2030年の建設業の姿

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戸田建設が、『未来の歩き方 −戸田建設が考える2030年の建設業の姿−』という冊子(PDF)を作成している。

この冊子の中で、10年、15年先に「できるはずの技術」を想定した、創造性豊かな建設業の未来を描いたという。建設現場の自動化や、AIやロボットとの協働によって生産性はどんどん向上するとしている。冊子は4話で構成されており、入社2年目から入社12年目の社員を想定した物語となっている。

若手社員の話のところでは、現場所長の次のような話がでてくる。
「私の時代にはタブレットとパソコンしかありませんでした。作業員への指示もすべてタブレットで行っていたんです。今は建物のほとんどの部分はロボットがやっているでしょう、精度もいいし、放っておいても工事は進むので作業員への指示はごくごく限定的な部分に限られるんですよ。

私の時は、鉄骨なんて自動化されていたのは建て入れ調整まで、ボルト締めだって溶接だって、塗装のタッチアップだって生身の人間がやっていたんです。今みたいな施工ロボットがないため、作業員だって多いときには300人も来ていた。PCaも主流じゃなかったので、コンクリートだってBIMで数量を拾って工区分けをして現場で打ってバイブレーターで充填していました。社員も作業員も平日は1日8時間きっちり現場で働き、休みは土日と祝日だけでしたよ。

便利になりましたが、建物の施工の技術や知識がどんどん稀薄になっていく事を危惧しています。

この後、もっと先輩の指導役という人が、自分の時代の図面は「青焼き」だったとかいいながらも次のように話しをする。
「一番大切なことは、知識をもつものが自分の部下に伝承し、教育し、成長させることなんだ。」

さてさて、この冊子で描かれているような未来が来るのだろうか・・・

ちなみに、「青焼き」図面は↓のようなものです。
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http://www.riotadesign.com/blog/14121.html

ビルに国産木材を?

日経新聞(3/27付け夕刊紙)に『ビルに国産木材 後押し』という記事があった。
政府は中高層ビルなどの大規模建築物への国産木材の利用を促す。海外で高層建築にも利用実績がある「直交集成板」(CLT)と呼ばれる木質資材の国内普及に向けて標準規格を作成。消費地近くでの同資材の製造拠点整備には国が助成し、普及のネックとなる価格の引き下げにもつなげる。割安な輸入木材に押され気味の国産木材の需要拡大を後押しする。
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政府は近くCLTの利用促進に向けた2017〜20年度の行動計画を正式決定する。「普及に向けた需要の拡大」を最重要課題に位置づけ、20年度には生産量を現在の2倍にあたる10万立方メートルへの引き上げを目標として明記した。

CLTはCross Laminated Timberの略で、木目が直交するように厚板を何層にも重ね合わせた資材で、木材特有のそりや狂いが低減し、強度や耐火・耐熱性に優れる。鉄筋コンクリートに比べて建物の重量を軽くすることができるため、中大規模建築物での基礎コストなどを軽減できるメリットもある。

すでに欧米で普及が進み、カナダや米国などではCLTを使った高層建築も建てられている。しかし、日本では価格が一般的な工法より2割高いことなどが障壁となり、普及が遅れているのが実情だ。CLTを使って全国で建てられた建築物は16年末で53棟にとどまっている。

政府がまとめる行動計画ではCLTの資材価格を1立方メートルあたり7万〜8万円へと現状から半減し、施工コストを他工法並みに引き下げることを目標に掲げる。サイズや木質などよく使われるものに沿った標準規格を17年度中にも策定。汎用化を進める。CLTを使った先導的な建築物や実験棟などには補助金を出すことも検討する。

都市部など消費地や物流網に近い場所でのCLT工場の整備には助成することも検討している。生産・流通の過程を効率化する狙いだ。CLTを使った設計や施工に必要な人材を確保するため、講習会や研修会を国や地方自治体が実施することも計画している。

公共施設での国産CLTの活用促進も進める。行動計画では地方自治体が整備するバスの待合所や集会所などの公共施設のうち、18年度までに各都道府県に最低1棟を整備することを盛り込む。行政が建築のモデルづくりを主導し、民間企業の需要を喚起する。

農林水産省によると、14年の木材生産額は2354億円と1980年の4分の1に減った。木造住宅の新規着工が減り、輸入木材も増えたためだ。住宅着工戸数は今後も減少が見込まれ「住宅だけでは需要減を避けられない」(林野庁)との懸念が強い。

政府は25年度までに木材自給率を50%に高める目標を掲げる。有力な産業に欠ける地方の中山間地などでは林業での雇用創出への期待が高い。

最近、木造、特にCLTを使った建築は注目されているようだ。しかし、どうしてここまでして政府がCLT建築を増やそうとしているのだろうか。国内の林業の活性化のため、国内の木材資源の有効活用のため、あるいは環境問題(CO2排出)の改善のためだろうか。鉄筋コンクリート造や鉄骨造に代わる第三の構造と位置づけているのだろうか。

木材を使った建築の良さもわかっているつもりだが、記事を読んだ印象では、政府が主導する必要があるのか違和感をもった。CLT建築物の耐震性は高いようだが、震災で多くの住宅などが被害を受けている現実を踏まえれば、既存住宅の耐震性を高めるための施策を打ち出すべきではないのだろうか。各自治体では耐震診断や耐震改修のための助成を行っているものの、なかなか耐震改修が進んでいない。

将来の震災被害を軽減するためにも、耐震改修の促進、より高い耐震性をもつ建物の促進、さらには免震構造の義務化などを検討してもらいたいものだ。

子や孫が暮らす建築をもっと丈夫に!

ちょっと前の『科学』(2016年6月号)の巻頭エッセイに『日本は地震国、子や孫が暮らす建築をもっと丈夫に!』という記事を和田 章先生(東京工業大学名誉教授)が書かれていた。
21世紀になっても止まらない震災
20世紀には多くの科学技術が進展し、耐震工学の研究も進みました。しかし、悲しく辛い地震災害は21世紀になっても止まっていません。研究を進めても論文を書いても、人々が暮らす住宅や学校、病院、会社などの建築が強くならなければ意味がありません。弱い建築に住まないこと、津波の来るところに暮らさないこと、この簡単な主張を全国の人に伝えられなかったことを不甲斐なく思います。

建築は衣食住のひとつ、弱くて柔らかな人間がプライバシーを守って生きていくために、ある程度必要な重さと硬さのある器です。地震災害を本気で減じようとするなら、器が潰れないことが大前提です。

熊本県の耐震基準
建築基準法による地域係数は、東京や大阪を1.0として、福岡県、佐賀県、長崎県が0.8とされている中で、熊本県の大半は0.9と決められ、九州の中では地震危険度の高いところとされています。ただ、このたびの益城町の本震の破壊力は、1995年兵庫県南部地震と同等であり、実際に起こる地震動が東京や大阪に比べて小さいわけではありません。大地震の起こる頻度が低いだけです。頻度が低いからといって、相対的に弱い建築を建ててもよいのか、疑問が残ります。

カリフォルニア州では断層の領域に建設禁止区域があり、断層の近傍では距離に応じて設計条件を厳しくするnear fault factor(断層近傍係数)を設けています。このたびの局所的な大災害を見て、取り入れるべきだと思います。

