鉄骨を木材で覆うだけで耐火性能アップ

朝日新聞(5/19付け)に『木材で鉄骨覆うだけ、耐火性能アップ』という記事があった。
大成建設は、鉄骨を木材で覆うだけで、安く建物の耐火性能を高める技術を開発した。工場や倉庫に求められる「準耐火構造」をクリアしつつ、木材の利用も促せるとアピールしている(大成建設のプレスリリース)。
2022051001

この技術で満たせる準耐火構造の性能は、火災が起きても45分間は柱が建物を支えられるというもの。これまでは火が鉄骨に及ぶのを防ぐため、壁との間に高価な「ケイ酸カルシウム」の板などを挟む必要があり、商業施設などに求められる耐火構造並みにコストがかかっていた。

新たな工法では、接着剤を使わず、鉄骨に木板をビスで留めるだけで準耐火構造の基準を満たせるという。木は水分を含むため鉄と比べて焼け落ちるのが遅く、厚い木材を使えば火災が起きても十分な時間が稼げる。表面に木材を付ける場合、コストは耐火構造の柱と比べて3〜4割安くなるほか、接着がいらず工期も短くなる。

脱炭素社会に向けて国は建築物への木材利用を促進しており、社内で木材の特性を生かした工法の研究を進めていた。開発担当者は「木造に見せることで魅力を高めたい工場や郊外のオフィスで需要が見込める。木材の種類を問わず、脱炭素を意識して地産地消を進めたいニーズもある」と話している。

木材と鉄骨の組み合わせで、それぞれの特徴をいかした工法ということでしょうか。多様な工法・技術の存在が、新しい建築をつくる上で欠かせない。

免震構造の黎明期には、各ゼネコンが○○式と銘打った構法があった。いまではそうしたことは無くなったものの、日本には多様な免震部材があり、最適な免震効果を得ることに貢献している。ただ、最近では免震部材の開発はあまり進んでいない(と思う)。これは免震部材が大臣認定となったことも一つの要因ではないかと思っている。

免震部材の性能について現状に満足すると技術は低下するのではないか。免震部材の技術開発を促すためにも、免震建物をもっと増やすことも必要だ。免震構造のさらなる発展と健全な普及を促進したい・・・










特務機関NERV

特務機関NERV

川口 穣著『防災アプリ 特務機関NERV』(平凡社)を読んだ。
本書は防災アプリ「NERV(ネルフ)」の開発に至るまでを関係者に取材して書かれている。

防災アプリを開発する前は、ツイッターアカウント「特務機関NERV」として、地震・津波・気象警報などの情報を2010年から配信していた。2011年の東日本大震災発生直後から節電を呼びかける「ヤシマ作戦」を主導し、その後災害情報を速報で配信している。

こうした活動はゲヒルン(株)の石森大貴により始められた。彼は宮城県石巻市の出身で、東日本大震災で家族を助けられなかったことを反省し、防災に力を注いだ。ゲヒルン『日本をもっと安全にする』ことを使命としている。

2019年に特務機関NERV防災アプリがリリースされたとき気象庁は次のようなコメントを出した。
気象庁は、国民のみなさまの生命・財産を守るべく、防災気象情報を提供しております。今回、気象庁も協力させていただき、ゲヒルン株式会社さまから、その使命を共にする頼もしいアプリを世に送り出せることになりました。
(中略)
災害をもたらす現象は、使徒と同じように、いつも違った形で突然やってきます。このアプリは、そんな緊急時に、みなさまの避難の判断をしっかりと支援してくれるアプリです。

確かに災害情報を早く届けることで災害による被害を小さくすることに繋がるだろう。しかし、情報があっても、それによって想像力を働かせ、行動を起こせるかどうかが重要となる。災害から身を守る行動に結びつける災害情報の提供が必要だろう。

なお、NERV防災アプリでは、各自治体が作成したハザードマップも実装することを目指しているそうだ。防災アプリは災害情報のインフラとなってきている。

日本をもっと安全にすることに、私は免震技術で貢献したい。









五月病

timo-volz-ZlFKIG6dApg-unsplash
https://unsplash.com/photos/ZlFKIG6dApg?utm_source=unsplash&utm_medium=referral&utm_content=creditShareLink

日経新聞(5/18付け)の「春秋」欄に『五月病』に関する記事があった。
五月病という現代の病は1968年ごろから日本社会に広まった。新入社員や大学1年生が新しい環境になじめず、だるい、つらいといった心身の不調を訴える。
(略)
この春、感染が落ち着いたのを見計らってリアルで仕事や授業を始めたところ「対面疲れ」を起こしている若者が相当数いるという。なかには2年間ずっと講義を2倍速で聞いていたため「生で先生の話を聞くとゆっくりすぎてイライラする」との学生の声もあり、思わず笑ってしまった。と同時に、うーんと考え込んだ。

最近の若者は忙しい。かけた時間に対する満足度を表す、コスパならぬ「タイパ」が大切らしい。
(略)
(これは)一種の「生存戦略」。溢れるコンテンツ、知らないことで周りから取り残される恐怖。個性的でなければ、との強迫めいた観念に駆られ、過食症のごとく情報の「カロリー摂取」に走る。疲れるのも無理はない。効率一辺倒で無駄を悪しとする社会に一体誰がしたのか。橘(たちばな)月の空気を吸い胸に手を当ててみる。

そんな前から「五月病」があったとは知らなかった。

「対面疲れ」か。
当方は、学生の顔がみえないオンライン授業疲れもあったけどね。本学では今年度から全面的に対面授業に移行している。マスク越しでも、学生の顔をみながら授業ができるのは嬉しい。

スマホが普及してから、「カロリー摂取」がもっと激しくなったのではないか。SNSをチェックするので、時間をとられるのかもしれない。学生に限らないが、歩きながらスマホを見ている人もいたりして、それだけ忙しいということかな・・・










宅地の未災学

GBRC_4月号

日本建築総合試験書の機関誌GBRC(4月号)に京都大学防災研究所の釜井俊孝名誉教授が『宅地の未災学』と題して寄稿している。未災学とは、確実に危険とまでは言えないが、安全であると太鼓判を押すことも出来ない地域を「未災の場(土地)」と呼んで、そうした場所における安全性を議論する学問と定義している。地盤災害(宅地崩壊)の立場から見れば、世の中は「未災の場」だらけであるという。

