ハロウィンとサイエンス

昔は、ハロウィン(Halloween)なんて言葉も知りませんでしたが、最近では日本でも仮装したりするイベントで盛り上がっているようです。本音をいうと、ハロウィンというものが何かわかっていないのですが。しかし、本場のアメリカでは、大いに盛り上がっているようです。

U.S. Geological Survey (USGS)のフェイスブックに面白い記事がありました。
It’s Halloween, but don’t be scared!
ハロウィンだけど、怖がらないで!

ちぃっと気味の悪いほ乳類の標本を楽しそうに、興味深く見つめている女性たち。
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彼女たちは、USGSやNational Museum of Natural Historyで働く「不気味で気味の悪い(eerie )」専門家となっています。左の写真には、解剖学的研究のためのピンクに染色された子犬の骨格。真ん中は、東方綿毛ウサギで、頭部の周囲に角質の成長の輪があります。右は、ミイラ化したコウモリです。

一般の人たちや子ども達に科学に興味を持ってもらうためには、いろいろなルートを使って情報を伝えることが重要です。まずは興味・関心をもってもらうことが大切でしょう。写真に映し出されている彼女たち専門家の表情がいかにも「楽しそう」であり、こうした表情をしている人をみれば、ちょっと博物館にでも行ってみようか、となりそうですね。

情報を正確に伝えようとすればするほど、難しい文章になったり、難解な言葉づかいになることがあります。「科学的」にはそうするのが正しいのかもしれませんが、子ども達に伝わる言葉で説明することも必要です。そうした場合、どうしても厳密でない説明になることもありますが、それでもわかりやすさという点を重視すべきときもあるでしょう。

専門家や研究者は、ややもすると厳密なしゃべりになりがちですが、社会の理解を得るためには分かりやすい言葉で説明する練習が必要かもしれませんね。

日本の博物館や研究機関でも、こうした取り組みをするのは、いかが。
(すでに実施していらっしゃったら、ごめんなさい)

防災拠点等となる建築物に係る機能継続ガイドライン

国交省『防災拠点等となる建築物に係る機能継続ガイドライン検討委員会』が設置され、第一回委員会が開催された。この委員会では、大地震時に防災拠点等となる建築物について機能継続を図るにあたり参考となる事項を記載したガイドラインをとりまとめるとしている。

第一回委員会ではガイドラインの骨子試案(PDF)が提示されている。骨子試案には下記のようなことが書かれている。
(本ガイドラインの目的)
建築基準法が、国民の生命、健康及び財産の保護を図るための建築物に関する最低の基準であり、大地震時には建築物の倒壊防止を求めるものであるのに対し、本ガイドラインは、大地震時における建築物の機能継続を図るに当たって、参考となる技術的要件を示すものであることを記載する。

本ガイドラインは、対象建築物の機能継続を図る際に検討すべき、立地、建築計画、構造計画、設備計画、管理面の取組等に関する知見を取りまとめるものであることを記載する。

一般の共同住宅やオフィス等も、所有者等の意向を踏まえつつ、本ガイドラインを参考にして大地震後の居住継続、機能継続を図ることが考えられることを記載する。

(機能継続に係わる目標)
対象建築物の建築主は、地震動の大きさと施設の損傷度合の関係を踏まえ、目標とする機能継続の水準を定めることを記載する。(機能継続の目標水準は、建物用途ごとに予め定められているものではなく、建築主が自ら選択するものとする)

機能継続の目標水準の設定に当たっては、代替施設の確保が困難な場合にあっては、建築基準法で想定するごくまれに発生する地震よりもさらに発生頻度の低い(大きな)地震を想定することも考えられる。

(構造体の耐震設計)
対象建築物が目標とする大地震時の機能継続の水準と、これに応じた構造体の目標性能について記載する。

大地震時の機能継続を図るとともに、さらに発生する大地震(余震を含む)に対する耐震性能を確保するため、構造体について、構造耐力の残余性能が十分残された状態であるべきことを記載する。

構造形式及び目標とする機能継続の水準ごとに、目標とする構造体の変形制限量を、既往の知見を参考に解説に記載する。

今後の委員会でどういったガイドラインになるのか注視したい。ガイドラインの骨子試案には、JSCAの性能メニューも参考として紹介されている。
JSCA_menu

防災拠点となるような施設、庁舎、消防署・警察署、病院などは積極的に機能継続を考えるべきだ。熊本地震のときに庁舎が被災し、災害や被災者への対応が大変だったことは記憶に新しいはずだ。熊本地震で免震構造を採用した病院は無被害で地震直後から病院機能を発揮できている。

やはり機能継続を考えるのなら、免震構造しかないでしょ!

日本的品質管理のありかた

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建設通信新聞(10/17付け)の「建設論評」欄に『日本的品質管理のありかた』という記事があった。
昨今、「品質問題」が新聞紙上をにぎわしている。大手鉄鋼メーカーにおける材料性能データの改ざん、大手自動車メーカーによる無資格検査問題、品質関連の問題でいえば、免震ゴム偽装、耐震偽装、杭問題なども記憶に新しい。

昨今の品質問題に見られなかった欠陥を感じる。いわゆる「ごまかし」「検査忌避」「ほおかぶり」的な話が多すぎるからだ。あまりにも初歩的な品質管理の問題だ。

ISO9000は、英国の当時のサッチャー政権が、「標準、品質、国際競争」という白書を作成したことに始まる。当時のサッチャー首相が日本の自動車工場を見て、品質的に劣る英国の自動車産業の品質改善のために、日本の優れた品質管理に倣い、英国社会の当時の現状を踏まえて作成したものだ。

当然、当時の日本のような現場からの改善活動、TQC活動などという発想は、「資本家」と「労働者」を明確に区分する英国社会では構築を望めない。経営者、管理者からの品質管理、いわば上から目線の品質管理体系として、英国標準が構築されていった。そこではルールや書類が重視された。そのため、品質基準、品質管理ルールは、経営者、管理者が作成し、それを現場の労働者が守るための規則として始まっている。

それゆえ、モラルハザードにより品質管理書類をだれかが偽装すれば、実際の品質と関係なく品質チェックを抜けられる要素を持っている。労働者への信頼が原則でなく、労働者を管理することで品質を確保するものだ。

偽装問題が生じると、原題社会はそれをコンプライアンス(法令遵守)とか、ガバナンス(企業統治)とかいう言葉で片付けるが、そもそも、これもルール。むしろ、人のこころを変える、品質を良くしたい、良いモノを製造したいという現場の気持ちが、本当の品質管理につながる活動だ。

やはり現場の力、人の力を信じる、社員を大切にする、信頼するところからの品質管理が求められる

日本の建設産業では早くからTQCにより品質活動を行ってきた。TQCでは、現場からの発想で品質を改善しようとしていた。その原点に戻るべきだ。その意味で現代における品質管理を徹底する対策は、次の3つを大切にすることだ。
  仝従譴らの改善、意見、提案を大切にすること
  現場の社員、職人を信頼し、現場に任せること
  I兵糎上への新しい技術的挑戦に取り組むこと

