2011年06月04日

熱田まつり

NEC_02206月4日、熱田まつり(尚武祭)に参加し、「まきわら神輿」とともに神宮境内をねり歩いた。

熱田まつりでは、天皇陛下のおつかい(勅使)が熱田神宮に参向され、御幣物(ごへいもつ)の奉納、御祭文(ごさいもん)の奏上をおこなって、皇室の弥栄・国の平安が祈念される。

NEC_0226熱田まつりの起源は平安中期の熱田天王祭といわれている。尾張地方で疫病が流行したため、神宮の南新宮社で疫病退散を祈ったところ疫病がおさまった。その後、地元の人が祭礼を捧げるようになったと伝えられている。

熱田まつり「まきわら神輿」は、町総出で準備をおこなう。前日の夜は、30代の若者で構成される「まきわら会」が神輿などの点検準備をおこなった。まきわら会の会長は現在36歳。「今、若手を育てていますから、この祭りはこれからも大丈夫。」と胸を張る。

また、町の長老も元気に祭りを仕切る。女性陣は女神輿を担ぐ人、食事作りの担当、子ども神輿の世話係など、これまた総出だ。

この祭りが町の結束を次世代まで確かなものにしている。


まきわら熱田まつりのクライマックスは、花火大会。今年度は東日本大震災の影響で開催が危ぶまれたが、予定通り行われる。


■ 熱田まつり花火大会
・ 6月5日(日)午後7時50分〜9時
・ 花火は1,000発を予定

※明日6月5日が熱田祭りの例祭。献灯まきわら・花火・武道・献茶・献花等の数々の行事がおこなわれる。露店も数多く出るため、一杯やりながらの参加も楽しそう。


minami758 at 23:56│Comments(8)23.南区 

この記事へのコメント

1. Posted by Bass   2011年06月05日 08:03
例年、熱田まつり当日、すなわち今日の夜七時前後から花火が始まった八時頃まで、熱田神宮太鼓教室で練習している子供たちらによる太鼓の実演が熱田神宮本殿前で行われます。私は息子が小学生の頃から出演していたので、最近は毎年見に行っています。あまり知られていませんが、熱田神宮の太鼓はそのアクロバティックなばちさばきや、難解なリズムのため、日本で最も難しい太鼓のひとつとも言われており、大変見応えがあると思います。お時間がありましたら、ぜひ見に行ってやってください(^^)
2. Posted by 2代目せいけん   2011年06月05日 09:02
私も20才過ぎまで熱田区民でした。
今年はたまたま週末の開催ですが、日付を重視し忠実に平日開催する『熱田まつり』の姿勢が大好きでした。梅雨時期の開催なので雨のことが多く、「まきわら船」が数年連続で就航できず、一時は廃止されました。熱田神宮の入り口に陸上に「まきわら船」を再現して話題になったこともありました。それにも関わらずこの時期の開催にあえてこだわります。
4区(南区、港区、瑞穂区、熱田区)支部長の工藤彰三さんは小学校の1年先輩でした。学校が終わってから、自転車で遊びに行ったものです。われわれにとって熱田まつりは梅雨の一大イベントでした。
熱田祭りのこと忘れていました。今日、ひさしぶりに行ってみようと思います。横井さん紹介ありがとうございました。
3. Posted by shiro-to   2011年06月05日 09:45
5 昨日のコメントですが,横井さんがとても市民の感覚と同じ目線なのと,理由もばっちり理解してくれていることがわかり嬉しく思いました。
さて,熱田祭りですが,今年もこの季節がやってきましたね。
必ず近くの学校の先生方も見回りに出られると思いますので,大変ですよね。
夏のお祭りの幕開けとして行ってみようと思います。
4. Posted by ホットケーキ   2011年06月05日 10:59
記事を読んで、子どものころを思い出しちょっと行ってみたくなりました。まきわら舟って今年もあるのでしょうか?
5. Posted by キリン   2011年06月05日 11:32
いい話題をありがとうございました。日本中が元気がない時だから、元気を出すためにも、今晩、久しぶりに熱田祭りに行ってみたいと思います。Bassさん紹介の「太鼓の実演」もタイミングが合えば行ってみたいです。
6. Posted by 2代目せいけん   2011年06月05日 11:43
『まきわら船』の歴史がまとめられています
   ↓
http://homepage1.nifty.com/uni-hp/horimachinet/matsuri/c20_rekisi/rekisi1.html

『明治43年(1910) 尚武祭のまきわら船完成。
戦争での中断をはさみ、戦後祭例日も熱田まつり(6月5日)に変更になり続けられた。
昭和50年(1975)資金及諸事情のためまきわら船は中止。  <現在は熱田神宮内で熱田まつりの献灯まきわらとして続けられている>
平成2年(1990)市民グル−プにより、ミニサイズではありますが、堀川まつり(熱田天王祭)のまきわら船として復活。
平成9年からまきわら船は、洲崎神社まで遡るようになり、洲崎と熱田をつなぐ役割を担っています。』
とあります。

熱田祭りには『まきわら船』はないようです。献灯まきわらに形を変えています。
昭和50年に中止とありますが、その前数年が雨続きで出航できず、もったいないからやめようという議論があったように記憶しています。
7. Posted by 縄文人   2011年06月06日 23:42
 <熱田まつりでは、勅使が参向され、御幣物の奉納、御祭文の奏上をして、皇室の弥栄・国の平安が祈念される>
 初めて知りました。三種の神器のうちの「草薙の剣」が祀られているからですね。
 尾張の地は、多くの皇室妃を出していて、昔からつながりがあるようですね。

 ある説によれば、南区に一時期、「草薙の剣」があったとされていますね。
 ヤマトタケルノミコトの妻となったミヤズヒメ(まだ神宮はなかったはずなのにミヤの名で呼ばれています)の実家が南区にあり、大高で結婚生活をして、ミコトが三重県で亡くなった後、実家に戻って暮らしたというように言われています。
 神話の世界なので、どこまで本当かはわかりませんが、南区、あなどりがたし。
8. Posted by 横井利明   2011年06月07日 11:41
5 1.Bassさん、本殿前の太鼓、子どもを連れて見に行きました。メンバーの数が多く驚きましたが、ばちさばきもなかなかでしたよ。
2.2代目せいけんさん、熱田まつりが6月5日に固定しているのは、やはり伝統文化を大切にしていることの一つの表れでしょう。もちろん、賛否両論あるのも事実ですが。
3.shiro-toさん、評価いただきありがとうございます。これからも現場目線で、また市民感情にも配慮した感覚を持って政治にあたります。
4.ホットケーキさん、2代目せいけんさんが解説してくれました。
5.キリンさん、熱田まつりはすごい人出でしたね。子どもを連れていったのですが、迷子になりそうでした。
6.2代目せいけんさん、まきわら船の歴史を紹介していただき、参考になりました。
7.縄文人さん、南区には弥生時代の遺跡である見晴台遺跡をはじめ、さまざまな史跡があります。南区の歴史マップを見ると詳しく書いてあります。

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