魔法のパン屋さん

創作イラストをまったり掲載しています

最近ずっと多忙で更新していない日が続いていました・・・

ここ最近はドット絵のお仕事をメインに携わっています。
イラストのお仕事とはまた違い、とても楽しく作業させていただいています。

ドット絵のお仕事は複数のご依頼を一度にいただくことが多いので、納品完了まで意外と時間がかかってしまいます。

作品例を数点掲載させていただきます。
(無断DL・使用は厳禁です

黒騎士02  勇者  クレリック01   腐った死体01

 塔01  大きな城05  庭園01


ドット絵のお仕事をメインに活動してもいいかな・・・と少し考えているところです。 

いつもリピートしてくださっている方より、夏祭りのイラストのお仕事をいただきました!

光の具合を考えながら描くのはとても楽しかったです(^^)
喜んでくださったというメッセージもいただき、私としてもとても光栄でうれしく思いました。

どうもありがとうございました!


  SAMPLE056

映画庭園

17.虹子の下のどしゃ降りで

          *

「侑子、私たち、映画を撮ることにしたわ。ね、霧子」

「はい。二人とも帰宅部でしたけれど、二学期から映画研究部に入ったんです」

「そうなの。
 まあ、あなたが観たらメガホンを叩きつけるような出来になってしまうかもしれないけど。
 監督と脚本は、あなたが育ててきた部員たちがやるから、いいでしょ」

 気早な夏の光が、空ろな灰色を慰める面会室。
 私と霧子は、侑子に大切な報告をしていた。
 すっかり厳めしさの抜けた侑子は、あえかな微笑みを返してくれる。
 ただ、

「そう。それは大仕事ね。
 元登校拒否児と、元眠り姫には、かなり大変よ?」

 ブラックユーモアなのか本当に心配しているのかわからないあたりが、実に侑子らしいところ。

 いくらか場の緊張がほぐれたところで、私と霧子は顔を見合わせた。
 ただでさえ身長差がすごいのに、私だけ椅子に座っているから霧子が巨人に見える。

 それは、今こそ大切なことを告げようという合図。
 私はガラス越しでも想いが届くよう、彼女のほうへ身を乗り出した。

「それで、私たち、侑子と虹子が温めてきた、マリー・アントワネットを題材にした映画を撮ろうと思うの」

「…………!」

 侑子は言葉もなく、口に手を当てて感嘆する。

 私の後ろに立った霧子が、侑子のほうへ一歩、歩み寄った。
 それはもちろん、ためらいがちにじゃなく、自信に満ちた動作で。

「私が、マリー・アントワネット役をやろうと、皆さんで企画しているのです」

「霧子さんっ……!」

 そのとき侑子の大きな瞳の周りで、透明な水玉が夏の日差しにきらめいた。

 霧子の言ったことが意味するところは、自分が虹子の意志を引き継ぐということ。

「侑子さん、私はあなたのしたことが今でも許せない。
 でも、馬鹿らしいいがみ合いはもう終わりです。
 私、自分の命を救ってくれた虹子に、なんとか報いたいのです」

「うぅっ……」

 うつむいた侑子は、祈るように組んだ両手へと、涙の粒をこぼしていった。
 優しい光を反射するそのエナメル線に、私は励ましの声を投げる。

「だから侑子、あなたが台本をチェックしたり、演出の指示をしたりしてよ?
 そういうことなら、塀のなかからでもできるでしょ?
 何度も会いに来るから……」

「ありがとう、ありがとうございますっ……」

 侑子は面(おもて)を上げないまま、私たちに向かって何度も頭を下げていた。
 もう一度だけ顔が見たかったけど、そこで「時間です」の声がかかる。

「じゃあね」

「ごきげんよう」

 私と霧子が背を向けて少し歩いたところで──

「姉さん!」

 奇跡の声が私たちを振り向かせた。
 侑子が、もう半開きになったドアの隣で、涙に濡れた、けれども強い信頼の瞳を霧子に向けている。

「霧子姉さん! お元気で……」

「あなたこそ」

 霧子が優しく告げて、侑子がドアの向こうへ消えたとき、夏の太陽がいっそう強い眼差しで、この寂しい灰色の箱を照らしてきた。

          *

「これ、虹子の残骸」

 寮の中庭の休憩スペース。
 私はテーブルをはさんで座った霧子に、白い虹が埋め込まれた指輪を見せていた。
 真ん中に虹の形をした溝が掘られていて、そこに〈白いもの〉が埋め込まれた指輪。

「え!? 残骸って──遺骨ですか?」

「うん」

「どうしたんですか?」

「虹子、大空家のお墓に入れてもらえなくって、コインロッカーみたいなところに納骨されてるでしょ?
 だから、大空家と交渉してもらってきたの。
 霧子、あなたの叔父さんが力になってくれたわ」

 そう。霧子がいつか、
〈はい。大空家の娘ということになったんですが……、母親が違うわけですから、それなりにつらい生活だったみたいですよ?〉
 と言っていたとおり、虹子の育った家は比留田家ほどではないにしろ、かなり浅はかな人たちの集まりだった。

 そんななか、雷蔵さんに代わって粟辻を仕切るようになった叔父さんが、私の力になってくれたということ。
 三姉妹と仲のいい私に対して、粟辻の叔父さんはとても友好的で、彼がお金をちらつかせたら、大空家は簡単に遺骨を譲ってくれた。

 左手の薬指を、雪のような物静かさで飾る虹子の破片。
 ただ、霧子の心は少しざわついているようだった。

「左手の薬指って確か……」

 その意味のない問いに、私は軽い冷酷さで答える。

「一生外すつもりはない。一生涯、あの子のことを忘れないように」

 私の〈覚悟〉を感知したのか、霧子は話題を少しずらす。

「ひどい家ですね大空家も。
 三姉妹のなかでは、私が最も幸せだったのかもしれません」

 けれども、その霧子もまた、肉親や家の者を次々に失ってしまった。

「霧子、叔父さんとは上手くいってる?」

「ええ。遺産相続の件も、なんとか片付きましたし。
 叔父様とお父様、相続税のことまで色々と話し合っていたようで、国に盗られる額も最小限で済みました」

 この霧子という人は、表情を変えずに毒を吐くことがあるから面白い。

「そうね。金持ちから取った相続税を、恵まれない人たちにダイレクトに配るなら構わないけど。
 今の日本のシステムじゃ、粟辻がお金を持っていたほうが世のためだわ」

「お父様、本当に知っていたんですね。自分が近いうちにどうなるか……」

 霧子がうつむくと、この休憩スペースを照らす元気な陽射しも、悲観的な雲によってさえぎられた。

「侑子とあなた、父方の兄弟に引き取られたところが同じなのよね。
 侑子はそれで救われたけど、あなたはどう?
 上手くいってる?」

「ああ私の場合、もう二十六ですから。
 叔父とも年は離れていませんし、兄妹のようにやっていけたらって、話してます。
 父より性格が軽いですから、むしろ家のなかが明るくなった気さえしますよ」

「なら良かった。
 侑子のほうの伯父さんもいい人で、彼女のために有能な弁護士を雇ったんですって。
 彼女の少年院はここからすごく近いから、いつでも会えるし。
 ──って、あなたにとっては両親の仇なのに、ごめん」

「いえ。本当の悪は、侑子さんの両親と、粟辻の人間です。
 比留田家のネグレクトと、私の母のよこしまな替え玉計画がなければ、なんの事件も起きなかったでしょう」

「そうね……」

 結局は、大人になれない大人たちの愚行が諸悪の根源でした。
 というありがちなオチが、ただもう身も蓋もないやりきれなさをもたらす。

 私たちの悲しい心を演出するように、涙雨が中庭を湿らせだした。

「あら、雨だわ」

「ちょっと……どんどん強くなりますね」

 夏の不安定な空は、いつもこういう気まぐれなことをして、人類の生活にちょっかいを出してくる。
 気づけばこの休憩スペースは、長方形の質素な屋根のせいで、四方を滝に囲まれた谷底のような趣になっていた。 