安全な土地にしていくにはどうすればいいのか。釜井先生は「財布に響く対策」が必要だという。その一つの方法として「固定資産税の軽減」「災害リスク税の創設」のセットだという。
固定資産税の算定根拠となる路線価は、自治体から委嘱された不動産鑑定士が更新することになっている。しかし、不動産鑑定士は地学の専門家では無いので、路線価算定の際、宅地のリスクはほとんど考慮されない。しかし、素直に考えれば、土石流扇状地や谷埋め盛土、腹付盛土などの未災の場の価値は、安全な土地よりも相当低くあるべきである。そこで、こうした未災の場の固定資産税は路線価もしくは税率を下げて大幅に軽減する。

一方、未災の場は、将来、災害の舞台となり、行政の負担となる可能性がある。実際、ここ10年でかなりの規模の公金が盛土の上の宅地の復興に費やされた。そこで、新たに「災害リスク税」を創設し、未災の場の宅地所有者から徴収する。これは、将来の行政サービスの前払いであると同時に、未災の場に居住している事をはっきりと認識してもらうためである(軽減された固定資産税と合わせて若干の負担増となるようにする)

次の仕掛けは、「宅地防災基金」「宅地防災組合」の創設である。未災の場である宅地盛土の維持や災害復興について、行政と住民だけが負担するのは片手落ちである。デベロッパーと販売業者、ハウスメーカーなどの不動産セクターには、膨大な未災の場を創り出した責任がある。そこで、彼・彼女らが毎年販売する宅地・住宅代金の中から一定割合を拠出してもらい、「宅地防災基金」としてプールする。これらと災害リスク税とを合わせて、将来必ず発生する、大規模な宅地崩壊の復興資金とする。

一方、盛土造成地を健全に維持するためには、排水システム(暗渠管)の管理が重要である。そこで、マンションの管理組合と同様に、盛土造成地の住民で「宅地防災組合」を作り、この組合が排水システムをはじめとする宅地盛土の管理・修繕を請け負うことにする。そのための資金として、宅地防災基金と災害リスク税を充てるのが望ましい。

こうした財布に響く対策は、利害関係者の強い反対が予想されるとしている。しかし、最近の大地震や豪雨による宅地崩壊はそうした利害に配慮する時間的・社会的な余裕が無いことを示している、と。

2016年の熊本地震の際も宅地の崩壊やひび割れが多数発生した。建物の被害が宅地の被害に起因しているかどうかははっきりしないが、住宅の再建をするにも土地の安全性を確保することが必要となる。こうした土地の被害に対しては、地盤工学会などが住民の相談会を行っていたりしていた(行政からの依頼によるものと思われるが)。当時は地盤工学会と建築学会で被害調査の状況などについて意見交換する場を数回設けた。建物(住宅)は地盤の上に建っているわけなので、被害と復旧に関して地盤と建物は一体として考えるべきだろう。

未災の場にどんな建築を建てるのか、どうすれば被害を減らせるのか、建物を含めた議論が必要ではないか。盛土だけでなく、水害や断層の有無による災害リスクの危険性などを反映することもできれば・・・










建築の性能

structure162

日本構造技術者協会(JSCA)の機関誌「structure」(No.1642)の特集は『建築の性能』で、JSCA性能設計説明書2021年版の公開にあたって特集が組まれている。

小堀哲夫氏(小堀哲夫建築設計事務所)『意匠設計から考える建築性能』で次のように書いている。
構造性能とコストは表裏一体である。免震にすればコストは上がり、構造性能評定による設計期間の延長などから事業計画に合わないといった結果になりかねない。日本では経済原理から建築をつくるプログラムが多いために、ローコストになるケースが多く、KPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)を中心とした企業利益が重要な決定事項となり、構造は最低基準のクリアが求められるのが現状である。

しかし海外、特に欧州では、建築をつくることは社会的責任を伴うと認識され、施主側が十分な予算を確保して依頼することが多い。そもそも日本では、建築家がこれまで「建築をつくること=社会的責任がある行為」と声を上げてこなかったのではないだろうか。それを感じたのはイタリアのデダロ・ミノッセ賞の授賞式のことである。この賞は「優れた建築にはよき発注者と素晴らしい建築家の双方の存在が必要である」という理念のもと、建築家と施主に賞が授与されるという世界でも稀な賞である。授賞式はヴィツェンツァにあるパラーディオ設計のテアトロオリンピコで開催されたのだが、一般の市民が授賞式に参加していた。建築が施主でも建築家のものでもなく、建築を使う市民、街、社会のものであるという文化が根づいているのだ。日本もそのように理解のある社会構造でなければ、構造性能に対する議論は深まらないだろう。

土橋 徹氏(森ビル)『オフィスニーズから見た構造性能』で次のように書いている。
低層建物でも保有水平耐力の検証で崩壊系を明確にすることで、余裕度を明確に示せる。余裕度を明確に示し、大地震時の二次部材、つまり内装被害まで丁寧に説明することが重要である。丁寧に説明すると免震構造も選択肢に入るのではないか。地震国日本での中低層建物の免震構造採用がまだまだ少ないのは寂しい。

篠崎洋三氏(大成建設)『地震被害、BCPを考慮した設計』で、熊本地震のときの応急危険度調査で、ホテルに戻ってシャワーをあびているときに、本震の震度7の強烈な揺れを経験したことを紹介し、次のようにまとめている。
地震は大きさだけでなく、揺れの性質などまだまだ不明な点も多く、非構造部材は部材の多さや施工が多岐にわたることから耐震性能を定量的に分析することが容易ではない。しかし、適切な目標性能を設けることで大地震時における非構造部材の損傷を最小限に抑えるなど建物の事業継続に有益な設計ができるものと考える。イニシャルコスト増になる事は否めないが被害が発生した場合の損害額及び事業継続ができないことによる莫大な営業損益に比すると、性能アップのためのコスト増の比率は極めて小さいと考える。

JSCA性能設計説明書で、低層建築から高層建物まで耐震グレードを適切に設定・評価することが当たり前の社会になることを期待したい。








カーナビなのに画面なし?

