が発生するようになることです。
 また受精卵の操作によるヒトの能力強化の可能性も考えられます。
 合成生物学のような技術は本来的に価値中立です。単なる技術ですが、その発見をどう使われるかをコントロールするのは社会であり、一般の人々であると須田氏はいいます。
 人間が神に代わることともいえる合成生物学の進捗状況は社会に逐次情報公開され、コントロールしていくことが必要だと思いました。

miki00011 at 04:03|PermalinkComments(0)

2018年08月24日

誰にとっての「無駄な」介護か?

 川口有美子氏の「末期を超えて」を読みました。
 在宅でALSの母の介護を10数年続け看取った体験から、ALSの在宅介護事業所を立ち上げている川口氏が、終末期医療とはなにか?難病患者を介護の課題を専門家と語り合っています。
 川口氏の母の場合、ALSが進行し自発呼吸ができなくなった時、気管挿管し人工呼吸器につなげることによって延命治療が導入されました。しかしながら現状は7割のALS患者が人工呼吸器を挿管して延命することを選択せず、死を選択しています。
 患者が死を選択する大きな理由に、家族の重荷になる、一体このような病気を抱えてこれから先どのようにして生きていけばいいのかわからず絶望した結果だと、多くのALS患者と接してきた川口氏はいいます。
 自身の生死の選択は当人の自由選択だとしても、現状の困難ー自宅で療養でき、しかも公費で献身的な介護を受けられるので家族にそれほど負担がかからないーが克服されたならば、どうだろうかと。ALSになっても何とかなる。しかも自分らしく生きられるという可能性を患者に提示できれば彼らの多くは氏を選択しないのではないか。現在の7割の死の選択は、社会の環境が彼らに強いたものではないかと。
 川口氏は家族だけで母の介護を「囲いこんで」しまっていた時の、心身共に苦しい体験から、一対一の家族介護がいけないのだといいます。そのような状態だったとき、母の生に否定的になってしまっていた。その後介護支援を積極的に活用するようになり、介護に余裕が生まれてきたときに、母の生に初めて肯定的になれた。そうして見えてきたのは母の「尊厳」だったと。
 ともすれば介護を受ける人と介護者がぴたっとくっついて一体化してしまいがちな難病の家族介護ですが、そうなると心身の疲労から、介護者が追い詰められていく。そうならないために、川口氏は難病患者を対象とする介護事業所を立ち上げ、家族に代わって24時間自宅介護が可能な制度を立ち上げました。
 そのような中で見えてきた家族介護の問題点は、介護を受ける者と介護者の関係の距離です。ともすればその距離があまりにも近くて、囲い込んでしまい、双方が息苦しい状態になる「マザーナリズム(母性包容主義)」。これに陥らないように、家族介護が社会に開かれていかなければならないと川口氏はいいます。
 無駄な延命の「無駄」は、患者にとっての「無駄」ではなくて、医療者や介護をする側の自己評価だと。決して「無駄」な介護を生み出さない環境が必要だと。そのためには家族介護の現場に「他者」を挿入するような社会的な装置が求められると氏は自身の介護事業所体験からいいます。
 家族という親密な関係だからこそできる手厚い介護であるだけに、それが行き詰まることなく、うまく機能できるような仕組み作りが必要だと感じました。

miki00011 at 04:05|PermalinkComments(0)

2018年08月23日

パーソナリティ障害の治療

 岡田尊司氏の「パーソナリティ障害がわかる本」を読んでの続き。
 「性格」と「気質」の極端な偏りにより、日常生活を営むことが困難な状態が「パーソナリティ障害」であるとしますが、具体的にどのような障害のパターンがあるのか。
 「妄想分裂ポジション」・・・自分にとって思い通りにならない状況に直面したとき、その不快をすべて相手の非とみなし、怒りや攻撃を爆発させている状態。
 これは自分と他者との区別があいまいで、周囲の存在を自分の一部や延長のように感じて、自分の思い通りになることを当然と感じているために生じます。
 自分の心の中にある感情やイメージを周囲に投影し、それが独り歩きする。思い通りになるときは過度に「理想化」、思い通りにならないときは「悪」、「敵」と見なしてすべてを否定します。