 夏服のパフスリーブから露出する二の腕に、時折ふりかかる水滴が冷たい。
 ミレットカルフールの夏服は、リボンスカーフのついた白いブラウスに黒のスカートを組み合わせるスタイル。

 けれど霧子は白一色の中間服が気に入っていて、年中これを着るつもりかもしれない。
 もう〈白〉を主張する必要もないのに。

 水滴を指でぬぐううちにも、雨はますます勢いを増す。
 それはもう、霧子と私をこの水の谷底に閉じ込めるように。

 ────気まずい沈黙。
 霧子が〈なにか話さなければ〉とばかりに、言葉を無理にこねくり出す。

「あ、ああ、依里夜、もしもここに私がいなかったらどうしようかって、思っているでしょう?」

 とっさの一言でさえも、きちんと私の心を見抜いているから怖い。

「そうね。虹子は雲の上。侑子は塀のなか。三条さんも、転校しちゃうし」

 そう。三条さんは、〈近くで連続殺人のあった学校になど通わせられない〉という、過保護な親の意向で、別の学校へ移ってしまった。

 ただ、霧子の勉強の面倒は今でも見てくれているし、私たちの映画にもエキストラ出演してくれるとか。
 一時は、腹心の友といえる人物が四人もいたのに、悲しいかな二学期を待たずして、そのうちの三人がミレットカルフールからいなくなってしまった。

 友達はどこへ行っても友達。
 それは本当だけれど、できればこの場所でもっと、みんなと苦楽を共にしたかった。

 霧子は烈しい訴えかけをもって私の手を握ってくる。

「私だって、依里夜がいなったら最悪でした。
 今までの家族をすべて喪っても、こうして普通に生きていられるのは、あなたがいるから……」

「二人きりに、なってしまったわね」

「そうですね……」

 テーブルの上で握られた手にだけは、なぜか雨粒が叩きつけてこない。
 私は思った──この谷底も悪くないって。

「でも霧子、これって映画の精神なのよ」

「ああ、海が割れるという」

「違うのよ。
 映画を見てる間、人はその映画の出演者たちと過ごすでしょ?
 でも『THE END』の文字が出たら、また一人か二人で映画館を立ち去る」

「結局は〈個〉に返るのが映画……」

「でも、映画が心に刻み込んでくれた想いは、一生の財産になる」

 私がそっと目を輝かせて語ると、霧子は手を離して、また不安そうに胸の前で結ぶ。

「私たちに、それができるでしょうか?」

「さあ、それは、──!?」

 講釈を垂れようとした瞬間、まるで霧子の言葉を肯定するように、雨が止み、雲が晴れていく。

「虹──」

 立ち上がった霧子が眺める方角を見ると、雲の上から天の彼方へ、大きな虹がかかっていた。
 私はハッとして立ち上がる。

「霧子!
 今のうちにファーストシーンを撮るのよ、ここで!
 映画研究部のみんなを呼んでこないと!
 今日は日曜日だからみんないるはず!」

「そうですね」

 この虹はきっと、霧子の妹たちも見ている。
 ただし、一人は格子ごしに、もう一人は雲の上から。

 でも、私と三姉妹との友情は、いつか必ず大きな財産として形にできる。

 綺麗な虹がファーストシーンを彩る映画に、THE ENDの文字を飾ることができた、その日に。


~fin~

映画庭園

16.真相

          *

「霧子、さっき釼谷さんから聞いたんだけど、佐久間弥生と法眼淳子が自首したそうよ」

「どうしてですか!?」

「侑子の共犯よ」

「どのように……」

「それをこれから説明するのよ」

 生ぬるい曇のスクリーンが空一面に広がる立夏の朝。
 私は霧子と一緒に、学園の山を頂上まで登っていた。
 晩春に空が曇ると空気が蒸れるけれど、この山奥では湿気の粒が清く澄んでいて、不快感の類は少しも感じない。

 実は、山頂へ登るのは初めてだった私たち。
 木々がまばらになった果てに、やがて広い頂上が展開していく趣きには、日常の煩悩たちを黙らせるほどの爽快感があった。
 こんなに素晴らしい場所なら、一度くらいは虹子や侑子と昼食を食べにくればよかったって、私のなかにやりきれない後悔が押し寄せる。

 頂上の南側を調べる私。
 木々の枝をかき分けたり、ときには木を登ったりする行為が、えらくもどかしい。
 それは、中間服の色が、汚れの目立つ白だから。

 五月を過ぎると、もう半数近い生徒が中間服を着ている。
 デザインは冬服とまったく同じ、修道服からフードを省いて、膨らみ袖を付け加えたようなワンピースだけれど、生地が薄くて色が白だからかなり涼しい。

 動きにくい私に対して、白が好きな霧子はとても生き生きして見えた。

「なにしてるんですか? こんな早朝にこんな所まで……宝探しでもするんですか?」

 霧子の口調からはすっかりたどたどしさが失せて、変な日本語を遣うことも一切なくなった。
 これは本当に三条さんのおかげ。

「いや、違うのよ。
 このあたりに。──あったわ。なるほどここからなら矢が打てそうだわね」

 目当てのスポットを見つけると、私は霧子の前へ戻る。

「なにか見つけたんですか?」

「ええ。今日は、事件の関係者のなかで、犯人の侑子以外では唯一の生き残りといえるあなたに、すべてを教えようって思ってね」

「そうですか……」

「警察から話を聞くっていう方法もあるけど、事件に関係した人間のなかで、侑子・虹子の両方とここまで深く関わった人間は、私しかいないの。
 だから、私の口から、あなたの妹たちの真実を話すことにしたのよ」

 霧子は付け襟の下端を指でまさぐりながら、複雑そうな顔で感謝してくれた。

「ありがとうございます」

 まず、式山の件。
 私と霧子は、頂上の南側、粟辻家が最もよく見える位置にたたずむ。

「うちが見えますね。式山の死んだ場所も」

 粟辻家のある辻斬り山より高いこの山。
 この頂上からは、斜め下に粟辻家が〈大きな模型〉程度のサイズで見える。

 そしてその少し手前に、誰からも哀悼されない式山の死んだ場所が、焼け跡の黒さをいまだに保っていた。

「侑子は、弓道界のイチローと呼ばれていたらしいの。
 そして式山は、雷蔵さんに木の手入れを命令されて、木に登って枝を切っている最中に殺された」

「まさか!」

「ええ。映画の撮影中、ここから矢を放って殺せばいい」

「で、でも役者やスタッフの目もあるのに?
 それに、弓矢で心臓を突いたなら、いくら死体が燃えても、矢が体に残るはず」

「それは解決済みなのよ霧子」

 得意気でさえある私と、戸惑ってばかりの霧子。

「え、だったら、血のついた木刀はなんだったんですか?
 警察の人が話しているのを聞きました、あれは、式山の血だったって」

「そうよ霧子。
 ここで重要になるのが、侑子の取り巻きの存在なのよ。
 生徒会が撮影に同行したっていう事実」

「比留田侑子が席を外して式山を殺すのを見られないように、見張っていたと……」

「うん。撮影の合間にでもね。
 それに、佐久間弥生さんのほうは、あの日、こう言っていたわ、〈炎と氷が織りなす、光と影の芸術作品ですわね!〉って」

「なにか、撮影に使う氷や炎の道具を、犯罪に使ったんですか?」

 それを訊かれると、それまで流暢でどこか得意気でもあった私の口調が、にわかにぎこちないものになる。

「あーっと、ここからは憶測になるんだけれど、たぶん、侑子はここから氷の矢を射って、それで式山を殺したんだわ。
 実際、彼女たちは鋭利な氷をクーラーボックスに入れてここへ持ってきてたみたいだし」

「はぁ」

「それに当然、燃えてしまえば矢は簡単に融けてしまう」

「で、でもそんな都合よく山火事が起きます!?」

「それは、火矢でしょう。
 霧子のバルコニーへ矢文を打てるような侑子よ?
 火矢で火事を起こすくらい、たやすいことだったのよ。
 仕上げは、式山の血が付着したあの木刀」

