
UnsplashのNichika Sakuraiが撮影した写真のNichika Sakuraiが撮影したイラスト素材
建設通信新聞(9/24付け)の「建設論評」欄に『褒美のカップ酒』という記事があった。
「頑張ったな、兄ちゃん」、うれしさでジワリと涙が浮かんだ。
初仕事はオフィスビルの設計だった。教科書を1冊購入し、読みあさった。なけなしの給料から懐を痛めて買ったものだ。今でこそ「積読」が多いものの、当時は「即読、熟読、通読」だった。理解するまで何度も読み返した。色あせた愛読書は、今でも書斎の本棚から見守ってくれている。
簡単にいくはずもなかった。教科書と信じたものは。原理原則、一般論にすぎず、実戦では何の役にも立たない。学生時代に学んだことは何だったのだろうと落ち込んだ。上司からは毎日のように駄目出しされる。決まって言われた言葉は「何が悪いのかは自分で考えろ」。
考えれば考えるほど悩みは深くなった。ある日、恥を忍んで聞いた。「やり方を教えてください」。返された言葉は「現場に行ってこい。行ってわかるまで帰ってくるな。その道の第一人者から学んでこい」だった。現場とは稼働中のビルのことだった。自発的な業務時間外の実地勉強が始まった。
ビルに休みはない。早朝から深夜まで一瞬たりともだ。多くに人に守られていることを知った。地味な仕事「清掃」から、実地は始まった。聞けばみな口をそろえて「あの人を置いて他にはいない」と名前の挙がったその人の門をたたいた。清掃一筋50年、仕事に対する厳しさは並外れていた。声をかけることすらためらったが、恐る恐る話しかけた。
「清掃のイロハのイを教えてください」。ちらっと振り向き、即座に言われた。「やめときな。おしえることなんかないよ」。取り付く島がなかった。しかし思い切って言った次の一言が筆者の人生を変えることになる。「教えなくて結構です。同じことをやらせてください」。しばしの沈黙、こう言われた。
「何でやりたいんだ」。実は話したことは覚えていない。必死さが伝わったのだろう「分かった。毎日夜6時半、作業着に着替えてここで待ってろ。何をやるかはその日に俺が考える」。言ってしまったものの、大丈夫だろうかと不安になった。
業務時間外の毎日は気付きと発見の連続だった。実地ゆえメモは取れない。作業が終わってから、その日の気づきを近くの喫茶店に入ってノートにびっしり書き込んだ。いつしかそれは生きた教科書となっていた。体で覚えた知識は一生ものとなった。
今日は何が体験できるのだろうと、毎日が楽しくなっていった。3カ月に及んだ実地はある日突然終わりを迎えた。「今日で終わりだ。着替えてちゃぶ台の前で待ってろ」。終わってしまうのかと寂しさを感じながら待っていた。ビニール袋を片手に、戻ってきた師匠は何も言わず、ぐいっとカップ酒を差し出した。そして冒頭の言葉をただ一言。優しい目だった。
変わらぬデザインのカップ酒を見るたび、あの日を思い出す。仕事に厳しい人は、滅多なことで人を褒めない。あの日、あの言葉は、必死に学ぼうと頑張った若者を認めてくれた最大限の誉め言葉だった。筆者にとって永遠に忘れられない言葉であり、宝物だ。
真剣に考えている人は、真剣に取り組んでいる人を見てくれる。
大学4年生の多くは、内定式を終え、来年4月から社会人として働くことに期待と不安を抱えていることだろう。
ずいぶん前、ゼネコンの採用担当者から施工管理職は経験工学なので、大学院で2年間学ぶよりも学部を卒業して2年間現場に出た方が仕事は早く身につくと聞かされた。建築現場だけではないだろうが、仕事が楽しくなれば、自然と仕事を覚えることも早くなったり、もっといろいろなことに挑戦したりするようになるかもしれない。厳しいけど、充実感や達成感を味わえる仕事場をつくっていくことも必要なのだろう。
ところで記事にあるような師弟関係ともいえるような間柄って今でもあり得るのだろうか。最近の若者はあまりお酒は飲まないし、ましてやカップ酒なんて・・・





















