東京五輪の開会式で楽曲制作を担当するミュージシャンの小山田圭吾という人が過去に雑誌のインタビューで学生時代のいじめについて告白していたことが今問題になっている。雑誌の記事は「ロッキング・オン・ジャパン」19941月号で、つまりは今から27年前の記事である。そしてそこに述べられているいじめは彼の小中学校時代の話であるから、雑誌の記事が掲載されたよりも凡そ10年以上前の話である。それは一種の武勇伝であるかのように自慢めかして語られている。

2チャンネル開設者の西村博之氏は

小山田圭吾さんの過去いじめ問題がネットで話題になるのは3回目ぐらいのイメージなんだけど、これって10年おきとかにずっと起き続けるのかな、、、

江戸時代とか大正時代なら言わないだろうし、故人だと言わなくなるのかな。。。

とツイートした。例によって善悪についての自分の考えは述べず、斜に構えた意見を述べているのである。https://twitter.com/hirox246/status/1415892928443125760

その後、同氏は如何にも同氏らしいツイートをもう一つこの問題に関して行っている。

違法行為で有罪の人は罪を償ったけど、イジメをした人は有罪になり罪を償う行為をしてない。

よって、イジメをした者は、前科者よりも後ろ指を刺されるべきで社会的な制裁を受けるべきである。

という考えの人って、結構居ます?

どちらに与してるわけでなく興味で聞いてますよ。。。と予防線。

引用元アドレスは同上。

まあね、30年以上前の話を批判するのはどうかなというのは一般論である。その点については後に私の考えを述べるが、此処では雑誌のインタビュー記事で小山田氏がどんなことを述べていたのかを探ることにしよう。

インターネットというのは便利なもので、時間をかけて探せば大抵の情報は手に入る。小山田氏のインタビュー記事も文字に書き起こしたものが見つかった。文字に書き起こすというのは普通音声を録音したテープから聞き取ってそれを文字に書き記すことを言うものだが、この場合は雑誌に載っていた記事をコピーしてOCRでテキスト化しただけではないのかと思う。しかしともかく中身を見てみよう。

孤立無援のブログ 2006-11-15 小山田圭吾における人間の研究

小山田圭吾における人間の研究 - 孤立無援のブログ (hatenablog.com)

日付を見ても分かる通り、このブログ記事は今回の問題とは無関係に発表されたものである。中からいくつか抜粋してみよう、

「うん。もう人の道に反してること。だってもうほんとに全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニーさしてさ。ウンコを食わしたりさ。ウンコ食わした上にバックドロップしたりさ」

mikoinrpによる注:上記ブログの書き方が下手ではっきりしないのだが、以下はロッキング・オン・ジャパンではなく、雑誌『クイック・ジャパン』vol. 3号(19958月・51-72頁)に掲載された「村上清のいじめ紀行」という記事中の小山田圭吾氏へのインタビューらしい。)

段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルにガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、「おい、沢田、大丈夫か?」とか言うと、「ダイジョブ…」とか言ってんの(笑)そこに黒板消しとかで、「毒ガス攻撃だ!」ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、「ヤバいね」「どうしようか」とか言って、「じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう」って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな…?何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、「おかあさ〜ん」とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。

mikoinrpによる注:沢田というのは仮名)

■中三の時の修学旅行(小山田は、村田君と、留年した一歳上の先輩と同じ班になる)

ウチの班で布団バ〜ッとひいちゃったりするじゃない。するとさ、プロレス技やったりするじゃないですか。たとえばバックドロップだとかって普通できないじゃないですか? だけどそいつ(注・村田君)軽いからさ、楽勝でできんですよ。ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつにプロレス技なんかかけちゃってて。おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。

それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。いちおう、そいつにお願いする形にして、「バックドロップやらして」なんて言って(笑)、”ガ〜ン!”とかやってたんだけど。

で、そこになんか先輩が現れちゃって。その人はなんか勘違いしちゃってるみたいでさ、限度知らないタイプっていうかさ。なんか洗濯紐でグルグル縛りに入っちゃってさ。「オナニーしろ」とか言っちゃって。「オマエ、誰が好きなんだ」とかさ(笑)。そいつとか正座でさ。なんかその先輩が先頭に立っちゃって。なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場になっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。「オマエ、誰が好きなんだ」とか言って。「別に…」なんか言ってると、バーン!とかひっぱたいたりとかして、「おお、怖え〜」とか思ったりして(笑)。「松岡さん(仮名)が好きです」とか言って(笑)。「じゃ、オナニーしろ」とか言って。「松岡さ〜ん」とか言っちゃって。

