2004年10月30日

吐き気がするほどロマンチックだぜー★

20041030075914.jpg遂に江口君が仕事復帰しました!遅えよ馬鹿!!

思えばヘルニアにかかって新宿歌舞伎町にある大久保病院に入院して約二週間、あんなにぶくぶくだった脂体がげっそり痩せてまるで別人のよう。
退院したら退院したで今度は風邪をひいてしまい、精神面に深いダメージ。僕らが心配して江口君に何回も電話しても全然電話出てくれなかった。申し訳なくて出れなかったんだと。本人いわく、廃人同然だったという。ある意味泣けるしある意味情けねー話さ。
そんなこんなで彼はこのクソ忙しい時期に、一ヶ月なんもしないで寝て暮らした。僕は本気で江口君とはもうお別れかなと思ってた。クビってことだ。ついてこれねえ奴は置いてくしかない。


いよいよ今日、代々木ワンダーステーションでのレコーディングは最終日を迎えた。長かったなー。
「NO FUTURE NO CRY」の歌入れ。めっちゃくちゃキーが高くて気が遠くなる。喉を振り絞って歌った。血の味がした。うえーん

まさに最後のサビを歌いきろうとしたその時、窓ガラスの向こうから僕に手を振る物体が目に入った。冷たいほど真っ白なむくんだ顔。怯えきった目。一瞬、とうとう僕も霊感を身につけて見てはいけないものを見てしまったのかと恐怖した。あ、なんかの本で読んだことがある!と思ってこんな時には般若心経を…と冷静になってちゃんと見たら、江口君だった。
おいおいおい


歌入れが無事終わる。あびちゃんが絶叫コーラスを入れる。その間、僕はなんだか居心地悪そうに座っている江口君とは一言も話さず目も合わせない。
そして録音終了。ご飯休憩に入る。



江口君
「あのぅ、峯田くん…。」



「……あ?」


江口君
「あのぅ、その、、、すいませんでした!!!」



彼の目元には涙がたまっている。
まだ風邪が治っていないらしく特大のマスクをしている。そして腰には笑えるぐらい立派なコルセットを巻いている。そしてそれをお腹の肉が邪魔している。歩き方もおかしくなっている。なんだか心底かわいそうにみえてきた。



「おい、後ろ向け。」


江口君
「えっ…?!」



「いいから黙って後ろ向くんだよ。」


江口君
「…はい。」




グサッ

僕は指先にありったけの力を込めて浣腸をした。

江口君
「ふごぉぉうッッ…!!」泣



地面に崩れ、立ち上がることができない江口君。顔を真っ赤にして僕を見て、それから少し笑った。



「おかえり。待ってたぜ。」



うおおおお!!
抱き合うメンバー。
やっとみんな揃った。そっからはもう病人だろうが常人だろうがもう関係なく全裸でワンダーステーションスタジオ最後の晩餐を楽しむ。

体臭、口臭、わき臭、肛門臭、全部が最高レベルに臭い江口君のせいで今夜の飯は最高にマズい。それでも僕らの周りには愛が渦巻いていた。
久しぶりにメンバー、スタッフ全員で迎える至福の時。僕は何度かこれを経験したことがある。そう、愛ってやつだ。


もう何日も風呂に入っていないという江口君の足の指の爪の臭いをどうしても嗅ぎたいという無謀なチャレンジャー、村井君。即死。続いてチン君、例のごとく後ろに吹っ飛び後頭部をテーブルにぶつける。あびちゃん、嗅ぐ前から号泣。なだめる僕ら。最後、僕。はっきりいって、今までの人生で初めて遭遇した種類のそれはそれは素敵な臭いでした。もはやここはアウシュビッツ収容所。
「そんなことはない。」と江口君自らが嗅いだ瞬間、トイレに猛ダッシュ。泣きながら吐く。
その一部始終をビデオカメラ回してた斎藤、さすが。



最後はエンジニアの近藤さんと固い握手をしてお別れ。必ずいい作品にします。

さよなら、ワンダーステーション。
素敵な思い出をありがとう!!!  
Posted by mineta1 at 19:05TrackBack(25)

2004年10月29日

あうあうあー

こないだの日記を読んだというチン君からお褒めの言葉をわざわざ頂いた。ありがとう。そして更にこんな事を言ってた。

「実はイケイケ姉ちゃんに車に連れこまれた時、あまりに恐くて挿入とかはできなかったんだけど、がんばって彼女の乳首を指でチロチロしてました。全く感じてなかったみたいだけど。」

偉い。童貞は童貞なりになんとか喜ばそうと必死だったわけだ。
そんなチン君も今じゃあしっかり経験するところは経験した立派なムケマン。話はずんで思わぬ大胆発言を。


「僕ってぇ、実は遅漏なんすよ。」


知らねーよ。
チン、てめえ冗談は顔だけにしてくれ。頼む。ちなみに僕が貸したエロビデオ20本、チン君の外出中に彼女にみつかっちゃったらしくて家帰ってみたら玄関先から部屋の真ん中までまるでドミノ倒しのようにエロビが一本一本丁寧に立ち並んでいたそうな。彼女のセンスに脱帽でありますな。




さて、今日の僕は明日完成予定の新曲「NO FUTURE NO CRY」の歌詞を書き上げていた。

NO FUTURE、 NO CRY
〜未来は無いけど、泣いちゃだめだ〜


この言葉が最初に使われたのは80年代にカルチャー系雑誌・宝島で連載されていた、中森明夫氏(日本でいちばん最初に『おたく』という言葉を発明したのはこの方です。)による青春小説「東京トンガリキッズ」の中でだ。
87年に単行本化。以来、文庫化されることなく僕はこの本を音楽好きな先輩から紹介され、古本屋を探しまくって大学時代にやっとこさこの本を手に入れることができた。
そして今年、「東京トンガリキッズ」は角川文庫からおよそ17年ぶりの時を経て文庫化されて再び世に出た。
内容はライヴハウスに通い続ける少年少女、過激な15歳のパンクス、デビューしたての清純派アイドル、ニューウェーブに命をかける少年、学校をさぼって山手線に乗って果てしなく東京を廻り続ける女の子、街中の壁にチョークで落書きしていく少年たち等、それぞれの主人公たちがまるで読んでる僕たちに話しかけてくるような文体で物語が進んでいく。今読んでも奇跡的に面白い。ぜひ興味がある方には読んで頂きとう存じます。チェキラ★(こずえ鈴)

僕はかつて、「若者たち」という曲を作曲した。個人的に今回、その続編として作った曲が「NO FUTURE NO CRY」なのだと思う。明日の録音が楽しみ。
キー高いけど頑張って声振り絞って歌うんだ。




今日のおやすみBGM♪
デイ・ドリーム・ビリーバー
/ザ・タイマーズ
  
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2004年10月28日

おまえの乳首はとんがりコーーン

20041111023200.jpg最近冷えこんできましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。あっそ。
僕は昨日の夜中「スクール・オブ・ロック」のDVDを観てやけに感動してしまい、涙まで出てしまい、「よっしゃ!僕も頑張らなにゃーいかん!!!」と鼻息を荒くして興奮していました。やったるぞー!!(ここで両手をパチン!と叩いて、人指し指と中指の間に親指を挟んでオメコポーズ。以下:パチン!コーマン!!)。



いよいよ受験シーズンですね。この日記(?)を見てくれている全国の受験生諸君の肩の荷が少しでも軽くなるような、僕の奇妙な大学受験エピソードをここらでひとつ。(パチン!コーマン!!)


1995年。山形市立商業高校。
一学年9クラス。そのうち1〜3組が男子クラス。4〜6組が女子クラス。7〜9組が共学クラスという奇妙な編成をした高校でした。(ちなみに僕らの一つ下の学年からは全クラス共学。畜生が。)

おそらく我等が3年1組の約7割がバリバリ童貞。2割が遊び人。1割キチガイ。そんな冴えない奴らしかいないクラス。いつになっても捨てられないゴミ箱の中からは腐敗臭。授業中は全員が生きる希望を失くしたような顔をしていた。その中に僕はいた。村井君がいた。スタッフの斎藤がいた。
僕はとにかくノイローゼになる前にこの糞まみれの豚小屋から飛びだしたかった。山形を出たかった。家を出たかった。その手段として、僕は東京への大学進学を狙った。東京に行けば僕は救われると思ったからだ。

担任の柏倉先生(カッシー)に相談した。
「推薦枠で狙うとして、おまえの今の成績だとココとココとココぐらいか。」と言われた。そのリストの中に東京情報大学という名の大学があった。
おー。東京じゃん。名前に「東京」がついてる。

「じゃあ先生、僕、ココ狙います。」

「おし。願書出しとくから頑張れな。」

「はい。」



後日、進路指導室にて東京情報大の案内パンフレットを見てびっくり。住所が千葉だった。東京農業大学の姉妹校だから名前に「東京」がついてるってだけ。あれまー。

カッシーに相談。
「先生、僕、あそこやめます。やめて東京の専門行きます。」

「無理。だってもう願書だしたもん。」

ガビーン



受験日が近づいてきた。斎藤に相談。どうしたらいいか。あいつはこう言った。
「わざと落ちたら。」
なるほど。


再びカッシーに相談。
「先生、あそこ行きたくないからわざと適当に答案書いて落ちていいでしょうか?」

「そりゃー駄目だよ。わざと間違えたのがバレたらウチの高校の評判が下がって後輩に推薦枠が来なくなる。」

「えー。それではどうしたらいいでしょう?」

「うーん…。あ!(パチン!コーマン!!)
わかったぞ。絶対にバレないように自然に間違えてこい。」

「なるほど!わかりました。」




受験当日。ほんと中途ハンパに何もない千葉の田舎に位置する東京情報大にて試験。
頑張ってバレないように神経をフル稼働させて緻密な答えを書く。わざと消しゴムで消し過ぎて解答用紙をやぶく。あ、やっべ。焦って長文まにあいませんでしたー。よし。完璧。

帰り道、ちんけなラグビー場を眺めながら一生ここには来ねえ、と誓いながらタバコを吸う。受験生でただ一人余裕バリバリ。ヌハハ




学校に帰り、カッシーが僕に「どうだった」と聞いてくる。僕は無言で不敵な笑み。パチン!コーマン!!




