脱・マインドコントロール

宗教やビジネスで悩まれた方が、心穏やかに暮らせるようになるためのブログです。

日本はマインドコントロールされている国です

みなさんに想像をしてもらいたい。
あなたが、世界の支配者トップになったとき、
最初にするのはなんですか?

・街をつくり
・畑をつくり
・学校をつくり
・病院をつくる

ここまではすると思います。

しかし絶対に自分の立場をおびやかされないようにするためには
・敵をつくる
・生きている意味を与える
ことが重要になります。

国の政治に不満を持たせないようにするには、
よその国へ不満を持たせないといけません。
敵をつくるのです。

そして、
なんで生きているのかを根源的に求めているのが人間です。
生まれて生きて、なんのために生きてるのかがわからないのに
国に税金なんておさめていられませんね。

そこで人間がなんのために生まれて生きてるのかを説く場所が必要になります。

それが世界でおこなわれているほとんどの宗教の本質です。

宗教は、本当は「宗」を教えるから宗教なのですが、
教えている団体はどこにもありません。
「宗」の意味を知ってる人は支配者だけなのです。
肝心要の真髄は、どこの宗教団体でも教えてくれていません。
「やってればわかるわよ」という「そんな気がする」だけのものになっています。
確実たるものは公開されていません。


日本では新宗教が大変な勢力をもっています。
果たして、この団体はどうやってできたのか。
支配者と手を組んで作ったのです。

一人一人は純粋な信仰心で、新しい信者を増やしています。
すごくすごく、純粋にがんばっています。

各地域では、てづくり感のあるあたたかい団体でもあります。

しかし、最初から本当に手作りの団体であれば、どうして
信者が寄付金のゆくえを知らないのでしょうか?
 
どうして仲間でいるために、あらゆるお金がかかったり
書面上での会員にならないといけないのか?
命ひとつで生まれてきて、命ひとつで死んで行くのに
仏壇などの道具が必要になるのか? 

ここに、組織の人間関係ピラミッドがあります。

ものごとを起こすときには、カリスマが必要ですね。

(1)最初に、人を動かす言葉を持った、カリスマ(サイコパス)がいます。
嘘をつくことやアイディアで人をふりまわすことや失敗に対してあまり恐怖心を持ちません。
借金もアルコールも取り立てもヘイキでやります。愛人もつくるでしょう。
ピラミッドのトップです。

(2)そのサイコパスのカリスマの言葉に一番心を打たれるのは、高機能型人格障害の人です。
つまり、暴力的白黒思考をするけれど社会に適応している頭のいい人達が、それを支えます。 
サイコパスの言い分を本気で信じて、自分を認めてくれるので離れられないですし、
なにより、幹部になったり、人を指導できることにも魅力と生き甲斐を感じます。
承認欲求のとてもつよいタイプでもあります。
努力家ですが、切れたり、人を論破することが好きです。ケンカもいとわない。
騙されたとわかると、怒りがひどいのもこのタイプです。
ピラミッドの2段目にいます。

(3)高機能人格障害の人の言葉に心を打たれるのは、燃え尽き症候群のやさしい人達です。
素直なイエスマンたちのことです。
宗教団体の末端には、この種類のやさしい、盲従タイプの人がとても多いです。
言われた通りに勉強や研鑽をして、疲れてはいるけれど、褒められるとうれしくなります。
でも、高機能人格障害の人のやり残した仕事や責任をとらされることもあり、
足りないノルマの穴埋めをさせられても、イヤだと言えなくて鬱を発生するのもこのタイプです。
親孝行で信仰をしていることも多く、なかなか離れられません。自分に自信がなく、自分の意志で選ぶことには不安があるため、素直さを搾取されていきます。
ピラミッドの3段目にいます。

(4)普通の人だけれど、言われてそのまま付き合いでついてきてしまって、なんとなくやめないでいる人達。
距離感さえあれば、マインドコントロールは少なくて済んでます。思い出が増える前に、働きに出るなどの口実をつけて、フェードアウトをお勧めします。
ピラミッドの4段目にいます。

(5)は、これらの人々の子供たちがピラミッドの5段目にあたります。

あらゆる宗教組織は(1)と(2)のタイプの人々が最初に作っています。
(1)や(2)の人は、他人より自分を守ります。
もし出会ってしまったら、離れるときに必ず悪口がありますが、全力で逃げてください。
 