 霧子はここまでの文脈からピンときたのか、はっと目を輝かせた。

「もしかして木刀を弓で射ったんですか?」

「そう。
 式山の健康診断を監修したのは、侑子の従兄だったっていうじゃない?
 その従兄と侑子はとても仲がいいっていうし、式山の血を入手するのは簡単だったのよ」

「その血液を木刀に付着させて木の根元へ射った……。
 木刀なら、素材的にも重さ的にも、弓矢の矢とそれほど遠くないですものね」

「そう。そうすれば、火矢の火事によって氷の矢は消えて、現場には式山の死体と、彼の血のついた木刀が残る。
 誰がどう考えても、その木刀が凶器だってことになって、隣の山で撮影していた侑子には鉄壁のアリバイができるという寸法よ」

 大切な親友が起こした痛ましい事件。
 けれどもそれを理知的に語っていると、癒えない痛みを客観視することができていた。
 霧子も、真実を知り尽くして清々したい──という表情を見せている。

「でもそこまでできるなら、最初から木刀を射って、それを命中させて殺せば良かったのでは?」

「この距離から木刀を射ったら、勢いのついた木刀が死体に〈刺さりすぎて〉しまって、殺害方法が特定されてしまうかもしれない。
 だからわざわざこんな回りくどいことをしたのね」

「なるほど。刺殺された死体があって、その横に被害者の血のついた木刀があれば、みんなそこに犯人が来たと思ってしまいますもんね」

「はい次」

          *

 私たちは山を少し下って、侑子が長回しシーンを撮影したスタジオの前へ来ていた。

「ここで侑子が監督として、長回しシーンを撮影しているときに、蝶子は殺されたわ」

「それなら比留田侑子には無理では?」

「それが私、ここでの長回しシーンの様子をね、記念に録音していたんだけれど、なにか変なのよ。
 なにが変かっていうと……」

 侑子が最初に〈女神の声〉を演じている音声と、撮影が終わった瞬間の、

〈カット! 素晴らしいですわ皆さん!〉

 という声。
 それらは、同じ場所から発せられた同じ人物の声なのに、微妙に音場感が違って聞こえた。
 それを霧子に説明すると、霧子は当然こう訊いてくる。

「どう違っていたんですか?」

 私は得意気に、こう付け加えた──

「ちょっとマニアックな話になるけれど、ブーレーズの『二重の影の対話』っていう音楽、これは〈生のクラリネット〉と〈録音されたクラリネット〉の対話による作品なんだけれど、やっぱり生の音とスピーカーの音には、微妙な差異があるのよね」

 そう。
 生の音が生き生きと広がっているのに対して、スピーカーからのものは音の広がりが限定的。

「それと同じことが、ボイスレコーダーの記録にも起こっていたということですか?」

「ええ。
 つまり、最初の数分の侑子の声は、録音されたものだったんだと思うのよ。
 それで、最後の〈カット!〉は本人の肉声」

「でも無理です! いくら音声でごまかしたって……」

「そこでまた登場するのが、透明なスクリーンよ」

「あの、大麻を映すために使ったと、依里夜が推理した?」

「そう。あれって粟辻の意志で特注されたのかと思ったけど、やっぱり、侑子が欲しがったのね
 ──撮影じゃなく、殺人のために。
 ちょっと来て」

 私は霧子を連れて、スタジオの中に足を踏み入れた。
 スタジオのなかは二部構成になっていて、右半分が役者が芝居をする空間、そして左半分が、機材置き場と侑子の席を兼ねている。

 私が思ったとおりに、侑子の席の前には大きなテーブル、そしてその前にも両脇にも大きな機材が並んでいる。

「霧子、この機材の必死ぶりを見て。
 これなら窓の外からも役者たちからも、侑子の姿はおぼろげにしか見れない。
 この機材が、侑子の姿がスクリーンに映されたものだっていう事実を、カムフラージュしていたのよ」

「透明なスクリーンなら、後ろの景色が透けて見えますからね。
 生身の侑子さんがそこにいるように見えてしまう──」

「あのとき私、スタジオの外から手を振ったの。
 そしたら侑子、柄にもなく満面の笑みで手を振り返してきた。
 あれは、生身の自分がそこにいるというアピールだったのね」

 あのとき私が真実にたどり着いていれば──雷蔵さんと虹子だけは殺させなかった。
 悔しさがこみ上げるけど、事実を知りたがる霧子の声に、この心は理性を取り戻す。

「そして撮影が始まって、最初に流れ出した女神の声は、もう録音されたものだったと」

「ええ。元々侑子はあのとき、機材に隠れたり、機材の陰から姿を現したり、それを繰り返してたから、生身から映像へすり替わる瞬間なんて、いくらでも自然に演出できる」

「なるほど」

「そして自分の声と映像が流れているのを見届けつつ、侑子は裏口から抜け出す。
 そして粟辻家へ走って蝶子を──」

「すごい……」

 ひどい、ではなく、すごい。
 それが、蝶子と霧子のつながりの薄さを感じさせてきた。

 霧子のために、人であることを棄てた蝶子。
 それが結果的に、娘の心を母親から離してしまう結果になるなんて……皮肉なもの、としか言いようがない。

 世の摂理の無慈悲さに、思わず落ち込みかけそうになる心を隠して、私は推理を続けた。

「女神の声が最初の数分だけに登場して、しかもそれがほぼ喋りっぱなし、というのがポイントね。
 いくら長回しのシーンでも、途中にも侑子のセリフがあったんじゃ、生身の役者が演じる劇との時間的な不整合が生じる可能性が高いもの。
 これはまあ、侑子が台本をそういうふうに作らせたんでしょう」

 そこでそっと首を傾げる霧子が、操り人形のようで可愛らしい。

「でも、いくら長回しで、リハーサルも重ねたからって、途中てNGとかあったら……」

 よくぞ聞いてくれましたとばかりに、私は半ば意気揚々と答える。

「出演者の美咲っていう子が言っていたんだけれど、侑子は役者たちに、ミスをしてもとりあえず最後まで通して演じるように指示したらしいわ」

「そこまで周到に!」

 霧子はもう、侑子を尊敬してさえいるように思えた。
 それは私も同じ。
 なんていう頭の良さ!

「ええ。美咲は、そのおかげでリラックスして演じられたから、侑子のことを意外に役者本位な監督だって言ってたけど、それは役者本位なんじゃなく、自分のアリバイ工作のためだったわけよ」

「なるほど……。次は、父の、件ですか?」

 事件の解説がそこへ差しかかると、霧子の表情に奥深い愁色がにじむ。
 けれども私は首を横に振った。

「いいえ。山口先生の件よ」

「え、だってあれは事故でしょう?」

「まあ、歩きながら話しましょう」

 私と霧子は学園のある山を降りながら、山口先生と佐久間弥生の恋仲を語っていた。

「あの二人の色恋のウワサは、たぶん侑子と、侑子に忠誠を誓った佐久間さん自身が、故意に流したものだったんだと思う」

「なんのために?」

「いざとなったら、色恋のもつれで佐久間さんが山口先生を殺したことにすればいい。
 三人で一心同体だったから、あの生徒会は」

 それはまるで、島を舞台にしたある推理小説の犯人たちのように思えた。
 主犯は一人だけれど、それを助けるように、残りの二人が共犯を──という。

「それなら、佐久間という人が侑子さんの罪をかぶっても、おかしくないでしょうね」

「ええ。恋愛禁止の学園で、あろうことか生徒会のメンバーが、あろうことか教師と……って、決裂宣言をして、行動も別にしたりして。
 そうすれば、侑子と佐久間さんが罪を分け合っているという事実を、ある程度カムフラージュできる」

「計画的ですね」

「いえ。これは私の臆測なんだけれど、これは侑子にも想定外だったのよ、きっと。
 だから、殺害に〈刀〉を用いることができなくて、この件だけが浮くことになってしまった」

 それを話すと、霧子はずさっと、石の道を鈍く鳴らして立ち止まってしまう。
「山口先生は私に気があって、この春からは、虹子を私の替え玉にする計画にも、積極的に協力しようとするようになったんです。
 だから──」