TQCは、いつの間にかISOに消されてしまった。デミング賞は日本科学技術連盟が継続しているが、日本としても、このような品質改善につながる新たなイノベーションをもたらす国際的な活動をもっと大切に扱うべきだ。さらには、初歩的な品質問題が生じる今こそ、日本的な品質管理規格を改めて構築し、日本独自の新たな品質管理ルールを作る時期に来ていると思う。ぜひとも建設産業全体で本物の品質を確保する取り組みを構築していきたいものだ。

日産やスバルでは自動車の無資格者による検査は30年以上も前から行われていたという。サッチャー政権がISOの仕組みに英国案を採用させたのは1980年代。ちょうどこの時期から偽装が行われてきたことになる。

その後、規格作りで英国が主導権を取り、ISO9000も14000も英国案が結局採用された。英国は、認定、認証の仕組みでビジネスをつくった。ISOを巧妙に利用した世界標準争いで、欧米勢に包囲された日本には主体的な国際規格戦略はなかった。

QC(品質管理)活動などで世界をリードしてきた日本はほとんど関与することなくISO9000は作られた。日本は商売上の理由もあり、この規格を受け入れた。これまでの日本は、どの分野でも多かれ少なかれ受け身の姿勢であった。これで日本的品質管理は消えてなくなった。

マネージメント規格は企業文化そのものに関わる問題を含んでいるし、問題を抱えているのも事実である。そろそろ日本が提唱してマネージメント規格のあり方を見直す時期が来ているのではいか。
(以上は、「ある女子大教授のつぶやき」より)

日本は、職人社会(だと思う)。
職人が自信をもって仕事ができるル−ルをつくっていくことが必要なんじゃないだろうか。

麺をすする音が不快?

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日経新聞(10/23)に『外国人と一緒でも大丈夫? 麺をすする時に擬音 』という記事があった。
日清食品は、麺をすする音をカムフラージュする機能が付いたフォークを開発したと発表した。フォークに搭載した集音マイクが麺のすすり音を感知すると、専用アプリをインストールしたスマートフォン(スマホ)から水が流れる音など心地よい音が流れる。TOTOのトイレ用擬音装置「音姫」から着想を得たといい、「音彦」と命名した。

日清食品グループのオンラインストアで「クラウドファンデイング」による予約販売受け付けを始めた。12月15日までに予約数が5000個に達した場合にのみ販売するという。販売する場合の価格は1万4800円となる。「音彦」は電動歯ブラシのような見た目。日清食品は「きちんと開発した商品」としている。

日清食品によると、日本人は麺のすすり音をそれほど気にしないが、外国人のなかには不快に思う人もいるという。同社は「ヌードル・ハラスメント」と命名し、解決策として今回のフォークの開発に至ったという。




訪日観光客が増える中、“麺を音を出してすする”という行為について、価値観の違いにより生まれる軋轢=“ヌードル・ハラスメント”問題の解消にも寄与する画期的な商品となっている、とうたっている。

しかし、民族によって価値観や文化は当然ながら異なる。それをお互いに理解しあうことが、観光の目的ではないのだろうか。

親は自分よりスマホ

スマホ夢中

朝日新聞(10/26付け)に『「親は自分よりスマホ」2割』という記事があった。
親は自分よりスマホの方が大切なんだ――。
そう感じている日本の子どもが20%に上るというインターネット調査結果を米南カリフォルニア大学が発表した。米国での同様の調査に比べ高かった。同大学のウィロー・ベイ教授は「子どもだけでなく親のネット依存も強まっている。子どもとネットの使い方について話し合ってほしい」と話した。

インターネット調査は、同大学とNPO「コモンセンス・メディア」が4月に日本で、スマホを持っている中高生の子どもとその親各600人を対象に実施した。調査結果によると、スマホやタブレット端末を使っている時間は親は1日平均で2時間56分で、子どもは4時間18分だった。52%の親は子どもがスマホを使いすぎだと答えたという。

一方で、25%の子どもは親に対して、会話中にスマホに気を取られていると感じていた。さらに「時々、親が自分のことよりもスマホを大切にしていると感じることがある」と答えた子どもは20%に上った。米国でも昨年、同様の調査をしたが、親のネット依存度は日本より高かったのに、スマホの方が大事と感じている子どもは6%にとどまったという。

NPO代表のジェームス・ステイヤー米スタンフォード大准教授は「日本の子どもはネットに夢中の親に、話を聞くよう言えずに我慢しているのではないか。各家庭でルール作りを急ぐべきだ」と話した。

日米の親や子どものスマホに関する意識比較では、子どもが新たなスキルを習得するのに役立つと考える親の割合は米国の88%に対し日本は25%にとどまると分析されており、スマホの有用性などを巡る両国の意識の違いが浮き彫りになっている。一方、スマホが親子関係を阻害したと感じている親は日本で23%と、米国の15%を上回っている。

日本では、スマホが単にコミュニケーションやSNSの投稿用として使われていることが多く、携帯電話の粋を出ていないようにも思われる。これからは、科学技術の知識を活用する能力を養うために、スマホやタブレットなどを活用する必要もあるのではないだろうか。

子は親の鏡。親が熱心にスマホを見つめていると、スマホは面白い楽しいものだというメッセージを発信していることになる。ましてや、子どもからの話しかけに対して、スマホから眼も話さずにいれば。子どもだけでなく、親もスマホなどの使い方を気をつけるべきでしょう。

「これぐらいなら」させぬには

朝日新聞(10/24付け)の「波聞風問」欄に『続く企業不正「これぐらいなら」させぬには』と題して編集委員の多賀谷克彦氏が書いている。
不正の裾野はどこまで広がり、いつまで時をさかのぼるのか。神戸製鋼所が明らかにした不正である。データの書き換えなどの不正の舞台は国内外に及び、関わった管理職は数十人に上るという。10年以上前からの不正もあり、組織ぐるみの疑いが強い。

不正の全体像、原因の究明はこれからだ。企業不祥事が起きると、経営陣が何らかの責任を取り、再発防止策がつくられる。でも、神鋼は1999年以降、不祥事を繰り返していた。最近では、東芝や日産自動車の例もある。

どこも法令順守、企業統治の重要性は分かっているはずだし、態勢も整えてきた。それでも不正が絶えない。

組織の問題点を明らかにすることは当然だが、関わった個人の心理も分析する必要はないか。それには、今年のノーベル経済学賞に選ばれたリチャード・セイラー米シカゴ大教授らが研究する行動経済学が有効だ。伝統的な経済学では理論が重視されるが、行動経済学では人の経済活動での感情や心理が分析の対象となる。心理を分析するデータを集めるための実験も欠かせない。

