ニュージーランドの思い出

September 17, 2005

NZの総選挙戦

今日はNZの総選挙の日だ。前回の選挙が2002年だったからもうあれから3年になる。NZは選挙権についてもおおらかなところで、永住権(PR)保持者は地方自治体のみならず国政選挙にも投票できる。PR保持者が地方自治体の選挙に参加できる国はかなりあるが、国政選挙にも参加できる国は世界でNZだけではないかと思う。

それで私は前回は、選挙区ではProgressive Party の Jim Anderton に、政党別では Green Party に投票したのだった(基本的には Labour Party を支持していたが...)。

アジアからの移民はNational Party 支持者が多かった。Labour が移民に優しい政策をとるのに、アジア系が National を支持するとは変な気がする。どうやらアジア系は金持ちが多く、それで金持ちの政党と言ってもよい National に自然と傾くらしい(Labour が社会的弱者のための政策を導入するのが気に入らないのだろう)。それに、アジア人は良く働くし、NZでの「ゲームのルール」に従って成功する人が多いということもある。さらに、 National には Pansy Wong というアジア系の議員がいることも関係しているのだろう(Labour にはアジア系の議員はまだいなかったと思う)。

NZ 時間で深夜過ぎの開票結果は、Labour が40.7%、National が39.7%、議席数は 50 と 49 で、当初劣勢を伝えられた Labour が巻き返しに成功した(まだ海外票などがカウントされていなので、最終結果は確定していない)。しかし、議席の差はたったの1で、どちらが組閣できるかは、それぞれがどの小政党と連立できるかによる。主要政党以外に、NZ First (今のところ7議席)、Green Party (6)、Maori Party(4)、United Future(3) ACT(2) Progressive (1)とあるから、これからしばらくは各政党間の駆け引きが続くだろう。

今のところ、移民の制限を唱えるNZ First がさほど議席を伸ばしていないのはいい兆候だ。 

私は Labour 主導の政府を望むが、National 主導政府でもアジア人にとってはそう悪くないと思う。以前 National が与党だったころ、退職者用の居住権(silver visa)を導入しようとしていたが、Labour 政権になってこの話は立ち消えになった。National 政権になれば、silver visa が導入されるかもしれない。そうすれば、日本人の引退者が沢山NZに来るようになるだろう。

 

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August 25, 2005

4つの国に住みたい!

もうすぐマレーシアへ移住しようとしているが、実際は、いつもと同じように手荷物をもっていくだけ(テニスラケットを持って行こうかどうか思案中)。ある職に就くためのマレーシア政府の許可(←これは、就労許可つまりワークパーミットWPではない。WPは別にとる必要がある)を待っている間は、マレーシアではツーリストの資格で滞在することになる。

 

マレーシアが不思議なのが、マレーシア人の夫だからといって簡単に永住権(PR)がもらえないこと。以前7年間マレーシアにいたときも、私はWPで滞在していた(ただ最初の3年間は研究者に与えられるResearch Permit で滞在していた)。WPでマレーシアにいるということは、職を失えば、その国から出て行かなければならないということ。外国人夫よりも外国人妻の方がPRはもらい易いそうだが、マレーシア人と結婚した知人の日本人女性は、8年くらいマレーシアに住んでやっと外国人妻の資格でPRをもらうことができた。

 

そのような不安定な滞在資格がイヤだったということもあってNZに移住したのだった。私たちがNZPRを申請した1999年頃は、PRをとるのが今よりもずっとやさしかった。当時のポイント制度では、ジョブ・オファーなしでも十分PRは取れた。その後、日本で2年間出稼ぎをしていたが、またNZに帰るかオーストラリア(AU)に行って住みたいという気持ちも強い。

 

NZへは Indefinite Returning Residents Visa があるから、いつでも行って住める。問題は職をえること。できれば、私の得意とする分野で働きたいが、今のNZではそれがとても難しい。考えられるのは、私の分野(もめごと相談=ADR、コーチング、それと日本人やアジア人の生活支援などコンサルタント業務もできそう)で起業することだろう。さらに今では、インターネットを使ってビジネスができるようになったので(ネットを使ったコーチングと大学生・院生相手のコンサルタントを本格化することを考えている)、こちらからの収入が見込めるようになればNZ復帰が容易になる。

 

それから、AUのゴールドコースト(GC)がいたく気に入っている。NZのクライストチャーチ(ChCh)も、しっとりとした美しさでとてもいいところだが、私はどちらかというと暖かくそしてもっと開放的なところがいい(ウィンタースポーツが好きな人ならChChは理想的。Central Otago Wanakaなら地上パラダイスだろう)。

