生きてる感想

僕が好きなことを書いて、誰かが楽しんでくれれば、それ以上は望むべくもないでーす

川端康成「名人」4

 僕はもともと文学志望だったから、日本文学を代表する一人である川端康成に触れ、理解し、魅力が分らなければいけない、という思いから、高校の時も大学の時も「雪国」やら「伊豆の踊り子」やら「古都」やらを読んだけれど、地味で地味で、どこがそんなにありがたいのかさっぱり分らなかった。
 しかし、30歳すぎに、「雪国」を読み返した時、美しく哀しいと思い、それから川端を読むようになった。一冊読むごとに雪が静かに音もなく積もるように、しんしんとしてくるものがある。僕はたぶん30代の前半に川端を何冊も固めて読んだ。その時は「雪国」と「みずうみ」が大好きだった。「みずうみ」はストーカーの話で、川端文学としては異色とされ、あまり代表作というような評価は受けていないが、僕は陶酔した。川端は派手か地味かと言えば、地味だ。人は、死んでいく時、静かに死んでいく人もいるだろう。しかしその閑けさには、その人の人生のすべてを賭けた万感の思いが込められていることもある。川端文学というのは、静かにそういう万感を語るものといえよう。だから、分らなければ、地味だなあ、で終わるし、しかし一旦感知すれば、魂の底まで揺さぶられる。
 僕が今のところいちばん好きな川端作品は、「千羽鶴」だと思う。川端文学は、建物を構築するようなものではない。音楽で言えば、和音を重ねて重ねて、派手な大音量を鳴らすオーケストラ作品ではない。音があればそれを取り除き、静かになったら、またその時聞こえる音を取り除き、というふうにして、小さな音をとりあげていく。川端作品は、ページを重ねるごとに、プロットを積み上げるかわりに、そんな、取り除く作業をしているようにもみえる。また、そんなこころの作業の味が分ると、川端作品に代わるものは、なかなか見つからなくなる。今では川端作品は、僕が最も好んで読む小説家になった。
 僕が若い時に川端作品の良さが分らなかったのは、やっぱ、いろんなものを吸収して自分の世界を広げることに主な関心があったからだろう。ド派手なオーケストラ作品を聴きたいのであって、禅寺の沈黙の中に身を置きたいとは、若い頃は思わないものだ。

 古池や かわず飛び込む水の音

 この有名だが、なぜそんなに良いのか分らない芭蕉の俳句の良さが僕に理解できる日が来るとは思わなかった。
 人が動き作業している間は、騒々しい音が絶え間ないのは当たり前であるが、しかし寝たり休憩したりする時には、静かになる。
 TVを見ても、見る人に何かを訴えたり、ある心的作用を起こしたいと思う時には、音楽とか効果音を用いる。そういう音を聞きながら人はある気持ちに運ばれていくだろう。悲しい歌を聞きながら悲しい話をされれば悲しくなるし。興奮する音楽とともにいさましい話を聞けば心が高ぶる。料理で言えば、ある料理に合ったソースをかけて食べる。
 しかし日本料理というのは、素材の良さを生かす。魚も新鮮だったら生で食べる。料理が新鮮だった場合、日本料理では、なるべく素材を加工せずに、それだけで食べるという傾向が、他の国の料理よりもあると思う。
 それと同じで、生活の中で、BGMも何もなしに鑑賞するに値するものがあるではないか、というのが、上の芭蕉の句に現れていると思う。たとえば、子犬が走り回るのを、ショパンの「子犬のワルツ」をBGMにして見たり、くまばちが飛ぶのを、リムスキー・コルサコフの「熊蜂の踊り」とともに見るのではなく、沈黙の中で、カエルが水の中に飛び込むさまを見る。わび、さび、というのは、素材をそのままBGMも味付けも何にもなしで召し上がれ、という性質を持っていると思う。

 外国人は、寿司というと、ごはんの上に生魚を乗せるだけだから、そんなに難しい料理だとは思えないのだが、寿司職人なんて、長く厳しい修行をしたのちに一流になるというので、素材をそのまんま焼いたり煮たり塩をかけたりするわけでもないのに、どうしてそんな修行する必要があるのかな?と思ってしまうのだが、素人では分らないところでいろんな工夫があるんだろう。

 川端の「名人」。これは、古い時代を代表する最後の名人と言われる人の引退碁を中心とした小説だ。この碁は昭和13年6月から12月まで半年もかけて行われた。川端はこの碁の観戦記者として観戦記を新聞に連載した。名人はこの碁の1年ちょっと後の昭和15年1月18日に死んだ。川端が「名人」を発表しはじめたのは昭和17年だが、それは一旦中断して、昭和26年から、改めて最初から書き直して発表したようで、この、薄味の会席料理のように上品であっさりした作品からは、大幅な書き直しをしたりするような苦労の重さなどは感じられない。素人では分らないところでいろんな工夫があるんだろう。

 僕は碁は一切分らない。ただ、物音をしない古い庭で、カエルがポチャンと池に飛び込むような、白い紙の上に墨が一筆入るような、そんな雰囲気を味わいたいがために、この薄くて、心に何かが建設されない本がちょうど目についたので読み出した。こういう時に、川端の小説の他になかなか代替物が見つからない。

