タワマン建設は税金が支え?

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朝日新聞(9/18付け)に『タワマン建設 税金が支える』という記事があった。
再開発事業によって建てられる東京都内のタワーマンションを税金が支えている。都内46地区の再開発事業の資金計画を分析したところ、そんな傾向が浮かび上がった。22地区で総事業費の20%以上を税金でまかない、最大の上板橋駅南口駅前東地区(板橋区)では68%になる。

都が6月時点で事業中の46地区の再開発事業の資金計画について情報公開制度を使って入手し分析した。46地区のほとんどは、地権者が再開発事業組合を作り、超高層のタワマンを建てて新たに生み出される床(保留床)を開発業者に売って、建設工事や既存家屋の除却、住民補償、調査設計などの事業費をまかなう仕組みをとっている。

しかし、保留床の売却で事業費をまかなえる再開発事業は2地区で、他の44地区には事業費を補助する交付金などが投入されている。46地区を平均すると事業費全体の12%を税金に依存している。
(以下省略)

住宅密集地域などの再開発をするには、補助金などを導入しないと難しいということだろうか。補助金(税金)を投入するのであれば、それにみあった再開発となっていることを検証する必要があるだろう。補助金を使うのであれば、より高い耐震性をもたせることなども検討してもいいのではないか。

そもそも駅前の整備や木造密集地の解消、道路拡幅などが難しい理由はどこにあるのだろうか。

昔聞いた話だけど、外国で空港をつくろうとしたときに土地の所有者は3人しかおらず簡単に話がまとまって空港ができた、とか。わが国の成田空港などはずいぶんと長い時間がかかったと記憶している。土地は私有財産であるが、ある意味公的な資産とも言える。みんなの利益のために、土地の所有や利用のあり方を考え直さないといけないのではないだろうか。











高性能免震オイルダンパーの開発

建設通信新聞(9/9付け)に『高性能免震オイルダンパー開発』という記事があった。
日本原子力研究開発機構は、三菱FBRシステムズ、大林組、川金コアテックと、流通している建物免震用ダンパーの約2倍以上の許容速度をもつ世界一の高性能オイルダンパーを開発した。より速い揺れをもたらす地震でも対応でき、高性能免震オイルダンパーを組み込んだ免震システムの原子力建屋への適用で、耐震性が向上し設計の成立範囲が広がり、より安全な次世代原子力システムが構築でき、精密機器工場やデータセンターなど一般建築物への応用も期待できる。
(略)
オイルダンパーの許容速度を上げるには、高速度に対応して油量をコントロールする必要があり、安定した減衰力を持つ油圧回路を開発した。その有効性を検証するため、世界最大規模の加振性能を持つ試験機でオイルダンパーにかかる荷重とそれに伴う変位関係を計測した結果、最大毎秒2.7メートルの入力速度で安定した減衰性能が得られることを確認した。

日本原子力研究開発機構のプレスリリースには高性能免震オイルダンパーの写真(↓)が掲載されていた。
高性能オイルダンパー
しかし、荷重ー変形関係は示されていない。どれくらいの変形を与えて試験をしたのか気になるところだ。

免震層の変形が正弦波に近いと仮定すれば、最大変位と最大速度の関係は下図となる。この図では正弦波(免震層)の周期を2秒、4秒、6秒、8秒とし、非線形特性を示す免震部材などは考慮していない。
正弦波の速度と変位の関係
これによれば、免震周期が長くなれば最大速度も低下するものの、免震層の変形が大きくなれば速度は増える。免震建物の周期は変形性能をどう設定するかによって必要となる最大速度は変わる。もちろん地震動の特性によっては強制的に免震層が変形をうけることもあり注意が必要だろう。

いずれにしても、免震部材の高性能化が今後の免震建物の性能向上に寄与するのは間違いない。今後もこうした研究開発が広がることを期待したい。









老いる意味

老いる意味

森村誠一著『老いる意味 うつ、勇気、夢(中公新書クラレ)を読んだ。老人性うつ病を克服した88歳の著者による人生の過ごし方。
考え方を変えてみてはどうか。
いいことも悪いこともすべて過去の出来事として水に流す。それまでにあったことはリセットしてしまい、ゼロから始まると考えてもいい。続編やエピローグのつもりでいるのではなく「新章」にすればいいのである。

老いを加速させるかどうかは自分次第。
人や文化、場所との出会いは、いわば未知との遭遇である。出会いによって未来の可能性は無限に広がる。

人間はいくつになっても、新しいことを始められる。
常に未来を見つめていれば、若者と同じ志、若者に負けない志を持つことができる。そうであれば、精神的にも肉体的にも若さを保っていける。過去にばかり思いを馳せていれば干からびてしまう。そうならないようにするためにも常に可能性を求めていきたい。

自分で「終わり」を決めつけてしまわない限り、人は楽しく生きていける。

私も還暦を過ぎ、定年が頭をよぎる年齢となった。退職後をどう過ごすかについても考えて準備する時期になったように思う。本書では著者の経験などを踏まえた余生(誉れある生=誉生)の過ごし方が紹介されており、参考となるところもある。

「歳をとったら何もできなくなるのではなく、何でもできるのである。」

最後に本書で紹介されている「終点のない夢」という詩のはじめの部分を紹介したい。

夢というものは
果てしない。
終点のある夢は
夢ではない。










何が生死を分けたのか?

