2009年10月10日

最終回

もはや洗脳装置と化したテレビを見限っている人は多いが、
ネットにはまだ、有効性や意義を感じているのではないだろうか。

なぜなら、ネットは双方向のコミュニケーションができるし、
生きることとは、人と人との交わりにほかならないからだ。

俺も最近までそう思っていたが、考えが変わった。
だから、もう、ネットはやらない。

やめる理由を明示するのが、利用させてもらった読者諸氏への義務だろう。
もともと自分の備忘録、メモだっただが、読んでいただけたことは、書き続けるモチベーションとなった。
お蔭様で、書き続けたことで、頭の中身が吐き出されたり、整理されたり、とても役に立ちました。

さて。

ネットをやらない理由その1。
実際の所、人と人との交わりとは、上っ面をなでる社交辞令が大半だ。
日々を振り返ると、生きる方便として適度に受け流している人々の顔が思い浮かぶのではないだろうか。

まして文字が主体のネットでは、ノンバーバルな要素が一切切り捨てられる、劣化したコミュニケーションになる。

つまり、「社交辞令」を「文字で行う」二重の空しさに気がついてしまったのだ。

なにも、人が嫌いなわけではない。
むしろ、俺は人が好きだ。
他人が力を振り絞っているのをみると、興味が沸いてくる。
なぜそう根を詰めるのか、知りたくなる聞きたくなる。
ネットでは、そんな俺が欲するコミュニケーションは、不可能なのだ。
俺は、実際の所を知りたいのだ。
ネットでは、嘘のないぶっちゃけた心持ちを聞いて、視覚嗅覚で感じて、自分と比較検討したいという目的が果たせないのだ。


ネットをやらない理由その2。
たしかに、見知らぬ人々との交流は、刺激的で楽しかったが、それは、子供時代を引きずっていたからだ。
子供は世界が新鮮であるが故に、刺激に満ちている。
しかし、次第に経験が積み重なり、刺激にも心が麻痺して、新しいものへの興味を失ってしまう。

俺は、すっかり大人になったのだろう。
お手軽簡単なことでは、心が楽しく感じなくなったのだ。

ネットをやらない理由その3。

俺は、人恋しさを感じない。
もともと薄情な気質だし、しかも俺は居場所を持っているし、満ち足りているからだ。

どうやら、俺のリアルな日常は、程良く喜怒哀楽が訪れ、ネットの文字を追うよりも、ずっと楽しいらしい。

人生をもっと楽しむために、限りある時間を自分のために精一杯使うことに決めたので、上辺の社交辞令に時間を割くわけにはいかない。


ネットをやらない理由その4。
ネットの効用とされるのが情報だ。
情報は力だ。
ただし適切ならば。

ネットはシュレッダーにかけた札束だ。
ゴミと化した札束をつなぎ併せれば、銀行でピン札と交換してもらえるが、それには莫大な時間がかかる。

情報を吟味するだけで、俺の人生が終わってしまう。
理由その3でも書いたが、限りある時間を精一杯生きるためには、やるべき事をやることが必須で、情報の吟味などという非本質的なことにかまけていてはいけないのだ。


ネットをやらない理由その5。
これが一番の理由だ。
ネットやテレビで退屈しのぎをしていると、心が麻痺してくる。
本当の自分の人生を生きるための、「心のささやき」が聞こえなくなる。

浴びるように刺激を受け続けると、自分が本当はなにを考えているのかわからなくなってくる。


情報弱者、大いに結構。

情弱の俺は、新聞もテレビもネットも創価学会もアムウェイもマンション投資の電話もファミコン中毒も一切排除できるのです。

俺の敵は、俺の一回限りの生を蹂躙し、コントロールしようとする輩です。

敵は、耳障りのいい言葉や、ご都合主義や、権威を笠に着てすり寄ってきます。

俺は、誰にも利用されないし、扇動されないし、どこにも所属しない。


俺は自由です。

今まで敵に奪われ、脅かされてきた時間と自分自身を取り戻し、
お絵かきという、俺にしかできない大事な仕事を成し遂げるのです。

社交辞令ですいませんが、読者諸氏、お元気で。
ご愛読どうもありがとう。
お互い、生きることを丁寧に味わいたいものですね。

俺のお絵かきはずっと継続するので、酒臭い息が顔にかかる距離で、お会いできれば嬉しいものです。

では。  

Posted by mimikurin at 04:46Comments(7) 独り言 

2009年09月21日

しばらく更新停止します

ブログも一長一短で、俺の考えをまとめる為に大変役立ったんですが、
昨今のダラダラとしたネット利用の弊害もあり、公私多忙につきしばらく更新停止します。

おさらばドロン。  

Posted by mimikurin at 14:44Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年09月20日

ようやく治ってくる

24時間マラソンのダメージは思いのほか深く、今週は本当に疲れた疲れたと口癖のように連呼していた。
自業自得なので誰のせいでもないが、加齢で回復力が弱くなっているのかもしれない。
これから、肉体は衰える一方だが、精神の活動は年齢に関係ないので、これは幸い。

雑多な事に感けて、頓挫していたお絵描きの件も、そろそろ復活しなければ。
この連休で、個展に出す支持体を全部作ってしまおう。

やらない、やれない言い訳ならば、いくらでも思い当たるのだが、
そういう姿勢では生きていてつまらないので、面白おかしくすごす為には、骨を折って苦労をすることも必要なのだ。

公私共々急に立て込んできて、お絵描きや個展の準備もままならなくなってきたが、
ネットサーヒンの時間を切り詰めれば時間は捻出できるだろう。

そう、俺はネットのしすぎだ。
ネット白痴だ。
ネットといってもどこを見ているわけでもなく、自分のブログを読み返したりしているだけだ。
子供の頃から俺の気質として、なんども同じものを読んだり、同じ曲を聴いたり、
そういう繰り返しに耽溺する傾向があるのだ。
なんだかわからないが、俺の仕組みがそうなっているのだろう。
しかし、ミニマルな粘着気質ってのは、案外役立つ性質で、何かを作るときの集中力に転化できればこんなに強いものは無い。

あ、実は忙しい忙しいといっても暇なのかしらん。
あははは。

しかし、ネットは俺にとって休養の時間だからなあ。
一切休みなしでびっちり活動していると、心身に変調をきたすでよ。

まあ、やることに追われるってのはありがたいことですわ。  

Posted by mimikurin at 19:08Comments(2)TrackBack(0) 独り言 

2009年09月19日

最初のお友達

卵クラブなんぞを購入して読んだり、市役所に母子手帳を取りに行ったり、
そんな子を迎える用意をしておると、
おのずと生まれた時の事、その後の育児、
その育児の方針なぞにも思いが及んでいくわけで、色々考えることが増えてくる。

名前のことも考えねばならない。
名前にはどんな子に育って欲しいのかっていう願いが込められるわけだから、俺がよしとする人生観が反映されてくるわけだ。


こんな人間を俺は好む。

自立する人。
自分の判断を信じて、自己をありのまま受け入れる素直さと公正さを持つこと。

楽しむ人。
瞬間瞬間を味わいながら、楽しく快活に生きること。

唯一無二の尊さを大切にする人。
かけがえの無い、一回限りの自分自身の人生を自覚し、世界を肯定して生きること。


うん。

俺が、「こう生きたい」とおもう人生の理想、俺の子にもそのように生きて欲しい。
父は子の幸せを切に願うが、
子よ、お前の人生はお前のものだから、お前は己自身だけを頼りに人生を切り開くのだ。

子よ、人の話なんて聞くな。
やるべき事、大切な事は己自身が見つけ出し、その心が命ずるままに生きろ。

他人が押し付ける道徳や、普遍的な善悪とやらに惑わされず、ただ、自分の心の声に耳を澄ませ。
生きるテクニックは親として伝授するから、子よ、本心で生きろ。


* * *

子の最初の友達は「ぼぎだぢ」だ。
ソフビの、フェルトの、タオル地の、瀬戸物の、PPTのぼぎだぢが、子の誕生を心から待っている。
子と一緒に遊べる日を、「ぼぎだぢ」は心の底から待っている。



  

Posted by mimikurin at 21:14Comments(2)TrackBack(0) 独り言 

2009年09月18日

デルモンテ360

c9dc2aec.jpgまったくの気まぐれ、思いつきで、デルモンテのトマトジュースを360缶購入する。
食塩添加。
イタリアの岩塩が入っているタイプ。

俺はトマト野郎になるのだ。  

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2009年09月17日

考えて分かること

お絵描きって、考えて分からないことに、ネチネチと取り組んで、ああでもない、こうでもないと苦心工夫することだ。
やらなくてもいい事を、やらねばならぬ使命や重荷に変えて、いらぬ苦労を背負い込むことだ。

だから、考えて分かることは、ものすごくヌルい、イージーな事にしか感じない。
この感覚は、お絵描きに取り組む過程で得た副産物だ。

手間隙をかければ、必ず答えにたどり着けるのだから、答えが約束されているのだから、何にも心配が要らないのだ。

俺の本業は技術分野なので、考えて分かる問題しか扱わないのだ。
答えを得るまでに苦労はするけど、必ず回答があるので心穏やかに取り組めるのだ。

必ず結果が分かる。
それは、つまらない事なのだ。

だから、俺は答えや結果の分からないお絵描きをするのだ。
つまるために。  

Posted by mimikurin at 23:13Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年09月16日

パッション

訳知り顔で、ダメな理由を列挙すればいくらでも挙げられる。
ああ、その通り。
非の打ち所の無い正論で、あらかたの問題には対処できるだろうよ。
リスクを背負う責任というのは、失敗を回避することだから、そのアプローチは保身の手段としては間違ってはいないのだ。
しかし、自分のコントロール下でのみ物事を進めていれば、成功体験から一歩も踏み出さない故に心中穏やかだろうが、それではブレイクスルーは絶対に訪れないのだ。

俺は、創造者だ。

自らの力を信じ、ブレイクスルーを標榜する生き様を選んだのだ。

その決意を前提に、力不足だと自分に限界を設定することを止めたので、大風呂敷や絵空事でも、臆せず思い描いて、それを実現することに奔走するのが俺の生き様なのだ。

情熱と理想をもって、事と次第に対処しようと決意を表明するわけで、
兎にも角にもレッツトライ、さあ始めよう、ってな具合で、新しいことにねちっこく取り組むのだ。

俺は切り込み隊長として、自分の特性を活かした役目を果たそうと思う。
受け入れられるか拒絶されるか、そんなことはどうでもいい。
自己の成長のみが、俺の関心ごとだからだ。
社会性はすべて、副次的なものだからだ。
しかし、永続的な自己の成長を確保するという利己的な理由において、
社会性を全うする打算は常に働いているので、うまく良しなに取り計らおうという協力的な姿勢は、常に示そうとおもっているのだ。

だから、上っ面でもいいので、俺のやることにビットして欲しい。
俺は本気で自分のために尽力するので、結果オーライ、自ずとあなたの為になるのだから。  

Posted by mimikurin at 00:38Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年09月09日

遅れ

貸しギャラリーを8月末までに選定しておく予定だったのだが、まだ決めてない。

今は、個展のことやお絵描きのことよりも、24時間マラソンのことで頭がいっぱいなので、そちらを優先するのだ。

来週にギャラリーを見学し打ち合わせして仮予約してくることにしよう。
候補に挙がっているのは2つあって、中野か神田になるとおもう。

今は絵を描いていないが、ジムに通ってトレッドミルの上で瞑想しながら走っているので、
精神の活動という意味では怠けていないので、良しとする。

とにかく、今の俺はやることがたくさんあってとてもいい感じだ。
本業でも、自分のプロジェクトを推進しつつあるので、やりがいがあって楽しい。
金貰って研究開発できるから面白くて仕方が無い。
プロジェクトのスピンアウトで、インタラクチブでグラフィカルでギミック満載のアレヤコレヤもスクラッチできるので、その辺も面白い。

全部、俺の思うがままに、デザインできるんですよ。
お絵描きの時間を奪う危険性があるが、まあ、馬力を出して何もかも同時進行だ。  

Posted by mimikurin at 23:34Comments(0)TrackBack(0) お絵描き 

2009年09月08日

心配事とか覚悟とか自己暗示とか

会社の業績も悪いので、本体から沙汰が下りお取り潰しになるやもしれぬ。
その時のために身の振り方を考えておかにゃならぬ。

本当に将来が見えない時代だ。
年功序列で終身雇用っていう、今までが特殊だったんだろう。
転職するにも今までのキャリアをやりくりしてどこか潜り込みたいけど、
世の中全部が壊滅状態なので、とても厳しい。

妻帯ローン持ちは、えり好みせず、とにかくはたらかにゃならぬのだが、
もう、物量に任せた消耗戦に投入されるのは嫌だなあ。
まあ、嫌でもなんでも何とかするしかないんだが。

それに、仕事をえり好みできるほど、スーパースキルを持っていない。
だから、今の会社で踏ん張るしかない。
そう、夢のあるプロジェクトを暖めておるので、今はその実現に向けて奮励するのだ。
プロジェクト達成の過程で得られる経験は、俺の血肉になって、やりがいとお金をもたらしてくれるだろう。

直面する問題をばっさばっさとなぎ払っていけば、きっとなんとかなるべえ。
逃げずに立ち向かわねばならないのですよ、俺。  

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2009年09月07日

24時間バカ走り

来週の土日、外苑前で24時間マラソンに出場する。
眉毛女がベロンベロンになりながら、完走したのも記憶に新しい。

俺も、同じような、やらなくてもいい事にチャレンジするのだ。

やらなくてもいい事をたくさんやったほうが良いのだ。
なぜならば、無意味さってのは、生きることの本質だからだ。

運命なんてものはなく、必然なんてものもなく、
滅茶苦茶な世界に生まれた恐怖を覆い隠そうとして、
アレヤコレヤと理由付けする行為ってのは、自分を欺くことにつながるのだ。
理由や動機を言葉でつくろい、損得で動いては本質にたどり着けないのだ。

本質とは何か。
ただただ味わう事、それだけだ。

24時間ぶっとおしで走るのは、味わい深い経験になるに違いない。  

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2009年09月06日

イベント発生フラグ

のっぺりとした日常の中で、昨日とは大きく違った部分ってのをイベントというわけじゃないか。
結婚や出産は人生のビッグイベント、なんて、生命保険会社のCMで流れそうなフレーズだよね。

そんなイベントってのには、自ら飛び込んでいくイベントと、ふりかかってくるイベントの二種類があるよね。
たとえば結婚なんかは前者だし、事故怪我病気は後者なわけ。
あ、でも、戦前のような見合い婚なら後者か。

まあ、おおざっぱに分けるとだよ。

でね、俺もいままで振り返ると、それなりにイベントを経験したわけで、
その多くは自ら飛び込んでいく能動的選択によってなされてきたと自負しているのよ。
自分で選んだ道ならば、不遇にあっても納得できるので、
つねに自ら飛び込んでいかなければならないと心がけてきたわけ。
そんなスタンスで生きてきて、ほどほどに挫折したり、妥協したり、まあまあ満足で概ね幸せなんだけど、
だからこそヌルくてヌルくてしょうが無いのだ。

ふりかかってくるイベント、つまりアクシデント、俺の人生にはそれが無かったのだ。
別に、悪いことが起こって欲しいと願っているわけじゃないんだよ。
天災なんかは諦めるしかないし、偶発的なアクシデントは心配しても仕方が無いので、保険をかけた後は思い煩わない。
それらを除いた、自分の意思でどうにかなりそうだけど、どうにもならない出来事、ヤキモキすることが無かったのだ。

破滅的な生き方をする人がいるじゃないか。
こういう人は始終ヤキモキしていると思う。
破滅人間は一見、自ら危険なイベントに飛び込んでるように見えるけど実はそうじゃない。
虐待されて育てられた結果自暴自棄になってるわけで、自分の意思ではどうしようもない部分に大きく影響されているのだよ。
ヤキモキはふりかかり型のイベントによって発生するのだ。

俺の生まれた環境は平凡そのもの、周囲の人にも非常に恵まれており、理不尽な事もさほどなかったのだ。
だから、じつに素直に育って常識を育むことができたので、大過なく過ごせてきたのだ。
俺は、危うさのない、つまらない男なのだ。

自己分析は一旦よこにおいて、自分の意思でどうにかなりそうだけど、どうにもならない出来事の話に戻る。
そういう状態ってヤキモキするじゃない。
たとえば、たとえばだけど、拳銃を持った銀行強盗に遭遇して、犯人は俺に気づいていない。
激高した犯人が人質を次々に射殺していく様子を物陰から見ている状況。
俺が飛び出ていくことで、誰か助けられるかもしれない。
でも、死ぬ確立は非常に高い。赤の他人のために、命を危険に晒す必要は無い。
だが、人質の中に俺の家族がいたら話は変わってくる。
こういう場合は、じつにヤキモキする。
俺の命か家族の命か。
これはヤキモキします。2秒ぐらいの間に、いろんな葛藤がぐるぐる渦巻く間違いなく。

なんか、例が極端になってしまって話がそれてきたけど、
そういう、ふりかかってくるイベント、そしてその結果であるヤキモキってのに出会っていないのだよ。

ヌルいヌルい俺の人生。
ヌルいまま、逃げ切りたい、けど、つまらない。
だから、日常をボイルさせたくて、お絵描きをしているんだろうなあ。

あ、長くなったな。

本題。

想定していなかったケース、
自ら飛び込んでいくイベントと、
ふりかかってくるイベントの中間の事態が発生したのだ。

やはり、現実は白か黒かで単純化できない。

ワが妊娠したのだ。

男にとって、遺伝子を提供したからといって、個体としては変わることなく、日常が継続していく。
ちょっと親密なコミュニケーションだと思ってただけなのに、自分のあずかり知らぬところで、父親になるってケース。
「アナタの子供よ」ってのは青天の霹靂、これは、ふりかかり型のイベントだ。
この場合は、二重にふりかかりの意味がある。
精子と卵子の着床は生物的な偶然性にゆだねられていて自分ではどうしようもない。
子供は授かり物っていう表現からも、ふりかかり型のイベントと分類できるわけ。