建築基準は最低基準
日本国憲法の「財産権は、これを侵してはならない」を根拠にした建築基準法は最低基準であり、市民に建築の強さについて過度の要求はできないとされています。このたびのような大きな地震の揺れに対して、倒壊さえしなければ傾いて取り壊しになってもよいとされています。日本は全体が地震国ですし、何百年に一度、何千年に一度の地震は次にどこで起きてもおかしくありません。熊本地震で生じた全壊・半壊の建物とその数を見て、建築はもっと強くつくるべきですし、古い建築や住宅は耐震診断そして耐震改修をすべきと誰でも思うでしょう。ぜひ、実行してください。

波状的に襲う大地震
熊本の地震は、4月14日夜に始まり、その後何度も余震があり、16日未明に本震が起こり、さらに次の地震が続いています。このような波状的に襲ってくる地震動は、現行の耐震設計では考慮されていません。このたびの波状的地震動は、基礎地盤を緩め、特に壊れかけた木造建築の破壊に影響を与えました。次の日に大きな地震が襲うとき、応急危険度判定は間に合いません。建築には人々が住んでいますから、一度目のあと、損傷度を知らずに戻ってしまうことが大問題です。

信頼を失った建築構造と構造技術者のたゆまぬ努力
人々の暮らしを守るべき建築が、何度も襲う地震のたびに大きく揺れ、次々に傾いて壊れてしまうため、人々が怖がるものになってしまったこと、非常に残念です。ただ、遅々として進まないように見えても、建築の研究者・技術者は耐震技術を向上させ、免震構造や制振構造を普及しています。熊本県にも免震建築が22棟(我々の調査によれば施工中も含め24棟)あり、大きく動きましたが平気です。ここでは人々の信頼を失っていません。大きな自然災害に途方に暮れることなく、よりよい耐震技術を開発し、世界に普及しなければならないと考えています。

下は日本地震工学会(2016)で発表された論文「平成28年熊本地震における益城町の震度分布と建物被害の関係」にあった本震後の建物被害の分布図。
益城町の建物被害_日本地震工学会2016
これは航空写真から建物の被害状況を読み取ったもので、レベル4(被害大)は建物が倒壊している、レベル3(被害中)は建物の外形は残っているが外壁が落下していたり屋根瓦の大半が落下している、レベル2(被害小)は屋根瓦の一部が落下したりブルーシートがかかっているものとなっている。被害が県道と秋津側に挟まれた地区に集中していることがわかる。同様の被害分布は日本建築学会による調査でも明らかになっている。

では、なぜこのエリアに被害が集中したのか?
このエリアでもレベル2の被害にとどまっている建物もある。被害が拡大したのは、地震動入力が大きかったことが大きな要因であると思われるが、建物の耐震性、地盤増幅、経年劣化など他の要因もあるだろう。被害が集中した原因を究明することが求められる。

なお、同じ雑誌の中に、神戸大名誉教授の石橋克彦先生は「2016年熊本地震は異例ではない」という原稿を書かれている。この中では「地震現象は多様であり、激しい揺れに続けて見舞われることも、大きな地震が広域で連鎖的に発生することも、けっして不思議ではいし、過去にもあったことである」と述べている。

我々が知らないことは、まだまだたくさんあるだろう。限られた知見に基づいて建築の設計をするなかで失敗もあるだろう。そうした失敗を乗り越えて、より丈夫な建築を目指すことにつなげていくことが求められる。ただ、こうした教訓は忘れられやすい・・・

南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動対策について

国交省が昨年6月24日に技術的助言として各都道府県に通知した『超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策について』の適用が、4月1日から始まる。

適用の対象となるのは、高さ60mを超える超高層建築物、および4階建て以上の免震建築物のいずれも新築物件となっている。また建築地域によって考慮する地震動のレベルが異なっているが、静岡地方、中京(名古屋)地方、大阪地方の湾岸エリアでは告示波の2倍程度の加速度応答スペクトルとなっている。

構造計算の審査では、極めて稀に発生する地震動として、建設地で発生すると想定されている長周期地震動1波による検討を加えることが求められることになる。これまで設計に使われてきた地震動よりも長周期領域においてレベルが高くなっていることから、これまでどおりの免震設計は難しくなることが予想される。

この対策は「認定の運用」によって実施されることになっており、今後の新しい知見によっては変更されることもあるとされている。結局は、内閣府が巨大地震について検討してきたことを建築行政にも反映しないといけないという霞ヶ関の論理が働いたのではないかと邪推している。なぜなら、免震材料(免震装置)の長時間地震動によるエネルギー吸収性能などの評価をする告示の改正などもしないまま(ずいぶん前に改正告示案はできている)、ある意味見切り発車のような形で実施に移されているからである。

こうした点を踏まえると、4月からの審査体制やそのあり方の検討が不十分なまま実施されるのではないかと危惧される。2000年に建築基準法が改正施行されたが、そのときには免震告示の整備が追いつかず、免震建物の設計が半年以上滞ったという事実がある。今回こうしたことが起きないことを祈りたい。

パブリックコメントに対する「国交省の考え方」によれば、
「建築基準法においては、再現期間が数百年程度の極めて稀に発生する地震動による地震力によって、倒壊・崩壊しないこと等を求めています。南海トラフ沿いでは、1707 年の宝永地震、1854 年の安政東海地震など、M8〜9クラスの巨大地震が100〜150年間隔で発生しており、これによる長周期地震動は、極めて稀に発生する地震動に該当すると考えています」
と回答しているように、長周期地震動は「レベル2」相当とのことらしい。

国交省から出された長周期地震動は、建設地によっては建築基準法に規定される地震動(レベル)を超えている。そもそも建築基準法は最低性能を規定しており、それを上回る地震動を規定することは基準がダブルスタンダードだということにならないか。これについては、今回の対策は法の外側での運用で行うので、二重基準とはならない、ということか。

長周期地震動を「レベル2」相当と位置づけるとしても、これだけ地震動のレベルが異なるのであれば設計クライテリアを変えることが妥当ではないだろうか。法では「倒壊・崩壊しないこと」が求められているのであって、免震建築物における従来の設計クライテリアを緩和することが妥当であろう。

一方、2016年熊本地震では、西原村や阿蘇の一の宮では長周期地震動が観測されている。継続時間はそれほど長くないものの周期3秒以上の領域では応答が非常に大きい。海溝型の巨大地震だけでなく、内陸型の地震でも長周期成分をもつ地震動が発生する可能性がある。今回の長周期地震動は地域を限定しているが、そもそも法で規定された地震動を超える地震が発生している地域はこれまでも多数あった。そういう意味で、法に規定された地震動で設計するだけでなく、建設地の地域性や地震リスクなどを考慮して、適切に地震動のレベルを決めて、余裕のある構造設計を行うことが求められる。

国交省が構造設計に関することを規定すると、設計者はそれに従うしかない、従っておけばいい、ということになりはしないか。法は最低限のレベルを決めて、それ以上のことは構造設計者や審査機関に任せておく、ということにはできないものか。

構造設計者も、我々はちゃんとやっているから、国が細かいことは言う必要はない、ということくらいは言えないものか・・・

『建築の構造設計 そのあるべき姿』(日本建築学会、2010年)には次のようにある。
法律では構造設計に関わる基本的な条件と要求のみを示すにとどめ、資質のある構造設計者には工学や技術の道理にかなう自由な設計を認めるべきである。同時に構造設計者の責任も明確にされるべきである。

あるべき表紙


一番「長い」建物?

