熊本地震から9ヶ月

熊本地震(本震)の発生から9ヶ月が経った。
朝日新聞(1/14付け)に『「1000万円」住宅で熊本復興後押し』という記事があった。
熊本地震の発生から14日で9ヶ月。熊本、大分両県は13日、被害状況を発表し(熊本県PDF資料)、住宅の損壊は計約19万棟となった。応急仮設住宅や民間のアパートなどを借り上げる「みなし仮設」で暮らす人は熊本県内の約1万7千世帯4万人以上で、住宅再建が復興の焦点の一つになる。

熊本県では全半壊が4万棟を超え、公費による被災住宅の解体の進捗率は昨年12月15日時点で31.3%。応急的な住まいの確保が進む一方、壊れた住宅の中や敷地内に建てた小屋などで生活を送る人がおり、熊本県は危険な台風の季節の前に転居を促すとして、みなし仮設への入居申し込みの受付を3月末で終える。

被災者の住宅再建の加速と地元経済の復興を両立させるため、熊本県は低価格の「くまもと型復興住宅」の建設を推奨。「県内業者、県産材の使用、高い耐震性、1千万円以下」などの条件での住宅建設を業者に呼びかけ、業者も輸送費を抑えるなどの工夫を凝らしている。
201612031126_7

熊本県益城町のテクノ仮設団地で13日に報道陣に公開されたモデル住宅は2LDK、約64平方メートルの和風の木造平屋建てで価格は960万円。県建築士会と建設会社など4社が協力して建てた。耐震等級は最上級の「3」で、14日から被災者らに公開する。

熊本地震から9ヶ月が経過し、報道もほとんどされなくなってきた。災害は地震だけではないが、住宅の耐震性が十分であれば、地震によって大きな被害を受けることは防ぐことができる。住宅の耐震性の確保は家族の安全だけでなく、幸せを維持するためにも欠かせないものだ。

熊本地震の住宅の被害を見れば、耐震等級「3」が最低基準と思ってもいいかもしれない。こうした認識をもっと広めていくことが必要ではないだろうか。住宅が価格やデザインだけで評価されずに、耐震性にもっと関心をもってもらうことが必要だろう。

耐震等級3が当たり前となるために、耐震等級「4」「5」もぜひ用意できないものか。そうすれば、みんな「3」を選ぶようになる?

免震建物のケガキ板を借り受ける

昨年4月の熊本地震では大きな被害がでた。そのなかで免震建物は良好な効果を示し、構造体の被害および家具の転倒なども見られなかった。また免震病院では地震後すぐに医療活動を再開できている。

そんな免震病院の一つが阿蘇にある。
阿蘇の免震病院では、最大変形46cmを記録した。これまでの記録された免震建物の変形では世界的にみても最大のものである。残念ながら地震計は設置されていなかったので、ケガキ板に残された変形の軌跡がこの免震病院の地震時挙動を知る手がかりとなる。

ケガキ板というのは、免震層の基礎に設置された板で、その板に細い棒でキズをつけることで、建物と地盤の相対変形(免震層の動き)を記録するようになっている。
P1070860_2

そこで、ケガキ板を借りて、詳細に軌跡を調査したいと申し出たところ、了承していただいた。で、さっそく阿蘇の病院まで、往復6時間かけてケガキ板を受け取りに行った。下は病院の方とケガキ板を挟んでの記念撮影を鉛筆画風にしてみたもの。
P1080285

ただし、借りる条件として、レプリカの作成が求められている。ケガキ板(1.3m×1.3m、厚さ3mm)に残されたキズをどうやって復元しようか。写真を撮って拡大してスチレンボードにでも貼ればいいか、なんて簡単に考えていたが、写真を撮ろうとしても、磨きステンレス板なので、撮影者が写ってしまう。

どなたか、ケガキ板のレプリカを作成するためのいい方法を知っていたら教えてほしい。

iPhone誕生から10年

iPhone

CNN『歴史つくったiPhoneの10年、「次の革新」切望する声も』という記事があった。
「我々は今日、共に歴史をつくる」――。

今から10年前の2007年1月9日、米アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズ氏はこの言葉でプレゼンテーションを切り出し、「3つの革新的な製品」を披露した。その3製品とは、タッチ式の携帯音楽プレーヤー「iPod」と携帯電話の新モデル、そして今はiPhoneと呼ばれるようになった「画期的なインターネット通信端末」だった。
(略)
あれから10年。アップルが販売したiPhoneは10億台を突破。iPhoneはスマートフォン市場を塗り替え、数え切れないほどの裕福なアプリ開発者を生み出し、アップルを時価総額世界一の企業に押し上げた。

2016年9月30日の時点で、iPhoneの売上高は総額1350億ドル(現在のレートで約15兆6000億円)を超え、アップルの売り上げの半分以上を占めるようになった。iPhoneのために創設されたアプリ配信サービスの「App Store」だけでも、16年の1年間で200億ドルを超す収益を開発者にもたらしている。

アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は登場から10年を記念して、「iPhoneは最初の10年でモバイルコンピューティングの標準を確立した。だがこれはまだ始まりすぎない。ベストはこれからだ」との談話を発表した。

iPhoneの販売は昨年、初の減少に転じた。世界のスマートフォン市場は飽和状態への懸念が浮上し、iPhoneの最新モデルはそれまでのモデルとほとんど変わらないと見られている。アップルはiPhone10年目の記念モデルで大幅な刷新を行い、今年9月の発表会で披露する予定だともうわさされている。

年内はそれでiPhoneに対する関心を改めてかき立てることはできるかもしれない。だがジョブズ氏があの「3つの革新的な製品」を披露してから10年が過ぎ、アップルに新しい画期的な製品を切望する声は強まっている。

いまでは当たり前のように使っているスマホだが、iPhoneが発売されて10年しかたっていないのか。パソコンやスマホの登場で仕事のやり方も生活スタイルも大きく変わった。ある意味、スマホがあれば、なんでもできる時代になってきた。逆に、スマホ依存症という現象もみられるようになった。

これからどんな画期的な製品が出てくるだろうか。大いに期待したいところだが、あまり便利になり過ぎると、使う人間に何らかの影響がでないか心配だ。技術革新のスピードが早すぎるのかもしれない。技術発展や便利さの追求は誰でも受け入れやすいが、そうした技術に対応して、人間が使いこなせるかが問題となるのではないだろうか。

