ある教諭の悩み

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日経新聞(8/15付けの夕刊)の「あすへの話題」欄に社会学者の橋爪大三郎氏が『ある教諭の悩み』と題して寄稿している。
もう二〇年ほど前のこと、勤務先の研究室に、障害をもつ児童を現場で教える教諭が訪ねてきた。なぜ私のところへ、といぶかった。悩みがあるんです。どんな悩みですか。すると相手はこう切り出した。

私は障害児のクラスを担当しています。みな元気に日々、成長しています。ところで、重度の障害児のための、出張授業もあるんです。その児童はベッドに寝たきりで、呼びかけても反応がない。毎週ベッドの傍に数時間坐っているだけ。とても辛い。どうしたらいいでしょう。

私は専門家でない。だがこれは知識の問題でないだろう。こういう質問には、正面から向き合うしかない。心の内側から言葉が出てくるのを待つ。「心配するな、何を語るか私が教える」という、聖書の言葉が頭をよぎった。

あのね、教育は、結果ではないと思うのです。
返事がなくても手を握れば体温が伝わる。脈も打っている。その交流が大事なのじゃないか。保護者にしても、子供のため先生が来てくれて嬉しい。すべての児童が平等に扱われる、その原点をあなたがいま支えているのです。

教育学の本に書いてあった。行動とは、状態の変化のこと。学習とは、行動の変化のこと。物理学をなぞった教育学は、子供に、大人の思い通りの「違い」をつくりだすのが教育だとする。じゃあ、それができなければ教育は失敗なのか。その子供に価値はないのか。そんな教育学は、教師を困惑させ、子供を苦しめるだけだ。

子供は、そこに存在するだけで価値がある。そして自分で変化する。大人は、その成長の環境を整えるだけ。その変化の、ほんの手助けをするだけだ。

子どもは自分で変化する、大人はその成長の環境を整え手助けするだけ。まさしくその通りだと思う。大学で教育に携わる者として、「教育は結果ではない」というのはちょっと救われる。

大学生は、子どもとは言えないだろうけど・・・

ところで、アルバート・アインシュタインは、次のように言っていたそうだ。
「教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう」
Education is what remains after one has forgotten everything he learned in school.

建設職人基本法

朝日新聞(8/18付け)の社説に『建設現場 新法てこに処遇改善を』という記事があった。
大手建設会社でつくる日本建設業連合会は、9月にも残業時間に上限規制を設ける。

建設業界は、政府が3月にまとめた「働き方改革実行計画」に伴う残業時間の上限導入を、東京五輪向けの工事などを理由に5年間、猶予された。しかし、新国立競技場の工事に従事した建設会社員が今春に自殺し、両親が違法な長時間労働だったとして労災申請したのを受け、自主規制に乗り出す。

大手が一歩を踏み出す格好だが、中小を含む建設業界を見渡せば、解決すべき課題が山積みになっている。まず、低賃金と長時間労働の常態化だ。公共工事の人件費の基準額を引き上げて賃金の底上げを図っているが、まだ製造業の工場労働者に及ばない。週休2日の確保も不十分だ。

社会保険の加入率も低い。国交省が2014年に民間工事を調べたところ、2次、3次下請けの作業員の厚生年金保険加入率は5割前後だった。一方で、建設現場では事故死が多く、年間約400人が亡くなっている。業界団体によれば、建設労働者10万人あたりの死亡率は英国の5倍、ドイツの3倍というデータもある。

こうした現状の改善をめざす法律が今春、施行された。

通称「建設職人基本法」(建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律(平成 28 年法律第 111 号)平成29年3月16日施行)で、全会一致による議員立法だ。
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この新法には二つの特徴がある。
一つは、安全と健康の確保を民間工事にも厳しく求めた点だ。
請負契約の中で災害補償の保険料を含む経費を明示することや、適切な工期を確保することなどを促している。対応を迫られる元請け企業は、経費の上積みが必要になりそうだ。それが元請けの責任だと自覚すべきだろう。

二つめは、これまでの労働法制では保護されなかった「一人親方」も対象にしたことだ。
大工や左官などで、全国に約50万人いるといわれる。「けがと弁当は自分持ち」という気風が残るうえ、下請けの末端で働く人が多く、待遇改善を求めにくい実情がある。新法を機に、保険加入率の向上や安全教育の徹底が期待されている。

ただ、法律には罰則規定がない。政府は法に基づく基本計画を6月に閣議決定し、請負代金や工期を適正に設定することを掲げたが、業者にどこまで徹底できるかは未知数だ。計画の実現を図るには、工事現場により近い自治体との連携が欠かせない。都道府県別に毎年、保険加入率や事故率を比較するなど、できる工夫を重ねてほしい。

この法律に基づいて、建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本計画が平成29年6月9日に閣議決定された。
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この策定された基本計画によって建設作業者や親方などの働く環境が改善されることを期待したい。職人の働き方が改善されることは、建設会社の働き方の改善につながることも期待される。ただそのためには、工期が延びたり、工事費が高くなることに対する発注者の理解が必要だが・・・

「守」「破」「離」

日経新聞(8/12付け夕刊)の「あすへの話題」欄に龍谷大学農学部教授 伏木亨氏が『「守」「破」「離」』と題して寄稿している。
銀行でもホテルでも、窓口のお姉さんが微笑みながら挨拶してくれる。お店の好感度が増す。かつてデパートのエレベーターには上品な制服と帽子の女性店員が同乗して、行き先ボタンを押してくれた。子供心にも眩しかった記憶がある。
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正しい挨拶のマニュアルというものがある。客を迎える時には右手の上に左手を重ねる。相手に何かして差し上げる時には逆に右手を上にするのが正しい。仕上げに背筋を伸ばして微笑み、いっぱいに体を腰から折る。角度はきっかり30度――。大学生の就活にこう勧めるホームページもある。

品のある洗練された所作の規格は日本中に蔓延している。喫茶店のカウンターで280円のブレンドコーヒーを注文して、この丁寧なご挨拶に出会った。恐縮のあまり後ずさりしそうになりながら、420円のウインナコーヒーにすべきだったかと後悔した。

