大学

「必修7科目」に打ち込んで

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日経新聞(夕刊)に「就活のリアル」という連載がある。執筆者はハナマルキャリア総合研究所の上田昌美さん(ブログ)で、10/2付けの記事は『低学年から始める準備 「必修7科目」に打ち込んで』というもの。
「大学生になったら、就活の準備でやった方がよいことはありますか?」
1年生の親御さんにこんなことを聞かれた。あります!

実は大学生にも、就活のための必修科目のようなものがあると私は考えている。まるで高校時代までの「5教科・部活動・委員会活動」のように。これは勉学だけでなくその他の活動も含めたものだ。

詳しく言うと「学業(ゼミ)、部活(サークル)、アルバイト、留学、趣味、ボランティア、インターンシップ」が挙げられる。

なぜこれらの項目かというと、企業に志願書として送る履歴書に似た「エントリーシート」でよく聞かれる質問だからだ。

エントリーシートは各社違うが、おおよそ聞かれることはその7つに集約される。エントリーシートや履歴書には空欄がない方がいい。なぜなら、空欄が多いと志望意欲が高いとは思われないからだ。大学生活のこれらの活動を枠内にぎっしり書いて、盛りだくさんに詰め込みたい。

3年生の終わりになって、いよいよ就活というときに「書くことがない」と嘆くことのないようにしてほしい。そのためには、低学年のうちに自分の大学指定の履歴書があれば、それを見てみるとよい。毎年そう変わらないので、そこにある項目は大学生活のガイドラインのようなものといえるだろう。

「資格は必要ないのか」という疑問を持つかもしれない。「資格」は取ってもいいが、まずは大学4年間で「○○学士」という資格を取る勉強をしていることを忘れずに。短大、専門学校も同様で卒業した時にもらえる資格というのが一番大事だ。極端な話、それ以外は特に資格は必要ないともいえる。

ただし、自動車の運転免許があった方がいい職業や、専門のために取った方がいい資格がある場合は別である。また英語力を表すTOEICについては書かされるケースもあるので、スコアを上げていくようにしたい。

もちろん、大学生活が就活のエントリーシートを埋めるためにあるのではない。その活動の中から、自分の働く価値観に気づいたり、やりたいことが見つかったりすれば一番よいと思う。

一つ言えることがある。企業の人事担当者は、大学生活という「ゆとりある時代」を十分に充実した自己成長の日々として活動してきた人を好む。その人の人となりを見るときに、中学・高校時代よりも直近の大学時代の方に目を向けるのは当然のことだ。

新入生に大学入学の目的や将来のことを聞くと、「できるだけ良い企業に就職するためです」、「一級建築士になるためです」といった回答が多い。確かに、大学を卒業して、やりたいことができる企業に就職できれば幸せだろう。そのためには、ここで示された「7科目」をバランス良く修得することがテクニックとしては必要なのかもしれない。

では、大学は就職や資格取得のためにあるのか。大学の役割として、そういう面もあるだろうが、それだけではないはずだ。ここに大学の役割と学生(入学者)とのギャップがあるように思う。一方で、採用する側としては学生の「自己成長力」や「潜在能力」「態度や資質」などを評価する傾向が強い。ここでは学業(成績)というのは、あまり重要視されていない。これは企業の評価項目と学業があまり相関がないと思われているのか、あるいは大学の成績評価が信頼されていない?

大学と企業との間にもギャップがあるようだ。入学者やその保護者は就職に関して関心が高いため、大学は学生の就職支援に力を注ぎ就職率の高さを誇示するようになる。しかし、それをやり過ぎると、大学が「就職予備校」となってしまいかねない(保護者の評価は高くなる?)。

大学教育がユニバーサル型となった今、大学と学生と企業のギャップを埋めていく作業が必要に思う。

受験地獄は過去の遺物

Newsweek『受験地獄は過去の遺物、今や合格率93%の「大学全入時代」』という記事があった。
大学入学志願者と入学者の統計をつなぎ合わせて、大学受験の激しさの変化が分かる図を作ってみた。合格者は入学者を指し、不合格者は志願者と入学者の差分に当たる。
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赤色の不合格率が,競争の激しさの尺度になる。このカーブをみると,60年代後半と80年代末〜90年代初頭が激戦だったようだ(4割超)。量的に多い団塊世代と団塊ジュニア世才が受験期(18歳)に達した頃だ。90年の受験では、志願者の44.5%が不合格になっている。

