2005年10月21日

硫黄島いまだ玉砕せず

書名だけを見て、てっきり右寄りの人が書いた仮想戦記?かと思っていましたが、極めて丁寧に一人の硫黄島生還者の半生を追ったノンフィクションでした。題名でかなり損をしています。副題を付けるとかすればもっと読まれるのではと思いました。

和智恒蔵海軍大佐は、硫黄島に米軍が上陸する直前まで海軍の守備隊幹部でした。しかし、新しくやってきた上官とそりが合わなかったために本国へ戻されてしまいます。結果的に残された上官や部下はほとんど全滅します。
しかし、和智大佐は戦後僧侶となり、ものすごい執念で米国政府や日本政府に働きかけて遺骨を収集します。



和智大佐は硫黄島に赴任する前は註メキシコ 情報将校だったこともあり、英語とスペイン語が堪能でかなりのアイデアマンだったようです。さらに、老齢になっても尊敬に値するほどバイタリティにあふれ、この人が平和な時代に生まれていたら、バリバリの国際派ビジネスマンになったに違いないと思いました。

<印象に残ったこと>
・敗戦後も4年間も硫黄島に生存していた日本兵が2名いた。米軍物資等を盗んで穴倉生活。生還したが、そのうち一人は「埋めていた日記を探す」という理由で硫黄島に戻った際、なぞの投身自殺。戦友の霊が引き寄せたのでしょうか?

・和智大佐が戦後硫黄島に遺骨収集に行くと、千個の髑髏(ドクロ)が見つからない。理由は米兵が記念品として持ち帰ったから。ローソク立てなどに使われたらしい。(そのうち数個だけは和智大佐の呼びかけで返還された)

・ 1995年(平成7年)3月、日米硫黄島戦没者合同慰霊祭(50周年)が行われ、キリスト教・仏教両方の方式で慰霊が行われた。かつての敵同士だった元兵士が抱擁したシーンに感動。また、硫黄島で戦った米軍兵士の孫がレーガン大統領に宛てて書いたレター(巻末に全文掲載)も泣ける。

目次

第1章 僧侶となった海軍士官
第2章 地下壕からの生還
第3章 白骨の島を目指して
第4章 髑髏を返せ
第5章 日米40年目の抱擁


このフィギュアも日本軍のかたみの日の丸の寄せ書きを持っている。髑髏も旗も全部返せ!
Zeke IWO JIMA 1945(WW2)Zeke IWO JIMA 1945(WW2)
Posted by miliken at 18:20│Comments(2)TrackBack(0) 太平洋戦争 書籍 | 太平洋戦争 硫黄島

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この記事へのコメント
これは面白そうな本ですね。同じ硫黄島の戦いでも部隊や人が変われば、その人だけのストーリーがあるわけで、興味が湧いてきます。
戦後の一人?の戦い、さぞ大変だったでしょうね。そんな苦労を知る上でも、この手記は大切な一冊のような気がします。
しかし、米兵のドクロ持ちかえりは、神経を疑いますね。当時は戦利品をもらう事が当然と言った空気もあるのかもしれませんが、現在の価値観で言えば返還すべきだと思いますよ。ましてや遺骨ですし。
Posted by REALLIFE at 2005年10月22日 16:13
REALLIFEさん、コメントどうもありがとうございます。

硫黄島の遺骨収集に対する和智大佐の執念に敬服しました。本当に部下思いの方だったんでしょうね。
映画「シン・レッド・ライン」でも日本兵の金歯を米兵が抜くシーンが出てきます。当時は流行っていたんでしょう。まあ、今の米国が絶対に認めたがらない事だと思いますが。
Posted by みりけん at 2005年10月22日 22:37

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