ご当人のせいではないが、申し分のない微笑みなのにどこか窮屈に見えるのが惜しい。どの店でも同じだからだ。マニュアルは経験のない人にも最善の方法を教えてくれる。便利ではあるが、冷たいようにも感じる。もう一歩柔らかい仕草になれば、さらに魅力が増すだろう。

守る破る離れるという伝統的な教えがある。教えを守り習熟するのが第一歩。動作の意味を理解し、時に必要に応じて改善する域に進む。動作の意図を会得することで型から自由になり、自分なりに自然に使えるようになればゴールである。

型から離れて自然な挨拶に至る時、相手は本当に温かい心を受け取ることができよう。そんな一文をマニュアルに追加したらいかがであろうか。

いつまでもマニュアルに頼っていては「型」から脱することはできない。型から出て、挨拶や言葉遣いが自然にできるようになることが理想だろう。マニュアルの最たるものは、「法律」かもしれない。法律が定められれば厳格に運用されるものの、法律の当初の制定目的が忘れ去られ、法律を守ることだけが優先されることもある。

マニュアルの本質を知ることも大事だろう。
ところで、雑誌「室内」の編集をずっとやっていた山本夏彦は、次のように言っていたという。
「文章は真似です。真似して真似して、それを極めた時に、それに飽き足らなくなって自分の文章が出て来るんです」
「湯飲みは絶対欠けたものは使ってはいけない。欠けた湯飲みを使っていると、そういう人間になってしまう」

また、建築家の林昌二は「二十二世紀を設計する」のなかで『写す−盗む−創る』と書いている。最初はコピー、建築なら図面のトレースから始め、手に覚えさせる。手が自由に動くようになれば、手を通じて頭が働く。頭が働いて、手から自分のものが出てくるようになる、と。その次の段階が「盗む」で、ノウハウを会得し、そういうプロセスを経て「創る」にいたる。

ある意味、「守」「破」「離」は、『写』『盗』『創』と同じですね。

デキる社員の隣に座れば能力アップ?

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WSJ誌(WEB版)に『花形社員の隣に座れば能力アップ』という記事があった。
仕事の能力を高めるにはどうすればいいか?

自分が向上させたい分野に秀でた同僚を見つけ、その人の隣に席を移動すればいい。

有能な人の近くに座ることで、触発やプレッシャー、新たな学びを通じてさまざまな仕事で能力が高まることが、多数の調査で明らかになってきた。今はやりの固定席のないフリーアドレス制に不満を抱いている人は、それを自分にプラスになるように利用すればいい。

ノースウエスタン大学が、ヘルプデスク要員をはじめとするIT(情報技術)企業の顧客サービス担当者2452人を対象に2年にわたって調査した結果、有能なスタッフの隣に座ることで仕事の能力が3〜16%高まることが明らかになった。

これはオフィス職の能力をさまざまな側面に分け、各能力における波及効果を分析した初の調査だ。ハーバード大学経営大学院が昨年、その論文を公表した。

それによると、仕事を迅速にこなす生産性の高い社員は、仕事の遅い同僚のアウトプット(成果)を8%引き上げていたことが明らかになった。また、顧客の問題を同僚に引き取ってもらうことなく自分で処理できる効率的な社員は、近くに座る同僚の効率を16%上げていた。さらに、顧客調査で高評価を得ている仕事の質の高い社員は、同僚の質の評価も3%向上させていた。調査を行った研究者は、対象企業の欧米にある複数のオフィスの人事ファイル、座席配置リポート、業務追跡ソフト、顧客満足度調査のデータを分析した。

論文の主執筆者でノースウエスタン大学 ケロッグ 経営大学院のディラン・マイナー助教(経営経済学)は、同僚からの触発とプレッシャーが相まった結果とみており、カリスマ的なリーダーが与える影響になぞらえている。また、有能な社員が近くに座る能力の低い社員に足を引っ張られることはなかったという。

さらにマイナー氏は、創造力など上限のないスキルについては、有能な人の隣に座ることで、大幅に伸びる可能性があると指摘する。在宅勤務や出張の多い人は スターバックス を見つけ、コーヒーを飲みながらバリバリ働く人たちに囲まれて仕事をするといいかもしれない。
(以下省略)

デキる人は周囲に良い影響を与えるということかな。
なお、こうした効果を得るには、業績に連動した報酬(給与)が得られるということがないといけないという研究もある。

良い環境や良い友達に囲まれていると、周囲に引っ張り上げられるということがある。働いたり学んだりする環境が大事だということだろう。昔から、かわいい子には旅をさせよとか、武士が武者修行に行くということも、これと似たようなことなのかもしれない。もちろん、こうした環境にいても、自分から学び取ろうとしなければ、ダメだろうけど。

ただ、3〜16%という数字がどの程度有意なものかは判断が難しいが・・・

数え15歳で志を立てる

日経新聞(8/7付け夕刊)の「あすへの話題」欄にコマツ会長の野路国夫氏が『数え15歳で志を立てる』と題して寄稿している。 
「私は社会に貢献するためにAI技術者を目指して勉強に励みます」

私の郷里の福井市では幕末の志士、橋本左内を見習って数え15歳、つまり中学2年の時に「立志の集い」を行っている。自分自身を見つめ直し、校長先生、先生方、そして全校生徒の前で「自分の将来の人生の誓い」を宣言するのだ。

私は橋本左内とは浅からぬ因縁がある。私が生まれたのは、左内の生誕地から百メートルの所で、子供時代は、左内が産湯として使った井戸「常盤の井」の近くで遊びまわっていた。その後、春山小学校、明道中学校、藤島高校で学んだが、どれも自宅から歩いて通える範囲だった。大学になって初めて福井を出て大阪大学に進学したのだが、偶然にも阪大は左内と縁があった。左内が蘭方医学を学んだのは緒方洪庵が開いた適塾だが、それが阪大の原点だった。
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左内が15歳の時に自分の生き方の指針として書いたのが「啓発録」だった。ここで左内が述べたのは、
  (1)稚心を去る(子供じみた心をやめる)、
  (2)気を振う(努力する)、
  (3)志を立てる、
  (4)学に勉(つと)める、
  (5)交友を択(えら)ぶ、の5項目である。
15歳の少年が自らに課した言葉とは思えない立派なものである。