 

私にとってはGCが地上パラダイスで、あそこでずっと暮らすのがいいなと思うが、問題はPRをとること。申請するにしても年齢制限にひっかかって、申請資格はないと思う。となると、引退者用のシルバービザ(と言う名前だったかな)をとるという方法もあるが、こちらは年齢がちょっと若すぎて、もうしばらく待つ必要があるようだ。

 

裏ワザがある。それはNZの国籍をまずとること。PRNZに3年間住めば、NZの国籍はとれるということだった。これはもう一度調べる必要があるが、もしNZの国籍がとれれば、NZ人ということでAUでのPRは取得できる。じっさい、私がNZにいた頃、アジアからの人たちは、この方法でNZ経由でAUへ沢山入っていた。このことがその当時AUですこし問題になっていたようだが、今でもこの方法が使えるか調べる必要がある。

 

この方法の問題点は、日本政府は今のところ、日本人の二重国籍を認めていないことだ。だったら「NZ国籍→AUPR」という選択肢はないではないかということになるが、実際にはそうでもない。日本にいるときは日本人、NZAUではNZ人であればいい。実際こんな日本人Kiwiがかなりいるらしい。それに、NZにはPrivacy Act (プライヴァシー保護法)というのがあって、日本政府がある日本人について、NZの国籍を持っているかどうかNZ政府に照会しても(←実際こんなことはないと思うが)、NZ政府はこの法律の規定により、日本政府に回答できないとのこと。

 

それで、この手を使ってAUPRを取ることも考えている。また、マレーシアではその後政策変更があって、マレーシア人の夫にも滞在資格ができたという話もあったので、こんど調べてみようと思う。

 

以上を考えれば、私にとって、日本、マレーシア、NZAUの4国に合法的に住めそうな見通しだ。残る問題は、どうやって生計を立てていくかだ。これについても、昔と比べて機会は広がっているようだ。

 

この4つの国に住むという夢(しかも家族と離れ離れにならずに…)、なんかいけそうな気がする。

 

 

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August 20, 2005

構造改革とNZの実験

小泉首相は、郵政民営化を突破口にして、構造改革を推し進め、「大きな政府」ではない「小さな政府」を実現しようと必死になっているが、それで日本の人々の暮らしが良くなるかは疑問だ。

 

NZではすでに1980年代から、小泉首相がやろうとしていることに着手していた。その結果は、NZの人々の生活水準の大幅な低下だ(他にもいろんな要因があるとは思うけど)。かつてNZは、OECDに加盟する先進諸国でも上位の生活水準を誇っていたが、現在では下位に甘んじている(ただ「生活水準」の定義も問題だけど)。一時期、NZは第三世界の国々の一つに転落するのではないかと言われていたこともある。

 

なにより深刻なのは、貧富の差が大きくなって、こそ泥、押し込み、性犯罪、暴力事件などの増加により社会不安が大きくなったことだ。私が住んでいた頃(2000年頃)のオークランドの南部や西部はちょっと怖いというイメージがあったが、今はどうだろう。南部のオタフフやオタラは夜行くのはちょっと...という感じがあった(もっとも、オタラで週末の昼間に開かれるflea market はトンガやサモアの雰囲気があってとても面白かった)。

 

構造改革のいい面もある。その一つとして、公務員が納税者(=住民)を顧客として見るようになった。政府のこのような態度の変化がKiwiの間にもとからあった平等感覚とフレンドリネスと結びついて、今のNZのお役所の多くは、喜ばしさが漂うところとなっている。

 

例えば、私がNZに住んでいた2002年に、クライストチャーチで、永住権申請手続きをヘルプする人たち向けに移民局(Immigration Service)が主催した無料セミナーに参加したが、参加者たちは本当に「お客様」扱いだった。これが、一国の移民局なのかというフレンドリー振りに加え、かなり豪華な昼食(NZの大きなサンドイッチとかコーヒーとか紅茶など)まで出すサービスぶりだった。

 

それから、NZではインターネットを使って簡単に安い費用で会社を興すことができるが、そのセミナーでもほとんどマンツーマン的に懇切丁寧に教えてくれた。私が出席したときは、日本から帰ってまだ日が浅い若い女性がインストラクターだったが、話はすぐ脱線して、日本の楽しい思い出を話したり、帰ってきて数ヶ月なのにこの職に就けてよかったとかいう話をしていた。