専門楽しみだなー。ウキウキ。東京ってどんなとこだろうなー。ウキウキ。





数日後の朝。
カッシー「峯田、ちょっと来い。話がある。」

僕「はい。なんでしょうか。」


カッシー「残念な話だが、、、」


僕「…え??」









カッシー
「残念な話だが、
おまえ、
大学、
受かった。」






あまりのショックで僕は三日間学校を休んだ。
英検2級の資格を持っていたのが響いたそう。


それでも僕は千葉のド田舎で四年間頑張ったぜ。要するに、いかなる環境いかなる状況になっても馬鹿は馬鹿なりに人生を楽しめるって事!
理想と違う場所であってもなんとか自分で楽しむしかないって事だ。
パチン!コーマン!!!!


とゆーわけで、風邪などひかぬよう精一杯頑張ってください。
(頼りねーーー)  
Posted by mineta1 at 04:49TrackBack(4)

2004年10月27日

チン中村( 其ノ二) 〜五目炒飯〜

20040907233137.jpgチン君おぼえてるかなあ。初めて僕とした会話。


僕「ギター、上手ですね。」

チン「そんなことないですよ。峯田君て大学生なんですよね。」

僕「はい。」

ポコチン「大変ですよね。卒業できそうですか?」

僕「帰って頑張ればなんとか。中村君は大学どこ?」

粗チン「明治です。」

僕「えええ!!?頭いい!!」

遅漏「そんなことないですよ。」


…なんか、つれねー奴。でもなんか、好き。



僕がGOING STEADYをやり始めて初めて全国ツアーを経験したのは、ヤングパンチというバンドに誘われて全国二十箇所を回った「ベイビー・ワールド・ツアー」だった。1999年春のことだ。
彼は当時のヤングパンチのギターだった。話すとわかったことだが、お互い音楽の趣味が合った。そしてツアー途中、彼はバンドを離脱。

それからチン君はまるで渡り鳥のように色々なバンドを渡り歩いた。キャプスロック。アヒロ。J・アダムス。スノッティー。ディレンジメンツ。ボーイズ・ナウ。



2001年。下北沢シェルターにてGOING STEADYがスノッティーと共演した時、久しぶりにチン君がステージに立つ姿を目撃する。そして僕は自分の目を疑った。
丸坊主の彼はライヴ途中早々とギターを投げ捨てて思い詰めた表情で、まるでマイケル・ジャクソンが気が狂って小便撒き散らしているかのような異様なダンスを始めた。客席は爆笑。機転を利かしたボーカルが代わりにギターを持って弾き始めたことに腹をたてたのか曲が終わる前にチン君は納得いってない表情でいきなり楽屋へと帰っていってしまった。
ミラクル。最高の表現者だと思った。



2003年1月。GOING STEADYが解散した時、次のバンド銀杏BOYZを結成するためには新しいギタリストが必要だった。僕の頭の中にはもうすでにチン君しかいなかった。

あびちゃんが電話した。下北沢の練習スタジオに一緒に入った。それから二人で環七にあるラーメン屋に行った。汗をかいて食べた。
僕は、もしかしたら彼は銀杏BOYZに入ることを断ると思っていた。なぜなら彼は普通に就職しているし他にもバンドを掛け持ちでやっているから忙しいだろうと思ったからだ。そしてなにより、GOING STEADYのイメージがつきまとう新バンドへの加入は、誰がどう見たって苦痛を伴う重圧がある。



もう春がすぐそこに来ていた。ある日、チン君は僕にこう言った。

「俺、銀杏BOYZやってみるよ。駄目だと思ったら遠慮しないでクビにしていいよ。」


彼はそして、仕事を辞めた。大決心だったと思う。



それから僕らは練習を重ね、ライヴを繰り返し、毎日顔をあわせた。しばらく暗中模索なライヴが続いた。だけど必死に喰らいついてやめなかった。



僕はたぶん、チン君がいなかったら駄目になっていたと思う。
彼には不思議な安心感がある。上手いんだか下手なんだかよくわからないギター。独特の踊り方。小学生のような声。そして天使のような優しい笑顔。癒されるーー!!!
いつかシックスナインしましょー★





彼がヤングパンチ時代に広島にツアーに行った時の話。
打ち上げにて酔っ払ったあるバンドのメンバーが調子に乗ってチン君を指さして、その場所に居た綺麗なお姉ちゃん達に「こいつ、未だに童貞なんだってー。誰か相手してやってよ。」って言ったらしいんだ。そしてチン君は一人のお姉ちゃんに手を掴まれ外に停めてある車の中に連れこまれた。寝かされた状態にされ、そこに馬乗りになったお姉ちゃん。「してみよっか。」と言われギンギンに勃起したけど恐くて恐くて何もできなくて泣きそうだったって。ほとほと呆れたお姉ちゃんと車内で険悪なムードになってしまい、申し訳なくて仕方がなかった、って。



チン君愛してる。  
Posted by mineta1 at 23:43TrackBack(1)

2004年10月26日

チン中村( 其ノ一)

僕はチン中村に恋している。
もちろん「キスしたい」とか「堀りてえ。」わけではないが、その感情はまるで女子生徒が柱に隠れながら隣りのテニスコートで憧れの先輩が「やっ!」とセクシーな声をあげながらラケットを振り回すのを黙って見とれているそれと近い気がする。

とにかくチン君は可愛い。たまに本人にふざけて「可愛いね。」と言うと怒って「なめないでください。」と言われますが。
どういう「可愛い」かというと、笑顔がホントに素敵なの。つぶらな瞳。口元のほくろ。全部がチャーミング。チャーミークリーン。そう、まるで君は洗剤さ。

たぶんチン君の前世は小鳥だ。人に幸せを運ぶ青い鳥。おそらく彼がアトピーなのもそれのせい。アトピーなのではなく単なる鳥肌なのだ。


本名・中村章宏。章宏と書いて「たかひろ」と読ませるその無茶な男気に拍手を送りたい。いい名前だ。
1978年東京都の西側、東村山市の団地社宅に生まれる。後に転校を経験し埼玉県所沢市へ。へーぼーーーんな暮らしを送る。
彼は生まれもって身長が低く(現在も162センチメーター)、小学生の頃から受け始めた「いじめ」は中学に入り更に発展。それはもう凄かったらしい。彼のステージ・パフォーマンスを見てもわかるとおり、あの尋常じゃない身のこなし&異様なステップはどれだけ数多くパシリ経験をさせられてきたかを物語っている。一秒遅れたら殴られるその恐怖と戦いながらチン君は購買部に焼きそばパンを求めに走ったのだ。涙

「ちび」
「ハゲ」
「出っ歯」
「アトピー」
の史上最低の四重苦を小さな背中にしょいながら、彼は変身願望を強く持ち始めていった。そして同時にいじめに対抗するには「反発」するのではなく、彼等がむしろ爆笑するような馬鹿な真似をクリエイトすればいい、という教訓を学んでいった。同級生にどんだけ前歯を掴まれ吊り上げられて「でっけーの釣れたぞー」と言われようが嫌な顔をせず喜んで魚の真似をする。彼は耐えた。


高校にあがり、身長の低さを克服しようとバスケ部に入るが全く成果が出ず、むしろ縮んで(言い過ぎ)挫折。ボールは友達になってくれなかった。

そして彼はギターを手にした。友達と組んだコピーバンド。ユニコーン。ジャミロクワイ。クイーンもやった。


そして彼はパンクと出会う。
  
Posted by mineta1 at 21:34TrackBack(3)

2004年10月25日

言葉にできるなら少しはましさ

只今銀杏BOYZメンバー間では大島弓子さんの漫画が大流行。
そういえば彼女の作品には「死」を扱うテーマが多い。しかもそれをただ重いものとして描くのではなく、にぎやかな街の色や、落ち葉の匂いに溶けこんだような暖かさの中に生命の消失をそっと表現してくれる。そしてその反対に必ず「出発」が描かれたカットがある。悲しいのに悲しいだけじゃない。だから、読み終えた後に不思議な感覚がずっと残る。
皆様も眠れない夜にはあつあつの甘ぁいココアでも飲みながら幻想的かつ笑えちゃうという大島弓子ワールドに「もってかれちゃう」秋の夜長、どうでしょうか。


そして今日の舞台、代々木ワンダーステーション。そろそろこのスタジオともお別れかー。
村井君はスタジオ保有者の久石譲さんの車に器材をぶつけて傷をつけたが修理代を大幅に安くしてもらい、更になんとジブリ映画のポスターをもらったんだよ感謝しなきゃ。思い出がありすぎる。昼飯休憩で全員全裸になるのは当たりまえ。異臭事件数回。あびちゃん笑いすぎて痙攣症状10回。江口君ゲロ吐くこと5回。あびちゃん下痢ジュースを漏らすこと1回。僕がウンコ漏らすこと2回。メンバーの喧嘩20回以上。出張マッサージ1回。
長かったなー。言ってみればこのスタジオは僕らにとって難民キャンプみたいなもんだった。
悔しい思いも嬉しいこともいっぱい経験して、いよいよ僕らはワンダーステーションでの録音最後の曲「NO FUTURE NO CRY」の制作にとりかかる。僕はどうしてもこの曲をこのスタジオでエンジニアの近藤さんと最後にやりたかった。みっちり音作り。メンバー全員とアレンジを考える。この時点で今日は終了。


深夜。家に帰ってきて寝る前に「真夜中のカーボーイ」を観る。僕はダスティン・ホフマンになりすましニューヨークを迷い歩き、ブロンド美女に恋をしながらタバコを9本吸っていた。

おやすみ、さようなら、世界。おまえらは糞だ。僕はテロリスト。そして貴方は涙の上に咲く一輪の花だ。


もう言葉自体が映画の影響受けてて笑えるずら



今日のおやすみBGM♪
missing /久保田利伸
  
Posted by mineta1 at 02:24TrackBack(1)

2004年10月24日

今まで出会えたすべての人々に もう一度いつか会えたらどんなに素敵なことだろう

家に帰ってきてからも僕は夜通しテレビをつけたまま。どの番組でも震源地新潟の惨状を伝えている。
小千谷市の体育館に避難しているたくさんの人たち。子どもを抱きかかえた保母さんの顔。土砂崩れによって崩壊した民家。割れた道路。

そして僕は妙な感情に襲われていた。不思議な終末観。言葉では表現しにくい。これに似たような感覚に僕はかつて数回出会っている。
まだ山形にいた高校三年の頃に起きた阪神大震災の模様をテレビで観た時。朝起きて寝ぼけまなこのまま燃え上がる街の映像を観てまず僕はこの国で戦争が始まったのだと思った。
地下鉄サリン事件。警察や自衛隊がガスマスクをかぶりながら地下鉄に突入していく映像を観た時。
1993年サッカーのワールドカップ最終予選の試合で終了間際ロスタイムに相手チームのヘディングが日本代表ゴールネットに吸い込まれ、同点になった時。ベンチで中山が泣き崩れ、柱谷はピッチで呆然と立ち尽くしていた。あの時の観客の絶叫はショックだった。
2001年9月11日。ニューヨークの映像。二本のうち一本の高層ビルが煙をあげている。画面の左上に「LIVE」の文字。しばらくすると轟音と共に一機の旅客機がもう片方のビルに突っ込んでいった。