まあ、俺は、社会通念上適切に遺伝子を提供したわけで、そういう意味では、
父親になるっていうイベントに自ら飛び込んだということだけど、さっきも言ったように
授かり物って意味ではふりかかった出来事でもあるわけ。

うん、まあ、そういうことだ。
うまく育てば来年の5月頃に生まれるはずだ。

その時はお祝いよこせ。
  

Posted by mimikurin at 04:12Comments(10)TrackBack(0)

2009年09月05日

モヤモヤな感じ

人を誘導しようとする根性の悪い人間には関わらない近づかない。

* * *

ジムにいく。
運動は楽しい。

* * *

画室に立てかけてある絵が、どれもこれも美しい。

* * *

肩書きがまた一つ増えそうな気配。
実感は無いけど、喜ばしいことなんだろう。
  

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2009年09月01日

私の描きかた

絵を描くときに、なにか実在するモチーフがある場合と、ない場合があります。

風景画や人物画は実在するモチーフがあります。
私の描く絵の多くは、直接的な実在のモチーフが存在しません。

心に浮かぶ朧気なイメージを手がかりに、絵を描き始めます。
朧気なイメージすら持たずに、描き始めることもあります。
そういうときは、なにも考えずに、絵の具を垂らしたり、手元を見ずに線を引いたりして、画面に痕跡を残していきます。
そんな働きかけを続けていくと、無意味な痕跡が何かを語りかけてくることがあります。
ロールシャッハテストといえば、分かりやすいかもしれません。
そこで得た手がかりを元に、意思を込めて絵を描き始めます。
偶然から朧気なイメージを想起させるのです。
なにを見たときに、なにを連想するのかを意識的に観察すると、とても興味深い時間をすごせます。
何かを連想する私の心の動きは、私だけにしか分からない、かけがえのない物です。
澱のように沈殿して出来上がった私自身が、その瞬間にしか味わえない二度とない出来事なのです。
ですから、この体験を尊重することは、私が絵を描く強力な動機になります。
ほかの誰にもできない、重大な取り組みなのです。

心の動きはとても小さい声でささやきます。
テレビもラジオもBGMも、ノイズとなって、心の声をかき消してしまいます。
誰かが発する騒音で、かけがえの無い自分を見失ってはいけません。
どんなに示唆に富んでいても、正論で間違いの無い意見でも、他人の言葉は、
自分自身のかけがえの無い、一回限りの人生を奪い取ってしまいます。

だから、描く時は、静かな環境が必要です。
私にとって、絵を描くことは生きることそのものです。
絵を描くことで、唯一無二の自分自身を取り戻せるからです。  

Posted by mimikurin at 20:24Comments(2)TrackBack(0) お絵描き 

2009年08月30日

一党独裁賢人政治日本ポチン党

日本ポチン党が衆参両議院の議席をすべて占め、衆愚政治に終止符を打った近未来。
党首の俺は、みんなが幸せになる為に、ばっさばっさと大鉈を振るう。

主な政策。

「国民主権の剥奪とポチン党への全権委譲」
生来のものとされている主権を剥奪する。
バカを政治に参加させるなんて、害悪しかもたらさないからだ。
国民はポチン党の指導にしたがっていれば、必ず幸せになる。

「食糧配給制の導入」
外食産業と家庭内調理を禁止し、食料自給率100パーセントを目指す。
食料はポチン党給食センターで調理され、一切のロス無く各家庭にデリバリーされる。
国民は芋と雑穀のみ。
粗食によって、生活習慣病も予防できて一挙両得。
ポチン党員は肉と卵と乳製品を支給します。

「完全リサイクル国家の建設」
資源をリサイクルさせ、国家間の資源争奪戦から抜け出す。
利害から超然とすることで、独立独歩路線を着実にするのだ。

「エアコン禁止」
クールビズなんていう、甘っちょろいものじゃない。
エアコンという技術を廃し、根絶やしにすることで電力消費を抑える。
夏は暑く、冬は寒く。それが自然なのだ。

「防諜、工作機関の強化」
世界中にポチンシンパを増やし、国際社会から付かず離れず。

「決定的打撃力の保持」
言って聞かせて分からないやつには、拳骨を食らわせてやらねばならぬ。
核を使うと地球環境に影響があるので、スマートでクリーンな力を開発。

「特別警察の設立」
内乱を煽動する輩は、裁判無しで排除。
大卒のインテリはマーク。眼鏡をかけている奴も危険煽動分子としてリスト化する。

「オナニー税の導入」
国民は右手にチップをインプラントし、規定回数の振動を検知した場合、税を課す。
無駄にエネルギーを使わせない。
しかし、公の施設、ポチン党マスターベーションセンター内では、タックスフリーとし、
採取した精子を冷凍保存し備蓄する。
備蓄した精子は、人工授精され、国家の子供として養育する。
国民の出生をコントロールすることで、国家構成員の世代人口を調整するのだ。

「適材適所制度の導入」
社会構成員を幼少の頃から出身階層や、適正によって分別する。
かえるの子は蛙を、とんびはとんびを産むのだ。
高望みする凡俗に、身の程を弁えらせるように、党の指導を徹底。
みんな椅子に座ってできる仕事を目指すから、あぶれた者が不幸になるのだ。
社会は分業であり上下はない。
バカはバカなりの居場所を作ってやるのも、党の慈愛である。

「ゲーム禁止」
ゲームは一切時間の無駄であるから禁止。
ベルトコンベアにのって流れてくる部品のネジを締めるゲームとか、
形が崩れたかまぼこを跳ね除けるゲームとか、そういった現実に体感できるゲームは可。
そのゲームはポチン党の各種工場内で随時開催する。

「ギャンブル禁止」
ギャンブルはゼロサムゲームで生産性が無いし、濡れ手に粟という根性が気に食わないので禁止。

「酒タバコ禁止」
健康に悪いので禁止。

「愛国心の育成」
日本への愛、ポチン精神への忠誠を誓わせる。
反動分子は皆死刑。

ぜったいいい国になるって。
ポチン党に入れなさい。  

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2009年08月29日

最近絵を描いていない

目ぼしい貸ギャラリーにメールを打って、見学を打診したのだが返答なし。
デジタルデバイドなのかやる気が無いのか。

違うところにもコンタクトしてみよう。

* * *

床屋に行ってさっぱりする。
すこし若々しくなる。

* * *

テンプルが折れた眼鏡を石川県へ修理に出していたのだが、
代引きで今日届く。
手数料込みで6800円。
物を直して使うのは、よいことだ。
九十九神になるまで、育てよう。

* * *

スポーツクラブへ行く。
最近、三日と置かず足繁く通っている。
皮下脂肪の下、インナーマッスルが強化されている事を感じる。
半年後には、俺はかつて無い、高性能のボディを手に入れるだろう。

* * *

俺のムチャレンジ、外苑前24時間マラソンの開催が迫る。
決行の日は9月12日〜13日。
トラックをただひたすら走り、心身の限界に迫る競技だ。
目標は120キロ以上走ること。
目標が果たされなくても、24時間走りぬいた後の俺は、確実に変化する。
俺はどんどん変わっていく。

* * *

画室に放置した絵、手を加えていないが、見つめていると飽きない。
ひょっとして、完成が近づいているのだろうか。
絵を描くことをトレーニングのように捉え、負荷を求めて、
手数を増やす事に執着しているのかもしれない。

耳を澄まして、止め時を囁く心の声を聴き取ろう。  

Posted by mimikurin at 22:18Comments(0)TrackBack(0) お絵描き 

写真を見るとがっかりする

オッサンになった。

鏡で見るとさほど変わった感じを受けないんだが、
自分が写った写真を見るとがっかりする。

自己イメージが若いときのまま変わっていないんで、実際の姿とギャップを感じるんだろう。

確かに体質も脂っこくなってきたし、白髪もピュンピュン生えている。
コーヒーもタバコもやら無いんで口臭は無いと信じたいが、気づかぬところで周囲に不快な思いをさせているかも知れぬ。

アンチエイジングに励むのもいいが、すね毛をそったり毛穴に化粧水を叩き込んだり、
そんなメンドクサイことなどできん。
それに、あんまり励むとどこぞのゲイなのかと、あらぬ勘繰りを受けてしまう。
俺の業界はゲイがいっぱいいるので、しゃれにならぬ。

だから、ありのままの自分を受け入れるのだ。
オッサンはオッサンのよさってのがあるだろう。
そういう、味わいのあるオッサンを目指したい。

ドヤ街系の酒焼けした顔も味わいがあっていいんだけど
根本敬の漫画みたいで業が深そうだから嫌だ。

業ってのは自分ではどうしようもない、逆らえない事の総称ね。
俺は自助努力と自主自立を標榜しているのでドヤ街系とはスタンスがちょっと違う。

俺は、キチガイ博士系が良いかなあ。
あの系統の人たちは、色々ダメで間違っているんだけど、自分で何とかしようとしているじゃないか。
その、情熱は見習いたいと思うわけ。

白髪で片目で義手だったら最高だ。
ワハハハと高笑いして、テスラコイルに電流を流してみたい。

もしくは、カイゼル髭を生やして、勲章ジャラジャラつけた軍人系もいい。
爺になったら、適当な軍服っぽいの来て、ピカピカな勲章びっちりつけて町内を練り歩こうかしら。

で、下はフルチンだったら最高だ。
アルツハイマー陸軍大将。
杖代わりのサーベルを振り回して、官憲の犬と戦うのだ。

きおーーーつけーーーーーーーーー!!!!
とか言いながら、なだめすかそうとする巡査どもをロールプレイに巻き込みたい。

それはさておき、今の爺共は団塊世代なので、
迫力も説得力も無いし、わがままでたちが悪い。
あの世代がやってきたことは、とても気持ちが悪い。
火炎瓶とか正気じゃない。
散々暴れまわったくせに、自己欺瞞と自己正当化してちゃっかり社会に収まりやがって。

見えない敵と戦ってるのかなあ。俺。
しかし、戦中を生き抜いた人々は尊敬するけど、今の爺共には席を譲る気がおきないのだよ。

やはり、もう一回戦争するしかないのか。
生死をかけた体験を潜り抜けないと、腑抜け共が蔓延し、社会と人間の質が劣化する。

適度な殺し合いってのは、社会を活性化させるために必要なのかもしれないよ。
うん、死線をくぐらないと、覚悟ができないからな。
温いんだ。温すぎるんだ。なにもかも。

でも、死にたくないし、怖いから嫌だ。
嫌だけど、嫌を乗り越えたところに成長ってあるじゃないか。
戦争なんて究極に嫌な事だから、それを乗り越えられれば、人間の成長に役に立つこともあるんじゃないだろうか。

功罪天秤にかければ、罪のほうが大きいので戦争はやってはいけないんだろうが、
個人という局地的出来事では、戦争が役立つことがあるかもしれないって事。

もうちょっと突っ込んで考えてみてもいいテーマかも知れぬ。  

Posted by mimikurin at 00:15Comments(1)TrackBack(0) 独り言 

2009年08月27日

うまいもの

ときどきの体調によって、うまいものは変化する。
二日酔いの朝、牛カルビなんて論外だし、腹が減ってペコペコなときに、信州そばでは物足りない。

どんなときに食ってもうまさのレベルを保ってくれる食い物ってのは確かにある。

そんな、スペシャルなフードの一つが義経焼きだ。

あえて細かい説明はしない。
各自ググるがいい。

今日の夕餉は義経焼きで、飯がすすむすすむすすむ。

俺も世界最多の三ツ星グルメシティでアーバンライフをエンジョイしてきたので、
うまいものはだいぶ食ってきたと自負しているけど、あれほどうまいものは中々無いよ。

義経焼きってのは、俺の糞田舎のローカルフードなんだが、それが郷土に根付くまでの経緯がよく分かってない。
気候風土や歴史的背景にどのようにつながるのかまったく推測ができず、とかく脈絡が無いのだ。
ぽっと降ってわいたような違和感、なんであんなものが生まれ、土人百姓どもに愛好されてきたのかよく分からないのだ。

突然投下された救援物資のように、過去の文脈を無視して現れた美味しい豊穣。
謎めいた出自を秘め、歴史の断絶を飛び越えてやってきた魔性の味覚。

それが義経焼きなのだ。

なんなんだろうあの食い物は。
原料からして、地産地消では絶対無い。
歴史も浅く、せいぜい戦後からだろう。
いったい何が、どんな動機が、あの食い物を生み出したのか、まったく想像できないのだ。

よくよく考えるととても不気味なことだよ。
だって、自分の生まれ育った文化文脈の外に存在するくせに、
強力な嗜好性をもって俺を含めたリピーターをとりこにしているんだもの、
これは気味が悪いというしかないですよ。

由来不明のミステリアスフード。
それが義経焼きだ。  

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2009年08月26日

秋だ

絵のために心身を調律しよう、なんて、舌の根も乾かぬうちに酒を飲んじまった。
のどが渇いて目が覚めて、おかげでこんな時間。

ただ眠るのももったいないので、雑務を一本片付けて、余力で日記を書いている次第。

窓を開けると虫の声。
夜風もひんやりとしている。

もう、秋だ。

秋は好きだ。
夏の暑さを生命力にたとえれば、秋はピークを過ぎた哀愁がある。
丁度今の俺ぐらい、三十路半ばになぞらえる。
しかし、一番活動しやすい時期でもあるので、俺も縦横無尽に東奔西走せねば。

男の三十代って、もっともいい時期だ。
若さと老いの狭間で、どちらにもなれるし、心身のバランスがとれている時期だ。
この時期の生き方で、残りの人生決まるだろう。
もちろん、十代でも二十代でもそうなんだが、学生時代は類型的なので。
人生が大きく枝分かれするのが、三十代だということだ。
幸運な事に、今までなんとか立ち回れてきた。
幸運に感謝しつつ、さらなる飛躍のためにやるべき事をリストアップしてみようか。
可視化、言語化は、プロジェクトの第一段階なのだ。

三十代でやるべき事

〜私生活編〜

・住宅ローンの前倒し返済
 一回前倒し返済すると、返済が6年縮む。
 今は59歳で払い終わる予定なので、なんとか55歳以下に圧縮したい。

・子供をつくる
 授かり物だからどうにもならんが、一回は育ててみたいじゃないか。
 悪意と善意が絶妙にミックスされた、ミミクリン式育児法を実践したいのだ。

・トライアスロンやマラソンに可能な限り出場する
 心身を鍛え、病気や怪我に負けない強さを得る。
 競技に参加することで目標を設定し、日々の鍛錬を継続するのだ。

〜仕事編〜

・エンジョイ
 賃金労働は生活基盤だが、社会貢献でもあるので、公の責任を果たしたいのが一つ。
 また、仕事を労苦という側面だけで捉えず、楽しみを見つけ出して意欲を持って働きたい。
 自由にやらせてもらえる今の会社は好きだから、
 もっと自由になる為にはどうすればいいのか、知恵を絞って取り組んでみたい。
 

〜お絵描き編〜

さあ、肝心要のお絵描きだ。
俺は、生涯取り組むべき仕事をお絵描きと決めたので、しつこく取り組んでいくぞ。

・個展を5回やる
 画歴や実績ってのは二次的なものなので、それは重視しない。
 個展という場を設定し、制作数をこなすことで、お絵描きの変遷を観察するのが目的だ。
 変化していく作風、発想、心情、その他もろもろを体感し味わってみたい。


さー。
適当に頑張ろう。

でも、順風帆走できるかしら。
なぎや嵐がやってきたら、その時考えればいいのだ。
起こるかもしれない不幸を心配するのはナンセンスだ。
今は、ポリアンナに倣っていいと思うぜ。  

Posted by mimikurin at 04:41Comments(2)TrackBack(0) 独り言 

2009年08月24日

心身を調律

今日も会社帰りにジムに行く。
ラン40分とマシンガシャガシャ。
大体週3回を目安に継続してみよう。

すでにだいぶ体質が変わってきたので、最終的にはどうなるのかとても興味深い。
肉体が変わってくれば、絵も変わってくるので、それも楽しみだ。

病み上がりで、今より10キロぐらいやせていたときに描いた絵は、
陳腐な比喩だが、かみそりのように鋭かった。
その体験で、心身は一体だということを実感したのだ。

飽食の果て、ぼんやりとした肉体では、絵も鈍くなる。
酒の飲みすぎで肝機能障害が起こると、何をやってもだるくなるし、疲れやすくなる。
そんな状態では、長時間の精神集中は不可能だから、自ずと絵もダメになる。

健全な肉体に健全な精神は宿るってのはその通りで、
不健全な肉体では精神もダメになるのだ。
これは、まあ、いろいろ微妙な問題をはらんでいるので、誰も公然とは言わないけど、
体と心の相関関係は間違いなく存在します。

自己管理してコンディションを整えておくのは、よい仕事のための必須条件なのだ。
酒量をセーブし、コンセントレーションを高め、一気に絵を描きあげるぞ。

今週はそのための準備として、体調を整えることにする。
筆を持っていないときでも、お絵描きのためになる生活をしよう。  

Posted by mimikurin at 23:33Comments(0)TrackBack(0) お絵描き | 独り言

2009年08月23日

よかった探し

いやね、幸せに朗らかに生きるためには、些細な出来事のよい部分を勤めて拾っていこう
という内容の日記を書こうと思ったの。

ポリアンナの「よかった探し」ってやつね。

で、その周辺をWikipediaで引いていたら、こんな記述が。

引用初め。

ポリアンナ症候群
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: メニュー, 検索
ポリアンナ症候群(ポリアンナしょうこうぐん、英: Pollyanna syndrome)は、心的疾患のひとつ。ポリアンナイズム(Pollyannaism)とも。現実逃避の一種で、ポジティブシンキングの負の側面を表すもの。

1913年にエレナ・ホグマン・ポーターが書いたベストセラー小説『少女パレアナ(Pollyanna)』および『パレアナの青春(Pollyanna Grows Up)』(テレビアニメ「愛少女ポリアンナ物語」でも知られる)の主人公ポリアンナに由来して命名された。

一般的には、

「直面した問題の中に含まれる(微細な)良い部分だけを見て自己満足し、問題の解決にいたらないこと」
「常に現状より悪い状況を想定して、そうなっていないことに満足し、上を見ようとしないこと」
などを指す。

引用終わり。

ははあ。
心的疾患で現実逃避か。

うーむ。

うーん、そうなのか?