今回は「The (honest) truth about dishonesty」(邦題「ずる」)を書いたダン・アリエリー米デューク大教授の考えを参考にしたい。

「ずる」は「ずる賢い」のずるである。教授は不正を促す八つの要因を示す。
まず「自らが不正をしても利益を得るのは他人」という要因だ。神鋼の不正でも、関わっても直接は自分の利益にはならず、得したのは会社だった。だから不正に関わっても自らに言い訳ができた。

また「他人の不正を目撃する」というのも、複数の部署、管理職が関わっていたという神鋼に当てはまる。「上司や同僚もやってた」という思いは道徳心の垣根を下げる。教授は「人は不正に感染しやすい」とも説く。

次の「消耗」は疲れがたまると道徳心が損なわれ、不正に手を染めやすくなるという分析だ。神鋼幹部の会見では「納期を守り、生産目標を達成するプレッシャーがあった」という説明があった。

では、どんな対策が有効なのだろうか。この分野を研究する大竹文雄・大阪大教授は「罰則も重要だが、道徳心を呼び起こす工夫、環境も必要だ。米国の実験ではモーゼの十戒を思い出させ、不正が減ることが立証されている。仕事前の朝礼もそういう視点で活用してはどうか」という。

次のような実験もあるという。英国の大学でコーヒー代金を入れる箱の前に目の写真を貼ると、花の写真を貼っておいたときより、回収漏れが減ったという。見られているという環境づくりだ。

ちょっとした誘惑が不正への抵抗を鈍くさせる。人間の弱さだ。本人は「これぐらいなら」という思いだったとしても、その小さな弱さの積み重ねが、大きな会社を危うくしている。

誰にでも、これくらいならいいだろう、という経験はあるのではないか。こうしたことが繰り返されても特に問題が指摘されなければ、もっとやっても大丈夫となりがちになる。たとえば、自動車の運転。道路によって最高速度が決められているが、それを守って運転している人はあまりいない。それは、その速度を守らなくても、警察に捕まらないし、事故を起こす可能性も低いということが経験として知っているからだろう。速度違反だけでなく、運転に慣れてくると注意が散漫になったりして事故を起こすことにつながる。事故を起こしたとき、はじめて問題の大きさを認識することになる。

しかし、こうした問題も自動運転が実用化されれば無くなってしまうかもしれない。自動車が交通ルールを守り、相互に通信しながら運転するようになれば、事故などは起きようがなくなるかもしれない。
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日産自動車の点検の不正に関して、国交省は無期限の監視対象にするという。しっかり監督することで不正を防ごうということのようだ。こうした方法が本当に不正を無くすことにつながるかどうか・・・

企業が製造する製品の品質管理もすべて自動化することができれば、「不正」ということは無くなるかもしれない。しかし、そうなったとき、人間の役割というのはどうなるのだろう。

尊敬する主婦たち

日経新聞(10/6付け)に生活史研究家の阿古真理氏が『尊敬する主婦たち』と題して書いている。
私には尊敬する主婦が3人いる。そのうち2人は、中高生時代からの友人で、恋の悩みも結婚相手を決めた理由も打ち明け合った仲だ。竹内まりやの歌詞ではないが、「彼より知っている」お互いの過去がある。
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(略)
仕事は、有限責任である。責任を持つ範囲を超えたところは関係ない、と切り捨てることが許されるのだ。むしろ、切り捨てることが、健全に仕事を続けるうえで必要である。

しかし、家族は人生を分かち合う相手であり、生活は待ったなしの現場だ。理想は家族全員が関わることだが、それが無理でも誰かが責任を引き受けなければならない。子育ての責任を女性に押し付けてきた社会構造の問題もあり、その役割を引き受けてきた主婦は多い。

一人で暮らしていても予想外の事態は起こるのに、家族がいればその何倍も「事件」が起こる。特に子供は、思い通りにならないうえ病気やけがもする。しかも、彼らの人間形成に親は決定的な影響を及ぼす。

私の知る3人の主婦たちは、そういう役割から逃げずに引き受け、さまざまな局面を一つ一つ乗り越えてきたのだ。その結果、人生と家族がもたらす喜びも享受することができたのだろう。垣間見た彼女たちの人生から、他者を肯定する包容力から、彼女たちが得た豊かさを想像する。

自分を全力で愛してくれる子供、その成長を感じる瞬間の喜び。つらいときに寄り添ってくれた夫。彼らの世話を焼く幸せ。太陽の匂いを吸った布団、食べてみたいと作った料理の味。それを喜んで食べる家族。

主婦とは単に家事や育児をするだけの存在ではない。お金と引き換えにできない価値を持つ責任を、たくさん引き受ける人たちである。

一億総活躍社会というキャッチフレーズも聞くが、単に女性だけの問題ではないだろう。男性、特に年配者の意識も変わらないと、「総活躍」にはならないのではないだろうか。活躍というと結婚して出産しても働き続ける女性が活躍するというイメージが強いが、専業主婦も頑張っていることを認める必要があるし、さらに出産後も仕事を続けている女性も活躍できる制度や支援も必要だろう。

こうしたことが女性だけの問題として認識することもおかしい。男性の問題としても考える必要があると思う。生活は、眠って起きて食事をし、家事をして部屋を整え、家族と会話する、そして仕事をして他人のために汗を流す、といったささやかな事柄で成り立っている。

その積み重ねが、人生だろう。
各自が人生を楽しめるような社会を目指すことが求められている。

難民のための家をつくる建築家

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WEFに日本の建築家・坂 茂氏の活動が”This Japanese artist designs homes for refugees”として紹介されていた。
日本の建築家・坂 茂は、大聖堂やコンサートホールを紙で作ったことで知られており、ケニア北西部の難民のための2万の新しい家を設計しています。2014年にプリツカー建築賞を受賞した坂氏は、ケニアのTurkana地域のKalobeyei難民居留地で家を建てるために国連ハビタットと協力する予定です。

坂氏は、段ボールや紙そしてビールケースといった材料を使用するミニマリストで、緊急時の住宅に関する仕事として知られています。彼は1994年の大虐殺の後、ルワンダの難民避難所を、ネパールでは2015年の地震の後に建てています。彼の紙製のログハウスは、日本、トルコ、インドで使用されています。ケニアでは、ケニアの難民収容人口は約40万人で、今後も拡大すると予想されています。

「重要なことは、技術的な監督者が必要のないシェルターを設計して建設することであり、現地で入手可能で環境にやさしい材料を使用することです。そして住民自身が家を簡単に維持できることが重要です」
“The key thing will be to design and construct shelter where no or little technical supervision is required, and use materials that are locally available and eco-friendly. It’s important that the houses can be easily maintained by inhabitants”

坂氏は、難民だけでなく、地震の被災地でも避難所(体育館)の間仕切りの設置、仮設住宅の建設などにも力を注いでいる。建物の耐震性は、その国の経済力に比例するのではないだろうか。国の経済力が高くなれば、これまでとは違った建築材料、たとえばコンクリートや鉄骨などを使って建築物をつくることができるようになるだろうし、より耐震性に配慮した家づくりを目指すことも可能だろう。