すべてテレビの向こう側で起こった出来事だ。
不幸なことに僕はここにいて、不幸なことに無力で、不幸なことに数分後には腹が減り、不幸なことに会いたい人には会いに行ける。
悲しみを味わうには距離が遠すぎる。残念ながら今のところ僕の半径5メートルは安全だ。
なのに、僕の心はどうしてこんなに悲しくなろうとするんだろう。



ぼろぼろになった歌詞帳を開き、「漂流教室」の歌詞を完成させようとする。殴り書きされた文字列。メロディにくっつきあっては離れていく言葉の数々。拾って繋げて残像を確かめる。




―――――――――


告別式では泣かなかったんだ

外に出たらもう雨はあがってたんだ

あいつは虹の始まりと終わりを

きっとひとりで探しにいったのさ

(中略)


このまま僕等は大人になれないまま

しがみついて忘れないんだ

君の涙をいつか笑顔に変えてくれ

光る星に約束してくれ

はやく はやく こっちにおいでよ

君と僕は一生の友達なのさ


―――――――――




完成した歌を歌いに代々木に向かう。すぐに歌い終えることができた。

エンジニアの近藤さんにミックスをお願いし、その間僕らは休憩に入っていた。もう夜が来ていた。


夜9時。吉川から電話がかかってきた。そしてあいつは電話口で泣いていた。落ち着かせて事情を聞いた。
友人の山本君が死んだという。吉川の幼なじみで、彼とは僕も一緒に遊んでご飯を食べた。少し太ってて、見た目からして冴えない奴だった。そして、優しい奴だった。
GOING STEADYが大好きで、僕の目の前でありえないぐらい緊張してしまい顔を真っ赤にして上手く喋れなかった。解散した時も心配してくれた。ついこのあいだまで吉川には「はやく銀杏BOYZレコーディング終わらないかな。」と話し、アルバムを心待ちにしてくれていたという。二ヶ月前に彼女ができたばっかりだった。

電話を切って、僕はトイレに行って、それから外に出て少し歩いた。



あいつに聴かせたかった。馬鹿野郎。なんで死ぬんだよ。もうちょいで、もうちょいだったのによ。馬鹿野郎。


聴かせたかった。
悔しい。



朝4時。完成した「漂流教室」を真っ暗な部屋で何度も何度も聴いた。
この歌が山本君が今いる場所まで届いていればいいよ。いつだって彼は優しいまんまだ。だって、なあ、そうだろ?

そして昨日から続いていた僕の中の不思議な終末観は、完全に消えていた。


もうな、なにがなんでも生きるしかないんだよ。
  
Posted by mineta1 at 23:11TrackBack(13)

2004年10月23日

永遠と終末、その永遠について

「漂流教室」の演奏を録音するために代々木のワンダーステーションスタジオに向かう。
昼の11時に起きて髪を洗い、昨日と同じ服を着る。昨日と同じ服を着るにはちゃんと理由があって、洗濯物が溜まりに溜まってやがるために着る服が無いのだ。
そうこうしてるうちに斎藤が機材車で迎えに来る。所々ぶつけてへっこんだおんぼろのあの車に乗って。斎藤はいつも朝ご飯がわりにコンビニで菓子パンを買ってきてくれる。チョコデニッシュやハム玉子サンド、辛口カレーパンなんかを。
そんでそれらをがっつきながら僕らはカーステレオなんかつけて世田谷区から原宿を抜け、道ゆく貴婦人方のおケツなんぞをフムフムと眺めながらラーメン屋「光麺」の隣りの角を左に曲がってスタジオに着くっつーわけだ。


こんなようなことを去年の夏からずっと繰り返してきている。
メンバーみんなたいした病気もなく(ライヴ中に怪我をすること等もままにあるが)、自宅療養中の江口君以外はみんなお互いケツひっぱたきあいながらもなんとか元気に頑張っている。

ずっと、こんな日常が果てしなく続いていくんだ。




と、思っていた。

夕方6時。「漂流教室」演奏録音2テイク目が終盤に差し掛かった時だった。最後のサビが終わりアウトロのギターが鳴った時、突然足元から振動を感じた。
窓の外から遠くで屋根が崩れるような「ゴオオー」という音が聞こえてきた。シンバルのマイクが大きく揺れだした。村井君は避難。あびちゃんはパニック。
地震だ。しかも強い地震だ。

曲を一時中断。休憩室に集まりテレビをつける。東京、震度4。ニュースキャスターが緊急速報を読んでいる間にもずっと揺れ続けている。
震源地は新潟。震度、6強。ゾッとした。山形の実家は大丈夫だろうか。


微震が続く中、レコーディング再開。そして無事に録り終えた。

珍しく自分から実家に電話。繋がらない。おそらく回線が混んでるんだ。




出前をとって夕食。僕はメンバーと生放送の地震速報番組を観ながらあれこれ考えた。被災者の方々が心配だ。
そして僕は同時に、ある体の部分に妙な異変を感じていた。



僕は心のどこかで、絶対に「日常」が終わることはないと確信している。

毎日同じ部屋で起きて、同じ時間に斎藤が迎えに来て、同じメンバーと一緒に音楽を作る。朝方になって家に帰り、「目ざましテレビ」を観て高島彩アナウンサーの笑顔にドキドキしながら同じ布団に入り、眠りにつくのだ。それが僕の日常。

かたい話だけれども、たとえその日常の未来にいつか死ぬ時が来ようとも、その「死」を自覚して、受け止めて、死ぬのだ。自分の死に場所は自分で決めたいのだ。

ところがどっこい、自分の意志の届かないところに実は「死」が身近にあるの。それは地震だったり、思わぬ事故であったり。
それらは僕の目の前にある現実をあっという間に消し飛ばしてしまう。びびってる時間なんてねえし、「ちょっと待って!」なんて迷ってる隙も与えてくれねえの。
凄いね。
所詮人間は憐れみもへったくれもない自然の猛威には勝てねえってことか。(←だけどこうゆう言い方で簡単に割り切れちゃうのってなんかすげえ嫌。ムカつく言い草。)
「日常」が終わる時って、突然なんだろうなー。そん時ゃあそん時。いちいち考えてたら夜も眠れなくなるぐらい暗いことばっか考えそうだから、もう終わり。



それともうひとつ。僕の体のある部分の異変について白状する。非難されるのは覚悟している。

僕はなんと勃起していた。

とてもおかしな話だが、緊急生放送番組を観ながら僕はこの世界が終わることをどこかで想像し、そしてむしょうにセックスがしたくなった。
しばらく頭の中がセックスのことだけでいっぱいになった。
時間が経ち、録音終盤のディレイ・ギターを重ねる作業に入っても僕の頭の中からセックスが離れることはなかった。
消そうとも消そうとも、消えなかった。
  
Posted by mineta1 at 06:09TrackBack(5)

2004年10月22日

ドクター・ペッパーがぶ飲み大会

20041027193854.jpgのど飴を二粒左手に乗せて、手首を右手でポンと叩いて口に放りこむ例のアレをやってみたら喉の奥に見事命中。サザエさんの「ん、が、んん」をリアルに体験することができた。やったぜ。


深夜にビデオを観た(もう、そればっかしだな、おまえの娯楽と言えば)。なんとお客さんが僕宛てに送ってくれたダウンタウンの関西・中部地方限定で十年前に放送されていた伝説のローカル番組、「ダウンタウンの…?」の録画ビデオ。
言ってしまえば「ごっつええ感じ」開戦前夜な雰囲気(素人参加型)。ゲストに鈴木雅之さんが登場した時にいきなり松っちゃんが「なんだか苦虫噛みつぶしたような顔で来てくれました。」と発言。爆笑


つくづく思うことは、青春時代にダウンタウンのお笑いを体験できる時代に生まれて良かったなーと。
漫才ブームをリアルタイムで体験できなかった僕たち世代。「8時だよ!全員集合」に乗り遅れた僕たち世代。「天才たけしの元気が出るTV」を運悪く思春期前に通過してしまった僕たち世代。だけど、ギリギリ滑りこみでダウンタウンには巡りあうことができました。めでたしめでたし。
おそらく浜田雅功さんは世界一幸せもんだ。すぐ隣りであんな贅沢なボケに大笑いできるししかも感情のおもむくままに思いっきりつっこむ(しばく)ことができる。だから浜ちゃんの笑顔はあんなにも幸せいっぱいなんだ。


さて、我等がDJ(DEEP JAPAN) YUTAKA、もとい江口豊はさっさと退院したにも関わらず風邪をひいて仮死状態。寝こんだきりで誰とも会ってないらしい。会う気力が無いらしい。精神的に参っているらしく誰からの電話にも出ようとしない。あったまきたからしばらく放っとくことにした。言わずもがな僕らの現場ではもう江口君の話題さえのぼらない。厳しいようだがこれが現実だ。頑張れ江口君。おまえがぐーすか ぐーすか一日中寝てる間に斎藤は寝ないで仕事してんだボケ。


レコーディング。「漂流教室」、もうちょい。頼む、踏ん張れ。


あ、あとスタジオ目の前にある本屋さんにていくえみ綾の「I LOVE HER」の文庫版が出てたので買っといた。胸キュン。あの時に置き忘れてきたものを取り返しに行きたい。ってなに言ってんだ俺わ。

僕は高校の卒業アルバムを山形を出る直前に近くの川に投げ捨てた。だから何っつー話だが。それがカッコイイとでも思ってたんだろうなー。
あんなこと、しなきゃ良かった。でも笑えるからいいや。



「浅草橋ヤング洋品店」DVD化熱望!!!  
Posted by mineta1 at 00:32TrackBack(1)

2004年10月21日

生放送中に真剣白刃どり失敗

20041027203938.jpgいよいよだな。
いよいよ銀杏BOYZのファースト・アルバム二枚のレコーディングが大詰めをむかえてきた。考えただけでゾクゾクしてきた。

思えばのんべんだらりと去年からよくぞここまで頑張ったもんさ。僕みたいなだらしのない&急ぐことが苦手な男が何か一つのことに集中してずっとやり続けることができるなんて思ってもみなかったよ。すげえだろ、母ちゃん。

