受験地獄は過去の遺物

Newsweek『受験地獄は過去の遺物、今や合格率93%の「大学全入時代」』という記事があった。
大学入学志願者と入学者の統計をつなぎ合わせて、大学受験の激しさの変化が分かる図を作ってみた。合格者は入学者を指し、不合格者は志願者と入学者の差分に当たる。
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赤色の不合格率が,競争の激しさの尺度になる。このカーブをみると,60年代後半と80年代末〜90年代初頭が激戦だったようだ(4割超)。量的に多い団塊世代と団塊ジュニア世才が受験期(18歳)に達した頃だ。90年の受験では、志願者の44.5%が不合格になっている。

90年代以降は少子化により入学志願者の絶対数が減少し、競争が緩和されてくる。不合格率は急降下し、2015年には6.7%にまで下がっている。裏返すと合格率は93.3%、大学全入時代が到来しつつある。
(以下省略)

今の大学進学率(50%程度)が上がらない場合、2030年頃には少なからぬ大学が倒産するだろう。50年後の人口は、現在よりも3割減ると推計されている。当然ながら若者の人数も減ることになり、大学入学者が減っていくだろう。

いまの大学の入学者は若者ばかりだが、大学で学ぶ「大人」を増やすことも求められる。生涯学習とかは昔からいわれていたが、大学として本格的に取り組んでいくべき課題だろう。

大学全入時代にふさわしい入試のあり方、高校から大学教育の接続のあり方などは今とは変わらざるを得ないのではないか。入試だけを変えても、対応できない時代になってくると思われる。大学淘汰の時代で生き残るには、何が必要だろうか・・・

映画”Hidden Figures”

日経新聞(9/29付け)の「シネマ万華鏡」に『ドリーム』映画予告サイト)が紹介されていた。
米ソの宇宙開発競争が激化した1960年代初頭。NASA(米航空宇宙局)で初の有人宇宙飛行「マーキュリー計画」を裏で支えた実在の数学者、技術者ら黒人女性3人に光を当て、彼女たちが闘う人種、性の差別を通して歴史の裏側の事実が明かされる。

偏屈老人と少年の友情を描く『ヴィンセントが教えてくれたこと』(2014年)で注目されたセオドア・メルフィの脚本・製作・監督。数学の天才とはいえ、お洒落で恋も子育てにも手を抜かない普通の女性でもある黒人女性の日常を丁寧に描くことで彼女たちへの敬意が滲み出る。

まだコンピューターがなく、NASAでは多くの黒人女性が計算者として働いている。その中に幼いころから数学の天才だったキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)、優れた統率力を持つドロシー(オクタヴィア・スペンサー)、航空科学エンジニア志望のメアリー(ジャネール・モネイ)の3人がいた。

路線バスもトイレも図書館も白人用と有色人種用に分かれていた時代。能力を認めた研究所の部長(ケビン・コスナー)がキャサリンを部下に加えれば、全員が白人男性の数学者たちの冷たい視線が肌を刺す。それでも黙々と実力を示す彼女には自信と誇りがある。それは他の2人も同じだ。

白人女性の上司が差別なんかしてない、と言えば、ドロシーはその認識のなさそのものが差別で誤り、と言い返す。キャサリンは心惹かれる同じ肌の色の軍人(マハーシャラ・アリ)が女性蔑視の言葉を吐けば、憤然と反撃した。愛していることと理不尽な言葉を聞き流すのはまた別の話。

宇宙飛行士を乗せて飛び立つロケットに黒人女性の誇りと夢を重ね、優れた能力で不遇の時代を切り開く女性たちにエールを送るドラマは、見る者をすがすがしい感動に誘い込む。

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原題は”Hidden Figures”、直訳すると「隠された人物(または数字)」ということになる。映画を観ると、ドリームという邦題には、ちょっと違和感があるかな。邦題はともかく、内容は実話に基づいており、見応えがある。女性が最先端の分野で活躍していく姿が素晴らしい。この当時と比べて、いまは女性が活躍している分野は広がっている。しかし、見えない壁がまだまだ多い。そうした壁を少しでも破る、広げるようがんばっている女性(もちろん男性)に観て欲しい。

一番、印象に残っているのは、研究所の部長(ケビン・コスナー)が、トイレに掲げられていた白人専用という看板をハンマーで打ち壊すところ。「看板」を壊すという行為が、いろいろな差別や格差を打ち壊すことに繋がっていると思う。

ちなみに、数学者のキャサリン・ジョンソンさんは、2015年にオバマ大統領から大統領自由勲章を受章している。

AIはミニスカートを思いつくか

日経新聞(10/4付け)の「大機小機」欄に『AIはミニスカートを思いつくか』という記事があった。
好評のうちに終了したNHKの連続テレビ小説「ひよっこ」に、主人公の幼なじみが「ツイッギーそっくりコンテスト」で優勝するエピソードがあった。

折れそうならい細身の英国モデルの来日は1967年10月、50年前のこと。「ミニスカートの女王」と呼ばれたツイッギーに背中を押され、日本女性のスカート丈も、あれよあれよという間に短くなった。
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ロンドンのストリートファッションに始まるミニスカートは、60年代後半に世界的ブームとなる。文化大革命中で男女とも人民服の中国や、宗教上の規制が厳しい国などは別にして。戦後の第1次ベビーブーム世代が20歳前後、反体制やウーマンリブの社会風潮を映したとの後講釈も聞くが、なぜミニスカートだったのか、今もって謎だ。

ケインズは、資本主義の原動力を企業家のアニマルスピリット(血気)に求めた。合理的な計算なしに不確実な未来に挑もうとする楽観的な衝動。その血気が衰え数学的期待値に頼るほかなくなれば、企業活動は死滅する、と書いた。

ミニスカートを商品化した西欧のデザイナーも、計算ずくではない動物的な勘に賭けたのだろう

ベルリンにある旧東ドイツの日常生活をテーマにした「DDR(東独)ミュージアム」で、計画経済下の東独のデザイナーは、西側のファッションを少し遅れてコピーするのが常だったとの説明を目にした。

小型車トラバント、標準的なリビングとキッチン、日用雑貨などの展示物は、計画経済に対する市場経済の優位を雄弁に物語る。だが最近、市場経済が最良のシステムという常識が変わると公言し物議を醸した人がいる。中国の電子商取引最大手、アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)会長は、ビッグデータの時代に人工知能(AI)の力を借りれば、計画経済が機能する世が来ると言う。

国有企業改革にてこずり市場経済化を足踏みさせている共産党政権へのゴマすりなのか、本心なのか。中国の経済学者も含め反論が出ている。「過去のデータから未来は予見できず企業家の役割は消えない」「まだ存在していない商品への消費者の好みなどわかりっこない」などだ。