 

それで、日本の役所もNZのように「住民=顧客」意識が徹底するようになれば、日本も少しは暮らしやすくなるかもしれない(ただ、日本の公務員には、NZのあのオープンさとフレンドリネスはまねできないだろう)。

 

ただ一方において、構造改革によって貧富の差が広がることは確実だろう。それが、NZのように人々から希望と活力を失わせ、また犯罪の増加により、暮らしがますますギスギスしたものになる可能性がある。日本はとくにパートタイム労働が一般化して、年収百万円台の人々が急増しているという。すでに、ぎりぎりまで働かざるを得ないようになっているところに、収入を補うためとはいえこれ以上詰めて働くことができるだろうか?ものすごく残酷な社会状況になりそうな気がする。

 

今、労働党政権下のNZでは、かつての市場万能主義を改め、社会的・経済的正義をめざす政策を進めているようだ。総選挙後の日本の新政府は、NZの過去の実験から十分学んでほしいと思う。

 

 

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July 31, 2005

NZの多元主義(4)

NZの多元主義についての最終回の今回は、将来のビジョンについて書こうと思う。

 

前にも書いたように、これまで肯定的に捉えられてきた「サラダボール社会」モデルは、7月7日のロンドンの同時多発テロ以来、揺らぎ始めているのかもしれない。NZがサラダボール社会であるとは一概に言えないが、その傾向はかなり強いと思う。少なくとも、大人世代ではNZ人とアジア人は概ねそれぞれの世界に住んでいて、両者のあいだであまりやりとりがない。それは、大学生でもそうだ。私が観察した範囲では、アジアの学生と地元の学生とはあまり付き合いがない(ただ、日本女性は例外らしい。Kiwiのボーイフレンドをもつ日本女性は沢山いる。これの参考になりそうなものとして、オーストラリア在住のyoko さんのブログの記事をご覧ください)。

 

ある意味希望がもてるのは、高校生以下の世代だ。アジアを初め世界各地から来た移民の子どもたちは、若ければ若いほど簡単にNZ英語を身につける。そして、パケハやマオリなどKiwiたちともよく交わっている。息子が通っていた小学校がそうで、同じクラスの子どもたちは民族に関係なく、お互い親しくなっていた。多分若い間は、心が柔軟でオープンなんだろう。

 

(全くの余談だが、もうすぐ10歳になる私の息子は、NZ英語の点で他のアジア系の子どもたちとちょっと違う。息子の後から中国などからやってきた子どもたちが、NZ訛りの英語を素早く身につけていったのに対し、我が息子の英語はこの2月にNZを離れるまでの5年間、NZ訛りがほとんどつかず、基本的にマレーシア訛りのままだった。その理由は次のようではないかと思う。中国や韓国からの生徒たちは、英語は学校などの外でだけで使い、家庭ではマンダリンや広東語や韓国語だったりする。それに対し、我が息子は外でも家でも英語を話していた(マレーシア系やシンガポール系の家族でこうなることが多い)。それで、中国人生徒が外と家の中とで言葉に関して頭の切り替えができるのに対し、我が息子はそのような切り替えが難しかったんだろう)。

 

柔軟性のある高校生までの子どもたちに対し、大学生になると心やものの見方や興味が固まってしまうのだろう。そうなると、アジアとそこに住む人々への新たな興味など持ちにくいのかもしれない。それに、今の大学生は小さい頃アジア人の子どもたちと遊んだ経験があまりないと思う。アジアからの移民が急に増えたのはこの10年あまりの間のことなのだから。

 

以上のことを考えると、NZの多元主義の将来にはかなり希望がもてると思う。

 

NZには世界の140以上の国々から移民が来ているという。各移民は、それぞれの国や民族の文化や価値観や生活習慣を運んでくる。それによって、NZ社会の生物学的多様性ならぬ文化的多様性が高まる。つまり、人間性の多様な側面がNZに入ってきて、そこでいわば社会資源としてプールされることになる。

 

多分今後、この国のさまざまな民族的なコミュニティのありかたとしては、その内部で個人化が進むと思う。そこでは、個人は上で述べた人間性のプールの中から自由に選んで、そこから自分のアイデンティティを組み立てることができるようになるだろう。それが可能なのは、人間の本質は民族性ではなく、各個人の自由意志だからだ。各人が民族性より上にいて、多様な民族性の中から選択して取りいれるというイメージだ。

 

