東洋経済

日本型雇用の弱点

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週刊東洋経済誌(9/9号)の「ミスターWHOの少数異見」欄に『雇用延長の実態が示す日本型雇用の弱点』という記事があった。
高年齢者雇用安定法の改正で、65歳を迎えるまで、元の職場で働き続けられるようになった。(略)しかし企業側は彼らを持て余している。役職を外れ、給与水準が大きく下がり、本人たちのモチベーションも極端に下がっている。経営者たちが言葉にしないところをいえば、「これは国が決めたルールだから我慢するしかない」というところだろう。政府は年金の代わりとして、65歳を迎えるまでの生活コストを企業に肩代わりさせた

ただ政府だけが悪いとなると、重要な論点がピンぼけする。
核心は日本型雇用システムの弱点にある。

日本のサラリーマンは新卒一括採用で入社し、レール上を走っているときは有能であっても、一度レールの外に置かれると、能力を失う。いや、ポストを失い、給与が下がると、モチベーションをなくし最後はプライドも消える。

公務員も例外ではなく、若い頃は切れ者でも、ひとたび出世競争から外れると変わり果てて天下りしていく。政府が企業に求める雇用確保策は、日本型雇用の「真空地帯」に年長サラリーマンを追いやっただけだ。

さて、上級役職者への昇進の道が閉ざされ、さらに役職定年、再雇用になりやる気を失った社員をどう処遇するか。仮に企業に対して積極的な役割を求めるとすれば、彼らに
  ”業・兼業を勧め、
  起業を支援、 
  出戻りを可能にして転職を促進、
といった選択をさせることが挙げられる。

だが、会社から自立できる人材はほんの一握りで、大多数はそのような能力などとてもない。会社が最後まで残ってほしいと考える人材はごく少数で、サラリーマンは年長になるほど自分が会社から愛されていないことを知る。雇用延長が可能になったことで、自分自身の生き方をうまく決められずに漂流する年数もまた長くなった。結局、兼業、起業、転職する能力などなく、会社にいるしかないわけだ。

年金の支給がさらに延長されるような事態になれば、政府は再雇用の年数をさらに延ばすつもりだろうか。将来は、年金の額や支給年齢が変わって、これまでと同じように年金がもらえるという状況ではなくなる可能性もある。雇用延長は、ある意味「福祉」となっていき、それを民間企業に負担させている。これから日本の人口が減っていって、高齢者の割合が増えてくれば、こうした制度も成立しなくなるのではないだろうか。

そのときには、従来の日本型雇用システムも大きく変わっていき、「定年」という制度がなくなり、優秀な人材はいつまでも働くことができるようになるかもしれない。そういう意味では、設計事務所などをやっていると健康であればいつまでも働ける。創造的な仕事に「定年」はないといえる。

大学教授の場合は、ポストの問題もあるし、新陳代謝という面もあると思うが、現状では業績などに関係なく定年で辞めてしまう。大学教授に限らず、こうした点を改めていくことも必要な気がする、な。

不要な物の必要性

週刊東洋経済誌(5/20号)に作家の童門冬二氏が『不要な物の必要性』と題して書いている。

都庁に勤めていた頃、知事が突然職場巡回に来た。そのとき机の上に山と積まれた書類を見て、「きみたちはいらない書類ばかり集めているんだね」、と。当時の旧都庁舎には設計者の丹下健三さんに言わせれば、「予定の3倍以上の職員が入っている」といわれたそうだ。しかし、それでも机の上の不要書類は保存し続けた・・・
というのは、”不要な物の必要性”を感じていたからだ。いらない物もいるのだ、という逆説的な思いが私の心の中にあり、それを保全することが私の生き方の一部になっていた。

理性的には、いらない物は確かに捨てた方がいい。「しかし人の世はそんな単純なものではない。捨てるには忍びない情というものが人間にはある」と言ったのが、江戸後期の大学者、広瀬淡窓だ。豊後日田(大分県日田市)で咸宜園(かんぎえん)という私塾を開き、全国から学びに来る門下生は3000人を超えた。
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http://www.realhita.net/area/hita/kangien

「学理は知、知からこぼれるのが情、その情をすくって残すのが詩」(意訳)と言って、塾では試作を大いに奨励した。そんなことを考えると、書類の滞貨一掃にもひるんでしまう。

研究室でも、さまざまな書類が蓄積される。
実験や解析データ、それにさまざまな文献、委員会資料、論文集、書籍などなど・・・
最近ではデジタル化されたものも多くなり、物理的なスペースはとらなくなってきてはいるものの、それでも書類などは増えていく。

滞貨一掃したいところだが、なかなかできずにいるのが現状だ。ずいぶん前の書類の必要性は相当薄いと思うのだが、残されている。単に片付けが下手なのか、それとも”不要な物の必要性”を感じているのか・・・