半世紀前にAIがあったなら、ミニスカートを思いついただろうか。

新しい発想とか創造性というものは、これまでのデータの新しい組み合わせによってもたらされることも多い。この場合、人間が思いつかないような組み合わせをAIが見いだすかもしれない。ファッションのデザインに関しても、これまでの膨大なデザインをデータとして蓄積し、どういうファッションデザインが流行したか、などを分析したら、ひょっとしたら、斬新なファッションを見いだすかもしれない。

まっ、それが受け入れられるかどうかは、別かもしれないが・・・

考える、考えない

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岩波書店「図書」(10月号)に齋藤亜矢氏が『考える、考えない』と題して寄稿している。
「考えない」人たちは、むしろふだんは人より「考える」人たちのようにも思える。
たとえば、藤森(藤本照信)さんは、もともと建築史が専門で、見て、調べて、考えるということをひたすらやってきそうだ。設計をするようになっても、まずは、他のどんな建築にも似ないようにと頭で考える。そこに偶発的な何かがくわわったとき、「ちょっと超える」のだという。
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最近の講演でも「発酵させているものを出すようなものだと思っている。そこに光をあてると、菌が死んでしまうような気がする。だから考えないようにしている」とおっしゃっていた。

いろいろなものに目を向け、いろいろなことを感じ、いろいろなことを考える。そうして蓄えられたたくさんの材料が、その人のなかでまじりあい、醸される。そこに外からちょっとした刺激があると、さらに発酵が進んで、ぼっと出てくるようなものなのかもしれない。

それは科学者の発見とも通じそうだ。アルキメデスの「ユリイカ」や、ケクレのベンゼン環など、発見は、しばしばお風呂や夢のなかでおこる。とにかく考えて、考えて、考え尽くした先の一瞬の「考えない」、無の瞬間なのだろう。

そもそも、「考える」とは、考えのもとを一つひとつ整理して枠におさめていくような行為でもある。似たものを集めてカテゴリー化し、その関係性を整理する。でも、そうして枠におさめていくだけでは、新しいものは生まれない。枠からはみ出すような、枠をこわすようなきっかけが必要だ。

天才でなくても、なにかアイデアを練るときには、机の前でうなるのではなく、一度寝たり、外を散歩したりする方がいいとよくいわれる。いま原稿を書きながらも実感しているところだ。テーマに関連したキーワードやエピソードを書き散らかしてから、それを整理していく。最初は、あまりの散らかりように、放り出したくなることも多い。でも、地道に「考える」を続けるうちに、少しずつその置き場所が見つかっていく。ただ、それだけだと、なんとなくおさまりがつかないことがある。

そういうときは、一度頭のなかをざっくりとかき混ぜたくなる。時間があれば、しばらく「考えない」ことにして原稿を寝かせておくが、締め切りに追われているときはそうもいかない。少し散歩に出て頭のなかの空気を入れ換えたり、さかだちをして頭をさかさまにしてみたりすることもある。

さかだちぐらいで本当に頭のなかがかき混ぜられたら大変だが、ふとした瞬間に、ばらばらだったものをつなぐ「!」が見つかることがある。意外なものがむすびつくと、パズルのカギとなるピースが見つかるときのように、すっと全体が見えてくる。それが自分で見たことのない風景だったりすると、こっそりガッツポーズしたくなるぐらいうれしい。

視点をずらすことで、固定観念が解かれ、ものごとの新たな側面が見えてくる。もしかしたら「考えない」ということは、頭のなかで視点をずらすようなことなのかもしれない。いま考えていることからいったん目をそらす、あるいはそのためにまばたきをするようなことなのかもしれない。

「考える」ためには、そのネタ、材料(資料やデータなど)が必要だ。それらを整理していくことから始めることになるが、どうやって整理していけばいいか、これも問題となる。その手法はこれまでに経験によって培うしかないだろう。そうやって整理できたとしても、それだけでは新しい発見には結びつかない。「発酵」したり「枠からはみ出す」ためのなにかが必要となる。

学生には、考えたり創造したりすることは、料理と似ていると話すこともある。
自分も料理をたまにするが、基本はレシピ通りにすることが多い。ただレシピ通りにやっても思ったような出来映えにならないこともある。これはレシピには書かれていない(おそらく書くことができない)ノウハウや経験が必要だからだろう。しかし、料理の失敗も含めて経験を積むことで、どうすれば美味しい料理になるのかを把握できていく。こうして基本を身につけた後は、自分流のアレンジをして、独創的な料理に挑むことにチャレンジしていくことになる。まさしく料理は創造的な行為だと思う。

料理には素材や調味料が必要だ。いくら高級な材料や最新の調理器具がそろっていたとしても、料理人の腕前が伴っていなければ美味しい料理にはならないかもしれない。逆にいえば、料理人の腕前が優れていれば、材料がそれほど良くなくても、すばらしい料理をつくることもできよう。

結局、材料を生かすも殺すのも、腕前次第ということになりそうだ。考える、あるいは創造性というものにも、きっと「腕前」のようなものがあるように思う。この「腕前」を鍛えるには、やっぱりいろいろな経験が必要なのかもしれない・・・

「九州免震普及協会」を立ち上げます

このたび関係者のみなさまのご協力とご尽力により「九州免震普及協会」を設立することになりました。

免震構造は2016年の熊本地震の際にも、そしてこれまでの地震においてもその効果を存分に発揮しています。免震構造を採用したマンションでは建物への被害はなく、建物内の家具なども転倒しませんでした。ライフラインが復旧した後には通常通りの生活をおくることができています。また、免震病院では地震後すぐに治療を再開することができています。

このように免震構造は耐震構造に比べても格段に高い地震時安全性を有するだけでなく、貴重な資産の保全をはかることができます。しかし、こうした安全で安心な免震構造が、十分普及しているとはいえません。そこで、本会では、免震構造の適正かつ健全な普及を図るとともに、より確実な耐震技術の発展と安全で良質な建築物の整備に貢献し、地域住民の生活の向上を目指すことを目的としています。

本会の設立総会・記念講演会・懇親会を10月20日に開催し、本会は正式に発足します。
本会の暫定的なロゴです(近々にはホームページも立ち上がる予定です)。
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当面は任意団体としての活動で会費なども徴収しない方針ですが、活動が認知され運営が軌道にのってくれば法人格をとることも視野に入れています。また、団体名に「九州」とついていますが、まずは九州を中心に活動の範囲を広げて、活動のモデルを構築したいと考えています。本会の設立の趣旨や活動の概要については↓をご参照ください。
九州免震普及協会設立趣意書

