日本郵政の金融資産は300兆円という。それが、地方活性化の基金に使われるという。また亀井担当大臣のアイデアなんだと思う。
もちろん地方や弱者や困った人に手を差し伸べるというアイデア自体は悪くない。政治家が配慮すべきことだけど、どうも彼のやり方は、全体を損ねてまでも弱者に恩恵を、という感じを持たせてそれがよくないと思う。このごろある議論では、強い人が栄えればそのうちトリクルダウンで下の人にも恩恵が来るというが、そんなの待ってても格差拡大で、全然トリクルしないかじゃないか?という。だからといって、うまくいってる人からむしり取って全体を損ねたら弱者が助かるかといったら、長期的にはそんなの駄目になるに決まってると思う。
ここで考えるべきは、まず、(1)どうして昔のようにトリクルダウンしないかということと、(2)もしうまくいってる人の利益を弱者にも再配分するとしたら、強者あるいは全体のシステムはどの程度むしり取られても耐えられるか?ということだろう。
(1)についての僕の考えは、既存の製造業などは生産性の伸びはほとんど期待できない。すでに成熟しているから。それに対して新しいITなど、ドラッカー言うところの知識産業は生産性がものすごく高い。急成長してプロ野球や既存メディアなどの買収を試みるのは彼らだということからみても、彼らがいかに急激に成長しているかというのが分かる。だから、そういう産業にいる人はどんどんリッチになっていき、一方製造業などはほとんど成長しない。だから、前者が急成長し後者がほとんどしない、あるいは縮小しているというのであれば、両者の格差が開くのは当たり前だ。その解決策としては、製造業など既存の成熟した産業、したがって今後あまり成長が期待できない産業から、新しい急激に成長する産業に労働力を移すことでしか解決できないだろう。しかし日本は、ものづくりが大事だ、ものづくりこそ日本の力だという思い込みが激しすぎる。それは間違いではないが、げんに需給ギャップがある。つまり作りすぎている。なら、作りすぎているぶんだけ労働力を新しい成長分野に移せばいいのに、どうもそういう発想が薄いのが問題だと思う。
(2)については、たとえば中小企業の借入金の返済猶予法案のように、明らかに金融システムを害すること間違いなしのことをする。亀井大臣のアイデアだが、弱者を救うとの思いは立派だが、金融システム全体を損ねるから、けっきょく救うはずの弱者もかえって困る結果になるだろう。つまり、3年間も貸したカネの催促ができないと分かっててカネを貸す金融機関なんてあるのか?それは金融機関への負担となり体力を損ねる。もし損失が出たら、国がそれを補償してくれるんだろうけど、それはけっきょく日本の財政への負担となる。つまり我々の税金で負担することになる。だから金融機関の貸し渋りはすでにキツい中で、さらに中小企業に貸さなくなる。そのあたりで国が個々別々の金融機関への監督指導にはもちろん限界がある。もし一律に「中小企業の融資には甘くしろ。損失は国が見る」と言ったら、もともとダメと分かってる中小企業、あるいはひょっとしたら融資を引き出して借り倒す目的ですでに倒れたも同然の中小企業を利用してカネを借りようとする悪徳業者も出てくるし、貸す金融機関側も、どうせ国が面倒みてくれるとなれば、審査もおざなりにして金融機関のモラルハザードも誘発する。それから、法律で、大企業への融資は禁じられており、中小企業か個人でなければ融資してはいけないことになっている信用金庫は、融資のすべてがこの法律の影響下に入るから、大手金融機関以上に深刻な打撃を受ける。亀井大臣は、カネを借りている中小の製造業などを助ける気持ちはあるかもしれないが、この法律ができたら経営危機に直面せざるを得ないと言われる地方の体力の弱い金融機関のことについては無責任ではないだろうか。