さて、今年発売されるといわれているiPhone8はどんなスペックになるだろうか。

好きこそものの上手なれ

人口知能
朝日新聞(1/10付け)の「波聞風間」欄に編集委員の原 真人氏が『「好き」こそものの上手なれ』と題して寄稿している。
2021年に東大合格をめざす人工知能(AI)「東ロボくん」プロジェクト。昨年の東大2次模試では数学(理系)で偏差値76、大論述を含む世界史で学生平均を上回る驚異の成績をたたき出した。ただ、いまだに「靴のひもがほどける→歩きにくい」といった子どもでもわかるふつうの常識が通じない。これでは英語と国語読解の試験の突破は見通せないらしい。

それを聞いた複数メディアが「東大合格を断念」と残念そうに報じた。リーダーの新井紀子国立情報学研究所教授は不思議がる。「AIに限界がある方がむしろ人間にとってほっとする話なのに……」

たとえ常識知らずでも、東ロボくんはセンター試験模試でMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)、関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)レベルの難関私大の合格可能性が80%以上とめざましい成果を出した。

新井氏は「恐ろしいこと」という。「30年にホワイトカラーの半分が機械に代替される。その予想が現実になるのは確実だからです」

13年、英オックスフォード大の研究者が30年に今ある仕事の49%が機械に奪われる可能性があると発表し、大きな反響を呼んだ。その3年前、自著でほぼ同じ予測をしていたのが新井氏だ。当時その問題提起を学者も政治家もマスコミも真剣に取り合ってくれなかった。何とか世に問おう。仕掛けたのがAIの東大受験だった。

ついにAIは難関私大合格レベルまで達した。決められたルールの中での選択作業、ちょっとした定型文の作成くらいなら、いまやAIが十分担えることを証明した。

たとえば弁護士が膨大な資料から判例を探す。記者が株式相場の記事を書く。当たり前に人手をかけてやってきた仕事が今後、機械にとって代わられるかもしれない。国内ホワイトカラー労働者の半分に影響が及ぶとすれば、その数1600万人以上である。

人間に残される仕事とは何か。私たちは何を鍛え、伸ばすべきか。政治家も教育者もマスコミもこんどは真剣に向き合って考えねばならない。AIが苦手なのは、イメージ、推論、状況判断である。たとえば俳優や保育士、ケアマネジャー、現場監督のような仕事はたぶん人間向きだ。

自分で起業するのもいい。AIは利益の出る事業分野を確率や統計で探り出すだろうが、世の中に足りない商品やサービスを想像し、自ら挑戦してみようとは思わない。

「人間にとっては『好き』が最後の価値になるのではないか」と石寺修三・博報堂生活総合研究所長は言う。

言われてみれば、ベンチャー起業も「好き」が動機になるケースが少なくない。「好き」とは理屈抜きに心が引きつけられること。下手の横好き、好物、物好き、好きこそものの上手なれ……。なるほど、AIには永遠に到達できない領域である。

いよいよ明日から大学入試センター試験が始まる。

この2日間の試験で入学する(できる)大学が決まるかもしれない。受験生にとってはとても大事な試験である。この試験では知識量や記憶力などが主として問われる。しかし、こうした試験や問題はAIにとっても対処しやすい。大学入試も大事だが、問題は入学してからの、学びや経験だろう。

どの大学でもいいから、入学した大学で精いっぱい努力や挑戦をすることで、AIではできない発想力・想像力、行動力を身につけることができるだろう。

受験生諸君の健闘を祈る!

世界初の制震構造?

to-178kachidoki
建設通信新聞(1/10付け)に『世界初の制震構造採用 勝どき五丁目が竣工』という記事があった。
鹿島が特定業務代行者として事業を進め、世界初の制震構造「VDコアフレーム構法」を開発・適用した「勝どき五丁目地区第一種市街地再開発事業」が竣工した。(鹿島のプレスリリース

同事業は、鹿島が事務局を運営した「勝どき五丁目地区市街地再開発組合」が発注者となり、約1.3ヘクタールの敷地にRC一部S造地下2階地上53階建て塔屋1層延べ16万1623平方メートルの大規模タワーマンション「勝どき ザ・タワー」をはじめ、公益施設、事務所など計3棟を建設した。

総合コンサルタントを都市ぷろ計画事務所、基本計画・工事監理を佐藤総合計画、基本設計を佐藤総合計画と鹿島、実施設計と施工を鹿島がそれぞれ担当した。参加組合員には鹿島のほか、三井不動産レジデンシャル、三菱地所レジデンス、住友商事、野村不動産が参画した。

制震構造に採用した「VDコアフレーム構法」は、3棟を連結する内周架構にブレース式の制震オイルダンパーを組み込み、3棟全体で地震力を吸収する。耐震の要素を中央部に集約できるため、外周部のスパン拡大や各棟先端部での開放的な居住空間確保を実現した。

「ザ・タワー」の建物形状は、日照やプライバシーの確保など住宅の基本性能を高めるため、各ウイングをずらしつつ、長さを変えた「風車型トライスター」を採用した。

この建物は3棟から構成され、それぞれの棟の間にオイルダンパーを配置している。このダンパーで建物全体の地震による揺れを吸収する仕組みとなっている。ダンパー設置の写真は下記となっているが、ダンパーは2つの棟にまたがって設置されているのだろうか? つながっているようにも見えるが。
20170106_172936_92628P640px

世界初といっているのは「VDコアフレーム構法」のことのようだ。この新構法は、強風時の揺れも軽減し、居住性も向上させるとしている。また3棟の建物をダンパーで連結したことで、各棟の先端部には、開放的で明るい居住空間を実現させた、とのこと。
VDコアフレーム

それにしても、53階建て、1420戸。上層階は眺めは良さそうだが、これだけ住戸数が多いと、維持管理などの面でも大変そうだ。

就活でのOB訪問

就活OB訪問

日経新聞(1/5付け夕刊紙)に『就活OB訪問 仲立ち』という記事があった。
年も明け、大学3年生は就活に向けて走り出す時期だ。企業の広報解禁が3月、面接開始が6月と短期決戦の就活では、事前のOB訪問で業種や企業を見定めることが重要になってくる。訪ねる相手を気軽に探せるスマートフォン(スマホ)のアプリも、存在感を増してきた。大手就活サイトの情報だけに頼らず、積極的に社会人の声を聞く就活のスタイルが広がりそうだ。

「著名な起業家にも会えて視野が広がった」。都内私大4年生の奥岡権人さんは、そんなアプリ「マッチャー」を手放せない。このアプリは同名のベンチャー、マッチャーが16年9月に公開。OB訪問に協力したい社会人に社名や職種などの登録を呼び掛けており、同様に校名や志望業種などを登録した学生は訪問相手を検索できる。会ってみたい社会人にメッセージを送り、面会につなげる。