本会の活動に多くの方々のご賛同やご協力が得られれば幸いです。

未来の種

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<出典:http://www.yukawanet.com/archives/5199097.html
日経新聞(9/28付けの夕刊)の「プロムナード」欄に森田真生氏が『未来の種』と題して寄稿されている。 
オックスフォード大学ボドリアン図書館の科学者チームが行った放射性炭素年代測定により、インド最古の数学書と言われる『バクシャーリー写本』の製作時期が3〜4世紀にまで遡ることが特定された。この写本には数字「0」の最古の使用例があり、これで「0」の起源が、いままで信じられていたより実際には約500年も古いことが明らかになったことにる。

数の「不在」にあえて記号を割り当てたのはインド人の独創である。有限個の記号であらゆる数を表せるのも、筆算によって大きな数の計算ができるのも、すべては「0」があるからこそだ。いまや「0」のない世界を想像することは難しい。

ヨーロッパに出かけると、意外なところで「0」を見かける。エレベータの階数表示のボタンだ。今年出かけたフランスでもイギリスでも、地上階は0階の扱いだった(※地上階が"G"と表示され、2階が"1"などと記されていたりする)。最初こそ戸惑うけれど、考えてみれば、日本のように、1階の下が地下1階という方が不合理なのだ。数学的にはもちろん、「1」と「マイナス1」の間に「0」がある。

0を中心として正の数と負の数が、互いに逆方向に整然と並ぶ「数直線」の描像が、ヨーロッパで確立されたのはようやく17世紀に入ってからのことだ。イギリスの数学者ジョン・ウォリスが記した『代数学』の中にその最初期の描写が見られる。彼は、「ある地点から5ヤード右に歩いたあと、8ヤード左に戻ると、最初の地点に較べて3ヤード左の場所に辿り着く」ということを懇切丁寧に説明しながら、「5―8=―3」という式の意味を解説している。なぜこんなに当たり前なことを懸命に説明するのか、いまとなっては理解に苦しむところもあるが、17世紀のヨーロッパの数学者たちは、数は個数や長さや面積などの「量」を表すという考えにとらわれていたのだ。そのため、「負の数」が出てくる計算にまっとうな意味を見いだすことができなかった。

同じ時代のフランスでは、数学者のパスカルが自著『パンセ』の中で「ゼロから四を引いてゼロが残ることを理解できない人たちがいる」と書いている。彼にとって「5―8=―3」などは不合理な式でしかなかったのだ。実際、5個のリンゴから8個のリンゴを取り除いたとき、3個の「負のリンゴ」が生じるなどと考える人はいないはずである。

「数直線」の見方が広く普及するようになってようやく、ヨーロッパの数学者たちは負の数の存在を受け入れるようになっていった。ヨーロッパでは律義にエレベータが0階からスタートするのも、数直線に辿り着く苦労を深く味わってきた文明だからこそだろうか。

ウォリスやパスカルの時代に比べて、現代の数学はさらに抽象的で難しくなった。計算をしながら意味を見失うこともしばしばである。しかし、300年前の数学者には無意味であった式が、いまでは小学生にも十分理解できるのだ。思わぬ着想や発見によって、現代数学の見晴らしが一挙に開ける日も来るかもしれない。

300年後の子どもたちはどんな数学を学ぶだろうか。「数」や「空間」の概念について、いまの私たちとどのように違う常識を持っているだろうか。数学の中に宿された未来の種を大切に育んでいきたいと思う。

300年後か・・・
どんな社会になっているのだろうか、そして科学や技術はどこまで進歩しているのだろうか。そうした世界を自分は見ることはできないが、空想やSFの世界でしかなかったコトが現実になっているのかもしれない。

そうした発展のためには、思わぬ着想や新しい発見が必要となる。「0」という概念が浸透するまでずいぶん長い時間がかかった。それと同じように、今は理解できない、役に立たないと思われる研究が将来大きな変革をもたらすこともある。

研究者が自由な発想で研究できる環境を整える、さらに子供たちや若者の発想を育める学校教育になっていくことが求められよう。

日本からノーベル賞出なくなる

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日経新聞(9/30付け)にノーベル賞受賞者の大隅良典氏が 「日本からノーベル賞出なくなる」として懸念を表明している。
真理を探究するような基礎研究の分野で日本の水準が下がったといわれて久しい。早期の成果を見込めない基礎科学に大学も企業も研究費を回しにくくなっている現状が続けば産業競争力の低下につながりかねない。2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した東京工業大学の大隅良典栄誉教授に日本の基礎科学の現状について聞いた。

――日本の基礎科学力の低下にかねて警鐘を鳴らしています。
「日本は豊かになったが、精神的にゆとりがない社会になってしまった。日本の大学はすべてを効率で考えるという袋小路に陥り、科学の世界に『役に立つ』というキーワードが入り込みすぎている。研究費が絞られるほど研究者のマインドは効率を上げることに向かうが、自由な発想なしに科学の進展はない」

「一流誌に論文を出そうとすると、みんなが飛びつく話題の方がいい。そうでないと研究費も確保できないが、自分がおもしろいと思うことをやるという原点が忘れ去られていく

――日本人がノーベル賞を次々に受賞する一方で基礎科学を支える予算は伸び悩んでいます。
「かつての日本の大学は基礎的な研究活動を支える講座費という制度が充実し、みんなが好きなことをやれた時代があった。今は研究できるポジションも少なくなり、親が大学院進学を止めるほど研究職は将来が見通せない職業になった」

「このままでは将来、日本からノーベル賞学者が出なくなると思っている。(日本人の連続受賞は)過去の遺産という面もある。世界的な学術誌に論文が出たからといって新しいコンセプトは生まれない。発想を転換しないといけない。オートファジーの研究には30年近くかかった」

――具体的な処方箋は考えられますか。
「日本の研究力が高まらないと日本の空洞化が始まると思う。日本企業も日本の大学を大事にする視点がそげ落ち、生命系のような分野では海外の大学にお金を出している。大学と企業の関係を見直す必要がある。基礎研究は大学、自由に製品化するプロセスは企業という分業関係も生まれないといけないだろう」

――産業競争力を高める中国や韓国でノーベル賞受賞が遅れています。
「中国は文化大革命の影響が大きかった。研究に大変なお金を投じており、これから続々と受賞者が出ると思う。中国は海外経験がないと大学の先生になれず、みんな留学をする。米国でポジションを得た人が中国に帰る際はすごくいい条件を得ている。オートファジーの分野でも10人ほどが米国から中国に戻った」

――10月2日から今年のノーベル賞受賞者が発表されます。
「今年も日本人の受賞があるかは分からないが日本で突拍子もなくおもしろい研究をしている若者が減っているのは事実だ。日本社会が科学者というある種の特異な人を育てる余裕を持ってほしい。科学は失敗の蓄積から生まれ科学者は社会的な存在であることを分かってもらえたらと思う」

科学の世界にも「効率」とか「役に立つ」という考えが広がっているのか。工学の世界では、社会問題の解決や新技術の開発などで、役に立つことが求められるのはわかるが、科学(サイエンス)にそれを求めるのはいかがなものか。ただこれまでの科学で取り扱っていた領域が、生命科学などのように大きく拡大してきており、こうした分野では「役に立つ」ということが求められているのかもしれない。そういう意味では「科学」というものを再定義する必要があるのではないだろうか。