つい乗せられる「限定もの」


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<手法その3: 希少性>

過去記事をすべてお読みいただくと、
マインドコントロールが「自分の意志で選んだ」と感じるようにできているのは、だいぶ説明ができたと思います。
さて、今回は「希少性」です。
みなさんは、タイムセールスや期間限定の商品を買ったことがあると思いますが、あれのことです。
また、「今しかない」「これしかない」「ここだけが本物だ」「運命的な期間に出会ったものすごいご縁」
という言葉もこれに含まれます。
宗教やネットワークビジネスでは、「自分のところだけが正統・正義」である前提である場合が多いため、
どうしてもこの、希少性の強調がなされてしまうのです。
それに人は惹きつけられるのです。

珍しい修行を売りにしたり、変わった呪文を秘密主義にしたり、
教祖のみに伝わる悟りまがいのものがあったり、
霊験あらたかなナントカがあったり、
学者を招いた無料のセミナーが今回限りだと謳ったり、等。
ものすごい経験を持った素晴らしい誰ソレが来るから是非来て!と。
二度とないことを強調するのです。(誰でも人生に同じことは二度ありません)
しかし、実際は一年中、勧誘のための色々なイベントや集会が開かれているのです。

閉鎖的な条件で、限定されたものである以上、たくさんの人に開かれてはいないし、
たくさんの人を無条件で救う宗教ではないことを、見抜きましょう。

宗教の人は言います。ネットワークビジネスの人も言います。
「万人に開かれた宗教なんだ」「みんなのための仕事なんだ」と。
そこで、こういう疑問を持ちましょう。
「入った人だけが知りうる幸せでしょう?」と。
「入信した人限定で開かれた宗教ではないのですか」と。
そんなことはない、とお相手は言うでしょう。
求めれば、万人に可能性が開かれている、と言い直すかもしれません。

しかし、純粋なのは信者の方々だけであり、団体の意図はそうでないことが多いのです。
「思っているだけで救われるかどうか」がポイントだと思います。
宗教活動の参加や、集金への参加、冊子の購読など、
金銭がやたらに介在する宗教は、本音と建前がちがうのです。
(信者さんがあなたを誘うのはノルマのためでなく善意の場合が多いでしょうから、
団体やその会社は、よいことにだけお金を使っていると信じ切っています)
集まったお金が何に使われているか、
「集金の使途の内訳」について、なんにも知らないのです。

「この時代に生まれ合わせて、今、ものすごい大切な時が来ている」
という内容のことを、宗教は、何十年も言い方を変えて繰り返しているのです。

ここで、わたしは、本当の希少性というものを、あなたにプレゼントします。
身近な人に、ぜひプレゼントを連鎖してあげてください。

ここに、あなたの住んでいる都道府県に、一つしかないダイヤがあります。
その価値は、あなたがつけるなら、どのくらいですか?
少ないものですし、ちょっとよい値段がつくと思います。
それがもし、日本に一つしかなかったら? 相当な値打ちだと思いますよね。
それを持つと、どうやら、とてもうれしい気分が味わえるらしい。
ダイヤには、ものすごい価値があるとわかってきました。
噂が広まると、みんなが、なんとしてでも欲しいと、それに憧れました。
実は、そのダイヤが日本に一個しかないとわかったからです。
だけど、とうとう世界に知れ渡ってしまった。
なぜか? 噂が噂を呼び、みんなにとっても、すごい価値があるとわかったからです。
なんと!
それは、世界にたった一つしかないダイヤでした。
そんなにすごいダイヤモンドだったのです。
だけど、それが、どこぞの星の人々までもが、欲しいと言い出しました。
涙を流して、必死で、大金を積んで、死ぬほど懇願して欲しがりはじめたのです。
これを手にすることで、どうやらうれしくなったり、人を幸せな気分にしたりできるらしい。
「なんでもするから!」
「どうかそれをちょうだい!」
「くれるなら、どんな試練でも耐えますよ!」
「それしかないんだ! なんとしてもください!」
本当に、ほんと? 本当にがんばれる?
「ええ!」「絶対に約束を守ります!」「無駄にはしません!」

もう、おわかりですよね?
もっとも希少価値のあるもの。
それは、あなたの命です。

この話を、顔も知らない人々に伝えたくて、今日のブログを書きました。

あなたには、自由に楽しく過ごす権利があります。
宗教の人々は色々なことを言います。「そんな大切な生命を、磨かないなんて勿体無い」と。
人の魂が、元々澄んでいる存在であるということは、教えてくれません。