OB訪問支援のビジッツワークスは、15年12月に運用を始めたサイト「VISITS OB」の機能を利用できるアプリをきょう正式公開した。このサイトはトヨタ自動車や三井住友銀行など250社超が参加。学生は登録されている社員に面会を申し込める。いわば「企業公認」のOB訪問の枠組みだ。

就職・転職支援のリーディングマークの運営するサイト「レクミー」は、15年12月にOB訪問仲介機能を追加し、16年2月にアプリを公開した。利用者の声を参考に、社会人のプロフィルの記載方法を工夫。短い「ひとことアピール」で、「会ってみたい」というイメージをつかみやすくした。

IT(情報技術)ベンチャーのギブリーが15年12月に公開した「LIFE」は、「企業と友だちになれる就活アプリ」と銘打つ。参加企業が公開する社内の様子などに興味を持った学生が申請すれば、対話アプリのLINEの感覚で気軽に人事担当者とやりとりできる。OB訪問に直接つながるわけではないが、「OBを訪問しにくい地方の学生も、企業との心理的距離を縮められる」と、山川雄志取締役は説明する。

これらのアプリは、いずれも個人の利用は無料で、米アップルの端末に対応。企業にとっても、学生に社員を知ってもらえば採用のミスマッチ抑制にもつながり、意義は小さくない。アプリで手軽に社会人とつながる就活のスタイルは、さらに普及しそうだ。

最近、就活する学生には積極的にOBやOGに会うことを薦めている。しかし、実際にそれを行う学生は少ないと思う。研究室のつながりや教員の紹介などでOB・OG訪問をすることがあっても、自分自身で会ったことがない先輩に連絡をとるのは苦手なようだ。

ずいぶん前は、「学校推薦」が一般的だった(特に工学・理学系では)。
もちろん卒業生が出身大学や研究室の優秀な学生を誘うようなこともあったかもしれないが、数は少なかったと思う(超有名校くらいか)。学校推薦では、学内選考で選抜された学生のみが志望できるもので、いまのように誰でも応募できるという状態ではなかった。そのため就職先の選択肢は限られたものとなるし、学生も少ない情報に基づいて就職先を決めるしかなかった。

それに比べれば、いまの就活は誰でも応募だけできるため、機会は均等になったものの、大量の情報のなかから本当に欲しい情報を探すのも大変になった。マイナビのような就職ナビの発展で、就活はネットのなか、ある意味バーチャルな世界で大部分が行われるようになった。逆にネットの中だけが就活だと勘違いする学生もたまにいる。そうしたなか、先輩に直接会って話をすることはネット上にはない情報に触れる貴重な機会となるだろう。

OB訪問を仲立ちしてくれるアプリがあれば、学生も馴染みやすいかもしれない。しかし、これはあくまでツールであり、それをうまく使いこなすことが求められる。もっともそれ以前に、そもそも自分は社会で何をして、どういう人生を送りたいのか、ということをはっきりさせないと就活も始まらないだろうが・・・

本学の場合、ほとんどの学部生は就職する。
就活生の健闘を祈る!

幸運の前髪

日経新聞(1/5付けの夕刊紙)のプロムナード欄にドイツ文学者の中野京子氏が『幸運の前髪』と題して寄稿している。
新しい年を迎えるたび、今年はどんな人が幸運をつかまえるのだろう、と考える。西洋美術の本を出している身としては、幸運とは即ち、ローマ神話のフォルトゥナ(=フォーチュン)のことだが。

フォルトゥナの伝統的図像は、いったい誰が思いついたやら、実に突飛で面白い。
20120909190925
http://d.hatena.ne.jp/nisuseteuryalus2/touch/20120910/1347207426

若いヌードの女性である。猛禽類(もうきんるい)の翼を持っている。それなら飛べばよさそうなものを、サーカスの玉乗りよろしく球体に乗り、ゴロゴロころがしながら猛スピードで近づいて来る。不安定に蛇行するのは目隠しをしているせいだ。前髪は長く、トサカのように立っている。幸運を得るには、この前髪をすばやくつかまなくてはならない。

ちなみに毛髪のシンボル性は、旺盛な生命力。「絶好のチャンス」を物にするというのは、「幸運」のエネルギーを取り込むということ。

いざフォルトゥナを目の前にした時、裸体にたじろいだり、手を伸ばすのを躊躇したらおしまいだ。あっという間に通り過ぎてしまう。背を向けられれば為す術はない。なにしろ後頭部はツルッパゲ!

こうしたイメージは、チャンスというものの予測しがたさ、非情さ、気まぐれを、実にうまくあらわしている。幸運の女神自身どこへ向かっているかわからず動いているのだから、迎える側がふいを突かれるのは当然だ。また女神は目隠ししているため善悪の区別もつかず、自分を捕まえたものなら誰彼かまわず幸運を与える。判断せず、反省せず、人間社会のことなど知ったことではない。時に極悪非道の輩(やから)が妙にラッキーだったりするのは、そういう次第。
(略)
これほどのチャンスは稀(まれ)として、存外この世には大小さまざまな幸運の女神がうろうろしているのではないだろうか。ただし目隠しした裸の女性が球体に乗って突進してきた時、多くの人は驚き、戸惑い、はたして幸運か否か、まずは確かめようとする。それでは遅いのだ。知恵や度胸が必要などと言っている場合でもない。思案したり決断したりする暇すらない。

大事なのは、瞬時にチャンスと見抜く勘の良さ、そしてすかさず前髪をつかむ反射神経、これを日頃から鍛えておくことかもしれませんね。頑張りましょう。

幸運の女神には前髪しかない、ということは本学の新入生にも話をしている。それを覚えているかどうかわからないものの、チャンスというのは、いつどこで得られるかわからない。そのための準備を事前にしておかないと、ダメだ、と。

さて、新しい年がはじまった。
みなさんにも新しい目標があるだろう。その目標を達成するためにも、チャンスを捕まえることができるよう、事前の準備を怠らないように。といっても、何がチャンスかというのはその時にはわからないのかもしれない。きっと後で思い当たることが多いのかも・・・

研究費、5年連続で増加?

interview_makino2
日経新聞(1/6付け)の「でーたクリップ」に『研究費、5年連続で増加』という記事があった。
総務省が公表する科学技術研究調査によると、2015年度の日本の研究者1人当たりの研究費は2236万円と5年連続で増加となった。国と民間合わせた科学技術研究費は18兆9391億円と前年度比0.2%減ったが、研究者数は84万7100人の同2.3%減とより減少幅が大きいことが要因になった。