同様なことは工学にも当てはまるように感じている。工学の分野でも非常に基礎的な研究も必要となる。そうした研究は今すぐには役に立たないかもしれないけれど、将来必要となる。そうした研究に対して「何の役に立つのか?」と問い詰めることは、工学の発展を遅らせたり阻害したりする可能性もある。

科学や科学者というものが、もっと社会に認知されることが必要だろう。

先日、福岡市科学館がオープンした。九州最大級のプラネタリウム(ドームシアター)を有している。こうした施設により、科学や技術のことを身近に感じ、基礎科学の重要性に理解を示してくれる市民を増やしていくことも必要だろう。

日本人はなぜ英語が話せないのか

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週刊東洋経済誌(9/23号)にオックスフォード大学教授の苅谷剛彦氏が『日本人はなぜ英語が話せないのか』と題して寄稿している。
文部科学省によれば、2020年度から始まる大学入試改革で、英語については英検やTOEFLなどの外部団体の試験に委ねるという。中学・高校で英語を学んでも日本人の多くは英語を話せない。そのため、「読む」「書く」「聞く」に加え、「話す」力もテストする。これら「英語4技能」を測るために、試験を外部化するというのだ。特に話す力の試験を大学が行うのは困難だからという。

前提には、日本人は英語が話せない、それは読解力や文法ばかりをテストする受験英語のせいだという常識がある。だから、話す力を受験に組み込めば、英語教育も変わるはずだという期待感が改革を後押しする。グローバル化が進む時代には、オーラルな英語力が必要だという理屈も付け加わる。

そもそもこの常識には問題はないのか。たとえば、受験英語で日本人は、英語は読めるが話せないという。これは大きな誤解だ。あえて言うが、大学を出ても、多くの日本人は英語が読めない。英語が読めるとは、文字どおり左から右に文章を訳さずそのまま理解できることを指すからだ。それができなければ、聞き取りもできない。それも、発音の聞き分けの問題ではない。発話の順に日本語に訳さずにそのまま理解できなければ、聞き取ったことにはならないからだ。そのインプットができなければ、英語で考え、それを声に出す(話す)ことも当然できない。

初歩レベルの英会話なら定型のフレーズを覚えれば済む。だが自分の意見を伝える(話す)ためには、訳すのではなく最初から英語で考えなければならない。この力を支えるのは、発音の巧拙よりも、私たちが日本語でやっているように、英語なら英語のまま反応する頭の働きだ。

この力をつけるために必須なのが、読む訓練である。それもある程度内容のある文章を、英語のまま理解できるようにする教育だ。入試で測るのではなく、大学に入ってから行うべき英語教育である。

はたして日本の大学で学生たちにどれだけ英語の文献を読ませているのか。英語で教える授業は増えたが、講義形式が中心だ。ここでもオーラルなコミュニケーションに偏る傾向にある。日本語の読解力が読書量に比例するように、英語の理解力も何をどれだけ読んだかが決め手となる。日本語の授業でも、英語文献を英語のまま理解できる教育は可能だ。そこに手をつけなければ、入試を変えても日本人の英語力は改善されない。

そのためにも読解はできるという幻想を捨てることが必要だ。大学を出ても日本人は英語を読めない。だから聞くことも話すことも、最難関の書くこともできない。インプットが少なければ、アウトプットは自由にならない。聞き取りや発音といった技能に偏りすぎると、知的な能力としての英語で考える力には到達できないのだ。

ビジネスの世界でも、相手を説得する力を発揮するには、自分の頭で英語で考えなければならないだろう。英会話学校では身につかない能力だ。その土台が読む力を鍛えることにある。教育の優先順位を間違えてはならない。口先だけの英語使いを育てるのが目的ではないはずだ。

大学でも英語の授業は行われているものの、苅谷氏が指摘しているような内容のある文章を読ませる授業はあまり行われていない(と思う)。卒業研究でも英語の文献を読むように指導することもあるが、英語は苦手だという学生もいる。

入試で4技能が測られて入学してきた学生に対して、大学でどのような英語教育をすべきなのか。高校の英語の授業の方がレベルが高かったなんてことにならないようにしないといけない。入試で英語の4技能を測ることは決まっているが、どのような資格検定が使えるのか、その際に採点の公平性をどのように確保するのか、などまだ確定していないところが多い。

当面は大学入試センター試験での英語の試験も残されるようだが、一部の高校ではセンター試験の英語を存続させて欲しいという要望も出ている。さてさて、入試における英語がどうなっていくののだろうか。そしてこうした改革で本当に大学生の英語力は向上するのだろうか・・・

塗魂ペインターズ

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<写真は熊本でのボランティアのときのもの(記事とは直接関係ありません)>

朝日新聞(9/27付け)の「ひと」欄に、塗装ボランティアで平和や差別反対を訴える安田啓一さんが取り上げられていた。
外交官の杉原千畝(ちうね)が、ナチスに迫害されるユダヤ人に「命のビザ」を発給したリトアニアの旧日本領事館。その老朽化がすすんだ壁を現地で塗り直したボランティア塗装集団の代表だ。

東京の池袋にある「安田塗装」の2代目。法政大で建築を学ぶも、頭の中にはいつも、何のために生きるのか、という疑問があった。太宰治の「人間失格」などを読み、ああでもないこうでもないと苦悩した。

答えが出ぬまま卒業。住宅会社の営業マンをへて家業のペンキ屋に。きつい、汚い、危険、素行がよくない人の集まり。そんな世間が抱きがちなペンキ屋のイメージを変えたくて、2009年、仲間たちと「塗魂(とうこん)ペインターズ」を結成、ボランティアをはじめた。

大災害の被災地、お金のない学校や幼稚園、自治体。「壁や遊具を塗るうちに下心が消えました。喜んでいただければ、それでいいやって」。メンバーは全国160人を超える。

2年前の戦後70年、原爆を落とされた広島、長崎、真珠湾のあるハワイで活動した。さらに去年はベトナム、そして今月のリトアニア。タイの貧民街にいく計画も進行中。人々の心をペンキで彩り、平和や差別反対の輪を広げる。それが生きる理由だ。

「たかがペンキ屋に何ができると言われようが、私たちは魂をこめて塗り続けます」

塗魂ペインターズは、2009年に結成された。10人あまりでのスタートだったという。ボランティアとして、交通費や宿泊費をぜんぶ自腹でいく価値が本当にあるのか?と迷いもあったという。しかし、2011年の東日本大震災で灰色の津波にのみ込まれた白黒の世界を目にして、ペンキで色を塗って元気にするのは、俺たちにしかできない、と。

