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(晩秋の谷川岳)

 今年3月に纏めたものです。ご一読願いお力添え頂ければ幸いです。

 東京オリンピック・パラリンピック
(以下オリンピックという)の招致決定は、全国民に大きな喜びと希望の輪を広げてくれました。東京都知事は「スポーツに親しみ、子供達に夢を与え、震災復興の力になるオリンピックにしたい」と語り、安部総理は「安全、安心、確実なオリンピックを提供する」と、全世界に約束しました。オリンピックは言うまでもなく、世界のアスリートが一同に集い、競い合い、更には世界各国の多勢のお客さんを「おもてなしの心」で迎える、「人類最大のスポーツの祭典」であります。それだけに計画通り開催できることは当然ですが、この一大イベントに集う人々の安全は、国の責任で守らなければなりません。

今、国や東京都の最大の課題は、新国立競技場の建設、各競技施設や選手村等の整備にあると思いますが、都民や東京を訪れる人々の願いは、老朽化した首都高速道路や東京外郭環状線等の再整備であります。更に首都直下型地震が叫ばれる今日、施設の耐震化と防災対策に取り組み、災害に強い街づくりが強く望まれます。 しかし、スイスの某保険会社の調査によれば、河川の氾濫、高潮、津波、暴風、地震等を総合して検討した結果、世界で最も危険な都市は東京と横浜であると断定しています


もとより国並びに東京都は、東京を「国家戦略特区」に指定して競技施設等の整備を行い、併せて「世界一安全な首都東京」に再生し、安全で確実なオリンピックを提供するとしています。しかし、東京だけの安全が確保できれば、東京オリンピックに参加する全ての皆さんの安全を守ることができるのでしょうか。
 みなかみ町は、谷川連峰と利根川に代表される水源地の町です。群馬と新潟の県境にそびえる大水上山に精を受けた一滴の水は、やがては関東平野を潤し、国民生活と経済活動に重要な役割を担う日本屈指の大河川・利根川となります。

利根川の歴史を振り返れば、それは幾度となく大洪水で悲惨な災害を起こし、渇水の時は各地で水争いが頻発する等、利根川流域に住む人達は常に水との闘いでした。戦後間もない昭和22年9月13日から15日、関東、東北一円を襲ったカスリーン台風は未だかってない豪雨をもたらし、各河川は記録的な出水に見舞われました。利根川水系、特に群馬県地方は全域に大雨となり、群馬・埼玉県内の多くの堤防が決壊し、未曾有の被害を受けました。その濁流は江戸川堤防沿いを南下して首都・東京に流入し、葛飾区の全域、江戸川区、足立区のほぼ半分の地域が浸水され、家屋の半倒壊2,800戸、浸水家屋13万9,000戸、死傷者1,600人という甚大な被害となりました。首都水没の非常事態を受けた政府は、被害状況と実態把握に努め、昭和24年には多目的ダムによる「利根川改訂改修計画」を策定しました。そして豊富な水量を誇る利根川は、治水・利水の両面から諸事業が計画され、地権者並びに関係自治体の協力で初期の目的を達成することができました。


あれから65年。利根川水系には8つの多目的ダムが建設され、その内、みなかみ町には藤原ダム (築後57年)、相俣ダム (55年)、矢木沢ダム (47年)、奈良俣ダム (24年)の4つのダムが建設されました。更に東京電力の須田貝ダムを加えると5つのダムとなり、その総貯水量は4億㎥余りであります。また町内の13の発電所では160万kw/h を発電し、みなかみ町は水源の町であると共に電源立地の町でもあります。

建設当時を振り返れば、ダム建設に白羽の矢を立てられた地域や集落の人々は、ダム事業の規模の大きさに驚き、これに伴う水没地の広さに戸惑い、家屋移転等から故郷を離れる不安が募りました。しかも拠り所であった学び舎や先祖伝来の土地や墳墓の地が湖底に沈むことを知った時は、筆舌に尽くし難い悲しみが蘇ったものと思います。このような状況下にあっても、水没関係者、森林・農地等の地権者は、行政機関、事業施行者等と終始、良識と誠意を持って話し合いを重ね、幾つもの難問題を解決されて、計画的に大規模なダムの建設が始まりました。