建築ジャーナル9月号

建築ジャーナル(9月号)に嘉田由紀子氏が『何が生死を分けたのか 命を守る「流域治水」と「多重防護」』と題して寄稿している。
今後の流域治水を確実に推進し、水害被害者をひとりでも少なくするには、ハザード要因としての河川流量・水位を低減する努力に加えて、溺死者の死亡要因を把握することが重要である。

2020年7月豪雨における球磨川流域での水死者は50名で、(略)50名が球磨川の洪水関連により亡くなったとして溺死者個別調査を行った。

個人別調査から、溺死者の暴露を増やす脆弱性要素としては、大きく4つの要素がかかわっていることがわかった。“鯑颪垢襪どうかの判断力、⊇斬雹情(平屋・二階建)、E人のリスク認知力と移動力、げ搬押Χ疥戮亮匆餞愀犬任△襦

住宅事情では平屋で縦方向の避難ができ一階で溺死した人は合計30名で、50名のうち、全体の6割にあたる。(略)建物は縦方向の垂直避難ができる可能性があったのに、二階家の一階で溺死した人が人吉市で5名あったが、いずれも「当人のリスク認知力と移動力」がかかわっていると思われる。二階にあがる移動力がなかったり、二階へあがる意思があっても二階への引き戸が開かずその前で亡くなっている人もいた。
(略)
今回の50名の溺死者発生の要因は、下流部では森林破壊から支流谷川の洪水で一気に上昇した本流の水位上昇が原因と言える。これを防ぐには、何よりも森林破壊を防ぎシカなどの害獣を防ぎながら森林部分での「ためる」保水が必要となる。

また中上流部の人吉地区では、本流の球磨川の氾濫の前に、山田川、万江川、小川や町中水路の洪水氾濫の影響が大きいこともわかった。森林保全や支流や町中水路の氾濫による溺死こそ、流域治水の必要性を証明するものである。

日経新聞(9/10付け)には『水害避け集団移転、後押し』という記事があった。このなかで、国土交通省は浸水被害の危険が高い地域を指定し、住民に安全な場所への集団移転を促すために、自治体の土地造成や住民による住宅ローン返済などの費用の一部を補助する方針だという。

「流域」をどのように定義するかにもよると思うが、森林を保全したり、流域の田畑などで水をためるなどの河川だけにしばられない対策が必要なのではないだろうか。









イグ・ノーベル賞の世界展

イグ・ノーベル賞の世界展

福岡市科学館「イグ・ノーベル賞の世界展」が開催されているので行ってきました。

イグ・ノーベル賞は1991年に創設された賞で、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られます。日本人の受賞も多く、今年の動力学賞では「歩きスマホが周りの歩行者の通行にも影響を及ぼす影響」(京都工芸繊維大学の村上久助教)が受賞されました。

今年の授賞式はオンラインで開催されたようだが、例年であればハーバード大学の講堂で大々的に開催されています。また受賞者には「24/7レクチャー」が求められ、研究の説明を24秒で行い、誰でもが理解できる明確な要約を7単語で行わないといけないことになっています。これはなかなか難しいことだと思います。

展示では、過去の受賞研究についてパネルで説明されています。
そのなかに、乾燥パスタを曲げて折ると、2つに折れない理由をさぐった研究がありました。パネルの前にはパスタが置いてあり、来場者は試すことができるようになっていたので、やってみました。しかし、もののみごとに2つに折れました・・・
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こんな研究が何の役にたつのかとはいわずに、研究の楽しさを味わうことも大事なのだと思います。









「コロナ共生」、英国と日本の実験

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週刊東洋経済(9/4号)の「経済を見る眼」欄に英オックスフォード大学の苅谷剛彦教授が『「コロナ共生」、英国と日本の実験』と題して寄稿している。
7月19日に英イングランドで新型コロナウイルスに関する規制が大幅に緩和され、社会はコロナとの共生の段階へ移行した。その後、英国を構成するほかの地方政府も追随した。だが、デルタ株による感染拡大は続き、一時は感染者数が6万人を超え、8月下旬の現在でも2万〜3万人の感染者が毎日出ている。人口は日本のほぼ半分であるため、感染レベルは日本のそれよりはるかに高い。

にもかかわらず、政府の方針は揺るぎない。重症患者数も死者数も、法的強制措置を伴うロックダウン(都市封鎖)の頃に比べれば非常に少ないからだ。現状では医療の逼迫にも直面していない。

もちろん、この政策転換を支えているのは、ワクチン接種の成功だ。先進国の中でもいち早く高齢者へのワクチン接種を終え、さらに18歳以上の成人に対する接種も8割(国民全体の6割)に達している。しかも、変異株に対してもワクチンが重症化を防ぐ効果を持つことが、最新の大規模な調査によって明らかにされた。科学的根拠を積極的に集め、公表することも国民の支持に一役買っている。

この方針が国民に示されたときのジョンソン英首相の言葉が頭に残っている。法的強制力を持った規制は撤廃するが、感染状況は楽観視できない。それ故、各人の安全は今後、自分自身で守らなければならないといった主旨を述べたのである。

私の印象では、これは国民に行動の自粛を求めながら感染拡大を防ごうとしてきたこれまでの日本政府の方針と同じ状態になったというように聞こえた。規制が敷かれていたときには、それに見合う経済的補填を英国政府は手厚く提供した。規制を取り払えば、それも休止する。その点まで含めると、日本とほぼ同じ状態になるということだ。この両国の比較は、まるで大規模な社会実験のようだ。