人の心は汚れるのが当たり前という大前提がないと、
宗教団体の存在価値がなくなってしまうからです。

人は、ありのままで100%素晴らしいのです。
人は生まれる前に自分の魂にどれだけの試練を与えて鍛えるかを決めてきているといいます。
「自分は欠点だらけだ」「最悪の環境に生まれたんだ」という人は、順境の人に比べたら、ものすごく有利なのです。
なんにもないから幸せ、というわけでもありません。
今この瞬間から、人と仲良くしたり、自分が良心に従ってたのしく過ごすことが大切です。
いつか専門的に記事を書こうと思いますが、
物にも人にも波長というものがあります。
落下は階段を転がるように簡単ですが、上にはなかなか行けません。
ひどい人になり不幸になるのは簡単です。
上に行く方法は一つしかないのです。

仏教を学んだ人には聞き覚えもある言葉ですが、「心の思い」「言葉」「行動」を美しくすればいいのです。
身・口・意の三業の法則です。
これを、悪いことが起きたときのための「宿業論」にして恐怖心を煽る宗教ばかりです。
実際は、この3つをよくしようとしはじめると、家族は仲良くなり、心も安定し、
行いは面白いし楽しいし、気分よくなり、生きていて楽しくなってくるのです。
しかも運がよくなります。

あなたの周りでもいませんか? 
信仰をしていないのに、ステキな人。
この人は天使みたいだ、という人。
この人、どうしてこんなに輝いてるんだろう、という人。
そういう人は、この3つが美しいのです。
仏教の「ぶ」の字も知らないのに、
知らず知らずのうちに、身・口・意の善業を積んでいらっしゃるのです。

ちまたで売れている掃除の本も、この中の「行い」を美しくする方法の一つです。
企業が社訓にも加える「ありがとう」の習慣も、言葉を美しくする方法の一つです。
では、心の思いはどうやって美しくすればいいのでしょうか?
それは良心に従うということです。
こうしている間に、あなたの心臓は、働いていてくれています。
そこに今、「ありがとう」と思ってあげてください。
思ってくださいましたか?
こうやって、「心の思い」も運もよくなっていきます。

宗教をされているご家族をお持ちの方で悩んでいる人々は、
たいていは、宗教をされている方の「心の思い」はいいのですが、
「言動」に傷ついているのではないでしょうか?
宗教をされている方も、「言い方ひとつ」で真心はお相手に伝わると思います。
話した相手があなたの思い通りにはならなくても、
誤解を招くような傷つける言い方をしなければ
「相手を救いたい一心」で行ったことは、ちゃんとあなたの内なる良心が見ていますし
宇宙にその波長や磁気を刻んでいるのです。

最上の価値あるダイヤは、命だと書きました。
生まれながらに澄んでいるのだと。
しかし、学びのために汚れる時期もあるでしょう。
人生は学びの舞台なのです。色んな人がいて、色んなプロセスがあります。
やいやいと人に絡みながら
後悔して学びを得るタイプの人もいれば、
あまり人にもまれないでキレイに過ごしたい人もいる。
あなたが幼児だったころを思い出してください。
イヤなやつはいたでしょうけど、生まれつきの悪いやつなんていなかったでしょう?
良心の声を聞く、という日々を取り戻せば、また人はやり直せるのです。何度でも。どこからでも。

あなた様の奇跡の今日が、すばらしい日となりますよう。
みんな仲良くお幸せに。

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信者に悪意がないから辛いのです

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マインドコントロールの手法の一つに
<好意の返報性>
というものがあります。

信者さんが「よかれ」と思ってしてあげたことも
「して返してあげられない立場」の人には迷惑なのです。

信者と勧誘される人。
この関係は、まったく対等ではないのです。
フェアーではないのに、このイヤさに対して
適切な言葉が見つからず、
言語化してうまく説明ができないから
関係が途絶したり、ケンカ腰でしか話せなくなったりするのです。
人は、言語化できない感情の渦にいるとき
沈黙するか爆発するようにできているのです。