全部終わったらやりたいことが山ほどある。会いたい人がいっぱいいる。行きたいところが何ヶ所もある。今んトコそれらが僕の生きる希望。ちっちゃいことだけど密かな夢なんだ。
だから神様、過去最悪の物凄い台風が来て街を粉々にしてもかまいません。テポドン飛んできてキノコ雲に巻かれようがかまいません。かまいませんが絶対、レコーディングが終わってCDが全国に発売されてからにしてください。聴かせたい人がたくさんいるんです。それまでこの地球上に、僕が会いたい人間に少しでも不幸なことをしてみろ、僕はあなたを恨む。


代々木ワンダーステーションスタジオにて新曲「漂流教室」を最終確認。今までにない浮遊感のある曲だ。イントロのギターの音に少しディレイをかけてみたらもうその音だけで泣きそうになった。録音する明日が楽しみ。



江口寿史さんが手がけてくれるジャケットの方のアルバムタイトルがいよいよ決定した。

『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』。


やっべ。またゾクゾクしてきた。
もし「ウンコ食わねえとCD出しちゃダメ」って言われたら、よゆーで食うからね★




今日のおやすみBGM♪
ホリデイ /weezer  
Posted by mineta1 at 02:14TrackBack(4)

2004年10月20日

オペラ座の夜

20041027220029.jpg日本列島を台風23号が直撃。今回のはでかい。洗濯物干してたのをうっかり忘れて慌ててベランダ出てみると、ありゃまーfuck。洗濯バサミごと吹っ飛ばされててお隣りの家々の庭先で泥まみれになってたとさ。ご愁傷様でした。
こうなったら強風にあおられて石川亜沙美ちゃん風の絶世の美女が僕の部屋までスコーンと飛んできてちょうど勃起してた僕のチンチンにグサッと刺さったら最高だろーな。

なにはともあれ、お天気ニュースばっかりで退屈になっちゃうからこんな時にゃあホラー映画がいちばん。しかも血みどろの絶叫もので、かつ笑えるやつがいい。そうと決まれば早速ツタヤへ。「デモンズ」にするか迷ったけど結局「死霊のはらわた」と「死霊のはらわた 2」を購入。あとついでに観たかったからデイヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」を。あと出たばっかりのYO-KINGの新作「音楽とユーモアの旅」と曽我部恵一さんの「STRAWBERRY」も買わなくちゃ。
村井君と合流して新記で香港麺を食べる。


「死霊のはらわた」観たのは小学生の時以来。友達のお誕生日会はいつも恒例でホラービデオ試写会になってた(ヤな子どもー)。あの時はただ恐いという印象しかなかったが改めて観てみるとあまりのエンターテイメントぶりに鳥肌立ちました。
その後も一睡もせず立て続けに映画観てました。「アニマルハウス」(最高!!)、「マルホランド・ドライブ」。「マルコビッチの穴」。
あー自堕落。あー幸せ。もう毎日台風でいいや。  
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2004年10月19日

村井君(其ノ三) 〜アイ・ヘイト・ゴッド〜

GOING STEADYの歴史は言い換えれば村井 守個人の歴史だと言っても過言ではないだろう。


1998年。村井君、千葉にて人生で初めてのバンド練習参加。全くリズムとれず。勝手に曲を分解。

村井君は満面の笑顔で
「いやー、さいっこーでしょ。文句ないっしょ。」

あびちゃんと浅井君と僕と三人で今から奴の死体をバラバラにして山林に捨ててこようか悩む。


十日後、高円寺ギアにてライヴ。燃えた。演奏なんてそっちのけで暴れまくった。どっちみち酷い演奏なんだから。とにかく四人での馬鹿騒ぎは気持ちよかった。

帰り際、お世話になっていたギアの店長から呼び出される。褒められるのかな、と思ってた。


「…おまえら、なんだ今日のライヴは。」

え?


「三人の時の方が音がまとまってて全然良かった。はっきり言って残念だわ。」

…。


「(村井君を指さして)ドラムの君ね、もう音楽やんない方がいいよ。才能がない。」

うなだれる村井君。


「峯田君、ちゃんと音楽やりたいんなら、三人に戻るか、それかもっと他に上手いドラム見つけた方がいい。探してあげようか。」

「…いや、その、ありがとうございます。帰ります。」



誰ひとりとして口を開かないまま駅に向かって歩いた。僕は終電ギリギリの中央線に乗って帰った。


馬鹿野郎が。僕には自信があった。

大事な事は、誰かに「こうしなさい。」と言われて表向きでは素直に「わかりました。ありがとうございました。」で済ますけど、実はそれには絶対従わない、ということさ。
自分のやりたいことを他人から変えられるんなら、最初っからそんなことはしない。バンドなんてやらない。僕がバンドを組んだのは僕が僕のやり方でやりたいことをやりたかったからだ。
答えは簡単だ。四人でこのまんまやっちまえってことだ。

店長さんにはそのあともお世話になった。僕等にいちばん最初に目をかけてくれた人だ。僕は彼に心から感謝している。


村井君はドラムが上手ではない。そしてそれは今でも変わらない。だけど、それがなんだっていうんだ。彼は一生懸命叩く。彼は音楽が大好きだ。もうそれだけで充分だ。彼が叩いてくれてるだけでもう何も問題はない。



寮生活を止め、テレビもない国分寺のボロアパートに移り住んで休日には写真を撮りに外に出掛ける。
バイトに向かう電車の中では我慢が出来ずにウンコをもらしてそのまま接客業。
街を歩いてて綺麗な人を見つけてしまうたんびにその都度コンビニのトイレや公衆便所に駆け込んでオナニー。
三年間の専門学校生活でできた友達は、わずか一人(もちろん男子)。


そんな愛すべき村井君に足りないもの。そう、彼女という存在だ。セックスという魔法だ。
僕は一足先に1999年の11月に生まれて初めて彼女ができて童貞を捧げていた。

そしてある日、村井君から告白された。


「どうか落ち着いて聞いてくれ。実は…。」

「実はなんだよ。」


「…実は、彼女ができちゃいましたーーー!!!!!」


わーお



いよいよこの世の終わりが来たなと思った。
彼は童貞を捨てた。そして偶然にもその週GOING STEADYは解散した。
解散したその日、2003年1月15日は奇しくも村井君の25歳の誕生日。そして生まれて初めてできた彼女の26歳の誕生日だった。




もう、さよならだと思っていた。
僕は一人ででも音楽をやっていく。会いたくねえけど、でも村井君とはずっと友達でいよう。




飲み屋にて。


「峯田、相談があるんだ。」

「今度はなんですか村井君。」


「あのよー、峯田は女の人の体って詳しいか?」

「は? なんでよ。」


「あのよー、手マンするでしょ?」

「(爆笑)はいはい。」


「なんかよー、手応えがないんだ。」

「どーやってんの村井君。」


「だからこう、クリトリスを指で、こう。」

「ん? ちょっと待って。」


「だから、この部分をこうやって…。」

「…村井君、それ、クリトリスの場所、逆だよ。下じゃねーよ上にあんだよ…。」


「…はぁーーー?!?!!」

「…(怒)はぁーーー?!?!!」



村井君が銀杏BOYZに加入することになった。まさかまた一緒にバンドやるなんてな。

敗者復活戦。よっしゃ、今度ぁクリトリスを探しに行くぞ。
  
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2004年10月18日

村井君(其ノ二)

千葉県千葉市若葉区千城台(ちしろだい)。
僕が山形を離れて初めて一人暮らしを始めた街。千葉駅からモノレールに乗って約30分。または千葉駅から成田線に乗って二つ目の都賀駅からモノレールに乗り換えたら20分で着く。
1996年から2000年までの四年間、僕が大学を卒業するまでずっと住んでいた。駅前には郊外特有のそこそこ大きなショッピングモールがあるぐらいであとはまあなんのへんてつもない普通の街。

村井君が住んでいる中央線の武蔵境まではなんぼ急いでも一時間半はかかった。彼は学校の寮に住んでいて門限は12時。


高校を卒業してから久しぶりに村井君と東京で再会した時、僕は彼のあまりの変貌ぶりに驚いた。
あんなに音楽には無頓着だった彼は東京のアンダーグラウンドなパンク・シーンにどっぷりと漬かり、右目の上にピアスを開け、汚いネルシャツを着てスケボーを片手にしていた。高校の頃の爽やかで明るかった彼はもういなかった。聞くところによると通っている専門学校では誰一人として友達ができてないらしい。
「友達なんて俺には必要ないから。」
彼は僕にそう言い放った。


三日に一回は村井君から電話がかかってきた。ある時は「芸術と向かいあうためには」について延々と三時間、ある時は「写真の構図」について。彼は全く意味のわからない事を僕に休みなく喋り続けた。「メジャーから出してるアーティストは全てクソだ。」とか「おまえが生きてる意味を教えてくれ。」と言われた時には電話口で気が遠くなった。

毎週末、僕等は会った。パンク専門のレコード屋さんにいりびたってなけなしのバイト代を注ぎ込んで国内や海外のパンクバンドの安価な自主制作レコードを買い漁り、渋谷ギグアンティックや下北沢シェルターで観たハスキング・ビーやスプロケット・ウィールやBLEWのライヴの感想を辛口で言い合っては次に参戦する来週のライヴは誰をお目当てにするか高円寺の喫茶店か、あるいは新宿西口の公園で討論した。



1997年。村井君はプロのカメラマンのアシスタントを手伝い始め、僕は大学の友人とバンドを結成した。GOING STEADYだ。

GOING STEADYはやがてお客さんを集めていった。素直に驚き、そして嬉しかった。村井君は客としてよく観に来てくれた。そしてたいした感想も言わず、そそくさと帰っていった。

村井君は僕の千葉の家宛てに何通も何通も手紙をくれた。内容はどれも悲痛なものだった。殴り書きの文字で何度も出現するフレーズ。
「僕は自閉症」
「僕は自閉症」
「僕は自閉症」。


村井君。今から思えばあれは、僕に対するひとつの嫉妬だったのかもしれないね。悔しかったんだね。
村井君。僕もな、おまえのことなんとかしたかったんだよ本当は。



僕等はドラムを募集していた。メンバーには内緒で僕は全くバンド経験の無い村井君に声をかけた。
ふたりで東高円寺のカビ臭い練習スタジオに入った。

村井君。おまえ実はその前から密かに一人で練習してたな。自分から「バンドに入りたい」なんて言えなかったんだな。


もんのすごい滅茶苦茶なドラムを叩き終えてスタジオを出て外で缶ジュース飲んでた時の彼の顔。あん時の汗かいた彼の笑った顔を僕は一生忘れないだろう。

「峯田、俺、ヘタクソだから恥ずかしくて安孫子君と浅井君に会えねえよ。」

「…おまえ、なにすでにメンバー合格したみたいなこと言ってんだよ。笑」



童貞ふたり、やっとこさ荒野に立つ。
  
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2004年10月17日

村井君(其ノ一)