こう考えると、NZ社会に、そのような多様な人間性のいわば世界遺産を活用できるかたちでプールしておくことがいかに大切であるかがわかる。それはいわば生きた博物館としての機能である。この機能には、これらの資源を各人が取り込むのを支援する機能も含む。NZの学校の役割についても、この見地から考えると面白いと思う。

 

ただ、このような社会は急には実現しない。まだ、自分が属する民族集団の中でしか安心して暮らせない人々が多数存在する。その意味で、NZの各民族がその文化、価値観、生活習慣ともども認められ、尊重される必要がある。そのためには、民族コミュニティー間の交流が盛んになる必要があるだろう。少なくとも、ロンドンの爆破テロが明らかにしつつある、憎しみを生む「よそよそしい多元主義」になることは防ぎたい。その意味で、「よそよそしく」ない多元主義をどのようにして生み出すのか、それはNZ社会に突きつけられた挑戦であり、世界がNZでの実験に期待するところでもあると思う。

 

 

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July 27, 2005

NZの多元主義(3)

移民の制限を掲げる NZ First 党(NZF)が数年前に行われた前回の総選挙で大きく躍進した。ということは、マオリであろうがパケハ(ヨーロッパ系)であろうが、NZ人(Kiwi)の間にこの党の政策に共鳴する人々が増えているということだろう。それで、改めてこの党の移民政策をサイトで調べてみた。

 

NZFのサイトには統計的事実のことも書いてあるので、この政党の政策を考える前にちょっとだけ、このことにも触れておきたい。2001年の国勢調査によると、NZ在住者のうち60万人以上が海外で生まれ、また1986年からNZにやってきた新移民のほとんど3分の2がアジアから来ているとのこと。また、新しく来た人々の半分以上がオークランド地域に住み、この地域の住民の3分の1は外国生まれだという。現在、毎年だいたい7万人つまりパーマストン・ノースの人口と同じくらいの勢いで移民が来ているらしい(ここまでは、国勢調査の結果を報告しているだけなので、客観的な事実だとして問題ないだろう)。

 

この事実に対しNZFは、新移民に対するサービスがNZの財政(社会福祉、住宅や道路整備の必要など)を圧迫していると言っている。確かに、職がなかったら、低所得所帯ということで医療費は安くはなる。しかし、そのことによる政府負担の増加が、主として新移民のせいだと言えるのだろうか。一方、失業手当は移民が永住権を得てNZにやってきて最初の2年間はもらえないはずだ(その後の政策に変わりがなければ)。NZFの主張を読めば、新移民が失業手当を初めからもらっているかのような印象を受ける。

 

また、NZFは、新移民がもたらす経済的効果のことを言ってない。アジアからの移民の多くは、NZFが与えようとしている印象とは逆に豊かな人たちが多い(その点日本からの移民はそうでもない)。彼ら・彼女らの購買力がNZ経済(雇用、所得その他)に及ぼすプラスの効果が大きいことは、NZのエコノミストの間で合意ができていると思う。この移民のプラスの側面を、NZFは言わない。

 

また、NZFは、新移民がNZを大きく変えつつあり、この国の伝統的価値観、習慣、生活スタイルを脅かしているという。このままいったら、NZは第三世界の一国に転落してしまうようなことを言っている。

 

そんなNZFの主張と関連するかもしれないが、中国からの留学生がかつて急増して、NZの語学学校をほとんどが中国人が占めていた時期が二、三年前あった。彼ら・彼女らの存在がやたら目立ったためか、将来、中国人が増え、NZで多数派になり、投票かなんかでNZを中国の一つの州(省)にしてしまうかもしれないというジョークが言われてたことがある。

 

このようなことを考えると、NZFが、アジア=第三世界、NZへのアジア人の急増→NZの第三世界化という、人々の先入観と偏見にNZFがそれとなく取り入っているような感じがする。

 

さらに問題だと思うのは、NZFが、犯罪(殺人、ゆすり、暴力、脅し、誘拐など)の増加を移民の増加と結びつけようとしていることだ。つまり、アジアの移民が犯罪を一緒に持ち込んでいると言いたいらしい(以上の現状認識にもとづいて、NZは移民の数を大きく減らせと主張している)。

 

私は、これに関する統計的研究を知らないので、はっきりとは言えないのだが、私の経験からそれは違うのではないかと思う。新聞の社会面をにぎわす犯罪は多くはアジア系によるものではない。アジア系はNZでは全体としてうまくやっていると思う。確かに、最近の傾向として、中国からの男子留学生たちが中国のヤクザ組織と関わりを持つよう大きな圧力にさらされているということはあるが、彼らがアジア人住民を代表するわけではない。

