2010年03月13日
2010年01月16日
SかMか
2009年10月31日
2009年10月12日
旅行記最終日
差し込む朝日で目が覚めた。清々しい。
やはりお布団は、疲れのとれ方が違う気がする。
宿の部屋から芦ノ湖を望む
身支度をして宿を出ようとすると5年前にお世話になった女将が出てきた。
元気そうでホッとした。

朝食は小田原まで下ってから取ることにして出発した。
元々、旧東海道を通りたかったのだが、道を間違えて東海道を降りていくことになってしまった。
東海道(国道1号線)は、一桁国道と言うこともあって交通量が非常に多い。
おまけに急な坂、急カーブが続く。車で来るには、慣れないと怖いかもしれない。
だけれど緑が多くて、木漏れ日の下を自転車で下ると非常に気持ちが良い。
あれだけ登った箱根も下りならアッという間に麓の箱根湯本に到着してしまう。
更にそこから小田原まで下りでほぼ1直線だ。
小田原のスーパーで朝食を取る。梅おにぎりとトマトをかじる。
帰りはこのまま国道1号線で行きたかったが
Kが秦野にある「なんつッ亭」というラーメンを猛烈にオススメする為
国道246号線経由で帰ることにした。
このラーメン屋。行列店として有名らしいが、開店前に早くも行列ができはじめていた。
並んでいる間にKに落ち着きが無くなってきた。トイレに行きたいらしい。
もう我慢できんと近くのパチンコ屋に走りだした。Kが走り出して3秒後に店が開いた。
ラーメンを食べ終えて走り出す。
国道246号線は、大型トラックが非常に多く走りにくかった。
途中Kがトラックから思いっきりクラクションを鳴らされてキレていた。
代わり映えのしない市街地を走りながら少しずつ渋谷までの距離が近づいていく。
町田街道のところでKとお別れ。後ろ姿を見送った。
その後、国道246号線はアップダウンを繰り返し、二子玉川では急に自転車通行禁止になりで
もう二度と通りたくない道だと思った。
環七通りの標識が出てきたときは、本当に帰ってきたんだという実感が湧いた。
帰ってくるといつも思うことだが、自分の住んでいる街が小さく感じた。
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF&msa=0&msid=100718641675526912174.0004719ccb35b75a45e5d
やはりお布団は、疲れのとれ方が違う気がする。
宿の部屋から芦ノ湖を望む身支度をして宿を出ようとすると5年前にお世話になった女将が出てきた。
元気そうでホッとした。

朝食は小田原まで下ってから取ることにして出発した。
元々、旧東海道を通りたかったのだが、道を間違えて東海道を降りていくことになってしまった。
東海道(国道1号線)は、一桁国道と言うこともあって交通量が非常に多い。
おまけに急な坂、急カーブが続く。車で来るには、慣れないと怖いかもしれない。
だけれど緑が多くて、木漏れ日の下を自転車で下ると非常に気持ちが良い。
あれだけ登った箱根も下りならアッという間に麓の箱根湯本に到着してしまう。
更にそこから小田原まで下りでほぼ1直線だ。
小田原のスーパーで朝食を取る。梅おにぎりとトマトをかじる。
帰りはこのまま国道1号線で行きたかったが
Kが秦野にある「なんつッ亭」というラーメンを猛烈にオススメする為
国道246号線経由で帰ることにした。
このラーメン屋。行列店として有名らしいが、開店前に早くも行列ができはじめていた。
並んでいる間にKに落ち着きが無くなってきた。トイレに行きたいらしい。
もう我慢できんと近くのパチンコ屋に走りだした。Kが走り出して3秒後に店が開いた。
ラーメンを食べ終えて走り出す。
国道246号線は、大型トラックが非常に多く走りにくかった。
途中Kがトラックから思いっきりクラクションを鳴らされてキレていた。
代わり映えのしない市街地を走りながら少しずつ渋谷までの距離が近づいていく。
町田街道のところでKとお別れ。後ろ姿を見送った。
その後、国道246号線はアップダウンを繰り返し、二子玉川では急に自転車通行禁止になりで
もう二度と通りたくない道だと思った。
環七通りの標識が出てきたときは、本当に帰ってきたんだという実感が湧いた。
帰ってくるといつも思うことだが、自分の住んでいる街が小さく感じた。
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF&msa=0&msid=100718641675526912174.0004719ccb35b75a45e5d
旅行記 4日目
観光案内所の職員の公認もあって最高によく眠れた。
ところがKは、よく眠れなかったらしく機嫌が悪い。