 この小説は、登場人物の一部に仮名が使われているが、ほとんどは実在する人物が実名で出てくる。碁の観戦記者が名人のことを書いたという形式であって、他の川端作品のように、恋愛対象の女性が出てこないところが、異色であると言われている。ノンフィクション的であるところも違う。他の川端作品とはずいぶん違う素材を使いながら、しかし他の川端作品とまったく同じ手触りがするのが面白い。これは、村上春樹が、何をどう書いても村上春樹的な描写になるのと似ている。これを思うと、一人の人間が何か対象を書くというのは、対象を書きながら、自分の内にある「何か」を繰り返し書いているようなものだとしか思えなくなる。これは新しい発見であった。鳥が巣を作る時、周りにあるものをとってきてそれを材料に使う。都会に住んでいれば、プラスチックのひもみたいなものを素材に作るのだが、何が材料であっても、完成した巣は、どれも同じ形をしている。やっぱり鳥の巣だ。それと同じで、作家も、何を材料にしても、けっきょく自分の心の巣を作っているのだ。そうとしか思えない。

 普通、作家が何かを書く時には、何かを構築するものだと思う。でも川端は、構築とか建設という感じがしない。ページが20ページ、30ページと進んでも、それは何かを作り上げるためではなく、沈黙の時間を長くするだけ、というような感じがする。たとえば三島由紀夫などは、「私が作ったこの世界を見よ」みたいな顕示欲がギラギラしているが、川端からそういうものはまったく感じない。
 川端は幼い時に両親を亡くし、その後もきょうだいなども死に、16歳か17歳の時に祖父を亡くし、血のつながった肉親をすべて失った。これは特異な経験で、その内情を他人が推測しうるものでもないだろうが、何か自分のしたことの成果を見せたい、という相手が、普通、人間生きていればあるものだと思うが、川端の場合、そういう相手がすべて死んで、顕示欲みたいなものがなくなってしまったのではないか?と考えてみたくなる。何かを建設したり構築したりするかわりに、あるものをどんどん無くしていく、そのことで別れた肉親の供養をしているような雰囲気さえある。こういう、「構築、建築に対する負の走行性」を持っている小説家なんて、他に僕は知らない。そしてそれが、一遍上人の「捨ててこそ」という言葉や、禅の不立文字にも通じるものがあるのではないか、と考えたくなる。

 この小説は、名人が昭和15年1月18日に死んだ、というところから話が始まっている。僕がこの小説を読み始めたのがその数日前だったので、なんという偶然だろう、と思った。僕は昔から、小説を読み始めると、小説の中の季節と現実の季節が不思議に一致することが多いですね。あるいはそういう偶然の一致だけが記憶にずっと残るから、いつも一致するような錯覚をしてるだけなのかな。
 僕がこれを読み始めた時は、現実世界では、1月17日が阪神大震災の日だから、そういうメモリアルイベントなどがあって、その前日はキング牧師の誕生日でアメリカは祝日。16日、17日と続くなあ、みたいなことを思っていた。
 この小説の冒頭は、名人が死んだ滞在先の熱海では、尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の「今月今夜の月」というのが1月17日という設定だそうで、それで熱海では紅葉祭があるという。そして名人はその翌日に死んだので「この一月十八日の命日は、熱海では覚えやすい。」ということが書いてある。



 最後に、文化論的に興味深かった部分を抜き出しておこう。

 …伝統と言えば、碁もまた中国から伝来したものだ。しかし、ほんとうの碁は日本で出来たものだ。中国の碁の芸は今も、三百年前も、日本にくらべて話にならない。碁が高まり深まったのは、日本人によってであった。昔中国から移入した多くの文物が、中国でみごとに発達していたのとちがって、碁は日本でだけみごとに発達した。もっともそれは、江戸幕府が保護を加えた後で、近世のことである。碁は千年も前に伝来したのだから、長い時代、日本の碁の知恵も育てられなかったわけだ。しかし、中国で仙心の遊びとされ、神気がこもるとされ、三百六十有一路に、天地自然や人生の理法をふくむという、その智慧の奥をひらいたのは、日本であった。外国模倣、輸入を、日本の精神が超えたのは、碁に明らかであった。(p87 新潮文庫)


 そしてその後、中国に生まれ、囲碁の才能を日本人に発見され、日本で活躍した呉清源について、

 呉六段の天才が生きたのは、日本へ来たからであった。古い昔から一芸に秀でた隣国人が、日本で尊ばれた例は少なくなかった。今もそのみごとな例が呉六段である。中国にいては止まりになる天才を、育成し、愛護し、厚遇したのは日本であった。少年の天才をほんとうに発見したのも、中国に遊歴した日本の棋士だった。(p89)

三番目の誰か2

10年交際の恋人葬儀で結婚式、長年の約束を果たし“永遠の愛”誓う。
http://www.narinari.com/Nd/20120117177.html


今年1月3日、タイでテレビディレクターを務めるある男性は、結婚を約束していた恋人を突然事故で失った。しかし、彼女との“永遠の愛”を誓うと決めた男性は、後日行われた葬儀で彼女にウェディングドレスを着せ、同時に結婚式も挙げたという。