ところで郵政300兆円の金融資産も、本当なら民営化で自由な金融活動をこれからしていくかなと思ったところに、地方活性化にその資産が使われるという。これは、民間の金融機関がカネを回さないということは、おそらくあまり合理的なカネの使い道ではないと判断している地方への融資に郵政のカネが使われるという。これは具体的には、地方の企業活動に融資をするということもあるのかもしれない。あるいは、基金を設立して、そこから財政投融資をするということもあるんだろう。民間の金融機関がカネを出さないということは、おそらくリターンも高くない。他に回したほうがよほど高いリターンがある中で、あえてリスクは高くリターンは低い地方にカネを回せば、郵貯や簡保に貯金している人の低利子か、そうでなければカネを借りている公共事業の高利を原因とした財政つまり国民の税金への負担増かのどちらかを結果することになるんだろう。もしその結果、地方が活性化すればそれでもいいんだろう。でも、内需を拡大することだけで本当に地方が活性化するとは、とうてい思えない。そこに成長戦略がないから。人々の所得が増えて、それで消費が拡大することによって経済が持ち直すという主張をする人は、具体的にどういう絵柄を描いているのだろう?と僕なりに考えてみると、たぶん、車や電気製品を買い換えたり、家族でドライブで遠出したりショッピングしたり、外食したり、という感じじゃないだろうか?つまり、既存の産業をそのままにして、新しい産業を伸ばす戦略がなければ、そういう絵柄しか思い浮かばない。しかし今の若者は、車ばなれだし、服などにも興味を示さない。モノ全般を買わないという傾向がある。そしてそれは、若者が貧乏だから買わない、という分析をすることが多い。そして、今の若者のモノ離れとか上昇志向がないことに原因があると言われれば、「それは今の若者に問題があるからだ。もっと彼らが既存のものを消費するという正常な状態に戻さなければいけない」みたいな分析になる。
このことに関しては「若者がモノを買わない理由」という記事に違和感という記事を以前書いた僕としては、そもそも前提がすでに古くて間違っているのだ、と言いたい。若者は貧乏だから買わないんじゃなくて、昔とは違うから買わないのだ、と。もし僕の世代から上のように、ほんとにモノがほしいんだったら、働いたり出世したりするチャンスはもっとあるはずなのだ。それでも彼らは、昔のように上昇志向をもってガツガツ働くタイプではない。「将来金持ちになって故郷に錦を飾ってやる」みたいな最近の若者を見たことがあるだろうか?
やはり、新しい日本を担う人たちが欲するものが既存の社会にない、あるいは充分にないのだ。その一方で、欲しいとも思わないものが余っているのだ。それを需給ギャップという。だから、もう需要がないものを作るのをやめて、これからの人間がほしいと思うモノやサービスとは何か?ということをもっと考える、という方向に努力をすべきだと思う。
だから、郵政の300兆円を地方活性化に使う、というのは、もしそういうカネをうまく地方に流すことができれば、景気の下支えにも充分になるし、一時的な経済効果はものすごくあるだろう。しかし長期的な経済戦略に欠ければ、経済全体が上向いていかないのは目にみえている。日本の国と地方を合わせた借金残高は、95年には410兆円。それが2008年度末で778兆円。過去13年間で350兆円以上の借金をしながら、国内にカネをバラまき続けた。この350兆円というのは積み重ねてきた借金であり、それプラス税収のぶんを国内に注ぎ込み続けた。このケインズ政策の乗数効果は、少なくとも1はあったはずだ。つまり、これでもってなんとか日本経済の規模を守り続けたけれど、それでも景気にエンジンはかからなかった。つまり、経済成長戦略がないところにいくらカネを注ぎ込んだとしても、現状を支える以上のことはできないということだ。
だから郵政のカネ300兆円を地方に注ぎ込むとしても、苦しい現状に一息入れる、以上のことはできない。しかも郵政の資産は、使いっぱなしでいいというんではない。利子をつけて預金者に返さなければいけない。
亀井大臣みたいな人には、今の人たちの暮らしを維持する、という以上の発想とかイアデアとかビジョンがないのは明確だと思う。求められているのは、今はまだない、あるいは不十分にしかない新しい産業、新しい物やサービス、新しい消費市場、新しい価値観、新しいライフスタイルに転換していこう、という発想であり意志だと思う。そのためにできることとしては、新しい産業に労働力を移動することを促進するために、雇用訓練をしたり職業あっせんしたり、労働市場の流動化を促進することだと僕は思う。