しかし、そこまで経済力が高くない地域では大地震によって建物が大きな被害を受けることになる。こうした地域では坂氏がいうように、現地で入手可能な材料で、安く簡単に耐震性を高める手法が求められよう。加えて、耐震性に少しでも配慮した建物となるようなマニュアルのようなものを作成して、その地域の住民に理解してもらうことも欠かせない。

坂氏が言っている「現地で入手可能で環境にやさしい材料を使用することです。そして住民自身が家を簡単に維持できることが重要です」という点は、難民のための住宅だけに当てはまるのではない。家はその持ち主によって維持管理されることが必要だし、そうすることで耐震性だけでなく、住宅の価値も維持向上させることができるはず。ただ、いまの日本の住宅は誰かが建ててくれるものだし、どこかで買うものになっているように思う。

さて、我が国の住宅の今後はどうなるのだろうか。また近い将来発生するかもしれない大規模災害への備えは十分だろうか。

就職時に「学習歴」の物差しを

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日経新聞(10/20付け)に福知山公立大学准教授の杉岡秀紀氏が『就職時に「学習歴」の物差し必要』という記事を書かれている。
政府は大学を含む「教育の無償化」の検討を始めた。教育の無償化への動きは歓迎したいが、この「人づくり革命」と、官民で進める「働き方改革」をより深く結びつけたほうがいいだろう。

大学で身につけた学問が、社会でのキャリアアップに直接つながるような制度があれば、人づくりと働き方が結びつきやすくなる。注目したいのが、欧州連合(EU)の域内で、主に大学など高等教育と労働市場をつなぐ「欧州共通の資格の枠組み(EQF)」という制度である。

学習者の習熟レベルを1から8までに分け、知識やスキルでどのレベルにあるか、EU圏全体での新卒や転職時の基準になっている。例えば英国の自治体などで都市政策にかかわる管理職に就職するには、都市政策系の大学院の修士に相当するEQFのレベル7が必要になる。EQFが機能することにより、どこの大学を卒業したという学歴でなく、何をどの程度学んだかという「学習歴」が物差しになっていることになる。

日本にも、政府レベルではEQFの概念に近い「キャリア段位制度」という枠組みがある。しかし分野が介護や環境、農林漁業の経営に限られ、他分野に広がっていない。日本は新卒の一括採用や学歴偏重、年功序列といった労働慣行が根付いている。段位制度が浸透すれば労働者の能力の見極めにつながるはずだが、急にあらゆる分野で導入するのは難しいだろう。だが「日本版EQF」を検討さえしないのはもったいない。

日本の地域レベルでは、京都府内で、EUの動向を踏まえた産官学の連携による資格の枠組みづくりが進んでいる。現在、政策系の学部を持つ約10大学がEQFのレベル5〜7にあたる教育プログラムを持つ。学生や社会人が受講し、150人を超える「地域公共政策士」という資格の取得者を輩出した。取得者が就活や転職の際に資格欄に書くなど、地域政策の能力証明として機能しつつある。

日本版EQFが導入されれば、大学にはまず、就きたい仕事のために10代後半から20代前半に通うことになる。続いて転職やキャリアアップのため、例えば30〜40代で2回目に学ぶことになるだろう。

日本版EQFが定着するには、雇用者と被雇用者、何より社会の意識の変化が必要になる。道のりは険しいが、「学習歴」が海外も含めた就職の際の物差しとなるようにしたい。

皇學館大学准教授の遠藤司氏は、『学歴ではなく「学習歴」を見る時代:ビジネスの観点から大学を改革せよ』と題して書いている。遠藤氏は、いまの就活事情の原因は大学にある。つまり我が国の衰退の原因は、大学教育の不備にあるという。そのため企業は、大学での勉強よりも、課外活動で何を学んできたかのほうが意味があることだと思っている。結果として、多くの大学は、大卒資格を出すための機関となり、大半の学生も、それでよいと思っている。現状を変えるために、企業は、第一に、大学で何を学んできたかを学生に問わなければならない。次に、それを学外でどのように活かすことができたのかを問わなければならないとしている。

我が国では新卒の一括採用や学歴偏重がつづいている。企業が学生を採用するときに、大学での「学習歴」を重視するようになれば、単に単位がとれればいいといった学生の割合は少なくなるだろう。同時に、大学ではどんな教育をしてきたのか、どれほどの知識やスキルを身につけた学生を育成できているのか、大学教育の成果も厳しく問われることになろう。

大学無償化は選択と集中で

日経新聞(10/17付け)の「大機小機」欄に『大学無償化は選択と集中で』という記事があった。
衆議院選挙を控えて大学教育費の無償化論が唱えられているが、その根拠は明確ではない。大学卒の平均賃金は高校卒よりも安定して高いが、それは本当に両者の労働の質の差を反映したものだろうか。

大学教育の社会的有用性を疑問視する選別理論がある。企業が大卒者を好むのは、大学教育の価値ではなく、企業内訓練を習得する潜在的な能力のシグナルとして用いるためという。これは海外と比べて、博士や修士課程の比率の低さにも反映されている。こうした大企業に選抜されるための大学進学は、学生個人にとって利益があっても、社会的な価値は小さい

もっとも大学無償化は低所得層の負担を軽減し、教育機会を均等化させる効果はあるという。しかし、低所得層にとって、大学教育の費用は、高卒で働いた場合の収入を失うため「タダでも高すぎる」。従って、真の教育機会均等化には、在学中の生活費も含めた奨学金が必要とされる。

他方で、その場合には就業後の返済負担も大きくなる。現在、四年制大学生の半分以上が奨学金を受給しているが、賃金水準が長期低迷する下で、学費だけの返済でも困難な者が増えている。

こうした状況下で、中高所得層も対象とした大学授業料を、すべて国債で賄うという選挙公約は、財政の厳しい状況を考えれば、無責任極まりない。まずは、学力と所得水準を基準とした給付型奨学金の充実を優先すべきであろう。

供給面では、大学の質を考慮しない大学無償化にも問題が多い。大学無償化を人気の高い東京23区の私立大学定員の抑制策と結び付ければ、結果的に定員割れ大学の救済策となるだけである。少子化が進むなかで大学が多すぎるという批判には、参入制限ではなく、逆に質の低い大学の退出促進で対応すべきだ。

これまでの画一的な基準での大学評価ではなく、教員の研究主体の大学と、学生の付加価値を向上させる教育主体の大学の、いずれに重点を置くかを明確にすべきだ。また、グローバル人材育成のため、レベルの高い外国大学の誘致や、学生の海外留学への公的な支援にも重点を置く必要がある。大学教育への支援には、現行制度のままでの無償化ではなく、選択と集中が重要である。