日経新聞(5/13付け)に『カーナビなのに画面なし』という記事があった。
ソムリエに赤ワインと白ワインをわたしてみた。白ワインは食紅を混ぜた「にせもの」だったが、ソムリエは両方とも赤ワインを飲んだような感想を述べたという。これは脳科学とマーケティングを融合したビジネス書「『欲しい!』はこうしてつくられる」(白揚社)で紹介しているエピソードだ。

大脳での情報処理上、視覚が味覚や聴覚より優先されるためで、プロでも惑わされてしまう。広告、デザインなどマーケティングの基本は、言うまでもなくいかに視覚にインパクトを与えられるかにかかっている。

そんな視覚優位の世界で、画面を使わないカーナビゲーションが誕生したと聞いて驚いた。パイオニアが3月に発売したドライブレコーダー機能も備えた「NP1」だ。独自の人工知能(AI)を開発。自動車のフロントガラス上方に設置し、「NP1、東京ディズニーランドへ行って」と言うと、音声ガイドが目的地まで誘導してくれる。

カーナビと言えば、画面を頼りに目的地に行くのが基本機能だ。にもかかわらず、なぜ最も重要な画面を外したのか。一つは危険の緩和にある。運転中、画面に気を取られすぎると、前方への注意がおろそかになる。走行中に画面をタッチパネルで操作すると、危険度は増す。さらに自動車のデジタル化で操作スイッチが過剰になり、いっそう手間がかかるという潜在的な不安に着目した。
(以下省略)

ナビゲーションの固定観念への挑戦だ。

ドライバーのなかには、ナビゲーションの画面をつい見たことで、運転の危険を感じたことがあるのではないか。助手席に同乗者がいて、「次の信号を右に」などと道案内をしてくれる方が運転に集中できるのは間違いない。問題は、その道案内の音声が適切なタイミングで、適切な情報が提供されるか否かだろう。

我々は固定観念に縛られていることがある。例えば、免震構造はだいぶ常識になったかもしれない。ただ、免震構造の黎明期には地盤から建物を絶縁するということはなかなか受け入れられなかった。それも、使うのは積層ゴムというこれまでの構造材料にはない ”ゴム” だったし。

私がはじめて免震構造の説明を受けたときには、とても驚いたことを覚えている。なぜなら、それまでの建築は地面に固定されているのが ”常識” だったのだから。

Shantou_workshop_1994_2

↑↑↑の写真は、今から28年前に中国のShantouで開催されたワークショップに参加したときのもので、懐かしい研究者たちがそろっている。
 Dr. Muhr
 Dr.Fuller
 Prof. Kelly
 Prof. Buckle
 Dr. Robinson
 Dr. Martelli

免震構造の黎明期の研究者で、まだまだ免震が広く認められていない時代に、その可能性を信じ免震技術の発展に寄与していた。私も写っていますが、どこにいるかわかりますか?

このとき、僕の荷物が中国の空港に届かなかったという苦い経験がある。発表資料(OHP)も預けた荷物の中に入れてしまっており、発表はホワイトボードを使って行った。この時の司会は、Dr.Robinsonだった。







森と木と建築の日本史

森と木と建築の日本史

海野 聡著『森と木と建築の日本史』(岩波新書)を読んだ。
本書では、木造建築、特に寺社や城郭建築などの巨大な建造物を取り上げ、それらの建築がどのようにつくられ、維持されてきたかについて、「木」に着目して書かれている。単に建築技術だけでなく、木の文化について述べられている。
法隆寺金堂や五重塔をはじめ、日本の歴史的建造物の多くは木造である。しかしながら、日本建築を語るうえで「木」そのものが主役になることは少なかろう。もちろん心柱のような巨木は目を引くが、年輪の詰まった長押の糸柾や四方柾の柱のような木取りの希少性を知る人は少なくなってきているし、ましてや前近代の輸出入木材の話を聞くことはまずなかろう。(タイワンヒノキが姫路城や法隆寺金堂の修理で使われている)
(略)
木は工業製品とは異なり、木そのものに対する人々の信仰、山から現場までの長い道のり、加工道具、山林の保全など、単なる材料としての枠に収まらない社会的・文化的な背景が詰まっているのである。

木造建築を長期にわたって継承していくには定期的な修理が必要となる。その際の部材の調達のためには巨木が必要となる。そうした巨木を育てるには何百年という時間も必要であり、さらに技能者の育成も求められる。

日経新聞(5/14付け)では、国産木材の建築利用の裾野が広がっているという記事があった。主要部に木材を活用した公共施設の割合(木造率)は2010年度の8.3%から20年度は13.9%に上昇し、低層に限れば3割に迫る、という。木造率が1割以下の中高層建築などは需要開拓の余地が大きいが、鉄骨造などと比べ10〜15%費用が高いとされる。木造建築に詳しい東京都市大の大橋好光名誉教授は「実績を増やしてコストを下げるとともに、地方の工務店の技術向上を支援し、新しい領域への挑戦を後押しする取り組みも必要だ」と話している。

木造建築のための木材の生産から流通、そして修理まで一貫した取り組みが必要だろう。そうした仕組みが出来上がることで、持続可能な木造建築につながっていくと思われる。








木造+免震

新建築202205

新建築(5月号)では木造建築が多く取り上げられている。そのなかでも、中高層木造ビルに免震構造を組み合わせた事例が3件掲載されている。

一つ目は「Port Plus 大林組横浜研修所」で、主要構造部のすべてが木で構成されている。柱と梁は独自技術(オメガウッド)を応用し、LVL(Laminated Veneer Lumber)をGIR(接合具と接着剤で木材を接合するGIR工法(Glued in Rod))で接合した構面と新開発の木質仕口パネルを貫に採用した構面を組み合わせている。これにより初期剛性と大変形時の耐力保持の両立を可能としている。免震構造は地下1階の柱頭免震としており、大地震時でも主架構は弾性域に留まる設計となっている。木造建築のスペシャルサイト「OY Project」もある。