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ニューヨークのマンハッタンに、U字型をした建築の提案がなされているという。まだアイデアの段階であるものの、もし実現されれば一番”高い”建物ではなく、一番”長い”建物になる可能性もある。
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これまでも2つの建物を連結するということは行われきているが、一つの建物を曲げるというのは初めてではないだろうか。いま最も高い建物は、ドバイにあるブルジュ・カリファで約820メートル。U字型建物の長さは約1200メートル。実現にあたってはいくつかの課題がありそうだ。移動手段、構造安全性など。

この建物の形状をみたときに、免震用鋼材ダンパーを思い出してしまった。マンハッタンには地震は起きないと言われているから、鋼材ダンパーみたいに繰り返し変形は受けないだろうが、水平力を受けたときの変形挙動はややこしそうだ。
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このU字型建物については、http://www.dailymail.co.uk/travel/travel_news/article-4339282/The-incredible-U-shaped-New-York-skyscraper-unveiled.htmlなどが詳しい。

地震時の揺れ計測

日経新聞(3/6付け)に『地震時、建物の揺れ計測』という記事があった。

オムロン子会社のオムロンソーシアルソリューションズは、地震発生時の建物や橋梁などの振動を計測するセンサーシステムを発売する。従来システムと同水準の精度を持ちながら、価格は3分の1に抑えた。有線または無線通信で振動データを管理者などに送信し、インフラの最適な保守に生かすことができる。(ニュースリリースはこちら
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(センサーの大きさは、107mm×160mmで高さは57mm)

センサーは橋梁などに設置し、地震動の計測に必要な3軸の「長周期加速度」と呼ばれる動きを検知する。データはインターネットを通じて橋梁などの管理者のサーバーに送信。管理者は遠隔地から地震発生時の被害状況を正確に把握できる。電源はLANケーブルを使って供給し、オプションのバッテリーを搭載すれば停電時も計測できる。

センサーを3ヵ所に設置し、通信機器なども備えた標準システムの価格は約500万円。同精度の一般的なセンサーは約1500万円するといい、3分の1に抑えた。高度経済成長期に建設された橋梁や建物などの老朽化が課題となるなか、建造物の健全性を正確に把握することが求められている。

標準システムで、500万円か。。。
まだ高いな〜〜
ところで、記事の中にある「長周期加速度」って何かと思ったら、0.1Hz〜30Hzの振動とのこと。周期10秒くらいまで計測できるから、「長周期加速度」なのか。。。

検索していたら、こんなセンサーを見つけた。Geo-Stickはそこそこの精度があるようだが、導入コストはどれくらいだろうか。
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日本の科学研究は失速している

英科学雑誌「ネイチャー」が、 日本の科学研究の失速を指摘している。

「ネイチャー」は、「日本の科学研究が失速し、科学界のエリートとしての地位が脅かされている」と指摘している。それによると、世界のハイレベルな68の科学雑誌に掲載された日本の論文の数は、2012年が5,212本だったのに対し、2016年には4,779本と、5年間で433本減少している。また、世界のハイレベルな68の科学雑誌に掲載された日本の論文の割合は、2012年の9.2%から2016年には8.6%に低下している。

さらに、オランダの出版社が集計した、世界のおよそ2万2000の科学雑誌に掲載された論文の総数は、2005年から2015年にかけての10年間で、世界全体では80%増加した一方で、日本の増加は14%にとどまり、日本は世界全体の伸びを大幅に下回っている。特に、日本が以前から得意としていた「材料科学」や「工学」の分野では、論文の数が10%以上減っているという。

下のグラフは、発表論文数の推移(左図)と高い評価を得た論文のシェア(右図)を示している。日本の論文数が減っているのに対して、中国の増え方はスゴイ。
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こうした状況について、「ネイチャー」は、「日本の科学研究がこの10年で失速し、科学界のエリートとしての地位が脅かされている」と指摘。その背景として、ドイツや中国、韓国などが研究開発への支出を増やすなか、日本は大学への交付金を減らしたため、短期雇用の研究者が大幅に増え、若い研究者が厳しい状況に直面していることなどを挙げている。

「ネイチャー」は、特集記事の中で、「日本は長年にわたり科学研究における世界の第一線で活躍してきたが、これらのデータは日本がこの先直面する課題の大きさを描き出している。日本では2001年以降、科学への投資が停滞しており、その結果、日本では高品質の研究を生み出す能力に衰えが見えてきている」と記し、長期的に研究に取り組める環境の整備が求められるとしている。

論文の発表数が最も多い、世界最大の科学大国アメリカに留学する学生の数でも日本は減少の一途をたどっている。アメリカの教育関連の非営利組織「国際教育研究所」によると、日本からアメリカへの留学生の数は、1994年度から1997年度にかけては国別で1位で、ピーク時の97年度には4万7073人だった。

しかし、2005年度に3万8712人と4万人を切って以降、大幅な減少が続き、2015年度には1万9060人まで減り、国別で9位と、中国やインド、サウジアラビアや韓国などよりも少なくなっている。減少の原因について「国際教育研究所」は、日本の少子高齢化や留学の期間と、日本の就職活動の時期とが合わないことなどを挙げている。

さてさて、これから日本の科学研究の行く末はどうなるのだろうか・・・

日本の高校生 勉強は受け身?

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朝日新聞(3/14付け)に『日本の高校生は――勉強姿勢受け身?人生目標控えめ?』という記事があった。
日本の高校生は米国、中国、韓国の高校生より勉強に対する姿勢が受け身で、上昇志向も弱い――。国立青少年教育振興機構が13日に発表した調査結果から、こんな傾向がわかった。専門家からは、日本の高校での授業に関係があるとの指摘がある。

調査は昨年9〜11月、4カ国の高校生を対象に、勉強のやり方や学校生活などについて質問。計7854人から有効回答を得た。

勉強の仕方について聞いたところ(複数回答)、「問題意識を持ち、聞いたり調べたりする」で日本は12.3%となり、韓国の10.4%を上回ったものの、米国の34.5%、中国の52.7%に比べると大幅に低かった。

また、「教わったことをほかの方法でもやってみる」は日本が7.5%だったのに対し、米45.8%、中国25.9%、韓国10.4%だった。「授業中、積極的に発言する」でも日本は3.7%にとどまり、4カ国中最も低かった。

勉強時間でも「平日に学校の授業と宿題以外にどのくらい勉強するか(塾なども含む)」について、「しない」と答えたのは、日本が24.2%で4カ国で最も高かった。「試験前にまとめて勉強する」は69.3%に上り、「一夜漬け」の多さもうかがえる。

日本の高校生の「上昇志向」の弱さも際立った。「リーダーになること」を強く望む割合は、米国50.8%、中国24.7%、韓国18.9%に対し、日本は5.6%。「高い社会的地位に就く」「有名な大学に入る」はいずれも13%台で米中韓を下回った。

調査に関わった明石要一・千葉敬愛短大学長は「勉強が受け身になる背景として、生徒が能動的に学ぶ授業が少ないことが考えられる」と指摘。「勉強への姿勢が控えめな人生目標にも反映しているのではないか」とみている。

一般的に高校生(だけではないだろうが)はあまり勉強が好きでない。しかし、日本の高校生は宿題も一番しないし、宿題以外の勉強もしていない。勉強の仕方でもノートを写したり、マーカーを引いたりするのはややもすれば「勉強したつもり」に陥りやすいが、日本の高校生は「試験の前にまとめて勉強する」だけである。かつて言われた「一夜漬け」型の勉強の仕方である。これは大学でも似たような状態にあるといえる。