村井 守。この男だけは困ったものだ。

小さい頃、ダンゴ虫は団子でできていると思っていたらしく家近くの土や公園を堀りまくっては大量のダンゴ虫を食べていたという。折りたたみ傘でボコボコに殴ってやりたいぐらい可愛い子どもだったんだねー☆


僕が初めて村井君と出会ったのは高校二年の一学期初日。
僕の席のすぐ後ろに座ってる奴が甲高い声であまりにギャーギャーピーピーうるさいもんだからどんなツラしてんのか見てやろうと思って振り向くと、眉毛が異様に濃くて、目と目が異常に近いし、あごがしゃくれた奴だった。体は難民のようにガリガリで学ランがぶかぶかだった。
そう、こいつが村井君。サッカー部所属のおしゃれ野郎だった。嫌いな人種。


クラスの人気者、黒田君。こいつの存在がまず凄かった。背が高くて、決して整った顔ではないが人柄が滲みでた「イイ」顔、女の子に人気はあるわ、サッカー部だわ、しかも僕からみても彼は面白い奴でイヤミが無かった。完璧な高校生。
そんな彼に村井君はいっつも金魚のフンみたくハイハイ後ろにくっついてた。阿呆かと。ちゃらちゃらしやがって。
とにかく僕はあまり村井君に対して良い印象を持ってなかった。「あいつとは友達になれねえ。」


おそらく村井君も僕のことを良く思ってなかったと思う。



僕は何度かこの日記で告白してきたとおり、明るく活発な生徒ではなかった。女の子と1対1で向き合うと胸が苦しくなり吐き気がする病気だった。(これの原因となった事件についてはまた今度ね★)
僕は休み時間も授業中もウォークマンのヘッドフォンを耳から離すことはなかった。暗い、なんてもんじゃない。そんな僕に、なぜかたまに村井君が話しかけてきたのを覚えている。

「峯田、なに聴いてんの?」


「たぶん、教えてもわかんねえよ。」(性格 悪ッ)


「…峯田、なんかおまえ、暗いよ。なんかあったのか?」


「元からだ。しょうがないだろ。」


「…今度、俺と遊ばないか?」


「…はぁ? (なんか、ちょっと嬉しい。)」


「よし。じゃあ、今度な。あと、もし良かったら今聴いてるCD僕に貸してくれよ。」


「……いいよ。」



僕は村井君にオアシスとニルヴァーナを貸した。「よくわからない。」と言っていた。だけど、僕は聴いてもらえただけでなんだか嬉しかったんだよ。

それから僕は教室でよく村井君と話すようになった。音楽について。将来について。
そして話してみると実は彼の方こそ日常では猫をかぶって生活していたことがわかった。彼は仲間と同化することで「村井 守」を演じていたんだ。


卒業間際、山形を離れて東京に行くクラスメイトは本当に一人か二人だった。そんな中、村井君は東京の美術系の専門学校に行きたがっていた。僕は相談を受けた。
「来週、試験があるんだ。ちょっと見てみてくれないかな。」

村井君は僕に一枚の絵を見せてくれた。彼が描いたものだ。あまりに独創的な作品で驚いた。彼にこんな才能があったなんて。

「絶対大丈夫だよ。おまえ凄えよ。合格するよ。」


そして村井君は阿佐ヶ谷美術専門学校に合格した。



この時、近い将来僕は彼とまさかバンドを組むことになるなんて想像もしていなかった。
  
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2004年10月16日

ブラジャー食いてえ

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今日こそレコーディング成功させるぞ。
熱はだいぶ下がって喉も痛くはねーけど下痢がビービー止まらねーやい、こん畜生。まあいい。糞まみれになっても最後まで歌ってやるぜ。たとえケツの穴の破裂音を連発でマイクで拾ってしまってもそれをOKテイクにするぐらいの器量の深さはあるつもりだ。
いっつも一発勝負。負けても勝ち。どっちみち22世紀がやって来る頃にはここにいる奴らみんな死んでるんだ。どうせなら輝ける未来に泥を塗るような素晴らしくとんちんかんな遺産を残していこうじゃないか。過去の偉人たちがやってきたように。


「リビドー」の演奏を録音。成功。メンバー全員大喜び。続いて歌入れ。ソッコーで終わる。ウンコ漏らさなかったのがちと残念。今頃クスリ効いてきてんじゃねーよボケ!!

向かいのお店でビビンバを食べる。北村さんがミックス作業してる間にマンガ喫茶へ。抹茶オーレ飲みながら「のらくろ上等兵」を読む。

最終的にレコーディング終了したのは朝の8時30分。みんなよくぞ頑張りました。今度焼肉おごったげるからな。やっすいやつ。んで腹壊して狂牛病にでもなっちまいな。愛してるぜ。


スタジオ帰りにコンビニに寄ったらびっくり。レジにいる女の子の店員さんに見覚えがある。なんとオフィス・イノマー、オナニーマシーンのスタッフ津田嬢だった。この時間にも関わらず頑張ってレジを打ってる。偉い!!!
やめとこうかなーと思いつつ声をかけると恥ずかしそうに笑う津田さん。可愛いんじゃないのー。
やっぱり、頑張ってる女の子って素敵だなーって思う。彼女はきっと幸せになる。保障する。
いや、やっぱわからん。ごめん。でも少なくとも周りの人間を幸せにすることはできる。



家帰ってきた途端に下痢が勃発。なんなんだ馬鹿野郎。おもいっきり腹にパーーンチ。はい、漏れました。泣


憎まれっこ、便器にまたがる




今日のおやすみBGM♪
クレイジー・アバウト・ユー /ナスティファクツ  
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2004年10月15日

売り昆布に買い昆布

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結構なダメージのため、休みをもらう。

蜂蜜をお湯で割って飲む。旨いのなんのって飲み放題。結果、下痢。
便器の底に溜まってた透明な水をまるで無差別テロ攻撃の如くおうど色に変えたベリー・スウィートな排泄物をしげしげと眺めてみたものの、なかなかそれは歓迎できるものではなかったのであります。
えらいことなってんなー。

三軒茶屋のセイジョー薬局へ行ってエスタックKと咳止めシロップを買う。
おとなしくしてテレビを見る。ロンドンブーツ1号2号の番組ロンドンハーツSPで淳さんが孤軍奮闘していた。彼の元彼女である藤崎奈々子さんがゲストで出演していたのだ。どっきり発言(笑)を連発する藤崎さん。淳さんの顔は真っ赤だ。容赦なくつっこむ出演者たち。
僕は熱出してハァハァいいながらも感動していた。やっぱ面白いなー。

就寝。
空気が悪くて何度か起きて窓を開ける。読書。山田詠美の「姫君」。大島弓子の「ロストハウス」。エイドリアン・トミーネの「SLEEPWALK」。それから古今亭しん生の落語集から「品川心中」。
気付くとうたた寝。



「茄子だよ、この馬鹿野郎……んとうに、しょうがねえなァ…ェえ?……(鼻をひくひくさせ)臭えねェ、どうも……糖味噌のにおいじゃァないよ、どうしたの? なにをゥ? 与太郎が手水場(ちょうずば)へ落っこったァ? さァ大変だ……いま、上げてやるぞゥ」

「いや、俺ァもう上がって来ちゃった」

「上がって来ちゃいけねえ」  
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2004年10月14日

辛抱するでござる。にんにん

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空が晴れてるとか曇ってるとか、んなもんお構いなく僕は30円のよっちゃんイカ四袋を当然のように歩きながら完食し背中に杏さゆりちゃんとECDのステッカーを貼ったアコースティックギターを背負いながら今日もレコーディングのため僕らの聖地である下北沢トライトーン・スタジオに向かうのだ。んが、ん、ん。


お昼すぎ、メンバーと今日録音する新曲「リビドー」のアレンジをあれこれ考える。あれこれ考えるもどうも上手くいかない。だんだん気が立ってきた。一人で焦って空回りしたあげく、とうとうメンバーを罵倒した。「やってらんねー。帰るわ。」居心地悪くなりスタジオを飛び出した。

外出たらまだ明るいのなんの。
なんだかなー。

てんやに寄って天ぷら定食食べる。うまい。だけど、なんだかなー。

家帰ろうと思って下北沢歩いてたら見た目からしてもうズングリムックリな男子二人に声をかけられる。
「峯田さんですよね?」

「はい。」


「応援してます。アルバム出たら買います。」

「ありがとう。」


「あの、もう、レコーディングって終わったんですか?」

「もう少しで終わりそうなんだ。でも、順調に進んでるよ。」


「頑張ってください。」

「ありがとう。」


握手をした。二人とも緊張してたのか汗をかいてた。嬉しかった。
なんだかなー。


家に着いて横になる。もう少し煮詰めよう。
多分今日もやもやが消えることは100%無い。これを一日中抱えたまま寝るのは経験上、非常につらいものがある。そしてその打開策は経験上、無い。
なんだかなー。なのだ。


あびちゃん、チン君、村井君、斎藤、ごめんな。僕ってわがままな。プロじゃねえな。

結果、僕は今夜、約三年ぶりに風邪をひく。
ばか  
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2004年10月13日

相武紗季ちゃんと朝まで寝ないでしりとり合戦したい

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ケ ケ
月力


きん



ガハハ!!!