そうだなあ。
確かに傍から見たら酷い状態でも当人は満足しているってことがあるからな。
依存しあってる男女関係とか。
劣等感にさいなまれるDV男と、寂しい依存女のよかった探しってのも、なんか嫌だよなあ。

まあ、結局主観が全てで、自己満足に帰結するんだろうけど、
相対的なバランス感覚ってのも失ってはいけないのかもしれないなあ。

あ、でも、平気よ。
心の囁きや直感は、きっと良しなに取り計らってくれるだろう。
自分をだまさずに、「よかった探し」ができればいいってことだよ。

悪い状況に甘んじないように、解決策や現状を打破する力は養っておかねばならぬ。
そのためには心身が健康じゃないといかん。

早寝早起き腹八分、酒とタバコはたしなむ程度に、晴耕雨読を心がけ、
小さなことにクヨクヨせず、無理無茶無駄を標榜しつつも、緻密にプランを立てて、
燃え尽きない程度に頑張って、でっかい仕事を成し遂げるぞ。

たぶん、なんか、いい線まで行けそうな気がする。
まったく根拠無いけど。  

Posted by mimikurin at 23:54Comments(2)TrackBack(0) 独り言 

あばれギャラリートーク

モラトリアム養成所時代の同期と高崎市タワー美術館へ。

META II 2009 in Takasaki 日本画☆大冒険をみる。

この展示は先日も行ってきたんだが、同期氏は出品作家と知己らしく、タダ券貰ったとの事。
やはり世間は狭い。

同期氏と言いたい放題コメントしながら、絵を見ていくのは大変面白いもので、
その行為自体を抽出したらどうかと思いついたわけ。

なんか、なんでもいいから、その辺のものを取り上げて、
それを作った作家になりきってギャラリートークをしてみるってことね。

それなりに体裁を整えるには、瞬発力とこじつけ力が問われる。
ここで言う体裁ってのは、意味や文脈が破綻していないってことよ。
たとえば、「犬の糞」を作品にとりあげたとするならば、
製作の意図として、物や生命のサイクルを切り取ってみたとか、
その、サイクルに伴って移ろう価値と、変わらない物との違いへの問いかけであるとか、
なんか、あくまでも例だけど、そんななんとなく意味が、つじつまが合っている事を言ってみたりするってこと。

もしくは、内容なんてどうでもよくて、トークをパフォーマンスとするならば、
立ち振る舞いが大事になります。
そうだなあ。
たとえば、日曜美術館の司会の男はスローなテンポと低い声で話すので、
なんとなく正しいことを言っているような印象を受けるけど、ああいった発声やしぐさで、
まったく内容の無いことを延々としゃべってみるとか。
今は文字だから無理だけど、とにかく確信的な態度で、
「ピーヒャラチャカポコチンポコリンな栗毛の子馬でございます」とか、絵の前で話し続けてみるとか。
そう。
国鉄時代にガムの包み紙で改札を通り抜けたエピソードが類似しているんだが、
堂々としていれば紙くずも本物になるってことを、ギャラリートークでやってみようって事。

でも、寒々しい空気や、痛々しい雰囲気は否めないわけで、その辺の辛さも含めて味わってみたら面白いんじゃないかって事。

ぜんぜん関係ない展示に出かけていって、首からパスケースみたいなの下げて、
学芸員に化けて適当な作品説明をやってくるとか、そういう形でやってもいいかもしれない。
人が集まってきて、最後までだませたら本物だ。
そんなことができる奴なら、何をやってもうまくこなせると思う。

コミュ力のトレーニングとして、これは案外有効かもしれないな。
あ、もっとしっかり内容を吟味して、ミミクリンメソッドとして、本にしたら売れないだろうか。
対人恐怖症がなおる!とか、営業成績がトップに!とか。

つうか、こんなの普通の自己啓発セミナーじゃねえか。
つまらねえ。  

Posted by mimikurin at 03:03Comments(2)TrackBack(0) 独り言 | お絵描き

2009年08月21日

燃えろ燃えろ

よさそうなギャラリーを見つけた。
来週コンタクトしてみる。

* * *

会社の帰りにジムに行く。
俺は90分会員なので、会費が安い。
いつでも利用できるけど、一日一回90分ってやつね。
正会員だと12000円も取られるんで、ただのサラリーマンにはきついの。

でも、90分で十分なのだ。
トレッドミルで40分走って、マシンを適当にガシャガシャやるだけなんで、丁度いい。

まったく疲労せず、40分間走り続けられる。
すげえ。
でも、その割りに体重がへらねえんだよな。
走ってカロリー消費した分、ビールを2リットル飲んだり、サラミソーセージとかちくわを貪り食うからだ。

馬鹿だバカ。
意思が弱いというか、自己管理ができてないというか、
いや、ある意味収支がプラマイゼロになるので、自己管理できているってことか。

これでは何の為に運動しているのか、さっぱり意味が分からない。
しかし、無意味に挑むってのは俺のテーマなんで、これはこれで正しい。


体脂肪燃やして、ブルースリー見たいになる日は来るのだろうか。  

Posted by mimikurin at 22:42Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年08月20日

アグリーベティ

アグリーベティ面白いわあ。

ヘンリーとジオだったら、ぜったいジオのほうがいいって。ベティ。

ナードで優柔不断なヘンリーより、自分の意思をはっきり表明できるジオのほうが人として立派ですよ。

なんだろ。
逃げ道をつねに用意している奴ってダメだよね。
人としてちっさいわ。
本当にちっさい。

恋愛でも仕事でもそうよ。
勝てる試合しかしてない奴は、ほんとちっさい。
話をしても、まったく面白くない。薄っペラで。
そんなやつらは自己保身のための言い訳ばかり。
なまじ賢いとそれなりに理屈が通ってしまうけど、キモの小ささが透けて見えるわ。

自己を保てないってのは失敗って事で、それを具体的に言えば自分の評価が下がるって事だ。
でも、自己評価と他者からの評価って別なわけ。
俺は自己評価が下がらなければ失敗じゃないとおもっているの。

他人からどうのこうの言われることを心配する必要なんて無いのよ。
だって、誰も俺のことなんて気にかけてはいないのだ。
なぜなら、俺は、おまえのことなんて、どうでもいい瑣末な事だと思っているからだ。

無茶と蛮勇と特攻精神がないと、人生の満足度は向上しないのだ。
思い切って混乱の渦中に飛び込まないと、刺激的な経験は得られない。

失敗を恐れ彼是言い訳をして、何もしないことを正当化しているようでは、人生を浪費するだけなのだ。

後先考えずにとにかくやるってのが、ベストとは言わないがベターな戦略だ。
計画や根回しや段取りがあればベストなのだけど、それらはあくまでも従で目的となってはいけないのだ。


すべては自分が納得するか、それだけ。
人生は実にシンプルだ。
自分に嘘をつかずに、心の底から納得することを追い求めるのが至上命題なのだ。

あ、でもやっぱり、仕事だったらお金をもうけないと失敗ですね。
でも、金なんか無くても、自分が納得すれば成功なのですよ。

付き合わされる周りの人々には申し訳ないが、俺は、俺のことが一番大事ですから諦めてください。  

Posted by mimikurin at 22:54Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年08月18日

涼しくて気持ちいいなあ

日が沈むと風が涼しくなってきた。
俺の家は風通しがよいので、夜に窓を開けておくと寒いくらいだ。
ジムに行って汗をかいて、湯上りに甚平を着て、ソファに腰掛けて風にあたっていると本当に幸せだ。

なんだろう、子供の頃、プールで泳いで、午後は風通しのいい部屋で昼寝したときを思い出す。
あの、心地よいだるさと眠気。

案外、ここらが俺の人生の幸せのピークなのかもしれない。
それも悪くないのかもしれない。

雨風凌げて暑くも寒くも無く、明日の飯を心配することなく、白いリネンの上でごろ寝ができるなんて、たぶんものすごく幸せな事なのだ。

幸せだなあ。

俺はシーツの上でタオルケットに包まってごろ寝をするときが一番幸せなんだよ。

一生、俺はごろ寝をするぞ。

ふたりのー(ry  

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2009年08月13日

こまけぇこたぁいいんだよ

お盆真っ只中で、事務所には一本の電話もかかってこない。

部の図書費を使い込んで、コンピュータの糞つまらないけど、必要な本を買う。
一冊8000円とかするんだぜ。
個人では絶対買わない。

俺、なんでこんな仕事しているんだろう。
完全になりゆきですね。
もはや、俺も34、いまから職種を変えるのも効率が悪いからなあ。

コンピュータっつっても色々あって、案外、理系じゃない人が多いの。
SEなんて、コミュニケーション力とドキュメントを書く文章力が大事なので、文系のほうが向いているんじゃないか。

そして俺はどっちでもないお絵描き系。
自分は一体何者なのか、アイデンティティ崩壊の危機に晒されながら、日々精励しておるのだ。

本当に健気だあ。俺。

そう、抽象的思考力を発揮して、裏でゴニョゴニョどう動くかっていう概念を理解して、
技術的な方言だらけの重箱の隅を突きながらどう実装するかってのを考えるのね。
これはレゴブロックを組み立てるようなモンで、
筋道だてて因果関係を追っていけば、算数なんてさっぱり分からなくても、できちまうの。

でも、ものすごく、こまけえしごとなんで、俺は大嫌いだ。
「右足の裏に毛が生えた緑色の小人」と、「右足の裏に毛の生えた緑色の小人」の違いが
重要になってきたり、しかもそれが恣意的な場合がほとんどなんで、ブチキレて二階の窓から投げ捨ててやろうかと何度も思ったり。

しかも、せっかく覚えても、すぐに陳腐化するんで、次から次へと学習が必要なので辛い。
もはや、頭のエクササイズだと思って、取り組んでいくしかないんだろうが。

* * *

ミニ盆栽を買った。
黒松。


すごく、いいです。
  

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2009年08月12日

他人の褌で相撲を取る人たち

・安全な洗剤や浄水器をコネやツテで販売する団体の類
・某国の政権与党にべったりと寄生している「アレ」の支持母体を初めとする、一元的なオフィシャルな見解がある団体全部。
・過去の評価の定まったものに、自分の価値判断を丸投げする人。

これら信奉者は全部、自己以外の外部にお伺いを立てて、逐一承認を得る必要があるんです。

価値判断を他人に丸投げすると、思い悩まずに済み、とても楽でスッキリします。
確固たる信仰が持てることって、幸せに必須な条件ですね。

これをお絵描きで言えば、色指定された塗り絵を延々と生産するってことです。
セル画を塗り塗りして、一枚辺り10円を貰うようなモンですね。
頑張れば頑張っただけ、お金がもらえるんですね。
それは、間違いなく、自分の力で勝ち取った尊い報酬なんですね。

オーケー。
社会の運営に貢献しないクズよりも、3000倍は世の中の役に立っているので、それはそれですばらしいことです。


しかし、俺は絵描きなのです。
申し訳ないが、塗り絵には一切、まったく、完全に、非の打ち所が無いぐらい、興味がないのです。

自分の筆致は自分で決めるのです。
もしくは、人知を超えた偶然の神様にゆだねるのです。
他人が生み出したつじつまがあった秩序なんて、詰まりの原因になる糞なんですよ。
何にも変えがたい俺のお絵描き、つまり俺の日々の営みを、本心とは言いがたい他人の意見で左右されたくないのです。

本当に欲することは、自分にしか分かりません。
いつも、自分の心の声に耳を傾けてください。
そこには理屈や一貫性なんて、ありません。
なぜなら、人間はデタラメで、快不快という肉体の牢獄にとらわれている存在だからです。
どうか、直感を大事にしてください。
昨日の自分に縛られないでください。

だから、貴方、いつも変化流転してください。
確かな事は、今この瞬間にだけ存在するのです。  

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2009年08月11日

肉体改造

仙台で仕事。
普段より早く家に着いたので、銀行印と免許証をもって近所のスポーツクラブへ。
書類をベロベロっと記入して、入会する。

やー。

以前も会員だったんだけど、生活のリズムとうまくかみ合わず、幽霊会員になって止めてしまった。
しかし、今回は、会社帰りに気軽に立ち寄れるので、継続できるだろう。

なにより、俺自身が変わった。
今は、運動が面白くなっているのだ。
寝床で横になっている時、疲労感と筋肉の痛みを感じると、
しめしめ、交感神経が刺激されてノルアドレナリンがでちょるわいなんて、
ひとりニヤニヤするようになったのだ。

実際、体重はぜんぜん変わっていないんだが、体のラインがシャープになってきた。
ワにウザがられながら、姿見の前でポージングしている。

運動の効果が現れてきたのだ。
こうなると止まらなくなる。

俺はしつこいので、のめりこんで運動するだろう。
そうなると、大変な事になる。

大変な事。
腹筋が6つに割れる。

ニッコニコしながら、だれかれかわまず見せ付けたくなる。
もう、なんだ、ラオコーンとかマルスとか、あんな感じになる。
そうなると俺は、白塗りになるべきだ。

最初は金粉だとおもっていたんだが、やはり、筋肉のメリハリを一番美しく見せるのは白塗りだろう。

白い筋肉ダルマの俺が、ポージングを披露するのだ。
観客は、マジックミラー越しに俺の肉体美を堪能するのだ。
で、観客は、各界の名士。タキシードきてて蝶の仮面とかつけてるの。
マダムは背中と胸元が開いたドレスね。

で、俺のショーが終わった後に、一番の高値をつけた観客が俺のパトロンになって、
俺は囲われ者になって、一日中お絵描きをしたり、パトロンのためにマッスルショーをするのだ。

うわー。

どうしよう。
肉体サクセスストーリー。

プロテイン飲むべきだろうか。  

Posted by mimikurin at 21:16Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年08月09日

罰を被って健康被害

19c9b08b.jpg同窓会の案内状が実家に届いたらしいが、
男子志を果たすまでは二度と故郷の土を踏まぬと18歳の春に決めたので、出席しない。

おっと。
俺は禿げても、太っても、人生から落伍してもいないので努々誤解なきよう。
志、そう、志を果たすまでは、振り返ってはいけないのだ。

あれは16年前。
床に伏せる父に呼び出され告げられた。

私はおまえの本当の父ではない。
私は先王に仕えた家臣で、お前は先王の血を引く唯一の生き残りだと。
お前の本当の父はトレッキングの最中、火山の火口にうっかり落ちて死んでしまったのだと。

これはお前の父、先王より賜りしガイアの剣。
ガイアの剣を火口に投げ込めば、剣は熱で溶けてしまうであろう。
MOTTAINAIから、今まで大事にしまっていたのだ。

そういい残し、父は事切れた。

そして俺は、生まれ育った小屋に火を放ち、東へと向かう列車で華やいだ街へ。
やがて都会の絵の具に染まり、スーツを着たり、指輪をおくったりしたのだ。

数十年後、ほうら、ご覧坊や、これがその時の指輪だよと、
暖炉の前、ロッキングチェアーに揺られながら、
孫に昔語りをする時まで、俺は故郷に帰ってはいけないのだ。

ひざの上の孫は、俺のあげたアメを舐め、幸せそうに話に耳を傾けている。
こんな可愛い孫にであえた俺は、きっと特別な存在なのだと感じました。
孫にあげるのはもちろんベルタースオリジナル。

なぜなら、彼もまた特別な存在だからです。


だから、今回はパスだ。


で、志を果たす為の取り組み。
久しぶりに近衛Bをいじる。
可視外光線や中性子を照射するための目玉をグリグリと描く。

こいつと街でばったり出会ったら、目に見えない災いが降りかかります。
指向性の高いマイクロ波を浴びせられ、内臓のたんぱく質が熱で凝固したり、
エネルギーの高いビームを照射され、遺伝子に恒久的な損傷を受けたりするのですよ。

もしも、近衛Bとであったら、右手を地面につけ、口に塩と銀貨を含んで
「ひいれくはこめういとうにいまれすがかーい」と呪文をとなえれば命は助かります。
  

Posted by mimikurin at 19:03Comments(2)TrackBack(0) お絵描き 

2009年08月08日

絵はマラソンだ

ご学友と高崎市タワー美術館へ。

META II 2009 in Takasaki 日本画☆大冒険をみる。
今日は初日で、作家7名がきて、ギャラリートークを披露。
2時から4時まで、2時間たっぷりと、制作に対する考えとか、
自分の作品について、もろもろ聞けたので面白かった。

絵って、視覚感覚だから、絶対に言語化できない部分ってのがあるんだけど、
絵になる前の動機であるとか、絵を描く目的や理由であるとか、そういう部分はある程度
言葉としてまとめておかないとダメだなとおもった。

俺にとって絵ってのはマラソンみたいなもので、なにかを得る手段としてやっているわけじゃないの。
マラソンは、スタート前の緊張や高揚感、競技中の苦しさと心身の変調、ゴール後の虚脱感達成感、それら全てをひっくるめた、行為そのものを味わうのが目的なのだ。