英国が日本と異なるのは、規制撤廃後も、大規模な検査とその結果に基づく隔離の方針は変えていないことだ。今日でも1日当たり70万〜80万件の検査をする。政府への異論反論はもちろんある。

それでも国民の多数がこうした大転換を受け入れているのは、ワクチン接種の成功、その効果の科学的検証、そして大規模検査やそのデータ公表に、国民が一定の信頼を置いているからだろう。

もちろん、用心深い人々は今でも不要な外出を控え、マスクを着用する。それでも飲食店やパブはコロナ前と同じように開いている。大規模イベントも同様だ。「ここから先は各自の責任で」ということを受け入れているからだろう。首相のメッセージにあったように政府が自らの役割を明瞭にしたことの結果といえる。政府の強い意志が国民の行動を促し、経済の回復にも顕著に表れているのだろう。

厳しいロックダウンを長く経験した後に「自己規制」に入った英国と、緩急のないままに「自粛」に依存し続ける日本。はたして今秋以降、ワクチン接種の効果が社会的に発現した後の日本ではどんな状況が訪れるのか。政府の責任と個人の責任の取り方、理解の仕方の違いが、英国とは異なる状況を生み出すのだろうか。

イギリスの人口は日本の半分程度である。日本でのPCR検査数は厚生労働省によれば10万〜15万件ほどである。日本の人口に対するPCR検査数はイギリスの10分の1程度でしかない。欧米ではPCR検査や抗原検査を街角で受けることができるところもあるという。なぜ日本は、もっと大規模にPCR検査を実施しないのだろうか? 法制度や規制の問題があれば、それを変えていくのが政治の責任ではないのだろうか。

PCR検査も完璧ではないことは知っている(偽陽性や偽陰性がある)。しかし、PCR検査を大規模に実施して陽性者を隔離することで感染を抑制できるのではないか。首都圏などの緊急事態宣言が延長された。

最近では、急激に感染者数が減少している。この要因は何なのだろうか。みんなが自粛したから? ワクチン接種が進んだから? しかし、これでコロナ禍が終わるとは思えない。年末にむけて次の波がやってきたら、また緊急事態宣言だろうか。医療体制を整える準備を早急にすべきだろう。









コロナ後もオフィスは必要か?

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週刊東洋経済(9/11号)に『コロナ後もオフィスは必要か? リモート化で見えた新しい解』と題した記事があった。
2013年にヤフーが在宅勤務を禁止にしたとき、その理由は米国企業でよく挙げられるものだった。コラボレーションやイノベーションが生まれるためには、オフィスにいることが不可欠だと。
(略)
しかし、この問題を研究している人々によれば、オフィスで働くことが創造性や共同作業に不可欠であるという証拠はない。しかも、イノベーションを妨げている可能性さえあるという。なぜなら、米国で働く多くの人が、決められた時間と場所で働かなければならない環境を居心地悪く思っているからだ。

不動産メーケットプレースであるジローの最高人事責任者、ダン・スポールディングはこう話す。「対面でしか協調できないという考えは偏見だ。インサイダーグループに入っていなかったから、意見に耳を傾けてもらえなかったから、権力のある人たちが集まる場所にいかなかったから、との理由で、どれほどのクリエーティビティとイノベーションがオフィスから追い出されているだろうか」。
(略)
「人間はつながって協力したいのだと思う。だが1週間に5日、そうする必要があるだろうか? あるいは3ヵ月に1度だったらそうすることができるだろうか」。

先日の日本建築学会の全国大会での研究協議会『建築学会SDGs宣言とアクション』のなかで、日建設計の中村晃子氏が日建設計の事例を紹介していた。
日建設計は、1989年(平成元年)に初めて新卒女性技術者を2名採用した。2005年以降、採用が本格化し、現在では、技術系女性社員は395人(約20%)となっている。
(略)
「働き甲斐のある忙しさ」実現のための時間デザインや子育て・介護など多岐にわたるライフイベントにフレキシブルに対応すべく進められてきた働き方改革は、コロナウイルス感染拡大の影響によりリモートワークが急速に進み、加速している。

事務所の完全フリーアドレス化、全職員モバイルPCにより会社PCへアクセスが整備され、更なるデジタルワークプレイスの構築も進捗している。フルフレックス制(コアタイム廃止、フレキシブルタイム5:00〜22:00)の導入により働く時間を自ら決めプライベートとの調和を図りながら効率的・健康的に仕事をすることが可能になるなど、場所や時間にとらわれないグラデーショナルな働き方を実現しつつある。

オフィスや工場などに行かないと仕事ができない人たちもいると思うが、できるだけフレキシブルに仕事ができるようになることはいいことだと思う。そのためにはいろいろと変えていかないといけないことが多いとも想像される。しかし、これからの働き方は変えていく必要があると思う。特に人口が減少している日本では。

大学の教育も実験や実習など対面でないとできないことを除いて、オンラインなどの活用も考えていく必要があると思う。ただ、いままでの仕組みが対面授業を前提としているので難しい面もある。オンラインと対面授業の良いところをミックスさせていくことが求められているのではないだろうか。









星落ちて、なお

星落ちてなお

澤田瞳子著『星落ちて、なお』(文藝春秋)を読んだ。

こういった小説を読むのは久しぶりだった。本書は、絵師・河鍋暁斎の娘「とよ」の物語となっている。父亡き後、とよがどのように生きていったかに焦点があてられている。河鍋暁斎は画鬼とも呼ばれ、さまざまな絵を描いた。それに追いつこうとしても追いつけない娘の葛藤、明治から大正へと時代が移り、絵の評価も変わっていった。全体的に暗いイメージなのだが、終盤になって光が見えたようになり、読むペースも速くなった。