もちろん地方や弱者や困った人に手を差し伸べるというアイデア自体は悪くない。政治家が配慮すべきことだけど、どうも彼のやり方は、全体を損ねてまでも弱者に恩恵を、という感じを持たせてそれがよくないと思う。このごろある議論では、強い人が栄えればそのうちトリクルダウンで下の人にも恩恵が来るというが、そんなの待ってても格差拡大で、全然トリクルしないかじゃないか?という。だからといって、うまくいってる人からむしり取って全体を損ねたら弱者が助かるかといったら、長期的にはそんなの駄目になるに決まってると思う。
ここで考えるべきは、まず、(1)どうして昔のようにトリクルダウンしないかということと、(2)もしうまくいってる人の利益を弱者にも再配分するとしたら、強者あるいは全体のシステムはどの程度むしり取られても耐えられるか?ということだろう。
(1)についての僕の考えは、既存の製造業などは生産性の伸びはほとんど期待できない。すでに成熟しているから。それに対して新しいITなど、ドラッカー言うところの知識産業は生産性がものすごく高い。急成長してプロ野球や既存メディアなどの買収を試みるのは彼らだということからみても、彼らがいかに急激に成長しているかというのが分かる。だから、そういう産業にいる人はどんどんリッチになっていき、一方製造業などはほとんど成長しない。だから、前者が急成長し後者がほとんどしない、あるいは縮小しているというのであれば、両者の格差が開くのは当たり前だ。その解決策としては、製造業など既存の成熟した産業、したがって今後あまり成長が期待できない産業から、新しい急激に成長する産業に労働力を移すことでしか解決できないだろう。しかし日本は、ものづくりが大事だ、ものづくりこそ日本の力だという思い込みが激しすぎる。それは間違いではないが、げんに需給ギャップがある。つまり作りすぎている。なら、作りすぎているぶんだけ労働力を新しい成長分野に移せばいいのに、どうもそういう発想が薄いのが問題だと思う。
(2)については、たとえば中小企業の借入金の返済猶予法案のように、明らかに金融システムを害すること間違いなしのことをする。亀井大臣のアイデアだが、弱者を救うとの思いは立派だが、金融システム全体を損ねるから、けっきょく救うはずの弱者もかえって困る結果になるだろう。つまり、3年間も貸したカネの催促ができないと分かっててカネを貸す金融機関なんてあるのか?それは金融機関への負担となり体力を損ねる。もし損失が出たら、国がそれを補償してくれるんだろうけど、それはけっきょく日本の財政への負担となる。つまり我々の税金で負担することになる。だから金融機関の貸し渋りはすでにキツい中で、さらに中小企業に貸さなくなる。そのあたりで国が個々別々の金融機関への監督指導にはもちろん限界がある。もし一律に「中小企業の融資には甘くしろ。損失は国が見る」と言ったら、もともとダメと分かってる中小企業、あるいはひょっとしたら融資を引き出して借り倒す目的ですでに倒れたも同然の中小企業を利用してカネを借りようとする悪徳業者も出てくるし、貸す金融機関側も、どうせ国が面倒みてくれるとなれば、審査もおざなりにして金融機関のモラルハザードも誘発する。それから、法律で、大企業への融資は禁じられており、中小企業か個人でなければ融資してはいけないことになっている信用金庫は、融資のすべてがこの法律の影響下に入るから、大手金融機関以上に深刻な打撃を受ける。亀井大臣は、カネを借りている中小の製造業などを助ける気持ちはあるかもしれないが、この法律ができたら経営危機に直面せざるを得ないと言われる地方の体力の弱い金融機関のことについては無責任ではないだろうか。