銀杏BOYZメンバーは夕方5時に渋谷ツタヤ前集合。なにが行われるかっつーと、雑誌の企画という名を借りて渋谷の街を行き交う女の子に勇気をもってナンパしてみよう!という文系男子からしてみたら生き地獄のようなイベント。一同は昨夜から緊張しっぱなし。僕と村井君は過去に一回だけやったことがありますけれども、あれはキツイ。最終的には誰にもかまってもらえずにへこむだけです。
雨が降ってたしダルかったので僕だけズル休みしちゃいましたー★へへーん
あとから聞いた話だとなんとチン君(超チビ)が大会終了時間30分前に美女ふたりをどうにか捕まえることができたらしく、しかしまさか自分の声に振り向いてくれるとは思いもしなかったために心臓発作一歩手前の状態になってしまい、気付いた時には記憶が飛んでて渋谷のカフェに一人で佇んでいたという。世の中って、残酷ですね。


僕は部屋でゆったりなんの気兼ねも無く買ったばかりの「ガキの使いやあらへんで」のDVDを観てた。そんで近所のサミットに行って買ってきたお惣菜と熱々のコロッケにタルタルソースをたっぷりつけて晩飯。

続いてビデオ鑑賞。僕も大好きなフォーク歌手、高田渡さんの禁断の日常生活に迫った音楽ドキュメンタリー映画「タカダワタル的」を撮ったタナダユキ監督(めっちゃ綺麗!)から先日のロフトプラスワンの時に頂いた、彼女の次回作「月とチェリー」。なんと、たった五日で撮影したという。凄いや。そして面白かった。ずーっとセックスしっぱなし(笑)。こういう映画これからもっと増えればいいなと思う。



ふと、思い出したことがあって。それは僕が小学生の時、遠足に行った時の話だ。
鶴岡市というところに即身仏(そくしんぶつ)を見に行ったのだ。即身仏とは要するに自ら仏になるために地中に入り、絶食し、骨と皮だけになった昔の人(罪人だったのでしょうか)。当然生きてない。ミイラの状態で保存されている。山形県は即身仏がいっぱいいるのでも有名なのだ(みうらじゅんさん談)。
そしてみんなで即身仏を囲み、住職さんの説明を受けていた時、僕はポロッと声を発してしまった。

「即身仏の指って、かりんとうみたい。」

山辺小学校三年生一同大爆笑。そして僕は先生に「おまえはなにを馬鹿なこと言ってんだ」とおもいっきり張り手をくらい、大泣き。

だけど僕は帰りのバスの中で当時のガキ大将的存在だった佐藤君に「おまえよくやった。最高だった。」と褒められ、嬉しくて涙ぐんだ。


あの頃の、自らを犠牲にしてまでも自分の心情を正直に叫んだ馬鹿な僕に敬意を評す。

いつまでたってもそうゆう無謀な人間でありたい。ピース



今日のおやすみBGM♪
学園白書 /ホフディラン  
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2004年10月12日

ハートに火をつけて

起床。ロイヤルホストのお持ち帰りメニュー、180円のカレーパンを食いながらクイーンの「華麗なるレース」を聴く。

本日は渋谷ラママでサンボマスター企画「男どアホウ サンボマスター vs 銀杏BOYZ」に出演。
ラママはなんだか思い入れのあるライヴハウスだ。GOING STEADY時代にまだ無名のサンボと初めて対バンした場所でもある。当時から彼等はいきりたってた。喧嘩寸前だった。
二年前のクリスマスにはオナニーマシーンと「童貞たちのクリスマス・イヴ」なるイベントを敢行。最後、脱いでしまった僕は男のお客さんからフェラされた。結果、その日がGOING STEADYとしての最期のライヴになった。あじゃぱー。
銀杏BOYZになってからは元ジュンスカの寺岡呼人氏の企画に呼ばれ、アンコールで呼人さんと大槻ケンヂさんと遠藤ミチロウさんと一緒にザ・スターリンの「天プラ」を歌わせてもらった。一生の思い出だ。
オナニーマシーンの「ティッシュタイム vol30」に出演した時は今までのバンド人生でいちばん過酷な酸欠状態を味わい、あげくの果てに背中を怪我して中の肉が見えた。
要するに、タダじゃ済まされないライヴハウスってことだな。


開演前の楽屋ではもうテンションがあがってしまっているサンボ山口君(福島県出身)と史上最低のスケベ話。もうね、東北人は根っからが下品。頼むからもう窓の外から飛び降りてくんねえか。こちとら今日、一曲目が「銀河鉄道の夜」なんだよ。邪念バリバリで歌えっこねえんだよ。

銀杏BOYZスタート。250人満員の怨念にも似た熱気がラママを覆い尽くすのがわかる。やはり人間のエネルギーというものは凄い。
ギター持ったままお客さんの中に突っ込む会場の中でおそらくいちばん身長の低いチン君。「移植手術して指を六本にしたらもっと強暴なベース弾けるかな。」と真顔で語ってたあびちゃん。あまりに度を越えた音痴のためにメンバー全員から「絶対にコーラス歌うな」と釘を刺された村井君は全身全霊で、叫ぶ。しかない。僕はピアノの上で中学時代を思いだしながら一人でバタフライをしていた。己の欲望の海の底で。
嗚呼、青春とはなぜにここまで醜く、そしてイカ臭いのでありますか。
最後に「人間」を歌ってた時、死んだおばあちゃんを思い出した。昇天。

「やったぜ。まだ生きてる。」


楽屋に曽我部恵一さんが来てくれた。褒めてもらった。緊張して話せなかった。


続いてサンボマスター。いちばん前で汗まみれのまま観覧。そしてサンボマスターはこの夜、全ての裏切り、哀れみ、悲しみを渋谷という街で「歌ってしまった」。僕のすぐそばにいた女の子は一曲目が始まった途端に泣いていた。
サンボマスターの音楽(山口君が言うところの「ソウル・ミュージック」)とは、「孤独」の反対側に存在すると思う。どんどん切迫化する夜を優しく包むような美しい高揚感。聴く人間を決して一人にしないメロディとグルーヴの塊。そして散っていくアルペジオ。本当の「孤独」を知る者こそが孤独を打ち消そうと歌っている。
ってなんだか偉そうに音楽評論みたいな事言っちゃってる僕は寒いので死刑(ハート)。←書いてる自分に酔っちゃってるだけだからねー。
今夜のサンボマスターを観て、改めてこのバンドの凄まじさを実感。もうね、どこまでも行けるとこまで行っちゃってほしい。こうゆうバンドが売れてほしい。日本中の若者がサンボマスター聴いて踊い狂うその日が来るまで僕は死にたくねえぞホントに。SONYの皆様、ライヴ中に発した僕の暴言をお許しください。僕の大好きなサンボマスターを末永くよろしくお願いします。

アンコールでなんか知らんが僕が呼ばれて「さよならベイベー」と「愛しき日々」を一緒に歌う。もう、いいよー。お腹ぱんぱんだよー。
ピアノ台からジャンプして山口君の頭に飛び込んだのだが彼はあの体でヒラリと身をかわして僕は撃沈。ズドンとゆー鈍い音。近藤君!!笑ってんじゃねーやい!!!
終演。



打ち上げは相変わらず男だけ。大森南朋君、伊賀大介君と久しぶりに会う。寿司うめーー。

帰りはPAの高橋しんや君と三軒茶屋のラーメン屋で激辛に挑戦。汗止まらず。

んで、寝たと。
  
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2004年10月11日

銃は持ってないって誓うよ。本当さ。銃は持ってないんだ。

高校卒業して初めて一人暮らしした時、僕は千葉に住んでたんだけど毎週週末になると東京にライヴ観にいったり村井君や斎藤の家に遊びに行ってたの。キセルして(もう時効よね?)。
斎藤の家は小田急線の千歳船橋ってとこにあって 、もうアパートの周りが住宅だらけなの。
あいつの部屋で遊んでて、「ちょっと買物行ってくるわ」って僕だけコンビニに行ってその帰り道、狐につままれたみたいに迷子になった。
いきなりおっきな神社が目の前にあった。んなもん無かったよな。向こうに帽子かぶったおじさんが立ってて僕の方をじーっと見てる。僕はなんだか恐くなって早歩きで逃げた。
どこ歩いても、自分が今いる場所が全く見当がつかない。結局3時間かけて斎藤のアパートを探し出した。もう夜だった。



まぁ何が言いたいかっていうと、僕は極度の方向音痴だってこと。

そんでもって今日、僕は雨の降る世田谷で久しぶりに迷子になって半ベソかいて交番に助けられたってことさ。


夕方腹が減ったのよ。だから三軒茶屋に行こうとしたのよ。いつもは最寄りの若林駅から世田谷線で行くことが多いんだが今日は歩いて行くことにしたわけ。
どうせボサーッと鼻糞ほじりながらてくてく歩いてたんだろうね、気付いたらもういつの間にかそこは僕の知らない世界でした。
やっぱり田舎もんは田舎もんらしくちゃんと集中しながら歩きましょうね。じゃないと神隠しに逢うからね。


あーー 怖かった、と。



深夜二時頃、明日のライヴのこと考えながら布団に入ってると、メールが来る。彼女からだ。
自分の部屋の鍵を失くした? 盗まれた? らしくて困ってるらしい。合い鍵を貸してほしいとのこと。あっちが来ると言ってたが、僕の方が行くことに。
忙しいというのもあって、彼女とは最近は全然会ってない。
夜中の環七でやっとタクシーを捕まえる。全くの初心者だという50歳ぐらいの運転手に道を教えながら約三十分かけて彼女の家に着く。鍵を渡して少しだけ話して、タクシーを表に待たせてあるのですぐ帰る。
同じ運転手の後ろに乗ってまた同じ道を引き返す。外はまだ雨が止みそうにない。

ちょうど井の頭通りと環七が交差する地点で降ろしてもらい、ファミレスに入ってコーヒーを飲んだ。
明日は何を歌おう。




今日のおやすみBGM♪
ビートたけしのオールナイト・ニッポン
:86年2月6日放送日
  
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2004年10月10日

コンビーフ食いながら愛を叫ぶ (暇)

午前中に吉川(ビッグ・ディック)から電話。いきなり今日会おうって言うじゃないか。ああーいいとも。もうすぐ東京に台風直撃するっつー時にあいつは決死の覚悟で愛車を転がして現在一人暮らし中の栃木からわざわざやって来た。

久しぶりの対面。まずおまえが本当に吉川なのか誰なのかわからないからパンツを脱がし、チンチンを確認。オッケー。この並外れた巨大キノコはまさしく吉川以外の何者でもない。
久しぶり。会いたかったぜ!!(チンチンに。)


僕らがイチモツ…いや、いちもくさんに向かった場所は新宿の歌舞伎町。そんなにヌキてえか! いやいや、向かう先は江口君の入院している大久保病院。新宿ロフトのすぐ目の前。僕らってば優しいねー。友達のためにお見舞いに行こうって話だ。最近はなかなか忙しくて全然江口君に会えなかったからね。

吉川の危なっかしい運転で環七を走ってると急に空が真っ黒になり大雨。おまけに風がビュンビュン吹きすさび、車が右に左に揺れる。
ああ、僕は死ぬのか。事故で。しかもよりによってなんで吉川と一緒に死ななくちゃあいけないんだ。でっけえチンコの横で息絶えるなんてイヤだよー(泣)。

新宿到着。だーーれもいない。ぶっ壊れた傘があちこちに放り投げられている。なにもこんな時に来る必要あったか? 明らかにUターンして帰りたそうな顔してる吉川。「馬鹿野郎、友達のためだぞ。」とは言いながら一番帰りたい僕。頼む、吉川。おまえの方から「帰りましょっか。」と言ってくれ。今、僕はそのひとことが欲しい。