僕が身支度にもたついていると「早くしてくんない?」と明らかにご機嫌斜め。
朝食はKの意向でセブンイレブンの弁当になった。
僕が弁当を頬張っている間、Kが雑誌を立ち読みしていた。
食べ終わって見ると、まだ立ち読みしていた。
(おい。さっき人を急かしておいてそれはないだろう。。)
僕がウィンドウ越しにノックしてやっと気付いて弁当を選び始めた。
Kが朝食の間、僕は修善寺駅周辺をうろついていた。
Kが食べ終わって、僕を先頭に出発。暫く走って後ろを振り返るとKが豆粒ぐらいの大きさになっていた。
Kが追いつくのを待つ。飛ばしすぎと窘められる。
少しペースを落として走る。信号付近で止まったときに、すぐ後ろにいたKがこけた。
「急に止まるなよ!」急に止まったつもりはなかったが。。・。・
すぐ先にあったコンビニで自転車を降りると、傷口を洗いにトイレへ駆け込んでいった。
その間に僕はマキロンと絆創膏を買った。
トイレから出てきたKが外で手当をしている。
僕が買ったブツを差し出すとちょっと驚いていた。
僕「本当にゴメンな」
K「ああ。こっちこそわりぃ」
暫しの間、クサイ男のドラマが展開された。
Kが先導して出発。
徐々に交通量が減っていき、冷川峠方面と松川湖方面の分岐点に差し掛かる。
どちらに行きたいかKに訪ねると、迷わず峠じゃない方に行こうということになった。
これまでの経路で峠アレルギーになりかけているらしい。
のどかな田園地帯や湧き水の看板などが見えてきた。
清流を遡る形で緩やかな坂を登っていくと間もなく中伊豆バイパスに差し掛かる。
中伊豆バイパスのトンネルを抜けると下り坂、正面に松川湖が見えた。
下りが終わった頃、既に伊東市街に入っていた。先の方には海が見えてきた。
あんなに伊東に行きたがっていたKだったが、特に何も見ずに伊東市街地を抜けてしまった。
相模灘に面した国道135号線を少し走ると道の駅があったのでアイスを食べながら宿を予約する。
今夜は、この旅の最終泊と言うことで宿を取ることにしていた。
5年前に一度お世話になった宿に電話。次の日が定休日ということで素泊まりのみOKということだった。

道の駅を後にして海沿いを走る。CMでお馴染みのハトヤも見えてきた。
海沿いは意外にもアップダウンが多く、山より楽だと思っていると痛い目に遭う。
僕自身は、日差しと海風がある分、条件によっては山の方がずっと楽だと思う。
途中立ち止まって写真を撮る。
面倒臭いと乗り気じゃないKを浜辺に連れて行く。やっぱり旅は過程を楽しまなきゃね。
そんなKも浜辺に降りると結構はしゃいでいた。
サーフィンしている人たちやミニスカートを履いたおじさんとか色々な人がいた。