 

以上をみているとNZFは人々の偏見と恐怖に取り入ってアジア人排斥を狙っているのではないかとも勘ぐりたくなる。かつて、ヒトラーがユダヤ人に対する憎しみをドイツ人の間で煽ったのと似たような臭いを感じる(といったらいい過ぎか)。

 

NZの反アジア人感情の高まりに対して、これに危機感をもって、パン・アジアン・コングレス(Pan Asian Congress:汎アジア人会議)という一種の啓蒙運動が数年前に起こった。そのスタートアップ会議がクライストチャーチで行われたとき、私も参加してその運動のメンバーになった。

 

その後私は、2003年5月から家族をNZに残して本拠を日本に移したため、この運動の発展に関わることができなかった(その後、年会費も未納になっているので、今は自然退会扱いになっていると思う)。その後、この運動のことをほとんど聞かない。インターネットで調べても、発足当時のミーティングのことが新聞に報道されているくらいだ。必要性がなくなり、運動が下火になったというのであればいいのだが

 

 

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July 26, 2005

NZの多元主義(2)

20004月、マレーシアからNZに移住してきて最初の10ヶ月はオークランドに住んでいた。NZに来る前から、今は伝説となった「NZメーリングリスト」(ここのHPがまだありました。もう長く更新されてないけど。ここのNZ-Linkから、このMLのかつての会員たちのHPへ行けます)の活発なやりとりに参加していたので、オークランドでも多くの日本人とすぐオフラインで会うことができた。その中の一人、E子さんは、NZで1,2を争う名門女子高で教えるスーパー日本人だった(もう、日系Kiwiと言ってもよかった)。彼女は日本語のほかに中国語とスペイン語も教えていた。学校で教えるだけでなく、コミュニティセンターでのいくつかのコースも担当したうえ、家庭教師も何十人単位でこなし、同時にKiwiやスペイン系や台湾系のパーティにも顔をだすという、とても人間とは思えないようなキャラクターだった。

 

私たちも彼女がしょっちゅう催すパーティに家族ぐるみで参加し、そこで沢山のKiwiやアジア人それにラテン系とも知り合うことができた。彼女のこれら友人たちはほんといい人たちばかりで、日本やアジアのことにとても興味をもっていた。そんな人々に出会えたことでE子さんにはとても感謝している。あと、新教会と言われるキリスト教会(スエーデンボルグ派の教会とも言われる)の支部がオークランドにあり、そこの人たちともいい時を過ごさせてもらった。

 

ただ、私たちのようなアジア人家庭はどちらかというと例外的だったのかもしれない。自分たちのコミュニティの中だけで暮らしているアジア人が多かった。オークランドには、アジアの言語で書かれた新聞各紙があったし、アジアの各種言語による衛星放送も24時間見れた。もちろんアジアの食材店もレストランも沢山あった。

 

かくして、身はNZにあっても、心は生まれ故郷の国にあるという生き方ができるようになった。多分、そのようにして暮らす人々(英語をほとんど話さない、まあ、かなりの年配の人々)のオークランドの「精神マップ」は、Kiwiたちのそれと大きく違っていただろう。自分たちだけの世界を形成していて、その外のことには没交渉。地元のKiwiたちも、もしかしたら、彼ら・彼女らには存在しなかったのかもしれない。このことの良し悪しはともかく、私にとってオークランドは、そのような互いに共有できない多数の「精神マップ」からなるスペースだった。前に書いた「サラダボール社会」の内実はこのようなものなんだろう。

 

そんな社会で人々がずっとやっていけるならそれに越したことはないが、最近のロンドンの爆破テロ以降、サラダボール社会の未来が急にあやしくなってきたように感じられる。

 

 

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July 24, 2005

NZの多元主義(1)

英国の多元主義の問題について書いた7月17日の記事に対してNZ在住の Kickoff-T さんと masami さんから興味深いコメントをいただいた。返事のコメントで、今度はNZの多元主義について書きますと約束した。それで今日はこの問題について考えてみたい。

 

とは言っても、私はこの問題についてあまり知らない。特に、英国とNZの多元主義の違いについては、よく分からない。NZには3年間暮らし、それから家族をそこに残して日本に本拠を移し、2年間日本とNZを行ったり来たりという生活だったから、NZとは5年間しか付き合いがない。でも、まあ主観に満ちてはいるが、私の印象ならどうにか書けるだろう。