研究者の所属別で見ると、大学の研究者では1256万円、企業は2815万円だった。

大学の調査には、研究費を獲得しにくいとされる文系の研究者も含まれるが、1人当たりの研究費ではそうした傾向はあてはまらなかった。分野別にみると理学こそ1742万円と多かったが、法学が1593万円、農学で1235万円と理系が必ずしも優位ではないようだ。

企業の業界別では、通信業が7147万円と最も多い。医薬品製造業が6710万円、自動車など輸送用機械機器具製造業は3810万円だった。

世界的に見ると、日本は26万9756ドル(15年度)で、米の34万9378ドル(13年度)、ドイツの30万9934ドル(14年度)に次ぐ規模になる。研究力向上の著しい中国は24万1905ドル(14年度)と肉薄してきている。

こんなに大学の研究費はない!と思って「科学技術研究調査」を確認してみると、研究費には人件費や固定資産も含まれていた。

平成27年度の研究費を費目別にみると,人件費が2兆3180億円(大学等の研究費全体に占める割合63.6%)、有形固定資産購入費が3745億円(同10.3%)、原材料費が2115億円(同5.8%)、リース料が323億円(同0.9%)、無形固定資産購入費が47億円(同0.1%)となっている。

企業の人件費が5兆3601億円で、企業の研究費全体に占める割合39.2%に比べると、大学の人件費の割合が高い。というよりも本当の意味での研究費がそれだけ少ないということかな・・・。一般の人たちがこのニュースを読むと、間違ったとらえ方をしないだろうか。

ハーフ、それともダブル?

e333b61f
http://karapaia.com/archives/52212865.html

朝日新聞(1/6付け)に「私の折々のことばコンテスト2016」の審査結果が紹介されていた。

最優秀賞には『「ハーフ」じゃない「ダブル」だ』が選ばれていた。
日本人のハーフ(半分)なのではなく、日本人+コスタリカで自信をもって「ダブル」と言えるようになりたいと、と。

どのように呼ぶのが適切かというよりも、彼らのアイデンティティーの問題だろう。ハーフだろが、ダブルだろうが、その人のアイデンティティーを尊重するような社会になることが求められるのではないか。

サンドラ・ヘフェリンは、YOUNG GERMANYに次のように書いている。
日本以外の半分が「どこの国」なのかにまでは触れていない、ということ。これは「ウチの人(内側の人つまり日本人)」&「ソトの人(外側の人つまり外国人」というふうに、とりあえず内と外を分けたがる発想からきているのかな、なんて勝手に思ってみたり。

ウチとソト、という考えがまだ根深いのかもしれない。本来のグローバル化のためには、こうした考えを改めていくことも必要ではないだろうか。

天神ビジネスセンタープロジェクト

福岡市の「天神ビッグバン」の第一号案件の概要が発表された(福岡市のプレスリリース)。
福岡地所は、福岡市中央区天神1にオフィスや店舗、駐車場などで構成する大規模免震構造の複合ビル建設を計画している。福岡市が進める天神ビッグバンの第1号案件で、天神地区の開発をけん引するプロジェクトとして期待される。2017年度内に着工し、20年度の竣工を予定している。基本設計は日本設計。実施設計は施工予定者の前田建設で進めており、建築デザインは建築設計集団OMAのパートナーでニューヨーク事務所代表の重松象平氏が担当する。

プロジェクト名は、「天神ビジネスセンタープロジェクト」。老朽化した天神セントラルプレイス、日興ビル、西日本ビルの3施設を一体施設として建て替える。規模はS・RC造地下2階地上16階建て塔屋2層、延べ床面積約6万0250平方メートル。敷地面積は約3900平方メートル。
tenjin_bigbtenjin_bigb2

ワークライフバランスをコンセプトに、クリエイティブなグローバルトップ企業を福岡市に呼び込むため、建物の一部がブロック状の遊びあるデザインを採用し、インテリアは最高級ホテル並みとする。福岡市で初めて大規模免震構造を採用し、国内屈指のBCP(事業継続計画)性能を備える。

市は、老朽民間ビルの建て替えに対し、デザイン性の高さや周辺ビルとの連続性などの要件を満たせば最大50%の容積率緩和などのインセンティブを付与する「天神ビッグバン」を推進しており、24年12月末までに民間ビル30棟の建て替えを目指している。

福岡地所では今後、天神ビッグバンのインセンティブを含めた計画の細部を市と協議する考え。既存施設の解体は17年夏ごろを予定している。
建設通信新聞より>

天神の中心から西に600〜700メートルの位置には警固断層(南東部)がある。免震構造が採用されるのはいいことだが、免震設計には警固断層のことも考えて計画してほしい。高い安全性をもった免震構造の設計がなされることを期待したい。

それと、エキスパンションジョイントの設計にも工夫がほしい。この施設は天神の中心であり人通りも多い。これまでも歩道に面している部分にはバリアフリー(段差がない)タイプのエキスパンションジョイントが使われている。大きな地震のとき、免震建物が水平方向に移動するとエキスパンションジョイントは跳ね上がって歩道側に移動してくることになる。そのとき、エキスパンションジョイントの上やそばを歩いていた人たちに何か危害を加えないだろうか。

これまでの震災では、エキスパンションジョイントが人に危害を加えたことはないと思うが、エキスパンションジョイントと歩道の境界がわかりにくくなってきており、危惧される。通行人に危害を加えないエキスパンションジョイントの採用を考えてほしい。

科学立国の危機

日経新聞(12/27付け)の大機小機欄に『科学立国の危機』という記事があった。
近年、日本人のノーベル賞受賞が続き、日本の科学力を示しているといわれる。2010年以降だけでも9人の受賞者がいる。しかし、今年受賞した大隅良典氏は、近年の日本の科学技術予算の低迷と、若手研究員や大学の研究者が置かれている状況に危機感を抱き、今後、日本の研究力は落ちると警告している。

実際、若手研究員のほとんどは任期が数年で、毎年契約更新をしなければならず、給与水準も低い。日本学術会議によれば、生命系のポストドク(博士研究員)の場合、40%が年収400万円以下で、40代半ばでも500万円程度だ。

キャリアパスも不安定で常勤の研究職に就ける割合は非常に低い。職を得てもすぐ次の職探しに追われ、不安定なポスドクを一生続ける人もいる。民間も博士受け入れに消極的である。

理由は2つだ。
大学など研究機関の予算が毎年削減され常勤ポストが減り、数年程度の有期雇用ばかりが増えている。そのため常勤ポストは大変な競争だ。また、1990年代から大学院重点化の名のもと、学部定員を減らして大学院の定員を増やし、博士課程の院生数は2.5倍になった。

入り口の大学院の定員を増やしても、出口のポストも予算も減らせば、研究が進展するはずがない。落ち着いて独創的な研究などと言ってはいられず、早く目に見える成果を出そうと、目先の研究、はやりの研究に飛びつく。