さて、今回の記事は「信者の言動の特徴」を見ていこうと思います。


・非信者自身の努力や行動を軽視して正当に評価せず、「信心のおかげ」になってしまう。


・恐怖心をあおる教えを、一信者にしかすぎない人が断定的に語り、無理に帰依させようとする。

・根拠もないのに「うちの宗教は正しく唯一無二の救いの道」とし、入信していない人にダメだしをする。


・そもそもが宗教の指導に問題があるのに改善はされず、たくさんいる信者のせいにしている。


・被害の報告を受けているにもかかわらず、宗教団体はそれを黙認したまま。


・人生につまずきや不幸はつきものですが、「入信していないから」「信心が足りない」と、
思いやりのない不当な言葉の暴力で相手の内なる良心を傷つけ、信仰をうながし、具体的な生活改善が見落とされる。


・信仰をもたない人の運命は酷いものだと、不安をかき立てる。

・不幸のあった家族に、それ見たことかと、「信心しないからだ」と言葉の暴力を浴びせる。


・最初は「入信すれば助かる」と教えるのに、悩みが改善されないと、
「真剣さが足りない」「信心が足りない」と、信仰心まで低く評価される。


上記のことで、傷ついた人々は、信者さんの中でも多いのではないでしょうか。
自主的に組織信仰をやめた人の大半が、こういう点にうんざりしていらっしゃるようです。

信仰とは、信じて仰ぐことです。
平和とは、家族や友人や同僚と、できるかぎり仲良くすることです。
配偶者や子供を大切にしたり、草花やペットを愛でることです。
今日一日を大切に生きることです。
今日働くのもそうでしょうし、人それぞれ役割がちがうのです。
今あなたがしている呼吸が、何かに良い影響を与えているのです。
あなたが、そのままで100%素晴らしい存在であるように
周りもそうだと信じることです。

信仰を持ったがゆえに、
「やらないと!!」
「やらせないと!!」
という強迫観念を持って、
葛藤して、子供や配偶者や親にプッシュして
心をきつくさせるのは、おかしな話です。
そういう教えが、教団のためにはいいけれど、
神や仏の真意が、本当にそこにあるとは思えません。

お母さん大好き、お父さん大好き、この世界が大好き、自分が大好き、
生んでくれた見えない存在に感謝。
本来、そういう人物を、きちんと育てたかったのではないでしょうか?

現代にある、新興宗教の大半は、戦後に大きくなりました。
それには、ちゃんと理由があるのです。
戦時中までは、国家的に神道をファシズムに使い、国民は密告の制度もあり、
恐怖によって動いていました。
少しでも国の意図にたがえる行為をすれば「非国民」と呼ばれたのです。
ちょうど今の宗教組織が、疑問を持った人を罵倒するように。

戦後は、シンボルとなった国の象徴や、国民のアイデンティティが操作されました。
昨日までみなさんの子々孫々のために戦った人々が戦犯者となり、
インドあたりでは「アジアで唯一西洋と戦ったのが日本」とされるのが
監視されている日本国内では、
「アジアの恥」「加害者」「反省しなさい」という教育しか受けられなかったのです。
今、みなさんの周りで、日本の国旗を掲げる人はいますか? いないでしょう?
韓国の人もアメリカの人も国旗が大好きだといいます。
なぜ日本は、なんでもない好意で国旗をかかげる人がいなくなってしまったのか。
情報が操作され、マインドコントロールされ、
「愛国心」や「祖国愛」という言葉に手垢がついてしまい、
いつのまにか「日本の国旗をかかげるのは恥」という風潮になっているのです。

同じ国から侵略をされた、
オーストラリアのアボリジニや、ハワイの原住民や、アメリカインディアンはどうなりましたか?
みんな迫害されて、先祖伝来の土地を奪われたのです。
みんな平和におとなしく暮らしていたのに、です。
わたしは、戦争に反対で賛美する気持ちはまったくありませんが
こうした事情なり背景なりの説明がない偏向教育は、人間性に歪みを生じさせるだけだと思います。
理由があっても、殺人は正義にはなりませんが、
自分たちが崖のふちに立たされていた状況は、伏せられたままなのです。

日本の兵隊さん(みなさまのお祖父さま、曾お祖父さまたちです)だって、
お金もなく、服も食べ物もなく、みんなで我慢して国を守り、どんなに命がけだったか。
だけど、
敗戦したことによって、また、GHQによるメディア支配によって
国民全員が、戦時中の自分たちを否定するようになったのです。

でも、人間が、昨日まで持っていた激しさを、どうやって処理するのでしょうか?
昨日まで信じていた対象がなくなって、心はどこへ向かえばよかったのでしょうか?
そこに「ほかを見てはいけない」とされる宗教が、大変マッチしたのです。
宗教は、取り残された心を、受け入れる役割をしたのです。

