朝日新聞(7/15夕刊)に『ツイッターに異論 続々』という小さな記事があった。記事では、精神科医の斎藤環さんと香山リカさんへのインタビューが紹介されていた。

「ブログは市井の人の潜在的な才能を知らせる効果があったけれど、ツイッターで注目されるのは著名人。内容のよしあしでなく名前優先で読む人が多いのは、反動的ですらある。」(斎藤さん)

「数が多い人が勝っているという思いこみに基づく競争は、まさに市場原理。こんなところまで新自由主義的な論理がまかり通っているかと思うと、うんざりです。有名人にとっては宣伝の道具なのに、普通の人たちに、有名人と同じコミュニケーションできたかのような幻想や錯覚を抱かせているだけ。」(香山さん)

ツイッターが話題を集めて約1年。積極的な効用を指摘する声が目立つ。政治家のツイッター利用を政治と有権者の距離を縮め、政治参加のしくみに変化を促す機会と期待する声も少なくない。しかし、香山さんは「刹那的な高揚感にすぎないのでは」と懐疑的だ。

議論の場をブログからツイッターに移しつつある論客が増えている点も、斎藤さんは危ぶむ。「少ない字数での瞬間的な応答が増えれば、ますます、まともな論壇の議論が少なくなる。対立があっても単なる感情的なぶつかりあいばかりで、論争に発展しない。限りなく一方向に向かう内輪メディアだと思う。」

クリエーティブな表現が現れてくる可能性に期待すればいいのでは? そう尋ねると香山さんは「飯食ったとか、新幹線乗ったとか、書かれているのは、あくまでリアル。80年代の『ビックリハウス』のように、別の自分になれるという願望もないし、意外にクリエーティブでない気がする。」

自分も一応ツイッターを始めたが、今は何もしていない。ツイッターを使いこなしていないからかも知れないが、何をつぶやけばいいのか、いまいち良く分からないからだ。リアルタイムで誰からのつぶやきをフォローするのも大変そうだし。たとえば、昨日は「海の日」だったが、大学は授業日で月曜の授業を行った、土曜日は補講をしたので、3連休はない(授業があってもなくても同じことだが)、昨日の天気は快晴、こんな日に授業とは、などとつぶやいてみたくなる、読む人にはあまり面白くないだろう・・・
写真10