
いつにも増して忙しない師走をなんとか乗り越え、
大晦日から入れ替わり立ち替わりの泊まり客を迎えて、
わいわいと賑やかに過ごすうちに日々は過ぎ、
いつもの暮しに戻っていく面々を見送って、
気づいたらもう松が明けていた。
今年はみんな元気に新年を迎えることができました、と、
松飾りに手をあわせて取り外し、お屠蘇や重箱をしまったとたん、
年末から宿題のように残っていたあれこれを思い出し、
夜中に黙々とPCに向い、なんとか終えたのが昨日のこと。
師走の半ばから立ち止まることなく駆けてきてしまったから、
さて、ここらでひと息ついて、
あらためて夫婦ふたりきりの静かな正月を、とも思ったけれど、
テレビはもう正月番組などやっていないし、
町を歩いてみても、正月気分はあっさりすっかり消えている。
穏やかに晴れた元日のこの写真を撮ったときには、
啄木の句と共にアップしようと思っていたのに、
今さらなんだか間が抜けているし、
しかもこの社会状況にこの句はいかがなものだろう、
そう思うと、ブログを書こうにも、なかなか言葉が出てこない。
仕事も住まいも失って、離れて待つ家族の元へも帰れない。
そんな状況にある人がたくさんいるというのに、
「今年はよい事あるごとし」などと言っていていいものか。
いくら空が晴れていようとも、人々の心には寒風が吹いている。
でも新年なのだからブログくらい、穏やかに明るく楽しい記事を、
と思いながらも、テレビをつければどうしたって国会中継などを見てしまう。
見ればあれこれ思うこと(怒ったり呆れたり)ばかりで、
何から書けばいいのか、また迷う。
どうしたもんか、と思いながらWEBのニュースを読んでいたら、
年頭記者会見の全文というものが載っていて、
その冒頭の言葉に、口がぱっくり開いてしまった。
「それぞれに良い正月を迎えられたことと存じます。」
たぶん何も考えず、新年の挨拶として型どおりに言っただけなのだろう。
でも、だからこそ……。
必要以上に他人の言葉に敏感になるのもよくないけれど、
自分の発する言葉に鈍感な人間にだけはなるまい、と、
あらためてそう思う新年でありました。
で、啄木の句は、どうしようかとも思ったのだけれども。
思えば去年のお正月は、友人家族の健康に関する心配事をふたつ抱えていて、
でも今年のお正月は皆が元気で新年を迎えられて本当に良かった、と、
そう思ったからこそ、元日の青空にこの句を思い出したわけで。
なので色んなことへの感謝をこめて(去年病と闘った友も
きっとそう思っているだろうし、あたしもそう思いたいから)、
やっぱり載せることにいたします。
テレビの取材映像の中には、
絶望の中でヒトの暖かさに触れて、悪いことばかりじゃないと思った、
という人もいて、今をなんとか乗り越えれば良いことがあるかも、と、
全ての人がそんなふうに思える世の中になることを祈りながら。
そして来年の正月は、まさに「晴れて風なし」であるように願いつつ。
年が明けたらバンバン書くぞーなどと思っていたのに、
最初から書きあぐねてしまい、すっかり間があいてしまった。
「ゆったりと新年に思う」なんていう時がずっとなかったので、
これからお正月を味わおう、なんて思っていたあたしは、
すでに通常モードにもどっている皆の日記を読んで、
ちょっと取り残されたような気分でもあり。
でも今日は本当に久々に家籠もりできたので、ようやくほっとして、
そういう意味では今日が元日みたいなものかも(遅すぎ)。
でもこれで皆に追いつけるかな。
明日からは、また夢うつつな書き物をはじめられるかな。
が、しかし。考えたら、まだ衣替えも終えてないのでした(汗)
春になる前に夏物しまって冬物ださなくちゃ〜(訳わからん)