タイ紙バンコク・ポストやタイニュースサイトのパタヤ・デイリーニュースによると、この男性はチャディル・デフィさん。彼がサリンヤ・カムサックさんという最愛の彼女と出会ったのは10年前、互いに通ったイースタン・アジア大学で恋が芽生え、交際を始めた。それから順調に愛を育んだ2人は結婚の約束も交わしていたというが、デフィさんの仕事は多忙を極め、「彼の都合で」(パタヤ・デイリーニュースより)結婚を先延ばしにしていたそうだ。


近い将来には必ず結ばれるはずだった2人。ところが、そんな2人の間を引き裂く不幸な出来事が1月3日に起きてしまう。交通事故に巻き込まれたカムサックさんが、結婚を果たす前にこの世を去ってしまったのだ。すると翌日、自身のFacebookで彼女への愛があふれたメッセージを書き込んだデフィさん。そこに彼は、スリン県の寺で行われる葬儀で彼女との結婚式も行う旨をつづり、友人たちを招待したという。長年の知人から「少し変わっている」(バンコク・ポスト紙より)と評されるデフィさんに、これには招待された多くの友人たちが驚かされたそうだ。


そして、彼女の葬儀が行われた1月9日。黒のタキシードにシルクハット、蝶ネクタイという格好で寺に現れたデフィさんは、横たわる彼女の体に純白のウェディングドレスをまとわせ、親族や知人らが見守る中で結婚式を行った。この様子はYouTubeとFacebookに写真を編集した4分半の動画(http://www.youtube.com/watch?v=Bsnm-SxrfGA ※一部で彼女の遺体写真が映ります)で公開。



3分10秒過ぎには病院で治療を受ける彼女の痛々しい写真もあるが、それまでは生前に撮った彼女のかわいらしい写真と結婚式の様子が紹介されている。

結婚式では彼女の左手薬指に指輪をはめ、手や額にキスをしているデフィさん。この動画は、テレビなどでも紹介されてタイ国内で大きな話題となっているそうで、再生回数も64万回(1月20日現在)に達している。ただ市民の反応は一様ではないとされ、「花婿に対する同情と感傷的な声」(バンコク・ポスト紙より)が多く聞かれる一方で、中には彼の行動に不快感を示す人もいるという。

こうした否定的な見方に対し、彼を「少し変わっている」と評したバンコク・ポスト紙の記者は意見記事の中で、知らない第三者が否定的に捉えるのは仕方ないとしながらも、性格を知る人物から見れば「彼は筋を通したかった」と擁護。デフィさんは、2人の愛が現実にあったという“証明”をしたかったのだと気持ちを代弁している。

-------------------(引用おわり)---------------------------------




 エリオットの詩に、このようなものがある。

Who is the third who walks always beside you?
   あなたのすぐ横を歩く三番目の人は誰?
When I count, there are only you and I together
   数えても、あなたと僕が一緒にいるだけ
But when I look ahead up the white road
   しかし僕が白い道を見上げる時
There is always another one walking beside you
   いつでもあなたのすぐ側にもう一人いる
Gliding wrapt in a brown mantle, hooded
   茶色のマントで、フードを被って、滑るように歩いてる
I do not know whether a man or a woman
   男なのか女なのかも分らない
-But who is that on the other side of you?
   でも、あなたのそちら側にいるのは誰?


― T.S. Eliot, The Waste Land and Other Poems



 これは、わけのわからない詩ながら、かなり有名な詩であるらしい。しかも、好きだという人が多い詩らしい。
 僕とあなたと二人だけで歩いている時に、三人目の誰かがいつもいる。いるような気がする、じゃなくて、いつでも必ずいる、というのだ。しかも数えても二人しかいないけど、それでも三人目がいるというのだ。非合理な詩だが、それでも人気のある詩なのは、何か、この詩が与えるイメージに惹かれるということかもしれない。

 この詩の意義は、僕が考えるところによると、なんか二人でいると、三人目がいるような気がする、ってぼんやり言ってるんじゃなくて、いつでも必ずいる、って言い切ってるところだ。必ずいる、と。
 これは、物理的に誰かがいるんじゃないけど、大詩人の感性でとらえられる対象として、確かにいると言っているのだ。しかし凡人でも、確かにとは自ら言えないけれど、大詩人に言われてみると、なんだか、心のどこかに、それにカーンと共鳴して響く何かがあるから、きっとこの詩は人気があるんだろう。

 もしそうだとすると、このタイ人のように、僕とあなたと二人いて、あなたが死んだ時、三人目がいることに気づく人もいるはずだ。明確に気づかなくても、なんとなくその存在の影響を知らずに受けることもある。そう、大部分の人は、その存在に気づかないまま、影響だけ受けるのが普通だと思う。