90年代以降は少子化により入学志願者の絶対数が減少し、競争が緩和されてくる。不合格率は急降下し、2015年には6.7%にまで下がっている。裏返すと合格率は93.3%、大学全入時代が到来しつつある。
(以下省略)

今の大学進学率(50%程度)が上がらない場合、2030年頃には少なからぬ大学が倒産するだろう。50年後の人口は、現在よりも3割減ると推計されている。当然ながら若者の人数も減ることになり、大学入学者が減っていくだろう。

いまの大学の入学者は若者ばかりだが、大学で学ぶ「大人」を増やすことも求められる。生涯学習とかは昔からいわれていたが、大学として本格的に取り組んでいくべき課題だろう。

大学全入時代にふさわしい入試のあり方、高校から大学教育の接続のあり方などは今とは変わらざるを得ないのではないか。入試だけを変えても、対応できない時代になってくると思われる。大学淘汰の時代で生き残るには、何が必要だろうか・・・

大学をどう変える?

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日経新聞(8/20付け)に『大学をどう変える 「公共財」としての価値を高めよ』という記事があった。
政府は高等教育の無償化の検討を始めた。だが、私立大学の約40%が定員割れし、大半の大学が学力による学生の選抜機能を失っている。現状のまま無償化で門戸を広げれば、大学の一層の質の低下は避けられない。

必要なのは、量的拡大よりも国際競争力の強化だ。人材育成や研究の中核を担う「公共財」としての価値をいかに高めるのか。長期的な視野に立ち、抜本的な大学改革に乗り出す時だ。

まず、検討すべきは大学の規模の適正化だ。
バブル経済崩壊後の低成長、少子化時代に、大学はその数、入学定員を増やし続けた。その結果、志願者の90%超が進学する「全入」に近づいた。水ぶくれした大学が限られた予算を奪い合い、国全体としての教育・研究の投資効率を低下させてはいないか。

18歳人口のピークは1992年度の205万人。直近は120万人で、2040年には88万人と予測される。現在の大学数は780。92年に比べ18歳人口は約40%減ったが、大学数は約50%、入学定員も約25%それぞれ増加した。

今の大学進学率、入学定員が維持されると仮定すると、20年後には十数万人規模の供給過剰になる。入学定員1000人の大学が100校以上不要となる計算だ。
(略)
大学の数や入学定員が急増したのは、「事前規制から事後チェックへ」という政府の規制緩和策が大学設置基準にも及び、一定の要件を満たせば新規開設が認められるようになったからだ。

規制緩和の本質は、新規参入を促す一方、質の低いサービスは市場から淘汰される仕組みにある。しかし、大学の経営や教育水準をチェックするため2004年度に文科省が導入した「認証評価制度」がうまく機能していない。

大学基準協会などの機関が評価結果を公表しているが、社会的にほとんど認知されていない。財務省の財政制度等審議会は、主に規模や定員の充足率に応じ交付する私立大の補助金を評価結果に連動させ傾斜配分すべきだと提言。学術論文の数や学生の就職実績なども勘案すべきだと指摘する。

どんな評価指標が妥当かは議論の余地があるが、公費の使途や効果の「見える化」は国民的な要請だ。評価機能の拡充も課題だ。

その点、気になる動きがある。評価機関によって経営や教育が「不適格」とされた地方の私立大が公立大に衣替えするなど、定員割れの私大を地方交付税で救済する事例が相次いでいる。納税者の観点からは、違和感がある。

日本の大学の国際的評価が総じて低調なのは、密度の低い教育を量的に拡大してきたからだ。高等教育無償化の前提は、各大学が入学金や授業料が公費で充当されるにふさわしい公的価値を持つことを、社会に証明することにある。

国はまず、定員を戦略的に削減し教育の質を高める大学を支援するなど規模適正化と、外部評価に応じた資金配分に着手すべきだ。

18歳人口が2040年に88万人となるということは、現在よりも30%ほど減るということになる。その後も若者は減っていくので、進学率が上がらない限り入学者を確保することは難しくなる。入学者の確保が難しくなってから大学の統合や再編が行われるのか、それとも先を見越して戦略的に定員の削減などが行われるようにするのか。