私たちは「15歳はまだ子供だ」と、つい思ってしまう。左内とは時代が違うと言われるかもしれないが、年齢的にも将来のことを話し合う適切な時期かもしれない。ドイツでは小学校修了時(4年)に自分の将来の進路を、職人の徒弟制度に由来する職業教育と大学教育に代表される高等教育のどちらにすべきか決めるそうだ。

ドイツの10歳は早すぎるとは思うが、いつまでも子供扱いするのも問題ではないだろうか。

わが国では、20歳で成人式を迎え大人の仲間入りをすることになっている。最近、選挙権が18歳にまで引き下げられたので、18歳から大人の仲間入りかと思いきや、競輪などの公営ギャンブルは20歳まではできないようにする法改正を検討しているとか。

日本でいう「大人」って、どういう意味があるのだろうか。18歳になれば結婚もできるわけだし、アイドル(18歳以下でも)にもなれるし、大人ともいえる。でも大学生は「大人」とはちょっと違う意識のようだ。大学を卒業したら「社会人」になる、なんてややこしい言い回しもあるし。といっても、自分が学生だったときを思い返せば、「大人」という意識はそれほど強くなかったような・・・

ほとんどの若者が高校に進学し、その8割が大学や専門学校などの高等教育機関に進学するわが国の今の状況では、学校教育が終わってからが、「大人」の仲間入りという意識が強いかもしれない。

大人かどうかは、社会環境の影響が大きいが、若いときからいろいろな経験をし、将来の目標などを考えておくことは意味のあることだと思う。

スマートフォン・ゾンビ

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朝日新聞(8/7付け)の「天声人語」に『歩きスマホ』に関する記事があった。
ゾンビ映画の何が怖いかと言えば、人間の姿をしているのに人間らしい思考も感情もないことだ。うつろな目をして集団で動き回る。そんな姿を連想するからだろう、「歩きスマホ」は英語で「スマートフォン・ゾンビsmartphone zombies)」と言うらしい。

さて、ゾンビたちを横断歩道から締め出す条例がハワイのホノルル市で制定された。10月下旬からは、スマホを使いながら横断すると15ドル(約1650円)〜35ドルの罰金が科され、繰り返すと金額が上がる。画面に目を奪われて事故にあうのを防ぐためだ。

読書しながら歩く人は多くはないが、歩きスマホはあっという間に広がった。その行為を「非人類的」とまで言うのが作家の藤原智美さんである。

「人間は歩いているとき、周囲の状況に目を配り、頭の中ではさまざまな思いや考えをめぐらす」。そんな二足歩行を始めて以来のあり方が変わってしまったと、著書『スマホ断食』で述べる。社会がスマホ一辺倒になり、一人で考えることから遠ざかっていくと警告する。

どうすればいいか。藤原さんの提案は、3日間の「スマホ断ち」である。小さな機械に魂を奪われゾンビ化していないか、自分で確かめる機会となろう。3日は長すぎると感じるのは、すでに心が支配されているせいか。

振り返ればテレビも漫画も、思考力を奪うと批判された歴史がある。スマホも心配しすぎだったということになるのかどうか。答えが出るのは、幼時から小さな画面に触れる世代が大人になるときだろうか。

日本だけでなく海外でもスマートフォン・ゾンビは増殖しているようだ。海外の都市では、スマホ・ゾンビ用に歩道を区切るところもあるようだ。
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イヤホンをして音楽を聴きながら、スマホを見ながら歩いていたんでは、人や電柱などにぶつかってケガをしても仕方がない。それは、やはり自己責任なんじゃなかろうか。

スマイルダンパフレーム

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建設通信新聞(8/2付け)に『スマイルダンパフレーム初採用 構面数減らし低コスト』という記事があった。
富士ピー・エスが小堀鐸二研究所の技術支援を受けて開発した「スマイルダンパフレーム」が、北九州市八幡西区市営住宅の耐震補強工事に初めて採用された。建物を使用しながら耐震補強工事が可能な外付け制震補強工法で、設計は西部交通建築事務所、施工は清水建築工業が担当した。

スマイルダンパフレームは、プレキャスト部材で構成される補強フレーム内に取り付けたダイヤ型スリットダンパの応答低減効果によって、従来の強度型補強と比べて構面数を30〜50%程度減らすことが可能になった。また、一般的な制震構造に必要な時刻歴応答解析を行わず、ダンパの効果を静的に評価して補強設計を行うことができる。

さらに、外部から補強するため工事期間中も建物の継続使用が可能となり、 低騒音・低振動、無粉じんで施工できるほか、 プレキャスト部材は厚さが400ミリと薄く、補強後も採光・通風を妨げない。

同社は、これまで学校などの公共施設の耐震補強事業で、強度型の耐震補強であるパラレル構法や同構法の長所を伸ばしたスマイルパラレル工法を展開し、多くの実績と高い評価を得てきたが、住宅分野の耐震補強事業拡大に向けて、さらに長所を発展させ、制震デバイスを活用したスマイルダンパフレームを開発した。高層建築物の補強に適用でき、地震による揺れの収束時間が早いという特長を持つ。

スマイルダンパフレームの技術資料(PDF)によると、ダンパーには鋼材ダンパーが使わており、補強後の耐震性の評価には応答低減率を使って構造耐震指標を算出するそうだ。応答低減率は減衰効果を評価して算出するようだけど、ダンパーの配置などによって影響はないのだろうか。

でも、なぜ「スマイル」という名称なのだろうか。
施工事例の写真を見たときに、補強面が笑顔(スマイル)のように見えたことと関係あるのかしら・・・
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ギネスビールの色は・・・