 このタイ人だって、あなたが死んで、僕だけ残って、本当に一人になったら、死んだあなたと結婚式なんてするわけがない。どこか、三人目がまだいる、と思っているから、結婚式を挙げるのだ。その三人目は、僕とあなたの二人がいたから、初めて存在した何かだ。男か女かは、エリオットでも分らない。でも、いることは確かだ。それは、電車の中ですれ違った誰かと二人になっても、三人目は生まれない。でも、たとえ20年会ってなくても、久しぶりに会った時に、昔の人間関係に基づいて言葉づかいを選び、親しげに振舞えるのも、やはり赤の他人と二人で喋るのとは違った何かが、二人の他にいて、それが二人を制約し条件づけしているからだ。それは、乾いた規則ではなく、何か、人間味のする何かだ。男か女かは分らないが、人は、それを尊重するものだ。尊重したいものだ。そうしなければ、文明人ではいられなくなる。だから、このタイ人の男は、二人が育てた第三の人をいつまでも忘れることなんてできないのだ。死んだ親のことを忘れないのと同じだ。文明人なら必ず必要な何かだ。だから、奇妙だなあと思いながらも、文化や国境を越えて人を感動させる何かがそこにあるんだと思う。

Allentown / Billy Joel



Well we're living here in Allentown
And they're closing all the factories down
Out in Bethlehem they're killing time
Filling out forms
Standing in line.

   俺たちはアレンタウンに住んでる
   そしてすべて工場は廃業しつつある
   みんな隣町のベツレヘムに行って時間を潰している
   書類に書き込んで
   列に並んで

Well our fathers fought the Second World War
Spent their weekends on the Jersey Shore
Met our mothers at the USO
Asked them to dance
Danced with them slow
And we're living here in Allentown.

   俺たちの父親は第二次世界大戦に参戦した
   週末をジャージー海岸で過ごし
   合衆国サービス機構の斡旋で俺たちの母親と出会い
   ダンスを申し込んで
   スロー・ダンスを一緒に踊って
   そして俺たちがこのアレンタウンに住んでいる

But the restlessness was handed down
And it's getting very hard to stay

   しかし状況の悪さは続き
   ここに留まることも厳しくなっている

Well we're waiting here in Allentown
For the Pennsylvania we never found
For the promises our teachers gave
If we worked hard, if we behaved.

   俺たちはアレンタウンで待ってる
   ペンシルバニアの叶わぬ夢を
   学校の先生が保証してくれた約束を
   一生懸命働きさえすれば、まじめにしてさえいれば

So the graduations hang on the wall
But they never really helped us at all
No they never taught us what was real
Iron or coke, chromium steel
And we're waiting here in Allentown.

   だから卒業証書が壁にかかってる
   でも役に立ったことがない
   彼らは現実に何が起こっているのかを教えてくれなかった
   鉄とコークス、クロム鋼
   そして俺たちはここアレンタウンで待っている

But they've taken all the coal from the ground
And the union people crawled away


   でも地中の石炭はもう取り尽された
   組合の人間もこっそりいなくなった

Every child had a pretty good shot
To get at least as far as their old man got.
If something happened on the way to that place
They threw an American flag in our face, oh oh oh.

   親父がやってきたところまでは
   どんな子どもだってうまくやれるもんさ
   もしそこに行き着くまでに事情が変わったら
   みんな俺たちの顔に星条旗を投げつけていなくなっちまうのさ

Well I'm living here in Allentown
And it's hard to keep a good man down.
But I won't be getting up today

   俺はアレンタウンに住んでる
   良い人間が長く落ち込むなんてことはまずないけど
   俺は今日も立ち上がれない

(guitar solo)


And it's getting very hard to stay.
And we're living here in Allentown.

   そしてだんだんここに留まることが厳しくなってる
   そして俺たちはアレンタウンに住んでる

13日の金曜日 虫の目鳥の目内閣発足

 これから国会が始まりますが、民主党政権というより、日本にとっての正念場です。復旧復興を着実にこなすために、「虫の目」というか地に足のついた対応が必要です。もう一つは、社会保障と税の一体改革を含めて時代を俯瞰する「鳥の目」が必要です。(2012.01.13総理記者会見)



野田改造内閣名簿


首相、民主党代表 野田佳彦(54) 衆5回 千葉4区 早大政経卒。

【民主党執行部】

幹事長 輿石 東(75) 参2回(衆2回)。山梨選挙区。都留短期大卒。

幹事長代理 樽床伸二(52) 衆5回。大阪12区。大阪大学経済学部卒。

政調会長 前原誠司(49) 衆6回 京都2区 京大法卒。

国対委員長 城島光力(65) 衆4回 神奈川10区 福岡県生まれ。ラ・サール高校、東大農学部卒業。味の素に入社し労組委員長などを経験。勉強会に招いた小沢一郎に共感し、新進党から国政入り。民主党では政調会長代理、幹事長代理などを歴任。



【閣僚】

副総理、社会保障・税一体改革担当相、行政改革担当相 岡田克也( 58) 衆7回 三重3区 東大法卒。通産省のキャリア官僚を経て自民党から政界入り。新生党、新進党を経て民主党に。党政調会長、幹事長、民主党代表、外務大臣など要職を歴任。民主党を代表する実力のある政治家。父はジャスコ創立者の岡田卓也。イオン代表執行役の岡田元也は実兄。