なんだかんだでびしょ濡れになって病院へ入る。江口君のいる13階へ。ギャハハハハ!!なんでよりによって13階なんだよおまえは!!! 笑いをこらえて病室へたどり着く。

「あららー。」
急に来たからびっくりしたみたい。久しぶりに見た江口君の顔はなんだかすがすがしい。というより、顔が真っ白。オイオイ、大丈夫か(笑)!?
ちょうどご飯が運ばれてきた。白米と味噌汁と鯵のひらき。あと茶碗蒸し。そんだけ。もちろん僕と吉川が先に頂く。うめーー!!! 江口君半泣き。
「良かったらコレ食べてください。」 一緒にいた江口君の恋人かせっちが僕らに饅頭をくれる。やったー!!よく見たらカビ生えてる。
…殺す気かーー!! 笑いながら謝るかせっちがめっちゃキュートだったので、許す。

病室にまたまた来客。ズブ濡れになった女の子。よく銀杏のライヴで見る娘だ。バイト帰りに江口君が心配で来たんだと。すげえ江口君愛されてんじゃんよ。

来週の火曜日には退院できるってさ。しばらくは家で療養だけど。良かったよな。


ぶっ壊れて傘も無いし電車も止まってるから女の子(浜中さん)を車に乗せて帰ることに。環七沿いの焼肉屋さんで食事。その後、優しい吉川は浜中さんを家(千葉)まで送って帰ったとさ。
なんにも起きてないことを、祈る。まーあいつはチンチンでかいが気が弱いので大丈夫であろー。




今日のおやすみBGM♪
24時 /サニーデイ・サービス
  
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2004年10月09日

雨の日のプール

昔の家の茶の間。
ちっちゃい僕は寝っ転がってテレビを観てる。
ブラウン管には松田聖子が歌番組で歌ってる。

コタツに入ってるお父さん。お母さんが梨をむいてる。

妹はまだ生まれてないのかな。





夢からさめる。僕の部屋。部屋が暗い。
朝なのかな。夜なのかな。


あ、だんだんと頭の中からさっきまでの映像が消えていく、消えていく、消えていく。

あれ、梨だったかな。寂しいな。
  
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2004年10月08日

彼女にあったら、よろしくと

いよいよ本番当日の朝。
だがどうしてもオープニング映像の編集が終わらない。途中、パソコンがとぶ。またやり直し。えーーん

メンバーとスタッフは下北沢の事務所でイベントに使う◯×クイズ用のうちわを徹夜で作っていた。どうやらそっちの方は終わったらしい。お疲れ様!よくやった!!

浅草組も頑張りました。最終的に全部編集が終わったのが昼の2時。それから手塚さんがパソコンにとりこんで最後はDVDに落とす作業。ロフトプラスワンがオープンする6時まで間に合うか?!
手塚さん、じゃあ僕はこれから本番の準備があるので先に行ってます!!!戦場で会いましょう!!!

三日ぶりに家に帰り、着替えてすぐ新宿に移動。運転はPAの高橋しんや君。集合予定時刻の5:30を過ぎて尚も環七が渋滞してて車動かず。
全速力で走って歌舞伎町に到着。もう6時を過ぎていました。手塚さんまだ来てない。リハーサルできず。

ほんとはみうらじゅんさんと田口トモロヲさんよりも先に到着してなくちゃいけないのに僕がいちばん遅かった。反省。
お客さんが続々と入場する中、6:45に手塚さんが到着!!間に合った!!!


7時。イベントがスタート。オープニング映像が流れて最後スクリーンに「剛毛三銃士」のテロップが出たところで中世の騎士のコスチュームをまとった僕とみうらさんと田口さんが壇上に登場。いきなりオナニーの話。そこからはもう何を喋ったかはっきり覚えていません。とりあえずみうらさんと田口さんのトークがあまりに面白く、壮絶で、横にいてただ感動してましたわ。

ゲストで来てくれた大槻ケンヂさんに会場は騒然。だって、僕も予想しなかったことだから。びっくらこきました。

「アイデン&ティティ」にちなんだ第一回◯×クイズで優勝した男性には田口さん自前のバイアグラを進呈。おまけに田口さんから膝枕してもらって耳かきもしてもらえました。
続いて第二回では優勝した女性に「三銃士」なる名前のバイブレーターをプレゼント。しかもその女性はみうらさんから全身マッサージを受けることもできました。良かったねー。

ここでは書けないこと山盛りの内容の中、途中からマギーさんまでも参加して映画の裏話。サイコロトークでは何回まわしても「峯田への悪口」しか出ません。トホホ。
そして登場、イノマーさん(笑)! いきなりお互いの玉キンを握りあうイノマーさんとみうらさん。どんな大人だよ。もう壇上は手がつけられなくなって僕はただ笑い転げてるだけでした。

ゲストで来てくれたプロデューサー小西さん、声さん、麻生久美子さん。久しぶりに会って緊張してほとんど目を合わせることができません。
その流れでフィーリング・カップルへ。司会はマギーさん。うまい!! 飛び入りでなんと猫ひろし君が参加。村井君が客席から選抜したお客さん3人に麻生さんをも含めた女性陣。みうらさん&田口さんのブロンソンズ兄弟、猫君、僕、村井君の男性陣。結局カップル成立せず!! このイベント泣かせ!!

最後に弾き語りライブ。ブロンソンズによる新曲「スターウォーズ」に会場大盛り上がり。やはりこの二人は凄い。極上のエンターテイナーだと改めて実感。続いて僕が「アイデン&ティティ」を歌う。そのあと三人で「裏切りはしない」を歌う。物凄く気持ちよかった。左を見れば田口さん。右を見ればみうらさんが。あの瞬間のカタルシスは多分、ずっと忘れないと思う。


終了したのが深夜1時。六時間ぶっ続けのぼろぼろのイベントが終わった。10分遅れで楽屋に宮藤官九郎さんが。わざわざ来てくれてありがとうございました。そして参加してくれた皆々様に心より感謝。

打ち上げにてジョニー君(水中、それは苦しい)と小西さんと談笑。ジンジャエール飲みまくる。

朝っぱらからゴールデン街に移動して二次会。声さん、田口さん、松久淳さん、みうらさん、北村ヂンさんと。



ああ、もう、なんだか、真っ白け。
  
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2004年10月07日

crush me.

20041007051930.jpg
編集作業徹夜二日目の朝。
雨があがり、見事な朝焼け。隅田川は普段はただのきったない川にしかみえないけれど、それでもキラキラと太陽を反射させてくれることだけは出来るわけさ。大好きな映画「道」のワンシーンを思い出した。
「この世界に存在するもの全て、全てが価値のあるものなのさ。」

心に余裕さえあれば、この言葉ひとつにさえ感動できて不安なんて忘れられるものさ。
逆に切羽詰まってる時なんて全てがもうどーでもよくなって、こんな素敵な言葉にさえ嫌悪感を抱いてしまう。

いつだって「言葉」自体には罪はない。それを受け取った側がどう感じれるかだけ。


夜になって下北沢に移動。カナダでの映画祭から帰ってきたばかりの田口トモロヲさんと会う。ボブ・ディランとトム・ウェイツが流れる素敵な喫茶店でイベントの打ち合わせ。楽しくなりそう。


夜の11時には浅草に戻り、三人の疲労こんぱいの体をほぐすべくパソコンで出張マッサージを検索。一時間後にごつい男の人が来てくれた。ああ気持ちよかったー。


いよいよ明日本番。編集間に合うでしょうか。村井君、寝ていいよ。
あ、また朝焼けだー早いなー。
勃起おさまらず。チャリーン  
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2004年10月06日

蝿男

20041007052011.jpg

いよいよ迫ってきたロフトプラスワンでのアイデン&ティティのイベント。
オープニング映像の作成、映画の名場面集の編集をするために我等が銀杏BOYZ専属ビデオカメラマン(笑)、手コキ塚さんこと手塚さんの浅草(駒形)にある自宅兼編集ルームにて作業開始。
手塚さんとはこれまでGOING STEADYの「童貞ソー・ヤング」のPV、「若者たち」のPV、映像作品「君と僕とBEEの★BEAT戦争」、DJ(DEEP JAPAN) YUTAKAの鬼畜映像群などを一緒に撮影・編集してきた。だが今回がいちばん長い編集になりそうだ。眠れない夜が続きそうだ。今日は部屋から一歩も出ずに仕事。一日にペヤング・ソース焼きそば超大盛りを2個食べた。気持ち悪くて当分焼きそばなんて食う気になりませーーん。

むさっ苦しい男の部屋。村井君と僕と手コキ塚さんの三人でいっぱいいっぱいの狭い部屋。すぐにでも虫が湧いてきそうです。唯一の救いといえばアパート7階のこの部屋から見れる隅田川。絶景。屋形船が提灯いっぱいつけながら「ガタガタガタ」と音を鳴らして通り過ぎていく。なんと松本零士デザインの水上バスもお台場方面に一日2回走っていく。鉄郎とメーテルの声がアナウンスしてくれるんだって。超乗りてえ。


気の遠くなる作業。風呂入るどころか、おちおちオナニーもできやしません。誰か寝てしまえばこっそりできるのに、誰も寝る暇なんてありゃしない。ちきしょー、女くいてー(涙)。


たびたび訪れる待ち時間の合間を縫ってラフィン・ノーズのチャーミーさんから薦めてもらったリチャード・ヘルの自伝的小説「GO NOW」を読む。たまらなく面白い。




雨の馬鹿。止めっつんだ。  
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2004年10月05日

あんな奴のどこがいいのさ。もし仮にそれがわかったとしてもあんな奴の真似なんか絶対しないけど。てか無理。

友達のバンドがSONYからCDを出してまして、一回相談を受けたことがありまして。
「峯田君はCCCDについてどう思ってる?」と。


変な話どーだっていいわけですよ。
そりゃあなんせプロのレコード会社の人がちゃんとしたプロの考え方でもって、音楽業界(そんなもんあんのか知らんけど)を少しでも良くしていこう、っていうところでお考えになったことですから。僕が口出しすることではないのかもしれない。

そもそもCCCD(違法複製防止機能がついたレーベルゲートCD)だからといってそのバンドのことを嫌いになることはまず無いし、やっぱりそんなことよりも内容が充実してればもうそれで良いと思うのだが。

だけど僕が思うに最近の輸入盤規制法案だったりCCCDだったり、なんかいろいろ試行錯誤してるところをみると、メジャーのレコード会社も息詰まってるなぁ、と。
「CDが売れない」。どうもそれを一方的に買い手のせいにしてる気がしてしょうがないんですよねー。コピーコントロールすることでCD-Rに焼くことができなくなり、それによって少しでも多くCDを買わせようとしてる。