 霧子を追い抜いてしまった私は、ゆっくりと振り向いて、そのうなだれた美貌に強い口調で語りかけた。

「間違っても霧子、自分が山口先生を止めればよかった、とか、そういう考えはなしにしてよ?
 悪いのは、理由はどうであれ、五人もの人を殺めた侑子なんだから」

「はい……!」

 霧子は意志の強い表情を見せると、私を追い抜くように歩き出す。
 その姿に、少し前まで眠り姫だった〈まぼろしの女〉の儚さ、弱々しさは、もうなかった。

          *

 私たちは、雷蔵さんの死体が見つかった、辻斬り山のふもとにたどり着いた。

「これも不可能犯罪よね。
 あのとき、私は侑子と一緒に寮の中庭にいて、侑子の出た電話から、雷蔵さんが誰かに襲われる声を聞いて、ここへ駆けつけたんだから」

「こればかりは、侑子さんには無理では?」

「ええ。侑子一人じゃね」

「また共犯ですか」

 少し呆れたような霧子の声が愛らしい。
 私も自分の口調に、より軽妙なものを加えていく。

「ええ。この件での共犯者は、法眼淳子ね。
 あのとき法眼さんは、猛スピードで走る私と侑子のすぐ後ろを走っていた。
 ──おかしいわよね。
 途中から追いかけてきたなら、それなりのラグが発生するはず」

「最初から、あなたと侑子さんが走る道にいた……?」

「というより、あの中庭の木陰あたりに潜んでて、侑子が言葉を発するタイミングに合わせて、録音された雷蔵さんの声を送っていたとしたら──」

「で、でも父の声を、法眼という人のケータイから侑子さんのケータイへ送ったなら、父のケータイに通信ログが残らず、結局、そんな通信はなかったことに……」

 私は直接はその問いに答えず、代わりに谷間一面の砂利を見渡す。

「ここの砂利、灰色よね。
 雷蔵さんのケータイと同じ色。
 あのとき法眼さんは、死体を見つけて愕然とする私の後ろで、〈これは……〉と言ってケータイを拾い上げたわ」

「でもそれは拾い上げたんじゃなく、法眼淳子があらかじめ手に持っていたケータイを、あたかも今拾ったように見せかけた……。
 殺した父から奪ったケータイを」

 霧子の口調に、やっと被害者遺族らしい怒りと悔しさがにじみ出てきた。
 この山は粟辻の領地で関係者以外立入禁止。
 誰かに見られる確率は極めて低いから、殺害場所としてもかなり理にかなっている。

「そう。この急な階段なら、〈犯人に襲われたときにケータイがここまで転げ落ちた〉っていう推測にも説得力が生じるし。
 それに、砂利と同じ色のケータイだから、あのとき私、すぐ近くにケータイが落ちてることに気づけなかったのよ」

 思い出されるのは虹子の言葉。

〈侑子ったら、粟辻家当主の粟辻雷蔵の誕生日にね、ケータイをプレゼントするような子だから〉

 侑子は明らかに、ここの砂利と保護色のケータイを厳選して、雷蔵さんに贈ったんだと思う。

「録音された父の声は、父が侑子さんと会話した際のものなのでしょうか?」

「そうね。あの〈通話〉は二部構成になってて、前半が、粟辻当主の座を弟に譲る話。
 で、後半が犯人に襲われる音声。
 前半はいかにも、粟辻と親しい侑子に、雷蔵さんが話しそうな内容だし、後半は、犯人である侑子にだけ〈収穫〉できた音声だわ」

「お父様……!」

 霧子はその場にしゃがみ込んで、拳で砂利を殴っていた。
 信頼していた侑子に騙され、無残に斬られてしまった父の哀れさが身に沁みるのね。
 私は、推理を披露する口調を、少し途切れがちに、いくらか遠慮がちなものに変えた。

「そもそも、わざわざあの真っ昼間に突然、粟辻の今後のことを侑子に電話で伝えてくるというのが、変だなって、思ったのよ」

 あの日、私を昼食に誘った侑子。
 万が一私を〈捕まえられなかった〉ら、他の誰かを証人に仕立て上げたのかしら?

「そう、ですねっ……」

 よろよろと諦めるように立ち上がる霧子を、私は痛ましい気持ちで眺めていた。
 これから、彼女にとっていちばんつらい件を話すことになるから……。

 砂利の谷間。
 私はためらうように、自分の視線を虹子の殺された現場へと移した。

 現場はすっかり片付けられていて、彼女を〈Miss Rainbow〉と慕っていた生徒たちから手向けられた花の群れが、綺麗な虹色を描いている。
 そう。
 もう犯人は捕まったわけだから、数日前の全校集会で、住良木さんが事件のことを公表していた。

 ただし、犯人が侑子・淳子・弥生であることだけは伏せられて、単なる猟奇犯による犯罪ということになっている。
 それは、ミレットカルフールの生徒に対してだけじゃなく、社会全体に対しても同じように伏せられている。未成年者が罪を犯した場合の鉄則として。

 佐久間弥生は山口先生の死にショックを受けて、精神療養中ということに。
 そして侑子と淳子に関しては、この二人が実はレズで、十六になったらすぐ結婚するために海外へ渡ったという、ものすごい理由が付加されている。

 私は、虹色になるよう配置された花々を眺めながら、粛々と霧子に語りかける。

「そして、侑子の計画は最終地点へと向かった。それが霧子、あなたよ」

「虹子が私を……」

 霧子が私と同じ眼差しを現場へ向けているのを見ると、私は体ごと彼女のほうを向いて切々と訴えかける。

「そう! 確かに虹子は、心の歪んだ子だった。
 でも蝶子と違って、闇の沼底に堕ちきってはいなかったのよ。
 最後の最後に、身を挺して霧子をっ──」

「虹子……。
 私の身代わりとして生まれ、育てられてきた、その背格好を、私を守るために利用するなんて」

 涙にふやける霧子の声。
 それまで調子よく推理を披露していた私も、ここばっかりは訥々とならざるを得なかった。

「だからもう、〈程度の低い人間〉だなんて、思わないであげて」

「そうします。
 でも今度は、侑子さんがわかりません。
 彼女、私を殺す必要はあったんでしょうか?
 彼女の動機は、虹子が私の身替わりにされることを防ぐこと、ですよね」

 新たに〈憎まなければいけない相手〉を見いだしそうになってしまって、それにゲンナリしているふうな霧子。
 私は、霧子が妹を憎むのを防ぐため、侑子の動機を代弁しようと決めた。
 それこそが、侑子と虹子、双方の想いを知っている私にしかできないことだから。

 そう。
 これまでの殺人トリックに関する推理なら、警察なんかにもできるわけで。

「ちょっと来て」

 私と霧子は、慰霊碑の手前まで歩いてきていた。

「ここに、事故で死んだ侑子の家族の名前があるわ。
 比留田幸三、比留田春子、比留田幸四朗、比留田夏子。
 幸三と春子が、侑子をネグレクトしていた両親。
 で、幸四朗、夏子というのは侑子の異母兄妹で、当然、まだ小さな子供だったらしいのよ」

「まだ善悪の判断もできない子供たちに罪はありませんよね」

「ええ。
 幸三と春子は、侑子をネグレクトするいっぽうで、〈正統な子供〉である幸四朗と夏子のことは相当可愛がったんじゃないかしら?
 でもそれは幸三と春子が悪いのであって、子供たちはなにも悪くないわけよ」

「でも虹子は、彼らまで死なせた」

「そう。
 幼い侑子の苦しみの根源は、あくまでも両親だった。
 兄妹に関しては侑子も、ただうらやましくて恨めしくて、ちょっとうっとうしいだけの存在だったと思うのよ」

 私の言わんとしていることに薄々気づきだしたのか、霧子はここから虹子の死に場所のほうへ、薄冥い横目をしのばせた。

「でも虹子は、〈ちょっとうっとうしいだけだった存在〉まで、消し去ってくれてしまった。
 それも、無関係な十数人まで巻き込んで」

「侑子はこう思ったことでしょう。
 自分のせいで、虹子が取り返しのつかない十字架を背負った──って。
 だから自分もいつか、虹子を助けなければいけない。虹子に報いなければならない。
 虹子が自分を苦しめた家系を根絶やしにしてくれたのだから、自分もそれと同じことをしなければならない。
 そう自分に誓ってきたんだわ」