二つ目は「TAMADIC 名古屋」で、坂茂氏が設計している。この建物でユニークなのは、CLTを鉄筋コンクリート造の型枠として使い、CLTで鉄筋コンクリートを補強し、内装仕上げとしても使っている点。スラブはCLTにビスを200mmピッチで打ち、鉄筋コンクリートと一体化することによってスラブのたわみを補強している。木造の流行により、木造を露出できない高層ビルでも無理矢理木を使っている流れに対し、それぞれの材料を適材適所に材の特性を生かして組み合わせて設計することが、本来の建築の発展に繋がるのではないかと坂茂氏は書いている。基礎免震構造が採用されている。

三つ目は「モクビル 南葛西」で、スターツが手掛けた鉄筋コンクリートの上に木造を組み合わせる都市型木造を実現している。この建物では上部4層が木造で、下部5層が鉄筋コンクリート造で、基礎免震構造を採用している。下部の鉄筋コンクリート部は木質軽量化により躯体量および杭を軽減でき、免震化に関わる費用を捻出している。免震部は混構造に適した免震装置の選定(4基の高減衰積層ゴム)、1階斜め柱による容積最大化(免震クリアランスの確保)を図っている。
モクビル

木造と免震の組み合わせはもっと増えそうだ。木造建築もさまざまな取り組みがあり、面白い。でも坂茂氏も言っているように、「適材適所」で材を使っていくのがいいのではないかと思う。










Should we build better?

EERIの論文誌「EARTHQUAKE SPECTRA」のVol.37(2021)に ”Should we build better? The case for resilient earthquake design in the United States" (より良いものを建てるべきか? 米国における地震に強い設計の事例)という論文があった。

アメリカには地震対策への投資ギャップがあるようで(日本もあると思います)、事前に損失を防ぐための投資よりも、地震からの復旧に平均で年間数十億ドルも多く支払っている。米連邦緊急事態管理庁(FEMA)と米地質調査所(USGS)の2つの大規模な調査は、アメリカの建物が将来の壊滅的な地震にどの程度耐えられるかについての洞察を示している。その結果、一般市民は、建築基準法の歴史的な目的である人命安全の確保よりも、新しい建築物に対してより多くの機能を求めていることが示唆された。また、耐震性を高めることは、社会の経済的利益にも貢献することを示唆している。人々は新しい建物では安全であることを期待し、建築基準法はその安全を実現する。しかし、人々はビッグ・ワン(大地震)の後でも建物を使いたいと考えている。

カリフォルニアと中西部に住む800人のほとんどは、ビッグ・ワンの後に新しい建物が居住可能か機能的であることを期待していると回答している。回答者は、そのレベルの性能を達成するためにかかる追加的な費用(1%)を支払う意思があることを表明した。
Fig5

1%のコストアップという数字は、建築基準で要求される耐震性を5割高めた建設コストとなっている。なぜ、こんなにも小さいのだろう?

建築コストの見積もりを専門とする企業が毎年発表している統計に、建物の各部分が総コストにどのように寄与しているかが詳細に示されている。耐震設計は建設コストの約2%(下の図のハイライトされた部分)だけしかないためである。
Fig3s

この分析で面白いのは、構造体の費用が重力に抵抗するシステムが6%、水平力への抵抗システムが2%と分けられているところ。日本では耐震設計が当たり前だからこうした分析はないかもしれない。でも、日本で重力だけで設計した建物に対して、耐震設計をした建物の建設コストはどれくらいアップするのだろうか。

このような市民の期待に応えるために、アメリカには、強度や剛性を地理的に最適化したより強固にした建築物など、いくつかの選択肢がある。強度と剛性を高めることだけが耐震性を高めるための選択肢ではないが、このようなアプローチは、追加の専門技術やソフトウェア、独自技術を必要とせず、あらゆる構造設計者が実際に実施できるという利点がある。免震構造や制振構造という選択肢もあるが、費用対効果が高いのは限られたケースしかない、としている。

国立建築科学研究所による有益コスト分析「Natural Hazard Mitigation Saves」では、特に、建物の強度と剛性を高めるための法規制により、追加建設コスト1ドルにつき平均4ドル、場所によっては1ドルの支出につき最大8ドルを節約できることがわかっている。この研究では、社会的総所有コストを最小化するために、必要な強度と剛性を地理的に異なるスカラー値で増加させるという単純な設計変更を検討している。つまり、建築基準で求められている地震荷重を下の図で示されるCe倍するというもの。
Fig7

この図では、建設費、将来の資産修繕費、統計上の死傷者を回避するために米国政府が認めた費用、直接的・間接的な事業の中断に伴う将来の経済損失、捜索・救助活動にかかる将来の費用の期待現価の合計を最小にするように、係数Ceを地理的に変化させている。

ASCEの倫理綱領の最初の基本原則である「公共の安全、健康、福祉を最優先とする」を実現するためにも、より高い耐震性を持つ建物の設計を行っていくことが必要である。

これは日本でも同じだと信じたい。









プログラミング全国大会で優勝した小学生

朝日新聞(5/6付け)の「ひと」欄に、蛍舞う農村からプログラミング全国大会で優勝した後藤優奈さんが紹介されていた。
蛍舞う大分市の山あいの集落に暮らし、全校児童40人余の小さな小学校に通う。そんな野原を跳びはねている女の子が昨年12月、プログラミングの全国大会テックキッズグランプリで優勝した。

大会でこれまで優秀な成績を収めてきたのは、都会の秀才のような子が珍しくなかった。彼女は違う。自宅は田畑あわせて600坪。田植え稲刈りを手伝い、塾に行ったことはない。

ゲーム機もなし。せがまれても買い与えなかった父親が偶然見つけたのがプログラミング教室。「行ったら、きっとゲーム作れるけん」と父に勧められ、小3で通い始めると一気に腕を上げた。

教科書に点字を考案した人が載っていた。手話のイベントに参加して興味を持った。障害のある人と交流できないかと考えついたのが、カメラ機能を使った「手話の同時通訳アプリ」。指文字を静止画で認識するとともに、点字も翻訳するアプリを3カ月で開発。大会の審査では社会的課題を解決しようとする姿勢が評価された。

毎日日記をつけ文章を書く。大会でどうプレゼンするか何度も推敲した。「だから緊張しなかったけど」。驚いたのは初めての東京の人の多さ。「渋谷のスクランブル交差点を見に行ってびっくり」