国際的評価という要求がこの傾向に拍車をかける。手っ取り早く国際的評価を高めようとすれば、手軽なのが米国ではやっている研究の修正だ。これでは米国の研究の引用数を増やすだけで、独創的な研究など絶望的だ。

これはアベノミクスでの雇用の拡大と同じだ。消費も投資も国内総生産(GDP)もほとんど増えていないのに、雇用だけが増えている。数だけ増やしても質の劣化が起こる。企業なら、単純労働に非正規雇用を割り当て、コスト削減を図ることに意味もあろう。しかし、独創性を要求する研究職にこの方法はもっとも適していない。

独創的な研究者を育てたいなら院生の数を抑え、その後のポストを増やして、落ち着いて研究させるべきだ。研究環境を悪化させて、独創的な研究を期待できるはずがない。

文科省「民間企業における博士の採用と活用」(2014年)というレポート(PDF)があった。

このなかで、民間企業に採用された博士の評価は、他の学歴の採用者と比較して期待を上回ると答える企業の割合が高い傾向が見られた。「当初、博士やポスドクの採用に対して懐疑的であったが、採用した結果の評価は高く、もっと積極的に採用してもよいと思う」という意見があったことが紹介されている。この意味では民間企業などに多くの博士が就職できるようになればいいのだが。

一方で、企業の研究開発における重点分野の変動が激しい状況下において、民間企業に博士人材が積極的に登用されるためには、自身の専門性を活かしながらも様々な状況下に応じて研究開発能力を転用できる人材が求められていると指摘している。これは、博士人材の専門性が軽視されているのではなく、専門性を身に付けられる能力が前提としてある上で、各人の専門性や研究力を他の分野においても応用できる力が必要だとされている。

さらに気になる点が指摘されている。この調査では、博士の採用実績のある企業の印象として、博士・修士を問わず、大学院生の質が低下していることが多くの企業により指摘され、学生全体の能力の底上げが望まれていた。大学院生だけの問題ではないのかもしれない。

EU圏ではTransferable Skills(TS) Trainingという取り組みが10年以上前から展開されており、多様な場で活躍できる人材の育成に向けて、特にアドバンスドTS(マネジメントスキル、リーダーシップ、チームワーク、資金獲得/管理スキル、異分野/異文化の様々な人たちのコラボレーションスキル)と定義されたスキルの習得が最も重要であるという。

博士を終了しても、さまざまな分野で活躍できるような教育を提供することも必要ではないだろうか。単に研究ができればいいというだけでは、もったいない。
hakase


トランプ氏勝利は「教育の失敗」?

Trump
週刊東洋経済(12/31号)の「経済を見る眼」欄に英オックスフォード大教授の苅谷剛彦氏が『トランプ氏勝利は「教育の失敗」か』と題して寄稿している。
2016年は、大方のメディアや専門家の予想を裏切る、二つの世界的出来事が生じた年として歴史に残るだろう。英国のEU離脱とトランプ氏の米大統領選挙での勝利である。6月に行われた英国の国民投票では、EU残留派が勝つと思われていたのに、離脱派が多数を占めた。11月の米大統領選挙でも、当初は泡沫候補と見なされていたトランプ氏が当選した。いずれも、市民の良識や理性的判断に基づく投票行動を期待していた専門家の予想を裏切る結果となった。

その一因を、比較的学歴の低い、知識や理性的判断の不十分な市民による反知性主義(あるいは知的エスタブリッシュメントへの反発)の表れ(=偏見に基づく感情的反応)だとする見方がある。この見方に立てば、これら予想の結果は、すべて国民に十分な知識を与え、理性的判断ができる能力を育成することを目指してきた「教育の失敗」ということになる。

先進国で行われる教育を支える基本的価値は「正しさ」にある。差別や偏見のない社会を作ろうという「正しさ」、より正確な事実や真理に基づく知識の提供という「正しさ」、個人の良心や信条に沿って生きることを勧める「正しさ」など、いわゆるポリティカルコレクトネスを含め、現代の教育は「正しさ」を前提に行われる。そして多くの人々がそのような教育を受け、正しさの価値をまずは受け入れる。その意味で、教育は失敗していない。

問題は、正しさが裏切られる現実を生きなければならない人々、あるいは、正しさによって庇護される人々に比べ、自分たちは利益を失っていると感じる人々が増えていることにある。別言すれば、建前より本音、机上の正しさよりそれぞれの現実に根差す判断を信じる人々の増加にある。

そうだとすれば、正しさを裏切る現実が拡大する世界で、教育を受ける人が増えれば増えるほど、さらには教育が正しさを教えることに熱を入れれば入れるほど、その期待に反し、正しさの虚を突く人々が増えていくことになる。

そのように見ると、EU離脱やトランプ支持が、知識や理性的判断を欠いた決定だというわけにはいかなくなる。問われるべきは、正しさを一定程度理解しているがゆえにそのような決定を下した人々の生きる現実のほうだ。さらにいえば、そのような現実に届かない正しさの教育の限界を掘り下げたほうがよい。

これらを他山の石と見ると日本はどうか。
日本では「役に立つ」教育か否か、とりわけ大学教育については、職業生活や経済に貢献するかどうかに目が向けられる。「人材育成」が全面に出て、市民としての判断力を育てようという議論は後景に退く。その延長線上で「役に立たない」文系の大学教育が批判の的となる。だが、「正しさ」の教育を現実に根差すものに変えるのは文系の学問である正しさが建前であることを知りつつ、現実と突き合わせて、その必要性や活用法を考える想像力を育むのも文系の教育だ

地方レベルでは住民投票による政策選択が行われているが、やがて憲法改正のために国民投票で国の将来を決める日も来るだろう。そのとき、どんな判断力が発揮されるか。科学技術や人材育成とは別の面で、日本の教育が試されることになる。

文部科学省は、大学の機能として
 \こε研究・教育拠点
 高度専門職業人養成
 I広い職業人養成
 ち躪臈教養教育
 テ団蠅寮賁臈分野(芸術、体育等)の教育研究
 γ楼茲寮験恭惱機会の拠点
 Ъ匆餽弩サ’(地域貢献、産官学連携等)
等の各種の機能を併有する、としている。例えば、,筬△竜’修貌嘆修靴涜膤惘,稜郢硫歡や専門職学位課程に重点を置く大学もあれば、い竜’修貌嘆修靴謄螢戰薀襦Ε◆璽帖Εレッジ型を目指す大学もある。こうした大学全体としての多様性の中で、個々の大学が限られた資源を集中的効果的に投入することにより、個性・特色の明確化が図られるべきである、と。