再び走り出して、いくつかの小さな漁港を過ぎる。鯵などを干しているのが見える。
2人とも腹が減ってきた。
僕としては、ここへ来たからには干物や海産物を食べたかったのだが
Kは焼肉が食べたいだの、パスタが良いだの言うから呆れた。そんなの家に帰ってから食えよ。
仕方なくKに合わせて一軒のイタリア料理屋を覗いてみたが、値段を見てパス。
結局、何も食べずに東洋のナポリ熱海まで来てしまった。
さすがナポリ。間もなくまた三色旗を掲げた店があったので、そこに決めた。
K「こういう海沿いにあるパスタ屋が美味いんだよ!」
(えぇ。。こういう所って高いし不味い気がするぞ)
ちょっと小綺麗な店内に小汚い男が二名様。
店員「ご注文はお決まりですか?」
K「(迷わず)カルボナーラで」
(・・・おい。海沿いのパスタ屋云々言いながらカルボナーラかよ。)
僕「ボンゴレを」
結構待たされて出てきた。
(うわっ。。アサリの数が絶望的に少ない。。)
終始ほぼ無言で食べた。
食べ終わってそのまま熱海サンビーチをふらふら。
ついついビキニの女の子に目が行っちゃうものだが
Kは寧ろ浜で野球をしている野郎どもに興味津々。無性に参加したがっていた。
シャイなKが参加できるはずもなく浜を後にした。
山の斜面にへばりつくように街が広がっている熱海は坂がきつい。
うろうろして辿り着いたのが、家康公も訪れたという日航亭・大湯。
昭和の懐かしさを感じさせる佇まいの建物。ちょっとしょっぱくて良くあたたまる湯だった。
Kより一足先に上がる。出て行くときに入れ替わりで大学生ぐらいの集団がどっと入ってきた。
丁度空いている時間に入れたようで良かった。
近くの大湯間欠泉をボケーっと眺めながらKを待つ。

予想以上に熱海に長居してしまい、宿に連絡。到着時間を2時間後ろにずらしてもらった。
Kが出てきたのでコンビニに行って水分補給。
今回諦めていた富士宮焼きそばが売っていたので買っていくことにした。
既に17時になっていた。箱根へ続く熱海街道は、熱海市街地から既に登りが始まっていた。
以前、三島から東海道で箱根に登ったことがあったが、今回は足を付かずに登り切ることを目標にしていた。
最初は後ろを何度も振り返り、Kのペースに合わせていたが
段々とそんな余裕もなくなるほどに坂がきつくなってきた。
自分の足取りを1つ1つ数えながら自分のペースで登ることにした。気付くとKに追い抜かれていた。
笹尻交差点まで一切平坦な箇所が無くひたすら登った。Kが待っていてくれた。
バケツで水を被ったように汗をかいていたが、休息する間もなく走り出す。
坂が更に急になっていく。あるヘアピンカーブでは、普通に走ったのでは勾配がきつすぎるため
アウトコースにふくらんで登った。
足取りを数え数千回、ようやく熱海峠に辿り着いた。その直後にKが追い抜いていった。
熱海峠より先は、比較的緩やかになるという事前情報を得ていたので少しホッとした。
山の上は既に秋の気配。高い木も少なくなり、ススキが揺れる中を進んでいく。
Kは随分飛ばしているらしく視界に入ってこない。
日がもうすぐ沈む。辺りが冷え込んできた。湯河原峠に差し掛かると局所的に濃霧がかかっていた。
箱根峠の看板が見えたときは、思わずガッツポーズ。足を付かずに登り切ることができた。
芦ノ湖は、もう暗くてよく見えない。18時45分頃宿に到着。
若女将が出迎えて下さった。
芦ノ湖が一望できる部屋は、2人では余るくらい広い。
Kが「あのヒト(若女将)キレイなヒトだね」と興奮気味だった。
夕食をしに外に出る。この元箱根周辺は、飲食店が非常に少ない。
迷わず近くにあった店でそばを食べることにした。
そばもとても美味しかったが、それ以上に水が美味しく感じられた。
食後にコンビニでお菓子やビール等を買い込んで宿で乾杯。
せっかく旅しているんだから何か色々話したかったが、Kはコンビニで買ってきたマガジンを読んでいる。
そんなの家に帰ってから読めよな。
呆れてものも言えず、先に温泉に入って寝ることにした。
この宿は民宿にも関わらす温泉がなかなか良い。少々硫黄臭が漂う温泉らしい温泉だ。
ちょっと熱すぎるのが気になるが、冬に行くと丁度良いのではないかと思う。
温まった体が冷めないうちに布団に潜り込んだ。雲に包まれているようだった。
ところがKは、よく眠れなかったらしく機嫌が悪い。