外国を攻める気持ちは、他宗を責める気持ちへ。
飢餓と貧困への不満は、そのまま祈りになっていったのです。
そして、高度成長期と重なってしまった。
だから、その時代に経済苦からの生還の経験をもつ信者さんは非常に多いのです。
今はどうですか?
その「経済革命」という現象はむしろ、中国バブルで起きているのではないでしょうか。

あなたも、子供も、お父さんお母さんも、今日を楽しみ、穏やかでいることが、神や仏や
それを悟った人々の願いなのです。

あなた様の奇跡の今日が、すばらしい日となりますよう。
みんな仲良くお幸せに。

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手法その2 <恐怖のすりこみ>と心の病


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<恐怖のすりこみ>

教団から抜けないようにするために使われる教義です。
「やめたら地獄に落ちる」「入信していない人は知らないけど知ってやめるのは魔より悪い」
「頭がおかしくなるよ」「一家離散になるよ」「貧乏になるよ」等が
教義を引用して、まことしやかに伝えられます。
マインドコントロールで、もっとも多く使われる手法です。
信者さんたちは、もちろん、それを手法だとは、意識しておらず、
あなたを思って、よかれと思って言っているのです。
しかし、この教え込みによってやめられなくなるのです。
あたかも、自分から選び取った選択であると、ご自身の脳みそが勘違いをしてしまうのです。
かといって、あなたは騙されやすいバカではありません。
人の脳は、そのようにできているのです。
この仕組みを、世界の支配者たちが、大衆よりも先に知っていたということです。

恐怖を与えるような、そら恐ろしい教義があります。
それは、本来は、悪い行いをしないようにするために、聖者や先人がいましめにつくった教えなのです。
純粋でマジメな人々に適用してはいけないのです。

宗教団体では、これを、団体の批判を完全に封印することを目的に教え込む場合が多いようです。
情報を得るのが魔やサタンだと言われれば、こわくて誰も近づきません。
そうした教えがあるために、「心の病がよくならない」という現象があちこちで起きています。

休まないと治らないし、休めば治るものが
「サボれば魔が入る」「この病気が魔だ」「業病だ」と言って、
業病の意味もよく調べないで、頑固になっているのです。
業病の業という概念と元をたどれば、中国の法華経のお医者さんになるのですが
その方が、一番最初に言及されているのが「食事」なのです。

現代は、何が何だかわからないくらいに食事が狂っている時代です。
人類は何千年と「火での調理」をして寿命を延ばしてきましたが、
とつぜん現れた電磁調理器具に、なんの疑問も持たない不自然さを知るべきです。
また、農薬の成り立ちや背景、政治と結びつきのつよい食品を、独学でどんどん知ってください。
(言及すると迫害を受けるのです。このブログの存続も難しくなってしまいます)
ヒントは、食品ではなく、食物を食べること。体調はかなり改善されるでしょう。
図書館の健康コーナーで食事に関する書籍はいくらでも出ています。
ちなみに、日蓮さまは 鶏も魚も食べなかったそうです。(当時の時代背景から、牛肉や豚肉を庶民が口にする習慣があったとは思えません)
キリスト教系の聖者の方々は、地元にある季節のお野菜を低温調理されています。
米兵は「日本の水にはポイズン(毒)がある」と知っていて浄水器を必ずつけます。

宗教をやっている人々の心の病の根の深さは
食事の狂いがあっても省みず、業のせいだといい、サボったせいだといい、信心が足りないせいだというところです。
誰かが気づいても、別の誰かが「ほら、治らないじゃない、罰なのよ。もっとやりなさい」と
現在進行形で新しい劣等感を植え付け、罪悪感を植えつけるからです。

また、お釈迦様の生家は、太陽信仰でした。
インドには比較的多い信仰といえます。
太陽には、昼夜逆転を治す力があります。
逆にパソコンや携帯や液晶ゲームの光は、視神経から交感神経を刺激してしまい、眠りにくくなります。
夜10時を過ぎたら、なるべく、そういったものからは、離れることです。

ドクターストップがかかっても、
「お医者さんは信仰していないし聖者じゃないから」と、言うことを聞けなくなってしまうのです。
ある宗教に入れば、その宗教の教義以内でしか物事を考えなくなったりします。
それは、「怖いから」です。
信仰している人は、医者や家族や自分にではなく、
神や仏にとって正直でいたいものなのです。
しかし、「組織のために正直に燃え尽きて行く自分」になっていることに気づきません。