ビジネスインサイダー”It costs more to go to college in America than anywhere else in the world”という記事のなかで、アメリカの大学の授業料が突出して高いと説明している。左側の図が公立大学の平均授業料で、右側が私立大学となっている。
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日本の大学の授業料も高いことがわかる。大学教育の役割や価値を日本社会としてどう考えるのかによって、授業料の負担や奨学金のあり方も変わってくるだろう。

本学でも給付型奨学金として「七隈の杜」奨学金を設けている。しかし、これは1年次だけの適用であり、給付額も授業料相当額とはなっていない。財源が確保できれば、給付型奨学金を4年間継続して支給できるのだが、いまは難しい。

大学の授業料の無償化の前に、給付型奨学金を充実できる支援をお願いしたいところだ。

「九州免震普及協会」が発足しました

10月20日に設立総会を開催し、「九州免震普及協会」が正式に発足しました。
総会につづいて開催した記念講演会と懇親会には50名以上の方に参加いただき無事に終えることができました。
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本会の活動の目的は、免震構造の適正かつ健全な普及を図るとともに、より確実な耐震技術の発展と安全で良質な建築物の整備に貢献し、地域住民の生活の向上を目指す、としています。

これからの本会の活動としては、
 (拔会・見学会等を通じて免震構造への理解を深める
 ∋楴腓箏築家などを対象とした講演会・セミナー等を開催し、免震構造の健全な普及に努める
 施主・建築家と設計者・技術者間の交流をはかるために、情報交換等を行う場を設ける
 ぅ瓠璽ーの技術者や実務者・学識者からの最新情報を提供できるセミナーや勉強会を開催する
といったことを掲げています。

「免震」という言葉自体は知られてきていると思いますが、免震の効果や手法についての理解は十分深まっているとは言えないと思います。本会の活動が少しでも免震構造の普及につながるようにしていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

選挙はくじ引きで?

選挙

朝日新聞(10/20付け)の『あえて「選挙はくじ引きで」』という記事で、政治学者の吉田 徹氏(北海道大学教授)が「くじ引き民主主義」を提言している。
選挙ではなく、くじ引きで自分たちの代表を決める仕組み。それを導入することで私たちは民主主義を強化できる、と吉田さんは訴えた。古代ギリシャなど近代以前の民主政治では、実はくじ引きが普通に用いられていたのだ、とも。「地域の名士だけでなく、専業主婦だったおばあちゃん、子育てするお母さん、非正規のフリーターが集まる議会を想像してみよう」と。

引き金は地方選挙の「形骸化」だった。2015年に行われた統一地方選挙では、町村議選での無投票当選者の割合が21%に増えた。投票の洗礼を受けずに議員になる例が常態化しつつあるのだ。また、議員のなり手不足に苦しむ高知県大川村は今年、議会を廃止して代わりに有権者が直接審議する「町村総会」の設置を検討し始め、全国に衝撃を与えた(後に作業を中断)。

いま地方選挙の現場で目撃されているのは「選ぶという行為の空洞化」だと、吉田さんは話す。「選択肢がない状態では、選ぶという行為は意味を失う」

しかし、職業政治家だけでなく多様な人々が集う議会とは本当に良いものなのか。代表制民主主義の「代表」をどうとらえるかによるというのが吉田さんの考えだ。

代表とは何か。

いま標準的なのは「代表=選良(エリート)」という考え方だという。この場合、議員は人々に範を示す役割も期待される。だがもう一つ、「代表=代理人」という見方が歴史のかなたにあった。代表には人々と同じ感覚を共有していることが期待され、議会は社会を映す鏡となる。そんな民主制を実現した手段がくじ引きだった。

「古代ギリシャでは、議会にかかわる公職や官職を担う人を決める際にくじ引きが採り入れられていた。政治的な意思決定に『社会の縮図』を反映させようとする工夫だ。しかし近代になるとエリート主導の民主制モデルが中心的になり、くじ引き型の民主制モデルは忘れられていった」

遠い昔のモデルをなぜ呼び起こすのか。

「エリートに対する人々の信頼が低くなってきたからだ。議員の不倫が重大なスキャンダルと意識される背景にも、議員=選良という発想の強さとエリートへの反感がうかがえる」

能力を基準に議員を選ぶことが必ずしも良いとは限らない、とも指摘する。

「政治理論の世界には、能力で人を競わせる選挙より、くじ引きの方が公正だという議論もある。世襲議員の優位が示す通り、能力はその人の環境に左右される。その点、くじ引きは万人を参加可能にし、立法過程を万人に開放する制度だ」

くじ引きでは原則、当たったら引き受けねばならない。抵抗もありそうだが、義務化することに意味があると語った。

「民主主義はうっとうしいものでもあり、立派な主権者であり続けることはつらいことでもある。『自分が政治家になったらどうするか』と考える機会を増やすことは、主権者としての当事者意識を涵養(かんよう)する効果を持つだろう。代表制を活性化させる可能性がある」
(略)
代表の意味を考えることは目前の衆院選にも無関係ではない、と語った。

「自分より優れた人を選ぶのか、自分と同じような人を選ぶのか。それを考えることは、自分が政治に何を求めているかを知る内省の機会になるだろう」

どんなに大きな選挙であれ、それが終わったあとも政治は続く。

「大事なのは、自分たちでいろいろな民主主義をデザインし続けることなのでは」

選挙の時期になると「選挙カー」を使ったりして候補者の名前を連呼してまわる。まずは名前を覚えてもらうことが先ということなのかもしれない。さて、どの候補者が当選するのかは、結果を待つしかないが、新聞やニュースで各党の獲得議席数の見込みなどが報道されると結果に対する意外性もなくなってしまう。もちろん候補者一人ひとりにとっては、当選と落選では雲泥の差があるのだろうが。

一度、国会を「社会の縮図」にしてみて、本音の議論をしてもらうのは面白いかもしれない。

負動産の時代

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朝日新聞(10/15付け)に『負動産の時代』という連載がされていて、その最終回に東洋大学教授の野澤千絵氏が『「つくる」から「使う」政策に』と題して寄稿されている。
大都市郊外や地方都市では、無秩序に宅地が郊外に広がる「焼き畑農業」のような住宅開発が今も続いています。業者は住宅建設でもうけたい、地権者は土地を活用したい、自治体は人口を増やして固定資産税を得たい、という構図です。

人口減が本格化するこれからは、都市を拡大・拡散させればゴミ収集などの公的サービスだけでなく、宅配便などの民間サービスの提供も非効率になり、コスト増となります。同じことは都市部のタワーマンションの建設ラッシュにもあてはまります。急激な人口増で後追い的にインフラや公共施設の増設を続けると、これらの維持管理費が永続的に必要になります。現世代が次世代に多大な負担を残すことになるのです。

私が提案するのは、こうした「つくる」ための規制緩和や補助金、税制などの優遇措置を縮小し、これまで整備してきた居住地を再生・更新して「使う」ことに政策誘導すべきだということです。日本の住環境を、よりゆとりのある空間に再編していくという視点が大事になります。