日本でのボランティアは90回になり、海外でのボランティアも増えているそうだ。
たかがペンキ屋だけど、ボランティアで世界を変えることができそうだ。

日本の人材育成力

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日経新聞(9/13の夕刊)に『世界の人材育成ランキング』が紹介されていた。
世界経済フォーラムは、それぞれの国がどれだけ健康で教養のある人材を育成して維持できるかを示す2017年の「人的資本指数」を発表した。日本は調査対象130カ国のうち17位で、前年の4位から急落した。今年から指数の算出方法が変わり、雇用における男女格差の比重が上昇。女性の社会進出が遅れている日本に不利に働いた。

今回のランキングで重視された「雇用の男女格差」を年齢別に見ると、日本は15〜24歳に限れば世界で最も平等。だが25〜54歳では69位で、それ以上の年齢枠でも50位以下にとどまっている。算出方法の変更で人口構成の違いも大きく影響するようになり、高齢化が進む日本は順位が大幅に低下した。

世界ランキングの上位は首位がノルウェーで、フィンランド、スイスが続いた。上位10カ国は4位の米国と7位のニュージーランドを除き、8カ国を欧州勢が占めた。アジア太平洋ではシンガポールが11位、オーストラリアが20位に入った。

総合スコア(指数)は100点満点で評価されている。1位のノルウェーの総点は77点であり、日本は72点となっている。なお、調査国全体の平均は62点となっている。そういう意味で人的資本の開発はまだ60%程度であり、将来に向けて開発の余地はある、ということのようだ。

これから日本の人口は減少し、ますます高齢社会となっていく。そうした時代を見据えて、人的資本をより充実することはもちろん、さまざまな社会制度にも変革が必要になっていくのではないだろうか。年齢とかに関係なく、そして既得権などに縛られずに、有能な人材が育ちやすい社会環境になることが求められる。

”The Global Human Capital Report 2017”の全文はこちらから読めます。
資料集まで含めると、200ページ超えていますが・・・

先生と呼ばないで?

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<画像の出典:http://hyakumanga.com/manga_methods/17apr13.html
日経新聞(9/26付け)のプロムナード欄に黒田龍之助氏が『ヂャーヂャと呼んで』と題して寄稿している。仕事場近くのラーメン屋ではいつも「はい味噌ラーメン、オニイサン」と呼ばれるそうだ。そこから、人を呼ぶときの呼称をどうするかという話に。。。
見ず知らずの人に声をかけるとき、日本語は難しい。一方で外国語によっては、便利な表現がある。

ソビエト時代、ロシア語では呼びかけに「同志」という意味のタワーリシチが広く使われていた。男性にも女性にも使えるから、ミスターやミセスよりも便利。しかもその後に名字をつけてもいいし、つけなくてもいいので、楽である。

ところが時代が変わり、旧時代的で社会主義的なタワーリシチは、ふつう使わなくなった。代わりに何を使っているのか、実をいえばよく知らない。元来お互いに名前で呼び合っている世界なので、なくても別に困らない。

名前は知っていても、日本語ではさらに敬称が必要だ。

たとえば大学の教え子たちは、わたしのことを黒田先生、あるいはただ先生と呼ぶ。なかには教授と呼ぶ者もいる。大学の教員がみんな教授だと信じているらしい。わたしは教授ではないので、それはやめさせる。そうすると明らかに不満そうな顔をする。非常勤講師なんてバイトなんだよというと、さらに失望する。

先生と呼ばせてはいるものの、それを許すのは、学生が単位を取り終わるまで。ちゃんと単位を取ったのに、それでもわたしの周りをウロウロして、授業中にプリントの配布を手伝ったり、放課後は飲みに行ったりしたい学生には、その「先生」もやめさせる。

代りにオジサンと呼ばせたい。
そもそも学生たちとは、親子ほど年齢が違うのである。オジサンでも決しておかしくはない。だが学生たちはオジサンと呼ばない。というか、呼びにくいらしい。

そこでヂャーヂャと呼ばせる。
ヂャーヂャはロシア語でオジサンという意味。すでに習ってもいない非常勤講師には、いつまでも先生なんて呼ばないで、ヂャーヂャにしなさい。これはかなり定着して、最近ではすっかりヂャーヂャになった。ヂャーヂャと呼んでくれる学生は、リラックスしていろんなことを話してくれるから面白い。

だからといって、ラーメン屋の店員さんからヂャーヂャと呼ばれるのは、やはり勘弁願いたい。

「先生」と呼ばれる職業はどれくらいあるのだろう。
教師(小中高、大学)、塾などの講師、薬剤師、医者、獣医師、心理カウンセラー、小説家、漫画家、画家、政治家、弁護士、税理士、労務士などが考えつく。案外多いかも。。。

では、どれくらいの人たちが該当するのか。
ちょっとデータが古いが、Newsポストセブンでは、20代から60代の男女計1371名を対象にアンケートをとったところ、11〜13%が該当するとしている。もしこれが本当だとすれば、結構多くの人たちが「先生」と呼ばれていることになりそうだ。

先生というのは、読んで字のごとく、先に生まれた、つまり年長者につける敬称といわれている。それが転じて、教師のように尊敬されるべき人につけるようになったとも。単に早く生まれたから「先生」というだけでなく、尊敬に値する「先生」になりたいものだ。

熊本地震本震の臨時観測公開データの問題について

土木学会の地震工学委員会のWEBサイト『熊本地震本震の臨時観測公開データの問題について』というお知らせが27日に掲載された。

熊本地震本震の臨時観測公開データの問題について、匿名の方から地震工学委員長宛に情報提供があった。大変重要な内容と認識すると共に、この情報を深刻に受け止め、公的な対応を検討中である、という。

熊本地震における臨時観測点は下図に示すとおり(論文では、M-1,M-2,S-3ではなく、TMP1,TMP2,TMP3と呼称されている)。この観測点で得られた記録は、アメリカ地震学会で公表された(こちらのエントリー参照)。
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下図は地震工学委員会で公開されたものの一つで、KMMH16(KiK-net益城)と臨時観測点TMP3(上の図のS-3)のフーリエスペクトル(上段の図)、およびフーリエスペクトルの比率(下段の左)と位相差(下段の右)を示している。
TMP1とKMMH16のスペクトル
フーリエスペクトル比と位相差は、KMMH16と比べられている。いずれもNS成分(赤線)とEW成分(青線)が描かれているが、スペクトル比はNS方向とEW方向がほぼ完全に一致し、位相差もない。これはTMP1とTMP2でも同じ結果である。

「かなり大きなレベルの地震動が対象であり、表層地盤はそれなりに非線形化していることを想定すると、各地点の方向別に相関分析をした結果が一致するというのは、極めて特徴的と考えられる」としている。かなり不自然な観測記録ということか。