将来の夢はお医者さん。「お医者さんもコンピューターを使うので、きっとプログラミングが役に立つはず」

最近は小学校でプログラミングを教えるとか、高校で「情報機廚必修になるなど、ITスキルを身につけさせようと必死になっているようにみえる。大学で情報関係の授業もやっている関係で、新しい高校の科目である「情報機廚龍飢塀颪鯑手した。
IMG_2331

いま各社の教科書の内容を把握しているところだが、教科書によっては取り上げている内容にも差がある。プログラミングに力を入れているものもあれば、エクセルやパワーポイントなどの扱い方をやっているところもある。もちろん情報の取り扱いやデータサイエンスなども含まれている。ただ、高校の授業でこれを学んだとしても、果たして自分でプログラミングができるようになれるかは疑問だ。

プログラミングに興味があれば新聞記事で紹介されているように自分でどんどん学んでいく。授業でそのためのきっかけは与えることができるかもしれないけれど、大学入学共通テストの試験科目にする必要はないのではないか。

受験生にプログラミングを習得してもらいたいなら、共通テストの会場でパソコンを使って実際にプログラミングをさせるくらいのことをしないと駄目ではないだろうか。









大学入試の地殻変動

朝日新聞エデュア(5月号)の特集は「大学入試の地殻変動」で、1点刻みの一般選抜だけでいいのか、と疑問をなげかけ大学の取り組みを紹介している。
日本の大学入試では一般選抜(一般入試)が伝統的に根強く、ペーパーテスト一発勝負の一般選抜ばかりが注目されがちです。しかし、入試の現場では、総合型選抜(AO入試)や学校推薦型選抜(推薦入試)、付属校からの内部進学などが広がり、各大学が入試区分ごとに行っている入学後のGPA(成績評価、0〜4ポイント)などの調査では、難関大学を中心に、各入試区分の評価が以前とは様変わりしています。東北大学や早稲田大では、AO入試組のGPAが最も高くなっています。

一般選抜でも、早稲田大の政治経済学部が2021年度入試で、数学毅舛鯢須にするなどの入試改革を行いました。田中愛治・早稲田大総長は1月の記者会見で、「日本の入試は79.8点が79.7点より上という考え方に縛られている。これは本当に優秀な学生をとるのに、ふさわしい選抜制度ではない。早稲田から変えられる」と述べました。

受験生の能力を本当に測れているのか、自大学の教育に望ましい学生をとれているのか、大学側の模索が続いています。

朝日新聞Edua_vol59

上のグラフは東北大学における入試形態ごとの入学後の4年間の成績(GPA)の平均で、AO入試で入学した学生の成績が高くなっている。これについては東北大の滝澤博胤副学長は次のように述べている。
一生懸命に勉強した入った学生は入学した時点で一息つきますが、AO入学者はいよいよこれから大学生活が始まると考えます。AO入試の学生も一般選抜の学生も、能力にそれほど大きな違いはないと思いますが、大学での学びへの意欲の差がスタート時点で出ています。

大学で学ぶ意欲や熱意が最も大事だ、という点は同感だ。

東北大学ではAO入試での入学者が3割となっている。他の国立大でもAO入試の枠を増やしている。大学で学ぶ意欲と熱意をもった学生をとるには有効だという認識が高まっているのだろうか。ただ、これは大学が国立など難関愛学だから成り立つことかもしれない。

本学でもAO入試や推薦入試は以前からあるものの、AO入試の枠はあまり大きくはない。本学では入試形態や出身高校と大学での成績の間にはあまり相関がない。大学で学びたいという熱意や意欲が高い方が大学で大きく成長することを実感している。











頭 手 心

頭手心

デイヴィッド・グッドハート著『頭 手 心 −偏った能力主義への挑戦と必要不可欠な仕事の未来−(実業之日本社)を読んだ。

本書のタイトルにある「頭」は認知能力に基づく仕事で、「手」は手仕事、「心」は人のケアをする仕事を指している。コロナ禍でエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちの重要性に気がついたものの、彼らの給与や待遇は「頭」の仕事に比べると低い。もっと「手」や「心」の仕事を大事にすることが必要だという。
八歳のときに将来どんな仕事をしてみたいかと訊かれたら、ほとんどの子供は消防士やコック、看護師、バスの運転手、店員と答える。そうした仕事は明らかに人々に仕え、毎日の暮らしを可能にし、役に立っている。だが、中等教育を終了するまでには、ほとんどの子供がそうした仕事からあまり「手」を使わない仕事、認知能力を基礎とする仕事に導かれる。

これは、親が大学進学を望んでいるためだ。それは大卒者の方が給与も高くなっているからでもある。こうして大卒者が増えていったが、そうした背景には、脱工業化社会となり高い認知能力をもつ有能な専門職の人を求めたため、もう一つは人を起用し昇進させ恩恵を与えるには認知能力に基づくのが公平と思われていたことがある。

ただ、大卒者の半数以上は、彼らが高等教育に注ぎ込んだ労力や時間が必要とされておらず、そこで学んだものを使う機会もなく、それに対する恩恵に浴することもない仕事に就いているという。これは仕事をするのに必要とされる以上の教育を受けており、大学院卒業者も例外ではない(過剰教育 オーバー・エディケーション)。

しかし、これまでの数十年間の大卒者数の劇的な増加によって、今後大学進学に伴う名声が下がり、経済的恩恵が小さくなってくるという。
将来の仕事について予測すると、知識労働者(特に中レベルと低レベル)の減少・凋落はさらにたしかなものとなる。「頭」の仕事に対する需要はこれからも続くが、もっと優秀で創造力に長けた人々だけに集中するはずだ。そして需要がもっと急増するのは、「心」の仕事と、「頭」と「手」を組み合わせた技術的な仕事になるだろう。

大学の教育はこれまで通りでいいのだろうか。おそらく専門的職業に就く人材を生み出していくだろうが、それらの仕事は機械やAIにとって代わられるのではないか。日本の大学入試では試験の点数で合否を決めることが多い。学力をどう捉えるのか、というのは難しい問題ではあるが、学力テストではその人間の能力のほんの一面しか測れていない。人間の努力、共感、美徳、想像力、勇気、気づかう能力などその他多くの人の価値を測る尺度を組み合わせることも重要だろう(難しいけど)。

