2017年07月10日

Gion Maturi Aizutajima(会津田島祇園祭)

ポスター 7月22日()〜24(月)は会津田島祇園祭です。
外国人観光客のネット検索にもヒットするように、タイトルだけは横文字を並べてみました。(本文は無理なので写真でアピール^_^;)
今年は宵祭りが土曜、本祭りが日曜と、休日と重なるのでたくさんの観光客で賑わいそう。
花嫁行列とも呼ばれる七行器行列、神輿渡御、大屋台の運行、子ども歌舞伎など祭りの見どころも盛りだくさん!
hanayome
また、「お党屋(おとうや)」と呼ばれる、当番制の組織で祭りを執り仕切ることが全国でも珍しいと評価され、「田島祇園祭のおとうや行事」の名で国の重要無形民俗文化財 にも指定されています。
                                                            〈風覧坊〉
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fuuranbow at 07:30|この記事のURLComments(0)祭り | 田島

2017年07月09日

SL大樹 会津田島駅に現る!

東武鉄道のC11形SL「大樹」が、7月9日()に会津鉄道の会津田島駅で初公開されました。
昨日は会津若松駅のSLまつりでSL「ばんえつ物語」と並んで撮影会がありましたが、同じ向きに並ぶ13:35からは抽選により入場、しかも大混雑だったよう。
自分も会津若松駅に行くか、会津田島駅にするか迷ったのですが、会津田島駅にして正解。
撮影し放題でした。(笑)
その様子を写真と動画で紹介します。
〈風覧坊〉
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fuuranbow at 18:40|この記事のURLComments(0)鉄道 | 田島

2017年07月07日

大内宿半夏まつりに行ってきました!

7月2日(日)、大内宿の半夏まつりに行ってきました。
半夏まつりの詳しくはこちら から。

神輿 天狗






行列2 行列3






今年は生憎の雨の中のお祭りとなってしまいましたが、それでも大勢の観光客で賑わっていました。
大内集落の高倉神社のお祭りで、後白河天皇の第二皇子、高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)を氏神様とした、大内宿の人々が心の拠りどころとしているのが高倉神社。
高倉宮以仁王は治承4年(1180年)治承の乱に失敗して平家から追われる身となり、越後の小国まで落ち延びる途中で大内宿に立ち寄ったとされ、大内宿には三夜泊まったとされています。
〈風覧坊〉
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fuuranbow at 00:06|この記事のURLComments(0)祭り | 下郷

2017年07月01日

東武鉄道のSL「大樹」がやってくる

7月8日()は会津若松駅で
〜SL『大樹』とSLばんえつ物語が会津若松で出会う!〜 「会津若松駅SLまつり」
が開催され、東武鉄道のSL「大樹」がやってきます
     
東武線内で試運転も始まり、月10日から下今市駅〜鬼怒川温泉駅を1日3往復で営業運転を開始するSL「大樹」ですが、JR東日本の駅では初公開。
当日は10時30分頃から16時頃まで、駅構内の1・2番線の間の中線に展示して撮影できるようにし、磐越西線で運行しているSL「ばんえつ物語」(C57形蒸気機関車180号機)と 並んで撮影できるコラボイベントもあります。
                     〈風覧坊〉
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2017年06月27日

只見線シンポジウム開催のお知らせ

只見線車両JR東日本の同意により、正式に上下分離式による鉄道の復旧が決まったJR只見線。
その只見線の全線再開通を見据え、観光路線としての只見線の活用を考えるシンポジウム「只見線の新しい歴史を創る」が、7月1日()13時10分から金山町御神楽館で開催されます。    
只見線シンポジウムちらし

 日時:平成29年7月1日(
         午後1時10分〜午後5時予定
   (開場は午後12時30分予定)
 会場: 福島県金山町 御神楽館
         (大沼郡金山町大字本名字船渡913)

            〈風覧坊〉
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2017年06月24日

大内宿の名物そば

7月2日()は大内宿の半夏まつり。 
大内集落の高倉神社のお祭りで、五穀豊穣を祈り、7月2日の半夏至の日に行われるために半夏まつりと呼ばれます。

さて、大内宿での食と言えばもちろんお蕎麦なのですが、いろんなお蕎麦屋さんがある中でどの蕎麦を食べるかも、旅の楽しみの一つです。
大内宿の蕎麦と言えば、お箸の代わりにネギ一本で食べる「ねぎ蕎麦」が有名。
お蕎麦の上に白い部分の先がくりっと曲がった長ねぎが1本添えられています。
ネギ1本を箸がわりにと言われると、誰もが最初は試してみるのですが、大抵は途中で普通の箸に持ち替えます。
稀に、最後までネギ1本で食べ尽くす人がいますが、100人に1人位の割合なので、あまり頑張らなくてよいです。
今回はねぎ蕎麦以外も含め、風覧坊が個人的にお薦めの大内宿名物そば(四大蕎麦)を紹介します。 
〈風覧坊〉
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2017年06月18日