この臨時観測点で得られた記録を使った分析や研究が進められており、検討結果が早急に公表されることを望みたい。

冷暖房の風、脳が嫌がっているかも

建設通信新聞(9/20付け)に『冷暖房の風、「ない方が平穏」』という記事があった。
九州大学基幹教育院の岡本剛准教授は、KFT(福岡市)の二枝たかはる代表らと共同で、冷暖房時に生じる風が脳活動に及ぼす影響を世界で初めて解明したと発表した。研究成果は、風がない方が平穏な状態でいられることを示唆しているという。
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室内の熱的快適性に関するこれまでの研究は、「人がその環境をどう感じるか」をアンケートなどで調査したものがほとんど。それらによって作られた熱的快適性の指標は、すべて欧米での調査がもとになっており、地域や人種などの差を反映しているとは言えない。

さらに、暑さや寒さを感じている脳がどのように反応しているかについては、これまでまったく検討されてこなかったという。

岡本准教授らは、風の有無で脳活動がどう変化するかを明らかにするため、同じモデルルームを使い、風の出る一般的なエアコンと風の出ない放射式冷暖房とで、脳波や心理時間、皮膚温度などがどのように異なるかを計測・解析した。

その結果、冷房・暖房を問わず、風がない方が脳波ガンマ波やベータ波の振幅が低くなり、時間経過もより早く感じることが分かった。高いガンマ波は強い不安状態を反映しているとの報告があることから、人は風がない方が平穏な状態でいられると示唆される。冷暖房の風が苦手な人は、脳が嫌がっているかもしれないという。

暑い夏には、扇子が手放せず、いつも携帯している。空調が効いていても、なかなか汗がひかないときがあり、こうしたときに扇子で風を送ると汗も引きやすい。また机の上にUSBで駆動するような小型の扇風機を置いている人も多いのではないだろうか。風をうまく使うことで、涼しさを感じやすくなることは事実だろう。

しかし、この研究の結果からすると、風があたると心が平穏ではなくなる、ということだろうか。冷暖房の風が嫌いな人というか、苦手な人もいるだろう。オフィスや飛行機などで寒くて、膝掛けが手放せないという人もいる。薄着で冷気が直接肌に触れるからなおさら寒さを感じるのかもしれない。

いずれにしても、暑さ寒さに対する感覚は人によってさまざまだ。この研究では、寒がりとか暑がりの人にも共通の結果なのだろうか。一定の温度・湿度を保った環境のなかではなく、夏場に外回りから戻ったサラリーマンが冷房の効いた部屋に入ったときなどではどう感じるのか、といった調査もしてほしい。こういうケースでも風はない方がいいのだろうか・・・

圧電セラミックスで床振動低減

建設通信新聞(4/19付け)に『膜型圧電セラミックス 建築に初適用』という記事があった。
竹中工務店は鉄骨造建物で歩行の際に生じる床振動を低減する制振技術「SPADA−Floor(スパーダ・フロア)」を開発した。電圧を加えると伸縮する膜型圧電セラミックスを使ったアクチュエータ(エネルギーを運動に変換する装置)が、床の振動を打ち消すように梁の動きを制御する。装置が小型のため設置スペースを取らず、既存建物にも短期間で取り付けられる。

同社東京本店に適用した結果、床振動を約3分の1に低減することを実証した。膜型圧電セラミックスの建築構造物への応用は世界初という。

「SPADA−Floor」は、加速度センサー、制御コンピュータ、膜型圧電セラミックスを使った小型アクチュエータで構成される。アクチュエータは180×70ミリの鋼板の両面に、85×57ミリ、厚さ0.3ミリの膜型圧電セラミックスを貼り合わせたもので、梁の両端部に設置する。センサーで検知した床振動をコンピュータに伝え、アクチュエータの伸縮力が梁を曲げる力として作用することで床振動を低減する。
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(以下省略)

圧電セラミックスはどれくらいの力が出せるものだろうか。発生する力は印可電圧に比例して大きくなるが、文献1では600ニュートン程度となっている。これにより梁の微少な変形を制御することで床振動を低減できるということか。

一方、文献3では実証実験の結果が報告されている。これによれば9mスパンの床構造については十分な制御効果が得られたものの、21mスパンでは十分な制御効果は得られなかったとある。この理由としては、圧電セラミックスの制御力や伸縮長の不足、そして制御対象としていなかった振動モードの卓越が挙げられている。複数人がいろいろな方向から歩いてきた場合の床の振動をどのように制御すればいいのか、制御系の設計の問題もあるようだ。

今後もこうした技術が進歩することを期待したい。将来、より大規模なアクチュエータが実用化されれば、地震時の応答を制御することも夢じゃなくなる、かも・・・

文献1)
松下仁士ほか「膜型圧電セラミックスを用いた縮小梁架構の鉛直微振動制御に関する研究 新機能性材料を用いた自己適応制御建築に関する研究(その1)」日本建築学会構造系論文集、第78巻、第684号、2013年2月
文献2)
松下仁士ほか「膜型圧電セラミックスを用いた鉄骨造の鉛直床振動制御実験 新機能性材料を用いた自己適応制御建築に関する研究(その3)」日本建築学会構造系論文集、第79巻、第699号,2014年5月


素直な感性

日経新聞(9/21付けの夕刊)の「プロムナード」欄に森田真生氏が『素直な感性』と題して書かれている。
縁あって6年前から、大阪のある小学校で年に2回、小学5、6年生に向けて数学の授業をさせてもらっている。今年は夏に絵本(↓)を出したこともあって、5、6年生だけでなく、1年生以上のすべての学年の子供たちに授業をすることになった。
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低学年の子供たちには、様々な時代と地域で使われていた数字の形をスライドで見せて「これは何だと思う?」などとやり取りをしながら、いま使われている算用数字のデザインが、いかに長い洗練の過程を経て実現したものであるかを話した。
(略)
子供たちと触れ合っていると、いつも思わぬ発見がある。今回も、小学3、4年生向けの授業のときに、「算用数字はどこで生まれたと思う?」と質問をみんなに投げかけてみたところ、真っ先に手を挙げた3年生の男子が「樹から生まれた!」と自信満々に答えたのである。

樹に数字が実るなんて、何と素敵な発想だろう! と思わず感嘆してしまったけれど、「数字を生んだのは人間だ」と思っていないのはどうも彼だけではないようだった。

「1、2、3、4……」と書くいまの算用数字のデザインは、実際にはインドでその原型が生まれた。それがアラビア世界を経由しておよそ1000年前にヨーロッパに伝わったのだ。私が予想していた答えは「インド」とか「日本」とか、どこかの国や地域の名前だったが、予想は見事に外れたのである。

