トルニタリナイコト@MimeiTagawa

Mi:media −田川未明OfficialBlog

れんげ

つぼみぷっくりなまじろくなまぬるくなまぐさくひとはみななまもの


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『Mistery Circle』というサイトがある。書くことが好きな人が集まって、もう長く長く続いている書き物サイト。毎回お題が出て、書きたい人が参加表明をして、書く。ひとり(1章)につき2つ課せられるそのお題は、どれも既存の1冊の本から抜き出した一文で、それを「書き出し」と「結び」の文に必ず使う。

1章に与えられた結びの文は、2章の書き出しの文でもあり、2章の結びの文は3章の書き出しの文、そして最終章の結びの文は1章の書き出しの文。つまり、ぐるりと輪を描く。だから、Mistery Circle。と言っても、参加者全員でひとつのストーリーを創るのではない。各章の内容はまったくの自由。エンタメでも純文でもラノベでも何でも構わない。

回ごとに参加するもしないも自由、課題はあっても中身は自由。この自由さが長く続いている秘訣なのだろう。しかも、そうしてアップされた作品ひとつひとつに、サイトの管理人が毎回講評を書いてくれる。いくら書くこと読むことが好きとはいえ、その労力はいかばかりか。本当に頭がさがります。

で、その管理人K氏は、mixiに「田川未明コミュ」を作ってくれたそのヒトでもあり、この「Mistery Circle」でも声をかけて頂いて、今までに2度ほど飛び入り参加した。そして今回は「50回記念」ということで、また呼んでくださったのだ。でも今は長いものを書く体力(気力)はないし、とグダグダ躊躇したものの、今回はいつにも増して自由だという。お題さえ入れば、小説でも詩でも短文でも長編でも何でもあり、と。

それならば、ということで、書かせて頂いた。何でもあり、という言葉に甘えて、まったく好き勝手に。ぽちぽち気まぐれに書いていた短詩(短歌とはいえない短歌のようなもの)を繋ぎあわせ(もちろん今回の為に新たに書いたものもあわせて)、物語らしきものにした。グダグダ(こればっかりだ)〆切を延ばしてもらったり、ああもう無理、とか言いつつ。が、やっぱり書く、と決めてからは面白かった。久しぶりに、書くことの楽しさを味わうことができたのだった。有り難かった。

ということで。なんじゃこりゃ、というようなカキモノではありますが、よろしければ。

【第50回 Anniversary Mistery Circle 目次
・春の章 《 花影潜む影踏みの鬼の 》 著者:田川未明

※「春の章」の課題
書き出し:「ああ――」二人の口から同時にため息が漏れた。
結び:「冗談はよせ」「冗談じゃありません。だって――こっちの人じゃないでしょう」

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足場

鉄骨の足場に夜毎真白い猿がきてひとり月を見ている


外壁に組まれた「足場」のことを、
今はワークプラットホームというらしい。

プラットホーム。

月の光がレールとなってプラットホームに届く夜。
密かに列車がやってくる。
白い猿は、その列車を待っている。


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マンションの大規模修繕が始まった。ガリガリガルガルゴンゴンゴン。響き渡るドリル音はやっぱりMRIの騒音に似ていて、眠くなる(以前、MRIで爆睡したもので)。外壁に組まれた足場に沿ってメッシュシートが張りめぐされ、しばらくは(4ヶ月ほど)ネット越しの空、雲、月。

鬱陶しいことは鬱陶しいのだけれど、でも実は子どもの頃から工事好き。工事とか大工仕事を見るのが大好きで、工具にも重機にも興味津々。高所恐怖症のくせに、この足場を歩いてみたい、と思ってしまう。ガガガと音を立てるドリルをちょっと貸してほしい、やらせてくれないかな、と眺めてしまう。

住み慣れた家が、ひととき非日常の世界に移動したようでもあり、ちょっとわくわくしてもいるのです。いつもとは違う夢が見られそう。

足場


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むくげ


暑中見舞いや残暑見舞いを書かなくなって久しい。毎年、今年は書いてみようかな、と思ったりもするのだけれど、夏はせっかち。脇目もふらず駆けてゆくから、気づけばもう後ろ姿。ああ又書けなかった、と肩を落とす。

お便りは書けずにいるけれど、メールは日々書いていて、その殆どが業務連絡。改まった文面を書くときは、紙に書く手紙と同じように緊張しながら言葉を選ぶけれど、日常のやり取りでは、決まり文句が行き来する。

書き出しは大抵、「お疲れさまです」、もしくは「お世話になっております」で、「よろしくお願いします(時には致します)」で締めくくる。用件だけの短い連絡メールのやり取りのときには、「取り急ぎ」で終わらせてしまうことも。でもこの「取り急ぎ」という言葉、なんとなく手抜きのようでもあり、相手によっては、ちょっと失礼かと躊躇する。

で、「取り急ぎ」に変わるコトバはないものか、と検索していてみつけたのが、この「手紙社」の“お手紙”。『「取り急ぎ」に替わるナイスな「キラー文末センテンス」』、どれもなかなか面白い。でも一番気に入ったのはコメント欄に貼り付けてあった、詩人小谷ふみさんのもの。
クルミド出版では、
「とりいそぎ」の代わりに、
「とりうさぎ」を使います。
かわいいので、
よかったら試してください