郷人 一次審査員賞

6月9日(金)〜6月11日()に北海道札幌市で開催された第26回YOSAKOIソーラン祭りで、郷人は一次審査員賞を獲得しました。
おめでとうございます。
連続14回目の出場を果たした郷人の今年の踊りは「会津魂〜想(おもい)〜」
今年は戊辰戦争から150年目の年。
戦争当時、中野竹子ら率いる20余名の女性で編成した薙刀隊があり、「娘子隊(じょうしたい)」と呼ばれました。
辞世の句を薙刀に結び、会津のために死を覚悟して戦った女性たちの「想い」をテーマに、勇ましくも美しい踊りで大勢の観客を魅了しました。
                     〈風覧坊〉
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2017年06月14日

会津砥(あいづど)Part3

砥石会津砥について、Part2 に続き第3弾です。
会津砥の生産の最盛期には3軒の砥石工場がありましたが、最後まで営業を続けていたのが高橋砥石工業さんです。
砥石山の採掘権を返上し、採掘現場 高橋砥石工業所 の埋め戻しをしたのが平成2年〜平成5年の頃で、工場ではその後もしばらくはストックの材料で砥石を造っていたそうで、今も建物は当時のまま残っています。
会津砥の集いでは、現在の工場の中を見せていただき、最後まで砥石製作に携わったAさんにいろいろお話を聞くことが出来ました。
田島子さんの写真にも工場が盛んに稼働していた当時の写真がありましたので紹介します。

工場前右の写真は、今回、会津砥の集いを開催した高橋砥石工業さんの工場前ですが、奥に見える立派な桜の木のある建物が自宅だそうです。
工場から阿賀川を挟んだ対岸にあって、現在は建物も桜の木もありませんが、当時を知る人には思い出の詰まった写真なので、集まった皆さんがとても懐かしがっていました。
ちなみに高橋砥石工業所のすぐ脇にある銅竜橋が阿賀川の最上流端で、橋から上流は荒海川と呼ばれています。
〈風覧坊〉
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2017年06月06日

大内宿の甘味処 若松屋のアイス最中

大内宿に来たならお蕎麦を食べるのもいいですが、例えば山形屋の手焼き煎餅や本家玉屋のきんつば、みなとやのしんごろう等、軒先きに並ぶ各店自慢の団子やスイーツ類を食べ歩くのもまた楽しいですよね。
手焼き煎餅image






そこで、これから暑くなる季節に是非立ち寄りたいのが、甘味処「若松屋(わかまつや)」。







ここの「アイス最中(400円)」が絶品なのです!
サクサクの最中の皮の底になる部分には、自家製のつぶあんがたっぷりと敷き詰められ、その上にまん丸なアイスクリームがドンと乗っています。







アイスクリームはバニラと抹茶の2種類。
看板には「抹茶が当店おすすめ!」とあったので抹茶をいただくことにしたが、売れてるのはバニラの方だそう。
〈風覧坊〉


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2017年05月24日

郷人2017始動 会津魂〜想〜

5月21日()に茨城県大子町で行われた第14回常陸国YOSAKOI祭りで、郷人(下郷町)の今年の新曲が初披露されました。
今年のテーマは「会津魂〜〜」(おもい)
中野竹子像
「もののふの 猛(たけ)き心にくらぶれば 数に入らぬ我が身ながらも」

会津人なら写真とこの句を見れば誰のことか直ぐ分かりますよね。

そうです。
戊辰戦争で娘子隊(じょうしたい)として戦ってりっぱな最期を遂げ 涙橋で戦う婦女隊 た中野竹子です。                
籠城戦になり、照姫をお守りするために鶴ヶ城に入場しようとして、湯川に架かる柳橋(別名、涙橋)のたもとで新政府軍と戦った際に銃弾を胸に受けて倒れました。
その時、竹子の薙刀に結ばれていた ドラマ「八重の桜」での一コマ のがこの辞世の句です。

「立派な武士に比べれば、かよわい女でも少しでも役に立ちたい」
と、会津のために死を覚悟して戦うことを決めた、そんな女たちの想いが今年の踊りに取り入れられています。