谷川岳と坂東太郎 - コピー - コピーのコピー ここで忘れてならないことは、藤原ダムの水没者169戸、相俣ダム水没者26戸、そして 各地の地権者の皆さんは、「このダム事業が東京はじめ下流域の洪水対策となり、飲料水や農業用水、更には発電で国のためになるのなら協力しよう。」と同意されました。私達は決してこの現実を忘却してはならないし、協力された関係者が信じて疑わなかった利根川流域の安寧と、日本が平和国家として益々発展して行くことを見届ける責任があります。
 私は東京オリンピックの招致決定を喜び、危険な都市と言われる東京を「世界一安全で楽しく暮らせる街」にして、先ずは安全・安心、そして確実なオリンピックの開催を願っています。そのためには東京の安全だけに目を向けるのではなく、今一度、あの恐ろしかったカスリーン台風の脅威と悲惨な災害状況を思い出して欲しいのです。とは言っても当時、私が小学校一年生でしたから、そのことを思えば、大多数の人は仕事の上から知る以外は、人の語り伝えや「利根川水害の100年の歴史」等を紐とかなければ知る由もありません。しかし5つのダムは、特に4つのダム (総貯水量・3億7,500万㎥余 )のある藤原地区は、道路を始めとする社会資本の整備が未だ進んでおらず、急峻の山肌を縫うように狭隘の地を走る「県道水上・片品線」の一路線しかないのが現状であります。
 これらのダムに地震や外的要因の破壊活動等が加わり、更にはダムの上流域が深層崩壊の最も多発する地域になっているだけに、これらの誘引で大災害が発生したらどう対処するのでしょうか。

 昨年の台風18号によって、同じような環境にある高速増殖原型炉「もんじゅ」が、停止中とはいえ孤立したことは記憶に新しいところです。災害時の復旧・復興は、他の地区からの侵入道路の確保が第一ですが、藤原地区は県道水上・片品線の一路線しかなく、住民は過去に何回も孤立しています。ダムの危機管理や災害時の復旧・復興を速やかに行うためにも、他地区からの侵入道路は是非とも必要であります。どのような災害が発生しても、みなかみ町藤原地区は首都圏の水瓶であり、利根川の上流域に変わりがなく、災害時に即対策が取れなければ、東京オリンピックどころでなく、関東平野は不毛の大地になる恐れがあります。

image 今日までの65年間を顧みれば、国はカスリーン台風から「利根川の大洪水」に真正面から取り組み、藤原地区の皆さんは国の施策に全面的に協力し、多目的ダムが立派に完成しました。そして坂東太郎をなんとか操縦しながら治水・利水の事業が円滑に行われ、戦後の日本経済を成長させ、民主的な人間社会を形成してきました。正に「水を制するものは国を治める」言葉の通りかもしれません。しかし、最も協力してくれた水源地の藤原地区の地域社会の実態は、今どうでしょうか。現状は正に限界集落であり、10年後の存続が危惧されています。また首都圏や利根川流域の人々は「ダムがあるから安全だ」と、ダムの安全神話に寄りかかっていないでしょうか。自然は過去に、何回もの危険信号を発信しています。その一例が、平成23年7月27日から30日の72時間の間に、矢木沢ダム上流域に661mm、奈良俣ダム上流に414mmの雨が降り、ダムへの流入量は観測史上最大値を記録しました。新聞発表にもありましたが、幸い利水容量があったために、それを有効活用して何とか洪水被害を防ぐことができました。しかし後50mm、100mmの雨が降っていたらどうなっていたでしょうか。 豪雨によってダムに流入した水が貯留できず、即、堤体から流水することになれば、ダム機能は崩壊し、カスリーン台風の時と同じような状況になったことが予測されます。

 

東京オリンピックは東京の安全が最優先ですが、水源地の安全なくして東京の安全は約束されません。ましてや東京オリンピックは梅雨明けの7月下旬に開催されると伺い、この時期は台風やゲリラ豪雨等が心配されます。この機会に近年の異常気象の実態を把握し、利根川水系にダムができた経緯を振り返るべきであります。そして水源地の役割と実態を直視し、「ダムの危機管理体制」の確立を図ると共に、4つのダムがあるみなかみ町藤原地区を「国家戦略特区」の「水源地特区」にして、水源地の安全性を恒久的に守る対策が求められます。
   そこで、先ずは「玉原トンネルの開削」、「サッカータウン構想」による観光振興、藤原地区の自然と田園を生かしたビオトープの建設、更にはインバウンドによるスキー人口の増加、県道水上・片品線の改良整備等を積極的に進め、藤原地区が新産業の創出で活性化し、流入人口が定住化され、誰もが「水源の郷・藤原」に住みたくなるような「みなかみ水源地構想」 の実現が緊要であります。

 東京オリンピックを成功させるためには、豊かな自然の中に人々の賑わいを創り、息吹が感じられる水源地を創生することであり、地方創生等により国を挙げての取り組みに期待しています。