▽総務大臣 沖縄・北方担当大臣兼務 川端達夫(66) 衆8回 滋賀1区。京大院修了。

▽法務大臣 小川敏夫(63) 参3回 東京選挙区 立教大卒。裁判官、検察官、弁護士を経て、新党さきがけから政界入り。民主党では法務副大臣、党参院幹事長などを歴任。2007年の国会で、松岡農水相の資金管理団体が高熱水費が500万円超かかっていることを追求し松岡を自殺に追い込んだ。
 民主党に政権交代してからの法務大臣は、千葉景子、柳田稔、仙谷由人、江田五月、平岡秀夫と今までの5人すべてが問題のある政治家ばかりで、民主党の鬼門とも言える。その原因の一つに、「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属していた千葉をはじめとして、彼ら左翼政治家には私刑廃止論者や慎重な態度を示す者が多いことがある。去年は、確定死刑囚の数は戦後最多の129人にまで膨らんだが、19年ぶりに 死刑執行が1件もなかった。(去年の法務大臣は江田と平岡。)平岡はこの点についてしっかりした説明責任を果たさず、強い批判があった。また平岡は、米空母艦載機を厚木基地から岩国基地に移転するという2006年の日米合意事項に反対するなど、法相や閣僚の立場として不適切な言動が目立っていた。


▽外務大臣 玄葉光一郎(47) 衆6回。福島3区。上智大法卒。

▽財務大臣 安住淳(49) 衆5回。宮城5区。早大社会学部卒。

▽文部科学大臣 平野博文(62) 衆5回 大阪11区 中央大学理工学部卒業。鳩山内閣では官房長官をつとめた。野田内閣では国対委員長をつとめていたが、今回入閣。中川正春前文科大臣はなぜ辞めさせられたのか不明で、今回の閣僚5人、党役員1人の人事の中で、他は納得できるが、これだけは意味が不明。

▽厚生労働大臣 小宮山洋子(62) 衆4回参1回 東京6区。成城大文芸学部卒。

▽農林水産大臣 鹿野道彦(69) 衆11回 山形1区 学習院大卒。

▽経済産業大臣 枝野幸男(47) 衆6回 埼玉5区 東北大法卒。

▽国土交通大臣 前田武志(73) 参2回衆4回 参院比例区 京大大学院修了。

▽原発事故担当大臣 環境大臣兼務 細野豪志(40) 衆4回。静岡5区 京大法学部卒。

▽防衛大臣 田中直紀(71) 参3回(衆4回) 新潟選挙区 慶大法卒。田中眞紀子のだんな。自民党から政界入り。2005年には郵政民営化法案に反対した。2008年に自民党を離党し、民主党に政権が移る直前の2009年8月15日に妻の眞紀子とともに民主党に入党。

▽官房長官 藤村修(61) 衆6回。大阪7区。広島大工学部卒。

▽国家公安委員長 拉致問題担当大臣 松原仁(55) 衆4回 早大商卒。新自由クラブに属していたこともある。都議員時代は自民党に所属。その後民主党から国政入り。2002年から拉致議連にも所属していて、拉致被害者家族からの評価も高い。

▽郵政改革・金融担当大臣 自見庄三郎(65)(国民新党・参・留任) 参1回衆7回 参院比例区 九州大(院)医学部卒。

▽国家戦略・経済財政担当大臣 古川元久(45) 衆5回 愛知2区。東大法卒 コロンビア大院留学。

▽復興担当大臣 防災担当大臣 平野 達男(57) 参2回 岩手選挙区 東大農学部卒。アイオワ州立大学大学院卒。



 
 
 政治家は詩人みたいな素養があるべきだと思う。イギリスの大政治家チャーチルはノーベル文学賞ももらったし。つまり、たとえば法技術的なことをよく知ってるというのなら、官僚で充分である。政治は技術的、実務的、現実的なことにも精通していなくてはいけないけれど、やはりいい政治家というのは、しみじみとする内容を話すものだ。中曽根元総理、宮沢元総理の話は、深みがあった。与謝野馨なんかが経済金融の話をすると、なんだか泉の澄んだ水を飲んだようなスーッとする気がすることがある。小泉さんも、そういうところがちょっとあった。森元総理、麻生元総理にも、深みとは言えないけれど、味があった。その点、鳩山元総理の話が「政治は愛だ」とか、しみじみした声で言っても、まったく深みを感じることができなかった。菅前総理が経済のことを話す時も、鈍器で頭を殴られてるような不快感しか感じられなかった。
 その点、野田さんは、歴代の名総理ほどのしみじみした深みはないものの、なんとなく雰囲気がある。小渕さんとよく似てると言われるけれど、僕もそう思う。野田内閣が発足した時は、自分をどじょうにたとえたので「どじょう内閣」と言われた。今回は、内閣改造直後の記者会見で、現場で機能するのに必要なキメ細かな対応をすることを「虫の目」と言い、高所大所に立った視点のことを「鳥の目」と表現した。あんまりそういう慣用句を聞いたことがないので、野田さん独自の詩心から出た表現だと思うけれど、やっぱり政治家は、自分の実感のこもった言葉を喋るのは大事だと思う。だからこの言葉は、今のところあんまり話題にもなっていないみたいだけど、僕は印象深く聞いた。