たとえば、空き家になった隣地と統合してより広い住宅へと建て替えたり、古いマンションは上層階を「減築」して耐震性を高めながら長寿命化したりするなどの取り組みが挙げられます。次世代に負担を残さずバトンタッチする取り組みにこそ、減税や補助金といった政策資源を使うべきです。

今はほとんど受け付けられない自治体への土地の寄付も、考え方次第だと思います。郊外で災害の危険性があって開発を抑えたいエリアの空き家は、自費での解体を要件に自治体に寄付できる仕組みがあれば、非効率にまちが広がることを防ぐ対策にもつながるからです。

僕の生家は取り壊して、更地となっている。更地にした方が税金が高くなるということだったが、空き家として放置しておくと近隣に迷惑をかけるかもしれないので取り壊した。また以前は田んぼで稲作をしていたが、いまは誰も耕作しないため草や竹が生い茂っている。土地の有効活用といってもそれを担う人たちがいないと「負動産」となってしまう。人口が減っていく時代になり、土地の扱いや住まい方も変わっていく必要があるだろう。

日本の大学で建築系教育をしているのは、100校以上はあるのではないか。その多くの大学での教育課程では建物を建てる(新築)ときを念頭にカリキュラムが構成されていると思われる。本学でもそうであるが、卒業後に受験する「建築士」資格を得るために必要な最低限の科目は用意されているだろう。大学によっては都市計画やまちづくりといったカリキュラムを用意したり、そちらに重点をおいた学科となっている場合もある。

これらかの建築教育には、建物を建てる(つくる)ことに加え、都市計画、不動産や金融といった知識やスキルを身につけることも必要になるのではないだろうか。いくつかの大学では「建築学部」として、多様な教育を試みている大学もある。将来を見据えて、建築教育の拡充も必要だろう。

鉄筋結束作業をロボットで

鉄筋ロボット

日経新聞(10/17付け)に『建物骨組み固定、ロボにおまかせ』という小さな記事があった。
千葉工業大学と大成建設は、建物の骨組みとなる鉄筋を針金で固定する結束作業を担うロボットを開発したと発表した。2種類のセンサーを使い、交差する鉄筋の上を動いて作業する。従来、10人で1日かかっていた作業がロボット1台ででき、省力化につながる。同社は2018年度から現場に導入する予定で、業界に普及させたい考えだ。

建物の骨組みを作る鉄筋工事ではコンクリートを流し込む前に交差する鉄筋を針金で固定する。鉄筋工事全体の約2割を占めるという。中腰姿勢で長時間働く必要があり作業時の負担が大きい。作業員不足などから、省力化が求められていた。

大成建設のプレスリリースによれば、ロボット本体の大きさは幅40cm×奥行き50cm×高さ30cm、全重量は20kg以下とコンパクトサイズとなっている。

同じく大成建設はコンクリートの床仕上げロボットも建設現場に導入するという報道もあった。技能者が中腰で行う作業の負担を軽減し、省人化や効率化を実現するという。コンクリートの床仕上げロボットは、重さ約90キログラムで、充電可能な着脱式のバッテリーで約3時間駆動。技能者がコントローラーを使って無線操縦する。技能者の仕上げ作業に比べて効率を3〜4倍向上できる、と。

こうした作業ロボットは今後も増えていくのだろうか。
職人の不足、高齢化など建設現場で働く人たちの確保も難しくなってきていると聞く。ロボットなどの導入によって、作業効率を上げて、働き方改革につながっていくことを願いたい。

コンクリートの常識・非常識

建設通信新聞(10/11付け)の「建設論評」欄に『コンクリートの常識・非常識』という記事があった。
ミレニアル世代と呼ばれる1980年代以降に生まれた10代、20代の若者たち。生まれた時からインターネットに接し、デジタルネイティブとも呼ばれる。そのミレニアル世代、黒電話を知らないらしい。黒電話を見せたら、電話であることは認識したものの、使い方を聞くとダイヤル番号が書かれた数字を押して使うと回答したそうだ。携帯電話に慣れたミレニアル世代にとって電話をかけるとはプッシュボタンを押すことを意味するからだ。

いまの常識も、次の時代には非常識になる。

これまで車といえば、エンジンで動き、アクセルとブレーキがあって、ハンドルで方向を決めて進むものと誰もがいまは思っている。しかし、次の20年は自動運転が当たり前になって、アクセルもブレーキもなくなるかもしれない。アクセルペダルがある車を見ると、その時代の子どもはこのペダル何のためと思うだろう。どこでも充電できるようなワイヤレス給電が実現すれば、電線がいらない社会が実現する。その時は電線を地中化することさえ無意味な世界が来るかも知れない。

建設産業もいまの常識が次の時代の非常識になるはずだ。

建設の主要資機材である「コンクリート」を見てみよう。
コンクリートの歴史で最も古いのは、イスラエルのイフタフ遺跡で見つかった紀元前7000年のものだ。コンクリートそのものは、ご存じのように圧縮には強い。技術の進化とともに、コンクリート強度は相当向上したように思われるが、コンクリート強度自体は9000年前の強度と今日でもほとんど変わらないそうだ。ローマ時代も盛んにコンクリート技術が活用されたこともよく知られた事実だ。しかし、コンクリートだけでは、引張強度に弱い。これを克服するのは19世紀になってからだ。1867年にパリの庭師モニエが鉄筋を格子状に配置した「モニエ式鉄筋コンクリート」の特許をとり、橋梁などに発展させた。近代における建設の主要資機材である鉄筋コンクリート造は19世紀はじめに始まり、これまでも継続して主要な材料として活用され続けている。

日本の鉄筋コンクリートの歴史も同じ19世紀頃。1890年(明治23)年に、横浜港の土木工事が最初。建築では1905(明治38)年の倉庫建築が最初とされている。鉄筋コンクリート造の集合住宅は長崎県端島(軍艦島)の30号棟で、1916年に竣工した。

鉄筋コンクリート技術は、今後50年、100年、数千年続くようなことも想定される。ただし、コンクリート造と鉄筋コンクリート造の大きな違いは寿命だ。コンクリート造であれば未来永劫残る。しかし、鉄筋コンクリート造は鉄筋のさびにより、寿命は50年から100年と短い。再アルカリ化などしないと保てないのがいまの技術だ。

鉄筋コンクリートができて百数十年、まだこれ以上の建設素材を見つけていないのが、現在の建設技術だ。

AI(人工知能)やICT時代。そろそろ常識を非常識にする時代に来ているのではなかろうか。新たな素材や新たな生産方法の導入により、より長持ちする建設主要資機材を獲得するような、建設素材の大胆な変革に期待したいものだ。

