僕の読む本は、古典とか、けっこう固い本が多い。このブログで今まで本を読んだ感想とか書いてきたけど、そういうのとはちょっと毛並みが違うものとして、このビートたけしの本。
 僕が小説を読み始めたのは、中3の時に、漱石を読んでからだった。最初から固かったんだけど、高校時代には、わりとやわらかめの小説、今ではもう忘れ去られたマイナーな小説、ティーン向けの出てはすぐ消えてゆく小説などもけっこう読んでいた。浪人時代と大学時代は、いちばん読んでたのは、高橋三千綱という小説家だった。

 この「少年」という薄い文庫本には、3つの短編小説が入っていて、僕が忘れられないのは、「星の巣」という作品。僕が20代半ばで、会社を辞めようとしてた頃、読んだ。他の2つは、読んだのか読まなかったのかすら、よく覚えてない。
 ネタバレしてはいけないので具体的な内容は言わないけど、これ読んで、「俺も自分の人生を始めなきゃ」って思って、会社を辞める大きなきっかけになった短編小説だ。
 当時、会社辞めようかって考えてるぐらいだから、鬱屈してて意気消沈して迷って、くすんだ気分だったけど、この作品は、魂が燃えてるような光を放ってた。暗い話なんだけど、すごいなこの上昇気流、って思った。よし、と思ったね。僕の世代はビートたけしの影響を、ほとんど誰でもが受けてたっていう感じだけど、僕はことにたけしの本に影響を受けてたなあ。浪人時代に「たけし」っていう名前の自叙伝みたいな本を読んで、俺は一流大学に入っちゃいけないんだ。もっと落ちぶれなきゃ、って思って勉強しなくなって二流大学に入ったんだから。大学出て就職した会社を辞めたのもたけしのこの「星の巣」なんだから。

 これはずっと後になるけど、たけしはやがて映画監督なんかやりだして、「HANA-BI」っていう映画でヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞して、ここから「世界のキタノ」って言われるようになったけど、この映画のラストシーンは、この「星の巣」に原型が見られると思う。
 ただ、僕は20代の時に「星の巣」を読んだ時は、ただただ圧倒されただけで、すごいなあ、と思っただけだった。ずっとあと、40歳ぐらいの時に読み直してみた。20代の頃に思ったのは、たけしはコメディアンというけど、こんなすごい小説は滅多にない。たとえば川端康成「伊豆の踊り子」とか井伏鱒二「山椒魚」とか芥川の「羅生門」とか、そんなのよりもよく思えるんですけど、って思ってた。日本文学の短編小説の名作のリストに加えていいような大傑作じゃないか?って思ったので、40歳前後の時、今でもそう思えるかどうか、ためしにまた読んでみよう、って思って読んだ。そしたら、ラストシーンの意味が今度はすごくよく分かった。どうしてそういう解釈をしなかったんだろうな当時は?って思った。でも、ラストシーンの意味がよく分からなかった20代のほうが、めくるめく感動の渦に巻き込まれて、意味がよく分かった40歳前後の時は、もっと冷静に読んでいた。どちらがいい読み方かといえば、20代の、意味は理解できずとも、感動が大きかった時のがいい読み方なんだと思う。小説って、理解じゃなくて、感性が反応するかどうか、っていうほうが大事だと思うね。
 で、この短編小説は、日本文学を代表するものであるか、といえば、そうでもないな、と思った。ただ、やはりいい小説だとは思った。でも感動すれば文学として優れているというんでもないし。つまり、僕は高校時代、ティーンしか読まないような恋愛小説を読んで、感動の渦に巻き込まれて、漱石と並ぶぐらいの名作と呼んでもいいんじゃないか??みたいに思ってたけど、それと同じで。
 じゃあ、文学の価値って、感動じゃなければ何か?と言えば、人間の新たな地平を示せるかどうか、ってことじゃないかな、と思う。ああ、こんな人生の見方もあるのか、とか。新たな人間像を描くとか。たとえば、直接言わないほうが読者にアピールする度合いが強い、とかいう表現上の工夫とか。それから、人って、感動してる間だけ、普段にはない洞察力が働くということがあると思う。たとえば僕は昔中島みゆきの歌を聞いてて、悲しみって、バラバラになった心を一つにつなぎとめるための感情じゃないか、って思いついたりした。感動にも、たとえば、本読んで、他人に勧める、ぐらいの行動しか起こさせないものと、今まで洞察できなかったものをできるようにした、みたいなものとあると思う。後者のような感動を提供できる作品って、質の高い文学と言っても構わないんじゃないかな。たけしは、文学じゃなくてエンターテインメントの人なんだと思う。とびきり優秀で、歴史に残るような。

 どうでもいいけど、僕が大学の頃って、ビートたけしのオールナイトニッポンっていうラジオの深夜番組があった。これを、僕の世代の多くが聞いてた。真夜中の1時から3時までやってるんだけど、毎週木曜日の深夜になると、学生がたくさん住んでるボロアパートなんか、いろんな部屋から爆笑が聞こえて来るんだよね。同じタイミングで別々の部屋から大笑いしてる声が聞こえてきた。そのぐらいビートたけしというのはすごかった。一コメディアンというより、社会現象の域に達してた観があった。僕はその頃仲が良かった台湾からの留学生に、ビートたけしは日本の歴史上に名前が残ると思うよ、と言った。台湾人は、たかがコメディアンだから歴史に名前は残らないでしょう?って言ってたなあ。僕は、出雲の阿国っていう、どこかで歌舞伎してた人だって、名前残ってるんだから、たけしぐらいすごかったら、やっぱり名前残ると思う、って言った。その後、たけしの名前は映画などで海外にも知られるようになったから、たぶんあの台湾人も、「あ、ほんとにたけしは歴史に残りそうだな」って今頃思ってるんじゃないかな、って僕は空想することがある。