2005年11月28日

そして、ひと粒のひかり−62粒の死とひと粒の生− 

ひと粒のひかり01ジョシュア・マーストン監督・脚本の『そして、ひと粒のひかり』(アメリカ=コロンビア,2004年)である。傑作。なかなかレビューが書けなかった。

あらすじは,例の如く−−−−−−−−
コロンビアの田舎町に住んでいる17歳のマリア(カタリーナ・サンディノ・モレノ)は,毎朝夜明け前に家を出てバラ農園に行き,恐ろしく単調な刺抜きの仕事をしている。乳児を抱える姉をはじめ,女ばかりの家族はマリアの収入を当てにしている。家族との衝突が絶えないなか,上司と職場で衝突し仕事を失ってしまう。さらに,ボーイフレンドの子供を妊娠していることに気づく。偶然出会ったフランクリンから“ミュール(麻薬を胃の中に飲み込んで密輸する運び屋)”の話を聞いた彼女は,危険だと知りながらも5000ドルという報酬に,仕事を引き受ける。3人のミュールとともに,麻薬を詰めたゴム袋を62粒も飲み込んで,マリアはニューヨーク行きの飛行機に乗り込んだ。
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マリアがなぜミュールを引き受けるのか。とても説得的に描かれる。それ以外に途はないかのように,とても自然に示される。単調な,希望のない農園での労働。コロンビアで生活するということの過酷。逃れようのない日々。その過酷な日常生活さえも,上司との衝突という些細なことによって,維持しえないという現実。生活の裂け目。そこから麻薬の売人へと足を踏み出すのはとても簡単なことだ。その簡単さ,距離の近さ,あまりにも自然な道筋がリアルな感触になって迫ってくる。

ひと粒のひかり02そのリアルさは,あたかも自分がミュールになって,胃の中に麻薬を飲み込んでいるような錯覚をつくっていく。ブーンという,飛行機の閉鎖された空間。飲み込んだ麻薬への恐怖。息詰まる緊迫感。観ている途中に,気分が悪くなった。吐きそうだ。62粒の死への誘い。悪魔を胎内に宿しているようだ。

そうなのだ。ミュールというのは,人間としての意味を剥奪された存在だ。単なる袋。運ぶための袋という意味合いしかもたない。そこにのみ意味を見出される。人間としての日常生活から滑り落ちた場所が,ただの袋であった。絶望の場所。ルーシーが観た場所。

マリアは,その場所から,どう生活を組み立てるのか。それが可能なのか。

ラスト・シーン。マリアは,63粒めの,たった「ひと粒のひかり」に賭けようとする。それは,生命という希望だ。秀逸な邦題。最後にパンドラの箱に残った希望。そんな想いを抱かせる。

マリアというひとりの少女を描いているが,それは,コロンビアの象徴にもなっている。「MARIA FULL OF GRACE」。祈りの言葉。

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そして、ひと粒のひかり【Cinema-Absolutism】at 2005年11月28日 23:22
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『そして、ひと粒のひかり』〜Duty than Hope〜【Swing des Spoutniks】at 2005年11月29日 07:51
主演のカタリーナ・サンディノ・モレノの演技が素晴らしい。数々の苦痛を背負い成長していく姿には誰もが心をとらわれると思います。
そして、ひと粒のひかり【★☆★ Cinema Diary ★☆★】at 2005年11月30日 00:17
マリアに祈りを捧げたくなるほどにステキな作品。 真実が詰め込まれた誠実さに心打たれる。 スリルある展開に釘付けになった後、やわらかな感動に包まれて。 原題の「MARIA FULL OF GRACE」は祈りの言葉の一つ。 "恵み満る聖母マリア" "めでたし聖寵満ち満てるマリア"...
『そして、ひと粒のひかり』【かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY】at 2005年11月30日 00:28
12月2日(金)名演小劇場にて コロンビアの小さな田舎町。17歳のマリア(カタリーナ・サンディノ・モレノ)は、毎朝夜明け前に家を出てバラ農園に行き、恐ろしく単調な刺抜きの仕事をしていた。女ばかりの家族はマリアの収入を当てに生活をしていて、彼女は不満を抱えなが...
明るい未来を示唆するタイトル◆『そして、ひと粒のひかり』【桂木ユミの「日々の記録とコラムみたいなもの」】at 2005年12月06日 08:05
昨日『そして、ひと粒の光』を観た。 画像の「MARIA FULL OF GRACE」が原題。 南米コロンビアを舞台とした17歳の女性をヒロインとした映画だが、コロンビアの映画など初めてであったし、テーマがテーマだけに心ときめかせてスクリーンの前に座った。 その内容の熾烈さと、...
『そして、ひと粒の光』【工房通信 悠悠】at 2005年12月15日 22:50
この記事へのコメント
TBありがとうございます。
僕も非常に「リアル」な感触を受けました。
それは、カメラが常に人物と至近距離を保っている、という物理的な距離の近さと、(役者の素晴らしい演技力も手伝った)内面描写の豊かなことに依拠する心理的な距離の近さ、そして「日常の落とし穴」(陳腐な表現ですが)を実に巧みに丁寧に撮っていること、これらからきているのではないか、と思いました。
勿論、主演のカタリーナ・サンディノ・モレノは本当に素晴らしかったです。ラストで光に歩き出す彼女には思わず「聖性」をすら観てしまいました。
Posted by ilovemovie-K at 2005年11月29日 00:32
ilovemovie-Kさんへ
コメントをありがとうございました。
「カメラが常に人物と至近距離を保っている」ことに気づきませんでした。「秀逸な邦題」は,ilovemovie-Kさんのブログからいただきました。
Posted by mikio at 2005年11月29日 09:47
すごくリアルでドキュメンタリーの様でしたね。葡萄で丸呑みの練習をする場面とか、背中がザワザワしました。ラストのマリアの表情に救われました。
Posted by あん at 2005年11月29日 23:17
あんさんへ
コメントをありがとうございました。
そうですね。葡萄の丸呑みの場面は,こちらも苦しくなってくるような感じでした。一つ一つのデティールが優れているのですよね。
Posted by mikio at 2005年12月03日 10:34