各大学がどういう機能・役割を果たすべきかは、各大学に委ねだれている。しかし、そうしたことは入学してくる学生に十分知らされているだろうか。入学したきた学生は、専門課程で学ぶことを期待しており、教養課程をなぜ履修しないといけないのか十分理解できているだろうか。最近では国立大学においても専門課程(専門科目)が1年次から組み込まれているような状況で、教養課程の意義をどこまで認識してもらえているか。

大学は高等教育機関として、どのような学生を育成しようとしているのかを明確にし、教育プログラムを提供する必要があるのではないだろうか。教養課程で好きな科目を受講でき、そこに新しい発見があるのかもしれないが、単に単位を取得するためだけに科目を履修するということは避けたいところだ・・・

実乗る稲田は頭垂る

inaho
週刊東洋経済(12/31号)に作家の童門冬二氏が『実乗る稲田は頭垂る』と題して寄稿している。
「偉い人ほど腰が低い」というのは、日本に古くから伝わる俗諺だ。学問や徳行が深まるにつれて、その人は謙虚になるという意味で、そういう人は確かにたくさんいる。(略)これに相当する俗諺でいちばん知られているのが、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」であろう。

私もそう信じてきた。しかしこの稿を書くためにもう一度「新潮国語辞典」で確かめてみた。「実る」の箇所には見当たらない。あったのが、「実乗る稲田は頭垂る」だ。ウーンと考え込んだ。つくづく、俺はものを知らねーな、と反省した。

世に普及している俗諺と意味は同じだ。しかし主体がまったく違う。

世に普及している諺の主体は1本の稲穂だ。辞典に出ている主体は稲田だ。前者は個体であり、後者は集団であり組織だ。もちろん組織の成員も個人だから、何もへ理屈をこねて執拗に深堀りする必要はないのだが、「組織と人間」は私の生涯テーマなので、「そんな難しいこと、言わないでヨ」と笑われても、引き下がるわけにはいかないのだ。

「実乗る稲田は頭垂る」という言葉が求めるのは、単数の奥ゆかしさではない。田んぼに実った稲全部の謙虚さだ。組織全員の謙虚さを求めているのであって、例外を認めない。「皆が頭を下げているのだから、俺一人くらいいいだろう」と、ズルをする稲穂の存在を認めないのだ。

となること、これは組織の管理につながり、成員のリーダーシップにもかかわりを持ってくる。「実乗る」は単に利益を上げている、ということではない。組織の掲げる理念と、成員の気をそろえた社業実施が、社会的公器としてのその組織のCI(コーポレートアイデンティティ)にまで止揚されている、ということである。そしてそれが組織の評価として定着している、ということだ。
(以下省略)

奥が深い・・・

童門氏は、接する人のどんな行いにも、「ありがとう」の一言を口にするようになったという。たとえば、夜の飲み屋で頼んだ酒やさかなが来れば、お運びさんに「ありがとう」。これは外国映画の影響だという。何かをしてもらったら、その行為に対して「ありがとう(Thank you)」というのは自然のことだと思う。逆に何も言わないのは、お客なんだから当然ということだろうか。

バスやタクシーを降りるとき、お店で頼んだものが運ばれてきたとき、商品を買ったときなどに「ありがとう」と言うのはお互いに気持ちがいい(と思う)。広い意味で、「挨拶」をきちんとするということが大切なような気がする。

やり抜く力

日経新聞(12/27付け)に『究極の能力 GRIT 「やり抜く力」』という記事があった。

ダイヤモンド社刊の「やり抜く力(GRIT)」が売れているらしい。
「GRIT」は根性や気概を意味する英単語。ダイヤモンド社で同書を担当した三浦岳副編集長によれば、GRITはビジネスやスポーツ、芸術などジャンルを問わず成功者が共通して持っている「最後まであきらめない気骨」を指す。

著者の米心理学者、アンジェラ・ダックワース氏はもともと持っている「才能」に「努力」を掛け合わせることで「スキル」が上達し、スキルにさらに努力を掛け合わせて初めて「達成」につながるという図式を示す。才能とはあくまで「スキルが上達する速さ」で、達成までに2回出てくる努力の重要性にこそ目を向けるべきだという。(図はこちらから引用)
20160915223654

ダックワース氏はGRITを「Passion(情熱)」「Perseverance(粘り強さ)」で説明する。ポイントは情熱だ。こつこつまじめに取り組んでも、それを退屈と思えば疲弊するだけ。傑出した成果にはつながりにくい。やり抜く力を求める前に、自分が情熱を持って本当にやり遂げたいと思えることを探す必要がある。

では、GRITを伸ばすにはどうすればいいのか?
まずはモチベーションの維持が欠かせない。
モチベーションを維持するためには、報酬の価値と実現の可能性が必要となる。報酬の価値には、金銭的報酬以外に、例えば社長に認められるといった「承認」や顧客の生活水準の向上といった「貢献」といった非金銭的報酬など。

実現可能性は、明確で適切な高さの目標を設定すること。そのためには、
 Specific(具体的)
 Measurable(測定可能)
 Achievable(達成確率50%の水準)
 Relevant(今の職務や役割との整合的)
 Time-bound(期限が明確)
を確認するといい。

何ごとも情熱をもって、取り組みたいものだ・・・

目標かなえる自分にかわる

日経新聞(12/6付け)の記事で、米スタンフォード大の心理学者ケリー・マクゴニカルさんが「目標かなえる自分」になる方法を伝授していた。彼女は何冊かの本を書いてるが、そのうちの1冊「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」は読んだことがある。逆境から成長する力を得る方法が紹介されており、いい本だと思う。
P1080284

皆さんは年初に掲げた目標を達成できただろうか。目標通りにいかなかった人は「準備」が足りなかったのかもしれない。米スタンフォード大学の心理学者で「スタンフォードの自分を変える教室」などの著書を持つケリー・マクゴニガルさんに、どうすれば「目標をかなえる自分」になれるか、その方法を聞いた。

「自分を変えられる人」には3つの特徴があります。
1つ目は、成長に対する健全な考えを持っていることです。自分を変えることに成功している人には「自分は絶対に変われる」という信念(成長型マインドセット=拡張的知能観)があるのです。自分を変えられない人が「自分が成功できないのは、もともと得意ではないからだ」と考えるのとは対照的です。

自分は絶対に変われるという信念の土台になっているのが「学びの姿勢」です。自分の経験やそこから導き出される教訓をポジティブに生かして次につなげます。間違いを犯したり挫折したりしても「自分が変わるプロセスの最中だ」と捉えるのです。挫折してもそれを糧にしようとする姿勢が身についていれば、ゴールを追求できます。