家族とは何か、師弟とはなにかについて考えさせられる。時代は変われば、変わるものもあれば、変わらないものもある。その両方があって、芸術や技術は発展するのだろう。家族のあり方もいろいろあるので、固定観念に縛られてはいけない。

偉大な師をもった弟子の苦しみ、師のあとを継いでも師を越えられない葛藤など、考えさせられた。本書の最後の方で、人はなんのために生まれてくるのかといえば、「喜ぶため」とある。生まれてきたこの世を楽しみ、日々を喜んで生きた方が、納得できる、と。

それぞれが、精いっぱい生きていくしかないのだろう・・・









ワールドトレードセンタービル

2001年、同時多発テロ攻撃によってワールドトレードセンタービル(WTC)が崩壊した。

当時、飛行機が衝突してビルが崩壊する映像は、東京のホテルで見た記憶がある。テレビの映像が何なのかすぐには把握できなかった。下の写真は初めてアメリカで学会発表したときにニューヨークまで足を伸ばしてWTCを訪問したときに撮影。柱が下層部で集約されて、デザインも美しかった。

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それから20年が経過し、WTC周辺の跡地には追悼施設や新しい高層ビルが建設された(まだ行ったことはない)。一方で、アフガニスタンはアメリカ軍が撤退し、タリバンが政権を握った。新しい政権で平和な国づくりができることを期待したいが・・・

下の写真は2004年に甥っ子らと叔母に会うためにニューヨークに行ったときのもの。自由の女神を見学したときに撮影したと記憶している(ちょっと加工してます)。甥っ子達は慣れない海外でちょっと疲れていたような・・・
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いまはコロナで海外に行くことはできないが、自由に旅行ができるように早くなって欲しいものです。










房総沖で巨大地震?

日経新聞(9/3付け)に『房総沖で巨大地震?』という記事があった。

そのなかで、1000年ほど昔の平安〜鎌倉時代に、房総半島沖でマグニチュード8.5程度とみられる未知の巨大地震が起き、千葉県・九十九里浜地域が大津波に襲われた可能性を示す痕跡を確認したという報告が、産業技術総合研究所などのチームによって英科学誌ネイチャージオサイエンス(電子版)で発表された。下は論文に掲載されている図。

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日本周辺のプレート境界では地震が発生しない領域はない、ということか。

どこでどんな地震が起きるかはわからない。地震のリスクを把握することは大切だけど、建物や都市の被害を小さくするための対策をしていくことが不可欠なのだろう。









カリフォルニア・ダウン

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「カリフォルニア・ダウン」(2015年)という映画を観る機会があった。

この映画では、カリフォルニアにあるサンアンドレアス断層で大地震が発生し、サンフランシスコなどの都市が大きな被害を受けることを描いている(映画では屈強な父親が娘を救助する話が中心だが)。

映画のなかで、この地震の揺れはニューヨークでも感じると地震学者が解説したり、津波が襲ってくるとか、断層で地表に大きな地割れができるといった誤った情報が紹介されている。映画を観ながら、それは違うでしょ!とつぶやいていた。

サンフランシスコの高層ビルが大きな被害をうけて倒壊するようなシーンも出てくる。設計地震動を大きく超える地震動が発生すればそれに近い状況になるのかもしれないが、これも誤った情報を伝えることになっていないだろうか。

サンアンドレアス断層があって地震の危険性が高いということを知ってもらうにはいいかもしれないが・・・

そういえば、ずいぶん前の日本映画に「日本沈没」というのがあった。確か僕が中学生のときに見た記憶がある。その当時は何も知識がなく、そんなこともあり得るのかな、と思いながら見た記憶がある。

しかし、約1500万年後には太平洋にあるシャッキー海台が日本に近づいて、日本崩壊の可能性があるそうだけど(「日本列島の未来」参照)。









日本建築学会の全国大会はじまる

2021年度の建築学会全国大会がはじまった。

会場は名古屋工業大学となってはいるが、今年はコロナ禍のためオンラインでの開催となった。発表者は事前に発表動画(5分)をアップしておいて、大会では短いプレゼン(1分)の後に質疑応答をする形式となっている。対面でないため質疑応答もなかなか難しい。参加者の顔ぶれも、学会発表の臨場感も得にくい・・・

学生も対面での発表と質疑応答の方が緊張感があっていいと思う。下は2018年度の東北大学で開催された全国大会に参加したときのもの。
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来年度は、北海道大学での開催予定となっている。
来年こそは対面での大会開催を願っている。








建築学の広がり

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『建築学の広がり 12分野からみる多彩な世界』を読んだ。

本書は工学院大学建築学部10周年を記念して、建築の12分野について、各分野をできるだけ平易に表現している。初学者にとっては、自分の興味がどこにあるのか、どのような分野に進んだらいいかを考えるうえで参考になるでしょう、と。

本書の巻頭に、藤森照信氏が建築を学ぶ君へ 相撲を取るように見る』と題して寄稿している。
人の視覚的世界は(食べ物が人間の体をつくっているように)見たものによってできている。野や山にせよ絵画にせよ、何かを見るとその印象が無意識のうちに網膜を通して脳内に一つの成分として定着される。

