日経新聞(8/24付けの夕刊紙)の「プロムナード」欄に森田真生氏が『アリになった数学者』と題して寄稿されています。
息子が「ママ」と「パパ」を使い分けられるようになった。
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最近は「ママは?」と聞くと母の方を指し、「パパは?」と聞くと私を指さす。「じゃあ、ジョーは?」と聞くと、部屋に置いてある自分の写真の方に駆け寄り、それを得意げに指し示す。まだ、自分自身のからだを指すという発想はないようである。

彼にとって「自分」はきっと、世界と一緒くたなのだろう。自分が嬉しいときは世界も丸ごと嬉しくなるし、自分が心細いときは世界の隅々が心細くなる。幼子の心は周囲のすべてに浸透していて、他から切り離された自己の意識は芽生えていない。彼はまだ自分が「一人」だという自覚を持たないのである。だから、家族揃ってもそれを「三人」と数えることができない。

「自分」すら、世界のなかの対象としてフラットに認識できるようになったとき、人は初めて冷静に、世界の対象を平面に並べて、互いに比べたり、測ったり、数えたりすることができるようになる。
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今月、『アリになった数学者』(「たくさんのふしぎ」9月号)という絵本を福音館書店から刊行した。「『1』とは何か」を主題にした絵本を作ろうという企画が動き始めたのはちょうど今から3年前だ。これは大変な仕事になるぞと覚悟すると同時に、「1」が無機的な記号ではなく、人間に深く根ざした実感であることを絵の力を借りて表現できたら、どんなに素敵なことだろうかとも思った。

「数える」というふるまいが、いかに人間の生命に深く根ざしているか。そのことに気づくためには、一度人間でなくなってみる必要がある。たとえば、折って数える指もなく、視覚よりも化学物質の分布を頼りに生きるアリたちにとっては、数とはどんなものだろうか。そんな疑問から「アリになった数学者」というモチーフが生まれた。
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数とは何かを突き詰めていくと、数がわかる人間とは何かという問いにぶつかる。この問いを、絵本を通して一人でも多くの人と分かち合えたら嬉しい。

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アリたちは「数」という概念があるのでしょうか? 
それはこの絵本を読んでもらいたいですが、きっと人間がわからない方法をもっているのかもしれませんね。

この本の中からちょっとだけ引用させてもらいます。
アリになるまえ、僕は数学者だった。
「算数」は数や図形を便利に使う方法を教えてくれるが、
「数学」は数や図形をつかうだけではない。
「数や図形がそもそもどのようなものか」を考えるのだ。
「数」や「図形」は、からだや星とちがって
この宇宙のどこを探してもない。
数学者は、存在しないものについて研究しているのだ。

数学者は、家族や友だちや、好きな人を思うのと同じくらい、
真剣に数や図形のことをかんがえているのだ。
そうやってじっと関心をあつめていると、
数や図形の心がすこしずつわかるようになってくる。

数学をわかることも、これに似ている。
ただうまく計算したり、
知識を増やしたりするだけじゃない。
数や図形の声に耳をかたむけ、心をかよわせあうこと。
それが、数学者のいちばん大切な仕事なのだ。

絵本というには、少々文字が多いかな、と感じますが、こうした絵本を読んで、数学のことを理解する人が増えるといいかな、と思います。学校教育で「数学」がきらいになる生徒や学生がいますが、入試のための「数学」ではなく、その楽しさなどもわかってもらうといいかな、と思いました。