だから、俺は、絵を描いて褒められようとか、お金をもうけようとか、
そういう何か得になることを招きよせる為にやっているわけじゃないの。

自分の体験だけが重要ならば、個展なんかせずに、
自分ひとりでやってればいいという向きもあろうが、
個展ってのはマラソン大会みたいなもので、お絵描きの一環なのだ。
一緒に走るランナー達と、体験を共有したいってことなのだよ。
だれかと一緒ってのはいいものだ。
場の高揚感ってのもあるし、俺が意図せぬ誤読が、新たな発見をもたらしてくれたりもする。

だから、俺は、お絵描きをする人に見てもらうために、個展をやるのだ。
ようは、アナタな〜ら〜どうする〜ってのを聞いてみたい、ってのをひっくるめてのお絵描き行為なのだよ。


まあ、それをいったら、
絵を描いて、褒められて、お金をもうけたいってのを
ひっくるめてお絵描き行為だ、っていう反論もあるかもしれないけど、
俺のスタンスと決定的に違うのは、他者に受け入れられなければ、褒められたりお金儲けたりできないってことだ。
受け入れられることが前提になっちまうってことだ。
自分の為に描いてないってことなんだよ。
これは、すごく、しんどいです。
承認欲求の負のスパイラルに陥ってしまう。
如何に上手く媚を売るかってのを、制作と混同しちまうんだから、めんどくさい。

俺のスタンスでは、自分にはない他者の視点を利用して、なにかインスパイアされたらラッキーだな、っていうぐらいなんで、発表は目的というよりモチベーションを維持する手段の一つってだけなのよ。

まず、俺にとって、絵は、糧を得るという意味ではなんの生産性もないことだから、
生きていくための妥協は一切排除できるんですよ。

偉大な日曜画家なんですね、俺は。
グレートサンデーペインター。

あ、いいな。
俺がお絵描き活動するときの名刺の肩書きはグレートサンデーペインターにしよう。

なんか、グレートマジンガーみたいで強そうだし。

とにかく、こびへつらう必要が無いのは、清々しいのです。
そういう連中と、適当な事を言い合うために、個展をするんですよ俺は。  

Posted by mimikurin at 19:55Comments(0)TrackBack(0) お絵描き 

2009年08月07日

ポール・ボキューズ

ストレスフルな仕事が昼過ぎに終わり、うまいものでも食いたいと思い、大丸へいく。
11階の見晴らしのいい便所で用を足した後、気のいい外人のオッサンシェフの看板につられて、適当に店に入る。

なにやら、ポール・ボキューズとかいう、どっかで聞いた事のある店らしい。
俺も体外ミーハーなんで、なんだか面白おかしくハイになってくるが、給されたロースト鳥と、オリーブとハーブの飯は、言うほど旨くねえなと思った次第。

こんなことなら、会社で食ってるハローランチ430円のほうが旨いですよ。

やっぱり、1500円ではたかが知れている。
場所代がほとんど占めているんじゃねえのか。

店で食える旨いものは、値段に比例する。
金をかけずに旨いものを食うならば、手間隙かけて自分で作るのがいい。

人間、自分自身には俄然点が甘くなるので、適当に作っても、主観メーターではうまさの最大値を記録できるのだ。

本当に感動するほど旨いものってのを食ってみたいものだ。
客の甲斐性を発揮するから、プロの矜持を見せて見やがれ。

あ、でも、時価とかだとビビッて、味が分からなくなるから、1万円以内でお願いします。
  

Posted by mimikurin at 21:44Comments(0)TrackBack(0) 独り言 | 料理

2009年08月05日

科目登録

放送大学も2学期が始まるので、科目登録をする。

放送科目
現代を生きる哲学(’07)
文化人類学(’08)

哲学を冠する科目はとりあえず取っとけ見たいな。
文化人類学は最近興味のある構造主義の補強で。

面接科目
イスラームの人類学
カント哲学入門

イスラムのブレのなさの秘密をしりたいので履修。
カント云々は理性によって進化する社会ってのと構造主義がガチンコ対決するので両者の思惑を比較する為。

あ、そうそう。
学制が改悪され、面接授業はレポート提出を持って単位認定になったんだけど、
感想文を書くのが馬鹿馬鹿しいので無視。
チラシの裏に作文かいてももらえる単位なんていらねーよバーカ。


継続
数学再入門(’07)
基礎からの英文法(’09)

これは、まあ、基礎、頭の体操です。

来学期はこんな感じで。
  

Posted by mimikurin at 23:40Comments(0)TrackBack(0) 放送大学 

おえ

家に帰ると、郵便物が。

ニコニコデザイン学校時代のグループ展出品案内と、
ワンニャンお絵描き大学の同期のグループ展の案内が来ていた。

ああ、俺もお絵を描かねば。

筆が止まっておるなあ。
まずいなあ。

今描いているのは、いい絵なんだけど、なにか物足りないんだよなあ。
それが何か分からないので、どうすればいいのか困っているところなのだ。
手を動かして模索していけば、何か見えてくるかもしれないんだが、そういうのってすごくシンドイの。

あ、今から俺がいいって言うまで走って。よーいドン。
こんな感じなんですわ。

ゴールが見えないからつらいの。

だから、期日を決めて、ゴールせざるを得ない状況にすればいい。
それが、今回の個展のもくろみにつながってくるわけだ。

あー、個展なあ。
大変だなあ。できるんだろうか、俺。

イベント目白押しですよ。

9月は外苑前24時間マラソン。
10月は高低差800mのキチガイフルマラソン。
 同月、バリ島へ慰安旅行。
11月友人の結婚式。

で、仕事は仕事でやらにゃならぬプロジェクトが走り始めたし、おお、なんだこの過密さ。

このイベントの間隙を縫って制作してギャラリー借りて段取りしてDM印刷してばら撒いてケータリング用意して搬入して搬出して有給休暇とって在廊してお客様とご歓談しなければならないんだから大変だ。

忙しいを言い訳にすると何もできなくなるので、やってみるけど。
酒飲んでグダグダしている暇ねえな。

8月からは非常事態宣言で戦闘巡航しないとだめだな。  

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2009年08月04日

目先のこと

意欲を持って仕事をしたいという、賃金労働者の悲壮感が生み出した企画が、
承認されゴーが出たので、しばらくは慰みになるので幸い。

* * *

俺の本業、多くの時間を割かれているのは賃金労働で、
それがそれなりにクリエイチブなのが性質が悪い。

手軽に欲求を充足してはいけない。
溜めて溜めて吐き出す事も、創作には必要だと思うからだ。
今の仕事はそれなりに欲求を充足させてくれるので、始末が悪い。
お手軽さはいらない。
本当に俺が追求したいことに結びつけるのに、だいぶ遠回りが必要だからだ。

本当は社会なんか省みず、自らの心の囁きにのみ従い、限りあるリソースを振り分けたいのだが、なかなかままならない。

* * *

制約の中でこそ生まれるものはあるけど、
ビジネスとか、それにまつわる社会性を俺は本気で求めていない。

* * *

とにかく、嘘はつかずに、やりたい事をよく見つめる事が肝要。
自己を客観する為に、勉強も必要。

一回しかないんですよ。
明日死ぬかもしれないんですよ。
死んだらみんな同じなんですけど、結果の最中を生きている俺、あなたは、日々を噛み締めて過ごさねばならないんですよ。


本当にそうなんですよ。


  

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2009年08月02日

やなぎみわはバック・フランっぽい

比較画像など無い。

* * *

インターネットで世界のチーズを取り寄せて食うのが楽しみで、
届くやいなや、いろんなのをわっしゃわっしゃと貪り食うんだけど、
いつも、うめえうめえと食うことにばかり気をとられて、
自分がどこの国のなんと言う銘柄を食ったのかまったく把握していない。

今日食ったのはハードタイプで、結晶化したアミノ酸がじゃりじゃりとして、
非常に味がよい。
でも、なんという銘柄なのか、分からない。

チーズ一期一会。

* * *

毎週末の恒例、ジムにいって有酸素運動と筋トレ。
姿見に映る姿が、マッチョになってきてうっとり。
首に巻いたピップマグネループが、なんとも肉体派な雰囲気をかもし出している。
でも、ベージュなので、あんまり目立たず控えめなので、ゲイにマークされない。

* * *


絵をまったく描いていない。
やっぱり俺は凡庸だ。  

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2009年08月01日

よど号とかハイジャックしそうな

80c36c3a.jpg引き出しを整理していたらパスポートが出てきた。

七三分けで黒縁眼鏡の顔写真。
ものすごく、鉄パイプに花火をほぐした火薬を詰めてそうな風体。
モノクロということも相まって、過激派の手配写真そのもの。

俺、なんでこんな写真で作ってしまったんだろ。
出入国でいらぬ疑いをかけられる。

  

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2009年07月29日

私とあなたがヤンマーだ

会社を早退して放送大学の単位認定試験。
科目は「実存と現象学の哲学’09」

現象学ってのは、フッサールっていうひとが考えた学問のジャンル。
フッサールはもともと数学を専攻していたんだけど、当時、学問にたいする基盤ってのがゆらいでいたの。
いままで絶対普遍だと思っていた分野でも、色々不都合な発見があって足場がぐらぐらしていたらしい。
19世紀末から20世紀にかけてのヨーロッパでは、本当に何が正しいのかよるべき所を見失っていたんだって。
絶対正しいはずの論理学でも、集合に関する件で、なんかパラドックスが発見されたり、
数学ですら、人間が間違えるように仕組まれてるかもしれないって可能性もあるとか、懐疑があったんだと。

さあ、こりゃこまったってことで、数学よりも厳密な学問を作ろうっておもって、フッサールが考えたのが現象学。

我思うゆえ我在り、デカルトの有名な言葉があるよね。
どんなに錯覚や幻だとしても、今ものを考えている自分自身は確かに存在するってことね。

フッサールも自分が感じるってことは疑いようの無い部分ってことにして、それを土台に疑いの無い学問をつくろうって思ったんだって。
とにかく感じることってのをベースにする。
そして、感じたことに対しての判断を保留した状態、見聞きしたことを吟味せず、とにかく脇においておく状態、これを一番土台にする。
吟味しないってのは、括弧でくくるって言い方をするんだけど、そうした態度をエポケーっていうの。

エポケーして、感じたままの状態に至るって状態を、難しい言い方をすると、現象学的還元っていうの。

で、現象学的還元の結果、確かに感じた事を、意識の必当然的明証性っていうんだって。

で、その必当然的明証性をもって、なぜそうなるのかってのを考えて証明した結果を十全的明証性っていうんだってさ。

十全的明証性を説明する中で、過去把持だの未来予待だの、そんな意識の動きを研究するのが現象学なの。

ははあ。

なんで、こんなこと思いつくのかね。
たしかに、丁寧に論を追って行くと、そんなもんなんだろうかと、納得したような気持ちになる。
意識の働く概念を図に描けるような気がする。

でも、こういうのに耽溺(あえて耽溺というけど)すると、時間が幾らあっても足りなくなる。
哲学とか思想とかの方面は、お絵描きの時間を奪う危なさを秘めていますね。
正しい理解をしよう、その上で自分の考えを作ってみようなんて志しちまったら、象牙の塔にこもらないと人生が終わってしまいますよ。

ちょっとそういうのも憧れるけど、俺はお絵描きをテーマに選んだので、概論程度に留めておくのが吉だ。
色気を出して原書で読もうとか思ってはいけない。
まあ、能力的にも時間的にも俺には無理ですが。

あ、話は変わるけど、日本ってすごいよね。
西欧の重要と思われる本は、大方翻訳してあって、母国語で小難しい本が読める。
しかも文庫で。
マジ、日本やばい。

なんか小難しい概念を持った哲学用語も、母国語に翻訳してあるし。
まあ、正しい理解を阻む原因にもなるんだけど、漢字の字面を見ただけで、なんとなく意味がとれるじゃないか。
先人の造語センスはすげえなあって思うよほんと。

で、なんだっけな。

そう。
フッサールの弟子にハイデガーっているんだけど、フッサールは優秀なハイデガーが大好きだったの。
共同研究みたいに、べったりと蜜月な期間を過ごしたのよ。
で、フッサールはハイデガーに言ったのよ。
「あなたと私が現象学だ」って。
これは、お気に入りを通り越して、もはや愛していますね。

愛。

で、その、愛のフレーズをね、入れ替えたり言い換えたりして遊んでみようというのが、
今日の俺が書きたいことだったんだよ。

さて。

あなたと私、つまり、君と僕っていうと真っ先に想起するのはこれ。

「君と僕とでヤンマーだ」

あの、農機具メーカーのアレだ。
この辺をうまくずらしていって、何か面白いものができないだろうか。


フッサールとハイデガーの天気予報

僕の名前はフッサール
僕の名前はハイデガー

二人合わせてフッガーだ
君と僕とで現象学だ

あ、これ、発展しない。
無理。つまらない。

では、「酒と涙とフッサールとハイデガー」

無理。

「部屋とハイデガーと私」

ちゅうか、フッサール消えてるし。

でも、気持ち悪いな。
俺のYシャツにアイロンかけるハイデガー。

柱の影から、その様子を覗くフッサール。
ハンカチ噛んで、キーッ!!!悔しい!!とか言いそう。

あ、言いそう言いそう。

なんか、オチっぽくなって嬉しい。  

Posted by mimikurin at 21:36Comments(0)TrackBack(0) 放送大学 

2009年07月26日

グダグダ答案作成

放送大学の単位認定試験日。
試験を受けに大宮学習センターへ。
科目は「世界の名作を読む’08」

ハウス名作劇場を想起させるような、やる気のない科目名からも推察されるとおり、
履修しているのはリタイア組が多い。

だって娯楽だもん。内容。
名作文学とされるものを取り上げて、講釈たれて云々。
名作の講談調朗読とか。

バンバンッ!

「晴天俄かに掻き曇り、雷鳴とどろく古戦場、邪悪な呪文呟く魔法使いの指先から放たれたのは、数ギガワットの大電撃 バン! 閃くなり空気をイオン化し、もろとも敵を射抜くなり〜 

バンバンッ!

こんな感じで、放送授業。
上のは俺の創作だけど、講談「指輪物語」とか聞いてみたいな。
普通に面白そう。
全米ナンバーワンヒットのハリウッド映画化よりも、そっちのほうがいいですよ。

他のジャンルでもいい。
講談「イデーンI」とか、講談「一般言語学講義」とか。
いや、テンポよく進みすぎて、反芻できずに展開についていけなさそう。
小難しい本は、ステップを踏んでいかないと、内容を理解できないから読んでも無駄だ。
だから、速読とか、フォトリーディングとか、チャンチャラおかしいんですよ。
俺は、ペラッペラなバカ本を速く読めマースって自慢してるんだもの。
せいぜい、勝間何某のビジネス書どまりよ。

まあね、実務系の知識って、必要なんだけど、必要であるって時点で興味を失うの俺は。
だって、望まなくても習得しなければならないんだもの。
役立つって目的に縛られて自発性はなくなるの。
読書が何かをなす為の手段にとどまり、ただの労役になってしまうし。

なんていうか、社会系とか福祉系の科目は、実務に役立てようとしている人々が多くて、
ギラギラしているので、俺はにがてっすよ。

まあ、それはさておき。

テキトーに50分、800字でマス目を埋める。
なんだっけな、ザムザの事を書いた。
虫になったおかしさを述べよとか、なんだその出題は。

ザ「え、むりっすよ無理無理。会社行けないって。虫だし。
上司「いいからドアを開けなさい。虫けらってのは君の仕事ぶりを見てれば分かるから。
ザ「え、それ、ヒドくね?なんか、上司っつっても行って良いことと悪いことあると思うんっすけど、マジムカつく。


とか、そんな答案を書いた。
ほんとに。
だって、なんの準備もしていないんだもの。
単位認定試験なんて休日の時間つぶし以外の何者でもないし。

あ、時間つぶしとか言うな。
絵を描け、絵を。
もうすぐ8月ですよ。
貸し画廊予約しなければならないんですよ。

うん、はい、分かってますって。
でも、なに、気乗りしないの、今は。

助けてください。  

Posted by mimikurin at 19:41Comments(0)TrackBack(0) 放送大学 

2009年07月25日

シンクロエナジャイザー

75ceb2ec.jpgシンクロエナジャイザーを買った。

ヤフオクで。

デッドストックの新品未開封。
値段は9900円。

うひゃあ。

20数年前は20万円ぐらいしたのよ。

たまらない人にはたまらないグッズなのだ。
ムーの裏表紙に乗ってたの覚えている人もいるでしょう。
たけえ機械だなあ、でも面白そうだなあ、と思っていた小学生の俺に使わせてやりたい。
シンクロエナジャイザーを使う小学生ってのも嫌な感じで素敵だ。

さておき、シンクロエナジャイザーってのはなんなのか。

視覚と聴覚から、脳に刺激を与えて、リラックスしたりストレス解消したり、瞑想状態に誘導したりする機械。
もともと、ベトナム戦争帰還兵のPTSDを治療する為に開発されたらしい。

ははあ。

たしかにこの街は戦場で、男はみんな傷を負った戦士なので、俺も使う権利がある。

でっでっでっでーででで ちゅーん

さあ ねむりなさい つかれきった からだを なげだして
あおいそのまぶたに シンクロ エナジャイザー 装着 するのーでーすー

ばばばっ ばばばん

おう、LEDの付いたゴーグルをかけて、目をつぶる。
目を開けるとまぶしいので、お勧めしない。
で、チカチカと明滅するLEDに連動し、ポポポポププププといった電子音を
ヘッドフォンで利くのですよ。

何が起こるのか。

まず、気持ちよいのだ。
まぶた越しに感じる光の点滅と、雨だれのような電子音が快い。
同じ刺激を受け続けると、感覚が麻痺して刺激を感じなくなってくる。
壁とか文字とか、一点をじーっと見てると、しろーくもやーっとしてくる感じがするじゃない。