建築を学び始めたばかりの皆さんは、すでに大人だから自分なりの視覚が成立しているが、しかし、自分の視覚の特徴についてはわかっていないはずだ。こと建築相手だとなおさらわかっていない。建築と本気で取り組んだことなどないないはずだから当然のこと。

で、どうすればすでに成立しているはずの自分の視覚の特徴を明らかにすることができるのか。
方法は簡単で、
「相撲を取るように見る」
建築家が勝つか、見る者が勝つか。

遠くから建物が見えると、すでに勝負は始まっている。はやる気持ちを落ち着け、ゆっくり背筋を伸ばして近づき、敷地に入ったらそこはもう土俵の上。絶対に写真を撮ったりしてはいけない。写真を撮ると、印象は写真が記録し、その分、自分の脳への定着が薄まるからだ。まず、ゆっくり、しっかり、正面から見渡し、次に右や左に移動して見る。そのとき、自分の視覚が ”いい” とか ”悪い” とか語り始めるが、その急な語りに付き合わない方がいい。語るにまかせて放っておく。

見終わったらどうするか。カメラを構える前に、スケッチブックを取り出し、大体の姿を描くが、そのとき、画家がするようにサッサッと巧みな筆を走らせ、美しい絵として仕上げることは絶対にしてはならない。われわれは画家でなく建築を志す者。

建築を志す者は、美しくなくとも下手でもいいから、その建築のポイントとなる個所を正確に描き留める。いい建築と思ったら ”どこがいいか” を、悪いと思ったら ”どこが悪いか” を図で示す。
(以下省略)

ぜひ本学の新入生にも推奨したい。










指先の命綱

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朝日新聞(8/28付け)の「天声人語」に『指先の命綱』という記事があった。
一見、大きめの洗濯バサミのよう。人さし指の先端を挟むとすぐ血中酸素飽和度が表示される。「パルスオキシメーター」と呼ばれる機器が、コロナ禍で脚光を浴びている。原理を考えたのは日本の技術者だと最近知った。

青柳卓雄さん。新潟に生まれ、発明家になる夢を抱き、大学で工学を修める。島津製作所をへて1971年に日本光電工業に入社。「ユニークなものを開発せよ」と上司に言われた。

麻酔科医との会話がきっかけで、動脈血の酸素濃度を簡単に測れる装置の開発に打ち込む。当時は採血しなければ酸素レベルが読めず、患者の顔色で判断していた。青柳さんは拍動を利用し、動脈血だけの信号を取り出すことに成功。連続測定を可能にした。

大発見だったが、すぐに光が当たったわけではない。米国で麻酔中の酸欠事故が問題化した80年代、有用性が理解され、企業が相次ぎ製品化する。各国に広まり、多くの命を救った。

晩年まで改良に尽くし、昨年4月に84歳で死去。米紙(例えば、NewYorkTimesWahingtonPost)は長文の訃報を載せた。日本光電の小林直樹・特別研究員(62)は「論文を書くより、役に立つものを作りたいという根っからの技術屋でした」。その死を悼んだ米イエール大の名誉教授は、青柳氏を2013年のノーベル医学生理学賞の候補に推薦したとの秘話を明かした。

全国で10万人超が自宅療養という名の「自助」を強いられる時代。パルスオキシメーターは私たちの命綱となった。日本国内でももっと再評価されるべき発明だろう。

毎朝、体温とパルスオキシメーターで酸素濃度を測定している。指先にはめた小さな機械で酸素濃度が測定できるのは不思議だった。この記事でその発明者が日本人だということを知った。発明者のことをもっと日本でも知ってもらえるといいと思う。









安直な盛り土工事

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建設通信新聞(7/13付け)の「建設論評」欄に『安直な盛り土工事』という記事があった。
「寝耳に水」という表現がある。
寝ている耳元まで水が押し寄せてきて不意打ちを食らったという意味である。

その昔、気象観測の技術が未熟だったころ、正確な天気予報は不可能だった。だから、伊勢湾台風や洞爺丸台風のような空前絶後の巨大台風の襲来すら、寝耳に水の不意打ちを食らった。その結果、気象台や測候所は予想を誤り、連絡船の船長は判断を誤って、甚大な被害を招いたのである。

それを顧みて富士山頂に気象レーダーが設置され、やがて気象衛星が登場する。いまでは襲来する台風や豪雨の強さ、地域、時刻などを精緻に予報することが可能となって、信頼度の高い気象情報が全国各地に送り届けられるようになった。これを受けて人々は、襲来する台風や豪雨を冷静に待ち受けていればいいということになる。正常なインフラ整備が前提にあればの話だが。

だが、冷静に待ち受けるわけにはいかなかった。まさに寝耳に水の災害が起きたからである。予期せぬ土石流が住宅地を襲った。盛り土が崩壊して土石流となって沢を流れ下り、削り取った住宅地を海に押し流したという。ということは、災害が起きた地域では、インフラが正しく整備されていなかった。つまり、天災ではなくて人災だったということになるのである。

その盛り土工事は、手続きも施工上の基準もことごとく違反していたそうだ。所管の官庁は数度にわたって改善改良の指導をしていたが、業者は聞き入れなかったという。行政指導が無視されたらそれまでということは、法令上に抜け道などの不備があることを意味する。業者は、自分には責任がないとして法的な対応を弁護士に依頼したが、その依頼を弁護士は拒否したと報じている。これはれっきとした犯罪なのだ。