 

英国とNZの違いについては歴史的な背景の違いがまずある。英国はだんだんと多元主義が発達してきたようだが、NZではまず二元主義が長い間あって、その後最近になって多元主義になってきた。二元主義とは、NZは先住民のマオリと後からやってきたヨーロッパ系のパケハの二つの民族集団(それとそれぞれの集団がもつ文化)によって成り立つという考えで、毎年2月6日のワイタンギ・デー(Waitangi Day)ではこのことを記念する式典が行われる。

 

二元主義を掲げてはいたが、実際にはパケハ文化の優位とマオリ文化の「周辺化」(≒抑圧)が続いた。

 

この問題が解決しないうちに、1980年代半ばから、アジアからの大量移民が始まった。私の記憶に間違いがないなら、現在アジア系はNZの人口の6%プラスを占め、この割合は急速に増えている。パーセントとしてはそう大したことではないようだが、実際の印象はかなり違う。前にも書いたが、オークランドの目抜き通りのクイーン通り(Queen St.)を歩けば、ここは香港ではないかと思う。また、オークランドでは、ハウイック(Howick)が「チャウイック」(Chowick= Chinese + Howick)とも呼ばれ、クライストチャーチでは、エイボンヘッド(Avonhead)は エイジアンヘッド(Asianhead)ではないかと囁かれる。しかもこの二つの地区は、裕福なアジア人(=「ボートピープル」ならぬ「ヨットピープル」)を象徴するかのように高級住宅地でもある。

 

また、アフリカ系、ラテンアメリカ系、地中海系、イスラム系など他のさまざまな民族も急増していると思う。

 

こうしてNZの二元主義は、この20年来、多元主義によって隅に押しやられた格好になったが、それが一番面白くないのは、マオリだろう。移民の制限を唱えるNZ First 党の党首は、マオリのウィンストン・ピーターズでもあるし。だから、NZの多元主義の問題を考えるとき、マオリと最近来た主にアジアからの移民たちの微妙な(緊張?)関係があることを忘れてはならないと思う。

(とここまで書いて、今日は時間切れ。続きは明日書きます)

 

 

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July 22, 2005

NZでのトラブル処理

マレーシアから日本に戻ってきたら何という蒸し暑さだ。マレーシアのほうが日本の夏よりもしのぎ易い。特に向こうでは、夜から明け方はかなり涼しくなる(平地の明け方で23度くらいまで下がる)。それに比べて、日本の寝苦しさといったら

 

それはそうと、9月にNZへ渡るOyoさんが、最近NZへの送金のトラブルに関して日本の巨大銀行相手に勇敢に戦い勝利を得た。その詳細は、彼女のブログ見てもらうとして、ニュージーランド(NZ)社会での似たようなトラブルのことを思いだしたので、ちょっと書こうと思う。

 

日本人がNZに行けば、NZ人の考え方や期待するものやその程度の違いからか、少なくとも最初のほうはかなりイラつくことが多いのではないかと思う。例えば、私たちの場合、テレビを注文したが、配達で2度(つまり2日にわたって)待ちぼうけを食らい、3度目の正直でやっと持ってきた。しかも予定の時間よりかなり遅れて...。

 

また、スーパーで買い物をすると品物の金額がよく間違っているので、レシートで一つ一つ確認する必要がある。間違っていたらその場で指摘すれば、レジ係りがちゃんと対処してくれる。どうやら、NZのスーパーは、買い物客が間違いを指摘することを前提として、商品の値段をかなりいい加減に入力しているのではないかと思う。まあ、これも一つの方法だろう。入力を100%正確にする必要がない分だけ、スーパーの運営コストを低くおさえることができる。入力担当者も仕事上のプレッシャーが少なくなる。

 

ただ、このような考え方は、多くの日本人にとってなじめないようだ。日本から来た友人に以上の説明をしても納得しなかった。値段のミスが起きたこと自体が許せないらしい。

 

同様のことはレストランで食事をしても同じだ。だから請求書をもらったら、間違いがないか仔細に確かめるべきだ。それは、マレーシアでもNZでもオーストラリアでも同じだと思う(オーストラリアのブリスベンの中華レストランでは、実際より3割くらい高く払うところだった)。たぶんその点、日本だけが違っていて、例えば「金に汚いと思われるかも」という心理などが働いて、請求書を仔細に検討することはしないのでないかと思う(それは同時に、日本には、システムに対する信頼感=ソーシャル・キャピタルがあるということも意味するのかもしれない)。