上記と同じ内容だが、雑誌の記事をキャプチュアした写真を載せているものを下に紹介しておく。

小山田圭吾:いじめインタビュー記事内容全文(ロッキンオン・クイックジャパン)海外の反応 | みつリン食堂 (javelinmitsu.com)

これを読んだら「昔のことだから…..」などと言ってた人も、ちょっと待てよと思い始めることだろう。つまりいじめというのはこんな酷いことをするものなのかと驚いてしまう。しかし考えてみれば、旭川の事件でも同じようなことがあったわけだ(旭川の事件については 旭川14歳少女イジメ凍死事件 : mikoinrpblog (livedoor.jp) 参照)。

ここで上に紹介した博之氏の2番目のツイートに触れることにする。

違法行為で有罪の人は罪を償ったけど、イジメをした人は有罪になり罪を償う行為をしてない。よって、イジメをした者は、前科者よりも後ろ指を刺されるべきで社会的な制裁を受けるべきである。…………という考えの人は多いのかな………

というツイートである(分かり易く私= mikoinrpなりに編集した)。

これに関連していじめについての私の考えを述べておく。いじめというのは一般に、みんなで申し合わせて特定の人を無視して村八分のようにする、まるでヤクザの子分のようにちょっとし用事を言いつけて使い走りさせる、などといった行為を言う。上に述べた小山田圭吾氏が学生時代にやったいじめは強要罪、暴行罪、傷害罪などの犯罪に該当する(犯罪として立件されてはいないが)。しかし、此処からが大事なことであるが、それが明らかな犯罪行為になるからと言って、それがもはやいじめではなくなり、警察マターとなるのだ(つまりいじめは飽くまでも学校マター)というものではない。犯罪にならないいじめよりも遥かに酷い犯罪行為がいじめでなくなる訳がない。それは犯罪であると同時にいじめでもあるのである。従って、旭川の事件について校長が「それは犯罪であっていじめではない」と言い、上に博之氏が犯罪なら刑務所に行くけれどもいじめは刑務所に行かないから社会的制裁の対象としては永遠に残るのだろうかというのは、いじめと犯罪の関係を明確に理解していないのである。

いじめは、その典型的なものは犯罪にならないからSNSなどで非難の対象になるべきだというのは正しい。しかし犯罪ならSNSでの非難の対象にならないというのは私の考えでは正しくない。犯罪は確かに刑法によって処罰され、法的には刑務所に行けば贖罪したことになる。しかしそれで足るかどうかは刑法でなく社会が決めることなのである。そうであるからこそ1988年から翌年に渡って引き起こされた綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件は、今だにネット社会で刑法上の贖罪を終えた犯人に対する社会的非難が続いているのである。事件としては1997年であり、医療少年院から釈放されてからでも既に15年以上経つ酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aに対する追及が今でもやまないのも刑法上の制裁とは別の社会的制裁なのである。そして社会的制裁には時効というものがない。これは昔の話だからもう良しとしようというのも社会が決めるのである。社会がそう決めない限り社会的制裁は永遠に続く。

小山田圭吾氏は次のように謝罪の意見表明をした。

私の発言や行為によって傷付けてしまったクラスメイトや親御さんには心から申し訳なく、本来は楽しい思い出を作るはずである学校生活において、良い友人にならず、それどころか傷付ける立場になってしまったことに、深い後悔と責任を感じております。

学生時代、そしてインタビュー当時の私は、被害者である方々の気持ちを想像することができない、非常に未熟な人間であったと思います。

記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ、謝った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。

また、そういった過去の言動に対して、自分自身でも長らく罪悪感を抱えていたにも関わらず、これまで自らの言葉で経緯の説明や謝罪をしてこなかったことにつきましても、とてもおろかな自己保身であったと思います。

それにより、当時のクラスメイトだけでなく、学生時代に辛い体験をされた方々やそのご家族、応援してくださるファンの方々に対しても、不誠実な態度を取り続けることになってしまいました。本当に申し訳ありません。

学生当時、私が傷付けてしまったご本人に対しましては、大変今更ではありますが、連絡を取れる手段を探し、受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております。

小山田圭吾、謝罪【全文】 過去のいじめ「非難は当然」「非常に未熟な人間だった」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