あんなやつね。
音と光のミニマルな刺激で感覚の麻痺が起こるんだけど、シンクロの大将が絶妙なタイミングでズレを発生させてくるのだ。
すると、チカチカ感じる光が、マトリックスに見えたり、イナズマのようなスパークが見えたりするのよ。
思わず、おお、とか声が漏れる。
視聴覚への反復刺激の為なのかわからないけど、思ってもいないようなイメージがパっと浮かんだりもする。
突然、変な記憶にアクセスするんだろうか。

あと、空間なんかも感じるのだ。
視界を妨げるものが一切存在しない、だだっ広い空間に放り出されたような錯覚も感じる。

で、いつの間にか寝てたりする。
何時寝たのかとか、ぜんぜん分からん。

眠れない日とか、すごくいいかも。

これから寝苦しくなるので、エアコンつける代わりに、シンクロエナジャイザー。
みんな、買え。
電気代がかからなくて、地球環境の為になる。

エコだエコ。

だから、プリウスもシンクロエナジャイザーかけて運転するといい。
政府も購入資金を助成しろ。

俺「あ、すいません、シンクロエナジャイザー買ったんで、助成金の申請に来たんですけど・・・
窓口の小役人「あ、はい。ではあちらの2番の用紙をご記入ください。
俺「購入の目的・・? ネタ? 冗談? その他にマル付けておこう。


窓口の小役人「購入目的がエコロジーじゃないと、助成金は交付できないのですが・・
俺「え、そうなんですか。ちなみに俺は創価学会員です。
窓口の小役人「あ、すいません。すぐ申請しておきます。
俺「ダメだこりゃ 

ほわほわほあ  

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2009年07月23日

岩波の薄い奴

なんだ。

ガラクタ、ゴミクズだらけの著作物で、本当に読むに値する物はなんなのかと。
そりゃあ古典だろうと、ある程度評価の定まったご本でも読んでみようかと、そんな気になってきた年頃なわけ。

でも、古典っつっても、興味の無い分野にがっぷり組んで読み解いていくのもめんどくさい。
分量がすくなければ、何とかなるだろうということで、岩波文庫の薄い奴を買いあさってくる。

デカルト「方法序説」
ヘリゲル「日本の弓術」
ショウペンハウエル「自殺について」
同「読書について」

この辺は薄い。
本屋に行ったら見るといい。読む気になるぐらい薄いから。
脱獄するとき、体に巻きつけても防弾にならないぐらいペラペラだ。
たぶん、読むだけだったら3時間かからない。
ということで、帰りの電車の中で。「読書について」読みふける。

平易な言い回しで、捻じ曲がってなくて読みやすい。
が、文中、本を読むのは思考停止した奴がすることだーなんて、言われるもんだから、
何かヒントを貰おうとしていた俺は、ありゃあ、なんて肩透かしを食らったよう。

まあ、たしかに、読書ってのは他人の考えをなぞる訳なんで、自分で骨をおって考えることと違うわな。

でも、何もかも自分で考えることって、車輪の再発明みたいな無駄が生じるかもしれないけど、
本当に身について自分のものになって尊いのは自分で考えて見つけだことなんだってよ。

これは全面的に同意ですよ。
やっぱり、自分で何か掴み取るってことが、人生で一番大事なことだとおもう。
掴み取るものが過去何千回も繰り返されたことだとしても、俺にとっては初めてだから、いいのよ。

ショウペンハウエルはいい奴だ。
俺の考えと似ているからな。


なんだっけ。
なにか言いたいことがあって書き始めたんだが・・・・なんだっけなあ。

なんだっけ。

うん、あれだ、構造主義者。
レビストロースは構造主義者だってことだ。
こないだの文化人類学で出てきたレビストロース。
セルロースみたいな、消化の悪そうな名前のオッサン。

構造主義ってのは、周りの空気をよんで、それに従っちまうっていう感じよ。
俺たちが満員電車の中で大人しくしているのも、パチンコ屋のモーニングに行列するのも、構造にしたがっているからなんだって。

ははあ。
これは、今日新しく覚えたことだったので、書き留めておきたかったんだ。
ショウペン何某も、思いつきは忘れるから書き留めておけって言っているしな。

そうだそうだそうだった。
ナツメ社の図解雑学「構造主義」も買ったんだ。
だから、こんなことを言い始めたんだ。

なんか、お絵描きに流用したくて、いろんなご本を拾い読みしているんだけど、なんか、面白いですね。
いろんなことを考えてる奴らが多くって。
なんかよくわからないけど、すごそうで頭よさそうでカッコよさそうな、
読んでみたい本ってたくさんあるんだけど、俺がそれを理解できるかってなるとまた話が違ってくる。

というか、片手間で更々っと読めるような内容じゃない。
何言ってるかぜんぜんわからねえもの。

でも、なんか、じっくり読んで、なんとなく分かった感じになるのは、賢くなったようでとても楽しいもんですよ。
  

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朝活

精神も肉体もだらけ過ぎ。
お絵も眺めるばかりで、なんの進捗も無い。

ダメだダメだ。
心身に活力が足りない。
こういうときはどうすればいいのか、分かっている。

運動すれば良い。
体の中身が淀んでいるので、運動で心身をシェイクし、活性化させるのだ。
お手軽な運動は走ることなんだが、昼は暑いし夜はおばけが怖い。

だったら朝しかない。
メディアに乗せられるのも嫌だが、朝活ってやつをやるしかないのだ。
ちょっと前も朝に絵を描こうなんていってたけど、3日と持たずに止めてしまった。
絵を描くのは頭を使うので、寝起きでぼんやりをお絵描き脳にするコツがつかめなかったのだ。

ただ、走るだけなら何にも考えなくていいので、何とかなるべえ。

うん。
朝に何かやるのは理にかなっているよ。
軽く5キロぐらい走って汗を流し、脳に酸素を送り込めば、意識も明瞭になり、
その後の仕事にも実が入るってもんよ。

早起き運動が習慣化すれば、お絵描きの時間も作れるかもしれぬ。
俺は、なかば刑罰、労役として、お絵描きは続けなければならないのだ。
いつかなんかになるかも知れぬ期待、買わなければあたらない宝くじ、そんな気持ちでお絵描きを継続することに決めたからだ。  

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2009年07月22日

MMR

曇りで日食は見えず。
昼間はカレーを食う。
ムシムシして暑い。

本日は以上。

以下はボツ日記。
とっちらかったくだらなさをまとめ切れず無念。
後の自分への戒めの為に掲載。

* * *

曇りで日食が見えなかった。

つぎは26年後だそうだ。

俺の住宅ローンが終わる年に、太陽がおっ欠けて無くなってしまうのだ。

しかも俺の住んでいる北関東で。

日食・・・・住宅ローン・・・曇り空・・・北関東・・・

なんという符合・・・偶然にしてはでき過ぎている・・・・

これは一体なにを意味するのか。

* * *

恵比寿の駅ビルに入っている新宿中村屋でインドカレーを食う。

骨付きチキンがゴロゴロはいっていて、肉はとても柔らかい。
ルーもしょっぱすぎずに酸味が利いていて俺の好きな味だ。

しかし、1690円は高い。

いつも食っている、ハローランチ宅配弁当430円の4倍。

4倍・・?

よん・・・よんばい・・・

「よん」を「し」と発音すれば、しばい。

そうか。

しばい、つまりこれは「支配」と解釈できる。

つまり、隠された意味をまとめればこうだ。
「太陽失われし日恵比寿にて印度の食事より支配を見出す」・・・・か・・

・・・これは一体なにを意味するのか。

* * *

今日も蒸し暑い。

梅雨明けしたというのに、雨がジトジト降り注いでいる。

気象台の発表は嘘だったのだろうか。
事実、梅雨明けと今の天候は明らかに矛盾を含んでいる。
なぜ、観測技術がすすんだ現在、気象台が誤った発表をするのか。
もしや、何か重大な事を隠すために、嘘をついているのか?

隠す・・・隠す・・・俺は何かを隠すときに何をやる・・・
隠すものを見えなくする・・・そうだ!
覆い隠すんだよ!!

覆い隠す、それは太陽に対する月であり、日食を隔す雲なんだよ!!

我々には知らせてはいけない重大な秘密が!!
天体で!!
天空で!!
起こっていたのだ!!

隔された謎!!それは!

それは!!  

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2009年07月20日

Show me the wisdom of the world

ふーふふーふふふーん


「アストモスガス」ってしっているか。

俺は瞑想する為によくドライブするんだけど、お気に入りのドライブコースにこの、
「アストモスガス」の看板が立っているんだよ。

この看板を見るたびに、想起する事柄があるんだ。
明日灯す瓦斯、っていう駄洒落じゃなくて。

アスモデウス

アスモデウスを想い起こすのだ。

ムーの裏表紙に広告が載っていた件のアルファコイルを、確実に作動させるだけの出力をもって、堂々可視化しつつあるトウ骸骨周辺からギザギザのアルファ波をビンビンに発生させている俺の脳は、視覚から入力された文字の刺激を、水木しげる大センセイの絵に共感覚的変換処理をして、内面劇場1番スクリーンにビビットに投影するんですよ。

あー。

つまり、アストモスガスとアスモデウスって似ていますって事。

アスモデウスって、おどろおどろしい姿なんだが、
敬意を払い丁寧に応対すると、世界の叡智を教えてくれるんだぜ。

さすが悪魔だよ。
神のアガペで思考停止している狂信者とは心がけが違う。
悪魔は、自分で何とかしようと取り組んでいるから、
姿勢として共感できるので、俺は好きです。
なんでもかんでも神様に丸投げしているのは逃げているのと一緒です。

でもね、人間の力はあまりに小さい。
まともな神経なら、怖くて恐ろしくて、世界に直面できない。
気が付かないように自分を鈍感にさせて、首をすくめてやり過ごすしかないのです。
叡智を誇る悪魔なら、世界に立ち向かえるかもしれないけど、
結局あいつらも人間の被造物、アイドルに過ぎないんですよ。

信じることでしか、救済ってないのです。結局。
救われたいんだったら、信仰は必要だと想います。

信仰は簡単に見つからないですよ。
というか、簡単に見つけてはいけないです。

簡単に済ますなと、俺は声を大にしていいたい。
ユニクロでTシャツ買うのとは違うんだよ。

人間の心は一人ひとり違うから、オーダーメードで一人ひとりの原因に合わせた増毛法が必要なんです。

ここ、試験に出ますよ。

既成品で済ます奴は、リーブ21以下です。
舌足らずな物まねで何回でもいってやりますよ。

「おまえの所属している団体は、ハゲ隠しのかつら以下です。」

信仰するなってことじゃない。
もっとちゃんと吟味して、クオリティの高いヅラを被ってハゲを隠し通せってことだ。

な、生え際が見えないなんて、俺はズラだって宣伝しているようなものなんですよ。
だったら端から諦めて、ハゲ散らかった頭を晒しているほうがよっぽど誠実だ。

俺は、たぶん、信仰をもてない。
だから、俺はハゲ散らかして、無様に生きるのだ。

ハゲを、もとい、人生を、ありのまま生きるのだ。
それが、俺のハゲ殉教。

まあ、殉教してハゲの守護聖人になるのも、悪くないなあ。  

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2009年07月19日

文化人類学講義二日目

昨日のつづき。
今日も暑くてたまらねえ。

エアコンを使っている連中に、室外機が逆に付く呪いをかける。
俺の神はとても強いので必ず呪いは果たされる。

* * *

?家族とネットワーク

家族は社会や民族によって多様である。
婚姻の形態も多様。

イスラエルの農業コミュニティ キブツ

台湾の漢民族。
平等に相続し、親はこの家を順番に回る。

親に対するスタンス
フィードバッグ型
子の養育に対して、その子が親に対する扶養で応える。

リレー型
西洋に多い。
次世代に対してリソースを託す。


調査結果
自分の介護を誰にしてもらいたいか
>実の子(娘

長男の嫁に親の介護を負わせるのはおかしいのではないか?介護法


日本の家族について。

家紋がある日本は面白い。
イエの存在。
江戸時代の武家のスタイルがベース。

家長の権威
家格による本家分家
構成員は祖先と子孫、墓、位牌、家柄、家格、家名、家風など付随。
戸主に強力な権限
戸主の地位である家督の相続は長男。

本家分家は関東東北に多い。
農業による土地相続のため。
関西に少ない。広大な平野がある地形に由来する。

慶弔で本家、分家の包む額がちがったり。

新潟では「マキ」
遺骨を墓に入れるときに、ざざーっと撒く。
混ざるのはイヤだから墓を買った人もいる。

家族形態はずっと今のような形ではなかった。
法的な整備があった近代以前も振り返ってみる。
結婚式の披露宴の招待状。
民法的には何にも意味ないのに、何々家、何々家になる。

国家家族観
臣民は天皇の赤子である。

日常の家族観。
娘しかいないと婿養子がほしいとか。
形のないイエを重視している。
長男が継ぐとか。

末子相続
タイ。
末子の娘と同居するのが理想とされる。
利にはかなっている。

社会によって誰と住むかは違う。

・親族集団
擬制関係(義理の)

>出自集団
リネージ(特定の祖先まで系譜を明確
クラン(明確ではないが、伝承等で共通の祖先である。トーテムポール。
京都の北部、亀岡とかにもある。亀と鯉に遡れる。らしい。

キンドレッド
自己を起点として、父母双方の血縁を遡れる範囲
日本社会はおもにこっち。

女性の親族について
女性が決定権を持つ社会が少ないが、
女性が宗教的な力をもつことがある。
沖縄のオナリ信仰、女性が男性の兄弟を守る。
もののけ姫のカヤとか。

「縁」
ボランタリーアソシエーション(任意加入団体)
結社、「社縁」宗教団体、学校のサークル、NGO、趣味の会、等。
ヨーロッパに伝統がある。フリーメーソンとかも。

講。持ち回りで集まってもにゃもにゃ。
地蔵講とか。

華人、華僑系ネットワーク

華僑(中国に国籍を残している
華人(国籍はない、華僑の子孫とか

大航海時代、東南アジア

マレーシアの錫鉱山、プランテーション
労働力としての南部中国人(18世紀
だまされてつれてこられたクーリー

異境の地で同郷を助け合う
客家(はっか
福建
広東
潮州

北京官話で話し合う。

成功者を伝って、集住した。
チャイナタウン。公共サービスを自分たちで。
会館を作った。
次世代への文化の伝承も担う。

バンコクのチャイナタウン
医療調査した。
華人は書き残している。調査しやすい。

口承・口頭伝承ではない。
口承で神話、物語を伝える社会。

インドネシアが最初のフィールド。
暑い地域は紙に残すことが少ない。
ロンタル(貝葉
葉っぱにナイフで文字を刻む。
上から炭を擦り付ける。
しかし、劣化しやすい。
島諸部に伝わる。

華人の病院。有力者がチャイナタウンに作った。
漢方、脈診、無料で。針は感染の危険があるので最近は有料。
ラオス・ミャンマーの出稼ぎ者がきていたりする。

・宗族
同じ名字を持つ人たちの集まり。
金を出した人はデカデカとかかげ、役職に就く。


* * *
信仰と世界観

単系進化論
>科学が進めば宗教がなくなる。
そうではない。

日本人は無宗教といわれるが・・・・

無神論
慣習、習俗的に宗教儀式をやっている。
お宮参り、クリスマス、初詣・・
無神論ではない。無神論は超自然を全部否定する。
無宗教が適切か。

世界宗教
発祥地から世界へ伝播
教義の文章化、教団、教会
システマチック

民族宗教
ある特定の民族・文化に根ざす。


民俗宗教
民間宗教、民間信仰

※民族と民俗のちがい。
人類学は民族学

民俗は柳田国男が有名。
農林水産省の役人。庄家は少ない。農民(常民)を調査。
日本各地の文物を収集。民話、民具、民芸。
郷土資料を収集。フォークロア。
民俗学では、祭りの経緯を滔々と記録する。
民族学の場合は、背後にある意味や比較をする。
分析的である。


一神教
唯一絶対の神を信仰。
インドネシアの9割はイスラム教。
もっともムスリム人口が多い。
しかし、国教にはなっていない。
300年オランダの植民地。その後日本、そして独立。
日本配線後、日本人が独立戦争を戦った。
1950独立で、国教をなににするか?>イスラム教を国教にしなかった。
一万数千の島々、言語も民族も多様、さらに、東はパプアニューギニア。全然違う。
スハルトが収容された流刑地が国境にある。
土着の信仰がたくさんあった。
それに加えてイスラム教。
無理にイスラムを国教にしたら、全体の独立がうまくいかない懸念があった。

しかし、国是として、唯一神の信仰が決められた。
バリのヒンドゥーを登録できるように国に認めさせた。
内面の改宗。


多神教
日本は多神教。木はご神木になるし、水も火も神様。
山の神様。
バリでは・・
供え物を作る。暦にあった花とか。50種類〜200種類。
線香の煙と聖水で、朝、夕。

外来の神と土着の神
宗教の接触による変容。
中東のイスラムとインドネシアのイスラムは違う。
生活に合ったように変容している。
>中東の女性と東南アジアの女性の服装の違い。
>信教上の禁忌、酒は飲んでも飲まれなければよい。

仏教。
発祥の地、インドの仏教は少ない。
南方上座仏教(小乗仏教)
(スリランカ・タイ・ミャンマー・ラオス・カンボジア
出家をする。
自らが涅槃の境地にいくためには修行が必要である。
ストイック。

大乗仏教
(中国・朝鮮・日本
他力本願。
在家信者で出家無用。

タイのケース。
出家と在家の役割が分かれている。
在家>徳を積む(タン・ブン)善行で救われる>出家をしている人たちを支える。托鉢でもらったものを混ぜて食べる。
男性は結婚する前に一度は出家する。のが望ましい。
人によっては2週間。心を落ち着けて。
日々の生活でストレスがたまると、上司にいって出家をするケースもある。
女人禁制。バスとかでも、女性は僧を避ける。
僧は運賃無料。
携帯電話はさわっていい。坊主はハイテクOK??>問題にはなっているらしい。