保育義務化で待機児童ゼロ

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週刊東洋経済誌(3/11号)の「ミスターWHOの少数異見」に『義務保育で待機児童ゼロへ』という記事があった。
毎年、この季節になると、「認可保育園落選ラッシュに悲鳴」「SNSで怒り共有」といった見出しが紙面に躍り、暗澹たる気持ちにさせられる。日本は先進国の中でも最も少子高齢化が進んだ国の一つで、人口の減少率も大きい。政府は人口1億人をキープすることを目標に掲げ、そのためには「希望出生率1.8」の実現が必要だとしている。だが、直近では1.45(合計特殊出生率)にとどまっており、目標に遠く及ばない。

少子化傾向に歯止めをかけたフランスなど先進諸国の事例から、出生率を上げるには仕事と家庭の両立支援がカギになることが明らかになっている。そして、待機児童問題の解決が、両立支援の大きなポイントであることに疑いの余地はないだろう。

政府は自治体や事業所に保育施設設置への助成金などを打ち出してきたが、待機児童問題は一向に改善の兆しが見られない。どうすれば、根本から解決することができるのだろうか。

待機児童をゼロにする最も簡単な方法は、小・中学校の義務教育のように、保育を義務化してしまうことではなかろうか。義務保育を原則として、どうしても自宅で保育したい場合はその理由(育児休暇取得中など)と、誰が保育をするのかを個別に役所に申請するシステムに百八十度改める。

極端に言えば、「保育所落ちた」ではなく「自宅保育落ちた」が季語になるようにするということだ。もちろん、幼保一元化の観点から幼稚園も義務化する。

政府が保育所への入所を義務化すれば、自治体は少子化で教室が空きつつある小・中学校に保育所や幼稚園を併設する方向に向かうだろう。そうなれば遊休施設の有効活用になり、願ったりかなったりではないか。

また、政府が思い切った措置を講ずれば、市民の側でも少子化問題に対する意識が飛躍的に高まることが予想される。社会全体として人口1億人という目標に向けた好循環も期待される。考えてみれば、われわれ現生人類は20万年前から集団で保育や介護を行って生活を営んできた。

女性が自宅で保育、場合によっては介護も行うというシステムは、戦後の高度経済成長の中で性的役割分業が一般化し、専業主婦になることが奨励された時代に生まれたごく新しい慣習にすぎない。このシステムが現在、女性に過度な負担を強いる歪みを引き起こしてしまっていることは、産後うつなどが社会問題化していることからも明らかだ。

政府は大ナタを振るって、義務保育に真正面から取り組むべきである。所管が厚生労働省なのか文部科学省なのかといった縄張り争いは些事にすぎない。わが国の最大かつ喫緊の問題である少子高齢化を根底から解決するには、抜本的な改革が必要だ。これまでのような弥縫策(びほうさく、一時逃れにとりつくろって間に合わせるための方策)はもはや役に立たない。

保育の義務化については、これまでもいろいろ提案されているようだし、「保育園義務教育化」(2015年、古市憲寿著)という本も出ている。日経デュアルには「保育園義務教育化は少子化を止められるか」という記事もある。そのなかでは、「義務教育化といっても、全員が0歳児から週5で保育園に預けるべきだと言いたいわけではなく、家族のスタイルによって、毎日、週1回、数時間など様々な形態で預けられるような形でいいと思います」とも述べられている。

働き方や生活に応じて、自由に保育園や幼稚園に通えるということができるのが望ましいのではないか。保育園を義務化するにあたっては、保育士の育成と働く環境の整備が必要だろう。また、親が子どもを長期間抱え込んで育てると、子どもの社会性を育む機会を阻害するという考えもあるそうだ。さらに家の中では虐待も見えない、とも。

子どもたちを社会で育てるという意識が必要なのではないだろうか。田舎の小さな村で育った自分の記憶では、村の人たちが子育てに協力しているという雰囲気があったし、逆によく怒られもした。政治家や経営者は日本経済について関心が高い。しかし、経済成長のためには人口を増やすか、生産性を上げるしか方法がないはず。人口を増やすことについては、ある意味無頓着に思える。経済を成長させたいなら、人口が増えるような大胆な施策を打ち出す必要があるのではないだろうか。

一方、生産性については長時間労働の是正の議論が行われているものの、残業を減らすことが生産性の向上に寄与するのかどうかの議論がないように思う。残業時間の規制については繁忙期には100時間を基準とすることで駆け引きが行われているものの、建設業と運輸業は規制から当面外れるという。工期を守るためには時間外労働も必要ということかもしれないが、人口減少社会を見据えて仕事の仕方を変えることがも求められるのではないだろうか。

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著書など
『耐震・制震・免震が一番わかる』
共著ですが、このような本を技術評論社から出しました。数式などを使わずに耐震構造、制震構造、免震構造のことを、できるだけわかりやすく解説しています。
『免震構造−部材の基本から設計・施工まで−』
免震構造協会の委員会活動の成果として、このような本をオーム社から出しました。免震構造の基本をしっかり学べるような内容となっています。
『4秒免震への道−免震構造設計マニュアル−』
いまでは少し内容が古いかもしれませんが、免震構造の基本的な考えを述べています。初版は1997年に理工図書から出ていて、2007年に改訂版を出しました。
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