いつの間にか4ヶ月経ってたのか・・・お久しぶりです。
 生きてるよ。
 銀英伝にハマってる。

 私は、季節にしても時間帯にしても天気にしても、基本的に好き嫌いが薄い、と思う。それぞれに好き。

 朝が好き。
 静謐な空気や、不思議な色の空や、鳥の声や、夏なら蝉の鳴き始め。
 小さい頃は、夜明け頃の早朝って未知の、特別な時間帯だった。普通に生きるのがめんどくさくなって、だんだん朝起きて夜寝るってのに縛られなくなっていって、夜通し起きてた後に、近所の崖?斜面?の上にある公園に朝陽を見に行くのが好きだった。やがて生活時間はどんどんめちゃくちゃになっていって、夜通し起きてるのも特別なことではなくなって、普通、になった。
 朝が好き。
 夜が好き。夜は私の時間、そんな気がしてる。もともと日光と眩しいの、体質的に苦手なのもあって、精神的にかなり夜行性。落ち着くし、静かだし、お月様に会えたりするし。
 でも朝も大好き。夜の終わりの朝が好きなのか。朝の前の夜が好きなのか。朝が朝として好きなのか、よくわからない。

 昔から、二次元は私が世界や人間と関わる為に不可欠なものだった。アニメや小説や、そういったものを通して色々なことを知って、感じて、いろいろなものに興味を持って。今もきっとそうなんだと思う。
 もしかしたら、恋愛ものを好きな子らにとっても、そういう側面があるんじゃないか、なんて思ってみたりした。オンナノコは恋愛が好き。恋愛がしたい。そういう気分でいる為に、恋に憧れ続ける為に、恋愛ものを継続的に摂取したがるのかな?なんて、思ってみたりした。

 一方で、大学生にもなると周りが割と結婚願望を口にしたりする中、自分には正直そういう願望がかなり薄いなあ、と感じる。
 前の記事かなんかに書いたように、あんまり夫婦ってものを見慣れずに育ったから、かな。正確には、夫婦であることや、夫婦で居ることが幸せそうな夫婦を、かな。祖父母夫婦は見て育ってるけど、典型的な古臭い夫婦で、男尊女卑と古臭い形式が色濃くて、正直全く良いと思えない。両親は(手が出てなかったのがせめてもの救いだけど)家に揃ってれば毎晩喧嘩。母は小さなことでもいちいち文句を言うし、父親は母や私の言うことを所詮女の言うこと、という理由で真剣に取り合わない。やがて父親は海外長期赴任が恒常的に続いて、たまに帰ってきたときも多分喧嘩してたと思う。
 それでも父親は母親に、おはよう、いただきます、ごちそうさま、いってきます、ただいま、ありがとう、おやすみ・・・今思えばびっくりするくらいきちんと、挨拶をしていたように思うし、母親も、ものすごくおざなりで形式的でなんの気持ちもこもっていなかったけど、それに返答していたように思う。互いを呼ぶのだって名前だし。
 それに、経済的に苦労したことは一度もないどころか、かなり恵まれた環境だったと思う。母も、それにおそらくは父親も私をとても愛してくれているし、母は私がやりたいと言ったことはだいたいやらせてくれた。父親は、家にいない自分が何もできない、お金を稼ぐ以外できないときちんとわかってて、私が不登校しようが何しようが口を出さず、全面的に母に任せて、お金だけきちんと出していてくれた。
 だから私の歪みは、この程度で済んでいるのだと思う。十分に幸せな子供時代といえる。
 ただ、夫婦というものに幻想を抱けるような環境ではなかったのだけは確か。

 私は、主婦というのも職業のひとつだと考えてる。
 住み込みの家政婦兼娼婦兼秘書、子供ができれば+乳母、かな。そうやって働いて、お金を貰っている。或いは現物支給だったりする。
 いまどき、結婚相手や、結婚するか否かを本気で命に関わるレベルで、自分で選択できないことなんて殆どないことだろうと思う。少なくとも日本では。だとすれば今主婦をやってる人らはみんな自分の権利で、自分の選択で、自分の責任で主婦という職業を選択した筈で、お金を貰ってる以上、最低限プロ意識をもって、職務内容をこなして欲しいと思う。
 こないだ女性の友人にこう話したら、そこに愛があって、その人の為にやるか、それともお金の為にやるのかが違いで、そこが一番大事、というようなことを言われたけど。正直言って違いが余りわからない。
 つまり私にとって一番身近な主婦、母親は、そういう風に見えたんだろう。

 正直、まあ恋愛願望がないわけではない。というか、ある。一人でいるのは寂しい。それは身に沁みているつもり。
 ただ、出産する気はない。この国で私の子供として生まれた人間が、幸せになれると思えないから。子供の時の傷ってのはどんな些細でも一生モンになりかねない。辛いことがあるのに誰も怨めないのは辛いし、何かを憎むのも辛い。
 結婚には出産がセット、と思っている人が多そうなので、結果結婚も多分しないな、と思っている。
 そもそも、(今の時代はそうでもないんだろうけど)同じ相手と一生添い遂げるだとかいった考え方が受け容れがたい。人は変わっていくものなんだから、その時その時で適した相手は変わっていくと思うし。そうなると、子供が云々というのが絡まない関係なら、結婚というかたちにする必要を感じない。
 結婚は家族と家族の結びつき、という人もいる。実際、当人同士、その家族たちがそう望むのならそれも良かろうとは思うけど、そこには選ぶ権利があって然るべきだと思う。単なる個人間の結びつきだって別にいいんじゃないかな。
 家族とはいえど、血縁といえど他人。自分でない以上他人。他人の決断に、自分の選べない理由によって巻き込まれるのは間違ってる、と思う。そんなもんは怨恨もなんもない通り魔に襲われるのとなんら変わらん。

 自分のことわかろうとしてくれる、相手の事わかりたい、知りたいと思う、暫く一緒にいて、なにかを共有したいと思える、そんな相手がいれば、リア充してみてーなー、と憧れている。


(15.02.13.追記)
なぜかコメントがつけられなかったので、続きにてコメントのお返事をしています。

(15.02.13.追記)
なぜかコメントがつけられなかったのでこちらにてコメントのお返事をさせて頂きます。

かみづき様

 コメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまってごめんなさい。

 .hack、Linkの頃までしか追いかけられていませんが、今でも大好きなシリーズです。

 お友達に、とのお言葉、とても嬉しいです。
 また是非コメントをよろしくお願い致します。

フジサキ