本書は400ページ以上あり、ときに難解な個所もあり、どこまで内容を把握できたかは少々怪しい。「頭」だけでなく、「手」や「l心」の仕事に携わっている人たちの待遇の改善も必要だと思う。本書の最後には次のように書かれている。
知恵はしばしば、イデオロギーとは対照的なものとして現れる。イデオロギーは私たちを確実性、正当性、敵対主義へと向かわせるが、知恵は謙虚さ、多様性、歩み寄りを重んじる。そしてこれらはすべてワンセットだ。「スタートレック」にくり返し出てくる場面がある。ヴァルカン人の血を引くスポックは紛れもなく、もっとも知性にあふれたキャラクターだが、彼にはマッコイ船医の天性の共感力や、カーク船長の実践的な決断力が欠けている。三人とも、ひとりだけでは知恵が足りない。知恵は、三人の(時には張り詰めた)ことばのやり取りから生まれるのだ。
statrek
「頭」と「手」と「心」の調和が取れているのが、宇宙船エンタープライズ号なのである。










江戸時代に学ぶこれからの循環型社会のあり方

roselyn-tirado-GDWmu0bFfS4-unsplash
https://unsplash.com/photos/GDWmu0bFfS4?utm_source=unsplash&utm_medium=referral&utm_content=creditShareLink

建築保全センターの機関誌「Re」(4月号)の特集「循環型社会に向けて」のなかで北林 功氏が『江戸時代に学ぶこれからの循環型社会のあり方』と題して寄稿していた。産業廃棄物のうち建設業は約75,481千トン(19.9%)を排出している。日本の伝統的建築では資源を大切にできるだけ長く使い続け、最後まで使い切るためのノウハウがあったという。
現代日本の建築物は、例えば住宅は約25〜30年でスクラップ&ビルドされ、廃棄されている。経済的効果はあるのかもしれないが、ここまで述べてきた考え方からすれば資源の浪費である。また、すぐに壊されてしまうことになると使用される材料や技術へのこだわりは低くなっていき、受け継がれてきたものづくりの技術の低下、そしてそこで暮らす人々の心の低下が懸念される。

日本の建築は、明治中期の濃尾地震以降に西洋建築の影響を受けていった。しかし、その西洋では、古い建物がむしろ好まれており、国によって異なるが住宅の平均寿命は70〜80年である。中古建物のリノベーション市場や取引市場が形成され、それをサポートする金融システムも整っている。そして歴史ある建物が美しく文化的な景観を形成しており、既存建物が文化的資源と捉えられている。このように建築の前提となる考え方はむしろ日本は戦後真逆へと向かった。

日本では戦後の高度成長に伴う富が土地へ向かい、建物より土地を優先する考え方になったこともあり、建物の価格は新築が最も高く、年月を経過するごとに減っていく。結果、日々の維持管理やリノベーションに費用がかけられず、それを支える金融システムも充分に整っていない。しかし、経年減価は必然ではなく、しっかりとメンテナンスをすれば建物自体は機能する。つまり発想の転換さえすれば、修繕・維持管理主体の市場が形成され、それに必要な技術開発も進む。江戸時代の職人らが、修理・循環を軸とした経済を構築したことがその証拠である。

最近はSDGsがよく話題になるが、建築分野では建物を長く使い続けるようになってきているだろうか。長く使われ続ける建物に愛着をもつように価値観を変えていくことも必要だろう。日本で住宅の寿命が短いのは、記事にあるように土地が優先という面もあるが、耐震性の問題もあるのではないか。耐震性が足りない場合には補強などが求められ、それができない場合には違反建築となってしまう。既存不適格建築とならずにすむような法制度に改めていくことも必要だろう。

脱炭素の動きにあわせ木造建築が増えている。しかし、国産材の使用は大きくは増えていないという。輸入材に頼っていては、循環型社会とはならないのではないか。森林資源を継続的に利用できるようなサイクルをつくっていることも求められている。











高輪ゲートウェイ駅前再開発

高輪ゲートウエイ再開発

朝日新聞(5/4付け)に『高輪ゲートウェイ駅前再開発』に関する記事があった。
JR東日本は、高輪ゲートウェイ駅(東京都港区)前の再開発計画について、建設する高層ビルなど5棟の概要を発表した(JR東日本のプレスリリース)。建築家の隈研吾氏がデザインした文化施設や、高級ホテルとオフィスが入る商業ビルなどで、2025年度に全面開業する予定だ。羽田空港からのアクセスが良く、国内外からの幅広い利用を見込む。

開発の目玉は、らせん状に形作られ、日本の四季を表現したという文化施設。地上6階建てで、音楽や演劇などのイベントが開ける。
高輪ゲートウエイ文化施設


文化創造棟(文化施設)が超高層ビルに挟まれて、ちょっと窮屈そうだが、緑に囲まれて文化を創造できるようになればいいなぁと思う。

ただ、この文化施設のパースをみて、熊本市にできた「サクラマチ クマモト」を連想してしまった。。。
サクラマチクマモト










家ネコはお互いの名前を理解している

alex-nicolopoulos-hxn2HjZHyQE-unsplash
Photo by Alex Nicolopoulos on Unsplash

朝日新聞(4/30付け夕刊)に『家ネコ お互いの名前わかるよ』という記事があった。
ネコは、同じ家の中でくらす他のネコの名前を知っていることを、京都大学などの研究チームが明らかにし、科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」Cats learn the names of their friend cats in their daily lives)に発表した。他のネコの名前を聞くと、そのネコの顔を思い浮かべていることもわかった。

人間や動物には、予測や直感に反する「期待外れ」のことが起きたら驚き、その現象を長く注視する性質がある。研究チームは、この性質を利用して、ネコが「知り合い」の名前を区別しているのか、調べることにした。

実験には、3匹以上が飼われている家庭のネコ約25匹に参加してもらった。ネコを座らせて同居する別のネコの名前を呼ぶ声を流した後、モニターに写真を映して反応を調べた。