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ハフィントンポスト『ギネスビールの色は黒じゃなかった。では、何色なのか?』という記事があった。
「黒ビール」と言われて最初に思い浮かぶのは、やはりギネスビールかもしれない。

世界中で愛飲されるギネスビールが生まれたのは、いまから約260年前のこと。アイルランドで生まれた歴史あるビールだ。キリスト教の祝日「セントパトリックス・デー」に飲まれるビールとしても知られている。

さて、ここで問題です。

問.「ギネスビールの色は何色でしょう?」

「なに言ってるの?誰がどう見たって黒でしょう?」
「いや、あれは深いチョコレートブラウンだね」
そんな声が聞こえてくるようだ。しかし、驚くなかれ。実はギネスビールの色は、黒でもブラウンでもないのだ。

では一体、何色なのか?答えはギネスビールの公式ページに書かれている。
Why is Guinness black?
Look closely. Guinness beer is not actually black but rather dark ruby red because of the way the ingredients are prepared. Some malted barley is roasted, in a similar way to coffee beans, which is what gives Guinness its distinctive colour.

近くで見るとわかりやすいですが、実際のところギネスビールの色は黒ではなくルビーレッドです。ギネスビールは、作る過程で原料に使われる大麦麦芽がコーヒー豆のようにローストされます。そのローストされた大麦麦芽が、ギネス特有の色をつくりだします。

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そう、ギネスビールの色は黒ではなく赤なのだ。
明るい場所で光にかざしてみると、わかりやすいかもしれない。

ギネスビールはたまに飲むけど、「黒ビール」ということで色は黒だ、と思い込んでいた。

しかし、ギネスを飲むとなるとバーなどだから暗い場所が多い。今度、明るい場所で飲むことがあれば、光にかざして見てみよう!

その結婚、続けますか?

講談社の「本」(8月号)という冊子に下重暁子氏が『その結婚、続けますか?』と題して連載している。その4回目は『当世「タブレット婚活」事情』
内助の功とは、誉められることではあっても、けっしてけなされることではなかった。わが家など他人から見たら私がずっと仕事をして、つれあいが趣味である料理を、朝、昼、晩とつくったりしているから、つれあいが内助の功と見えるかもしれない。

どっちだっていいではないか。自分の得意なことをすれば、お互いに不満だって溜まりはしない。しかし日本の伝統的内助の功とは、男が仕事をするのを女が支えるというものだから、日本の男、いや女にもそれが染みついている。

男と女の生活はシーソーゲーム。片方が重くなれば、片方は空に浮かんで何もしない。上手に両方がギッコンバッタンとこいでいくのはなかなか難しい。女の方にも問題はある。どこかで、料理をはじめ家事は女の仕事とすり込まれていて、たまに男がやってくれると、必要以上に感謝する。「私の仕事をやってもらってありがとう」というところが見え隠れする。

私は決して必要以上に感謝しない。共同生活なら当たり前という顔をしているし、だからこそ自分の仕事の手抜きはしない。自己表現をきっちりやってみせてこそ、内助の功にとらわれることがなくいられるのだ。

それにしても結婚に向いていそうな人の方が結婚せず、まったく向いていないと思える人が、結構のほほんと他人と暮らしているというのはどういうことだろう。やはり向いていると思える完璧に近い人は無理をしているのではないだろうか。何でもできる必要はない。私は私らしくそれでいいから共に暮らしてもいいという人がいればいい。最近の婚活で、結婚だけを見つめて相手を選ぼうというところには、どこか無理がある。

必死で結婚相手を探すのは分からなくはないが、その必死さがしんどい。それが相手を疲れさせ、なかなか結果がでない。もっと肩の力を抜いて、結婚など忘れて好き勝手に遊んでみよう。見合い20回、30回という実績をもつ知人は、ある時から一人で生きると決め、しばらくしたらパートナーに自然に出会った。そうした例はいくらでもある。

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昔は、お見合い結婚も多かったし、結婚式などでは「仲人(なこうど)」がいた(形式的な仲人もあっただろうが)。僕らも昔、仲人をしたことがある。けれど、結婚が続かなかったカップルもあった。結婚生活は結婚した二人が努力していくことが必要だろう。まさしくシーソーゲームなんだろう。いつまでも片方に負担がのしかかると、いつかは不満が爆発することになる。

若い人たちの結婚年齢があがっているとか、結婚しない人たちも増えているとか言われているけど、肩の力を抜いて、自分らしい生活ができそうな人を見つけていくのがいいんじゃないだろうか。でも、なかなかそういう人に巡り会わない?

やはり現代版仲人(世話好きな人)が必要なのかもしれない。

「溶けて落ちない」アイス

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朝日新聞(8/9付け)に『「溶けて落ちない」アイス』という記事があった。
夏は棒アイスが食べたくなる。でも、食べ終わる前に溶けて手がベタベタになる。そんな悩みを抱かずに済むアイスが「金座和(かなざわ)アイス」。「室温40度のなかで3時間形崩れしない」が売り文句だ。

実際に食べてみた。カチカチかと思いきや、サクッとかめる。食感もふわっとして通常の棒アイスと変わらない。

「秘密はイチゴポリフェノールです」。製造販売するバイオセラピー開発研究センター(金沢市)の社長、豊田剛史さん(40)はそう明かす。牛乳など通常のアイスの材料に加え、イチゴから抽出した抗酸化成分のポリフェノールを混ぜ込んでいる。

イチゴポリフェノールは油とも水とも相性がいい性質がある。室温が上がっても油分と水分が分離するのを抑えるため、クリーム状の食品をそのままの形で長時間保てることも分かった。アイスの材料にしてみると、溶けにくくなった。

溶けにくいと「見た目」でも楽しめる。東京・原宿の店では人気キャラクター「くまモン」やハートの形のアイスを販売。大阪・ミナミのアメリカ村の店では阪神タイガースの球団ロゴをあしらった。