Cornelius (@corneliusjapan) / Twitter

なかなか真摯な謝罪だが、カズレーザーは、次の様に言う。 カズレーザーが小山田圭吾のいじめ問題で指摘「これは過去が叩かれてるわけじゃないです」(東スポWeb - Yahoo!ニュース

「再挑戦ができる社会が望ましいというのが前提であるんですけど。この方のこと結構調べたら昔のいじめ、結構酷いいじめのことはよく出てくる。それ以外の情報で『いじめを悔いてるので、今はそういった行動を反省して今はこんな活動をしてます。償いのためにこんな活動をしています』という情報はあんまり見つからなかった」と話した。

カズレーザーはなかなかいいことを言っているが、その前に指摘すべきことがある。いじめは性犯罪と同じで、人間性の深みに根差した行為なのである。従って、性犯罪と同じくやる人はいくつになっても何回でもやるし、やらない人は一生やらないのである。そういった人間性の深みに根差したいじめを反省するのはいいが、何故反省するようになったのかということが重要である。そこで人が納得できるような理由が述べられない限り、「反省」と「謝罪」はそれをしておくことによって今の難局を切り抜けようという小狡い知恵から出たものに過ぎないのである。いじめも性犯罪も、やる人は(そのために長年刑務所で過ごしたなどと言う生易しいものではなく)およそ考え付くのが難しいほどのよほどの異常体験でもしない限り反省などしないまま一生を終えていくのである。

私は小学校5年生の男の子の父親だが、ゴールデンウィークになると誕生日が来て74歳になる。もう年寄りですからと言ったら、今どきは年寄りというのは90過ぎのことよ、70代なんてまだ若いうちと言われた。近くのコンビニのおばさんと、通っているクリニックのナースから同じような言葉で言われたのである。コンビニのおばさんは、孫が私の息子と同じ登校班なのでよく知る仲である。ナースは近頃通うようになった眼科クリニックのナースである。

教育なんて昔は興味がなかったが、息子が小学校に通うになって、クラスメートによる虐めとか教師による体罰とか何かと教育に関心を持つようになった。

学校では毎年1回個別懇談会というのがある。今年度はまだ無いのだが、今までに私は4回学校に行って先生と面談してきた。1年から5年まで全部違う先生だが、息子の担任は全部女性教師である。私は女性教師の方が好きだ。私も父親として勉強を教えるが、そうである以上学校の先生は女性の方がいい。男の教え方・接し方と女性のそれは異なるに違いないと思うし、両方を経験する方がいいに決まっているのである。幸いにして今までの4人の先生についてはいい先生だったと私は思っている。何の不満もなく、有るのは感謝の気持ちである。5年の先生はまだ個別面談していないものの、私は毎日学校に送り迎えしているから何度も顔を合わせている。もう定年間近くらいの年の先生だが、なかなか良さそうな感じを受けている。

個別懇談会ではいつもいじめはないかと私は聞く。いじめがあってもあると答える先生はいないだろうが、父親として聞かずにはいられない。そして聞いておいて言うのはおかしいのだが、私はいじめや体罰に関しては先生も教育委員会も全然信用していませんと宣言する。いじめや体罰の問題を隠そうとした例は全国にいとまがないが、此処、岐阜にもかつてその例があったのである。

教育委員会の根拠法は、地方自治法と地方教育行政の組織及び運営に関する法律だが、それを読むと教育の公正中立のために設置される委員会のようで、いじめや体罰に関して学校を監督指導する役割には触れられていない。そうであるからなのかどうか、教育委員会は学校でいじめや体罰の問題があると学校を監督し指導する役割を全く果たしていないのが実情である。

旭川14歳少女イジメ凍死事件

「娘の遺体は凍っていた」14歳少女がマイナス17℃の旭川で凍死 背景に上級生の凄惨イジメ《母親が涙の告白》https://bunshun.jp/articles/-/44765

「ママ、死にたい」自慰行為強要、わいせつ画像拡散……氷点下の旭川で凍死した14歳女子中学生への“壮絶イジメ”《親族告発》https://bunshun.jp/articles/-/44766

「死ぬから画像を消してください」旭川14歳女子死亡“ウッペツ川飛び込み”イジメ事件の全貌《警察が出動》https://bunshun.jp/articles/-/44767

「正直何も思ってなかった」自慰行為強要、わいせつ画像拡散のイジメ加害生徒らを直撃【旭川14歳女子凍死】https://bunshun.jp/articles/-/44768