すると、名前と一致しないネコの写真を見せた時、一致するネコより長い時間注視する傾向があった。ネコがともに生活する他のネコの名前を認識している結果だという。

京大所属時にこの研究を始めた高木佐保・麻布大学特別研究員は「驚きの結果だった。ネコは人の会話を聞いていないように見えて、実は聞いているんだと世間に伝えたい」と話す。

今回の研究では、家庭のネコは他の個体の名前を認識していたが、ネコカフェのネコだと、差が見られなかった。飼われている数が多く、1匹あたりの呼ばれる頻度が少ないことが影響している可能性がある。

また、家庭のネコで、同居する人間の名前を認識しているのか調べたところ、家族の数が多いと顔と名前が不一致の場合に注視する傾向が見られたという。今後はネコが日常生活で名前を学ぶ方法や、人間の言葉をどこまで理解しているのかを調べる予定だ。

NHKの「0655」という番組で、「おれ、ねこ」「わたし、ねこ」というコーナーがある。視聴者が撮影した猫の写真をつかって紹介するというもの。そこに登場する猫の名前はほんとうにいろいろ。

そうした名前を猫は認識しているのか〜〜〜








木造15階建てビルの建設

20220419_164703_20674

建設通信新聞(4/20付け)に『新鎌ケ谷に木造15階建てビル』という記事があった。
ハウスメーカーの東洋ハウジングは、東武野田線新鎌ケ谷駅近くに計画する木造15階建ての店舗・事務所付き共同住宅の新築工事に着手した。シェルターとナカノフドー建設の施工協力のもと、自社で施工する。2023年7月に完成後、テナント工事を経て同11月の全体完成を目指す。

このプロジェクトは「(仮称)東洋木のまちプロジェクト(高層棟)新築工事」
基礎免震構造を採用した円筒形状の建物で、1階はRC造、2〜15階はCLT(直交集成板)パネル工法の木造を採用した。CLT耐力壁は放射状に配置して引き抜き力を低減し、上階から下階の壁に直接圧縮力を伝えることで床へのめり込みを防ぐなど構造面の工夫を施した。規模は延床2875平方メートル、高さは44.7メートル。
(以下省略)

朝日新聞の記事では、次のような説明もあった。
木材を多用する最大のメリットは環境面だ。使う木材の二酸化炭素貯蔵量は約1678トンで、約100平方メートルの一般住宅の100棟分になる。木材特有の断熱性の高さから、冷暖房費の削減にもなるという。

同社が木造の高層住宅の検討を始めたのは4年前。顧客に提案をしても「前例がない」という理由で実現にこぎ着けることはできなかった。このため、自社ビルという形で、計画を進めることにしたという。

事業費は高層部分だけで約17億円。商業施設などを含めると約21億円に上る。高層部の賃貸マンション収入だけでは赤字で、環境に優れた建築に対する国の補助制度などを合わせて収支バランスが取れる見込み。

同社はプロジェクトの詳細を同業者にも公開している。西峰秀一社長は「新築住宅が大きく増えない中、国産材の使用を増やすためには木造の高層住宅の技術を確立する必要がある。まだ採算は厳しいが、地元企業でもこんな夢のある事業ができるということを知ってほしい」と話す。

初期建設費を重視することはわかるが、地球環境や脱炭素を目指す重要性についてもっと建築主や社会の理解が進むことを期待したい。南海トラフ巨大地震や首都直下地震の発生が危惧されるなか、より高い耐震性をもつ建物の建設が進むことも必要となる。大地震で建物が被災して取り壊されて、再建されると二酸化炭素の発生にもつながる。

建物の耐震性を高め、建物の寿命を延ばすことを考えていく必要があるのではないだろうか。










シャーロック・ホームズの建築

シャーロック・ホームズの建築

北原尚彦・村山隆司著『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)を読んだ。

ご存じのとおりシャーロック・ホームズは英国の探偵で、さまざまな難事件を解決した。その事件現場の建物をできるだけ具体的に描き出している。ホームズが活躍したのは主にヴィクトリア朝の末期、すなわち19世紀の終わりごろとなる。

建物の図版や図面は、建築家の村山隆司氏が担当している。彼は次のように書いている。
建築家の仕事は、第一にクライアントの話を聞くことです。どのような建物が理想なのか、その建物の機能、使い道、周りとの関わり、大きさ、形式、そして将来どのようにしていくかなどです。今回「シャーロック・ホームズの建築」を描くにあたって、この建築家としての役割をコナン・ドイルというクライアントからの依頼と受け止め、話を聞いていくという思いで原書を読み込んでいきました。

シャーロック・ホームズにあまり関心がない人も、原作を読んだことがある人も楽しめる本になっている。









  

ビデオ会議もパジャマでOK

embodyme


日経新聞(4/29付け)に『ビデオ会議、パジャマでOK』という記事があった。
人工知能(AI)開発のEmbodyMe(エンボディーミー)はビデオ会議に映る自分の姿を、身なりを整えた「仕事モード」に自動で変身させる技術を開発した。情報通信研究機構もアバター(分身)で会議に代理出席できる技術を開発する。AIなどの進化でビデオ会議の出席の仕方も多様化しそうだ。

パジャマ姿でノーメークなのに、ビデオ会議の画面越しに見えるのは服装を着替え、バッチリ化粧をした「仕事モード」の自分――。エンボディーミーはビデオ会議で外見をAIで置き換えるアプリの提供を始めた。
(以下省略)

基本使用料は無料で、アプリをパソコンにダウンロードし、自分のスーツ姿の写真などを用意すれば、ビデオ会議のカメラの設定から簡単に「変身」が可能とのこと。

すごいね。
自分の顔を赤ちゃんにしたり、モナリザにしたりもできる。こうした技術と通信速度が高くなると、オンライン会議や授業でもアバターの利用がすすむかもしれない。本学でオンライン授業を実施するときには通信環境に配慮してビデオはオフとすることが推奨されていた。通信環境の課題が解決し、アバターで授業に参加してもいいとすれば、質問や議論を活性化することに繋がるかな・・・









アバターで「素の自分」を出しやすい?

quino-al-4SNUcHPiC8c-unsplash

https://unsplash.com/photos/4SNUcHPiC8c?utm_source=unsplash&utm_medium=referral&utm_content=creditShareLink