 「抑うつポジションと躁的ポジション」・・・極端に自分の非を受け入れることと、強がりったり、居直ったり、逆に攻撃的になること。躁的防衛には支配感、征服感、軽蔑などがあります。
 これらのパーソナリティ障害は、その表れ方によって
1.精神病性パーソナリティ構造・・・自己と対象の区別が混乱し、自我の境界があいまい
2.境界性パーソナリティ構造・・・自己と対象の区別はある程度存在するものの、ストレスを受けた状態やなれない状況においてなること。
 特に境界性パーソナリティー障害の人は全体の2%近くいると思われ、誰の周囲にも(自分自身も?)いるありふれた障害だと岡田氏はいいます。
 パーソナリティ障害の治療としては、薬物による治療が有効でないことから、認知療法が有効な治療手段としてなされます。認知療法ではパーソナリティ障害を間違った適応戦略の結果だと考え、正しいそれに置き換えることを目標とします。
 人の行動には、外界からの情報→心(情報処理=スキーマ)→行動、という一連のパターンから書汁と考え、心=スキーマにパーソナリティ障害は一定の偏りがあると考え、それを修正することを試みます。
 克服の目標は、すっかり別の性格になることではなく、もともと持っている傾向を病的な落とし穴に陥らないようにして、コントロールする力をつけ、バランスのとれた個性として本来の魅力を引き出すことです。
 岡田氏はパーソナリティ障害を、それが「障害」として現れている現象を正確に捉えています。それをその人がもともと持っている「個性」の偏重した形だとし、それを否定せず、それが本来の生き生きとした表れとなっていけるように治療していくことを推奨します。
 だれもが持つパーソナリティの歪みの極端な形としてパーソナリティ障害を捉えることが、この障害を持つ人の生きることの困難さに対処するベストな方法だと感じました。

miki00011 at 04:07|PermalinkComments(0)

2018年08月22日

パーソナリティの「障害」をパーソナリティの「個性」へ

 精神科医岡田尊司氏の「パーソナリティ障害がわかる本」を読みました。
 岡田氏は精神科の臨床で出会うパーソナリティ障害の患者さんが急増しているといいます。パーソナリティ障害とは何か。従来の薬物主体の精神・心療内科医療では治りにくいこの病態を、「障害」としてではなく、パーソナリティ・スタイルという「個性」として変えていき、穏やかな周囲との人間関係の構築を目指すことを提唱しています。
 そもそもパーソナリティとは何か。
 それは「性格」=心理的要因と、「気質」=遺伝的・器質的要因の両者が統合されたもので、具体的には、性格→自己志向、協調、自己超越、気質→新奇性探究、損害回避、報酬依存、固執などの特徴ある現れをします。
 パーソナリティ障害の「治療」とは、修正のできない「性格」としてとらえるのではなく、治療することも可能な「障害」としてとらえる考え方です。
 パーソナリティ障害の人ももともとそういう「性格」だったのではなく、何らかの挫折や躓きを契機として様子が変わったようになり、性格や行動の問題が極端になっていると岡田氏は捉えます。その結果パーソナリティ障害は、偏った考え方や行動パターンのため、家庭生活や社会生活、職業生活に支障をきたした状態であると。
 パーソナリティ障害の基本症状は
1.両極端で二分法的な認知
2.自分の視点に囚われ、自分と周囲の境目があいまい
3.心から人を信じたり、人に安心感が持てない
4.高過ぎるプライドと劣等感が同居
5.怒りや破壊的な感情に囚われて、爆発や行動化を起こしやすい
 一言でいえば、子供っぽい、幼い、小学校低学年以下の性格です。
 特徴的な関係性は
「部分対象関係」・・・その場その場の欲求をみたしてくれるかどうかが「よい」、「悪い」の基準。良い部分も悪い部分も含めた対象とのトータルな関わり方ができない。
「妄想分裂ポジション」・・・自分にとって思い通りにならない状況に直面したとき、その不快さをすべて相手の非とみなし、怒りや攻撃を爆発させている状態。自分と他者との区別があいまいで、周囲の存在を自分の一部や延長のように感じて。自分の思い通りになることを当然のように感じているため。自分の心の中にある感情やイメージを周囲に「投影」し、それが独り歩きをする。思い通りになっているときは過度に「理想化」し、思い通りにならない事態に出くわすと「悪」、「敵」とみなしてすべてを否定する。
 つづく。

miki00011 at 04:03|PermalinkComments(0)
Archives