もしかしたら、宗教に入っている人の心の病は
家族で宗教活動に厳しい人がいませんか?
経済的に依存しなければならない相手が言ったりするものです。
しかも本人は、よかれと思って言っているのです。
でも、家族でのケンカは不毛ですよね。
あらがう力さえ残っていないのに、絶対にムリなケンカや言い争いをしてはいけません。

不本意かもしれませんが、いくつかの案があります。
・治療に専念できるように、食事だけは、なんとかしてもらう。
・または、自分でつくる(ムリはしないでください)
・心では、やっています、と伝える(内なる良心に従っている、という意味の信じ方です)
・沈黙を保てるなら保ち、治療をし、安全な距離をとる。
(いずれにせよ、心の病の人が、完全に力を取り戻すまでは、安全でいるべきだと思います)
宗教の話は、健康なときでさえ、本当に心が折れそうになりますし、
体力がいります。
一歩まちがえれば世界大戦になってしまうような事柄だということを、よくよく自覚なさってください。

ですから、今もし心の病だとしても、無力なんかではないのです。
むしろ、これまで数々の宗教的プッシュに屈しないで、相手の思い通りにならず
信念をつらぬいて生き延びてきたあなたが、
どんなに強い人間なのかを、知ってほしいです。
そして、あなたも、あなたを苦しめてきたお相手も、
同じゴールを実は目指している素晴らしい命なのです。

ああ、なんで、それなのに宗教には派閥があるんでしょう。全員素晴らしい宝物なのに。

お釈迦さまは、「真の疑いとは、疑っても疑いきれないものに帰着するためにある」と言われました。
自分の頭で考えて、もっともよいと思うものを探求するのは、人間のせつなる願いであります。
その自由を、堂々と使ってください。
あなたが、あなたの心の内側にある良心に従うなら、疑いは、よい疑いであり、だいじょうぶなのです。

あなたが特定の団体に属していて、団体の中で教義の質問攻めにしても、
答えられる人がいない場合もでてきます。

悟りを得た人々が、みな孤独だったことを思い出してください。
最初は、みんな一人でたどり着くのです。

もしも、もう、誰も質問に答えてくれる人がいないほど、何かの境地に達する瞬間がきたら
絶対に死なないでください。
覚醒するときに、孤独感は最初の一歩に現れると、お釈迦様が申されておりました。
だいじょうぶ、わたしも、家族はいますが、そういう意味では一人ぼっちです。
最初も最後も一人なのです。宿題があるから生まれてきたのです。

あなた様の奇跡の今日が、すばらしい日となりますよう。
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信教の自由と子育て


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こんにちは。
今日は、「信教の自由」と「子育て」に的を絞って書こうと思います。
子育てに関係のない方でも、何かしら思い当たる点があるかもしれませんので
のぞいていってみてください。

なぜ子育てについて言及するかと申しますと
「子育て」につけいる宗教や思想団体があまりに多いからです。
「お子さんのために!」という言いがかりは、もっとも母たるものの胸を苦しめるものです。
「お子さんの幸せのために!」と誘われて断ったら、なんて歯がゆく真っ暗な気持ちになることでしょうか。
子育てで悩みのない人なんていません。子供が大切でない人なんていません。
親身になって相談にのってくれた人が「宗教の勧誘の布石」だったときのショックは、
どれほどのものでしょうか。
宗教の誘いに乗らなくても、友情を続けてくれるのでしょうか?
「はい、次!」 に行っちゃうんじゃないでしょうか?

宗教の信者さんは、「宗教団体の活動は、憲法で保障されている」と言います。
宗教団体は都合のよい文だけを教え込み、
都合の悪いところは削除してしまいます。
お釈迦様やキリスト様の肝心な教えを削除して
「シークレット」になってしまったように。
いつの時代も民衆は大きな誤解をしたまま眠らされてしまいます。

以下に、憲法20条の原文を示します。

第20条 

1 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
  いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

上記の「第2項」が、強調されることなく、見過ごされてきました。

日本国憲法が保障する「信教の自由」とは、
「嫌な宗教を強制されない自由」なのです。
行き過ぎた神道主義の国家的なマインドコントロールのあとに敗戦をした背景を考慮されているのです。
人を統率してまとめるには「~すべき」「~ねばならない」というような
恐怖をあおったカルト的要素が必要だったということです。
  ※本来の神道は人を縛るような教義はほとんどないようです。