 不思議だった。
 侑子の心が私の口によって言葉にされるような、哀しくも温かい一体感。
 霧子はジグソーパズルの最後の1ピースをはめ込むような、やや厳かな達成感を含んだ面持ちで、

「そして、虹子がいよいよ整形をさせられる段階になる頃、自分は比留田の令嬢としての権利を駆使できる年齢になっていた……」

 と補完した。

「そうね。
 だって私自身、虹子が霧子を脅迫してた事実を知るまでは、カワイイ虹子が他者の意志で整形させられるなんて、嫌で嫌でしかたなかったもの!」

 叫び声に近い私の訴え。
 霧子は自分の心を省みるように、ぐっと握った手を胸に当てた。

「依里夜、私、今になって気づきました。
 母や自分が、どれだけ傍若無人なことをしようとしていたのか。
 依里夜や三条さんと過ごしてたら、見えなかったことが見えてきたというか……」

 私は霧子の膨らみ袖に手を乗せる。

「霧子は客観性を手に入れられたのよ。
 そして、私も。
 ここへ来る前の私は、自分を責めすぎることで、自分を正当化していたの。
 甘えてたのよね」

「あなたを自責から救ったのは、虹子ですか?」

「うん。最初に救ってくれたのは、虹子。
 虹子の優しさは、私には厳しかった……虐げられるのが普通だって思ってたから、今まで必死で強がったり諦めたりしてきたのは時間の無駄だったの? って」

 七色の花々を見つめて、虹子への感謝を恨めしく語る。
 いっぽう、霧子は自分の生家のある山と、学園がある山を見比べていた。

「それ、なんとなくわかります。
 自分をこんなに受け入れてくれる場所があるなら、今まで孤独に自分で自分を守ってきたのはなんだったのって、力が抜けるというか、時間がもったいなく思える感じ」

「そう。それ。
 まあ私はもう中学生だから、その〈救われた想い〉を外へ向けられたけど、幼いころの侑子は、自分には虹子だけ、虹子だけって、どんどん自分の心を追い込んでいってしまったのね」

 虹子を偲ぶシンボルは、悲しい姿ではあるけれど、この場所にある。
 でも、侑子を想起させる物は、もうどこにもない。
 だから、侑子を想う私と霧子の瞳は、宙を浮いてしまっている。

「死んだ妹と、逮捕された妹のために、なにかできることはないんでしょうか?」

 霧子のその問いは、この三姉妹の本質的な和解を意味していた。

「一つだけ、あるわ」

<17に続く>

映画庭園

15.真犯人

          *

 侑子と虹子の絆が薫る中庭。

 私と侑子は花壇に横たわって、もの言わずに星空を眺めていた。
 二人とも、口には出さないけれど、こうして花々にうずもれていると柩のなかにいるようで、虹子の場所へ近づけるような気がしたから。

 私たちは、同じ悲嘆を共鳴させることで、いくらかの落ち着きを得ることができていた。
 叫びすぎた喉が痛いのも、泣き腫らした目が厚ぼったいのも、麻酔なしに悲しみの剣を突き刺された心がヒリヒリするのも──きっとすべて同じ。

 冷静さを取り戻してくると、次に自分がしなければいけないことが見えてきてしまう。

「ねえ、侑子、私、あの部屋に戻りたくないよ。
 お通夜にも葬式にも出たくない。
 虹子が煙になるの、見たくない」

 その弱りきった心ゆえの怯えが、侑子にはすぐ伝わったようだった。

「ここにいればいい。
 わたくしも、今夜はここを動くつもりはございませんし、お通夜にも葬儀にも出る資格はございません。
 妹として、彼女を守ってあげられなかったわたくしには」

 妖艶な南風が花々を揺らして、サンクチュアリの香りを舞いたてる。
 ここまで生温かい湿り気を帯びた夜なら、このまま眠ってしまっても死にはしなさそう。
 もっとも、侑子は虹子のあとを追いたいのかもしれないけれど。

「侑子……、なんで虹子死んだの?
 電車を落としたから?」

「さぁ。わかりませんわもう」

 侑子の口調はどこかもう飄々とさえしていて、それがかえって途方のない絶望をひしひしと感じさせる。
 いっぽうで私は虹子の死に対して、不満に近い悔しさを覚えていた。

「事故で理不尽に死なされた人たちの悔しさは、たぶん報われない。
 でもそれは虹子の罪よ?
 どうして、私が友達を奪われるの?
 私は、なにか悪いことをしたの?」

 侑子は腕を伸ばして、月の光をまとった薄笑みを向けてくる。

「こっちへいらっしゃいな」

 侑子の弱々しい優しさが苦しくて、私はその腕に頭を乗せると、ごろんと侑子のほうを向いた。

「侑子……」

「罪人の罪がどれほど深くても、その罪人を愛している人にはなんの罪もないのよね。
 この事件の動機が復讐なら、犯人はそのことをわかっていないわ」

 あお向けのまま、月を見上げて語る侑子。

「くっ──」

 私に腕を貸して、優しく語りかけてくれる彼女の姿に、この胸の奥底から得体のしれない感情が湧いてくるのを感じた。

「ふふ、相変わらず硬い髪……」

 髪を撫でられてしまっては、私はもう侑子に抱きつかざるを得ない。

「うっ、侑子……侑子ぉっ」

 それは、母から愛されなかった私の、生まれて初めての甘え心。
 侑子の胸に顔をうずめると、彼女の紡ぐ言葉がフィジカルな振動として伝わってくる。

「初めて会ったとき、あなたわたくしに言ったわね。
 芸術を楽しむ資格は全人類が一律に持っていると。
 排他的な考えは芸術家として良くないと。
 そうかもしれないわね。
 どんな罪びとにも、芸術を楽しむ資格はある──もっと早くに気づくべきだったわ」

 私の言葉はきちんと、侑子に届いていた。

「で、しょ?」

 震える声で威張ってみると、侑子はお母さんみたいに、この背中を撫でてくれる。

「依里夜、よくできました。ナデナデですわ。ふふふふ」

 私は涙を流しながら確信していた……これが本当の侑子なんだって。
 今のこの情景を上空から撮れば、きっと女神様が子供を抱いているような、絵になるワンカットになったはず。
 ささやかな夢想で傷ついた心を慰めているうち、私の意識は優しく薄らいでいった。

          *

 それは、虹子のいる部屋で目覚めるのと同じ、安らかで温かな白い朝だった。
 体を起こせば、私の周りには色とりどりの花、きらめく噴水、そして飛び立つ鳥──
 まるで天国にいるよう。
 そのまま歩いて行けば、虹子に会えそうな気がした。

「侑子……」

 体にかかったコートに、哀しく胸がつまる。
 学園指定の黒いコートには、エナメル線のウェーブヘアーがいくつも絡みついていて、それが侑子のものだってことがハッキリわかるから。

 そして不思議と、心が静かに乾いている。
 ちょうど生け花のオアシスが、たくさんの水を吸っていながらも、表面はカラリとしているのと同じように。

 救いのない悲しみを抱えながら、私は表面的には普通に行動できるようになっていた。
 それはきっと侑子が、私に母性というものを教えてくれたから──。

 朝の五時前。
 寮の建物に入ったとたん、三条さんが「こちらへ」と無人の談話室へ誘ってきた。

 粟辻の応接間をミニチュア化したような、華美なブラウンで統一された空間。
 その厳粛な優雅さには近寄りがたいものがあって、私はあまり立ち寄ったことのない場所だった。

 それでもこうして、うら淋しい夜明けの光が差すと、壮麗な部屋にもどこか物静かな趣きがある。
 扉をバタンと閉めると、三条さんはせせらぐような早口で、とてもありがたい事情を話してくれた。

「寮母様から聞きましたわ──。
 すべての事件のことを。
 ゆうべ、Miss Rainbowがお亡くなりになられたことも。
 ですから依里夜さん、あなたはあのお部屋に戻られるのがおつらいでしょうし、しばらくは寮母様のお部屋で、と」