 

また、ある友人は薪(マキ)ストーブを設置したが、薪からの熱は全部煙突から出て行ってたようで、部屋が暖まらなかった。設置した業者に何度もクレームをつけたが、結局、問題は解決しなかったと思う。

 

NZで他にもいろいろなトラブルを経験したり耳にしたりしたが、今年の2月初め、私たちがNZからマレーシアに引っ越すときもトラブッた。荷物をマレーシアに送るために、2つの業者から見積もりを取り、安いほうの業者と契約した。そして、荷物を引き取ってもらい代金も支払った上で、NZを出国した。

 

荷物はもう船に乗ってマレーシアに向かっているだろうと思っていたら、10日ほどして業者からマレーシアに連絡があり、見積もり額に誤りがあったとのこと。本当の額は最初よりずっと高くなり(さらに、もう一つの業者からの見積もり額よりもかなり高くなっていた)、追加料金を払えと言う(!!!)。しかも、荷物はまだNZ内にあり、追加料金を払うまで発送しないとのこと。

 

私たちがまだNZにいたなら、その業者をキャンセルし、もう一つの業者と契約しなおすこともできたが、今となってはそれもできない。いわば、荷物を「人質」に取られた格好になった。これでは、Oyoさんも言ってた、使える BATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement)は、あまりない。

 

それで、消費者問題省 (Ministry of Consumer AffairsMOCA) に苦情申し立てをするぞというポーズ(これは数少ないBATNAの一つ)をとりつつ交渉し、やっと、もう一つの業者の出した見積もりと同じ額で荷物を発送することで決着した。MOCAの名を出したことで会社は大層怒ったが、怒ったということはそれなりの効果があったのだろう。

 

それで、NZでも苦情の原因となることが日本以上に多くあるのではないかと思う。しかし、苦情やもめごとを処理するのに、NZにはいろんな方法が存在する。必要に応じてそれらを使えるようになるのも、NZで生きていくうえでのいい訓練になるのではないか。

 

例えば、どのように苦情を進めればいいのかMOCAのサイトに書いてある。消費者の権利についても、同じくMOCAのサイト内にあるし、もめごとを解決する機関としてThe Dispute Tribunalがある。

 

さらに、消費者の強い味方としてあるのが、NPOConsumersInstitute だ。ここの会員になれば、いろんなアドバイスを受けることができる。またここが出版する月刊誌 Consumer には、NZで売られているさまざまな商品やサービスについてのテストや、比較、ランキング(ワインのランキングもある)などが書かれていて、とてもためになるし、面白い。購読もできるが、図書館に行けば置いてあるので読むことをお勧めします。

 

 

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July 05, 2005

平等社会ニュージーランド

7月2日の記事で、NZはもしかしたら世界で一番平等な社会かもしれないと書いた。そのことを窺わせる例をいくつか…。

 

3年ほど前、クライストチャーチのカンタベリー大学の地域経済のコースで、外部講師として副首相のジム・アンダートンを呼んだ。彼は、当日、付き人も付けず一人で車を運転して大学に到着し、普通の来客用駐車スペースに車を止め、すたすたと大学の講義室に入り込み、NZの地域振興策について講義した。講義には、大学のお偉方を始め大勢の人たちが出席するのかと思ったら、そのコースをとっていた20名ほどの学生とコース担当の教員とその教員の友だちの私だけだった。講義が終わると、アンダートンは、また一人で車を運転して帰っていった。この副首相とキャンパスですれ違う誰も、気に留めなかった。

 

首相のヘレン・クラークが公用で、オークランドの下町へ一人、車で赴いた。ちょっとならいいだろうと駐車禁止のところに車を止めておいた。そこへ運悪く、市の駐車取締り員が通りかかり、反則切符を切った。首相が事情を説明しても取り締まり員は聞き入れず、首相は罰金を払うしかなかった。

 

日本人の友人から聞いた話だが、外交官として東京に赴任していたKiwiの友人が、NZに帰ってきて、デパートの売り子になった。理由は、気分転換したかったからだとか…。

 

これもある人から聞いた話。かなり前、とあるNZ首相(ドン・マッキンノンかな?)が総選挙で落選し、首相を辞任した。選挙に落ち、ただの人となったその首相は、港の警備員になった(その後また政治家には復活したそうだけど)。

 