建設工事の特に建築工事に言及すると、建築士が工学的知識を担保し法令上の強い権限を備えているのだが、時に建築士の網から漏れることがある。その1つが基礎地盤の問題である。地盤工学会に所属する技術者や研究者の数が、土木に比べて建築は非常に少ない。つまり、建築関係者の土質や地質に対する関心が乏しい。この自覚と啓もうが必要になる。

現状では当然、宅地造成などの盛り土の品質に向ける注意は低くなる。液状化が頻発する原因もそこにある。その結果、管理不行き届きの盛り土工事の頻発につながるわけである。撒き出し厚さ、転圧方法、締め固め試験などの仕様基準などの規定が現場で無視か軽視されている。それをとがめる者もいない。

そもそも、盛り土工事の現場を責任をもって監視監督するべき管理責任者が、その責任を果たしていないのが実情なのである。その結果、盛り土に品質上の瑕疵や不備があっても、責任の追及はないがしろにされていまう。

この体質を改めるには、まず現場の管理責任体制づくりと管理監督の徹底である。そして、瑕疵や不備の手直しを法的権限をもって命令できるようにする。その命令に服さぬ者、違反した者を厳罰に処することにつきるのである。

事なかれで済ましている限り、安直な盛り土工事は横行する。反省すべきは管理し監督する側にあるのだ。

盛土に使われる土砂には「建設残土」も多いのではないか。建設残土の処分をどうするのか、不法な埋め立てなどをされないような法制度も必要ではないだろうか。国交省は平成29年に「建設発生土の取扱いに関わる実務担当者のための参考資料」という資料はまとめているが。

大学に入ると、建築物は人を守るシェルターであると教わる。しかし、地震・台風以外にも、水害や土砂災害、津波による建物の被害は増えている(と思う)。こうした災害に対しても安全を確保できる建築物・住宅をつくることは可能なのだろうか。

水害や土砂災害に遭わないためには浸水や土砂災害が予想される地域に建物をつくらないことが基本だろう。しかし、現実にはそうした災害危険地域でも宅地が開発されたり、現に住んでいる人たちもいる。建築の設計では、水害・土砂災害・津波に対する設計はされていない。どこまで建築の設計で対応できるだろうか。そもそも外力(荷重)を設定できるだろうか。さまざまな災害に耐えることができる住宅は、要塞のようなものになってしまうのではないだろうか。

被害を無くすことはできないとしても、被害を最低限にし、人命を守るために何が必要かを考える必要があろう。もちろん建築にかかわる専門家だけでなく、そこに住んでいる人たちが地域の危険度を把握することも必要だろう。

今日は、「防災の日」
1923年に関東地震が発生してから98年が経過する。













政治とオリンピックの堕落

科学8月号

科学(8月号)の巻頭エッセイで東京女子大学名誉教授の広瀬弘忠氏が『政治とオリンピックの堕落―人の命よりも形骸化したオリンピックを優先するのか』と題して寄稿している。
新型コロナウイルス感染症による死者数は、2011年の東日本大震災による死者・行方不明者数に迫り、今なお、増え続けている。日本は、新型コロナパンデミックの渦中にある。この新興感染症は、世界を燎原の火のように焼き、手をゆるめれば、火がいたるところで燃え上がる。さらに、新たな変異株は、ワクチンの効果を限定的にする恐れがあり、新型コロナ感染症を、完全にコントロール下に置いたと言える国は、未だほとんどない。世界中がカオスの中にある。

そのような時に、なぜ、火に油を注ぐように東京オリンピックを開催するのだろうか。オリンピックの開催は、変異株の流入を許し、コロナ感染の新たな波を世界中に広げる巨大な攪拌・拡散装置となるだろう。数多のコロナ死を受容してまで、「コロナに打ち勝った証として」のオリンピックの開催を強行すれば、歴史的愚行として銘記されることになるだろう。「打ち勝つ」どころか、日本の没落を決定づける契機になるのではないだろうか。そうした恐れを禁じえない。

人々の営為がウイルスとの接点を作り出した。新興・再興感染症のパンデミックは、人類と未知なる病原体との遭遇の結果である。感染症対策に戦いの隠喩を用いるのは適切とは言えない。人類は、コロナウイルスと戦争をしているのではない。不幸にしてこの感染症で亡くなった人々は、戦死者ではない。

「打ち勝った証」の発信者は、多くの死者が出ている日本の現状を、自らにとって責任のない、余所事と捉えているのである。そこで敢えて問いたい。コロナに「打ち勝つ」とは、どのような状態を達成することなのか、と。また、「証」を得るために払わなければならない犠牲について考えたことがあるのか、と。

叡智と行動力を結集して、我々が出会うことになった病原体の正体を知り、感染を防御し、重症化や死亡を防ぐ手立てを見出すことが重要である。根拠なき楽観は禁物である。見せかけの勝利宣言を得ようとして、感染拡大を看過すれば、それは、大量殺人行為に等しい、と非難される覚悟が必要だろう。

報道によれば、専門家の分科会の会長と有志は、政府に提言を行ったが、首相がG7サミットでオリンピック・パラリンピックの開催を表明したという理由で、提言の中では、開催の是非についての議論は削ぎ落とされたという(6月19日毎日新聞朝刊)。しかし、ことの本質は開催の是非にあり、開催を前提とした観客の有無ではない。専門家がここまで政権に忖度しなければ提言も出せないというのは、科学者としての独立性と尊厳を傷つけることにならないのか。日本には、トランプ大統領に対抗して異を唱えたファウチ博士がいない。