 昨年9月に発足した時、野田内閣で取り組む最優先課題として、東日本大震災からの復旧、復興、原発事故の終息、産業空洞化の回避の3つを挙げた。しかし現在は、税と社会保障の一体改革とそれに伴う消費税増税の議論がそれよりも大きな課題として挙げられることが多くなっている。そしてその担当の大臣として岡田克也を副総理にした上で当らせる。あと、今日の記者会見では全然出なかったようだが、TPPの問題も必ず浮上する。普天間基地移転問題もいつまでも放っておけない。先送りできない課題が、野田さんのせいではないけれども、(普天間問題は民主党マニフェストのせいだが野田さんのせいではない)たまっている。僕は、民主党も、野田政権になって、鳩山、菅両内閣の時よりも、閣僚などもかなり交代した結果、かなりまともになってきたと思う。いまだ、人材という点では、自民党のほうがはるかに豊富だと思うが、いま野田政権が抱えている問題は、自民党の本格政権だってそうそう簡単に解決できる問題ではない。もし野田さんが、これらと取り組んで、たった一つだけでも、解決させるのは無理だとしても、事を動かし始めることに成功したら、歴史に残る名総理に化ける可能性もあると思うし、それに期待したい。内閣支持率はすでに発足直後に60%あったものが、30%ぐらいにまで半減しているが、鳩山内閣や菅内閣の時のような、嫌な感じの下げ方ではなく、まだ歯止めをかけて反転攻勢が可能だと思う。

2012年米国大統領選挙共和党候補

1月3日のアイオワ州党員集会ではロムニー、サントラムの両氏が共に25%の票を獲得し、次いでロン・ポール下院議員が21%、ニュート・ギングリッチ元下院議長13%、リック・ペリー・テキサス州知事10%の順だった。




★Mitt Romney (64) (born March 12, 1947)

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: Former Massachusetts Governor。モルモン。
 アイオワ州党員退会で25%の支持率で1位に。組織力や資金力で他候補より勝ると言われている。穏健派は、無党派層をとりこめる一方、共和党支持基盤の保守層には弱いと言われているが、保守地盤のアイオワ州での党員集会で僅差ながら1位に。
 共和党の大統領候補になるには、民主党のオバマ大統領に勝てることが条件となるが、それには、民主党支持層でもある穏健派などの票もとりこめるロムニー候補が有利という判断も、ロムニーが推されている一因になっている。
 また、2008年に共和党の大統領選候補だったマケインも、ロムニーを応援している。
 今回の候補の中で最もハンサムで、討論の仕方もも好感が持て、(もう一人の有力候補のサントラムとは対照的に)落ち着いた話し振りで、支持が上がるのも納得できる。

 しかし歴代大統領でモルモン教徒は1人も出ていなくて、宗教的には異端と言えると思う。
 アメリカ人の宗派は、プロテスタント6割、カトリック2割、無宗教1割、その他1割という感じだが、モルモン教徒はアメリカ人の2%以下で、他の伝統的な宗派からは敵対的とさえ見られることがあるという。これは今に始まったことではなく、JSミル「自由論」の中でも「野蛮の復活」などと、かなりのページ数を割いて論難している。
 共和党の主流派からはロムニーへの反発が強く、現在支持率が最も高いのは主流派の候補が一本化していないため票の食い合いが起こっているためだと言われている。


★Rick Santorum  (53)(born May 10, 1958)
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: Former Pennsylvania Senator カトリック。今までは支持はほとんど得られていなかったが、家族の価値観などを強調することで、保守層の支持を得、アイオワ州党大会でトップを走っていたロムニー候補とほぼ並んだ。





★Ron Paul (76) (born August 20, 1935)

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: Texas Congressman プロテスタントChristian (Baptist) 
 アイオワ州党員集会では21%の支持で3位だった。
 究極の小さな政府を志向しているようにみえ、外国への不介入主義、在日米軍を含む在外駐留米軍の撤退を主張している。FRB廃止論者。FRBは日本でいうと日銀にあたるもので、それをなくすというのは極論に聞こえる。在日米軍の撤退というのも、いまだ世界で極東に限っては冷戦が続いている現状で、東アジアの軍事バランスを破壊しかねないようなことで、かなり無茶な主張にも聞こえる。だが討論の様子を見ると、冷静で賢明な考え方ができる人にみえる。