入学生の定員削減は私立大学にとっては死活問題であり、教職員数の調整とあわせて、それなりの時間を要する。いまから20年、30年先を見据えた改革が必要となる。単に経営上の問題だけでなく、『密度の低い教育』の改善も求められる。この問題については、大学入試のあり方、就職や採用のあり方、もちろん大学教育のあり方などを検討しなければならないだろう。

未来の大学は、これまでの「学校」というものを必要としないかもしれない。いまでもアメリカの大学ではたくさんの授業をビデオで公開している。こうした映像をみて学習することは可能だ。将来はオンライン授業を受けることで大学を卒業できるようになるかもしれない。テクノロジーの進化によって、これまでとは異なる大学が実現するかもしれない。

広辞苑によれば、「公共財」とはその便益を多くの個人が同時に享受でき、しかも対価の支払者だけに限定できないような財やザービスを指し、公園や消防・警察などがあたるとされている。大学が学生だけでなく、社会にどのような財やサービスを提供できているのかを、見直してみることも必要だろう・・・

進む大学生の「受け身」志向

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日経新聞(8/10付け)に『 進む大学生の「受け身」志向 大学の授業改革と逆行』という記事があった。
ベネッセ教育総合研究所は、大学生の学習や生活の実態調査をまとめた(プレスリリースPDF)。大学がディスカッションなど主体的・対話的な授業を増やす改革を進める一方、学生側の学ぶ姿勢は逆に受け身になっていた。同研究所は「授業改革の方向性は正しいが、学生の気質を変えるに至っていない」と分析している。

調査は2008年から4年おきに実施しており、今回は16年11月から12月にかけて全国の大学1〜4年生約5000人を対象に行った。

大学で経験した授業に関する問い(複数回答)では、グループワークをする授業を経験した学生が71%。08年に比べて18ポイント増えた。プレゼンテーションをする授業は67%で16ポイント増。授業に取り組む態度(同)を聞くと、グループワークなどで「異なる意見や立場に配慮する」とした学生が67%で14ポイント増、「意見を言う」と答えた学生は59%で12ポイント増えた。

一方で、学習の方法を「授業で指導を受ける」と「自分で工夫する」のどちらがよいかを尋ねると、51%が前者を選んだ。この数字は08年から11ポイント増えた。学生生活についても「学生の自主性に任せる」より「教員が指導・支援する」方がよいと考える学生は38%で、08年を23ポイント上回った。

「あまり興味がなくても単位を楽にとれる授業がよい」と答えた学生の比率は8年前より13ポイント多い61%だった。大学選択で重視する点(同)として「興味のある学問分野があること」を挙げた学生は54%と10ポイント減少した。

松本留奈研究員は「学生の依存的な傾向が強まっている」と指摘。そのうえで「学生の気質には社会や経済などいろいろな要素が影響する。(授業改革で)学生の気質を変えるのには時間がかかる」と指摘する。

大学は、文科省が進める高大接続改革もあり、入試改革と併せて授業改善などに取り組もうとしている。学生が自主的に学んだりできるようにしたり、アクティブラーニングなどを導入したりと試行錯誤の段階だ。しかし、学びたい学問分野に興味や関心がなければ、学ぼうという動機付けができていないかもしれない。もちろん大学に入学してから、学びたいと思えればいいのだが。

この調査では、高校時代の進路決定について「興味のある学問分野があること」を重視して大学選択した学生が減少していることが示されている。16年は約55%で、8年前に比べて10ポイント減少している。当然かもしれないが、「興味のある学問分野があること」を重視しなかった学生ほど、高校時代に進路や将来について積極的に考えていなかったと回答している。大学のオープンキャンパスに多くの高校生が参加している(本学でも13000人以上参加)。こうした機会をつかって、是非とも興味ある学問分野を見つけてほしいものだ。