また、こうした受け身的な態度は「勉強がわからない」ときの対処の方法にも現れているという。米国は「学校の先生に聞く」「ネットで調べる」「家族に聞く」、中国は「本や参考書で調べる」、韓国は「塾などの先生に聞く」という特徴があるが、日本ははっきりした特徴はみられない。「わからないままに」しておきかねない状態にある。

「わからないままにしておく」状態は、ネット利用でも伸びていかない。インターネットを利用して質問をしたり、ネット上の問題を解いたりもしない。SNSやLINEの活用はするが、学習には結びつかない。と同時に、日本の高校生のICTスキルも低い。ワードやエクセル、それからパワーポイントのスキルやホームページの作成、プログラミングのスキルが他の3か国に比べて低い結果となっている。

こうした勉強に対する構えが、彼らの人生観にも色濃く反映していると分析されている。将来受けたい教育は四年制大学止まりでよいと思っている。大学院志望が米国、中国に比べて少ない。それから、将来の人生目標も社会的な達成よりも今の生活を保障する内向きの安定志向を望んでいる、と。

内向き、安定志向は今の高校生に始まったことではない(だろう)。社会情勢を反映した結果であるともいえる。いま教育界ではアクティブラーニングの必要性が叫ばれている。大学教育でもそうだ。大学入試が元凶だともいわれている。多くの高校はできるだけ偏差値の高い大学に合格させて進学実績をつくりたい、こうすれば高校への入学希望者が増える、中学も進学校に何名合格させたかを競い合う、そしてそれは小学校にも飛び火して、塾通いを増やす結果となる。

大学入試センター試験、その前の共通一次試験が始まって約40年ほどとなる。これらの共通試験でいかに良い成績を納めるかが高校教育の重要課題となってきた。大学入試センター試験の改革も唱えられているものの、こうした課題を克服できるかが、問われている。

大学生の学習時間、小6下回る

日経新聞(3/1付け)に『学習時間、小6下回る 就活は成績重視へ』という記事があった。
総務省の調査では、大学生の1日の平均学習時間は約3時間半。高校3年生より4割少なく、小学6年生をも下回る。大学進学率が5割を超え、「目的を持たずに進学する学生が増えている」(河合塾教育研究部の山本康二部長)のが一因だ。

河合塾が大学に進学する理由を受験生に聞いたところ「希望する職種・業種に進みたいから」との答えが4割を超えた。一方、「幅広い教養を身につけたい」「専門知識を深めたい」は1割超にとどまった。

就職活動に際し「大学の成績を提出させる企業はせいぜい2〜3割」(大学成績センターの辻太一朗代表)。このため学生は、面接で聞かれることの多い部活やサークル、ボランティア活動を優先しがちだ。

変化の兆しは出ている。選考時に成績を提出するよう求める動きが金融機関やメーカーに広がってきた。「苦手な科目を克服するための努力ができる人物かを見極めている」(帝人)、「成績だけでなく、なぜその授業を選んだかも確認している」(日本生命保険)。

技術や事業環境の変化のスピードが格段に早くなり、新しいスキルや技術を吸収し、変化に柔軟に対応できる人材が求められる傾向がある。大学成績センターの辻代表は「学業の成果から『地頭』の良さや責任感などを見る傾向は強まる」とみている。

この記事のデータは、総務省が2011年度に実施した「社会生活基本調査」に基づいている。2016年度にも実施されているが、その結果はまだ公表されていない。

こうした調査結果をうけて、大学では学ぶ意欲を高めるためにいろいろなことを行っている。東京大学では100テーマもの初年次ゼミを開講したところ、学問と真っ正面から向き合う姿勢がうかがえるなどの効果が出ているという。また、千葉商科大学の国際教養学部では新入生を「フレッシュマンキャンプ」と称して台湾につれていく弾丸旅行を行っていたりする。

立教大学の経営学部では、4月初旬に1泊2日の「ウェルカムキャンプ」を開催。16年は吉野屋ホールディングスの人材開発担当者らを呼んで「『外食における豊かさ』とは何かを定義し、外食における問題点を明らかにせよ」について議論させたそうだ。さらにこのキャンプの司会・運営を基本的に2年生が担うことで、1年たったらあんなに成長できるという姿をみせているのだとか。

実は本学でも数年前から、新入生を1泊2日の研修旅行に連れて行っている。バス3台に分かれて、由布院や日田などの建築物や街並みを見学し、それをチームごとに発表してもらっている。下の写真は、見学後に合宿所(やまなみ荘)にもどって翌日のプレゼンボードを作成しているところ。これまで発表のテーマは自由としているが、今年は何かテーマもしくは課題を決めて議論した成果を発表してもらってはどうか。でも時間が足りないかな?
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友だちづくりが基本であるものの、こうした活動を通じて、大学で学ぶ意欲を高めることにつなげていきたいと思っている。

福岡県西方沖地震から12年

12年前の昨日、福岡県西方沖地震が起きた。
この地震で玄界島では家屋の約7割が全半壊するなど多大な被害を受けたものの、2008年に復興事業が完了している。福岡市内でも古い建物で大きな被害がでた。そこで、福岡市では警固断層沿いの新築建物に対して耐震基準の上乗せをする条例をつくった。

朝日新聞(3/19付け)に『耐震強度 進まぬ上乗せ』という記事があった。
福岡市中心部を走る活断層「警固断層帯」の周辺の新築ビルやマンションに国の耐震基準より25%上乗せした強度を求める福岡市の条例で、条例の水準を満たしたものが対象全体の4分の1にとどまることがわかった。上乗せの契機となった福岡沖地震から20日で12年。市は「想定以上に低く、地震への危機意識も薄れている」とみている。

上乗せ基準は、2005年3月の福岡沖地震で警固断層帯南東部での地震発生の懸念が高まったことを受け、市が08年10月に建築基準法施行条例を改正して定めた。耐震性能の強化を促すため、強い揺れが予測される指定区域に新築する高さ20メートル超の建物を対象に、耐震強度を計算する基になる係数を国の規定より25%高い首都圏並みに引き上げる努力義務を課した。

ところが市によると、昨年末までに対象になった計252棟のうち、上乗せ基準を満たしたのは65棟にとどまった。地震に強いことがマンション販売などで「売り」になるとして強度を上乗せした建物に認定プレートを交付する制度も設けたが、申請は20件だけだった。昨年の熊本地震後も状況にめだった変化はないという。

上乗せ基準を満たせば建物の被害を軽減できるが、工事費が全体で2〜4%上がるという。施主や入居者がコストにみあう利点を認めないと上乗せ基準の適用が進まない実態もあり、建築業者からは「行政が市民の理解を進めてほしい」との声も出ている。市の担当者は「福岡沖地震から時間が経ち、市民の危機意識が薄れてきたのではないか。条例の周知に努めたい」と話している。

2016年熊本地震のときには、地域係数が0.9ということで、問題視されたこともあった。福岡市は地域係数が0.8なので、これを1.25倍して、東京などと同じようなレベルにしようということだ。熊本地震による建物(住宅)被害は、断層近傍での地震の揺れの強さとそれによる建物被害の大きさを見せつけた。もし警固断層で地震が発生すれば、強い揺れが発生することになる。もちろん、断層がどう壊れるかによって、揺れの強さや分布は変わるわけだが。

警固断層でもいつかは地震が起きる。新築建物の耐震性の向上も必要だが、既存建物の耐震化もすすめていく必要がある。福岡市の調査(平成25年住宅・土地統計調査に基づく)によれば、木造の戸建て住宅の約7割は耐震性がある(地域係数0.8の新耐震レベル)と推定されている。残り約45,600戸は旧耐震の住宅となっており、こうした住宅の耐震化も求められる。

福岡市でも耐震化のための啓発活動や負担軽減のための補助などを行っている。地道な取り組みをやっていくしかないのだろうが、過去の地震被害の教訓などを伝えていくことも必要だろう。なお警固断層に注目が集まっているが、福岡県内には他にも断層があるので注意を。
断層図


私は忙しい?