カンボジア
クメールルージュでの虐殺で僧侶がいなくなった。
10年ほど前から、隣国タイに修行にいって坊主が戻ってきた。

新宗教
19世紀以降の宗教。
国家神道時代、弾圧されたケースも多々あった。
貧困、病気、争い事の救済をもっていた。

新新宗教
1970年以降。
個人の心の安寧。若者の入信が多い。

カルト

日本社会は特定の宗教に入ることを嫌う傾向。
敗戦の時の天皇を全面に出してきたところへの反発、反省?
新新宗教の脱会にまつわるトラブル。オウム事件の件。
それらが、特定の信仰への違和感となった。


単系進化論。もともとは人類学もそう思っていた。

タイラーの説。アニミズム。
様々なものに魂が宿るという考え>多神教>一神教
呪術>宗教>科学

今は否定されている。しかし、一部の人にその考えが残っている。

人類学の宗教のとらえ方。
デュルケム
神が人類を創造したのではなく、人類が生きるために、自らの力で神を創造した。

想定外の出来事に直面したときに、人間は答えを欲する。
その苦しみの中で、神を創造した。

宗教=文化的装置


日本の神仏
御霊信仰
菅原道真>憤死>怨霊>御霊>学問の神

野木神社
靖国神社
人を祭るという事で生じる問題。

日本の仏教では祖先、ご先祖様を供養し、自分の生活に災いが講じるのを防ごうとした。
曾祖父祖母ぐらいまでしかたどれない。
弔い上げとして、ご先祖という大きなグループに加わる。

柳田国男
「先祖の話」
ご先祖はどこにいるのかとヒアリングした。
農村、漁村。
農村では、山が見える。山の上の方にいるとイメージしているらしい。
五山の送り火(大文字焼き)先祖供養の一巻だったらしい。

お盆の迎え火。
宮崎市内ではやっている。あちこちに。
スーパーに木のスティックを売っている。

フォークロアの民俗学の人々が記録をたくさん残している。

世界観。
自分の位置づけ。
神話、方角、方位に意味を持たせていない。
北枕はいけないぐらい。

多くの地域が方角に意味をもたせている。
または、地形、季節、動物などに意味を。
食べ物、社会生活、目に見えない世界に意味付け、認識しているか、それが世界観、コスモロジー。

アイヌの世界観。
アイヌの神神と人間。
日本の先住民族。

アイヌの人々を虐げる。
かやのしげる、アイヌの代表として参議院議員として当選。
土人法を撤廃した。

どんな暮らしをしていたか。
神は人間と同じ姿で人間の生活圏に暮らす。
人々に頼られる神ほど、神同士でのステータスになる。

火の神はアペフチカムイ
火のお婆さん(人間に一番近い。

病気の神
幣の神

狩猟

イヨマンテ
母熊は解体。
小熊をかわいがって育て、1〜2年後にその後解体。
神の国に行った熊は、良くしてもらった事を言い触らす。
すると、神が村にきてくれる。

アイヌへの差別。
白鳥は観光でやっている。
先住民の文化を観光化させるのも反対がある。

鮭の捕獲が法で禁止された。
アイヌと漁協との対決。アイヌの人が鮭がとれない。
法は改正されたが、捕獲数を制限されたり。

* * *
?宗教と政治
ゴースト・ダンス
19世紀後半の北米インディアンの運動。
神の啓示で始まった。
死者が汽車に乗って帰ってきて、白人だけがいなくなる。
死者を呼ぶためにダンスをした。
アメリカ政府に弾圧された。

カーゴカルト
19世紀後半20世紀初頭メラネシア各地
啓示を受けた予言者。
火山や津波の後、白人はいなくなり、先祖の霊が食料や財を運んでくる。

政治運動にならず、あの世からの啓示という宗教運動になっている。
千年王国運動という事もある。

抑圧に対する宗教運動。

イリアンジャヤ/パプワニューギニア
マレー系とは人種が違う。

外見的な差別もある。政治の中心から離れていること、経済的、社会的にも抑圧されている。

インドネシアから独立運動で、カーゴカルト的な運動が頻発している。
啓示を受けた人が、イリアンジャヤが独立する日時を予言。
独立運動が大きくなる。
国旗もすでに予言されて制定されている。

ファンダメンタリズム(原理主義、根本主義)
元々キリスト教に使われていた。
1980年から活発
西欧的価値観への反発(イスラム

世俗化>宗教的なものを排除していくこと
世俗国家>政教分離した国家
トルコは政教分離した。

イスラムの人間の義務として、イスラム国家の建設がある。
軋轢が生まれる。しかし、急進的な動きは一部。
コーランに厳密、厳格にしたがう人々が、世俗化にたいして反発する。
それがテロ組織の基盤につながったりもする。

キリスト教もファンダメンタリストが見られる。
進化論の完全否定。創造論。
ハリーポッターなどは上映を許されない。

ファンダメンタリストの幅がある。
どこまで厳格に守るかで、グループが分かれている。
数年前フランスで問題になった。

ムスリムの女性のかぶりものを禁止する議案がでた。
学校は政教分離の場所なので、ヘジャブをするな。
>じゃあ、クロスのネックレスはどうなんだこのやろう。

背景には、北アフリカの旧植民地の出稼ぎ者の子弟。
ヘジャブの着用が民族のアイデンティティを確認。
禁止されると、子弟は社会に対しての疑心を抱いてしまう。
ヨーロッパは植民地政策をとっていたため、植民地出身の出稼ぎ労働者が多い。

* * *
?呪術

フィールドワークで出会った事例など。
世界観が見直にある社会。最初のフィールドはバリ島。

シャーマン・シャーマニズム

トランス(変性意識状態)

・ヒョウイ型
・脱魂型

呪術は多くの地域で見られる。

シベリアツングース系のシャーマンは
銅鑼や太鼓でトランスに入る。

静かにトランス状態になるタイプも。

シャーマンは霊的存在に選ばれる。
夢枕で指名、霊に連れ去られ、シャーマン教育を施されたり。
白羽の矢をたてられる。

自発的には苦行でなったりもする。

イタコは憑依型。
ユタも憑依型。

クライアント(相談者)の依頼で、トランス状態でお告げを。

インドネシアで開発協力をしているグループで話した。
通信社の記者が、トランス状態になる事を目的としてグループに参加している。
インドネシアのパワースポットに行くために聴講にきたとか。(頭がおかしい

巫病(ふびょう
シャーマンになった人がかかる体調不良。
原因不明。しかたなく病気を受け入れると、元気になる。
霊がよりしろとしての体を作り替えるからだ。
通過儀礼もここに組み込まれる。
多くの社会で見られる宗教的現象。

呪術。
善悪かかわらず、超自然の力を借りて様々な現象を起こそうとする事。

類感呪術
木の枝を背負って子宝祈願。わら人形も。
身代わりとしての雛人形。

感染呪術
ある物の一部、かつて接触していたものが本体から離れても本体への影響力をもつ。
切った爪、髪の毛。
呪術が日常的な社会では、爪も髪もこっそり捨てる。

妖術
意図的ではない。
中東の邪視、日本の憑き物
妖術師の告発は、お互いの緊張関係に密接している。
儀礼によって妖術払いをし、コミュニティの中で緊張を表面化させる。

呪術研究はアフリカに資料が多い。


邪術
意図的、呪文や呪薬をつかう。

アフリカの場合。
呪術には呪術で返す。対抗する。
カウンターマジック。

東南アジア。
カウンターマジックをしない。
かけられっぱなし。
なぜ?悪い行為は輪廻転生の条件が悪くなる。

人類学の呪術へのまなざし。
真偽はどうでもいい。
社会や個人での意味や背景、機能を論じる。

マリノフスキー
遠洋にでるクラ交易前に呪術をする。>心理的恐怖をとりのぞく。

ナヴァホインディアン社会
クラックホーン
社会秩序を破壊せず、個個人のストレスを解消する役割。

呪術が盛んな地域は、公的な司法制度が整っていない。
法的機能の補助。
社会的制裁の機能をもっているんじゃないか。

スリランカでは孤独な人に呪術がやってくる。
女の子が呪いに。家族が呪術師に相談に行く。
村に行く。儀礼の最初はお楽しみ。
踊りや漫才。
夜半は下ネタオンパレード。
女の子が笑うと、呪術師がなおったか?と問いかける。
直ったと公言させることで、元気にさせる。

* * *
バリ。

土着信仰とヒンドゥー教混在。
呪術師はバリアン。
失せ物探し、暦読み、護符、病治、天候操作、信託、出産の介助。

ウサダ。
椰子の葉っぱの文書。
サンスクリット系の文字で書かれている。
徒弟制系の呪術師
周辺的参加>学校教育とは違う学習
OJT、みて覚えろってことだ。

70年代〜80年代の呪術合戦(笑)
バイクで走っていたら突然海になる。(酔っぱらってる)
突然サルがおそってくる。
悪さで有名な爺呪術師。

力が強い呪術師


スカラ世界>フィジカルな世界
ニスカラ世界>不可視な世界>
神々、
祖先、
四人の兄弟・姉妹>守護霊のようなもの
胎盤を四人の兄弟姉妹のシンボルにする。
素焼きの壷に入れて持ってかえって埋めて儀礼を行う。
折々で気にかけておかないと、兄弟が怒る。

地霊
悪霊

マンク>寺院の司祭
ウォン・サマール>見えない人>人に似ているけど、鼻の下の筋がない存在。髪の色がファンキー。悪さをする。
ピチャ>能力、力


グナ・グナ>ラブマジック。
フィールドで、女子高生がヒステリー。
呪術師に頼んでも効果がない。
小さい子がやってきて石をわたす。
少しづつ、回復。子供が言い残す。
蛇がでても殺さないでと頼む。
女子高生は直った。
振った男の母親が呪術をかけたらしい。

お茶やコーヒーを出されたら、眺めろ。
自分の姿が映らないと呪術が仕込んである。

呪術を勉強すると、試してみたくなる。


バリの通過儀礼。
犬歯を削る。
削歯儀礼
人間の中の獣性、野生を排除しなければならない。
歯を削ることで、人間になる。
成人せずに死んだ遺体にも、歯にヤスリを当てる。
分離、統合の構図。

歯を削っている間は、呪術にかかりやすい。
歯を削っている間は、足をしっかり押さえておく。
足から呪術が入り込むから。

台所の番をする。
悪さは食べ物に呪物を入れにくる。

呪術師はニスカラの世界と交信する能力をもつ。

* * *
?文化と身体

観光客に見せていい儀礼と見せてはいけない儀礼。

文化人類学の下位領域として医療人類学がある。
伝統的な民俗医学
現代医学

ランニングアモック>精神医学と人類学の共同研究。
第二次世界大戦以降の国際的公衆衛生運動>受け入れられないことがあった。

医療人類学はなにをするのか。
疾病の観念
中国医学>東洋医学
ツボ・気の流れ>中国医学の身体観。気の流れを経絡という。
解剖学に基づいているわけではない。
観念的な身体と解剖的な身体は違う。

日本の東洋医学はアレンジされている。
中国針は太い。日本の針は細い。
中国はズンと響く感触がないと、ツボに届かず利かないという。
日本は、その直前で止めるのがよしとされる。
日本の針は鍼管をつかう。痛みの直前で止める。
中国医学と東洋医学で、痛みの解釈の違いがある。

中高年はみんな更年期障害だという。
更年期障害は日本的だ。
欧米の中高年の場合は症状ごとに考え、括らない。

共働きの人は更年期障害が少なかった。
子供の独立と重なっていたり。
精神的肉体的な不調を全部更年期障害とする。

肩こりを英語で表現する。
背中が痛い。背中が張っているという。
肩が凝るという言い方はない。

病期観、身体観が異なっていると、対処法も変わる。
それを調べるのが医療人類学。

身体観は文化によって異なっている。
エドワードフォール「かくれた次元」
パーソナルスペースなどの身体の使い方、意味付けは文化的で多様。

からだ言葉

左右の身体観
右が男で左が女(脳溢血で麻痺がでるとされる。

高低の身体観
チャングムでみた。
日本の場合は位の高い人が上、でも、チャングムは逆。

タイの反政府デモ。国王は長いすに座っている。
その両脇で横座りしているデモ首謀者と首相。

タイ皇太子帰国事件。新幹線の中でSPが立っていたから腹を立てた??

熱い・冷たい身体観。
観念的な熱い冷たい。
インドネシア食べ物によって熱い冷たいがある。
バランスよく食べないとよくない。ジャムゥという民間伝承薬でバランスをとる。
大正漢方胃腸薬を溶かしたような色。売りにくる。
わりあい日常的にのむ。

熱い人ってのは好ましくない意味で使われる。


病気の概念について。

疾病(disease
近代医療の枠組みの中で定義される状態

病(illness
普段の生活の中で考えられる病的な状態。

分ける。

糖尿病
生来の性質なのに、贅沢病といういわれのないレッテルを貼られる。

社会によって身体観が異なる。
バリ。

スカラ(目に見える
ニスカラ(目に見えない

病気にかかったとき、どっちだろうと考える。
スカラの病気は医者へ、ニスカラの病気は呪術師へ

スカラ=疾病
ニスカラ=病

託宣をもらい、医者か呪術師か決める。
あるいは、最初はスカラにいく。もしくは両方いってみる。
保健医療行動。

バリのおもしろい理由。
世界観がみんなに共有されている。
医者も呪術師にいけと指導する。
呪術師も保健医療センターの連中と連携して、
下痢や発熱については医者にいくように指示をしろ。
案外、うまくいっている。

医者に呪術師を紹介してもらった。
医者にも変なのがいる。バリの赤髭先生。
毎日何百人も診察する。どうするか?
4〜5人まとめて診察する。
患者のリアクションを利いて、ボトルの錠剤をガラーッと机にあけて、口頭で注意するだけ。
案外直る。
ニスカラの領域にも関わる。
夢に女神が現れて、三冊の本を読みきかされた。
すべてが書かれてあった。
呪術に対しては対応。祖先からのは、呪術師に振る。
で、医師会から退会させられた。
朝、夕方診察している。

貧しい人からは金を取らない。
実際治る。

変わっている地域。

バリの国立大学の学部長。
医学部でも世界観を認め、講義に取り込んでいる。


病人役割

患者役割

ホリスティックな存在としての人間
人間を全体的にとらえる。

川越のオビツサンケイ病院。
ガン患者が多い。
武道場で気孔、漢方、全局面からアプローチ。
なにがきくかわからないので何でもやってみなさい。

伝統医療は身体のイメージを伝えやすい。
医者への言いたりなさ。

最近インターネットを通じて、共同サポートをするグループができたり、断酒会とか。

儀礼によって症状を表面化し、問題を解決する。>病苦共同体

病因論
どういうことで病気になるのか説明する体系。

パーソナリスティックな医療体系。
超自然な存在、非人間的存在(霊

ナチュラリスティックな医療体系。
非人格的な体系用語で説明される。熱、冷、体液、陰陽

バリの病と癒し
医療政策にみる伝統医療

WHOの医療支援が成果を上げない。
現地の文脈に沿った入り方が必要。
中近東での女性への医療行為。
男性ドクターでは無理がある。

医療は難しい領域であり、文脈として伝統医療の再評価が行われた。
現代医療側からの無碍な切り捨て、批判を受けずに、一定の役割を得ている。

治療の評価
チョチョッ cocok 合う/合わない

チョチョッがあうまで呪術師をさがす。

農村部の人たちの方が、保健所に行ったりする。
都会の人々の方が、ニスカラにアクセスしたがる。
呪術師も都会の方が多い。

医療人類学的にしらべると、伝統医療がどう活用されているかわかる。

* * *
質疑

精神医学の時代の変遷
狐付きが起きたときの対処。
呪術的な医療が失われた地域での対処。

青森の下北半島恐山
バリアン、イタコの相談会。
国はどう思っているのか?

国の規制はないが、医療行為をおこなうと処罰の対象になる。
石見銀山で東洋医学と温泉の関係  

Posted by mimikurin at 18:11Comments(2)TrackBack(0)

2009年07月18日

文化人類学講義一日目

放送大学のスク。
家にいてもあちぃので好都合。

科目は文化人類学。
ポメラでノートをとる。

* * *

8回講義 2回まで欠席はレポートで補われる。

出席とレポートの提出で単位認定。

文字数下限上限なし。
重要視しているのは、物の見方である。
違った側面からみる見方を、講義の中で身につけてほしい。
自己のテーマを見つける。

「テーマの発見」

文化人類学は何でもあり。

個々の「フィールド」で話を進めていく。入門書はわかりにくい。

いくつかあるうちで
医学書院の「文化人類学カレッジ版」を使う。


第一回
人間と文化

第二回
個のライフサイクルに対するする人類学の視点

第三回
性と生殖

第四回
家族とネットワーク

第五回
信仰と世界観

宗教、呪術[インドネシア]

身体




* * *
台所からのアプローチ
他者を通して人間とはなにか、

人間とは、全体的な存在である。
医学的にいえば、生物的にとらえられるがそれだけではない。
人間とはいろいろな意味の中で生きている。


文化の概念とは。

食べ物が専門の人もいる。
食に影響する人間関係社会関係
酒に関する
ナンの違い、小麦粉文化圏、副菜によってモッチリかパリパリが違う。

昆虫食
イナゴの常食
・生活に必要な栄養素、タンパク源
・嗜好食

二つに分かれる。

・生態人類学(人類学の下位領域)
>環境への適応を研究
狩猟採集、まだ30ぐらいの民族がいる。
実際になにを食べているのか、どのように分配されているのか。
成果として、昆虫食の意義、意味、の発見。
オセアニア、パプワニューギニア、砂糖椰子の根っこにつく芋虫は旨い。>嗜好食(生食、炒め食)

・服
>民族衣装の装飾、その意味、形、儀礼で差異。

その他、政治、宗教、経済・・・・


たとえば・・・
狩猟採集にかける時間は5時間ぐらい。
男性は獲物をとる。女性は植物採取、かなり、効率がいい。

余暇を楽しんでいる。
一回の狩猟で2〜3日で食べ物をとる。
豊かな社会。

>あたりまえの見直し。

・医療人類学(講師の専門分野)
現代医療をイメージするが、社会によっていろいろある。

多様な形、仕組み、あるいはなにを病気と見なすのか。

Ex.文化結合症候群(文化依存症候群)
精神科医の診断マニュアル第4版による。

文化民族に特定の症状があるのではないか?
文化民族が持っている観念に密接に結びついた精神疾患。

マレー半島に「アモック(amok)」精神錯乱
なにか人前で侮辱されると、その場では表さない。
なにかの拍子に、侮辱者に対して復讐する。
ランニングアモック(ナイフを持って走ってくる)

日本の文化結合症候群
対人恐怖症(アメリカでの精神医学会でいわれる)
他人から特別視されることを嫌う指向性をもった文化から発生???