ちなみに、算用数字を用いた筆算の方法が日本でも普及し始めるのは、ようやく幕末から明治にかけてのことだ。それがたった150年ほど前の出来事であることを話すと、子供たちは「えええ!」と声を上げて驚いた。逆に、江戸時代の日本人は、数字を使ってすらすら計算するいまの子供の姿を見たら目を丸くするに違いない。かつて大きな数の計算は、算盤(そろばん)を使ってするものだった。数字は、あくまでその結果を記録するための道具だったのである。

それにしても、新しいことを学んでいるときの子供の率直な反応は面白い。こんな笑い話がある。

小学校から帰ってきた子供が母に、「ねえお母さん、今日学校で足し算を教わったよ! リンゴ2つとリンゴ3つを足すとリンゴ5つ。ミカン1つとミカン3つはミカン4つ」

得意気にそう言う彼に、母は「偉いわねえ。じゃあバナナ2つとバナナ3つを足すといくつ?」と聞いた。すると、子供は困った顔で「バナナはまだ教わってない」と答えたというのだ。

1万年以上前の古代メソポタミアでは、羊を数えるために羊のための、油の量を数えるためには油専用の「トークン」という道具が使われていたという。リンゴも、ミカンも、羊もバナナも、みな同じ記号で数えられるという認識に至るまでには、何千年にもわたる試行錯誤の歴史があった。「バナナはまだ教わってない」とうつむく子供は案外、知識に染まる前の人間の素直な感性を代弁しているのかもしれない。

今度はどんな意外で愉快な子供の反応に出合えるだろうか。また来年、彼らに会うのが楽しみである。

リンゴもバナナも1個、2個と数えることができるのは、リンゴやバナナを抽象化して認識できていることが前提となる。学校で勉強したり、家庭で話をすることを通じて、こうした認識をもつようになっていく。その代わり、こうした素直な感性といったものは、失われていく、あるいは隠れていくのかもしれない。

でも、これからの時代、こうした感性も重要ではないだろうか。大学入試改革では、「学力の3要素」なあるものを評価し、学校教育でもこれらを育むようにすることが求められようとしている。ちなみに、学力の3要素とは、
  |亮院Φ伺
  ∋弭洋蓮θ獣芭蓮ι集塾蓮
  主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度

となっている。こうした要素を大学入試でどう測るのか、そもそも測れるものなのか。高校教育だけでなく、小学校や中学校での教育はどう変わるのか、変わらないのか。

素直な感性も育めるような学校教育になることを期待したい。
あっ、もちろん大学教育でもね・・・

君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか

吉野源三郎による名著『君たちはどう生きるか』がマンガになった。
少年コペル君と叔父さんのやりとりを通して、どのように生きるのかを考えるような構成となっている。岩波文庫で読んだことはあったが、文字だけよりもマンガになっている方が取っつきやすいかも。
常に自分の体験から出発して正直に考えていく。

いわれたとおりに行動し、教えられたとおりに生きていこうとするならば、君はいつまでたっても一人前の人間になれないんだ。肝心なことは、世間の目よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。

そうして、心底から、立派な人間になりたいという気持ちを起こすことだ。

僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。

人間であるからには、ときには誤りを犯すだろう。そうした誤りや失敗から学び、正しい道を歩んでいくことが大切となる。苦しくても。

「誤りは真理に対して、ちょうど睡眠が目醒めに対すると、同じ関係にある。人が誤りから覚めて、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は見たことがある」(ゲーテ)

マンガになって読みやすくなったと思うが、時代背景が現在とは大きく異なっており、今の読者がすんなりと理解できるか。本質を変えずに、時代背景を今にあわせてマンガにすることは難しかったのだろうか。

ゴーヤとフライヤー

日経新聞(9/20付けの夕刊)にノンフィクション作家の梯久美子さんが『ゴーヤとフライヤー』と題して寄稿している。
実家の母から宅配便が届いた。九州に住む叔母が毎年送ってくれている手作りの味噌を使いきってしまい、母の分を少し譲ってくれるよう頼んだのだ。

段ボール箱を開けると、味噌のほかに、母が庭で育てた野菜が丁寧に詰められていた。種類ごとに新聞紙で包んでビニール袋に入れ、表面にマジックペンで「きゅうり」「トマト」などと書いてある。

底の方から「ニガウリ」と書かれた包みが出てきた。ニガウリってどんな野菜だったっけ、と一瞬思い、すぐに、ああゴーヤのことだ、と気づいた。そういえば以前、この野菜はニガウリと呼ばれていた。
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半世紀ほども生きていると、身近なものの呼び名が変わっていく経験をする。私が小学校に入る前、わが家ではハンガーのことを「衣紋(えもん)掛け」と呼んでいたし、スプーンは「お匙(さじ)」だった。1960年代のことである。コーヒー茶碗(ぢゃわん)、と呼んでいたものがコーヒーカップになったのは70年頃だったろうか。

ジーパンはジーンズになり、いまの若者はデニムと呼ぶ。マニキュアという言葉も死語に近いようで、ネイルと言わなければならないらしい。

いまが過渡期なのかもしれないと思うのは、フライヤー(flyer)という言葉である。宣伝チラシのことだが、映画や音楽、演劇などの世界ではもっぱらフライヤーと呼ぶ。先日、フラワーアレンジメントの教室を主宰している60代の女性が、生徒の作品展のチラシをフライヤーと呼ぶのを聞いて、この言葉の意外な定着度の高さを知った。

チラシははたして死語になってしまうのか。ひそかに注目している私である。

言葉は変化する。気を付けておかないと、その変化に気付かない。
そして、いつのまにか使われなくなり、死語になることも。
でも、こうしてみると、カタカナになっているのが多いような気がするな・・・

カタカナが使えるのは便利かもしれないけれど、ちょっと安易な気もする。先日、神戸で開催された日中建築構造技術交流会では、日本語の発表を通訳の方が中国語に翻訳してくださるのだが、日本語の氏名などもすべて中国語に訳されていた。中国では外来語というのはないと聞いており、すべて中国語に訳すと言うことが求められているのだろう。

イグ・ノーベル賞授賞式

日経新聞(9/19付け)に『イグ・ノーベル賞授賞式』と題して社会学者の橋爪大三郎氏が寄稿している。
イグ・ノーベル賞授賞式を見学した。

イグ・ノーベルは、英語のイグノーブル(ignobel、不名誉)のもじりだろう。ノーベル賞のパロディだ。でもなかみはかなり本格的。ハーバード大、MITなどの科学者が運営し、壇上には本物のノーベル賞受賞者も並ぶ。医学賞、化学賞など10部門の、すぐれた研究者が世界から選ばれる。

9月14日の式典は例年通り、ハーバード大のサンダース講堂で開かれた。サンデル教授の白熱教室でおなじみの、由緒ある建物だ。南北戦争に斃(たお)れた学生たちの銘板が見下ろす。日本人の受賞が最近続いているが、今回はヨシザワ(吉澤和徳)氏、カミムラ(上村佳孝)氏ら日本・ブラジル・スイスのチームが生物学賞に輝いた。研究テーマは「メスが男性器、オスが女性器をもつ洞窟の虫の発見」(Female Penis, Male Vagina and Their Correlated Evolution in a Cave Insect)。たぶん真面目な研究なのだろうが、聴衆はひとしきり大笑いだ。