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WSJ誌『「私は忙しい」という自慢の心理』という記事があった。
確かにわれわれは忙しい。かつてないほど働いているし、オフィスにいない時も働いているという人も多い。育児に熱心な親でもある。それ以外の時間の大半はハイテクに費やされる。われわれは怠惰を嫌う傾向があるという研究結果もある。たとえそれが強制された忙しさでも、忙しい人の方が暇な人よりも幸せだというのだ。

問題は次の点にある。
ほとんどの人は愛する人のための時間も取れないというほど忙しいわけではない。携帯メールに返信したり、電話を折り返したり、ゆっくりとおしゃべりをする時間を作ったりできるはずだ。しかし忙し過ぎてできないという印象を与えている。自分は忙し過ぎて電話や食事や訪問などでほんの数分以上の時間を割くのは難しいと誰かに言うとき、相手には次のように聞こえているはずだ。

「忙し過ぎてあなたになど構っていられない。あなたはそれほど重要ではない」

ではわれわれはどうすべきなのか。

その言葉を追放するのだ。結婚・家庭セラピストでミネソタ大学家族社会学部の教授でもあるウィリアム・J・ドハティ氏は「忙しいという言葉を肯定的な意味で使ってはいけない」と話す。その言葉には美徳の意味合いが含まれてきたが、それは間違っているし、誤解を招きかねないとドハティ教授は主張する。

忙しいという言葉を使わずに具体的に説明しよう。最近どうかと聞かれたときには、「予定よりも少し遅れている」「今はイライラしている」というようにより正確に答えるべきだ。

暇であることが恥ずかしいという考えは捨てるべきだ。われわれには「忙しい」の反対語を「怠惰な」だとみなす傾向がある。それは誤った通念だとバーネット教授は言う。

「あなたは自分の墓石に〈彼は多忙だった〉という言葉を刻みたいだろうか」

「忙しい」という言葉には、自分は頑張っている、優秀だ、成功している、といったニュアンスがあるのだろうか。単に、挨拶の言葉として、いろいろ説明するのが面倒だから使っているのだろうか。きっと忙しさにもいろいろあるのだろう。仕事などが楽しければ忙しいことは苦にならないかもしれない。

ただ、忙しいという言葉を使うと、本当は忙しくもないのに忙しいと思ってしまうことはないだろうか。スケジュールをきちんと管理すれば、空き時間を見つけることができたりできたりしないものか。仕事などをやらされていると感じると、忙しさから受けるプレッシャーは増しそうだ。

日本語では、忙しいという漢字は、「心」を「亡」くすと書くので、あまり忙しすぎるのも良くないかな。

ネットで情報発信をしない子どもたち

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ニューズウイーク誌に『ネットでコンテンツの消費はするが、発信はほとんどしない日本の子どもたち』という記事があった。
図は、横軸に「学校外で週1・2回以上」創作物を発信する割合、縦軸にオンライン・ゲームをする割合をとった座標上に46の国を配置したグラフだ。パソコンやスマホ等でゲームをする頻度は日本が最も高い。一概にとがめられることではないが、コンテンツを消費するだけの立場からは、創造性(クリエイティビティ)は生まれない。
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15世紀の印刷術の発明は、活版印刷の発明者の名前を取ってグーテンベルク革命と言われるが、インターネットの出現は「ポスト・グーテンベルク革命」と形容される。一部の人間だけでなく、誰もが手軽に情報を発信できる技術革新だ。その恩恵を、もっと生産的な方向で利用するように子どもたちを導いていきたい。

文部科学省の次期学習指導要領の目玉は「アクティブ・ラーニング(AL)」だが、AL形式の授業では、生徒が創作物を積極的に発信し、外部のフィードバックを反映して洗練させていく活動があっても良いのではないだろうか。生徒のやる気を高めることができるはずだ。

ちなみに日本の生徒は、スマホジャンキーでもネット中毒でもない。13〜15歳のスマホ所有率は46%で、主要国の中では最も低い(内閣府『わが国と諸外国の若者の意識に関する調査』2013年)。1日6時間以上ネットを使う15歳生徒の割合も、45カ国中43位だ。

重要なのはスマホの使用をやみくもに制限することではなく、生産的な使い方をするように指導することだ。デジタル機器をうまく使えば、学校教育の効果を飛躍的に高めることも可能だろう。

創作物を多く発信している国をみると、タイ、ロシア、ブルガリア、コロンビア、ペルーが上位だ。イギリス、フランスやドイツなどの割合は低い。どんな創作物をつくって情報発信をしているのか。単に回数だけでなく、その中身についても知りたいものだ。また、アメリカがどうなっているのか知りたいが、図には入っていない・・・

こうした傾向は子どもだけなんだろうか。大人でもスマホでゲームしている人たちを結構見かける。なにかを創作し発信するということでは、いろいろなツールが使える時代になった。そうしたツールを使いこなせるようにすることも教育の一部といえるだろう。教える側の大人もそうしたツールを使いこなせないといけないわけだが・・・

人は情報で生きる

日経新聞(3/6付け)に編集委員の玉利伸吾氏が『人は情報で生きる』と題して書いている。
情報とは何か。ふだん、あまり意識していないが、水や空気と同様、欠かせないものである。おおげさでもなんでもない。人間は情報がなくては、生きていけない。それほど基本的なものだ。その大切さに気づくかどうかで、暮らし方も違ってくる。最近は、急速に技術が進み、落とし穴も目立ちだしている。

いまの世の中は、高度な情報社会といわれる。コンピューターなどの新しい技術が、伝わるスピードを速め、範囲、量をどんどん大きくしている。新聞やテレビ、ラジオ、本、雑誌、携帯電話、インターネットなど「情報の乗り物」であるメディアを通じて、たちまち届く。かつては考えられなかった膨大な量が世界中を飛び交っている。

しかし、情報そのものの本質は、決して新しくはない。あることについてのしらせ、知識のことであり、人間の歴史と同じぐらい古い。人間を取りまく、あらゆる映像や音、匂いなど五感で感じるものすべてが情報といえる。

人間と他の動物との違いを考えるときに、(知恵がある)英知人、(道具を作る)工作人、(遊ぶ)遊戯人といったとらえ方が知られている。このところ、ますます人間は情報で生きる「情報人」としての性質を強めているようだ。

ある出来事やものごとについての雑多なしらせには、間違いやウソもまじる。情報人としての受信力や扱い方を身につけるには、まず、事実についての報告を中心にした報道、ニュースを読むことから始めるのが、よさそうだ。

忘れてはいけないのは、情報は人間が意味を与え、つくり、使うものだということだ。これによって人が動き、ついには、世の中が変わることもある。そうした人間の行動を頭に入れたうえで、なにかの思惑のために、情報を制限したり、つくり変えたりする人たちがいる。お金をうばうための詐欺師の甘言から政府のウソまで、情報の流れに、さまざまな操作が加わることもある。