冬場には「学問の神様」で知られる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)近くで、絵馬の形のアイスを販売する計画。「溶けて落ちない」と「志望校に落ちない」をかけて受験生らに売り込むという。今後の販路拡大を目指し、7月には金沢市に新工場をつくり、生産能力を1日1万本と現在の約7倍に引き上げた。

溶けないアイスか・・・
暑い夏には冷たいものが欲しくなる。溶けていくアイスを一生懸命に食べるのもいいかな、と思うが。用途もアイス以外に広がりそうだ。

でも、ちょっと(だいぶ)価格が高いかな。。。

建築キャリアデザイン2017

本学の2年生を対象に「建築キャリアデザイン」という授業(夏季集中講義)を2013年度から開始し担当している。

昨今、キャリア教育の必要性が叫ばれており(一部だけ?)、また建築学科に入学してくる一部の学生の目標がはっきりしておらず勉学への動機づけも高くないという点も感じるようになってきたためである。授業は集中講義で、4日間、毎日1限目から4限目まで開講した。

といっても僕がキャリア形成などの授業をするのではなく、外部講師(さまざまな分野で働いている卒業生)を招いて、学生に話をしてもらう形式としている。建築設計や施工などがどのように行われているのかを、直接聞くことで、将来の進路や職業などについて、自分のこととして考えてもらえるような機会になったのなら嬉しい。

この授業の一環として、本学の校舎(6階建て、S造、一部SRC造)の建設現場を見学させてもらった。2年生にとては初めてのヘルメット、施工現場ということで、何がどうなっているのか分からないことも多かったかもしれない。しかし、これが建築のものづくりの現場なんだと感じてもらえたならと思う。
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この授業も今日で終わり。
さて、受講生はこれから夏休みとなるが、講師から聞いたいろいろな話を参考に、有意義な休みを過ごしてもらえたらと思う。

大学・専門学校への進学率80.6%

朝日新聞(8/4付け)に『大学・専門学校への進学 最高80.6%』という記事があった。
文部科学省は3日、2017年度の学校基本調査の速報値を発表した。大学や専門学校など高等教育機関への進学率は80.6%で、過去最高になった。高等教育機関のうち、浪人生らを含む大学(学部)への進学率は52.6%で、同様に最も高くなった。

少子化で18歳人口は横ばいが続いているが、卒業後の就職の可能性などを考え、進学を選ぶ人が増えているとみられる。20年前の高等教育機関への進学率は67,4%だった。政府は大学などへの進学をさらに後押ししようとしており、文科省高等教育企画課は「今後も進学率の上昇が続く可能性がある」とみている。

大学の学部卒業者のうち就職したのは76.1%。リーマン・ショック後の2010年3月は60.8%に落ち込んだが、その後は7年連続で上がっている。一方、学部卒業者の大学院などへの進学率は7年続けて低下し、今回は11.9%だった。

18歳人口は減り続けている。大学進学率が高くなることで、大学の進学者が定員を充足できているともいえる。一方で、私立大学の4割は定員割れを起こしているともいわれている。
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今後、進学率が大幅に高くなるとは考えにくい。そして、さらに若者は減っていく。今年5月1日時点の小学生は644万8657人、中学生は333万3317人で、いずれも過去最少となっている。さて、今後の大学経営(特に私学)はますます厳しくなっていくことが予想される。

「働く機械」感じる夏

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日経産業新聞(8/4付け)に『「働く機械」感じる夏』という記事があった。
建機各社が夏休みシーズンに合わせて、イベントなどで子どもとの接点づくりに励んでいる。企業間取引が中心の建機だが、「働く機械」を身近に感じてもらうことで建設現場や建機への関心を高め、将来の人材確保につなげる狙いもありそうだ。

キャタピラージャパンは、今秋発表する新型油圧ショベルが4日公開の映画『トランスフォーマー 最後の騎士王』に”出演”すると発表した。「トランスフォーマー」は、自動車や航空機などがロボットに変形して活躍する場面が持ち味の映画。キャタピラージャパンによると、建機の未発表モデルを映画に登場させるのは珍しい。

日本法人は映画を通じて「就職活動を控えた学生や、子どもを職場に送り出す親世代の認知向上につながれば」と期待している。
(略)
建機メーカーにとって人材不足は深刻な問題。自社の人材確保に加え、建設現場の働き手の不足は建機需要にも影響を及ぼす。子どもやその親たちにアピールする地道な努力が欠かせないようだ。

キャタピラーが映画に出演を決めた理由は、この映画の特徴である「強さ」、「忠誠心」、「守る」が企業ブランド価値に一致しているからだとか。キャタピラーでは、トランスフォーメーショナル(変革)的な製品開発及びソリューションの提供によって建設業界を改善できるようお手伝いしたい、とも。

『建機プロ』内に特設ページを開設して(http://kenkipro.com/transformersmovie/)、オリジナルのビデオを流したり、壁紙がダウンロードできるようになっている。

そのうち建機も本当にトランスフォームするようになったりして・・・

転んで賢くなる?

日経新聞(8/3付け)の「プロムナード」欄に森田真生氏が『転ぶ』と題して寄稿している。
iPhoneに標準でインストールされている「ヘルスケア」というアプリがあって、自分が歩いた距離や歩数が毎日記録されている。最近そのことを友人に聞いて、早速アプリを開いてみると、自分の歩行データが2年も前からびっしり記録されていた。中身を見ると、やはり先日の旅行中の数値が突出している。旅の間、平均して1日1万8千歩、12キロ以上歩いていたらしい。最高記録はウィーンにいた日で、3万9千歩、26キロも歩いた。

ところで、これだけ歩いたにもかかわらず、私は旅先で一度も転ばなかったのである。それがどうしたと言われそうだが、転んでは起き、起きては転びながら歩く1歳5カ月の息子を見ていると、何十万歩も転ばずに歩くなんて、まるで奇跡のように思えるのだ。

