2007年08月02日

野口茂平の天保山遊園の一席

e2978325.jpgORC200の巨額な719億円もの負債は区民を呆れさせていますが、明治時代にも多くのお金を集めて天保山に私立遊園を開いた人物がいたことをご存じでしょうか。
講談調?でお届けします。題して、 「野口茂平の天保山遊園の一席」 を講談風にお伝えします。

 ご一新も遠くなりつつあった明治二十一年。
港区がまだ西成郡の一部であった頃のお話です。
この年の四月二十五日のこと、かつてはエゲレスの船を打ち払うために大砲が鳴り響いた天保山に、盛大に花火が
打ち上げられています。この花火のもとに開園したのが、天保山私立遊園であります。

 遊園内には豪華な洋風建築の海水温泉浴場に会員制の高級娯楽施設「海浜院」をはじめとして、茶店や釣堀に潮干狩園等々一大テーマーパークとなっていました。
 様々な開園記念のイベントが続く中、天保山の山頂から野望に燃え大阪の町を見下ろす男がおりました。かれこそは天保山私立遊園発起者兼幹事「野口茂平」その人であります。
 

茂平は越中国富山の出身で立志堂という薬屋を開業しまして売りに出した薬「肺病薬肺労散」スズメの黒焼きが効いたのか、飛ぶように売れていき莫大な金を手に入れました。

 野口茂平が次に目を付けた金儲けは、海水浴でありました。
明治十年代、海水浴はまだ最新の健康法として紹介されるだけでしたが、或所で薄着の婦人達が波に興じる姿を見て「これだ」と一声叫んだ茂平は一念発起し大阪に海水浴場を開場すべく動き出したのであります。
 さっそく天保山周辺の土地を買い占めます。そして天保村の戸長を巻き込み運営会社である天保山起業組を開設します。
 さらに配当付きで一口二円の会員権を売り出し多くの出資者を募集します。
海浜院が安く利用できるだの当時は珍しい珈琲が飲み放題だとか、様々な特典がつくと触れ込んで、なんと五千円以上もの巨額なお金を集めたのあります。
集めた金で茂平は大阪市会議員になり、もっと自分が儲かる天保山にすべく運動するのでありました。 
しかし悪いことはできないものです。
 初めの内は物珍しさからお客が多かった遊園でしたがオーク同様次第に寂れていったのです。出資者から配当はどうなったと怒りの声が出る始末。 

 茂平はのらりくらりとこれを交わしますが、明治34年のこと。
 宮武外骨主筆の滑稽新聞第17号、明治発明家列傳と題する詐欺師紹介記事に「野口茂平は、かつて天保山にて多くの人民を惑わし、また肺病薬肺労散なるインチキ薬を売りつける詐欺師である」と暴露されてしまったのです。

 いまここに、悪が許せない超過激な正義の味方宮武外骨と明治大阪のホリエモン野口茂平との戦いの火蓋が切って落とされたのであります。さてこの勝負の行方や如何。
それはまたのお話とさせていただきます。
文:ニワユタカ

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