たやすく情報発信ができる交流サイト(SNS)など新しい「乗り物」が普及し、うわさやデマもたちまち拡散するようになった。事実は二の次で、感情に訴える情報だ。トランプ米大統領が誕生したのも、こうしたメディアを使って、国民に訴えかけたことが大きいと言われている。

人は情報で生きる。その働きは自然環境のようにかけがえがない。汚染されていないか。ゆがんでいないか。見分ける目を育てるのは、そう簡単ではない。

インターネットが普及する前は、一般市民の情報源は新聞やテレビくらいしかなかった。少ない情報を自分なりに、あるいは仲間と分析して判断するしかなかった。しかし、いまや情報(その質へ別として)は大量に出回っており、情報源もさまざまだ。ネットで検索すれば、どんな情報でも入手できる時代になってきている。そういう意味では情報を持っていることは優位ではなく、大量の情報から必要な情報を選抜する力、情報の質を見抜く力、大量の情報に基づいて判断できる力、が求められている。

いまでは(一昔前の)パソコンを皆が片手に持っている時代で、いつでもどこでもネットにつながっている。そういう時代の情報基礎力をどう鍛錬していくを考えていかなくてはならない。ウソの情報も出回るし、隠していた情報も誰かに見つけられるようになるかもしれない。

良くも悪くも、情報とうまく付き合っていくことが求められる。
しかし、人生の選択や判断までネットの情報に惑わされないようにしないといけない、な。
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銭湯が防災拠点に?

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日経新聞(2/28付け)に『銭湯女子会 思わず本音』という記事があった。
最近、東京都心の銭湯に若い女性が押し寄せているという。岩盤浴や漫画の読み放題などのサービスを堪能し、週末の夜から朝まで過ごしていく。オールナイトの銭湯女子会「銭湯オール」をのぞいてみた。

2月のある週末。20歳代とおぼしき女性3人が午後7時、歌舞伎町ゴールデン街(新宿区)を奥へ奥へと歩いていた。向かった先は「新宿天然温泉 テルマー湯」だ。
(略)
館内にはお酒やスムージーなどを注文できるバーカウンターも。「5年後は結婚して子供を産んでいたいな」「ハードな働き方は自分にはできないかも。でも結婚も仕事も子供も全部欲しい」。夜も深まれば、お酒の効果もあってか、ぽつりぽつりと本音が漏れる。

「居酒屋ではネタっぽく話してしまいがちだけど、お風呂の後は自然と本音が出る。親しい友達とゆっくり話したいときに銭湯オールを選ぶことが多くなりました」。会社員の安達玲奈さんはテルマー湯を訪れた理由をこう話す。この日、使ったお金は1人7000円ほどだった。

杉並区の「荻窪 武蔵野温泉 なごみの湯」も若い女性が集まる。人気の理由は深夜の入館料に岩盤浴を組み合わせた3500円の「夜スパセット」だ。会社員の三浦あゆみさんはある日、友人と2人で訪れた。入館したのは午前0時、「5種類の岩盤浴を制覇したら、2時間たっていました」。さらにお風呂で2時間、仕事や恋愛の話。「携帯はロッカーに置いていくので、自然と話す量も多くなります」

友人4人と文京区の「スパ ラクーア」や江東区の「東京お台場 大江戸温泉物語」でよく朝まで過ごす荒川佳織さん。「誰かの家で飲むこともあるけど、それだけではつまらない。気分はプチ旅行」と銭湯オールの魅力を語る。

家庭にお風呂が完備さえるようになって銭湯は減ってきている。しかし、銭湯は町のコミュニティの中心となっていたのではないか。裸のつきあいで、本音でいろいろなことを話し合えていたのではないだろうか。記事で紹介されているのは、昔ながらの銭湯とは趣が異なっているかもしれないものの、地域の人たちとのコミュニティの中核になっていくことはできないだろうか。

最近では、東京の銭湯を防災拠点にしようという動きもあるようだ。銭湯では災害時に水が使えるようにしたり、避難所として使えるように備蓄品を蓄えたりしているそうだ(NHK大田区)。

銭湯にもっと若い人たちに来てもらえるようになるといいな〜

保育義務化で待機児童ゼロ

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週刊東洋経済誌(3/11号)の「ミスターWHOの少数異見」に『義務保育で待機児童ゼロへ』という記事があった。
毎年、この季節になると、「認可保育園落選ラッシュに悲鳴」「SNSで怒り共有」といった見出しが紙面に躍り、暗澹たる気持ちにさせられる。日本は先進国の中でも最も少子高齢化が進んだ国の一つで、人口の減少率も大きい。政府は人口1億人をキープすることを目標に掲げ、そのためには「希望出生率1.8」の実現が必要だとしている。だが、直近では1.45(合計特殊出生率)にとどまっており、目標に遠く及ばない。

少子化傾向に歯止めをかけたフランスなど先進諸国の事例から、出生率を上げるには仕事と家庭の両立支援がカギになることが明らかになっている。そして、待機児童問題の解決が、両立支援の大きなポイントであることに疑いの余地はないだろう。

政府は自治体や事業所に保育施設設置への助成金などを打ち出してきたが、待機児童問題は一向に改善の兆しが見られない。どうすれば、根本から解決することができるのだろうか。

待機児童をゼロにする最も簡単な方法は、小・中学校の義務教育のように、保育を義務化してしまうことではなかろうか。義務保育を原則として、どうしても自宅で保育したい場合はその理由(育児休暇取得中など)と、誰が保育をするのかを個別に役所に申請するシステムに百八十度改める。

極端に言えば、「保育所落ちた」ではなく「自宅保育落ちた」が季語になるようにするということだ。もちろん、幼保一元化の観点から幼稚園も義務化する。

政府が保育所への入所を義務化すれば、自治体は少子化で教室が空きつつある小・中学校に保育所や幼稚園を併設する方向に向かうだろう。そうなれば遊休施設の有効活用になり、願ったりかなったりではないか。

また、政府が思い切った措置を講ずれば、市民の側でも少子化問題に対する意識が飛躍的に高まることが予想される。社会全体として人口1億人という目標に向けた好循環も期待される。考えてみれば、われわれ現生人類は20万年前から集団で保育や介護を行って生活を営んできた。

女性が自宅で保育、場合によっては介護も行うというシステムは、戦後の高度経済成長の中で性的役割分業が一般化し、専業主婦になることが奨励された時代に生まれたごく新しい慣習にすぎない。このシステムが現在、女性に過度な負担を強いる歪みを引き起こしてしまっていることは、産後うつなどが社会問題化していることからも明らかだ。

政府は大ナタを振るって、義務保育に真正面から取り組むべきである。所管が厚生労働省なのか文部科学省なのかといった縄張り争いは些事にすぎない。わが国の最大かつ喫緊の問題である少子高齢化を根底から解決するには、抜本的な改革が必要だ。これまでのような弥縫策(びほうさく、一時逃れにとりつくろって間に合わせるための方策)はもはや役に立たない。

保育の義務化については、これまでもいろいろ提案されているようだし、「保育園義務教育化」(2015年、古市憲寿著)という本も出ている。日経デュアルには「保育園義務教育化は少子化を止められるか」という記事もある。そのなかでは、「義務教育化といっても、全員が0歳児から週5で保育園に預けるべきだと言いたいわけではなく、家族のスタイルによって、毎日、週1回、数時間など様々な形態で預けられるような形でいいと思います」とも述べられている。

