2006年03月05日

どこに住むかの自由は人権問題

 生まれて初めて、知人からいただいたおひな様。独り者としては男女の対を見ると、こころ穏やかならぬ。女の節句は昨日まで。可愛らしいけど、しまうことに。

 実はこういう季節の行事などに無関心な家庭に育った私、今年は書き初めも部屋に飾り、まだしまってない。季節の移り変わりに敏感になったりするのも、加齢現象だろう。あと何回・・・と思うから。

 議会も、改選後8回の定例議会を経て、折り返しの3年目に入った。

 この前書いたように、議会人事の交代があり、議長が並木まさる議員になった。彼にとっては、いわば漁夫の利と言ってもおかしくない。それに至る事情があった。

 今朝の新聞各紙に新座市議の住所認定に関する記事が載ったので、昨日の全協の経過を報告する。ことは自然発生したのではなく、今回の議長選をにらんで仕掛けられた動きなのだ。この前から水面下の動きがあると書いていたのはこのこと。

 2月28日に市長から議会宛に報告が配布された。事態が表面化したので、3月3日の市長施政方針への質疑が始まる前に、共産党が緊急質問を行ないたいと議運に申し出た。すると保守系政和会から本会議ではなく全員協議会での説明を市長に求めて欲しい、と要請され、提案者の笠原共産党議員と賛成者たちがオーケーし、午前中が予定外の全協に費やされた。保守政和会は自派の尾崎議員の一身上のこととはいえ、マスコミに出ることを恐れたようだが、本会議場でなくとも、ニュースバリューがあるから、やはり今朝の新聞に載ったわけだ。

 さて、テーマは、尾崎議員が新座市東北二丁目に住んでいる、と住民基本台帳に届けているのは、間違っており、実は志木市に生活の本拠たる住所があると認め、市長職権で、新座市から住所を削除することで志木市と協議している、とのこと。そうなれば尾崎議員は新座市議の資格を失う方向。地方自治法の規定により最終的に議会の3分の2が賛成すれば。というわけでまったくイヤな話。

 実は、尾崎議員についての噂は彼の1期目当選の頃からあった。けれど駅前商店会のバックアップでやってるんだし、生活時間の大部分を新座のお店で過ごしているんだから、問題ないんだろう、と3期目当選後も私は勝手に思っていた。

 ところが、中田議員からの会派離脱による多数派形成(1対10人)のプロセスで、議運の委員長だった尾崎議員が次期議長ポストの最有力候補であることを問題視した市民(中田議員が代理人)により、選挙管理委員会へ選挙人名簿の調査依頼がなされたのである。議長選があることはずっと前からわかっていたのに、「脇が甘かったんじゃないの?」と尾崎議員が控え室に来たとき、軽口を叩いた私だった。それにしても市長与党内のゴタゴタなんだから、市長が冷たい仕打ちをするはずはない。と、思いきや。

 2月10日に、尾崎議員は市長宛に「住所認定についてのお願い」文書を出した。最高裁の判例などをもって、公職選挙法上の被選挙権の要件を否定するものではないことを理解し、的確な判断を、と言っている。にもかかわらず市長の出した結論は、「住民基本台帳に誤載があると認める」「被選挙権の要件を欠くことになる」と言うもの。

 そこで全協での質疑は、どのような調査を行なったのか、と言う一点。しかし市長は志木市と協議中という理由をもって「答えられない」の一点張り。笠原議員は、長野県知事の住所認定に関する審査委員会が田中知事の住所認定に関して下した報告書の内容を紹介しながら、「一人の人が住所を複数持っていること
は、多様な生活を送る現代人にとって当たり前である」「その中から本人が生活の本拠をどこに定めるかは、本人の自由意志であり、公権力がその意志に反して住所地を決めるには、相当の根拠が必要」と迫った。しかしともかくこの件はまだ進行中だから、と市長は逃げ切った。

 あとで得た資料は長野の審査委員会委員長・土屋公献元日弁連会長による補足意見だが、なるほど目から鱗だ。民法に関する学説の圧倒的多数は住所複数説だという。単身赴任でも営業上でも、あちこちに住所のある人はざらだ。須田市長だって、野火止1丁目と5丁目のどちらを住所地にしているか知らないが、両方の家を往復している実態がある。

 尾崎議員も寝起きしているのは志木市にある家が主のようだが、営業活動も地域活動も議員としての活動も、すべて新座市に所有するお店が本拠。それなら、どちらかに住所を決めるに当たっては、当事者の意志が尊重されなければならない。

 国民は居住・移転の自由(憲法22条)を有する。ある者がどこに住もうが公権力がこれを否定することは許されない。最高裁の判例も人権保障のため慎重である。逆に当人の意志に反してもなお生活実態があると認められない理由を、その市町村の側が主張立証する必要がある。そのように日弁連の元会長はのたまわっているのだ。

 「とくに公法関係の場合、人権保障の見地から、公権力が、当該個人の意志に反して住所を認定する場合には、その公権力の行使にあたっては謙抑的でなければならない」。まことにその通り。「住所地の決定は、まさに個人の人生観や人生設計の根幹に関わる事項であり、居住移転の自由として、何人であろうとも保障されるものである。」ウーン、つい自分とは関係ない、よそ様の困りごと、なんて思っていた私が浅はかでした。こんなに判例があるとも知らなかったし。

 それにしても、不思議なのは市長の出した結論。尾崎議員の方も、認められなければ裁判も構えているらしい。保守系の中はドロドロ状態に?

 人権というものの奥深さを目の当たりに学ぶ一日でした。

milkywayclub at 00:04│Comments(0)TrackBack(0)clip!かずログ | かずログ

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