2013年の夏、アメリカのボストン・ダイナミクス社とDARPA(国防高等研究計画局)の共同で、2足歩行ロボット「アトラス」が公開された。その当時、DARPAの企画責任者を務めるギル・ブラット氏は、このロボットが「何度も転びながら歩く1歳児」の段階にあるとの見解を示した。昨年の2月、同じロボットの最新モデルが発表されて、荒地や傾斜路、雪の上でもバランスを取りながら、まるで本物の人間のように歩く姿が話題になった。
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少し前まで、山道や雪道を二足で歩くロボットなど夢のまた夢であった。なめらかな実験室の床でさえ、転ばずに歩くのは大変なのだ。ましてや、斜面もあれば、ぬかるみもあり、雨も降れば、車も行き交う現実の世界は、ロボットにとってあまりに過酷だ。

1982年、アーティストのナム・ジュン・パイクは、ロボットを実験室から路上に連れ出し、史上初めて交通事故の犠牲になるロボットを見せるパフォーマンス作品を披露した。その頃はまだ、ロボットを「野生」に放つことが、それだけで批評性を持ち得る時代だったのである。

いまやロボットは、歩行の能力において人間の柔軟さに迫りつつある。アトラスは、荒れた野生の大地の上でも、逞しく歩き続ける。チェスで人間を倒して20年あまりが経ったいま、ようやく、機械は人並みに歩けるようになりつつあるのだ。

歩くことは、チェスを打ったり、数学の問題を解いたりすることに比べると目立たない種類の知性であるが、逆に、そうと意識する必要もないくらい、人間の身体に深くしみ込んだ能力なのである。

何度も転び、そのたびにまた立つ。そうして試行錯誤をくり返しながら、私たちは歩くことを全身で体得してきた。転ぶたび、そして立つたびに、人の身体は賢くなっていくのだ。

あっちへ走り、こっちへと駆け、ズデンと転んではぎゃあと泣きながら、子どもは身体の知性を鍛える。それに比べ、ちっとも転ばなくなってしまった自分は、どこか停滞しているのかもしれない

世界がひっくり返る無防備な転倒。ズデンと転んで、また立ち上がる。そうして世界は、日々新たに蘇っていくのではなかったか。

転んでも転んでも立ち上がるしぶとさ。それと同時に、立ち上がってもなお、いつでも転べる勇気と身軽さ。そのどちらも失わないでいたいと心から思う。


この映像は最新の二足歩行ロボットの映像だ。坂道も雪があって滑ってもバランスをとって、歩いている。また、箱を棚に上げたりして仕事もしている。そして最後の方で後方から倒されても起き上がっている。アトラスは、何度も開発者に突つかれたり、持ち上げようとする箱を移動されたりしている。そのたびに、すぐに元のタスクへ戻っている。

こうしたロボットが実用化されたら、それこそSF映画の世界が現実になりそうだ。いままで人間がしていた仕事をロボットに肩代わりしてもらう時代も近いのかもしれない。時代が大きく変わっていこうとしているなかで、人間はその新たな環境に対応し、立ち上がっていくことが求められる。

オープンキャンパス2017

本学のオープンキャンパスには13,000名を超える方々にご来場いただき、ありがとうございました。
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過去問題集の配布や、学部ごとの模擬講義、公開実験、そして個別相談などさまざまなイベントを用意し、高校生や保護者の方々に本学の魅力を伝えることができたのではないかと思います。
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この時期はやはり非常に暑いため、飲み物などもよく出ていました。冷やすのが間に合わないくらいのペースでした。しかし、熱中症などの症状を訴える来場者もなく、無事に終えることができました。
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来場記念を撮影する場所で記念撮影する来場者も。オープンキャンパスでは多くの学生がボランティアとして参加してくれました。学生によるキャンパスツアーも人気でした。
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小学生を連れてこられて理系学部を回られた保護者の方の話では、とても面白かった、小学生でも十分楽しめたし、時間が足りなかったとのことでした。もともとオープンキャンパスは受験生向けで大学への志願に結びつけたいという意図もありました。しかし、こうした声を聞くと、大学の現状や取り組みといったものを、受験生だけでなく、社会全般に伝える役割の方が大きくなっているようにも思います。

「顰蹙」はセクハラ言葉?

日経新聞(7/30付け)に、阿辻哲次氏が『「顰蹙」はセクハラ言葉?』と題して書いていた。
「ヒンシュク」ということばが流行しだしたころ、最近の若者はずいぶん難しいことばを使うものだと感心した。それが今ではふつうのことばになり、先日は電車の中で幼稚園くらいの子供が母親に「ママ、そんなことしたらヒンシュクものだよ」と叫んでいた。

「ヒンシュク」を漢字で書けば「顰蹙」となり、本来は他人の言動を見聞きし、眉をひそめて不快の気持ちを示すことを意味した。「顰」とは眉をひそめること、「蹙」とは顔をしかめることをいうのだが、そんな難しい漢字を使った単語がこれほどに気軽に使われるのは、パソコンや携帯電話でいともたやすく漢字に変換できるからにちがいない。

このことばの出典は『荘子』の「天運篇」で、原文は以下の通りである。

西施(せいし) 心を病みてその里に顰(ひん)す。その里の醜人(しゅうじん)、見てこれを美とし、帰りてまた心を捧(う)ちてその里に顰す。その里の富人はこれを見て、堅く門を閉ざして出でず、貧人はこれを見て、妻子を携えてここを去りて走る。かの人は顰(ひん)の美なるを知りて、顰の美なる所以(ゆえん)を知らず。

古代中国の伝説的な美女であった西施には胸の持病があり、時々顔をしかめ、痛みに耐えていた。絶世の美女が苦しげに顔をしかめる姿は、大変に美しいものであった。それで同じ村にいた「醜人」が、同じように胸をおさえては顔をしかめてみたところ、村の金持ちたちは戸を閉ざして外出しなくなり、貧しい者たちは妻子をつれて他の村に移り住んだ、という。この話から、実力や身のほどを知らず、すぐれた人の業績や行為をただ外面だけ模倣することを「顰みに效う(「ひそみにならう」)といい、また「顰蹙」というようになった。
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すっかり日本語にとけこんだ「ヒンシュク」だが、その背景にはこのように女性を美醜のちがいで差別する構造があった。しかしそれがセクハラの例として糾弾されないのは、最近の日本人が中国古典に対する知識に乏しく、ことばのルーツを知らないからだ、と講義で話すと、あとで学生から、そんな傲慢なことをいってるとヒンシュクをかいますよ、と忠告されてしまった。