いま大学では、3つのポリシーを策定し公開することが求められている。ディプロマポリシーは大学が学生に卒業するまでに身につけさせたい能力を明文化したものだ。そうした能力をつけるための教育プログラム(主に授業科目)に関するカリキュラムポリシー、そして入学生に求める能力などを記載したアドミッションポリシーがある。このディプロマポリシーを理解している学生ほど、大学生活に満足しているという調査結果が得られている。「大学生活を総合的に判断して」(とても+まあ満足している)割合は、ディプロマポリシーを「知っていて理解している」と「知らない」で21ポイントの差があった。大学は単にポリシーを策定するだけでなく、受験生や大学生にポリシーを理解してもらうことも重要だろう。

学生の志向が変わるなか(学生の生徒化?)、大学は多様な資質や能力をもつ学生を対象とした教育改革に挑まなければならない・・・

大学・専門学校への進学率80.6%

朝日新聞(8/4付け)に『大学・専門学校への進学 最高80.6%』という記事があった。
文部科学省は3日、2017年度の学校基本調査の速報値を発表した。大学や専門学校など高等教育機関への進学率は80.6%で、過去最高になった。高等教育機関のうち、浪人生らを含む大学(学部)への進学率は52.6%で、同様に最も高くなった。

少子化で18歳人口は横ばいが続いているが、卒業後の就職の可能性などを考え、進学を選ぶ人が増えているとみられる。20年前の高等教育機関への進学率は67,4%だった。政府は大学などへの進学をさらに後押ししようとしており、文科省高等教育企画課は「今後も進学率の上昇が続く可能性がある」とみている。

大学の学部卒業者のうち就職したのは76.1%。リーマン・ショック後の2010年3月は60.8%に落ち込んだが、その後は7年連続で上がっている。一方、学部卒業者の大学院などへの進学率は7年続けて低下し、今回は11.9%だった。

18歳人口は減り続けている。大学進学率が高くなることで、大学の進学者が定員を充足できているともいえる。一方で、私立大学の4割は定員割れを起こしているともいわれている。
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今後、進学率が大幅に高くなるとは考えにくい。そして、さらに若者は減っていく。今年5月1日時点の小学生は644万8657人、中学生は333万3317人で、いずれも過去最少となっている。さて、今後の大学経営(特に私学)はますます厳しくなっていくことが予想される。

五月病なんかクソクラエ

日経新聞(4/17付け夕刊)の「あすへの話題」欄にアサヒグループホールディングス会長の泉谷直木氏が『五月病なんかクソクラエ』と題して寄稿している。
「五月病」は新入社員だけでなく誰にでもあるそうだ。最近の世の中には健康・医療情報が氾濫している。誰でも季節の変わり目には往々にして多少の体調の乱れは発生する。その時に「それは五月病だ」と言われれば信じる人も出てくる。昔は「病は気から」と言われたが最近は「病は情報から」になっているのではないかとも思う。

ミシガン大学大学院教授のロバート・E・クインは著書「ディープ・チェンジ」で、人間が岐路に立った時に「現実から目を背け緩慢な死に向うか、根本的変化に挑み未来を切り開くか、選ぶのはあなただ」と書いている。人は自分の才能に磨きをかけるにつれて物事の可能性を否定しなくなり、物事を成し遂げるプロセスと人間関係を尊重しビジョンを描き道徳に従って生きるようになる。人生に意義を見いだすと自信がわいてきてまわりの人たちにも力と自信を与えられるようになるとも述べている。

これらの文章は「自信を持って道に迷う」という言葉につながっており、私に大きな力を与えてくれた。ニーチェは「脱皮できない蛇は滅びる」と言い、ダーウィンは「生き残るのは変化するもの」と説いている。私は知らないことや分らないことが増えることを人生の喜びとしている。それが成長の証しだからだ。敵は権力に溺れること、気力の低下、謙虚さの剥落と自戒している。

CHANGE1文字をに代えればCHANCEになる。成長期の子供に骨端症という痛みが出ることがある。大人の精神の成長にも何がしかの痛みや変調があっても決して不思議ではない。「五月病なんかクソクラエ」で春を乗り越えていってもらいたいものだ。