 このロン・ポールという人は、典型的な「リバタリアン」だそうです。なんだか、リベラリストとか、リバタリアンとか、似たような言葉が多くてよくわかんないですよね。ちなみに僕は大学で、社会科学系統を専攻した。途中までついていた先生はたしか政治学だった。つまり政治学って僕の専攻のかなりド真ん中にあるはずなんだけど、もうすぐ50歳になろうとしているのにこんなこと分んないのは、なんだかもういつ死んでもいいやという気になりますね。
 それで、遅ればせながら一夜漬けで勉強した結果を(どうせ忘れちゃうから)書き留めておこうと思う。
 まず、自由主義liberalismというものがある。まあ社会科学の用語は、自然科学の用語のように、キッチリとした定義なんてとうていできない。特に政治とか思想とかの場合、人の心なんてクニャクニャしてるから、無理。この自由主義という言葉も、本当にいろんな意味を含んで、欧州と米国ではかなり違う意味合いになるという。まあでも、最大公約数として、個人の自由、民主主義(≒政治的自由)、自由市場(≒経済的自由)、宗教的自由などの尊重がある。
 西洋で発展した自由主義の根本にあるのが、個人の自由を尊重する、ということがあると思う。つまり、人間は、必ず、国、社会の中に生きていて、それらが個人の自由を脅かすことは常に簡単に起こりうる、という考え方が染み付いていると思う。これは日本人の感覚からすると、社会性悪説みたいで嫌だな、という感じがあるかもしれないが、日本人みたいに、政府に文句ばかり言って、政治は汚い仕事だから手を染めたくないみたいなことを言いながら、一方では国は国民のことを思って政治をするのが当たり前、みたいなのは、性善説というと聞こえがいいけど、要するに甘えだと思うんだよね。
 たとえばアメリカみたいな社会なら、そういう甘えが存在しても、決して社会の大きな声にはならないと思う。それが日米の違い。
 個人の自由を、国や社会から守ること。そのための仕掛けとして、個人の自由は、他人に迷惑が及ばない限り最大限尊重されるべき、という原則を立てる。そして、国など公的機関は、社会秩序を保つための必要悪のようなところがある。それら機関の活動は、一つにまとまると怖いので、三権分立させて互いに牽制し合うようにする。憲法で権限を制約する。国民に何かを強制したり処罰したりする時は、法律に則って、適切なプロセスを経てなされるべき。そしてそれら公的機関は、なるべく小さいほうが良い(小さな政府の志向)。
 しかし、別の考え方もあって、弱い人もいるから、そういう人は、社会保障によって保護されるべきであり、それでこそ人間の尊厳も守られる、という価値観を重視する考えもある。この場合、上の自由主義よりも、自由を制限して、そのぶん社会に力を持たせる考え方をする。こういうのを社会自由主義と言い、上の、古典自由主義とは区別をする。右左でいうと、古典自由主義は右派、社会自由主義は左派、中道左派などと言う。

 liberalism自由主義は16世紀、17世紀頃からあるが、その中心に位置付けられるのが、18世紀終わり頃から出てきたclassical liberalism古典自由主義。19世紀初頭に現れた、社会自由主義social liberalismと区別する意味で、classical liberalismという呼び方ができた。

 このclassical liberalismは、18世紀終わり頃から起こったが、19世紀後半にある発展を遂げて、それをneo classical liberalism新古典自由主義と呼ぶ人も出てきた。これを、主にアメリカで、リバタリアニズムと呼ぶ人も出てきたという。でも意味の曖昧さを嫌って、保守主義や右派リバタリアン達は、自分たちのことを、単に古典自由主義と言うそうだ。リバタリアン達の主張の核は、社会秩序の柱に、個人の自由を置くことだ。必然的に、個人の自由を制約する政府は可能な限り小さくあるべきだ、ということになる。


★Newt Gingrich (68) (June 17, 1943)

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: Former House Speaker 1995年から1999年まで下院議長を務めた。カトリック。Roman Catholic (formerly Baptist, Lutheran)
 アイオワ州党員退会で13%の支持で、上位三人に大差をつけられ4位。TVのCMでロムニー陣営などからネガティブキャンペーンを張られて人気が失速しているが、今後人気が回復するかどうかが注目される。
 僕が今回の共和党の大統領候補で以前から知っていたのは、このギングリッチとロン・ポールの2人だけでした。ロン・ポールは、バーナンキFRB議長と議会で質疑している姿で知ったので比較的最近だけど、ギングリッチは90年代にタイム誌の表紙になるなど、すごく脚光を浴びていた政治家だった。当時の僕はその理由を知るほど頭が発達していなかったが、今調べると、クリントン大統領(民主党)時代の1994年の下院議会選挙で、ギングリッチ率いる共和党が大勝して、共和党は40年ぶりに下院での多数を獲得したのでヒーローになったそうです。
 つい1ヶ月ほど前までは、ロムニー候補を上回る支持を得ていたが、二度の離婚歴(一度は、妻が闘病中に離婚したという)や、「パレスチナ人はテロリスト」などの暴言をネガティブキャンペーンに使われ、支持率が急落。



★Rick Perry (61)(born March 4, 1950)
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 : Texas Governor プロテスタント(evangelical)
 アイオワ州党大会では支持率10%だった。ロムニー候補と議論が白熱し、相手の話を遮る癖があり、討論会では聴衆のブーイングを受ける場面が何回もあった。今回の支持率低迷から、今後選挙運動を続けるかどうか検討すると述べたことで、「ペリーは撤退を考え始めた」と報じられた。