「加害者にも未来がある。学校は責任は負えない」旭川イジメ14歳凍死 中学校教頭が母親に告げた言葉 https://bunshun.jp/articles/-/44868

「イジメはなかった。彼女の中には以前から死にたいって気持ちがあったんだと思います」旭川14歳女子凍死 中学校長を直撃
https://bunshun.jp/articles/-/44869

《市がイジメ再調査表明》「わいせつ強要の証拠LINEを教頭は写メで撮っていた。学校調書を調べて」旭川14歳少女凍死 遺族がコメント
https://bunshun.jp/articles/-/45066

 

週刊文春は芸能人の不倫を追求して売り上げを伸ばそうとするばかりのゲスな雑誌ではないようである。上に掲げた各記事のタイトルを読めば大体の全体像が分かるが、学校側の関係者、即ち校長、教頭、担任教師、それからいじめの加害者である生徒などのインタビュー記事を読んでいると激しい怒りに身が震えて来る。

私が弁護士をしていた若いころ、仕事の関係で多くの銀行の支店長と関りを持ったことがある。大手の銀行の支店長なんていうと一般的な基準からすれば相当な出世であり、エリートと言っても良い人種だと思っていたが、皆さん頭の中身が大したことが無いので驚いたことがある。大勢の支店長の中でただ一人私を感心させた人は大手銀行とは言えない北海道拓殖銀行の支店長だった。その後潰れた銀行の支店長だけが立派な人だったというのは随分皮肉なことである。

突然話題が変わって読者は戸惑っているかもしれないが、私はやはり仕事の関係である小学校を訪問したことがある。もう事件の内容も全く覚えていないのだが、その時にその学校の大勢の先生たちと会って話す機会を得た。一緒に行った同じ事務所の先輩弁護士と帰る道すがら、学校の先生なんて呆れるほど人間の程度が低いねという話に終始した。つまり頭の中身よりも人間の出来の悪さに驚いた記憶が残っている。具体的にどういうことなのかは覚えていないのだが、学校の先生なんか人間的にはおよそ評価できない連中なのだなと思った。そう言えば当時、大学で教職課程を採るのは長い人生を安楽に暮らすための賢い知恵だといわれていたように思う。馬鹿でもできる楽な仕事だし、地方公務員だから生活は安定しているという意味である。

私の子供が学校に通うになって自分も子育ての大変さが分かってきたら、学校の先生に対する考え方も昔とは比較にならない程甘くて寛容なものに変わったことは前にこのブログに書いた。だから今は昔ほど学校の先生を馬鹿にする気持ちはないのだが、いじめや体罰で世間を騒がす事件が起きる都度、やはり学校の先生は馬鹿者ばかりと決めつけるのが正しいように思えてきてしまう。同僚の後輩教師を羽交い絞めして激辛カレーを食べるよう強要した先生もいたが、教育者がそういう馬鹿なことをするのだから世間は呆れてしまう。主犯格だという女性教師は停職3か月だそうである。

教壇に戻す気か?激辛カレーいじめ教諭の処分に批判殺到「懲罰の基準が狂ってる」

https://www.mag2.com/p/money/896603

教師の処分を決めるのも教育委員会である。教育委員会がこういう大甘な処分を下すからネット社会では大勢の名もなき市民が追いかけて実名と写真を晒して現状を報じている。教育委員会が誰でも納得のいくような処分を下せば、誰もそれ以上しつこく追い回そうなどとはしないのである。

上の旭川14歳少女イジメ凍死事件でも、校長は何人かの生徒が公園で廣瀬爽彩さんを取り囲んで自慰行為を強要した事実について、それは子供の間でのトラブルであっていじめではないと言っている。自慰行為を強要すること自体が問題だと思いますがという質問に対して校長は「子供は失敗する存在です。そうやって成長していくんだし、それをしっかり乗り越えてかなきゃいけない」と答えている。