ありとあらゆる物が範囲にはいる。

映像の取り方をどう理解するか。
ドナルドダックの水兵服は第二次大戦に由来。
宮崎駿も人類学的にみると、いろいろなメッセージがある。(どんな?

アメリカの進化論否定
聖書が史実であるという社会では、進化論は教えられない。

教育も、文化人類学のテリトリーになる。
雑多である。


比較的みじかな問題から取り上げたい。


・文化
文化という言葉の定義は広範で扱いにくい。

Ex.プリント

つまり、人間の営みを相対的にとらえる。
文化人類学の上位概念

形質人類学・自然人類学
未開社会で身体測定(最近はやらない)
種のグループ調査、血液サンプル、急性マラリア頻発地域の死亡例調査>鎌形赤血球の件

頭髪の質、縮れ毛は灼熱地域での断熱のため。
モウコ斑は幼児虐待?

サル学(京都大学霊長類研究所)
人とサルの違いを研究
>最終的には文化?
では、文化の境目とはなにか?どこか?

人間は人として生まれてくるが、その後なにになるのかというのは、後天的な学習である。

後天的な学習とはなんなのか。
Ex.葬式の振る舞いを見取って学ぶ子供
   人との距離感、初めて挨拶する距離感

包括し、「文化」と。

経済学、政治学など、ピースを集めて関係性を見いだしてくのが、文化人類学の仕事。

文化とは、象徴、シンボルの体系。
言語的なもの、非言語的なもの。
意味を付与しているものの違い。
Ex.葬式の写真の黒いリボン。我々の文化では遺影
   黒が死を意味しない文化もある。

   夫婦茶碗 大きい方は夫の物、小さい方は妻

ケニアの人から手編みのセーターをもらった。
大きい方にかわいいビーズがついていた。
ケニアでは女の方が大きい。

意味の付与。
絵や図に与えられた意味。

女性の美しさ、アフリカの文化ではデブのほうがよい。
身体へ付与される意味。


・人類学のルーツ
ヨーロッパによる異文化の発見。
大航海時代に台頭。

一方的な発見。

アームチェア アンソロポロジスト
揺り椅子人類学

未開と文明の対比、二分法
これは反省が必要だ。
キリスト教的な使命感から未開への進出。
しかし、未開という観念がラベリングである。

アメリカ先住民に対する「発見」

インディアン×
ネイティブ・アメリカン○

黒人
ブラック×
アフリカン・アメリカン○

反省をふまえ、言葉の言い換えが行われた。

同時期の学問として影響があったのは「進化論」
文明、文化は直進的に進化していくと考えられた。

未開も進化すると、いずれ、ヨーロッパのような社会になる。
未開社会は、文明社会の前提だった?
>単系進化論

土人を都会につれてきてびっくりさせる。
それは根底に上のような考えがある。

環境に適応しただけで、文化に優劣はない。=文化相対主義

対する概念として、自文化中心主義

人類学では、バイアス抜きにきちんとみていこうとする。

しかし、実際は難しい。
フィールドワークでは修行である。
自分の枠組みを取り外して、実際をみるのが、人類学の中心である。

* * *
2時間目

優劣ではなく、どういう価値観なのかを肝に銘じて研究する。

負の歴史としての人類の優劣研究。

マリノフスキー
安楽椅子の人類学者ではない。
現地語の習得しフィールドワークを重視
いわば、短期間で赤子から大人までの学習を行う。

インドネシアは左手が不浄の手。
トイレでは左手で洗う。

モルガン。
ニューヨークで弁護士。
ネイティブアメリカンが、石油会社に土地をとられそうになる。
裁判で弁護をする。
酋長と義兄弟になり、最終的には勝訴する。

村よって呼び名が違う。
呼称のちがい。原始乱婚制の為だ。

講師がいたフィールドでは、従兄弟の呼び方。
血縁が無くても、「兄」「姉」とつかう。
呼称が親族関係を表しているわけではない。

現地の人とともに暮らしながら、社会を調査する。フィールドワーク。

推理小説のように、すこしの手がかり、
ピースから全体像を解明するような。

信頼関係がないと、人類学は成立しない。

とにかくうろうろする。
男性は警戒される。
未婚女性は社会にとって財産である。

村の入り方。
キーパースンに最初にコンタクトして入る。
役人や有力者、村長に挨拶。

見慣れると、なにしにきたかと、接触できる。
うろうろしている間に言葉も覚える。
だいたい5ヶ月ごろからやり取りができてくる。
ようやく話ができて
人間は「知っていること」しか見えない。
想定外の物は見過ごされてしまう。

人類学は年を重ねた人の方が醍醐味を味わえるんではないか。
20代の頃は、子供、出産のこと、女性の悩みもなかった。
今行くと、そういう話が聞ける。
みたときに鈍なことが行われているかよくわかる。

短大、大学生にはなすよりも、放送大学の方が楽しい。
年齢層が分厚いので、でてくるレポートがおもしろいからだ。

マリノフスキーの報告。

「西太平洋の遠洋航海者」

トロブリアンド諸島でおこなわれる「クラ」という交易。
植物の首飾りと貝の腕輪が一定の男性パートナー同士で交換される。
一方は時計回り、もう一方は反時計回り。
交易のためにカヌーをつくり、貝の腕輪と首飾りを交換し続ける。
きたらすぐに交換する。
危険の分だけ、物語が付与される。それが価値があり、重要なのだ。
風だけを頼りに、命がけで交換し続ける。
しかし、ため込まない。
男たちの危険、行為そのものに重要な価値がある。

(これ、かっこいいな。)


社会にとって意味が付与されること、それが重要だとマリノフスキーは言及している。


他者理解をしようとすると、最終的に自分のことを考えている。
他者を通して自分を知るのが人類学の神髄であると区ラックホーンはいっている。

狩猟採集の村がなくなった。
現地民とのトラブル。
研究が頓挫することもある。

雲南省の少数民族の調査。
村になかなか入れてもらえない。
村の境に鳥居のような柵から入れてもらえない。
入れてもらえるようになったが、中には住めない。

人類学的なスタンス、それを見つけてほしい。
概論おわり。


* * *

レポートの締め切りについて
8月5日(水)着
提出場所は埼玉学習センターの事務

* * *
人生と時間

通過儀礼を中心にはなす。


儀礼的行動
イチローのバッターボックスでの振る舞い。
社会学的にいえば儀礼とも呼べる。

儀礼
明確な目的がある。

琵琶湖の祭りで、御輿を浜に下ろし、清める。
ご神体を浄化し、社に戻す。
目に見えない観念的な伝達。

社会的心理的な葛藤、矛盾を表現する。
村どうしの綱引き、村の領域が変わる。
儀礼によって葛藤を昇華する。

リオのカーニバル(社会心理的な)
貧富の格差が大きい。カーニバル期間は社会的な立場をなくし、祭りに参加することでフラストレーションを解消する役割を果たしていると言われている。

儀礼は、参加者への社会的役割、アイデンティティ、連帯感を与える。

ふだんの生活の中では登場しないが、祭にかんしては、長老、若者、という言葉がでてくる。
若者としてカテゴライズされて、若者の役割を果たす。
長老は年の順で、長老の役割を果たす。

長老=「もちくい衆」
若者に厳しい


・儀礼の分類
人生儀礼・通過儀礼
年周儀礼(盆踊り、誕生日?
危機儀礼(雨乞い・傷病快癒

なかば年周化しているが、
雨季と乾季の狭間に病気が蔓延しやすいときに行われていた。
病気を運ぶとされる物のご機嫌をとる。

呪術。
依頼者がいて、呪う。
社会としては人間関係が緊張する。
そういうときのコミュニティ全体の治療儀礼を行うことで、両者の軋轢を解消する。
危機儀礼の一例。


通過儀礼。
アーノルドが本を書いた。

世界中の儀礼が類似の構造をもつ。
社会的な境界を通過する。
ケガレ・タブー・危険と結びつけられる。
日常の場から隔離される。

エドモンド節目や境は危険なものだ。

暦。
暦を使わない生活。
イスラム暦、365日以外の暦。

210日を一年とする暦。
すべての日に名前が付いている。

近代教育を受けた人は、2つの暦で生きている。
あるフィールドでは何回誕生日がきたかは重要ではない。
区切りがいい。

物事を秩序づけていく。
春は何月から何月までだ。


アンダマン諸島
タライの季節とビリクの季節の移行期
ミキルの季節は危険だ。

逢魔時に魔物がやってくる。
安倍晴明とか。

曖昧などっちつかずのものは、タブーやケガレに結びつく。

子供が産まれたときは7日間漁、猟をするな。
誕生はケガレに結びつく。それは、さまざまな社会で結びつけられている。

エドモンドリーチ。

ある社会では、生まれたばかりの子供は人間と認識されていない。
7つまでの子供は、あの世の存在として認識されていた。

フィールドでは、うまれて七ヶ月である儀礼が。
椰子の実を赤子と同じ格好をさせる。
司祭に祝福してもらう。
その後、山や海に流す。

実際の赤子を人間として受け入れたと神に報告する。
椰子の実はその代償である。

赤子の足を地面につけるのをいやがる。
汚れたところに足を着けてはならない。

赤子は死に近く、あいまいな存在。
儀礼によって、節目を越えて人間として受け入れる。

お宮参りも、もともとそういう意味があった。
儀礼の形骸化があるが。

出産、誕生とは曖昧だ。

うぶごや、うぶや
別の場所、離れで出産させられる。

ご飯や火も別、出入りするのも分けられる。
21日間(秋田)

日常から切り離される。

死とも密接につながりがある。
喪中。年賀状を出さない。
喪中によって、社会的義務から一定の時間解放される。
喪主になっても会社もやすめん。

今の社会の大変なところだ。

死は難しい。
どの段階を死とするのか、最近は脳死法案が通ったが・・・

区別のないところに節目を作っていく。
節目、境界はケガレや危険をはらんでいる。

* * *
3時間目

現在以前の死の定義とは。

儀礼を行うことで、肉体が滅びていくことで実感。
身体の腐敗が死の認識。
土葬で竹筒をさしておく。

バリの事例。
二重葬 
葬送儀礼


過去帳を遡り、いろいろなことがわかる。
墓に入れる人、入れない人、社会関係の解明。
ペットの死、墓。

お墓が面白い地域。

両墓制> 埋め墓
   > まいり墓

座棺で埋める。
遺体に重きを置かない。

埋め墓から最後にでた人は死者に足を引っ張られる。
日本のケース。


バリの二重葬

まず、土葬。つぎに火葬。
インターバルはバラバラ。
儀礼にはお金と人手がかかる。

火葬され忘れが発生するケースもある。

魂の浄化が目的。
魂の生まれ変わりが信じられている。

火葬の灰を海に撒く。
次に山に行く。
屋敷寺の中のほこらに入って、祖霊となる。
死者であって祖霊じゃない段階は怖がられている。
儀礼を行わないと、災いをもたらす。

便乗火葬という道がある。

土葬と火葬の間は魔女ランダ。

儀礼には構造がある。

分離(あの世からくる赤子)

過渡・移行(

統合(人間社会へ向かい入れる)


成人儀礼
バンジージャンプ
男の子が男になるという儀礼が顕著である。

男の子供が連れ去られ、森の中の建物で寝泊まりする。
隔離された空間で、長老や男から神話を聞かされたり、理不尽なことをされる。
身体的に傷を付けられる。
戻ると、母親に贈り物をする。

女性制との決別という意味がある。
一人前の男になる。

移行期間は理不尽な扱いを受ける。
非日常の経験。

同じ釜の飯を食うことで、共同体運営の基盤となる。
新入社員研修、大学のオリエンテーションも同じ意味がある。

結婚式。
帰属の変更。

過渡期、移行期に注目。
ヴィクター・ターナー

境界性(リミナリティ)
社会的地位に無関係に、共通の体験から

モラトリアム
子供のくくりは違う。

子供という概念はどこからでてきたのだ。
子供は小さな人間である。
そういう考え方はヨーロッパになかった。
半人前の大人。

教育、学校というシステムができたことで、教育をうける権利がある存在としてとらえられるようになった。
ヨーロッパでも子供というのはつい最近の概念である。

ヤマギシ。
農業生活コミュニティ。
三重県に本部がある。
なぜ、ニュースになるのが。
そこでは、そこにあつまったひとは農業を基本に営む。
子供たちもできることはやるべきである。
朝飯前の仕事、学校教育の時間帯とズレ、朝飯を食う時間がなかったり、授業中にねむったりする。

ヤマギシへの抗議。
しかし、農業が重きを置いているので、生活スタイルにたいする批判は受け入れられない。

学校教育側の論理、子供像とヤマギシの子供像のズレ。


老人とは。
65歳割引。
社会的な区切りと、自己定義のズレ。

儀礼と自覚のズレ。

人間はどのカテゴリーにいるのか。
とても気にされる。不安の要因でもある。
それは、どの社会でも見られる。
ゆえに、節目と労力をつかった儀礼を行い、カテゴリーを変える。

現在は気迫である。社会と個人のつながりが多様になっている現在は儀礼でくくることは難しい。

* * *
つくばは七五三が盛況だ。
大人の社会観系を如実に表す。
なぜつくばは盛大に七五三を行うんだろうか。

* * *
レポートについて

テーマを発見して、今までと違う見方を展開してほしい。

?テーマの発見
?書く

参考文献参照のこと。
引用の仕方等ゴニョゴニョ

* * *
性と生殖
ジェンダーとは、セックスの区別の上に、それぞれの社会が文化的に設定している男女の差異。

マーガレットミード
少女の思春期を研究。
アメリカにおける思春期、サモアにおける思春期。

ニューギニアの民族の差異も研究。

男らしさ、女らしさは生得のものではなく、文化的に後天的に形成されるものだ。

性行動の多様性も文化によって差異がある。

フィールドはセネガルにいっていた。
上半身はみえてもいいが、足は見せてはいけない。
社会によって隠す場所が違う。

インドネシア・トラジャ社会。戦いを放棄?もしくは何らかの理由で、男は、女性の服を着て、子供からお母さん、おばさんと呼ばれる。

またある部族では、オカマは村の中での潤滑になっている。
タイではオカマも多い。
カミングアウト後はあっけらかんとしている。
親もオカマを受け入れるハードルが低い。社会も許容的である。
日本との差異。

民族生殖理論
セックスと妊娠の因果関係を見いださない。

漢民族の父系社会
骨は父、肉は母。
墓は骨を納め、永続する。肉は一時のものである。

日本の遺骨収集は珍しい。
遺骨を持ち帰らないと浮かばれないという考え方。
航空事故が海外で起きたとき、日本人は遺骨を持って帰りたがる。他の地域の人は、そんなに頓着しない。

日本軍は戦線が始まったときは、遺族へ骨を持っていった。
後半はままならなくても、石や砂をいれて返した。

* * *
四時間目

誰が親なのか


ジェニター
実際性交したと見なされる男性

ペイター
養育義務と権利をもつ男性


ジェネトリックス
遺伝的形質を提供した女性

メイター
養育義務と権利をもつ女性

スーダンのヌアーの親子関係

先進諸国での生殖医療
配偶者間の人工授精(倫理的な問題は少ない。
非配偶者間の人工授精(これは賛否あり。

精子提供者の匿名性、子供自身の出自を知る権利。
自分の遺伝的親を知る権利がある。

アメリカの男性。
自分のルーツを知りたいと考えた。
自分の子供が、異母兄弟と婚姻をむすぶこともある。
遺伝子のリスクを知る権利がある。

出自を知る権利。
法的な対応が日本では未整備。

匿名性は項目から排除された。
そのことで懸念されたのは精子提供者の減少。
15歳になったら、自分の遺伝的親を知ることができるようになった。


誰が人工授精を利用できるのか。
既婚の男女。

同性愛者、独身の男女、そういった人々が生殖技術を利用する権利があるのか。
国家はどこまで介入できるのか。

非配偶者間人工授精は結構な数が行われている。
相当な数だ。

体外受精。
凍結した精子、卵子で子供を作れる。
離婚した男女間の生殖。胚の処遇。

これは社会によって違う。
生命とは。

代理母の種別

サロゲート・マザー
卵子の提供。

ホスト・マザー
子宮の提供のみ。
高田、向井ケース。
第三世界の女性をつかった生命のビジネス化の懸念。
お金の流れの不透明性。

東欧諸国、韓国。
実際はホストマザーに朝鮮族をつかっている?