働き方や生活に応じて、自由に保育園や幼稚園に通えるということができるのが望ましいのではないか。保育園を義務化するにあたっては、保育士の育成と働く環境の整備が必要だろう。また、親が子どもを長期間抱え込んで育てると、子どもの社会性を育む機会を阻害するという考えもあるそうだ。さらに家の中では虐待も見えない、とも。

子どもたちを社会で育てるという意識が必要なのではないだろうか。田舎の小さな村で育った自分の記憶では、村の人たちが子育てに協力しているという雰囲気があったし、逆によく怒られもした。政治家や経営者は日本経済について関心が高い。しかし、経済成長のためには人口を増やすか、生産性を上げるしか方法がないはず。人口を増やすことについては、ある意味無頓着に思える。経済を成長させたいなら、人口が増えるような大胆な施策を打ち出す必要があるのではないだろうか。

一方、生産性については長時間労働の是正の議論が行われているものの、残業を減らすことが生産性の向上に寄与するのかどうかの議論がないように思う。残業時間の規制については繁忙期には100時間を基準とすることで駆け引きが行われているものの、建設業と運輸業は規制から当面外れるという。工期を守るためには時間外労働も必要ということかもしれないが、人口減少社会を見据えて仕事の仕方を変えることがも求められるのではないだろうか。

地震の長期避難「車の中」が47%

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朝日新聞(3/14付けの夕刊)に『地震の長期避難「車の中」47%』という記事があった。
熊本県は、昨年4月の熊本地震の被災者に行ったアンケート結果を公表した。避難した人の約半数が、最も長く避難した場所を「自動車の中」と回答。避難所や知人宅などを上回った。県は今後の災害対応に生かす考えだ。

アンケートは昨年8〜9月に郵送とインターネットで実施。郵送は震度6以上を観測した県内10市町村の住民を無作為で選んだ。インターネットでの回答の中には一部で県外の被災者も含まれている。

有効回答3381人のうち、熊本地震で一度でも自宅以外に避難した2297人に、最も長期間避難した場所を尋ねたところ(複数回答可)、1084人が「自動車の中」と回答し、47.2%を占めた。次いで「親戚・知人宅」の427人が多く、避難所は「市町村が指定した避難所」が387人、「指定避難所以外の避難所」が156人。

一度でも自動車の中に避難した1568人に理由を尋ねたところ(複数回答可)、1240人(79.1%)が「余震が続き、車が一番安全と思った」と回答。「プライバシー」が551人(35.1%)、「ペットがいたから」も226人(14.4%)いた。

県危機管理防災課の担当者は「避難所と車中泊とどちらが安全かは一概に言えないが、車中泊がより多く選択されるという傾向を前提にした行政の対応マニュアルや消防団や自主防災組織との連携態勢を整えておくべきだ」としている。

アンケート結果をみると、長期避難の場所となったのは避難所よりも車の中が圧倒的に多い。これはなぜだろう。

理由として考えられるのは、
 ・余震による揺れや音で、屋内が怖い
 ・プライバシーが守れない
 ・ペットがいる
 ・小さな子どもがいる
 ・介護が必要、障がいがある
などがあげられよう。避難所や自宅が余震で揺すられるたびに、建物が壊れるのではないかという不安、揺れやそれに付随して発生する音に対する恐怖感があったものと思われる。その結果、自家用車での車中泊を選択する人たちが多くいたのではないか。

それと自動車は地震の揺れを軽減できていたのかもしれない。自動車は車体フレームと車軸との間に、ばねやショックアブゾーバという油の入ったダンパーが取り付けられている。これらは、自動車が走っているときに受ける衝撃や、振動を弱めるためのものだが、地面の揺れを伝えにくくする効果もあるのだろう。自動車の上下方向の固有振動数は1ヘルツ〜1.5ヘルツほどと言われている。水平方向の振動数はタイヤの特性によるのかもしれないが、地震波の短周期成分はカットして、揺れを和らげてくるているのかもしれない。

車は、まるで免震構造のようになっていたかも。

熊本地震では、車中に泊まって肺塞栓症(エコノミークラス症候群)になった人を済生会熊本病院が調べたところ、平均1.8泊で発症していたことがわかった、という。「車中泊は短くても注意が必要だ」としている。長期避難をせずに、震災後も自宅で生活ができるように、住宅の耐震性を高めておくことが欠かせない。

熊本地震によって倒壊した阿蘇神社の解体

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建設通信新聞(3/3付け)に『重文財復旧へ高度技術投入 清水建設の熊本・阿蘇神社解体』という記事があった。
熊本地震で被災した阿蘇神社の復旧工事が清水建設の施工で進められている。全壊した重要文化財の解体を担当するのは同社として初めて。重要文化財の解体・再建は全国的にもあまり例がなく、高い技術力が要求される。今後、熊本城の再建も計画されており、文化財復旧の先行事例としても注目される。

阿蘇神社は、熊本地震により国指定重要文化財6棟が甚大な被害を受けた。国庫補助による復旧工事が2022年度にかけて実施され、清水建設は全壊した楼門の解体・調査と、損壊・部分損壊の5棟の部分解体・修理を担う。拝殿と翼廊は阿蘇神社の自費事業で先行解体した。
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楼門は入母屋造、唐破風、2階建ての風格のある造りで江戸時代末期に建設された。再建はできるだけ元の部材を再利用することが求められており、部材は人の手で1つずつ確認しながら解体・収集する。また、建物の詳細な図面がないため、これ以上の倒壊は許されず、解体は荷重バランスを考慮しながら行う。解体した部材は境内に新設した保存倉庫に移管し、損傷状況を調査している。

損壊した5棟は神殿3棟と2門。このうち、損壊の激しい三の神殿の部分解体・修理を先行着手した。始めに建物の骨組みに付随する浜縁や組物などの造作部材を解体し、骨組みをあらわにして、柱の傾きや補修の要否などを調査する。部材の再利用では、破損した部材個所に解体した拝殿の台湾ヒノキを使うなどの工夫も行う。

清水建設の川原裕貴工事主任は「前例がない工事。細心の注意を払い工事を進めたい」と意気込みを語った。

熊本地震が発生して11ヶ月が経とうとしている。被災地では、復旧に向けた活動が続けられている。倒壊した建物の撤去も進んでいるようだが、家の再建、地域の復興までにはまだ時間がかかるだろう。倒壊しなくても損傷した住宅やマンションの復旧をどうするか悩んでいる方も多いかもしれない。

重要文化財のようにお金を時間をかけることができない建物では悩ましい問題だ。大きな地震がきても、小さな被害しか発生しないような建物をつくっていくことが必要なのではないかと思う。いつまでも大地震のたびに建物を作り直すということをしなくていいようにしたいものだ。

なお、重要文化財は復旧のための費用を国から受けることができるものの、未指定の文化財は財源がなく、復旧の見込みがたっていない。こうした地域の文化財をどう守っていくかも、検討課題となっている。

重要文化財を地震から守れ

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日経新聞(3/9付け)には『日銀を震災から守れ 重要文化財の本館を免震化』という記事があった。
日銀本館は121年前の1896年2月に竣工。1923年の関東大震災でも建物は倒壊せず、復旧工事や改修工事を経て現在に至る。設計者は日本近代建築の先駆者で、東京駅の駅舎なども手がけた辰野金吾氏。日本人建築家による最初の本格的な明治洋風建築とされる。