「笑って、考えさせられる」が、選考基準だ。医学賞は「チーズ嫌いな人の脳をfMRIでスキャンする」(The Neural Bases of Disgust for Cheese: An fMRI Study)。物理学賞は「ネコは固体か液体か」(On the Rheology of Cats)と題する研究だった。不機嫌そうに装置に入れられたネコたちの写真に、会場はまた笑いに包まれる。

イグ・ノーベル賞はどう素晴らしいか。聴衆は、科学へのリスペクトがある。科学も聴衆に歩み寄っている。24/7(年中無休の看板)のコーナーでは、学者がまず専門語で24秒、続いて日常語で7語で、専門の説明をする。ノーベル経済学賞の受賞者は「不確実性」を、「それは、たぶん(プロバブリ)のことですね」と、説明した。

一生を科学に捧げているサイエンチストがこんなにいる。イグ・ノーベル賞やノーベル賞を取らなくても、彼らに乾杯を!

「ネコは固体か液体か」が興味を引いた。
ネコは狭い容器に入ったりして、身体を容器にあわせて変形させることができる。だから、液体だ・・・
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また、24/7というのがあるのは知らなかった。
短い時間と短い言葉で、専門的なことを話すのはとても難しい。でもそうすることで、一般の人たちが科学を理解するきっかけになれば素晴らしい。イグ・ノーベル賞はとてもいい賞だと思う。

2017年メキシコ地震

メキシコでマグニチュード7.1の地震が9月19日に発生した。この地震で、建物の倒壊も多数発生し、200名以上が犠牲との報道もある。メキシコでは9月8日に南部の沿岸でマグニチュード8.1の地震が起きたばかりだった。
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出典:http://edition.cnn.com/2017/09/19/americas/mexico-earthquake/index.html

19日の地震はメキシコシティーに近く、被害が大きくなっているようだ。下の動画は建物が崩壊するときをとらえている。

揺れは比較的ゆっくりしてるようだ。メキシコシティはそもそも埋め立て地で軟弱な地盤の上に都市が形成されてきた。1985年のメキシコ地震の震源は遠く離れていたにもかかわらず、多数の建物が倒壊した。下はUSGSが作成している震度分布となっている。震源から離れているにもかかわらずメキシコシティの揺れが強いことがわかる。
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下は今回の地震によるもので、メキシコシティは震源に近い。それでも、揺れの強さは、震度で残度(日本の震度階とは異なる)で、最大加速度では200ガルから300ガル程度か。
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1985年のメキシコ地震では長周期地震動という言葉は使われなかったと思うが、まさに長周期地震動が発生していた。ちなみに32年前の地震も9月19日に発生しており、当日は追悼式や避難訓練が行われていたという。そのため本物の地震警報を訓練の一部と誤解する住民もいたと伝えられている。倒壊した建物の下敷きになった方々の一刻も早い救出を祈りたい。

震災時の住宅修理支援

日経新聞(8/30付け)に『 空き家活用も提言 震災時の住宅修理支援』という記事があった。
南海トラフ巨大地震などの大災害が発生した際の住宅問題について話し合う内閣府の有識者検討会は29日、報告書をまとめた。個人が所有する空き家を被災者の住まいとして活用することや、自宅を応急修理して住み続ける住民への支援策のあり方を提言。内閣府は報告書を受け、具体的な仕組みづくりの検討に入る。

内閣府の試算などによると、南海トラフ巨大地震で全壊する建物は最大239万棟に上り、最大205万戸の仮設住宅が必要になると想定。首都直下地震では最大61万棟が全壊、仮設住宅は最大94万戸が必要になる見込みで、住まいの大幅な不足が懸念されている。

有識者検討会は報告書で、東日本大震災の際に被災者が親族から物件を借りて入居するケースがあったことなどから、個人所有の空き家を災害時に活用できる可能性が高いと評価。「空き家・空き室を活用し、応急借り上げ住宅として積極的に供給していくことが必要」としている。

空き家を災害時に素早く提供するため、自治体が必要な手続きのマニュアルを定め、業務の進め方について、官民で訓練を実施する必要があると強調。自治体が「空き家バンク」に登録された物件の状態を平時から確認する必要性も訴えた。

検討会は、被災者が可能な限り自宅での生活を続けられるよう、災害救助法に基づく住宅の応急修理を促す必要があると指摘。都道府県が相談体制を整備したうえで、被災者が事業者選びの参考にできるよう、対応できる工事の種類などを記した指定業者のリストを整えることを求めた。

災害時は、被災者が一時的な住まいで長期間の避難生活を余儀なくされる恐れもある。このため検討会は、仮設住宅の有効活用策にも言及。住みやすいように改修したり、個人の敷地内に建設したりする案や、長期間の居住に耐えられるよう、住宅の基礎を鉄筋コンクリートでつくるなど、最初から強固な構造で建設する案を提示した。

応急仮設住宅では2年が使用期限といいながら、すでに長期間使用してる事例がたくさんある。実態は「仮設」ではないのではないか。下の写真は南阿蘇にある下野山田仮設住宅団地だ。この仮設住宅は木造でできていて、従来の仮設住宅よりも隣棟間隔を広くし(約1.5倍)、駐車場も住戸の近くに配置している。そして仮設といいつつも基礎はベタ基礎でしっかりしたものとなっている。
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すでにこうした取り組みはなされている。少しでも仮設住宅での生活を改善するような努力はなされている。

ただ、仮設住宅を建てるにも、その敷地がなければ建てられない。都市部では敷地が不足し、十分な仮設住宅が確保できない可能性がある。やはり根本的な解決は、すでに建っている住宅の耐震補強と、より高い耐震性を目指した住宅の建設ではないだろうか。耐震等級1ではなく3が当たり前となるような施策が必要ではないか。免震を採用した住宅は税金などを割り引くなどの具体的な対策があってもいいのではないだろうか。

震災が起きてからの対策ではなく、起きる前にできることはしておくことが大切だ。もし震災が起きれば仮設住宅や避難所の運営などに多くの費用が必要となる。しかし、被害を低減できれば仮設住宅などに関わる費用は少なくて済む。そうして浮いた分の費用を事前の対策に回せないものか。税金を投入して住宅の耐震化をはかっていくことはできないものだろうか。

その際、耐震化工事が適切に行われているかどうかを確認する仕組みも必要だろう。住宅の所有者が安心して耐震化工事を任せることができる地域の工務店、大工さんを育てていくことも求められるのではないだろうか。

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講義中・・・
著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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