「助かるわ……正直、これからどうしようかと思ってたのよ。
 あの部屋で、虹子の影を追いながら暮らすのかなって」

「そうでしょう。
 ですから、あなたが虹子さんと暮らした部屋からの、荷物の持ち出しもわたくしがいたします」

「そこまでしてくれるの?」

 三条さんは窓へ駆け寄ると、かわたれどきの薄紫を瞳に映す。

「わたくし、実を言いますと、あなたが編入しておいでになった日、食堂にて足を突き出した女ですの」

「え──」

 私がジャンプで飛び越えて、虹子にオーバーオールの配管工のようだと言われた、あのときの!?
 三条さんはカーテンを束ねるタッセルに手をかけると、恥じるような自嘲の笑みで私へ振り向く。

「ふふ、失望いたしました?
 そんなわけですから、罪滅ぼしをしたかったのです」

 不思議だった。
 足を突き出すという、卑屈な行為をした少女が、基本的にはこんな優しい気づかいに満ちた乙女だなんて。

 侑子だってそう。
 最初は煮ても焼いても頂けない印象だったけど、実は〈ナデナデですわ〉だったし。

 そういえば、長回しシーンの撮影のとき、私がスタジオの外から手を振ったら、満面の笑みで手を振り返してくれた侑子。
 あれはきっと、自分が頑張っているところを私に見てもらえて、嬉しかったからなんだって思った。

 私は三条さんに駆け寄ると、その恥じらうような顔をのぞき込んで首を横に振る。

「いえ。気にしないで。
 私にだって、転ばせてやりたい奴の一人や二人いるし」

「ですが、それを心で思っているだけの人と、実際行動に移してしまう人とでは、まったく違うと思うのです」

「私だって編入前、行動に移したことがあるわ」

「水害での件、ですね?」

 水害の件も聞いたらしい三条さん。
 ふと私は、一つ気になったことがあった。

「あ、ねえ三条さん、事件のことを知ってるのって……」

「今のところ、生徒ではわたくしだけです。
 寮母様や学園長様のご意向では、犯人が無事逮捕されたなら、そのときに全校生徒を集めて、事情を説明するつもりでおられるとか」

「それがいいわね。逮捕されてからなら、みんなパニックにならなくて済むだろうし」

「とにかく、犯人が逮捕されないことには……いったい何人殺すつもりでしょう?」

 三条さんの厳しい瞳が、窓の向こうの空を泳ぐ。
 それはあたかも、今でもこの空の下でのうのうと生きているに違いない、憎むべき犯人へ想いを馳せるように。

 私はもう、虹子まで殺されると、事件というよりも怪奇現象のような感覚にとらわれてしまっていた。
 ここまでのことをする犯人。
 そいつはきっと、怪獣のような顔をした俗物に違いない。

「私が探偵だったら、犯人を突き止めて成敗してやるんだけど」

 窓に映るのは、子供っぽい私のふくれ面と、三条さんの困ったような笑顔。

「おやめになって。
 犯人逮捕は警察にお任せして、あなたは自分の心を癒すことだけを考えて下さいな」

 三条さんの優しさを胸に受け止めるように、私は深く深く瞳を閉じると、

「ありがとう…………そうするわ」

 生まれ変わるようにパチリと目を見開いて、虹子が〈解凍〉してくれたこの心をなによりも大切に生きようと決めた。
 だって、今のこの人間的な私は、虹子が残した尊い遺産の一つだから。

          *

 自習する生徒たちの吐く空気に、甘く重くひたされる寮。
 住良木さんの部屋に、取ってつけたように置かれた勉強机の前で、私は狂ったようにノートに鉛筆をすべらせていた。

 けれど、かたわらに置かれたのは、住良木さんの淹れてくれたハーブティ。
 虹子の淹れたオレンジティーは……もう飲めない。

「うっ…………」

 あの甘酸っぱい味にはもう、この舌を浸せないんだと思うと、心のオアシスが絞られて、水があふれ出してくる。
 自席でなにかを書いていた住良木さんは、パチンとボールペンをテーブルに置いて私の横へ来た。

「我慢することはありませんよ?
 思い切り、想い出してあげるのです。
 そして、悲しんであげなさい」

「はい……。
 ねえ住良木さん、普通の子というのは、友達が死んだとしたら、どんなふうにその人に想いを馳せるんでしょうか?」

「そうですね。
 共に赴いた場所へ足を運んだり、共に楽しんだ音楽を聴き返したり、そういうものでしょう。
 まあ今は、文明が発達して人の肉声や映像を多く残せるようになりましたから、そういうものを見たり聞いたりするのでは?」

 でも、あまりにも短すぎる、私と虹子の時間。

「そんな記録は一つも残って、────いました!」

 私はポケットからボイスレコーダーを出すと、それを机の上に置く。
 再生するファイルは、侑子の長回しシーンを記録したときのもの。

 確か侑子の〈カット!〉の声の直後に、虹子が蝶子の死を伝えに現れたときの声が入っているはず。
 そしてそんな思考自体、まるで過去の芸術家の肉声を発掘した学者のようで、親友の死をいくらか客観視することができた。
 あと百年もすれば虹子の存在も、〈夭逝した神童〉みたいに、地球のエピソードとして語られているのかしら?

 住良木さんが自席へ戻ると、私は勉強の手を休めて、イヤホーンで長回しの〈メイキング〉を聞く。
 やっぱり、最初の数分に声優として参加した侑子の声だけが大きく入っていて、あとはもうほとんど録音失敗の状態。

 それにしても、侑子による女神の声で始まる、一連の幻覚シーンの素晴らしさ。
 最初の数分だけとはいえ、侑子の並外れた上手さが役者たちを引き締めて、残りの二十分以上という時間に見事な緊張感を与えている。
 その意味でも監督の役割を果たしている侑子という人が、とにかくすごいと思った。

〈カット! 素晴らしいですわ皆さん!〉

 侑子のその声が聞かれれば、虹子の声までもう少し。
 ところが。

「え──?」

 私の心には一つの違和感が生じていた。
 それを確かめるため、ファイルを最初から聞いてみる。

 まさか、まさかそんな……!
 もう一度、確かめてみる。

 ──やっぱり!
 そのとき私のなかで、編入後に味わってきたいくつかの違和感が、真実という名の渦潮に呑み込まれて一つにまとまっていった。

「嘘でしょう……?」

 それはもう、メリー・ポピンズが部屋を片付けるように、散らかった品々が宙を飛んで、各々があるべき場所へ収まっていく感覚!

 そして、正しく配置された事実のピースはやがて、ある人物の名前を浮かび上がらせる。
 もちろん──犯人名として。

 私はイヤホーンを乱暴に外して、住良木さんのほうを向く。

「私、犯人がわかってしまいました!」

「なんですって!?」

 テーブルを叩いて立ち上がる住良木さん。
 私も同じように立ち上がると、慌てて住良木さんへ駆け寄る。

「住良木さん! 侑子の命が危ないです! 侑子は!?」

「先ほど、出かけて行きました! もしや、犯人が比留田さんを狙うと!?」

「ええ! 犯人が〈あの人物〉なら、次は侑子の命を消します、たぶん!
 私行ってきます!
 きっとあの場所にいるはず……!」

          *

 侑子のケータイから、雷蔵さんの断末魔を聞いた昨日の朝。
 それと同じくらいか、もしかしたらそれ以上の勢いで、私は山道をばく進していた。

 昨日の朝は、足がちぎれるんじゃないか、階段を転げ落ちてしまうんじゃないかって心配だったもの。
 ところが今は、無事な侑子の元へたどり着けるなら、足がちぎれても階段から落ちても構わないという気持ちだった。

 色んな意味で、私って現金だなって思ったけれど、侑子は私の友達。
 しかたない。

 山を降りる階段を駆け下りると、──私の望む高貴な姿は、私が思った通りの場所に見られた。
 侑子が、踏切の線路の上にたたずんでいる。

「ゆーこーっ!
 死ぬな!
 死ぬな死ぬな死ぬなぁっ!
 あんたが死んだら私も死ぬ!」

 立ち止まって叫んだけれど、侑子は私を見て首を横に振るだけ。

「うわぁーっ!」

 私は奇声をあげながら、無限に続くように思える階段を駆け下りた。
 滑り落ちたいけれど、私が転落死したら侑子を救えない。そのジレンマが異様に憎らしかった。
 望みに望んだ線路まで降りると、私は侑子を抱きしめてそのまま転倒。
 遮断器の下あたりまで転がる。