ニュージーランド政府のコロナ対策顧問は、パンデミック下でのオリンピック開催はばかげており、人命を犠牲にするおそれがあるため正当性がない、と指摘している(5月26日公開のロイターのビデオニュース)。「安全・安心」なオリンピックの実施というマントラは、ただ空虚に響くのみである。

利権・金権にまみれたこの大会を開催するため、多くの国民の生命を危険にさらすとき、安全・安心に責任を持つと大見得を切った政府首脳に、一体どんな責任がとれるというのか。生命よりも営利や権力の維持を優先させるような政府は、民主主義社会には不要である。何にもまして、政治の刷新が、現下の課題解決には不可欠だ、と言わざるをえない。

いまパラリンピックが開催されており、アスリートたちの戦いが繰り広げられている。しかし、なぜ「パラ」とついているのか。読売新聞(8/25付け)で次のように説明している。
第1回パラリンピックは1960年のローマ大会だが、実はパラリンピックという名称は使われていない。当時の大会名は「国際ストーク・マンデビル大会」。パラリンピックの名称は4年後、東京で第2回大会が開かれた際に愛称として使われた。

当時は、出場資格を脊髄損傷の車いす選手に限定していたことから、「下半身まひ」を意味する英語のパラプレジア(Paraplegia)とオリンピック(Olympic)を合わせて作られた。ただ、当時は愛称で、正式な大会名となったのは88年のソウル大会からだ。

パラの出場資格は、「まひ」だけでなく、視覚、知的などの障害を持つ選手に広がっていった。このためパラリンピックの名称も「平行の」を意味する「パラ」と「オリンピック」が合わさった「もう一つのオリンピック」と解釈されるようになった。
いまとなっては無事にパラリンピックが終わることを祈りたい。

日本でのコロナ禍を一刻も早く終息させることができるよう政府には先手先手で対応をお願いしたい。病床の確保やワクチン接種などをもっと進めてもらいたいところだ。それと、今回のコロナ禍が終息したら将来の感染症に備えた体制づくりも忘れないでほしい。人類が誕生してから今日までに亡くなった人の半分は感染症が原因なのだから・・・













リニア新幹線と南海トラフ巨大地震

リニア新幹線と南海トラフ地震

石橋克彦著『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』(集英社新書)を読んだ。

「地震危険性を検討しなかったリニア計画」(第2章)で、中央新幹線小委員会では、リニア中央新幹線の地震安全性についての審議はまったくなされていないという。この委員会に地震関係の専門家はいなかった。JR東海は、超電導リニアは地震に強いシステムだと主張している。車両はU字型ガイドウェイの内側を10cm浮上して走行し、車両を常にガイドウェイの中心に保持する電磁力が働いているから、地震時に脱線することはない、という。

「活断層が動けばリニアは壊滅する」(第3章)で、トンネルが全長の86%にもなるリニア新幹線は、いくつもの顕著な活断層をトンネルで横切っていると指摘。トンネル内でズレ破壊が起きると、逆断層では大きな段差が生じると指摘している。「南海トラフ巨大地震から復旧できるか」(第4章)では、広域的に強い揺れに見舞われ、赤石山地周辺では隆起や沈降が起きる可能性も指摘されている。さらにトンネル内でリニア新幹線が停車した場合、乗客は安全に脱出できるのかとも。

「地球温暖化防止に逆行するリニア新幹線」(第5章)では、リニア新幹線の消費電力などが紹介されている。それによると、在来型新幹線(700系ないしN700系の16両編成)が時速300キロで走る場合は1.1万kW、リニア新幹線(山梨実験線のMLX系ないしL0系車両を16両編成に想定)は4.9万kWとなった。多くの仮定での推計と前置きしながらも、リニアの消費電力は在来型の約4.5倍。この消費電力を用いた場合、リニアの1座席あたり(東京−大阪間)のCO2排出量は25.1kg-CO2になり、航空機の半分、在来型新幹線の約6倍となり、環境性能は悪い。

第6章以降では、ポストコロナの日本のあり方、超広域複合大震災にどう備えるかについて著者の見解が示されている。

日本を地震に強い社会に変革するために、第一次産業の復権と分散型国土の創出、成長信仰からの脱却と国際分業・自由貿易至上主義の是正、過度の観光立国の見直しなどを訴えている。さらに東京一極集中を緩和し社会機能と人口を分散させることが必要という。経済成長という観念に呪縛され、自然災害に弱い暮らしを拡大させてきた。有限の地球上で無限の経済成長はありえないので、その呪縛を解き成長の論理である「大規模・集中・効率・高速」といった価値観と訣別すべきであろう、と述べている。

本書では、リニア新幹線の地震に対する懸念、そしてポストコロナ時代に目指すべき社会のあり方について著者の考えが紹介されている。南海トラフ巨大地震が近い将来発生するのは間違いないし、それが日本社会に与える影響はとても大きいだろう。社会は簡単に変えることはできないが、本書は一人ひとりが日本のあり方を考える視点を与えてくれるだろう。









物流頂上決戦

週刊東洋経済0828

週刊東洋経済(8/28号)の特集は『物流頂上決戦』

主な論点として、アマゾンの物流の変化による影響が取り上げられている。コロナ禍の巣ごもり需要で、宅配の荷物は増加している。アマゾンは、ヤマト運輸の依存を減らして、独自の物流を増やしている。記事ではアマゾンの下請けドライバーの苦境にも触れられている。
いくら荷物が増えてもドライバーの報酬は据え置きのままだ。デリバリープロバイダの下請けドライバーはほぼ日当制。そのため1日にどれだけ多くの荷物を多くは運ぼうと、報酬は1万5000円のままだ。