1ヶ月ほどまえ、マレーシアのアブドラ首相がNZを公式訪問した。オークランド(ウェリントンだったかもしれない)に到着した首相が、タラップに降り立ったらあいにく雨がふっていた。出迎えの一行は誰も傘をもっていなかったので、アブドラ首相は自分の上着を脱いで頭上にかざすしかなかった。NZのクラーク首相は準備おこたりなく雨ガッパを着ていたので濡れずにすんだ(まあ、NZの雨は霧雨が多くて、傘をさすことは少ないけど。フード付きの半コートで間に合うことが多い)。

 

他に例を思い出したらまた書きます。

 

 

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July 02, 2005

NZの永住権など

昨日、マレーシアにいるマイ・ワイフに電話した。この頃はスカイプという便利なものができて、世界中PCを使ってただで電話がかけられる。ただし、マレーシアにあるPCはスピードが遅すぎて、向こうからの声が飛んで、聞きづらい。それで、新しいPCを買うまでの間、スカイプでむこうの家の電話にかけることにしている。これだと通話料金がかかるが、それでも1分税込み3.538円(ニュージーランド:NZだと2.734円、日本国内だと3.0879円)だから、Yahoo BB の国内IP電話くらいの安さだ。

 

今回の嬉しい知らせは、2歳の次男が indefinite returning resident’s visa IRRVつまりいつでもNZに戻って住めるというビザ)をもらったことだ。これで、我が家4人家族は全員 IRRV を得て、その気になればいつでもNZに戻って住むことができる。

 

現在、私は日本に、妻と子どもたちはマレーシアに住んでいるが、上の子が高校生になる5年後くらいにはまた一緒にNZに戻ろうと思っている。これまで、日本、オーストラリア、シンガポール、イギリス、マレーシア、NZと暮らしてきたが、一番住みやすいのは、何といってもNZだ。気候がいいし、自然が美しいし、人も優しい(オーストラリアもなかなかいいけど...)。生活のペースが人間の自然なリズムに合っている。特に小さな子どもがいる家族にとってNZは理想的な子育ての場所だと思う。

 

ただ一つの問題は、自分に合った仕事に就くのが至難のワザだと言うことだ。例えば、私たちがオークランドに住んでいた2000年頃、オークランドのタクシー運転手はおそらく世界でもっとも高学歴の運転手たちだろうと言われていた。事実、インドのような海外で医者の免許を得た人たちが、NZでは医者として働くことができず、タクシーの運転手をしている人たちが多かった。また、あの有名なロシアのチェルノブイリ原子力発電所を設計した原子物理学者が、オークランドに移住してきたものの職がなく、タクシーの運転手をしているという記事が新聞に載った。

 

私もオークランドにいたNZ最初の10ヶ月間は、フルタイムの職がなく、日本語の家庭教師や大学生相手のコンサルタントをしながら生活していた。時間はたっぷりあったので、家族の世話や、庭の手入れと、それにビルマ(ミャンマー)から難民として来た人たちの世話とか、いろいろやっていた。将来の生活への不安はあったが、家族と一緒にそれなりに楽しく暮らしていた。

 

実際、NZにはこれといった職につかないが、それでも何とかやっている人々や家族が多い。野菜やパンやミルクなど生活必需品が安いことも理由の一つだろう。また、失業手当も額はあまり多くないが無期限に支給される(ただし、職を探しているというポーズを示す必要はある)。

 

確かに、失業は人間を卑屈にするという言い方があるが、NZでは定職を持たない人々もどこか堂々としていた。社会的地位とか家族関係とかビジネス上の関係とかがあまり意味を持たないNZのような社会(それに、多分、世界で一番平等感覚が行き渡っている社会かもしれない)では、人柄とか人間性つまりありのままのその人が重要になってくる。日本のように、いくつまでに大学を出て、就職して、結婚するというような社会的な決まりごとが個人に迫ってくることがないから、人それぞれ自分が納得する生き方を選ぶことができる。

 

その意味でNZは、人間としての真実味にあふれる社会だと思う。

 

 

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mikionz こと大石幹夫です!
日本を出て14年間アジア太平洋のあちこちに住み、2年間の「在日アジア人」を経験したあと、またマレーシアへ。得意な領域は、いざこざやもめごとの解決(コンフリクト・マネジメント)、コーチング、大学生や大学院生の教育コンサルタント、日本語⇒英語の工業翻訳(特に、日本の中小企業=技能集団の技術や製品を世界に紹介したい)。メールはmikionzmyアットマークyahoo.co.jp まで。
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