日経産業新聞(4/25付け)に『アバター「素の自分」出やすく』という記事があった。
東京都市大学の市野順子教授やシステム開発のTISなどの研究グループは、アバター(分身)を使って参加するビデオチャットの方が、自分の顔で参加するより考えや経験を話しやすい傾向があるとする実験結果を発表した。カウンセリングや会議システムなどに応用し、オンラインのコミュニケーションを活発にするのに役立てる。

20〜59歳の男女108人が初対面同士で2人一組になり、「自分の顔」「自分の写真を使って作ったアバター」「参加者全員共通のアバター」の3種類を使い対話した。

自己紹介など基本的な会話をした後、個人的な経験や考えなど10分間やりとりし、その様子を第三者が「どの程度自身をさらけ出しているか」によって3段階に分類した。
(以下省略)

コロナ禍でマスクを着けることが当たり前になった。ただ、マスクを着けたままだと表情を読み取るのは難しい。コロナ禍で入学してきた学生はマスクを着けた顔しか知らないので、マスクを外したら認識できるかどうか。

東京都市大学のプレスリリースに研究の詳細が紹介されている。実験から、自分の外見と類似していないVRアバターを使った場合が最も話しをしやすい結果になったという。これは、人に見られると恥ずかしいということなのだろうか。今回の実験は2人で対面で話す場合だったが、3人以上になった場合でも同じ結果なのだろうか。アバターが3人とも同じだと、声は違っているとしても、誰かを特定することが難しくなるのではないだろうか。

さらに、話しをしてるときの表情はアバターでも表現されるのだろうか。顔の表情というのは声以外にも多くの情報を伝えてると思う。アバターでそれがどこまで再現できるのかにも依存するのではないか。もしそうしたことが可能であれば、就職(採用)面接のときにVRアバターを使えば、学生自身の本音を聞き出すのに有効かもしれない。

LINEでも、文字では表現しずらいことを、スタンプで代替したり、逆にスタンプの方が気持ちを伝えることができたりする。コミュニケーションのやり方に関して、そうしたこととも何か関係があるのかな・・・









性能規定

建設通信新聞(4/8付け)の「建設論評」欄に『性能規定』という記事があった。
公共土木事業の計画はほとんどの場合、仕様規定になっている。すなわち発注者が工事目的物の諸元、材料とその品質規格を逐一規定する。受注者は規定に則って材料を調達、加工して、所要の工事目的物を完成させる。受注者の裁量はもっぱら施工の合理化、効率化の部分であって、これをうまく処理することによって利益を得ることができる。

この方式は戦後の長い期間、社会資本の絶対量が不足していた時に、大量の整備費を効率的にこなすことに貢献してきた。工事目的物の諸元、材料、品質があらかじめ規定されていることから、この点についての発注者と受注者間における見解の相違は発生せず、不必要な協議に時間を費やす必要がないため、迅速に作業が進捗する。言うなれば決められたレールの上を高速鉄道がレールから逸脱することなく目的地まで高速に走行するようなものである。

このような利点を有する仕様規定であるが、この利点は逆の見方をすれば応用が利かないということになる。受注者が設計図書とは異なる材料を使おうと提案しても、それがどれほど優れた性能を持っていたとしても通常発注者から承諾は得られない。それは仕様と異なるからであり、契約においては仕様どおりの材料を使用することが求められているからである。この制度においては、通常の仕様規定で用いられる技術の範囲外に関わる技術開発へのインセンティブが働きにくい。なぜならばたとえ開発に成功したとしても、実際の工事に採用される機会が極めて少ないからである。他分野の技術開発者から見ても、公共土木事業は採用されるチャンスに乏しい領域と認識される。従って意欲的な新技術が生まれないという堂々巡りになっているのが現状ではなかろうか。

これを解決するのが性能規定である。
仕様規定のように工事目的物の細部に至るまで発注者が規定するのではなく、発注者はあくまで工事目的物の耐荷力、耐久性、安全性、環境性能、維持管理の容易性などの性能を規定して、受注者がその性能に合致するような構造、材料、品質を選択する。仕様規定と比較して適用技術の範囲が拡大することにより、受注者は必要に応じて新技術を採用する余地が広がる。このような可能性があることによって新技術開発へのインセンティブが増加するし、他分野の技術開発者にとっても参入に対する魅力度が増すと考えられる。

性能規定化は既に設計の技術基準では採用されている。道路土工構造物技術指針や道路橋仕方書は性能規定の考え方が基本になっている。技術基準もかつては仕様規定であったが、仕様規定の範疇を超えた設計を奨励することにより、設計技術の高度化、活性化を図ることを意図したものである。

工事契約において性能規定を採用すると、受注者は自ら技術提案が要求性能を満足していることの証明を実施しなければならず、さらにその証明の承諾について発注者と協議も必要である等、手間もかかる。従ってすべての工事に採用するのは現実的ではないが、一定の案件について採用するということが技術開発活性化のブレークスルーになるのではなかろうか。

建築分野では、1995年の阪神・淡路大震災の被害をうけて、性能設計の重要性が指摘された。1998年には性能規定化をめざして建築基準法が改正された。98年の改正で免震構造が基準法に組み込まれたが、免震部材は大臣認定が必要となった。また限界耐力計算も導入され、大きな転換点だとも言われたと記憶している。しかし、当初の目標であった性能規定化はうまく機能しているのだろうか。

1981年に新耐震基準へ移行し、それから40年以上が経過している。40年前の基準をいつまで「新耐震」といって使うのだろうか。最近発生している地震では、基準法のレベルを超える地震動が観測されている。それでも被害が甚大でないから「新耐震」で妥当であるといつまで言い続けるのだろうか。

ちなみに、米国のASCE規準 ”Minimum Design Loads and Associated Criteria for Buildings and Other Structures” は数年おきに改定されている。
asce-7-22-stacked--840x590








Archives
Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

講義中・・・
著書など
研究室のマスコット
「アイソレータ・マン」。頭部は積層ゴムで、胸にはダンパーのマークでエネルギー充填
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
2022年に改訂版がでました。初版から10年が経ったので新しい情報やデータを追加・更新しています。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
  • ライブドアブログ