ところで郵政300兆円の金融資産も、本当なら民営化で自由な金融活動をこれからしていくかなと思ったところに、地方活性化にその資産が使われるという。これは、民間の金融機関がカネを回さないということは、おそらくあまり合理的なカネの使い道ではないと判断している地方への融資に郵政のカネが使われるという。これは具体的には、地方の企業活動に融資をするということもあるのかもしれない。あるいは、基金を設立して、そこから財政投融資をするということもあるんだろう。民間の金融機関がカネを出さないということは、おそらくリターンも高くない。他に回したほうがよほど高いリターンがある中で、あえてリスクは高くリターンは低い地方にカネを回せば、郵貯や簡保に貯金している人の低利子か、そうでなければカネを借りている公共事業の高利を原因とした財政つまり国民の税金への負担増かのどちらかを結果することになるんだろう。もしその結果、地方が活性化すればそれでもいいんだろう。でも、内需を拡大することだけで本当に地方が活性化するとは、とうてい思えない。そこに成長戦略がないから。人々の所得が増えて、それで消費が拡大することによって経済が持ち直すという主張をする人は、具体的にどういう絵柄を描いているのだろう?と僕なりに考えてみると、たぶん、車や電気製品を買い換えたり、家族でドライブで遠出したりショッピングしたり、外食したり、という感じじゃないだろうか?つまり、既存の産業をそのままにして、新しい産業を伸ばす戦略がなければ、そういう絵柄しか思い浮かばない。しかし今の若者は、車ばなれだし、服などにも興味を示さない。モノ全般を買わないという傾向がある。そしてそれは、若者が貧乏だから買わない、という分析をすることが多い。そして、今の若者のモノ離れとか上昇志向がないことに原因があると言われれば、「それは今の若者に問題があるからだ。もっと彼らが既存のものを消費するという正常な状態に戻さなければいけない」みたいな分析になる。
このことに関しては「若者がモノを買わない理由」という記事に違和感という記事を以前書いた僕としては、そもそも前提がすでに古くて間違っているのだ、と言いたい。若者は貧乏だから買わないんじゃなくて、昔とは違うから買わないのだ、と。もし僕の世代から上のように、ほんとにモノがほしいんだったら、働いたり出世したりするチャンスはもっとあるはずなのだ。それでも彼らは、昔のように上昇志向をもってガツガツ働くタイプではない。「将来金持ちになって故郷に錦を飾ってやる」みたいな最近の若者を見たことがあるだろうか?
やはり、新しい日本を担う人たちが欲するものが既存の社会にない、あるいは充分にないのだ。その一方で、欲しいとも思わないものが余っているのだ。それを需給ギャップという。だから、もう需要がないものを作るのをやめて、これからの人間がほしいと思うモノやサービスとは何か?ということをもっと考える、という方向に努力をすべきだと思う。
だから、郵政の300兆円を地方活性化に使う、というのは、もしそういうカネをうまく地方に流すことができれば、景気の下支えにも充分になるし、一時的な経済効果はものすごくあるだろう。しかし長期的な経済戦略に欠ければ、経済全体が上向いていかないのは目にみえている。日本の国と地方を合わせた借金残高は、95年には410兆円。それが2008年度末で778兆円。過去13年間で350兆円以上の借金をしながら、国内にカネをバラまき続けた。この350兆円というのは積み重ねてきた借金であり、それプラス税収のぶんを国内に注ぎ込み続けた。このケインズ政策の乗数効果は、少なくとも1はあったはずだ。つまり、これでもってなんとか日本経済の規模を守り続けたけれど、それでも景気にエンジンはかからなかった。つまり、経済成長戦略がないところにいくらカネを注ぎ込んだとしても、現状を支える以上のことはできないということだ。
だから郵政のカネ300兆円を地方に注ぎ込むとしても、苦しい現状に一息入れる、以上のことはできない。しかも郵政の資産は、使いっぱなしでいいというんではない。利子をつけて預金者に返さなければいけない。
亀井大臣みたいな人には、今の人たちの暮らしを維持する、という以上の発想とかイアデアとかビジョンがないのは明確だと思う。求められているのは、今はまだない、あるいは不十分にしかない新しい産業、新しい物やサービス、新しい消費市場、新しい価値観、新しいライフスタイルに転換していこう、という発想であり意志だと思う。そのためにできることとしては、新しい産業に労働力を移動することを促進するために、雇用訓練をしたり職業あっせんしたり、労働市場の流動化を促進することだと僕は思う。
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