信教の自由が保障された現代は、
一人ひとりが賢くなって、自分の頭で考えて、
わが身を防御してもよい時代、ということになります。
どうか、これを大きく主張してください。

多くの信者さんたちは、
「信教の自由」という言葉だけを大まかに解釈して、
「正義の名の下に行なわれる行為は、違法ではなく、全て許される」
と思い込んでいるのです。これが、大きな誤解です。

たとえばキリスト教系カルトならば
「サタンはエバを騙したのだから、
神の子たちは、人を騙してでも、
よい世界に連れていかないといけない」
と考えてしまうのです。
だから、街角や公民館で宗教団体であることを隠してでも、
縁をつけようと
必死になっているのです。

仏教系のカルトならば、
「世間法(ならわしや人付き合い)よりも王法(法律や憲法)
王法よりも仏法(仏さまのあらわした原理原則)が大事だ。仏法は厳しいのだから」
と考えているのです。

そうして、「法律を侵し」、「他人を傷つけ」、「常識を欠いて」、
「神」または「仏」がご覧になって、喜んでくださっている、と思い込んでしまうのです。
それは、「社会が大きく間違っているときには有効な考え方」かもしれません。
でも今の日本国には、
「どこまでも生命の尊厳に、一番重きを置く」
という概念を知らない人はいません。

よい面も悪い面もあるのは社会の常ですが、
家族を捨てさせたり、
あまつさえ密室育児が危惧されているこの社会で、
宗教活動のために家をかえりみなくなる家族が、宗教によって増えることを
よくよく懸念してほしいのです。
さみしく愛情不足の人間が増えたら、この国の未来はどうなってしまうのでしょうか?

「しあわせのために」
「お子様のために」
「よい運をつけるために」
と、宗教の信者さんたちは、あなたの好意や善意に訴えかけるでしょう。
この人たちも本気でそう思っているのですが、
宗教活動で家を不在にした家庭で育った人の大半が、深刻な愛情不足から
精神疾患や、カラダの不調を訴えたり、非行に走ったり、
愛情飢餓感から性風俗産業に身を投じてしまったりするのです。
これが、「原罪」によるものですか?
あなたが子供のことで悩まないといけない「宿業」のせいでしょうか?
いいえ。

子育てで本気で心の底から悩んだなら
宗教とは関係のない
できるだけ数多くの「子育てがうまくいっている人」から
自分に適したやり方を学ぶのが最短コースです。

愛情不足なら、原因がはっきりしています。
ちゃんと因果関係があるのです。
愛情不足の人の病気は、治るのです。
本人に伝わりやすい愛情を与えればいいのです。
母親からでなくても、配偶者や恋人や、誰かからの愛情でも治ったりします。

愛情不足の本人に、わかる言葉で、わかる行為で、
ムリをせず、コンスタントに伝えればいいのです。
結局、聖者たちは、人々が仲良くするための方法を説いたのですから。
そこがわからないで、家族を責めてばかりで「やれやれ」言って威張っていても
そこに思いがあるだけです。
仏法の恩恵でもなくキリストの愛も顕現されません。
それは、「やさしく仲睦まじく」するところで生まれるものです。

もう、今から、今日から、仲良くすればいいだけのことです。
後悔しても仕方がないのです。
時間が戻らないなら
残された時間がどんなに少なくても
やさしくして、
「ありがとう、愛している、あんたが好きだよ」 と伝えれば
どんなに険悪な家庭も、やり直せます。

そこには勇気がいると思いますが、宗教をしていて
勇気が大切だと習ったのに、その勇気は社会や憎き敵には出せても
自分が正義だと主張する以外に、
ただ「ありがとう、愛してます」と伝えるような勇気を
家族には持てなかったのではないですか?
今、家族とうまくいっていない人のほとんどが、この勇気を使ったことがないのです。

どんなにあなたの気持ちがラクになれるか。
どんなにあなたの環境がよくなるか。
これが仏法の勇気なんです。
勇気をふりしぼって、できないのなら
カタチだけでもいいのです。
どれほどその言葉が力を持っているか!
一回だけ試してみてください。

そして、どんな人でも、「あなた自身の信教の自由」を守っていいのです。



あなた様の奇跡の今日が、すばらしい日となりますよう。
みんな仲良くお幸せに。

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