         〈風覧坊〉     

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2017年05月21日

国権酒造快挙! 10年連続金賞受賞

全国の酒蔵が自慢の日本酒の出来栄えを競う「全国新酒鑑評会」で、福島県が5年連続で金賞受賞日本一に輝きました。
今年は860の銘柄が出品され、福島県は「金賞」が22銘柄と全国最多で、受賞数で5年連続の日本一です。
民報新聞記事 ちなみに2位は宮城県20点、3位は秋田県16点、4位は山形県15点、5位は新潟県14点でした。
そして南会津からは、田島の「国権酒造」がまたもや金賞受賞です。
おめでとうございます! 
〈風覧坊〉
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2017年05月06日

会津砥(あいづど) Part2

会津砥について、第2弾です。
会津砥(釜研ぎ石) 南会津の産業遺産として2011年に紹介した滝ノ原産の砥石(会津砥)ですが、その後いろいろな方からコメントを寄せていただいた縁で、ついには砥石を生産していた当時の関係者を含め、4月23日()に会津砥の集いを開催することができました。
image地元から集まってくれた皆さんの美味しい手料理をいただきながら、高橋砥石工業所関係者から生産当時の詳しい話を聞くことができ、とても有意義な一日でした。
皆さん、ありがとうございました。

前回の記事では砥石採掘現場の場所も詳しく紹介できなかったので、田島子さんからお借りした当時の写真を載せながら、改めて会津砥について紹介します。
                         〈風覧坊〉   
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2017年04月05日

イザベラ・バードの通った道Part4

イザベラ・バード27日の夕方、イザベラ一行は大内宿に到着しました。

「私は大内村の農家に泊まった。
この家は蚕部屋と郵便局、運送所と大名の宿所を一緒にした屋敷であった。 
村は山にかこまれた美しい谷間の中にあった。」 

大内宿2山に囲まれた大内宿






「農家」と言いつつ、蚕部屋と郵便局、運送所と大名の宿所を一緒にした屋敷とは「美濃屋」さんのことです。(美濃屋には本家と分家があり、バードさんが泊まったのは本家の方です)
美濃屋 ところがどうしたことか、大内宿に関する記述はこれしかありません。
これまで、宿屋のアメニティには相当な行数を費
やして批判してきたバードさんにしては珍しいことです。
イザベラ・バードの宿泊先で当時のままに現存している建物は、日光の「金谷ホテル歴史館」と大内宿の「美濃屋(本家)」だけだそうなので、大変貴重です。
〈風覧坊〉
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2017年04月04日

イザベラ・バードの通った道Part3

前回の記事で、その当時の住民の暮らしが如何に貧しく不衛生であったかが分かりましたが、6月27日に川島を出発したイザベラ一行は、しばらくは薬欲しさの住民に付きまとわれながら田島に向かいます。
27日の行程は以下のとおり。
川島→田島→大内(泊)

私たちは田島で馬をかえた。
ここは、昔、大名が住んでいたところで、日本の町としてはたいそう美しい。
この町は下駄、素焼、粗製の漆器や籠を生産し、輸出する。」

田島の町並みを「日本の町としてはたいそう美しい」と表現しているのは、それまでのみじめな村に比べて田島は生活水準が高かったということだろうか?
素焼とは江戸時代(弘化2年 1845年)から続く鴫山万古焼(現田島 田島万古焼万古焼)のこと。
粗製の漆器とはどんなものか分かりませんが、木地師の多くいた田島でも漆を塗った器が造られていたのでしょうか?
〈風覧
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2017年04月03日

イザベラ・バードの通った道Part2

6月26日、栃木県五十里の宿を出発し、横川で昼食をとったイザベラ一行(バード女史、通訳兼助手の伊藤鶴吉、馬子たち)は、山王峠に向かい、いよいよ福島県の南会津に入ります。
イザベラ・バード
26日の行程は以下のとおり。
五十里→横川→山王峠→糸沢→川島(泊)

「長い山路を登ると、高さ二五〇〇フィートの峠の頂上に出た。
そこは三〇フィートも幅のない突き出た山の端で、山々や峡谷のすばらしい眺めがあった。
地図を見ると、この地方は空白になっているが、私の考えでは、さきに越えた峠は分水界であって、それから先の川は、太平洋に向かうのではなく、日本海に注ぐのであると思われた。
この推量は当たっていた。」 

地図にも載っていないとなると、如何にも奥地といった感じだが、中山峠が分水嶺というのは当たっているので、さすがは旅行家バードさんだ。   
これまでの男鹿川は鬼怒川、利根川と順に合流して太平洋に流れますが、一方の山王峠を越えたところの沢は阿賀川に流れ、やがて阿賀野川となって日本海に流れます。
〈風覧坊〉
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