★Jon Huntsman (51) (born March 26, 1960)
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: 元ユタ州知事。元シンガポール大使、元中国大使。モルモン教徒。
 他の候補よりも遅れて立候補した。1月時点では支持率は1%程度にとどまっている。









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★Michele Bachmann (55) (born April 6, 1956)
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: Minnesota congresswoman プロテスタント。Evangelical Christian (formerly Lutheran)
 去年のある時点では最も支持率が高く、米国初の女性大統領誕生かとも言われたが、1月3日のアイオワ州党大会で支持率が低迷したことを受けて撤退を表明した。
 討論会を見た僕の感想では、他の候補に比べて印象が薄かった。前回の民主党の大統領候補選では、ヒラリー・クリントンさんが、他の候補者から批判されたりいじられまくったのとは対照的に、良くも悪くも他候補からまったくいじられることがなく、聴衆に対して自分を印象づける場面に欠けていたように思った。



★Herman Cain (66)(born December 13, 1945)
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: Former CEO, Godfather's Pizza プロテスタントBaptist。セクハラ疑惑、不倫疑惑で人気が低下し、大統領候補から撤退。
 政治家の経験はないようですが、喋る時に、サービス精神が旺盛で、聴衆を笑わせながらいい雰囲気で話ができる人だった。ある時はポケモンの映画で使われた歌の歌詞を引用したりして笑いを誘っていた。







Star Spangled Banner

アメリカ国歌って4番まであったんですね。この動画では1番と4番だけ歌っています。

1.
Oh, say, can you see, by the dawn's early light
   さあ、言ってくれ、夜明けの光で、君に見えるかい?
What so proudly we hailed at the twilight's lasted gleaming?
   夕暮れの最後の光の中で我々が誇りをもって称えたものが
Whose broad stripes and bright stars, through the perilous fight,
   危険な戦いをくぐり抜けた、堂々たる縞模様とと明るい星
O 'er the ramparts we watched, were so gallantly streaming.
   防壁の向こうに風に雄雄しくたなびくのが見えたではないか
And the rockets' red glare, the bombs bursting in air,
   そして、砲弾が放つ赤い閃光と、空中で炸裂する爆弾は、
Gave proof through the night that our flag was still there.
   我々の旗がまだそこにあることを夜通し証してくれた
Oh, say, does that star-spangled banner yet wave
   さあ、教えてくれ、星条旗はまだそこになびいているか?
O'er the land of the free and the home of the brave?
   この自由の地、勇者の祖国の上に


2.
On the shore dimly seen through the mists of the deep,
   濃い霧を透かして、岸にかすかに見える
Where the foe's haughty host in dread silence reposes
   そこには傲慢な敵が息を潜めて休息している
What is that which the breeze, o'er the towering steep.
   あれは何だ?そよ風が、切り立つ崖の向こうに
As it fitfully blows, half conceals, half discloses?
   切れ切れに吹くたびに見え隠れしている
Now it catches the gleam of the morning's first beam.
   今そこに朝の最初の陽を受けて輝き
In full glory reflected, now shines on the stream.
   栄光に満ちて映り、今、はためきながら輝く
'Tis the star-spangled banner, oh, long may it wave.
   それが星条旗だ、おお、はためき続けよ
O'er the land of the free and the home of the brave!
   この自由の場所、この勇者の地の上に



3.
And where is that band who so vauntingly swore,
   あれほど誇らしげに宣誓していたかの一群はどこへ?
That the havoc of war and the battle's confusion.
   戦いの荒廃と争いの混乱
A home and a country should leave us no more?
   故郷と国家はまだ我々を放っておくのか?
Their blood has washed out their foul footstep's pollution.
   彼らの流した血が彼らの誤った足跡をみずから洗い清めた
No refuge could save the hireling and slave.
   どんな保護があったって奴隷や雇われ人を
From the terrors of flight or the gloom of the grave.
   敗走の恐怖や墓場の薄闇から救ってくれはしない
And the star-spangled banner in triumph doth wave.
   そして星条旗は勝利にはためく
O'er the land of the free and the home of the brave!
   この自由の地、勇者の祖国に


4.
Oh, thus be it ever when freemen shall stand
   おお、いつまでもこのようであれ、自由なる人が
Between their loved ones and wild war's desolation.
   愛する者と、争いの荒廃との間に置かれた時には
Blest with victory and peace, may the heav'n-rescued land.
   勝利と平和で祝福され、天に救われた地でありますように
Praise the Power that hath made and preserved us a nation.
   我々に国家を作り与え、守ってくれた大いなる力を称えようではないか
Then conquer we must when our cause it is just.
   そして大義が正しい時、我々は必ず勝利し
And this be our motto: "In God is our trust!"
   我々のモットーはかくあれ:「神にこそ我らの信じるところあり」
And the star-spangled banner in triumph shall wave,
   そして星条旗は勝利にたなびくだろう
O'er the land of the free and the home of the brave!
   この自由の地、勇者の祖国に






The Star-Spangled Bannerは、アメリカ合衆国の国歌。歌詞は、1814年に当時35歳の詩人・弁護士のフランシス・スコット・キーによって書かれた。
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