校長のおバカな返事も相当なものだと思うが、教頭も随分なことを言っている。

母親が弁護士の同席を学校側に求めたら『弁護士が一緒では話すことができない』と、母親一人で来るように指示を受けました。母親は仕方なく、体調がすぐれない中一人で学校へ行きました。その話し合いの場で、教頭先生から『わいせつ画像の拡散は、校内で起きたことではないので学校としては責任は負えない』『加害生徒にも未来がある』などと突然告げられたそうです。

https://bunshun.jp/articles/-/44868?page=3

私の息子が同じ学校の生徒たちからいじめを受けたら私は学校や教育委員会に頼ることはしない。「子供は失敗する存在です。そうやって成長していくんだし、それをしっかり乗り越えてかなきゃいけない」と言って加害者生徒をかばい、「加害生徒にも未来がある」などと惚けたことを言うのであれば、相談するだけ馬鹿みたいなことだ。私は彼らの言葉尻を捉えて批判しているのではない。彼らには自分の学校の生徒が死んだというのに心の痛みを感じている様子が全くないことを非難したいのである。たとい交通事故で死亡したのであれ、病気で死んだのであれ、それが自分の学校の生徒であったら痛切に悲しむ心を持っていて欲しいのである。

私の息子を取り囲んで便器に顔を突っ込むような姿勢で土下座しろと強要する生徒がいたのなら、それをした生徒全員を割り出して息子がされたのと同じように便器に顔を突っ込ませてやる。自分の娘が同級生に傘で殴られたと言うのでその家に怒鳴り込んで親共々土下座するよう強要して男が逮捕されたという事件があった。

http://gunununu.blog.jp/archives/7581592.html

男の子とその親は傘を振り回したら近くにいた女の子に当たっただけと言っているが、小学校4年生になったら人が近くにいる所で傘を振り回したりはしない。それに小学校4年生になれば、自分のした悪いことをうまく言いつくろうくらいの知恵はある。私は自分の息子を救うためならこの男よりもっと冷酷で乱暴なことをするだけの覚悟がある。そのために逮捕されようが投獄されようが「あいつにはちょっと危ないおやじがいるから手を出さない方がいい」という評判が生まれてくれればそれで私の受難は報われたことになる。

私がいじめの問題では学校にも教育委員会にも全く何も期待していないというのはそういうことである。つまり私は自分で解決する。死にかけの老人だが、そうであればこそ自分の息子のためには自分の命など惜しくないし、命を捨ててかかれば人間相当なことが出来るものである。

息子が4年生の時に子供に出す手紙というのを学校から求められたことがある。生まれてから今日までどういう思いで育てて来たかでもいいし、どんな人に育ってほしいということでもいい。ともかく親から子どもに出す手紙を書いて子供には見せずに封筒に入れ、子供に持たせてください。それを各自にみんなの前で朗読させたいと思いますということだった。その時に私が書いた手紙が以下のとおりである。

 〇〇(息子の名前)は、私が63才の時にまれた子供です。お母さんは、〇〇を産む2年前にも子供ができましたが、その子は産まれる前に死んでしまいました。やはり60才を過ぎてから子供を作るのは無理なんだなと、私は泣きました。そんなわけですから、〇〇がぶじに生まれてくれたときは、とてもうれしくて感げきしました。 

 学校の勉強はとても大切なものですが、勉強はテストで良い成績を取って良い大学に入り、一流の会社に入るためにするのではありません。自分がしょうらい自分の人生をかけてやりたいと思うことを見つけるためにいろいろなことを勉強するのです。何のために生きているのかしっかりした目的がなくて、ただ毎日食べて寝るだけの人生なんてつまらないですよね。でも今はまだ、人生の目的は無くてもいいですよ。それを今に見つけ出すために勉強しているのですから。 

 私は〇〇におねがいがあります。それは、やさしい人間になってほしいということです。好きな人に対してやさしいのは当たり前のことですから、私が言うのは、いやなやつだと思うような人に対しても、やさしくしてあげなさいという意味です。 

 それからやさしいというのは、ほかの人に対してやさしいというだけではありません。虫や植物や動物に対してもやさしくしてください。おもしろがって虫をつぶしたり、花をちぎったりする人は、自分より弱い人を見つけるといじめておもしろがるものです。虫も花や猫や犬も、みんな命をもって生きていますから、やさしくしてあげましょう。 

 同じように〇〇は、自分の命も大切にして下さい。お父さん、お母さんより先に死んではいけません。お父さんやお母さんより長生きするだけでなく、100才くらいまで生きてください。どんなにえらい人になっても、金持ちになっても、有名人になっても、若くて死んでしまったら、それは負けたのと同じです。自分を大切にして長生きしてください。