黒電話を超えるためにも。

東洋経済1021

週刊東洋経済(10/21号)の特集は『EVショック』
日本経済を牽引してきた自動車業界を揺るがす電気自動車(EV)の展開が取り上げられている。中国は2019年から生産台数の一定の割合でEVやPHV(ハイブリッド車)の生産を義務づけるし、イギリスとフランスは2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を禁止するといっている。アメリカでもカリフォルニア州をふくむ10州で排ガスゼロ車の規制が強化されるようになる。こうした動きをうけて、自動車メーカーはEVなどの開発に本格的に取り組んでいるという。

EV化で部品は4割も減るという試算もあり、エンジンを中心として従来の自動車生産の構図は大きく変わる可能性がある。また、エンジン関連部品を生産してきている部品メーカーも打撃をうける可能性もある。さらにガソリンスタンドや自動車整備士も不要になるかもしれない。

エンジン車が誕生したのは約130年前といわれているが、近い将来、これまでのエンジン車が「黒電話」と言われる時代が来るかもしれない。これに自動運転などの技術が組み合わされれば、自動車の概念がまったく変わるだろう。

一方の建設業界では、鉄筋コンクリートや鋼材が使われるようになって、同じく130年ほどが経過している。自動車と違って、簡単には素材やシステムが変わるということはないにしても、新しい素材や技術を研究開発していくことは必要だろう。

3Dプリンターで型枠不要

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建設通信新聞(10/12付け)に『大林組が3Dプリンター開発 型枠不要部材を積層造形』という記事があった。
大林組は、特殊なセメント系材料により型枠を使わずにさまざまな形状の部材を自動製造できる3Dプリンターを開発した。ロボットアームが、先端のノズルからセメント系材料を吐出し、積層造形することで建築物や土木構造物の部材を自動で正確に製造する。今後、バイオミメティクス(生物模倣)による構造物や、荷重条件による最適な形態を解析する手法による構造物へ応用を進める。

近年、建設業界では石こうや樹脂などを使った模型製造などで3Dプリンターの活用が進んでいる。しかし、建築物や土木構造物にはコンクリートなど多くのセメント系材料が使われており、必要な強度に達するまで一定の時間を要するため、所定の形状と寸法を保つ型枠が必要になるなど3Dプリンターの利用には課題があった。

開発した3Dプリンターは、3Dシミュレーター内で動作をプログラミングされた7軸のロボットアームが一定の速度で所定の経路を移動しつつ、ノズルからセメント系材料を吐出して構造物を正確に積層造形する。

セメント系材料はデンカ(東京都中央区)が開発したもので、建築物や土木構造物に必要な強度と耐久性を保持し、吐出直後でも形状が崩れず下層と一体化して短時間で固まるため、型枠を使わずに部材を製造できる。材料には短繊維を配合したことで層をつなぎ一体性を確保する。これまでセメント系材料で製造する場合に時間と労力を要していた曲面や中空などさまざまな形状の部材も容易に製造できる。

11日には同社技術研究所(東京都清瀬市)で、3Dプリンターのデモが公開され、50層からなる幅500mm、奥行き250mm、高さ500mmのアーチ状ブリッジのブロックを約15分で製造した。

製作過程は映像で見ることができる。

これくらいブロックを製作するために必要な時間が15分か。海外ではより大がかりな装置をつくって実物大の構造体をつくることも試みられている。コンクリートブロックではなくて、直接、構造体の一部をつくることも可能になってくるのだろうか。しかし、コンクリート(モルタル)なので、ある程度強度がでないとどんどん積層していくなんてことは難しいか、な。

鉄筋コンクリート構造に適用することも可能だろうか。鉄筋も一緒にプリンターで出力なんてことは無理かな・・・

より詳細なことは大林組のプレスリリースを参照ください。

老人を育てる

日経新聞(10/7付けの夕刊)の「あすへの話題」欄に『老人を育てる』と題して龍谷大学農学部教授の伏木亨氏が書いている。
私は老人である。4人も孫がいるので、新米ではあるが立派な爺(じじい)と呼べる。

私の田舎では厄年を過ぎた男を初老と呼ぶ。40になった途端に町役場から「初老の会」のお知らせが届く。呆然とするが、遠からず老人になることを示唆する深い配慮である。悪評だった65歳からの前期高齢者のカテゴリーも同様。年寄りには失礼を厭(いと)わず自覚させるのが親切というものだ。

老人は気楽と思われているらしいが、そうではない。超うるさい長老が去ってせいせいしたとたんに、厚顔の年寄り予備軍連中が突き上げてくる。因果はめぐる。

反応の鈍さと判断の遅さは老人の武器である。反応の鈍さをひとは重厚と感じる決断の遅さは深い思慮を漂わせる情報機器には疎いので余計な情報や雑音がない。だからブレる余地がない。言語の不明瞭さは神秘的ですらある。

重厚な爺は会議の空気などは読まない。熱い議論も平気で沈静化させる。若手の斬新なアイデアには思わぬ欠陥があるので、冷静なご判断に救われましたと後で感謝されることもたまにはある。老人のKYにもめげない若手の熱意は、よくわからなくとも貴重なので、一転して深く頷(うなず)く。これも爺のたしなみである。

私のような新米爺は取り扱いに注意が必要だ。冷たくしすぎると本格的な頑固爺に育つ。過度に甘やかすと勘違いして使えないちょいワル爺になってしまう。尊敬できる老人に仕立てるには最低限の思いやりが必要だ。昔の成功体験の記憶しかないので、昔話は優しく聞き流す配慮も必要とされる。子供を育てるより骨がおれる。

そうして、正しく育った爺は、満足して職場から巣立つのである。

不惑耳順

論語のなかで孔子は、
私は15歳で学問に志した。【志学】
30歳で自信がつき自立できるようになった。【而立】
40歳で心に惑いがなくなった。【不惑 】
50歳で天命を知った。【知命 】
60歳では人の言うことを逆らわないで聴けるようになった。【耳順 】
70歳になると心の欲するままに任せても限度を超えなくなった。【従心】
と述べている。

孔子が言うようになるには、老人を育てる環境も必要だし、それなりの教養を身につけておくことも必要だろう。僕もあと2年ほどで60歳となる。さてさて、孔子のいう境地に達することができるように精進しなきゃ。

「必修7科目」に打ち込んで

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日経新聞(夕刊)に「就活のリアル」という連載がある。執筆者はハナマルキャリア総合研究所の上田昌美さん(ブログ)で、10/2付けの記事は『低学年から始める準備 「必修7科目」に打ち込んで』というもの。
「大学生になったら、就活の準備でやった方がよいことはありますか?」
1年生の親御さんにこんなことを聞かれた。あります!