こうした歴史的な重要性もあり、本館は1974年に重文に指定された。このため免震化でむやみに柱を切ったり、くいを打ち込んだりすることができない。重文を監督する文化庁とも相談し、日銀は建物の土台ごと免震化する工法を選択した。

本館はコンクリートの土台の上に石とレンガを組み合わせて造られている。工事では地下6メートルにある土台を鉄骨などで補強。さらに4メートル掘り下げたところに新たな鉄筋コンクリートの土台を築き、旧土台と新土台の間に108基の免震ゴムを設置する。免震ゴムの設置まで旧土台を支える仮設の鋼管くいは500本に達するという。

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山梨文化会館(建設通信新聞より)

一方、新建築(3月号)では山梨文化会館の免震レトロフィット工事が完成したとして写真などが掲載されている。その中で丹下憲孝氏が「これから50年使い続けるための改修」と題して書いている。
山梨文化会館は免震化の工事が完了し、2017年2月に記念式典が催されました。私は式典に参列させていただきながら、今日に至るまで、設計者の意図、当時の社会環境を色褪せることなく伝えてくれる作品の次の50年の始まりに際し、父・丹下健三や父に協力して下さった諸先輩方のことを、畏敬の念をもって思い巡らせておりました。

父が山梨文化会館の設計依頼を受けたのは、1960年のことでありました。まさに東京計画1960に着手した年であります。「建築と都市のあり方」をテーマに設計活動を行っていた中で生まれた作品であり、時の経過に寄り添い、建築が変化・成長していくことが可能となるよう設計されていました。1966年に完成し、これまでの50年間で幾度となく増床・改修が行われ、今の姿に成長しました。

地元の方にも広く認知され、使用されている皆様にも愛され大切にしていただいているこの建物も、50年の節目を迎える前に耐震診断を行うことになり、結果、補強が必要となりました。持ち主である山日YBSグループの山梨文化会館および父への好意により、免震によるレトロフィットを行うことと決定されました。建物は、成長を可能にする16本のコア柱(一番上の写真はコア内部の階段)によって成立していますが、このコア柱の最下階に免震層を設け建物を支持する案が採用されました。免震化の工事は神経をすり減らすような繊細なものとなりましたが、優秀な工事関係者のおかげで、無事完了することができました。技術的に問題ないと頭で理解していても、直径5mのコア柱が次々と切断され、油圧ジャッキのみで支持されているさまは不思議な景色でした。
【0086】山梨文化会館免震計画図

丹下作品初の免震レトロフィットであり、個人的にも大きな挑戦でありましたので、時間の許す限り現地に赴き、その過程を見せていただきました。次の50年で「山梨文化会館」がどのように変化・成長していくのか楽しみですが、設計開始から100年経過しても、皆様の思いが伝わるよう留意していかなくてはならない、との思いを新たにしました。

本年は、重要文化財に指定されている広島平和記念資料館、および香川県庁舎東館が免震化に向け工事が始まります。これまでも作品の改修を行う際、造形美を支えるモデュロールや当時の設計意図を最大限また積極的に保存するよう努めてまいりましたが、今後も気を緩めることなく携わっていく所存です。

重要文化財の改修では、現状保存が原則となっており、免震化は基礎を変えてしまうということで採用が難しいと聞いていた。しかし、日銀本館や広島平和記念資料館などが免震で改修されることで、免震レトロフィットが周知され、広まると嬉しい。問題は工事費だろうが・・・

熊本地震などの震災後に、免震構造の効果などを紹介する機会があると、戸建て住宅の耐震化に免震構造が使えないかと相談をうけることがある。技術的には可能だが、やはり工事費が高くなり、なかなか推奨できていない。戸建て住宅の免震化が簡易にできないか検討することも必要ではないだろうか。

AIにビールは飲めない

日経新聞(3/6付けの夕刊)の「あすへの話題」欄にアサヒグループホールディングス会長の泉谷直木氏が『AIにビールは飲めない』と題して書いている。
人工知能(AI)への注目がますます高まっている。昨年来、国内外で囲碁やポーカーのトッププレーヤーをAIが打ち負かしている。東大入試突破を目指した「東ロボくん」は長文読解は不得手だが数学、世界史で高得点をあげたらしい。自動車の完全自動運転も2025年には実現されると聞く。近い将来に人間の能力を超える「シンギュラリティ」(技術的特異点)が訪れるとも言われている。  

この先AIは我々にどのような影響をもたらすのだろうか。ある人はAIは人間の仕事を奪うと言う。ある人は人間の生活を豊かにすると言う。マキャベリは『君主論』で人間を、
  自分で考えることができる人間、
  人の言うことは理解できる人間、
  どちらもできない人間
に分類している。

AI時代には後二者はヤバイということになるのかもしれない。
いずれにしても我々は人間固有の能力に磨きをかけていくことが必要になる。

ギリシャ・ローマ時代の自由人(非奴隷)は基本的知識・技能として文法学、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽の自由7科を身につけることが求められたという。現代のビジネスパーソンは、これらに加えてロジックを基にしたアイデア創造力が今後磨くべき能力領域になるのだろう。おもてなしやホスピタリティといった情緒面も同じ領域だろう。

いずれビールづくりにもAIが活用されることになるだろうが、最終的に味を決めるのは人間である。なぜならばAIがいくら発達しても人間の代わりにビールを飲んで楽しむことはできないからだ。AIの助けを借りつつ、人間のもてる感性を総動員して、多くの人々に喜んでもらえるうまいビールづくりに邁進していきたい。

コンピュータ技術が今のスピードで発達し続けるとある地点で地球全人類の知能を超える究極のコンピューターが誕生し、そのコンピュータ「AI」がさらに優秀な「AI」を作りあげていくと、人間の頭脳ではもはや予測することができない未来が訪れる。これは「2045年問題」と呼ばれているそうだ。まるで映画ターミネーターの世界・・・

確かに、今のコンピュータ技術、インターネットの進歩はスゴイ。ほんの30年前にパソコンなるものが使えるようになってきたものの、その処理能力たるや記憶容量はキロバイト単位でしかなかった。これからどんな時代が訪れようとも、人間としての強みを発揮できるようにしておかなくては。

ビールも飲むぞ!!
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<写真はルーマニアに免震のセミナーに行かせてもらったときに飲んでいたビール>

津波が銀座に来ていたらこの高さ

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ヤフーは東日本大震災から11日で6年となるのを前に、東京・銀座の数寄屋橋交差点に建つソニービルの壁面に津波の高さを示す巨大な広告を掲げた。掲げられている文章は↓。赤い線のところが津波の最高高さと同じだという。
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この広告についてネット上では、
  「くどくど文章を並べたり数字を出すよりも、はるかに説得力のある広告だ… 」
  「数字で知る何倍もの情報がありますね」
  「本当の意味での防災広告。教えるよりも、感じろですね」
  「結局、目で見たものが一番心に響く」
  「16.7mという数字には意味がない。見上げた高さを知ることの方が何倍も大事」
といった称賛の声があがっている。

16.7mという津波が「どれほどの大きさなのか」を説明するのではなく、「ちょうどこの高さ。」という言葉で体感させた秀逸な防災広告となっている。

12日まで掲げられているそうだ。
もっと別の場所で続けてもいいのではないだろうか。「あの日を忘れない」という意味でも・・・・

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講義中・・・
著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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