この頃私は人生の終わりに近づきつつあるような感じがする。

ほんの1年くらい前まで私は年を取ったとはいえ、特段悪い所も無いし、自分のことを棚に上げて年寄りを見ると「少し長生きしすぎたんじゃないの」と思ったりしていた。左折の車が止まっているために後続の車が延々とつかえているのに、歩いているのか止まっているのか分からないような感じの歩き方でゆっくり横断歩道を渡ったりする老人。レジのところでバッグの中の財布を探すのに時間がかかり、更に探し当てた財布の中の金を探すのに時間がかかっている。挙句の果てに「ああ、金が足りないわ。どうしよう」なんて言って途方に暮れる老人。おい、もう早く死んだ方が世のため人のためだよと言いたくなる。

それが去年の今頃だったか、モールのペットショップで猫を見ていて、立ち上がった途端に立ち眩みで棒のように後ろに倒れた。コンクリの床に体がバウンドしたそうだから頭も酷く打ち付けた。救急車で運ばれて頭の傷を縫って、思いのほか大したことが無かったと思ったのだが、甘かった。頭の中でじわじわと少しづつ出血していて、1か月くらい経つと歩けなくなった。当時はどういうことか分からなかった。軽い脳梗塞ですねなどと医者も間違えたくらいだから素人の私にわかる筈も無かった。

大家さんの強い勧めで別の医者に診てもらったら脳梗塞じゃなくて頭の中に血が溜まっています。それが運動神経を圧迫しているから歩けなくなったのです。血を抜けば歩けるようになりますよと言われて岐阜市民病院への紹介状を持たされ、その足で市民病院に行った。勿論歩いて行ったわけではない。妻が運転する車で行ったのである。

入院手術というのは私は初めてだったので怖いと言うより何をするんだろうかと思った。頭にたまった血のせいで脳の働きも弱っていたから手術の不安を感じなかったのかもしれない。素っ裸にされておしっこを出す穴に管を通されたとき、頭の血を抜くのになんでそんなことするの?まさかそっから頭の血を吸い出すわけじゃないだろうな、などと疑問に思ったりした。どっちにしても若くて可愛いナースだったから、好きなようにしてくれという気分だった。

以来、脳神経外科に何度も通うことになった、入院中に発見された重度の不整脈のために循環器科にも通うようになった。血液凝固阻止剤を飲んでますから怪我をしないように気を付けてくださいと何度も言われた。血友病みたいなもんか。この血液凝固阻止剤というのが非常に高くて目の玉が飛び出る。高齢者ということで2割負担になっていてそれだから、保険の利かない薬だったら目の玉でなく肝の玉が飛び出る所だ。

まあ、値段のことはともかく人為的に血友病を起こしているような薬を飲み続けるのはどう考えてもよろしくない。それで何とか焼灼術という名の嫌な手術を受けることにした。しつこく勧める医師を何度も拒否して気分を損ねてもいけないだろうという社交的配慮もあった。しかしそれは思い出すだけでも苦しい手術だった。そのお陰で不整脈は無視できる程度まで収まり、だいぶ良くなりましたねと医師に言われた。ところが血液凝固阻止剤は相変わらず処方されていて、もう何カ月この薬を飲み続けているのか分からないほどである。何でこの薬を飲み続けなければならないのと質問したいところだが、返ってくる回答が何やら恐ろしくて聞けないでいる。という訳で相変わらず私は人為的血友病を患っている訳である。

と、それだけならまだいいのだが、近頃ではマスクをしていると本当に呼吸困難に陥るほど肺気腫が酷くなった。そこで循環器科の先生は「患者の同意を得られたので…..」とカルテに記載していたが、実際の所は半ば無理やりに呼吸器科に回されてしまった。呼吸器科に連絡もせずに診察日を入れるので、先方の都合を聞かなくていいんですかと聞くと「ああ、院内の協働体制ですから」とにべもなく私の渋る気持ちを切り捨てる。

指定の日に呼吸器科に行くと女の先生で、私はほっとした。別に男だから女だからということはないのだが、根が助平だから、相手が女性だと安心してしまう。しかし女房を引き合いに出すまでもなく本当は女の方が厳しくて取り付く島が無いほど冷酷になったりするものである。つい先日だって、倒れて灯油を頭からかぶってしまった内縁の夫にガスバーナーで火をつけて殺してしまった女性がいる。女は時に男より残酷になる。そんなことは70有余年の人生で嫌という程思い知らされたことであるのに、女性とみると根拠なく安心してしまうのが男のサガなのである。