2つ目の特徴は、周囲のサポートをちゅうちょなく求めるということです。自分を変えられる人は、「自分を変えることは可能だ」と信じている一方で、「自分一人の力で自分を変えるのは難しい」という信念も持っています。自分を変えることは、いわば“ソーシャルプロジェクト”。味方やメンター、同じゴールを分かち合える人を積極的に求めることです。

3つ目に、「過去の振り返り方」にも特徴があります。自分を変えられる人は自己分析に時間をかけます。起きた出来事について「なぜ自分はあんなことをしたのか」と考えたり、その時の行動が誤りなら「どうすればよかったか」と自分に対する好奇心を発揮させて自己分析したりします。

自分を変えることはできると思っている。
ただ、そのためにはそれ相応の努力が必要だが、目標をもって継続して努力すれば、それが達成できると思っている。そのための方法論は彼女の著作などでも紹介されているが、結局は自分自身で最良の方法を探っていくしかないだろう。

将来、こうなりたい!と想像することが大事だともいう。
想像には「自分が欲する未来」を生み出す力を持っているそうだ。はっきりした内容であればあるほどパワフルなやる気が引き起こされることが研究で証明されている、とも。

さて、今年の目標はどうするか、な。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

昨年4月に発生した熊本地震は、同じ九州で起きた地震でもあり、さらに災害調査などで東奔西走しました。このブログでもできるだけ震災関連の情報を伝えてきました。さて、今年はどんな年になるでしょうか。

本年もよろしくお願いいたします。

写真は昨年10月に北京で開催された「中国建築標準設計院」の60周年記念シンポジウムに参加したときのものです。懇親会で新疆ウイグル自治区の名物という羊の串焼きをいただきました。かぶりつくのが正式な食べ方かどうか、わかりませんが・・・

写真2017_2


日日最良

日経新聞(12/28付けの夕刊紙)のプロムナード欄にノンフィクションライターの稲泉 連氏が『日日最良』と題して寄稿している。
去る12月中旬の日曜日、今年最後の山登りに行った。メンバーはいつも夏場に一緒に登山へ行くOさん親子、それから娘の保育園で知り合った友人のSさん父娘である。

暖かい日だった。
4歳になる娘と手を繋いだOさんが、木漏れ日の山道を少し遅れて歩いていた。しばらくして、彼が追いついて来ると、春のような気候のせいもあったのだろう、何とも満ち足りた表情を浮かべて言った。

「こうして子どもと手を繋いで、山に登れて・・・。今日は人生で最良の日ですね」

そして、大げさな表情に僕が、「でも、Oさん、人生で最良の日はきっと、これからももっとありますよ」と少し見当違いな返事をすると、彼はこう続けたのである。

「いや、連さん、違うんですよ。僕は毎日が人生で最良の日だと思うようにしているんです」

なるほど、彼にとってそれは日々の生き方、心の有りようの問題なのだった。

「そうか、日日最良ですね。口にするだけで元気が出る気がするなァ」

様々なことが起こり、明るい日も暗い日もある一日一日を、それでも「今日が人生で最良の日」と思いながら生きていけたら、どんなに素晴らしいことか。

来年は、「日日最良」という気持ちで過ごしていきたいと思います。
良い年をお迎え下さい。
original
http://fujihatsuhinode-info.blog.so-net.ne.jp/2014-12-22

災害この1年

bousai009
朝日新聞(12/27付け)の社説に『災害この1年 タイムラインで備えを』という記事があった。
今年も自然災害が多発し、各地で犠牲者が相次いだ。災害は決してひとごとではない。身近な備えを再確認し、命を大切にする姿勢につなげたい。

4月には熊本で震度7の地震が2度起き、家屋倒壊などによる直接死が50人におよんだ。10月には鳥取で震度6弱の地震が発生、約200棟の住宅が全半壊し、11月には福島県沖を震源とする地震で東日本大震災以降で最大の津波を観測した。震度5弱以上の地震は全国で30回超。昨年の約3倍で、12年以後で最も多かった。将来起こるとされる南海トラフ巨大地震や首都直下地震も念頭に、住宅の点検や避難路の確認などの準備が必要だ。

雨の被害も続いた。6、7月には梅雨前線などに伴う豪雨が九州を襲い、8月には台風10号の雨で河川が氾濫、岩手の高齢者施設で9人が死亡した。長期的には雨の総量に大差はないが、降り方は局地的で、短時間に集中する傾向にある。極端化する気象に対し、防災体制を不断に見直す必要がある。今年の災害で課題となったのが自治体の対応だ。避難勧告を出す時期や、援護を必要とする者への情報伝達のあり方など、考えておくべきことは多い。

全国で災害は頻発しても、その地域にとってはまれで、防災担当者が混乱する例も多い。落ち着いて即応するには、やることを時系列で決めておきたい。その方法の一つが、行動計画表「タイムライン」の策定だ。

「いつ」「誰が」「何を」するか、関係機関の役割を整理し明示しておく。自治体の地域防災計画の実践編ともいえる。台風上陸を想定し、「48時間前に避難所の開設準備」「36時間前に自主避難呼びかけ」といった具合だ。米国でハリケーン接近の際に効果を出した。

国土交通省は全国の市町村に策定を呼びかけ、8月に指針(PDF)を示した。海岸に面し、高潮被害などを警戒する大阪府貝塚市では、市の検討会に住民も加わっている。市や府、気象台の担当者とともに、住民自ら避難のタイミングなどを考えれば、より実践的なものになろう。

先を見越して動けば、不測の事態にも対応しやすくなる。未策定の自治体は、近隣自治体とまず相談してはどうだろう。

1400人以上の死者・行方不明者を出した昭和南海地震から、今月21日で70年がたった。津波の被害にあった徳島や和歌山では、被災体験者らの話を聴く会が今も毎年のように開かれる。教訓を具体的な備えに結びつけ、減災を実現させたい。

災害を軽減するには、事前の対策が不可欠だ。行政だけでなく、地域住民の理解と協力も欠かせない。しかい、大規模災害となると初めての経験ばかりであり、なかなか事前に考えておいたとおりにはならないかもしれない。こうしたことを考えて、被災した自治体の対応経験や知恵を共有しておくことも大事だろう。

それにしても、今年は熊本地震への対応で、初めてのこともいろいろ経験させてもらった。熊本地震から1年を迎えるころには、日本建築学会の報告書を完成させたいと思っている(ちょっと遅れ気味だが・・・)。