「依里夜、余計なことを!」

 また線路のほうへ行こうとする侑子。
 けれども私は、その華奢な体をへし折る勢いで抱きしめつづけ、それを阻止した。

「侑子!
 私と死ぬか、死ぬのをやめるか、二つに一つにして!」

「勝手なことを言わないで! わたくしはあなたの大切な」

 告白なんかいらない、と思った。

「言わなくていい! 全部知ってるから! 全部、気づいちゃったから!」

「依里夜っ、知っていてわたくしの命を!? なにを考えているの!?」

 もみ合いつづけて、私が侑子を押し倒す形になると、やっと侑子も動きを止めてくれる。
 私は安心して、言葉にしたくもないほどの傷ましい憶測を、乱れた侑子の顔へ降らせた。

「ゆうべ、あなた言ったたわよね?
 〈罪人の罪がどれほど深くても、その罪人を愛している人にはなんの罪もない〉って」

「…………」

「〈この事件の動機が復讐なら、犯人はそのことをわかっていないわ〉って」

「それがなに?」

 侑子は線路のほうへ視線をやったまま、呆然と訊き返してきた。
 気づけばとても親しく感じるようになっていたその美顔を見下ろして、私はこれまでのなによりも重くて決定的な問いを投げかける──

「あなた、その言葉を言い聞かせていたのね────自分自身に」

 否定してほしかった。
 すべて私の思い過ごしであってほしいって。

 式山が殺されたとき、彼女は隣の山──つまりこの山の頂上で撮影をしていたというし、蝶子が殺されたときも、スタジオに缶詰めで長回しのシーンを撮影していた。

 そう、私がさっき気づいてしまった〈あるトリック〉が使われない限りは、彼女は撮影をしていたことになる。
 雷蔵さんの最期を伝えてきた電話も、憶測だけれど、〈ある方法〉を使えば可能。

 でも、トリックなんてありえない。
 トリックなんて推理小説のなかだけの出来事。
 そう思いたい。

 ところが侑子は、遅いまばたきと一緒にため息を吐くと、ゆっくりとうなずきつつ、私のほうへ顔を向けてきた。

「ええ」

 これで完全に、確定してしまった。
 一連の事件の犯人が、彼女、比留田侑子に他ならないことが。

 鳴りだす踏切。

 こんな場所に横たわっていたらいぶかしがられる。
 私は侑子の体を起こすと、その手をしっかり握ったまま、階段を下りだした。

「いい?
 この階段を転げ落ちようなんて思わないことよ。
 もしそうしたら、私ともみ合いになって、私まで転げ落ちることになる」

 そんな脅迫めいた言葉で、かけがえのない命を守りながら──。

「侑子お願い、自首して」

 慰霊碑の隣に降りるなり、私は侑子に懇願していた。

「…………」

 侑子は私につかまれた手首のほうに視線を落としたまま、蒼く放心している。

「あなたが犯人だってこと、住良木さんにも誰にも言っていないわ。
 自首する前に通報されて逮捕されてしまったら嫌だもの。
 自首すれば少しは罪が軽くなる」

 私の分厚い気づかいに、侑子は顔を歪めて崩れ込む。
 私の〈生身の手錠〉にとらわれた腕だけが浮いてしまうのが、どことはなしに痛ましかった。

「ああっ……おバカさん……どうして、どうしてわたくしのことなど……
 わたくしは、わたくしたちの大切な虹子を……
 あなたの大切な霧子様と間違って殺した女ですのよ?」

「知ってるからもう、言わなくていい。
 虹子は、あなたが霧子を狙うことを知っていて、霧子に変装したのね。
 あの薄暗いなかで、長い髪に長いスカートをはいていれば、霧子をあそこへ呼び出したあなたなら、それを霧子だと思ってしまう。
 元々、霧子の替え玉として育てられてきた虹子だから、それができたのね」

 侑子は立ち上がると、青いビニールで覆われた虹子の死に場所を眺める。

「どうして、虹子はわたくしが霧子様をあそこへ呼び出したことを知っていたのです?」

 最後の殺人の件をはじめに紐解くのは異様な感じがしたけれど、侑子は犯人自身なわけだし、私は警察じゃないんだから、最初の件から解き明かしていく必要はない。

 今の目的は、侑子に虹子の想いを伝えたうえで自首をさせること。
 最初の四つの殺人や動機に関しては、後で関係者に説明すればいい。
 まあ関係者といっても、もう霧子しかいないけれど。

 その霧子が粟辻家の前で、

〈虹子あなた、うちへの郵便物を盗んだんじゃないでしょうね? というかあなたシンナー臭いですよ?〉

 そう言ったことを侑子へ伝えたあと、私はこう続けた。

「この霧子の言葉がすべてを物語っているわ。
 虹子あのとき、紐のようなものを持ってた。
 で、シンナー臭いというのはきっと、瞬間接着剤の臭いね」

「粟辻のポストから、わたくしが霧子様へ宛てた手紙を釣り上げたと?」

 いまだに〈様〉をつけて霧子を呼ぶ侑子。
 元々は〈霧子が列車を転落させた〉という〈にせの事実への感謝〉を、信憑性を持って私に印象づけたいがための様付けだったと思われるけど、それの名残りがいまだに尾を引いているんだと思う。

「そう考えるのが妥当ね」

「なんということ……」

 ゆうべ、霧子を現場へ向かわせるための矢文には、〈早く一人でここへ来い〉と書かれていたという。
 その〈早く〉という言葉には、霧子が現場へ訪れなかったことへの苛立ちが感じられる。
 郵便は、犯人の知らないところで虹子が盗んでしまったわけだから。

 あの矢文は、犯人が霧子に罪をなすりつけるための罠、と推理した釼谷さん。
 でもあの矢文は実際には、霧子を郵便で呼び出すことに失敗して慌てた犯人の、苦肉の策だったということ。
 あの高いバルコニーへ矢文だなんて、〈弓道界のイチロー〉たる侑子にしかできない。

「虹子最後に、私に訊いたわ……霧子が大事かって。
 私の答えはイエス。
 虹子は、自分の命を投げ打って、姉を救ったのね」

 親友の死でこの上なく悲しいなか、私が比較的元気に推理を披露できているのは、きっと虹子のその献身的な行動が心を明るくしているから。
 けれども侑子にとってそれは、鋭くて冷たい断罪の刃に違いない。

 彼女は息を荒くしてうつむくと、手のひらに爪が食い込むほどの強さで、ぐっと拳を握りしめていた。

「それならば、わたくしに一言〈やめろ〉と伝えればいいでしょうに! なぜ……」

「きっと虹子にも、侑子が犯人だっていう確信はなかったんでしょう。
 もしかしたら……って気持ちだったんだと思う」

「もしもわたくしが犯人なら、我が手で我が……あぁっ」

 また私につかまれたほうの腕だけを浮かせて、砂利に崩れ込んでしまう侑子。
 私はただ黙って、彼女が次の言葉を出してくれるのを待つ。

 呼吸を整えると、侑子は懺悔する罪人のように私を見上げてきた。

「我が手で我が姉を殺してしまった、その十字架をわたくしは背負うことになる。
 虹子のために犯してきた罪の流れが、最後に虹子の命を……。
 教えてくれたのね、虹子は、わたくしに、わたくしの罪の深さを!」

 私はうなずくことも否定することもできず、見慣れたエナメル線にさめざめと涙をこぼすしかなかった。

 そう。
 この一連の事件は大まかにいえば、

〈虹子が霧子の身代わりにされることを防ぐための犯行〉

 なのだけれど、侑子の場合、そこにもっと根の深い怨恨が絡んでいると思う。
 それに、これは侑子単独で成しうる犯罪じゃなく、恐らく共犯もいる。

 でも犯人に動機や共犯のことを白状させるのは警察の仕事。
 それは友達の役目じゃない。

 今はとにかく、虹子の気持ちを伝えられればそれでいい。
 それはたぶん、虹子と過ごしてきた私にしかできないことだから!