実は大学生にも、就活のための必修科目のようなものがあると私は考えている。まるで高校時代までの「5教科・部活動・委員会活動」のように。これは勉学だけでなくその他の活動も含めたものだ。

詳しく言うと「学業(ゼミ)、部活(サークル)、アルバイト、留学、趣味、ボランティア、インターンシップ」が挙げられる。

なぜこれらの項目かというと、企業に志願書として送る履歴書に似た「エントリーシート」でよく聞かれる質問だからだ。

エントリーシートは各社違うが、おおよそ聞かれることはその7つに集約される。エントリーシートや履歴書には空欄がない方がいい。なぜなら、空欄が多いと志望意欲が高いとは思われないからだ。大学生活のこれらの活動を枠内にぎっしり書いて、盛りだくさんに詰め込みたい。

3年生の終わりになって、いよいよ就活というときに「書くことがない」と嘆くことのないようにしてほしい。そのためには、低学年のうちに自分の大学指定の履歴書があれば、それを見てみるとよい。毎年そう変わらないので、そこにある項目は大学生活のガイドラインのようなものといえるだろう。

「資格は必要ないのか」という疑問を持つかもしれない。「資格」は取ってもいいが、まずは大学4年間で「○○学士」という資格を取る勉強をしていることを忘れずに。短大、専門学校も同様で卒業した時にもらえる資格というのが一番大事だ。極端な話、それ以外は特に資格は必要ないともいえる。

ただし、自動車の運転免許があった方がいい職業や、専門のために取った方がいい資格がある場合は別である。また英語力を表すTOEICについては書かされるケースもあるので、スコアを上げていくようにしたい。

もちろん、大学生活が就活のエントリーシートを埋めるためにあるのではない。その活動の中から、自分の働く価値観に気づいたり、やりたいことが見つかったりすれば一番よいと思う。

一つ言えることがある。企業の人事担当者は、大学生活という「ゆとりある時代」を十分に充実した自己成長の日々として活動してきた人を好む。その人の人となりを見るときに、中学・高校時代よりも直近の大学時代の方に目を向けるのは当然のことだ。

新入生に大学入学の目的や将来のことを聞くと、「できるだけ良い企業に就職するためです」、「一級建築士になるためです」といった回答が多い。確かに、大学を卒業して、やりたいことができる企業に就職できれば幸せだろう。そのためには、ここで示された「7科目」をバランス良く修得することがテクニックとしては必要なのかもしれない。

では、大学は就職や資格取得のためにあるのか。大学の役割として、そういう面もあるだろうが、それだけではないはずだ。ここに大学の役割と学生(入学者)とのギャップがあるように思う。一方で、採用する側としては学生の「自己成長力」や「潜在能力」「態度や資質」などを評価する傾向が強い。ここでは学業(成績)というのは、あまり重要視されていない。これは企業の評価項目と学業があまり相関がないと思われているのか、あるいは大学の成績評価が信頼されていない?

大学と企業との間にもギャップがあるようだ。入学者やその保護者は就職に関して関心が高いため、大学は学生の就職支援に力を注ぎ就職率の高さを誇示するようになる。しかし、それをやり過ぎると、大学が「就職予備校」となってしまいかねない(保護者の評価は高くなる?)。

大学教育がユニバーサル型となった今、大学と学生と企業のギャップを埋めていく作業が必要に思う。

熊本地震から1年半

日経新聞(10/14付け)に『建物公費解体、9割完了 なお4万5千人仮住まい』という記事があった。
熊本県は13日、熊本地震で全半壊し、熊本県内で公費解体の申請があった建物約3万6千棟のうち、9割近くの約3万1千棟が完了したと発表した。解体から生じるがれきなどの災害廃棄物も8割以上処理した。最初の激震から14日で1年半。約4万5千人が仮設住宅などでの仮住まいを余儀なくされる一方、町の再生に向けた動きは進む。

県によると、9月末時点で公費解体の進捗率は約87%で、27市町村のうち上天草市や山都町など6市町で全て完了。ただ申請数の4割近くを占める熊本市の進捗率は77%と低く、3千棟以上の解体を残す。県の担当者は「業者不足で住まい再建が遅れ、被災した住宅を解体できない人も多い」と説明。来年3月には27市町村全てが完了する見通しだ。

廃棄物処理は今年8月末時点で推計量約289万トンのうち、84%の約243万トンの処理を終えた。コンクリートを砕いて道路整備に利用するなどのリサイクル利用が全体の7割以上を占めた。

一方、仮設住宅約4300戸のうち7月末までに退去したのは1割弱の約千人にとどまり、政府は原則2年の仮設の入居期限を1年延長すると決めた。県は仮設住宅やみなし仮設住宅の入居者を対象に、民間賃貸住宅に移った場合は初期費用として1世帯当たり一律20万円助成するなどの支援事業を始め、住まい再建を後押しする。

熊本城の天守閣の復旧工事は進んでいて、大天守の新しい屋根が見えており、復旧は進んでいるという印象をうける。
熊本城

東日本大震災の被災地(岩手、宮城、福島の3県)でも、まだ19000人以上が仮設住宅などで暮らしている。熊本地震での仮設住宅もこのまま使い続けていくようだ。こうなると現実的には「仮設」という言葉が意味をなさなくなってきている。災害復興をどのようにすすめていくのか、大きな課題だ。

日本建築学会九州支部の災害委員会では、熊本地震の復興・復旧の現状や取り組みなどをテーマに災害フォーラムをチラシのとおり開催することにしている。開催日は12月15日(金)で、会場は熊本大学百周年記念館。参加費は無料なので、多くの方に参加いただければと思う。
171215災害フォーラムin熊本


大地震140回に耐える住宅?

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パナホームでは「並の構造では大切なものを守れない」というキャッチフレーズを掲げている。それを実証するために住宅の振動台加振実験では、延べ140回もの加振を実施し、特に大きな損傷も出ず、外壁タイルが一枚もはがれ落ちない結果であったという。
それを実現しているのが建物の揺れやゆがみを抑える「座屈拘束技術」です。これは超高層ビルに使われたり、学校や庁舎などの耐震改修にも使われている先進技術です。ただコストが高く、住宅には採用できないというのがこれまでの常識でした。パナホームは、この技術を住宅用に応用してオリジナルの制震フレームを開発。地震のエネルギーを吸収し、引張にも圧縮にも耐力を発揮して座屈(鉄材が曲がること)を防ぐのです。だから家そのものの揺れやゆがみが少ない。だから熊本地震のような強い繰り返し地震にも耐えられる。意外と知られていないことですが、日本の住宅の耐震技術をリードしているパナホームなのです。

実験状況は動画で↓


住宅に組み込まれている座屈拘束ブレース「アタックダンパー」は、震度7の地震200回分以上に相当する繰り返し実験でも耐力は大きく低下しないそうだ。こうした地震波を多数回入力した振動台実験で住宅の安全性を証明しようとする実験は他の住宅メーカーでも実施されている。たとえば、三井ホームでは、震度7の揺れが60回として実験している。

確かにこうした実験で住宅がもっている高い耐震性は理解できる。問題は、構造体が損傷を免れるといっても、そのためにはその性能を発揮できるだけの基礎構造や強固な地盤が必要だということだ。さらに構造体が損傷しないことが大事であるものの、地震時に家具(棚や食器棚)などが転倒しないようにしておくことも不可欠だ。

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講義中・・・
著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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