配達した荷物数で報酬を割ると、今年5月以降は荷物1個を100円にも満たない単価で配達させられていたことになる。配達エリアなどで変わるが、宅配大手の下請けドライバーだと単価の相場は100〜170円程度だ。

アマゾンは、アマゾンと直接個人ドライバーが業務委託契約を結ぶ「アマゾンフレックス」という制度を始めた。アマゾンフレックスだと中間搾取がないので、報酬は4割高くなったという声もあるようだ。しかし、ドライバーは個人事業主であり、労働基準法が定める残業規制の対象外。配送というサービスを支えるドライバーへの配慮も必要ではないだろうか。

加えて、ウーバーイーツの配達員の過酷さについての記事もあった。ウーバーイーツをはじめ、テイクアウトのデリバリーがたくさん参入している。記事ではウーバーイーツの報酬体系が変わって、1件あたり300円という破格値で配達させらているケースも増えているという。報酬が減ったことで配達員はより多くの案件をこなす必要に迫られており、事故などのリスクも高まる。

僕はウーバーイーツなどのデリバリーの利用はしたことがない。一つの理由は商品を入れたバッグが左右に大きく揺れるのを見ると中身は大丈夫?と思うし、できればお店の人ととのつながりを持ちたいと思っているので。

配達品を守るために、ソバ屋の出前などで使わている荷台につける出前機などを使えないものだろうか。揺れてもこぼれたりしないものだけを運ぶから必要ないって・・・












コロナ禍における水栓のいろいろ

先日テレビで水栓金具を取り扱うカクダイという会社が紹介されていた。大手企業と異なり独自の商品開発などを行っており、ユニークな会社だと思った。

下の製品も水栓で、「Da Reya」シリーズとして製品化されている。とても遊び心にあふれている。ちなみに水は、左の水栓は寿司ネタを、右は三角形のコンニャクを回すことで出るようになっている。
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その番組のなかで「衛生水栓」も取り上げられていた。むかしわが家のトイレの出口にあった水栓は衛生水栓で、水を出すハンドル部が下についていて、水が出てくるとハンドルにも水がかかるという構造だった。

昨今コロナ禍で頻繁に手を洗っている。通常の水栓だとハンドルが上にあるので、多くの人が触るハンドルを回さないといけない。自動水栓になればいいけど、大学や研究室の水栓は昔ながらのもの。衛生水栓ならハンドル部も水が流れ、感染防止という観点からも有効ではないか、と思った。

コロナ禍で家にいる時間が増えた人も多いだろう。トイレなどにもこうした水栓があると心が和むかも・・・

この会社の水栓を見ていると、水栓にもまだまだ変化、発展があるのだと感じた。









家は生態系

家は生態系

ロブ・ダン著『家は生態系−あなたは20種種の生き物と暮らしている−』(白揚社)を読んだ。著者のロブ・ダンはノースカロライナ州立大の教授であり、彼を含めた複数の研究グループが家の中にいる生物種を調べた結果や人類の健康と住んでいる環境との関係などが紹介されている。

20万種と聞いて驚いた方もいるのではないか(そのうちの4分の3が、ホコリ、人体、水、食品、および腸内で見つかった細菌)。しかし、それら多くの生物種は人間の役にたっており、場合によっては人間にとって不可欠な存在であるという。それらは、人間の免疫系が正常に機能するのを助けてくれたり、病原体や害虫の発生を抑えたり、さらには新しい酵素や薬剤の供給源になりそうなものもいる。さらに、新しいタイプのビールやパンの発酵に役立つものもいる。

例えば、家の中からは、ペニシリウム属(アオカビ属)の真菌が数十種見つかる。その中の一種から世界で初めて抗生物質が発見され、多くの命を救っている。

発酵食品(ビール、ワイン、チーズ、ヨーグルト、キムチ、納豆など)は、健康に良いとして取り入れている人も多いと思うが、それらは病原体を撃退する効果もある。

細菌はみんな病原菌であると思いがちで、すぐに殺菌しなくてはと思うかもしれないが、世界中に生息する全細菌種のうち、きまって病気を引き起こすものは50種にも満たないという。著者は、さまざまな生物種に触れることができる生物多様性を保つことがとても大事だという。

本書では、ゴキブリやカビについても言及されている。ゴキブリを退治する殺虫剤などのテレビコマーシャルは多い。しかし、ゴキブリもそうした殺虫剤成分に耐性をもつように進化している。また抗生物質を多く使っていると、それが効かない細菌も生み出している。

家の中から細菌などの目に見えない生物種を一掃することはできないし、もしそうしたとしたら我々は無防備な状態となる。最近の住宅は窓も小さく冷暖房で年中一定の環境を保つようになってきている。といっても、住人やペットが外から多様な生物種を持ち込んでしまうことになるが。我々が生活する環境で生物多様性を保ち、我々の健康も生活も豊かにすることが大事なことだと思う。

虫などが嫌いな人は読みたくないだろけど、人間と家にいる生物種との関係などを知りたい人は是非一読を勧めたい。










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「アイソレータ・マン」。頭部は積層ゴムで、胸にはダンパーのマークでエネルギー充填
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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