僕が身支度にもたついていると「早くしてくんない?」と明らかにご機嫌斜め。
朝食はKの意向でセブンイレブンの弁当になった。
僕が弁当を頬張っている間、Kが雑誌を立ち読みしていた。
食べ終わって見ると、まだ立ち読みしていた。
(おい。さっき人を急かしておいてそれはないだろう。。)
僕がウィンドウ越しにノックしてやっと気付いて弁当を選び始めた。
Kが朝食の間、僕は修善寺駅周辺をうろついていた。
Kが食べ終わって、僕を先頭に出発。暫く走って後ろを振り返るとKが豆粒ぐらいの大きさになっていた。
Kが追いつくのを待つ。飛ばしすぎと窘められる。
少しペースを落として走る。信号付近で止まったときに、すぐ後ろにいたKがこけた。
「急に止まるなよ!」急に止まったつもりはなかったが。。・。・
すぐ先にあったコンビニで自転車を降りると、傷口を洗いにトイレへ駆け込んでいった。
その間に僕はマキロンと絆創膏を買った。
トイレから出てきたKが外で手当をしている。
僕が買ったブツを差し出すとちょっと驚いていた。
僕「本当にゴメンな」
K「ああ。こっちこそわりぃ」
暫しの間、クサイ男のドラマが展開された。
Kが先導して出発。
徐々に交通量が減っていき、冷川峠方面と松川湖方面の分岐点に差し掛かる。
どちらに行きたいかKに訪ねると、迷わず峠じゃない方に行こうということになった。
これまでの経路で峠アレルギーになりかけているらしい。
のどかな田園地帯や湧き水の看板などが見えてきた。
清流を遡る形で緩やかな坂を登っていくと間もなく中伊豆バイパスに差し掛かる。
中伊豆バイパスのトンネルを抜けると下り坂、正面に松川湖が見えた。
下りが終わった頃、既に伊東市街に入っていた。先の方には海が見えてきた。
あんなに伊東に行きたがっていたKだったが、特に何も見ずに伊東市街地を抜けてしまった。
相模灘に面した国道135号線を少し走ると道の駅があったのでアイスを食べながら宿を予約する。
今夜は、この旅の最終泊と言うことで宿を取ることにしていた。
5年前に一度お世話になった宿に電話。次の日が定休日ということで素泊まりのみOKということだった。

道の駅を後にして海沿いを走る。CMでお馴染みのハトヤも見えてきた。
海沿いは意外にもアップダウンが多く、山より楽だと思っていると痛い目に遭う。
僕自身は、日差しと海風がある分、条件によっては山の方がずっと楽だと思う。
途中立ち止まって写真を撮る。
面倒臭いと乗り気じゃないKを浜辺に連れて行く。やっぱり旅は過程を楽しまなきゃね。
そんなKも浜辺に降りると結構はしゃいでいた。
サーフィンしている人たちやミニスカートを履いたおじさんとか色々な人がいた。