さて、来年こそは災害がないことを祈りたい。

新しい哲学

日経新聞(12/22付け夕刊紙)のプロムナード欄にロシア文学者の沼野恭子氏が『新しい哲学』と題して寄稿している。
昨年ノーベル文学賞を受賞したベラルーシのロシア語作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが、先月来日した。世界中を飛びまわる多忙な日々の合間を縫っての短い滞在だったが、インタビューに答え、福島の被災地を訪れ、東京外国語大学で名誉博士号を受け、そして数々の感銘深い言葉を残して去った。
(略)
平等な世界を目指したはずの社会主義体制が瓦解した後、跋扈(ばっこ)したのは成り金で、社会に蔓延(まんえん)したのは拝金主義だった。年金制度は形骸化し、急速に格差が広がっていく。そして新たな社会像が模索されることもないまま、経済至上主義の軍事強国を目指す「セカンドハンド(使い古し)」の道を選んでしまった。

しかし、それはけっしてロシアに限った現象ではない。今や、人間の健康や環境をないがしろにしてでも金儲(かねもう)けができればそれでいいという風潮が世界中にはびこっている。でも私は、金儲けのためなら何を売ってもいいというわけはないと思う。武器や原発を輸出したり、射幸心を煽(あお)るカジノを作ったりして金儲けをするのは倫理的に間違っているのではないか。「道徳」を重んじるのであれば、今さえよければ未来はどうなってもいいという利己的な考えを捨てなければなるまい。

アレクシエーヴィチは「新しい哲学」が必要だと言っていた。共産主義イデオロギーに後戻りするのでもなく、金儲けに走るのでもなく、宗教に救いを求めるのでもない新しい哲学。哲学とは言ってもさして難しいことを求めているのではない。彼女は著書『チェルノブイリの祈り』の中で書いている。「人間の命の意味、私たちが地上に存在することの意味」について知りたいのだと。そしてこの本の副題を「未来の物語」としたのだった。
チェルノブイリの祈り

私たちはみな未来に対して責任がある。

シリアや南スーダンなどでは紛争がやまないし、核兵器の削減もすすまない。各国の政策は保護主義が目立ち始めてきた。やはり自分や自国が一番かわいい、ということだろう。それは確かにそうかもしれないが、そうしたことを続けていれば、地球温暖化は進行し、多くの負債を将来世代に担わせることにもなる。

「哲学」を難しくとらえる必要はない(と思う)。自分や自国の行為が、未来や他の人(地域)にどういう影響をもつのか、ということをまずは考えることから始めればいいのではないか。まずは、広い視野をもって考えることが大事なんだと思う。

イギリスの物理学者スティーブン・ホーキング氏は、地球に残された時間はあと1000年、人類はそれまでに地球を離れ、他の惑星にコロニーを建設して移住しない限り、生き延びることはできない、と述べている(CNNより)。
「好奇心を持つこと。人生がどれだけ困難に見えても、自分にできること、成功できることは必ずある。大切なのはあきらめないことだ」とも。

新奨学金制度は大丈夫?

朝日新聞(12/21付け)の社説欄に『新奨学金制度 心もとない船出』という記事があった。
大学・短大や専門学校に進む学生を対象に、返す必要のない「給付型奨学金」の制度を、政府が再来年春の進学者から本格的に導入すると決めた。「貸与型」だけだった施策の大きな変更であり、意義深い。

だが規模があまりに小さい。将来をになう若い人材をどこまで励まし、支えることにつながるのか、心もとない。

制度では、給付の対象は1学年あたり約2万人となる。住民税が課税されない低所得世帯から進学する若者だけで、推計で毎年6万人いるのに、その3分の1しかカバーできない。

金額も月3万円、年36万円が軸だ。国立大の授業料は年約54万円で、私学はさらに高い。入学金も必要だ。私学に通う自宅外生は月4万円に増えるが、授業料の減免や無利子の奨学金など他の制度も組み合わせて、何とかやっていけるレベルの額でしかないと研究者はいう。

思いおこしたい。

選挙権が18歳に引き下げられたことし夏の参院選で、各党は給付型奨学金の導入を公約にかかげた。与党の自民、公明両党も例外ではない。そして秋の臨時国会で安倍首相は「若者への投資」を語り、「給付型の奨学金も来年度予算編成の中で実現いたします」と言明した。

その結果がこれである。

給付の範囲を段階的に広げ、全学年が対象になる21年度でも必要な予算は約200億円だ。もちろん小さな額ではないが、国の財政規模を考えると、若い世代がいかに冷遇されているかを物語る数字といえる。

運用面でも気がかりがある。

給付を受ける学生は各高校が推薦して決めるが、その際、政府は「高い学習成績」や「教科以外の学校活動の大変優れた成果」を求める考えだ。だが経済的に苦しい生徒ほど学習や活動にとり組む余裕がなく、成績がふるわないのが現実だ。学生の努力を促すためというが、本当に困っている若者の背中をどこまで押せるのか。

いま日本は、非正規労働の増加などによって中間層がやせ細り、学費の負担に耐えきれない家庭が増えている。進学自体をあきらめる。アルバイトに追われ学業がおろそかになる。卒業後も奨学金の返済が重荷となって、家庭をもてない。そんな現象がはびこり、国の根幹を揺るがしている。

奨学金は一部の貧しい家庭を助けるためのもの、という発想では、問題は解決しない。教育は未来へのバトンだ。次の世代にこの国をどう引き継ぐか。政治の責任は重く大きい。

下の図によれば、イギリスとドイツでは国立、州立の大学の数が多く、ほとんどの学生がそれに属している。イギリスでは大学の授業料は無償だったが、最近授業料をとるようになった(それでも日本に比べれば安いが)。大学数では圧倒的に私立が多いアメリカでも学生数になると比率が逆転し、多くの学生が州立などの大学に在籍していることがわかる。それに対して日本では私立の大学に多くの学生が在籍している。
o0367036913098935597
<出典:http://ameblo.jp/maenofumitaka/entry-11939454399.html

本学(私立)でも給付型奨学金制度はある。ただし、成績の条件などもあり、受給者はそれほど多くはない。多くの学生はアルバイトをしている。アルバイトがすべて学費のためかどうかわからないものの、アルバイト中心の生活となって、学業が疎かになったりする場合も見受けられる。

日本では教育に関わる多くの費用は各家庭で負担されてきている。これは大学に限らず、初等教育においても同じだ。親の年収によって教育を受ける機会などに違いが生まれるのは、おかしくないだろうか。機会は均等であるべきで、そこからどれだけ努力したかが、問われるべきだと思う。

どの大学に入学できたかではなく、大学で何をどれだけ身につけたか、が問われるようになるべきだろう。

Archives
Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

講義中・・・
著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
  • ライブドアブログ