トルニタリナイコト@MimeiTagawa

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出不精なくせに、出かけてみるともっとどこかへ行きたくなる。知らない町を歩いてみたい。明日もあさっても西へ東へ旅していたい。(それにしてもよく降りますねぇ) #tw #車窓 #キリトリセカイ

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『脳はイメージと現実を区別出来ない』という。たとえば、「輪切りのレモンを食べる」「大きな梅干しをかじる」という文章を読んだだけで、口の中が「すっぱく」感じるし、同時に唾液も分泌される。ただコトバを読んだだけで、実際に食べたわけではないというのに。

その文章からたちあがる映像は、「現実」ではなくて「想像」(イメージ)なのに、からだは反応してしまう。脳は、コトバに騙されて、生理的反応を指示してしまう。

ということは。元気はつらつ、ファイト一発、そんな言葉を読めば、からだも元気に活動する。明るく前向きな言葉を読むだけで、となえるだけで、気持ちがあがる。ってことらしい。目標を立てるときも、「〜になりたい」「〜になる」ではなくて、「〜になった」と完了形のコトバで書けば(言えば)、脳はすっかりその気になって、目標が達成されやすくなるという。

なるほど。とは思うのだけど。しんどいときは、ついそれを忘れる。しんどい時にこそ実行しなくちゃ意味ないのに。と、ちょうどそんなことを思いながらFBを開くと、メッセージが。来週、湘南に遊びに来るという友人たち。その日の予定が書かれていて、最後に「楽しみやなぁ」と。

ここ数年、「予定がある」ということがしんどくなっていた。掃除とか片付けとかの家事や、誰かへ電話する連絡するという事務的なこと、そんな些細なことでも、「やるべきことの予定」として思い浮かべるだけで、気分が沈む。楽しい宴会やイベントの予定も、また然り。行けるかどうか迷うことがまずしんどくて、当日が近づくにつれ落ち着かなくなってくる。

その事自体が嫌なわけではないのだ。家事も事務的作業も、いざやり始めれば、ぱぱっとこなせる。さくさく出来る。出かける予定も、その時がくれば何ていう事はなくて、ちゃんと楽しめるし、気持ちも十二分に高揚する。問題は、ただ「その時」までのこと。

そんなだから、「楽しみにする」という気持ちを忘れていた。だって「楽しみにする」というのは、予定が決まってから、その時が来るまでの心の状態だもの。

が、しかし。友人の「楽しみやなぁ」という言葉を目にしたら、ふっと気持ちが楽になった。胸の中の重しが少し軽くなったような気がしたのだ。ごろごろ沈んでいる小石が、軽石になって水面に浮かんで、光にあたってしゅうっと消えた。

そうか、これが、「ことば」の力。やっぱりコトバってすごい。コトバの力はあなどれない。

さて。
今日はこれから出かけます。久しぶりに東京へ。
うん。たのしみ!


 

 

 
 




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