今年も大学に新入生が入学してきた。これから新入生は、じょじょに大学の授業や生活になれていくだろうが、まだまだ戸惑うことも多いようだ。まず授業時間が90分と高校時代の2倍ほどと長い、そして授業も大規模教室で行われることがある(私大特有かもしれないが)。まだまだ入学したてで緊張することもあると思うが、初心を忘れずに充実した大学生活を送ってほしい。

何か悩みがあれば、すぐに相談してほしい。下はようやく見た「逃げるは恥だが役に立つ」のエンディングのダンスシーン。うまくいかないことや壁にぶつかることはあるわけで、それを一人で解決するのではなく、いろいろな人に相談することで解決していくことができればと思う。
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大学は若者向けの存在か

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週刊東洋経済誌(4/22号)に東大教授の柳川範之氏が『大学は若者向けの存在か』と題して寄稿している。
本来大学というのは、高校を出てすぐの18歳の年齢層だけが入学する場所ではないはずだ。実際、海外には一度社会に出て働いた後に大学で勉強するのがかなりポピュラーな国もある。これからの日本でも、もっと多様な年齢層が大学で学ぶほうが望ましいのではないだろうか。

そう考える理由の一つは、社会に出てある程度の経験を積んだ人が学び直す希望やその必要性が高まっていることである。これは、技術革新やグローバル化の進展によって、社会の構造が急速に変化していることと無縁ではない。また、寿命が延び、少子高齢化が進んでいることも一因だろう。

今のままのスキルで十分なのか、この先も働いていけるのかという不安を多くの人が持ち始めている。また、実際そのような不安が現実になるケースも生じてきている。そのため、誰もがどんな年齢になっても学び直して必要なスキルを身につけられる環境が必要になってきている。とすれば、その受け皿の一つが大学であろう。

学び直しというと技能訓練のようなことを思い浮かべがちだ。実際そのような訓練や教育が必要な面もあろう。しかし、たとえば哲学や歴史など、人文科学や教養科目と位置づけられる科目も、学び直しに大いに役立つ。社会経験を積んだ人が学ぶことで、高校を出たばかりでは見えなかった大きな気づきを得ることが多々あるからだ。スキルとは直接的関係がないような学問をあらためて学ぶことも、スキルアップや将来の仕事に役立つ。

二つ目の理由は、経済学や法学のような社会科学系の学問は、むしろ社会に出て実際に経済活動に参加することによって初めて理解できる面が多いことである。

商売をしたことのない若者にとって、経済学や経営学は机上の空論に見えてしまう。だから暗記に走ってしまう。多くの卒業生が、実際に仕事をした後になって、あの科目をもっと勉強しておけば良かったと悔やむというのはよく聞く話だ。

であれば本来は、そのように勉強しておけばよかったと本当に感じたときに、勉強すべきではないのか。必要性や関心のない若者が無理やり勉強し、単位を取って卒業するのに比べて、そのほうがはるかにやる気が出るし、理解度も高まるはずだ。

そのためには、やや暴論ではあるが、たとえば授業を受けて単位を取る権利を10年あるいは15年有効なチケット制にしてはどうか。社会に出て、必要と感じたときにチケットを活用して、単位を大学に取りに来る。このほうがよほど実のある勉強ができる。

三つ目の理由は、多様な年齢層の多様な経験を持った人が集い、勉強すること自体に大きな意義があることである。さまざまな経験から出てきた意見のぶつかり合いが、思いがけない気づきや新鮮な発想を学生に与え、学びを促進する。その点でも日本の大学は、もっとさまざまな年齢層の学生をあふれさせることが重要ではないだろうか。

確かに大学に多様な年齢層や経歴をもった学生がいたほうがいいだろう。しかし、そのためには一筆書きのルートを変えなければならないのではないか。高校から大学に進学し、卒業する前に新卒一括採用で企業へ就職が決まり、卒業後はその企業でスキルアップしていく、というルートだ。

企業で働きながら、大学で学び直しをしたり、大学院へ進学するということはできるかもしれないが、大学に入学するとなれば、現在のキャリアから外れることになる。日本社会が、人それぞれが多様な人生を歩み、それを評価する仕組みを持つ必要があるのではないか。

大学での学び直しをしやすくするためには、社会人入試枠を拡大し、授業料の減免なども必要となるのではないだろうか。

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講義中・・・
著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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