《北海道・新冠》内縁の夫を灯油とガスバーナーで殺害、目撃者が語る一部始終 202099日週刊女性PRIME

https://news.livedoor.com/article/detail/18871188/

肺のCTスキャンと肺活量の検査を受けた。肺活量の検査というのは学校でよくやるような簡易な道具によるものではない。軽トラックの荷台に積むとちょうど収まりそうなほどの大きなボックスから出たホースの先端のマウスピースを咥える。検査の都度マウスピースは清掃するそうだが、私の前に検査室から出てきた人は車椅子に乗ったお婆さんである。ぐったり車椅子に持たれていて、後ろから押すナースが「大丈夫ですか。疲れましたか」と話しかけても答えない。ひょっとするともう死んでいるんじゃないのと私は思った。そんな人の後から同じ検査を受けるわけである。

部屋にいたのはナースか技師か知らないが、ぽっちゃりした体形の女性で、私の好みである。ホースの先端のマウスピースは清掃したのだろうが、このデカイ機械の中にはさっきの死んだようなお婆さんの息も残っているだろうと考えると「この機械の中から空気を吸うんですか?」と思わず聞いてしまった。そうですとぽっちゃりナースは簡潔に言う。

覚悟を決めて指示通りに息をしたが、苦しいのなんの。思い切り吸ったら合図とともにドーンと一気に吐き出して、その後肺が空になるまで吐き続けるというものである。「はい、まだ出る、まだ出る、もう一息頑張る」といつまでたっても吐き出させる。もう出るものはないよ、死んじゃうよと思いながら突然さっきの婆さんのことが頭に浮かんだ。そうか、あの人もこんな風にして死んだんだ。

検査の結果が出るまで少し時間があるからその間にお昼を食べてきていいですよと受付のナースが言うので、「それじゃ一蘭に行くか」と隣に立っている妻に言うと、ナースは聞きとがめて「そんな遠くに行ってはダメです」と言う。流石地元の人だ、一蘭が近くないことを知っている。一蘭というのはラーメン屋で妻が前から一度連れて行くと言っている。それではどちらが日本人なのか分からないが、妻はお客さんとあちこちに行くから食べ物屋のことは良く知っているのである。

しょうがないから病院の11階にあるレストランで食べてから診察室に行くと、先生は黙って診察結果の紙を差し出す。それには赤字で「あなたの肺年齢は95歳以上です」と大書してあった。私は後ろの妻を振り返って「おい、私は95歳まで生きられるらしい」と言った。医者は「本当に前向きな人ですね」と呆れていた。

優しい声と優しい雰囲気の先生なのだが、「タバコはこれから1本でもダメです」と言う。電子タバコならどうだろうかと聞こうとして「でん」と言った途端にそれもダメですと決めつける。電話もダメなのかいと言おうと思ったが、余りにもくだらない冗談で切り返しになっていない。ちなみに私は、今でも以前と同じようにタバコを吸っている。文句を言いながらもタバコを買う金を渡してくれる妻のことを私は心から愛している。

人間の体は全部脳とつながっているから体が弱ると脳も弱る。横断歩道やレジで人を苛つかせる老人と私は見掛けも変わりなくなってしまった。だから私の頭はもう半分腐っていると感じる訳だ。半分腐った頭だからなのか、近頃のニュースは私には理解できないものが多い。

0歳長男に「血液」飲ませたとして母親を逮捕 20回以上嘔吐か

https://news.livedoor.com/topics/detail/18866598/

大阪市内の病院で、生後2カ月の長男に無理やり血液を飲ませ嘔吐(おうと)させた疑いで、23歳の母親が逮捕された。血液は、井田容疑者のものとみられていて、警察は、井田容疑者が子どもを傷つけて面倒をみることで注目を集める「代理ミュンヒハウゼン症候群」の疑いもあるとみて調べている。

代理ミュンヒハウゼン症候群?そんな聞いたことも無い専門用語を使えば説明になっているかのように考えるのは馬鹿なことである。少なくとも半分頭が腐っている私には理解できない。自分の血をそんなことに使うために注射か何かで抜き取るという行為そのものが私には理解できない。私は注射が嫌いだから献血なんてしたことも無いし、しようと考えたことも無い。だいたい献血や血液検査以外に注射で血を抜くことなんかあるのだろうか、下山事件じゃあるまいし。何にしても自分で自分の血を抜くなんて、考えただけで私は鳥肌が立つ。子供を傷つけたければ他にもいろいろ手段はあるだろう。要するにこの女性がした(本人は否認しているのだが)ことは、私には到底理解できない。