ということで。
今日のブログはひとまずこれにて。
とりうさぎ。

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「夏だ!ビールだ!ジンギスカンだ!!」
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これぞ夏の楽しみ。夏になるとガッツリしたものをわしわし食べたくなるのはなぜでせう。うふふ。


 
 
 

 
 
 

 
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蝶


ようやくアスはがカバー写真を更新しました。(アスはが=全日本アスファルト暑いのではがしちゃいたい連盟。詳細はコチラに)

写真は、「アスはが」の総裁・瓜南直子(かなんなおこ)さんが愛した、いつもの線路傍にて。手入れされていた方が去られても尚、自力で芽を出した真っ赤なカンナたちが、ちらほらと咲いていました。圧倒されるような「花園」は望めなくなったけれど、その分、雑草たちが雄々しく繁っていて、まさにカナンちゃんの言葉通り、「むんむんの草いきれ」。

その草いきれの中にしゃがみ込み、小さな花にカメラを向けたその時、ひらりと蝶が。小さいけれど、美しいベニシジミ。あまりのタイミングの良さに驚きながらも慌てて撮って、撮り終えてもまだじっとしている。じりじりと近づいて覗き込んでも、逃げるそぶりさえみせない。
もしかしたら…。カナンちゃん? 

一度そう思ったら、どうしてもそう思えてきて、ついつい話しかけてしまいました。ベニシジミに向かって、ぶつぶつと、ひとり喋っておりました。(端から見たら、きっと危ない人に見えたことでしょう)
線路傍に行くと、いつもふしぎなことが起こります。カナンちゃんの「してやったり」の笑顔が浮かびます。

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今日は朝から晴れたり曇ったり雨降ったり晴れたり曇ったり雨降ったり。めまぐるしい。ここ数年バースデーはものすごく良い天気、という記憶しかないのだけれど。この夏はまだ海に行っていないので、今日は海辺の店を予約したというのに。でもこんな日の方が海辺は空いているからちょうどいいかも。今日はあたしの、そして明日はカナンちゃんの誕生日。今年も二人分お祝いするよ。おめでとう。おめでとう。

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「黒胡椒焼き鶏と野菜炒め」
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さて、ミメオも次回は一回休み、夏休み。
あたしは今週月曜から「夏休み」をとっていて、逆に休みにこそ自分のブログや写真サイトで遊びたい、と思っていたのだけど。大好きな夏だというのになんだか調子が出なくって。気づけば休みも残りわずか。ううむ。まぁ、のんびりぼちぼちいきませう。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

スーパームーン


昨夜。久しぶりの頭痛に、これはやっぱり台風のせいだろうか、と思いつつ鎮痛薬を1錠。水でごくりと流し込んだときに、あ、と思う。そうだ。今夜はスーパームーン。

カーテンをさっと引くと、空が明るい。窓をあけると、湿った海風がぶつかってくる。風に抗いながらサンダルをつっかけてベランダに立つ。うねるように枝葉を揺らす木々、ごおおおと地を這うように響く海鳴り。南から北へと駆けていく雲。それらすべてを照らして、煌々と輝く大きな月。

スーパームーン


月というのは、たとえ満月でも静かなものだと思っていた。どんなに明るい月光でも、その中に佇んでいると気持ちがしんと鎮まってくる。が、この月はどうだろう。神秘というより、荘厳。女神というより、堂々たる王のような風格。力に満ちた光が、まっすぐに降ってくる。

その月を仰ぎながら、ゆっくりと呼吸するたびに、からだの中に光が満ちていく。月の光が充ち満ちて、からだの内側から発光しそうな気がするほどに。

燦々と輝く太陽の光も有り難いけれど、太陽そのものを直視することはできない。が、月はどんなに明るくても、まっすぐに向き合える。放つ光を受け止めて、見つめ合うことができるのだと、初めて気づいた。

大きな月の光を思う存分からだに浴びて、部屋に戻る。月に見惚れて遅くなってしまった。もう寝なくてはと思いつつ、ネットで今夜の月齢を調べると、満月を迎えたのは3時9分。あたしが窓を開け外に出て、空を見あげた、まさにその時。まるで月に呼ばれたかのよう。

寝る前にもう一度、とカーテンの隙間から見あげると、空はもう雲に覆われていた。大きな雨粒が、ぽつ、ぽつ、と窓に当たる。もしかしたらあの月が姿を見せたのは、ほんのわずかな時間だったのかもしれない。

気づけば頭痛も消えている。これなら薬などいらなかったかも、と苦笑しながらベッドに入る。目を閉じると、まぶたの裏に丸い月が浮かんでいる。大きな大きな月の光に満たされて、ゆっくりと夢の中へと溶けていく。

スーパームーン


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それにしても嵐の中で輝く特大の月、という景色はどこかファンタジー映画(ハリーポッターとか指輪物語とか)のようでもあり、その中に立っているのは摩訶不思議な感覚でした。でも同時に、この風景こそがこの星の自然な姿で、あたし達人間はそこに間借りして住まわせてもらっているだけ、とも思ったり。

でも、このスーパームーン、さすがの存在感でありました。いつも満月や新月の時は、体調が優れなかったり胸がざわざわするのだけれど、この月と向かい合っているあいだは、自然と大きくゆっくり呼吸していたような。今年最大のエクストラスーパームーンに出会えたのは、幸運なことだったのかも。月が呼んでくれたのだとしたら、感謝しなくちゃ。ね。

更新シテマス。
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