「侑子、それは半分は正解だけど、それだけじゃないわ。
 虹子ゆうべ、私に言ってた──〈罪を償うこと、償わせること、それってどういうことなのか、考えてみる〉って。
 きっとこれは、虹子が自分自身の罪に対して下した判決でもあるのよ」

 侑子は立ち上がると、元の彼女のイメージに近い烈しさで、私をきっと睨みつけてきた。

「虹子のあの罪は、わたくしのために犯したものよ!
 断罪されるのならわたくしだけで充分!」

 そこはきっぱりと、否定しなきゃいけないと思った。

「侑子違う!
 身勝手な理由で侑子を虐げつづけた比留田の家族はともかく、他の十人の命まで奪ったのは、虹子の邪悪さよ?
 それに、虹子は霧子に、自分の罪をなすりつけた。
 きっと彼女は、表面上では自己肯定してたけど、心の底ではずっと罪の意識にさいなまれてたのね」

 すると今度は、侑子が私の憶測を否定してきた。

「ずっと、ではないわ依里夜。
 虹子は、あなたと出逢って変わった。
 表面上は今も昔も、華やかなMiss Rainbowであることには変わりないけど、わたくしには、彼女の変化がはっきりとわかった。
 そう、わたくしにだけは」

「どんなふうに、変わったの?」

 二度と会えない虹子の新事実を知りたくて、私は侑子の顔をのぞき込む。
 侑子は面白い事象を解説するように、少しだけ得意気に語ってきた。

「トゲが引いて、自尊心が失せたとでもいうのかしら?
 依里夜と出逢ってからの虹子は、誰にでも優しい、博愛主義に近づいていたように思うわ」

「前は、違ったの?」

「ええ。
 わたくし同様、一般市民を見下しているところがあったわ。
 ところが、まさに一般市民の依里夜に共感してしまったことで、不毛な驕りから解放されたのね」

「それって……侑子も同じこと、でしょ?」

 深い感慨と共に訊くと、侑子はほんの少しだけ、薄っすらと笑ってくれた気がした。

「依里夜も、でしょう?」

 確かに私も、この三姉妹と関わるうちに、斜に構えた物事の見方とか、必要以上な自己否定性とかが、すっかり失せてきたと思う。

「ええ。
 みんなで、余分なものをそぎ落とせたのよ。
 でも、自己批判することを知った虹子は、自分の罪深さに気づいてしまった。
 裁かれたかったのね、虹子は。
 他でもない、大好きな妹の手によって」

「…………」

「ゆうべの、部屋を出ていく前の虹子、なんだか厳かで重々しくって、判決を待つ罪びとみたいでもあったし、同時に、判決を下す裁判員みたいでもあった。
 決意してたのね、裁き、裁かれることを」

「そう……」

 そのときずしんと、侑子の魂が彼女の体のなかに〈戻る〉のを感じて、私はきつく握っていた腕をそっと離してあげた。
 もう彼女が死にに行くことはない──そんな確信を、私の五感が伝えてくるものだから。

「虹子は、わたくしが犯人であること、いつから勘付いていたのかしら?」

 侑子が生ぬるいため息に乗せて吐くのは、犯人お決まりのセリフ。
 でもそれは普通、犯人が探偵に対して問うこと。

 間違って殺してしまった姉が、いつから自分の罪に気づき始めたのか……
 それは、痛みのなかに新たな痛みを見いだすような問いに他ならないと思った。

「たぶん、雷蔵さんの死体が見つかったあと、淳子と侑子が私と虹子を騙すため、虹子を疑う演技をしたときよ。
 虹子あのとき、侑子の前で〈霧子姉さん〉って、憎んでた霧子のことを姉妹として受け入れるような呼び方をした。
 あれが、虹子からあなたへの、精一杯のアピールだったのよ」

「虹子っ!」

 それは、今さら気づいた虹子の想いに対する叫びにも思えたし、それに気づくことができなかった自分への、終わりのない悔しさゆえの叫びにも思えた。

 私は、涙する我が子に優しく言い聞かせるように、虹子の想いを代弁する。

「自分のために妹が罪を犯しているというのなら、もう自分は誰も恨んだりはしない、自分は幸せだから、もう恨みや憎しみで動くことはやめてほしい、って」

「虹子っ……虹子! ああっ」

 涙を誘うラストシーンさながらに、よろよろと泣き崩れる侑子。
 私はかける言葉も差し伸べる手もなく、ただその悲劇的なヒロインの姿を見守っていることしかできなかった。

 踏みつけられたコスモスが太陽へ向かって再び伸びるように、侑子が静かな意思で立ち上がるのを見ると、私はあえて普通に声をかける。

「行きましょう。警察署まで送るわ」

「そうね」

 悲しみも後悔も大きく通り越してしまった私たちは、もう軽くならざるを得ない歩調で、ゆっくりと街を目指して行った。

          *

 いつか私と虹子は、虹子の撮影を見学するため、テレビ局のスタジオへ赴いた。
 その途中にぼんやり眺めていた、警察署入口の、溶けだすような赤いランプ。

 まさか……まさか、こんな想いでここへ来ることになるなんて。
 長い張出し屋根を終着駅のホームに、私と侑子はリタルダンドしつつ停車する。

「侑子、私、待ってるから。十年でも、二十年でも」

 情状酌量の余地もあるだろうし、侑子を可愛がってくれている伯父さんなら、いい弁護士をつけてくれるに違いない。
 そしてなにより、侑子には更生の余地がある。
 無期懲役になったとしても、一生刑務所ということはまずないでしょう。

「死刑にならなければ、会いましょう」

 侑子の悲壮なイロニーに、私は大きく驚いてしまった。

「侑子?
 あなたほどの人が知らないなんて……十八歳以下の人は、死刑にすることができないのよ」

「そうなの……?」

 きょとんとしたその顔は、やっぱり十五歳相応。

「そうよ。大人なら死刑に値する場合は無期懲役にしなきゃいけないって決まってるの」

「詳しいのね」

「うん。推理小説、好きだから」

 そんな会話をいつまでも交わしていたい、と思った。
 侑子は自分を省みるようにアンニュイなため息をつく。

「わたくし、塀のなかでたくさんの本を読むわ。
 そして、前よりもっといい映画をいつか……そんなことが許されればの話だけれど」

「比留田の力をもってすれば、どうとでもできるわよ
 。してやりなさいよ。
 比留田に苦しめられたあなたなんだから」

「いいのかしら? わたくしはあなたの大切な」

「いいの」

 つらすぎる懺悔の言葉は即座にさえぎってしまいましょう。

「いいの侑子。
 正直、あなたの罪を許す気にはなれないけど、でも、比留田侑子はこの世に一人しかいないのよ?
 罪を犯そうと、どんなに愚かだろうと、二度と地球には生まれてこれない。
 だから大切なの」

「依里夜……」

「だからあなたの自殺も止めたのよ。
 あなたはもしかしたら、生まれ変わってやり直すつもりだったのかもしれないけど」

「そのつもりだったわ。
 生まれてくるところからやり直さなければダメだって、思っていたから」

 侑子の寂しすぎる諦観に、私は唇をとがらせて異を唱える。

「私、〈生まれ変わった侑子〉になんか興味ないわ!
 私は、今ここで息をしてるあなたの友達なの!
 死んで生まれ変わって、得意気に私の元へ現れたって、友達になんて絶対なってあげないんだから!」

 侑子は私の想いを耳ではなく心で受け止めるように、そっと瞳を閉じて微かな笑みを見せてくれた。

「ありがとう……どうもありがとう。さようなら」

 侑子は片手を軽く振って背を向けると、エナメル線の波をなびかせながら灰色の建物へ入って行く。

「さよなら!
 何度も面会に行くから!」

 私の最後の声に、侑子はガラスの向こうで背を向けたまま、肩の横へ上げた手を緩く振ってくれる。
 そのつややかな手の甲の残像が、いつまでも私の心に焼きつきつづけていた


<16に続く>
にほんブログ村 イラストブログへ
にほんブログ村