何かを修得するには、人の真似をすることから始めることが多いし、人は他人の真似をしたがるものだと思う。何かを極めるには、「型」を身につけることも必要である。ただ、真似をするだけでは発展はないので、自分にあった方法に修正していくことが必要となる。そのため、単に真似をするだけでなく、それが自分にあっているのか否かを常に確認する作業も必要だろう。

ことばのルーツを知らないで使っていることは自分自身でもある。元々の意味や語源を知っておくことも必要かもしれないものの、「ことば」というものは時代によって使われ方も、下手をすると意味まで違ってきたりする。若者の言葉づかいに注文をつけていると、それこそヒンシュクを買いそうだ。ただ、「それ、やばい」とかいう「ことば」だけで片付けずに、ボキャブラリーは増やしてほしい、かな。

それにしても、最近漢字を書けなくなってきたと感じる。手で書くことよりも、文字をパソコンで「打つ」ことの方が圧倒的に多いからだろうか。やはり手を動かして頭を使わないといけない、と思う今日この頃でした。

福岡県の焼鳥店数 全国1位

福岡焼き鳥

ちょっと前の日経新聞(3/25付け)に、『福岡県の焼鳥店数 全国1位』という記事があった。
NTTタウンページに登録されている店舗数を見ると、2016年3月の福岡県の焼鳥店舗数は1343店。人口10万人当たりで計算すると26.32店で、都道府県別で1位。07年まで過去10年間を遡ってみても、不動のトップだ。

九州の食文化に詳しい日本経済大学の専任講師、竹川克幸さんは「福岡で焼き鳥がはやり始めたのは高度経済成長期の1960年代」とみる。高度経済成長期を支えた労働者たちの手ごろな食べ物として広まっていったようだ。

福岡県の中でも、毎年「焼きとり日本一フェスタ」を開催し、特に多くの店数を誇るのが久留米市。フェスタを開催する久留米焼きとり文化振興会によると、同市は人口1万人あたり約7店の焼鳥店が存在するという。
(略)
久留米周辺の筑後地方だけでなき、福岡市など福岡地方でも焼き鳥は高度経済成長期の労働者の食を支えた。竹川専任講師は「博多湾の港湾工事や工場で働く人が利用していた(福岡市東区の)箱崎が焼き鳥文化のルーツ」とみる。博多に立ち並ぶ屋台にも、マンション建設などの工事関係者が足を運び、焼き鳥を愛好していたようだ。

「メニューの豊富さが福岡の焼き鳥の特徴」(全国やきとり連絡協議会事務局)。「鶏」だけでなく、豚や牛に魚介や野菜の串焼きも提供。それゆえに「久留米の人たちはファミリーレストランと同じ感覚で焼鳥店を使う」ほどだ。週末には、家族連れで店がにぎわうという。

店側の知恵を絞ったサービスも、焼き鳥文化に貢献している。今では福岡で焼き鳥を食べるときに欠かせない、キャベツの提供も60年代に広まったとされる。「キャベツがあればさっぱりするため食欲がわく。普通なら5本のところ、10本の注文を受けられた」。
(以下略)

焼き鳥といっても、福岡の焼鳥店で提供されるものは「鶏」だけではない。その代表が「豚バラ」だろう。就職で東京に行った学生が、焼鳥店に豚バラがないことにショックを受けたという話はよく聞く。手頃な価格で、お腹を満たすことができる。大学周辺には焼鳥店がたくさんあったが、最近は減っているように思う。

最近は、ビールを飲まない(飲めない)学生も増えていたように思う。焼き鳥をつまみにビールのジョッキを傾ける、なんてことが昔の風景になるかも・・・

大学教員になるには・・・

日経新聞(8/1付けの夕刊)の「あすへの話題」欄に社会学者の橋爪大三郎氏が『貴意に沿いかねます』と題して書いている。
映画「ラ・ラ・ランド」。
アカデミー賞六部門に耀き、DVDも八月発売される。主に機内で、10回近くは観ている。女優志望のヒロイン(エマ・ストーン)は、オーディションに落ち続け、叫ぶ。これ以上みじめな思いをしたくないの。田舎に帰るわ。同じ思いの若者が何人いることだろう。私もひとごとではない。
LaLaLand

オーバードクターの私は、たまに教員の公募があると、せっせと応募の書類を出した。やがて届く封書は決まって「残念ながら貴意に沿いかねます」だった。そんな返事の束が10年で50枚。未来のない私は三ヶ月先までだけを考え過ごしていた。

公募は少なく、コネが多かった。在学中に話があった。△△大学はどうかね。コネが嫌で断った。二度と声はかからなかった。ヒロインは偶然から映画の主役を射止め夢を叶えた。私も運よく公募で大学に勤めた。でもその幸運を予想はできなかった。

教員を採用する側になった。厳正な公募をするように努力した。応募書類はいつも五〇通は届いた。採用されるまで平均、五〇回応募し続けなければならない計算だ。

努力したから報われるとは限らない。
才能があるから道が開けるとも限らない。
才能があり努力しているなんて、ありふれている。
競争が厳しいのは当然だ。長い下積みも我慢できる。

けれども、機会さえ開かれずポスト配分の仕組みも公正でないなら、心折れるこの苦しさをどうしたらいい。それを何とかするのは上の世代の責任だ。

志を持つとは、犠牲をいとわぬこと。そして、犠牲が報われなくてもよいと覚悟すること。そう身を処するしかない若い人びとに、この社会は応えているだろうか。

大学の教員になるのも狭き門です。どこかの大学で定年退職などで欠員があった場合に公募されますが、募集がいつどこであるのかはわかりません。また採用基準も明確でない場合もあるかもしれません。こうした状況は、就職活動でも同じです。何度も落とされ内定を得られない学生もいます。就職・採用活動に関する議論もたまに話題になるものの、いい解決策はないのが現状。でも、いつまでもこうした状況を続けていいとも思いませんし、続くとも思えませんが・・・