黙って手続きすれば実子となる。
無規制な第三諸国でのビジネス化。
グレー。

* * *

家族とネットワーク

家族を定義できない。
例外がたくさんある。

婚姻も定義ができない。

一夫多妻制
インドネシアは四人まで。
第一夫人の許可が必要。

女性同士の軋轢、力関係が難しい。

一妻多夫。中央アジア。
交易や放牧で不在がちな場合。レアケース。

通い婚
西日本の事例。

インセストタブーの範囲も文化によって違う。

スウェーデンのサンボ(一緒に住む)
財産分与が法的な婚姻関係にある男女と違う。

婚姻関係は帰属の変更を伴う。
出生集団と婚入集団。
橋渡し。政治的連携。


漢民族の冥婚。
帰属を変更する前に死んだ女性は成仏できないという考え。
ホラー映画などに。

肉体が滅んでいる過程のがでてくるのが、アメリカ人は怖いらしい。
キリスト教的世界観では、死者は復活する。中途半端に肉体が崩れた状態で墓からよみがえるのがとても怖いらしい。
エンバーミングの技術。
どこで怖いのか、ぞっとするのか、文化によって違う。

山形でも、結婚せずに死んだ子供に絵札?の配偶者をあてがう。

婚姻に伴う財の交換。
インドなど。持参財目当ての結婚。暴力や虐待。

名古屋の嫁入りは持参財が多い。
京都でみた。
名古屋ナンバーのトラック。アクリル板で花嫁道具が丸見え。

愛知県の知多半島。
一階に和室がある。
娘がでていくための部屋をつくって、普段は使われない。
近所を練り歩いた後に、離れた場所のタクシーに乗って式場へ。

地域によって多様。面白い。

* * *

家族の諸タイプ。
ジョージマードック>核家族普遍説。
しかし、核家族は普遍的ではないとわかっている。

核家族
直系家族
合同家族
複婚家族

親子関係は一見自明に見えるが、様々である。

カナダ北西部のヘヤー・インディアンの事例
家族の同居観念の欠如。子供は育てられるものが育てる。
厳しい自然にいきるため、幼少から自分で判断できるように求められ、独立心を養うよう育てられる。

母性、父性、生来のものではないのではないか?
後天的なものじゃないのか。

母性と父性の議論は現在活発に行われている。

* * *

キブツ イスラエルの農業共同体

子供は子供の家で暮らし、食事や洗濯を共同で行う。
家族を否定した試み。  

Posted by mimikurin at 19:05Comments(2)TrackBack(0) 放送大学 

2009年07月15日

朝のポメラから転載

さて。
会社行きの電車の中でテクストを書いている。

なんか、今日はグリーンに乗ってみた。
本当はそんな無駄遣いをしてはいけないのだが、
ちょっとだけ罪悪感を感じながら、ポメラを打っている。

最近、運動不足で体重が増えてきた。
これはまずい。
すぐにでも運動を再開してリカバーせにゃならぬ。

最近頭がどんよりとしているのは、腹が満たされて、
余分なカロリーが脂肪となって蓄積しているからだ。

なんとか、コンディションを整えたい。

だって、11月の個展では、主催者としてゲストを歓待しなければならないからだ。
自己管理ができている風体を示さねば、今後の活動にも影響が出てくる。

だって、ぶよぶよとたるんだ肉体では、いまいちシリアスさが演出できないじゃないか。
割りとマジでガチでやっているところをアピールするためにも、
体は絞っておかねばならない。
肉体と精神ってのは大いに関係ありますよ。
だから、ストイックに追い込むぞ。

さあ、個展の内容だが、ここらでもう一度整理しておこう。

描かれるモノは観念と物質の狭間の特性を持つ軍楽隊である。
人間の事情を無視して、人間の営みを破壊する軍楽隊。

天災に近いのかもしれないが、自然に逆らう性質も持っている。
天災はあくまでも物理の法則に従って振る舞うわけだが、軍楽隊はそうではない。
人間とは違う動機や意志によって、その振る舞いはバイアスされ、かつ、働きかけてくる現象は物理の法則に制限されていない。
具体的な例をあげれば、「露払い」は超高密度の身体で、
通常物質でできた我々のストラクチャーをゼリーのごとく貫き通してしまうが、
高密度を支える質量は進行方向にしか現れない。
だから、軟弱な地盤の上でも、ぬかるむ事なく進んでいく事ができる。

そんな、都合の良さで、俺が日々忌々しいと思っている輩や場所をやっつけてくれるのだ。
会社も赤字で、俺の雇用も安穏としていられなくなったので、社会を転覆させようという攻撃性が顕在化してきたのだ。
ありがちだけど閉塞感を打破してくれるヒーローってのを期待しているのかしら。
いや、そうではない。
世の中に対する攻撃性ってのは、ほんのちょっとだけなんだよ。
ビルの爆破解体をみて、スカッとするぐらいの重さしか持ってない。
俺は、世の中へのうらみつらみは、そんなに無いな。
はっきりいって、俺は、俺に悪さをしない限りは、他人なんてどうでもいい。

やっぱり、メインで描きたい事って、「人とは違う異質な奴ら」ってところだろうな。うん。

名状しがたい恐怖とか、理解すると発狂するとか、
なんだろ、ラグクラフトに出てきそうな表現だけど、
そんな、人間とかけ離れたモノにとても引かれるのだ。

それを絵で描いたらどうなるのかってのに、単純に興味があるのだ。

明快な動機だなあ。









  

Posted by mimikurin at 00:33Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年07月13日

地の話

61cad2b9.jpg今日は館林美術館。

「エコ&アート−アートを通して地球環境を考える−近くから遠くへ」をみる。

いや、正確に言うと見ていない。
今の俺はエコに関心が無いので、スタスタと流し見して終わり。

じゃあ、何しにいったんだと。
俺は、あの「場」が好きなので、休みになるとフラフラさまよいに行くのだ。
第二展示室に至るまでの、湾曲したガラス張りの廊下を歩きたくなるのだ。
たぶん、あそこの静けさってのが重要なのかも。
簡潔な視覚情報と相まって、生成される「場」っていうか、それが好きなのかもな。
あの感じは言語化できない。

静けさって大事よ。
うるさいところにいると、自分が無くなってしまう。
美術館は静かだから好きだ。

だから、テレビは捨ててしまうのがいい。
アレは思考を乱す騒音をがなり立てる白痴化促進ボックスだ。
冗談じゃなく。
一億総白痴っていった昭和の感性は絶対極めてアブソリュートに正しい。
俺もおまえもドンドン大白痴化している。

うるさいところで考え事なんてできるか。
めまぐるしく切り替わる刺激に晒されて考え事なんかできるか。

共通の体験をすることで、家族のコミュニケーションを媒介するってか?
テレビを囲んで一家団欒するに足るコンテンツなんか皆無だ。
毎日毎日サウンドオブミュージックばっかりみてろってのかドレミ野郎。

あの白痴ワールドの中では、
ゆっくり考えてしゃべる奴は軽んぜられ、
言葉尻を捉えただけの、
気の利いたつもりの返答を、
ぽんぽんと切れ目無く発する奴らが、
でかい顔してのさばっているんだよ。

あ、そうか。
音レベル0で見ればいいのか。
でかいテロップが出るから、音なんか無くても十分内容は把握できるし。
そもそも、内容なんて無いし。
思考を停止させる為に、切れ目無く騒音を撒き散らすのが目的なのだよアレは。

だから、俺は地デジ化大歓迎です。
自分達から毒電波の発信を止めてくれるってんだから、なんて殊勝な心がけ。
ほんと、地デジ化を機に、テレビを捨てたほうがいいですよ。
なぜならば、人生は短いからです。
人生の暇つぶしにはもっと主体的に関わるべきなんです。
テレビなんてクダラナイもので時間を浪費すると、死ぬときに後悔します。
俺は後悔したくありません。

ちなみに、ディスカバリーチャンネルもヒストリーチャンネルも50歩100歩ですからね。
もう、はっきりいって放送大学だってそうだ。

あんな、ぼんやりしていても勝手に事態が進んでいく
「映像」っていうメディア自体が、
人間の考える力を剥奪する悪いものなんですよ。

これを読んでいる人は、わざわざアクセスして、読もうという自発の力を発揮しているので、
とても人間らしい営みをしていると思います。
俺は、自らの力を発揮する人は、大好きです。
俺のブログを読んでいるから大好きなんじゃないですよ。
活字を読むから能動的ですばらしいってことじゃないですよ。
俺の、または俺みたいな人々から、直接発せられる日々の言葉を受け止めているってのが大事なんですよ。
ここは、第三者が差し挟まれない場所です。
たとえ駄文やたわ言でも、人間同士のやり取りなんですよ。
馴れ合いや社交辞令に終始するかは、ネットに限った話ではない。

実のある人間同士のやり取りってのは、嘘を付くか付かないかにかかってくる。
俺は、自分の為になる事意外に関心が無いので、なるべく嘘はつかずにぶっちゃけて書く。

でも、一つ問題がある。
俺は大嘘つきなのだ。

さて。
テレビなんてのに関わっていると、人生を浪費するのでこれで終い。
俺の営みに戻らねば。
お絵描きだ。

昨日、水に任せて描いた?絵に手を入れる。
何をしたかというと、周囲に白いのを撒き散らしたのね。

これは何かっていうと、地を作っているのだ。
普通逆なんだよ。

どういうことかっていうと、真っ白な画用紙があったとする。
ここに、私とお家とチューリップと太陽を描いたとする。
この場合、私とお家とチューリップと太陽が模様であって、画用紙本来の白い部分は地になるわけ。

俺は、昨日の水ぶちまけ描画で模様が前面に広がっているので、地がなくなってしまった。
だから、今日は地を作る作業をしたのです。

なんで地にこだわるかっていうと、狭間を表現したいからだ。
軍楽隊員っていう、一つのキャラクターを強調する為に、何も無い真っ白な地が必要なのです。

んーつまり、地の部分は我々の世界を現しており、
画廊のホワイトキューブと溶け合い消滅するんですね。

そこに、スーパーお化け軍団が、
観念と物質とのあいまいなチラつきを伴って現れてくる、
っていう演出を完成させる為には、どうしても地が必要なんですよ。

なんていうか、タブローだけじゃないっつうか、インスタレーションっぽいのかもしれない。

まあ、どこまでやりたいことがやれるかは、チャレンジしてみないと分からないが。
  

Posted by mimikurin at 01:00Comments(0)TrackBack(0) お絵描き | 独り言

2009年07月12日

呼び水

0069725e.jpgF50に雲肌麻紙を水張りして、墨とか絵の具とかを散布する。

俺は霧吹きを頻繁に使うので、散布って表現が正しい。

何を描くとか決めていない。
まあ、たぶん軍楽隊シリーズの一つになるんだけど、何か特定のものを想定して描き始めるわけじゃない。

なげやりな働きかけで、今後の発想の呼び水とするのだ。
呼び水。
そう、まさに水の流れに任せるのだ。

描画中?のマーブル模様はとてもシャープで、刻々と変化していくのもおもしろい。
毛細管現象で繊維の中に染み込む墨は、人間には描けない表情を見せてくれる。

びちゃびちゃになるので、手が出せずただ眺めるだけ。
でも、寝て起きるとどうなるか知っている。

時間がたつと絵の具の粒子はブラウン運動で拡散して、画面はぼやけてしまう。
さらに乾燥すると絵の具の濃淡はあいまいになり、変化がとぼしくなってしまう。

そんな、微妙にがっかりしたところから、描き始めるのだ。
真っ白の和紙を台無しにしてしまって、ためらいとビビリを断ち切るって意味もある。

この絵は、何になるのだろうかね。
  

Posted by mimikurin at 00:03Comments(0)TrackBack(0) お絵描き 

2009年07月11日

プロプライエタリ

朝ばんやりテレビを見ておると、
メチャモテファッションがなんやかんやとかいう
小学生を対象としたアニメがやっておった。

作中で、身を飾る為、プロプラなアクセサリーを集めよう云々、
目玉が大きく描かれた人種不明の小娘が言っておる。

ああ?

ガキのはやり言葉はさっぱり分からんが
プロプライエタリなアクセサリーって何なんだろう?

秘密結社の証のように、それをつけていないと、仲間として認められないんか?

または、メディアを独占し流行を発信する情報統制と資本主義の権化のような悪の組織が、
子供らの嗜好までコントロールしているんだろうか?

恐ろしい。

しばし、三角頭巾を被ったビルゲイツとか、
ロックフェラーとかユダヤの陰謀とか、その走狗の電通とか、
そんなイメージや言葉が頭の中をぐるぐる渦巻いていたが、
よくよく聞いてみると「プリプラ」が正しい。

プリティープライス。
つまり、かわいらしい値段。

安価で可愛い小物って事だ。

ひとまず安堵するが、
でも、ガキの頃から色気づくように煽ってんのもどうなのかと。

子供は人格なんて無いので、ぶったたいてでも、しつけにゃならぬ。
理不尽さってのをたっぷりと味あわせてやる。

大人でもよくいる。
道理が通らないだなんだ、他人の愚痴ばかりいう奴。
馬鹿野郎。
いっちょまえに文句をいうほど、お前は有能なのか。
文句を言うやつほど、何もしない。
他人にもたれかかって、期待をして、それが叶わないと、怒り出す。
自分ばかり苦労し、他人はそれを評価しない。だから他人はおかしい。
そうではないだろ。
他人の評価が得られないのは、自分を過大評価しているからなんだよ。
なんでいちいち褒めにゃならんのか。
私あなたのママじゃないのよ。
他人の評価を期待して仕事をするな。
自分で納得する仕事をしろ。
それでも評価されないなら、己の人品卑しいと思い悔い改めろ。

これは、子供の頃の育て方が悪かった性だ。
ちやほやと特別扱いされて育って、俺だけは他人と違うんだと思い上がっているんだ。
他人に奉仕してもらって当たり前って思っているんだよ。

だから、俺は、子供はぶったたいて育てよう。
子供の頃から身の程を分からせてやるのだ。
社会にとっては、おまえの代わりなどいくらでもいる。
おまえはなんら特別な存在ではない。
おまえは他人より優れているわけでもない。と。

でも、これだけ吹き込むと絶対人格が歪む。
だから、ちゃんとバランスをとることも必要だ。

俺は親としておまえを保護し支援するが、それは物質的なものだけとおもえ。
おまえ自身の為になることは、おまえ自身がやるしかないのだ。
おまえは決して劣っているわけでもない。
おまえはおまえ自身にとっては唯一の存在だから、大切に生きろ。
おまえの道はおまえで切り開け。かならず社会はうけいれてくれるだろう。

もう、俺の自己暗示になってきたな。
でも、まあ、子供は突き放して育てたい。
それが父の愛なのだ。  

Posted by mimikurin at 10:15Comments(0)TrackBack(0) 独り言 

2009年07月08日

梅雨の夜蒸し暑い室内で拳を握り締める男

今年もエアコンなしで戦うことにする。
その決意をインディアンっぽく表現。

「雷鳴と共に大地を駆ける男」とか、そういうのをイメージ。
でも、そんなかっこいいのじゃなく、
「シャワーで汗を洗い流してもすぐにべたついてくる男」とかそんな嫌な感じになる。おそらく。

もはや、エアコンを買わないってのは意地ですよ。
妥協してひよってばかり、一つぐらいは意地を通したい。
エアコンなしはその象徴っていうかね。

だから、べつにエコとかどうでもいい。
むしろエコ野郎は率先してさっさと死ねって思っている。
だって生きているだけで資源を食うんだからな。
エコ替えなんて愚の骨頂、乗せられる奴らは糞馬鹿にも程があるわ。
生の営みを今すぐ中止してしまえ。

暑いのでイライラしておる。

今日も絵を描く。

軍楽隊に付き従う小物たちを描きはじめる。
総称して「ボット群」とよんでるが、
もともとボットってのはコンピュータウィルスの一種だったり、
ロボットのことだったり、そんな意味。

俺は、限定的な機能でコチャコチャとした連中の総称って意味で使っている。
手のひらサイズから中型犬ぐらいまでのを、いろんなデザインで描き飛ばす予定。
人の手によらない、薄気味悪い異質さってのを狙って表現してみたい。

ボット群は軍楽隊についていって、遭遇した人や物に悪さをする。
たとえばどんな。

そうだなあ。
伝染病を媒介したりってのは、伝統的でごく真っ当な災いなんで却下。
もっと、神経に障るような嫌さを撒き散らさせたいんだが、そうだなあ。

こんなのはどうだろうか。
・体の開口部を癒着させる
・体内の隙間に空気以外の何かを詰めてくる
・体毛を逆向きに生えるようにする
・歯が10センチぐらいに伸びる
・粘膜と皮膚を反転させる

いまいち。

どうも、肉体的な嫌さしか思いつかないな。
もっと観念的なダメージがいいな。
言葉と意味、シニフィアンとシニフィエの入替ってのは、
「近衛B」がやる嫌がらせ技なんだが、そんな感じの。

日を改めて考えよう。  

Posted by mimikurin at 01:18Comments(4)TrackBack(0) お絵描き 

2009年07月06日

学閥

なんか、俺の会社は微妙に学閥がつよいっぽい所で、ワンニャンお絵描き学校卒の俺にはなんとなく居心地が悪い。
俺の経歴は一般企業としては異質なんで、学歴評価の枠組みから外れており、
ジョーカー的に振舞えるんだけど、社の基幹業務にはやはり、何チャラ大卒じゃないとみたいな、そんな風潮があって鬱陶しい。

いや、別に経営側に廻りたいわけじゃないんだが、どうも、そういう風潮があるのが嫌な感じなのだ。

英語がペラペラで当たり前とか、数式で提示されても読み解けるでしょ、みたいな、暗黙のプレッシャーが俺を消耗させるのだ。

馬鹿野郎め。

俺はエキサイト翻訳がないと外人としゃべれないし、式の移項なんてきれいさっぱり揮発したっつうの。

ほんと、基礎学力を問われるような、無茶振りはやめて欲しい。

俺は馬鹿じゃないけど、過去現在とも真面目に勉強していないので、学力には自信がないんだっつうの。

でも、引け目は一切感じていない。
なぜなら、俺は面の皮がぶ厚いからだ。

俺は俺にしかできないことがたくさんある。
ただ、単元的なものさしで計られるのがやな感じなだけなの。

まあ、人間の能力なんて訓練で如何様にもなるんで、どうでもいいんだけど。

  

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