再び走り出して、いくつかの小さな漁港を過ぎる。鯵などを干しているのが見える。
2人とも腹が減ってきた。
僕としては、ここへ来たからには干物や海産物を食べたかったのだが
Kは焼肉が食べたいだの、パスタが良いだの言うから呆れた。そんなの家に帰ってから食えよ。
仕方なくKに合わせて一軒のイタリア料理屋を覗いてみたが、値段を見てパス。
結局、何も食べずに東洋のナポリ熱海まで来てしまった。
さすがナポリ。間もなくまた三色旗を掲げた店があったので、そこに決めた。
K「こういう海沿いにあるパスタ屋が美味いんだよ!」
(えぇ。。こういう所って高いし不味い気がするぞ)
ちょっと小綺麗な店内に小汚い男が二名様。
店員「ご注文はお決まりですか?」
K「(迷わず)カルボナーラで」
(・・・おい。海沿いのパスタ屋云々言いながらカルボナーラかよ。)
僕「ボンゴレを」
結構待たされて出てきた。
(うわっ。。アサリの数が絶望的に少ない。。)
終始ほぼ無言で食べた。
食べ終わってそのまま熱海サンビーチをふらふら。
ついついビキニの女の子に目が行っちゃうものだが
Kは寧ろ浜で野球をしている野郎どもに興味津々。無性に参加したがっていた。
シャイなKが参加できるはずもなく浜を後にした。
山の斜面にへばりつくように街が広がっている熱海は坂がきつい。
うろうろして辿り着いたのが、家康公も訪れたという日航亭・大湯。
昭和の懐かしさを感じさせる佇まいの建物。ちょっとしょっぱくて良くあたたまる湯だった。
Kより一足先に上がる。出て行くときに入れ替わりで大学生ぐらいの集団がどっと入ってきた。
丁度空いている時間に入れたようで良かった。
近くの大湯間欠泉をボケーっと眺めながらKを待つ。

予想以上に熱海に長居してしまい、宿に連絡。到着時間を2時間後ろにずらしてもらった。
Kが出てきたのでコンビニに行って水分補給。
今回諦めていた富士宮焼きそばが売っていたので買っていくことにした。
既に17時になっていた。箱根へ続く熱海街道は、熱海市街地から既に登りが始まっていた。
以前、三島から東海道で箱根に登ったことがあったが、今回は足を付かずに登り切ることを目標にしていた。
最初は後ろを何度も振り返り、Kのペースに合わせていたが
段々とそんな余裕もなくなるほどに坂がきつくなってきた。
自分の足取りを1つ1つ数えながら自分のペースで登ることにした。気付くとKに追い抜かれていた。
笹尻交差点まで一切平坦な箇所が無くひたすら登った。Kが待っていてくれた。
バケツで水を被ったように汗をかいていたが、休息する間もなく走り出す。
坂が更に急になっていく。あるヘアピンカーブでは、普通に走ったのでは勾配がきつすぎるため
アウトコースにふくらんで登った。
足取りを数え数千回、ようやく熱海峠に辿り着いた。その直後にKが追い抜いていった。
熱海峠より先は、比較的緩やかになるという事前情報を得ていたので少しホッとした。
山の上は既に秋の気配。高い木も少なくなり、ススキが揺れる中を進んでいく。
Kは随分飛ばしているらしく視界に入ってこない。
日がもうすぐ沈む。辺りが冷え込んできた。湯河原峠に差し掛かると局所的に濃霧がかかっていた。
箱根峠の看板が見えたときは、思わずガッツポーズ。足を付かずに登り切ることができた。
芦ノ湖は、もう暗くてよく見えない。18時45分頃宿に到着。
若女将が出迎えて下さった。
芦ノ湖が一望できる部屋は、2人では余るくらい広い。
Kが「あのヒト(若女将)キレイなヒトだね」と興奮気味だった。
夕食をしに外に出る。この元箱根周辺は、飲食店が非常に少ない。
迷わず近くにあった店でそばを食べることにした。
そばもとても美味しかったが、それ以上に水が美味しく感じられた。
食後にコンビニでお菓子やビール等を買い込んで宿で乾杯。
せっかく旅しているんだから何か色々話したかったが、Kはコンビニで買ってきたマガジンを読んでいる。
そんなの家に帰ってから読めよな。
呆れてものも言えず、先に温泉に入って寝ることにした。
この宿は民宿にも関わらす温泉がなかなか良い。少々硫黄臭が漂う温泉らしい温泉だ。
ちょっと熱すぎるのが気になるが、冬に行くと丁度良いのではないかと思う。
温まった体が冷めないうちに布団に潜り込んだ。雲に包まれているようだった。