ところで、本学では教員ではありませんが、教育技術職員(境域研究補助員)を募集しています。建築学科の構造実験や演習などの指導・支援などが主な業務です。クレーンやフォークリフト、そして溶接などの技能を有している方がいいですが、採用後に技能を身につけることでも構いません。
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ご興味のある方はご応募ください。厳正に選考させていただきます。

磁気粘弾性エラストマと積層ゴム

日本機械学会の「機械力学・計測制御部門ニュース」(No.60)に金沢大学の小松崎俊彦先生が『硬さの変わる””磁気粘弾性エラストマ”の応用可能性について』と題して寄稿されている。
磁気応答性材料の一つである磁気粘弾性エラストマ(Magnetorheological Elastomer, MRE)は、非磁性エラストマを基質として、その内部に磁性粒子を分散固定した複合材料であり、外部磁場に応答して見かけの弾性率や減衰特性が可逆的に変化する。剛性の可変性という、これまであまり着目されなかった特長を有する機能性材料として、種々の振動制御デバイスへの応用可能性が期待される材料である。

MRF(Magnetorheological Fluid, 磁気粘性流体)は、主に見かけの粘性変化を生ずるのに対し、MREは弾性的性質が支配的なエラストマ材を基質として用いるため、弾性的性質の変化が主となる。言い換えると、MRFは降伏後の特性を、MREでは降伏前の特性を利用することに対応する。また、MRFを減衰要素に組み込む際、基本的にはその変形が一方向のみの抵抗要素として用いるが、MREはその変形が一方向に限られないため、その点をうまく利用すればMRFとの差別化がより明確になる。

MREは通常、磁性粒子、エラストマ、添加剤を混合してつくられる。MREの物性変化は磁性粒子の磁気的結合力におるもので、磁場の強さに応じて変化は大きくなる。磁性粒子には透磁率が高く、残留磁化の小さいものを用い、基質には天然ゴムやシリコーンゴムを用いるのは一般的である。物性変化を支配する磁気結合力は磁性粒子間距離が小さいほど大きいが、MREでは磁性粒子が基質中に固定されるので、攪拌・脱泡後の硬化過程で磁場印可することで粒子を接近させ、なおかつ特定方向に磁性粒子の長い鎖を形成させて材料を固めれば、均一分散の場合よりも高いMR効果を得ることができる。

MREは全般的に準能動的な制御手段、具体的には動吸振器や防振マウント、構造要素への適用など、振動・騒音制御への応用が検討されている。これら以外にも、特性変化幅の向上を目指した基礎物性に関する研究や、磁場に対する粘弾性変化の理論予測に関する検討などがあるが、材料開発、理論および応用面いずれも途上にあり、今後のさらなる研究開発が期待される。
(以下、MRE防振マウントを使ったセミアクティブ制振の研究が紹介されているが、省略)

MREを免震用積層ゴムへ適用した研究がないかと探したところ、下の論文を見つけた。
”Development and characterization of a magnetorheological elastomer based adaptive seismicisolator”

この論文では下のような試験体(積層ゴム)をつくって実験されている。
MREisolator

論文の結論では、積層ゴムとして十分な性能を持っているとされているものの、実験では軸力は載荷していないようだし、水平変形は10mm程度しか実験されていない。もしMREを使って免震用積層ゴムとしての性能を発揮させるには、さらなる研究が必要だと思われる。水平変形能力、荷重支持能力、ゴムと中間鋼板の接着性、製造技術などの確立、さらには磁気をかける方法など。

しかし、こうした材料をうまく使って積層ゴムをつくることができたとすれば、積層ゴムの変形量にあわせて、水平剛性や減衰を変化させることも可能となる。免震構造のさらなる性能向上のために、こうした新しい免震デバイスの開発は欠かせない。

木造向け制震装置

日経産業新聞(7/27付け)に「スリーエムジャパン 制震装置 木造向け開拓」という記事があった。
スリーエムジャパンは自動車のブレーキに使う素材を応用した摩擦材とステンレスを組み合わせた住宅用の制震ダンパーを投入した。

まず日本の戸建て住宅で主流の、柱と梁で構成する木造軸組住宅向け、続いて今年に入ってツーバイフォー向けを売り出した。一定の揺れまでは揺れに抵抗して建物を支え、中規模以上の地震になると摩擦材同士が擦れ合いながらずれて、揺れを熱エネルギーに変えて吸収する。

1棟に2台を使い、装置の価格は2台で税別30万円。
同社の制震ダンパーを壁に配置することで建物の設計時には、通常の筋交い入りの壁の5倍の強度を持つ壁として計算できる。窓を広くとったり、1つの部屋を広くしたりと、設計の自由度が高まる。施工性の高さも特徴で、現場で一人で30分ほどの短い時間で組み立てられるという。

この装置を中心に、建築会社に採用を働きかける。すでに年間300〜400棟の新築を手がける建築業者が採用を決めており、1万棟以上の大規模な業者も採用を検討しているという。
(以下省略)

制震装置をうまく使うことで、住宅の耐震性が高まるのはいいことだ。ただ、制震装置を効果的に働かせるには、その配置や周辺軸組の剛性・強度も重要となる。熊本地震のときには、耐震基準を満たしていても大きな被害を受けた住宅もあった。制震ダンパーの特性を十分に把握した上で、住宅に組み込むことが必要だろう。

制震ダンパーには、こうした摩擦を利用したものの他に、粘弾性体や鋼材などを利用したものもある。これらの制震ダンパーの統一的な性能評価はされているのだろうか。制震ダンパーを組み込むことで、間取りの自由度があがるという面が強調されすぎるのは良くない。制震ダンパーを上手に使うための構造計画がきちんとなされることが必要だろう。

日経ホームビルダーでは、制震特集が組まれているので、参考に。
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講義中・・・
著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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