2人が車内で放置死…PTA役員の母親が重ねたウソと男の影 202098日 日刊ゲンダイDIGITAL

https://news.livedoor.com/article/detail/18862753/

4日、保護責任者遺棄致死容疑で香川県警捜査1課に逮捕された、母親で無職の竹内麻理亜容疑者(26)は、長女の真友理ちゃん(6)と次女の友理恵ちゃん(3)を車内に置き去りにしたまま男と酒を飲み明かし、男の家に泊まっていた。

夫は相手にしてくれないし子供が二人もいれば手がかかりストレスもたまる。別に淫乱ではなくても、偶には子供なんかほっぽって男と甘い夜を過ごしたくなっても不思議ではないし、同情の余地がある。……….なんて私が言うと思ったら大間違い。イエスキリストのお母さんと同じ名前を貰いながら、何と言うことをするのか、この女は。私はこのニュースを読んで頭の血管がぶち切れそうになってしまった。半分腐った頭だから、血管がいくつか切れても影響はないかもしれない。

女性教員、特別支援学級の児童を「邪魔だと思う人は手を挙げて」202099  読売新聞オンライン

https://news.livedoor.com/article/detail/18866835/

沖縄本島中部の小学校の女性教員が6月、授業中に特別支援学級の児童が騒いだ際、「うるさいと思う人、邪魔だと思う人は手を挙げてください」と発言していたことがわかった。問題の発言は、特別支援学級の児童と普通学級の児童が一緒に授業を受けていた際に起きた。発言に対し、手を挙げなかった普通学級の児童に「あなたも支援学級に行きなさい」とも発言し、手首をつかむなどしていた。その後、恐怖心から4日間学校を休んだ児童もいたという。

特別支援学級の児童だろうと騒げばうるさいと感じるのは普通である。しかし、「うるさいと思う人、邪魔だと思う人は手を挙げてください」と言うのは普通ではない。更に、手を挙げなかった普通学級の児童に「あなたも支援学級に行きなさい」と言うのは異常である。

 

最上もが、容姿への“クソアドバイス”に苦言でネットから賛同の声「これは本当に正しい」2020/08/ 日刊サイゾー

https://www.cyzo.com/2020/08/post_249821_entry.html

さらに最上は、「体型についてもそう。もっと太った方がいいよ、とか痩せた方がいいよ、とか痩せすぎ、とかいちいち言う必要なくない?」と疑問を投げかけ、「もちろん、それぞれ感想はあるかもだけれど思う、のと、直接言うのとでは全然違う」とした上で、「SNSでわざわざ言ってくる男性、あなたのために努力してるわけじゃないですー!好みも知らんです~」と突き放していた。これに対して「これは本当に正しいと思う」「彼氏でもないくせに服装や体型に口出す男、キモい」という賛同の声が大半を占めていた。

芸能人になって人気が出るといつしか自分を見失ってしまう。私は半分頭が腐っているけれども、最上もがという女性の言うことは正しくないと明言できる。私のように名も無いブログをやっていると「親の顔が見たい」とか「もっと勉強しろ」なんていう見ず知らずの人からの罵倒のコメントが稀に来るのだが、それでも嬉しいと思う。一番悲しいのは嫌われることではなくて無視されることだと言うが、その通りなのである。称賛のコメントは欲しいがネガティブなコメントは欲しくないというのは贅沢であり、筋が通らない。

指原莉乃、マンション購入の噂に言及 2020830

https://www.excite.co.jp/news/article/Mdpr_news2203503/

出演者の松本人志は「家賃収入で食うていこうとしてるの?」と質問。指原は「食うていこうとはしてないです」と否定しつつも、マンションを購入したことは認め「がっつりいこうと思ったわけじゃなく、お金の流れをまず知るために、とりあえず初級編としていっちゃおうと思って、狭いやつを(買った)」と経済を勉強するためであることを打ち明けた。

最上もがにしても指原莉乃にしても若くして人気が出たというだけで、特別美人でもないし歌の天才でもない。それでも経済を勉強するためにマンションを2室購入できてしまう程の収入を得る。そのことに違和感を感じなくなるとうっかり失言したり大麻に手を出したりして世間から総スカンを食う。古市憲寿の言う通り、大麻なんて解禁されている国も少なくないのだが、それでも芸能人なら大事になるのは、彼らが世間の常識を遥かに超える稼ぎを得ているからなのである。どんなに忙しくテレビに出ていても芸能人の年収が1000万円を超えることはないということにでもなれば、芸能人に対する世の中の風当たりもだいぶ和らぐことだろう。


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