輸入盤規制だって、「海賊盤の流出を防止するため」とかいってるけど、要は自分とこから出してる日本盤の方を買わせたいだけでしょう。そんなもん金持ってない若い人からしたら値段の安い輸入盤の方が魅力的に決まってるはずなのに、その輸入盤を世の中から消そうとしてどうするんですか。


僕が音楽にのめりこめたきっかけは一本のカセットテープでした。
僕の実家は電器屋さんで、一時期CDレンタルもやってた。僕は学校から帰ると店に出てバイトめいたこと(なんぼ働いてもお金はもらえなかったからバイトではない。)をしてた。要するに親の手伝いです。一週間ごとに入荷されるCDの山。当時小学生だった僕は洋楽と邦楽の区別もつかぬ色とりどりの宝の山を綺麗に陳列するのが楽しくてしょうがなかった。聴きたいんだけど、なにを聴いたらいいか全然わからなかった。
ある日、店でバイトをしてる高校生の女の人が「かず君よかったらコレ作ってきたから聴いてみな。」とテープをくれた。洋楽だらけの46分テープ。今でも忘れない。一曲目はデュラン・デュラン。それからハート、ロクセット、ボン・ジョヴィ、ザ・スミスまで収録されていた。僕はそのもらったテープを鬼のように聴きまくった。同じクラスの友達に聴かせたら大好評で、学校帰りに適当な嘘英語でデュラン・デュランの「プラネット・アース」を大声で歌う小学五年生の集団って今思えばすげー貴重。
あん時、一枚3000円もするCDなんてなかなか買えるもんじゃないですよ。だから友達同士でテープをダビングして交換して、そこから音楽にズブズブはまっていった。


今でも思うことなんですけど、例えば銀杏BOYZがライヴやるとして100人のお客さんが集まってくれたとしますよね、そしたらそのうち70人しか僕らのCDを持ってない、と。あと他の30人は誰かに焼いてもらったCD-Rしか持ってなかったり、誰かに落としてもらったMDだけだったり、テープだったり。ヘタな話それで充分な気がします。
そりゃあできれば銀杏BOYZのCDは買ってほしいよ。お金かけて作ってるから。あとジャケットもちゃんと見てほしいし。でもライヴに来てくれる人全員が絶対CD持ってなくちゃいけないなんて、なんか気持ち悪いなー。


CCCD化がさらに発展してMDやテープにも録音できないなんてゆう馬鹿げた時代がいずれ来るのかと思うとほんとゾッとしますよ。

ゾッとしたと言えば、名古屋のダンススクールが無許可であるグループのCDを流してたってだけで著作権違法だっつって賠償金3500万円も請求されたって話。話にならん。JASRACの皆さん、そんなことばっかしてると登録するアーチィスト誰もいなくなるよ。なんとかしてください。



SONYが11月17日以降の新譜からCCCDやめるらしい。理由は「多くの音楽ユーザーの意識が高まり、一時の混乱期を脱したため」。

僕らの意識が高いとか低いとか、なにを言ってるんでしょうか。もう少し考えましょう。

別に喧嘩売ってるわけじゃなくて、同じ「音楽」に携わっている人間としての意見です。



僕はメジャー会社に所属しながらただ良い音楽を作るというのみに命をかけて頑張っている人達を心から尊敬し、応援してます。彼等の努力の結果、必ず状況は変わっていくと信じてます。
僕も頑張ろっと。
  
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2004年10月04日

天使の顔が濃すぎて寝ゲロ

朝方6時からみんなしてカプセルホテル(一泊2500円)に泊まったべ。あの狭さがたまらない。久しぶりに風呂入ったからピッチピチのペッチョペチョだべ。湯上がりにコーヒー牛乳飲んで「うっっし!!!」
暇がなくて念願の杏さゆりちゃん初出演映画「オーバードライブ」の初日舞台挨拶に行けなかったため、「ごめんなさい」と心に祈って両手を胸の上に重ねて眠りにつく。
ぐごー ぐごー


パチッと目が覚めてすぐチェックアウト。外は雨。ホテルのすぐ目の前には川崎クラブチッタ。んで、入る。
今日の「SET YOU FREE TOUR 2004」ファイナル、僕ら銀杏BOYZは一番目に登場。筋肉痛なんて言ってらんない。眠たいなんて言ってらんない。たまにはゆっくり焼肉食いたいな。時間なくて全然オナニーできてないな。そんなもん全部ステージで発散させてやれ。生きてるうちに頭と体全部使ってズッコンバッコンやっとけ。疲労してれば疲労してるほど燃えるぜ。うわーーい。


しゅーりょーー。
ハイ、もぬけの殻。廃人。ひーひー言いながらバナナ食べて二階でラフィン・ノーズを観る。
チャーミーさんはこれから先、あと何回「ゲット・ザ・グローリー」を歌うんだろう。「栄光をつかめ」という単語をあと何個叫ぶだろう。銀杏BOYZ TシャツやサンボマスターTシャツを着た汗だくの少年少女達がモヒカン刈りのパンクス達を持ち上げる。ポンさんがベースも弾かずにダンスをし、酔っ払いながら「十代の君達、ただ好きなことをやれ。ただしかっこ悪い事だけはするな。」と叫ぶ。素晴らしい光景だった。
ラフィン・ノーズは今月の30日、あの死者を出した「事故」から実に17年ぶりに日比谷野音のステージに再び立つ。絶対に観に行く。


僕はモータウンをリアルタイムで経験したことはないが、今日のサンボマスターを観て生まれて初めて本当のソウル・ミュージックを体験した。と言えるだろう。まー僕があれこれ口出ししてもしょうがないことですけども。

そしてそんな高揚感を良い意味で一瞬にして消し去ってしまったSAの演奏(前方客席全員ポゴダンス)。そして最後はメガ君がたった一人で1000人の観客の前で熱唱。
アンコールで僕とサンボ山口君も出てって三人で「born in the U.S.A」。やけっぱちの衝動の行きつく果ては全裸でフルチンで全身舞踏。最期は同じく全裸のメガ君とステージ上で寝っ転がりお互いの体にむしゃぼりついてました。
千葉さんが観客と万歳三唱でこの日は終幕。


楽屋に帰ると僕の足の指に陰毛が挟まってました。キューティクルな。
ああ無情




本日の僕の世の中への貢献度

…0%


本日の僕のモチベーション

…どっこいどっこい



明日に備えてパジャマで発射台に乗ります。
  
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2004年10月03日

タッチ・ミー・アイム・シック

高校生の頃、よく山形市内にある練習スタジオに友達数人と遊びに行った。楽器も持たずに、だ。楽器など弾けないのだ。というより楽器を弾く気などさらさらなかった。

僕はバンドをやってる高校生のたいていの奴らが嫌いだった。学園祭ライヴにでもなると奴らは女子生徒にキャー キャーもてはやされ、ブルーハーツとジュン・スカイ・ウォーカーズのコピーしてるだけなのに満員の教室を嘘臭い熱狂の渦に巻き込み、あげくの果てにサインまでしてやがる。
なにを勘違いしてやがる馬鹿どもが。ヒーロー気取りか。人の曲歌ってなにが楽しい。
そして阿呆女。普段からもっとそいつに騒いどけよ。楽器持ってステージ上がっただけで「キャー なんかあの人、カッコよくない?」だって。このパコパコ姫がよ。


今思えば、ただ嫉妬してただけなんだ。あん時の僕は少し歪んでた。モテる奴らを片っ端から敵視して意味もなく憎んでた。面と向かって文句言う根性もねえし、文句言ったら言ったであいつら絶対喧嘩強いから一発ぶん殴られて鼻血だして「すみませんでした!!」って土下座するハメになる。そんなの嫌だから僕はただ柱に隠れて黙ってあいつらが調子こいてるところを眺めてるだけしかなかった。


僕は音楽が大好きだった。あいつらよりも音楽が大好きな自信があった。楽器の弾き方なんて知らなくても、僕は音楽を愛していた。


復讐だ。俺等の音楽をみせてやれ。


僕は友人の鎌田(現在トルコ在住)とその他、文系サブカル男子数人でスタジオに入った。ラジカセだけ持って入った。飲めない酒をガブ飲みした。そしたらむしょーに暴れたくなった。
大音量でラジカセからCDを流す。ボアダムス。UFO OR DIE。ソニック・ユース。U.G.MAN。キミドリ。マニラ帰り。電気グルーヴ。
観客の誰もいない中、ノイズとドラムに会わせて僕らは踊り狂いはじめた。お互いのムチャクチャな踊り方を見て腹がちぎれるほど笑った。マイクを振り回しお互いの体をぶつけあい、鼻血を垂らし、助走をつけて壁にぶつかる。ドラムセットに突っ込む。壁をボコボコ殴る。歌詞なんて関係なく叫びまくる。汗だくで相撲をとる。
騒ぐ、というより発狂している。友人が皆、今まで見せたことのない顔をしている。
一時間。もぬけの殻となった僕らはヨレヨレになった服のままダイエーの裏にあるジャズ喫茶に入りアイスココアを飲んだ。

音楽は僕にとって、抑圧からの解放の手段だった。フラストレイションの爆発だった。親にも好きな人にも絶対に見せれない、バケモノじみた僕の本性の発見だった。
そして疲れ果てたあと、部屋で一人で聴くブリット・ポップと吉田拓郎とウィーザーとベルベット・クラッシュとドアーズがこれまた格別だった。



数年後、僕はギターを手にし、曲を作れるようになり、バンドを組み、人前に立って歌っている。

U.G.MANの藤村氏に誘われて銀杏BOYZは今日、江ノ島OPPA-LAにて行われたオールナイト・イベント「江ノ島CITY HARDCORE」に出演した。共演はANGEL O.D、ECHO、EL CAMINO、the FUTURES、U.G.MAN。
ステージの無い会場で150人のお客さんと揉みくちゃになりながらのライヴだった。まるで殺されるかと思うほどの興奮状態だった。僕は高校生だったあの頃のスタジオでの乱痴気騒ぎを思い出していた。なんだよ結局変わってねーなー。最高じゃねえかよ。

ジャンケン大会、あびちゃんの一人コントを挟み、最後は全員座ってもらった状態で「青春時代」を歌った。格別だった。



外に出ると江ノ島海岸から運ばれてくる潮風。お客さんと談笑。本当に楽しいひととき。
昔から僕らを観に来てくれていたという、23歳の青年から一枚のCDを頂く。彼自身がやってるバンドなのだそう。「おとぎ話」というバンド名。川崎近くのカプセルホテルに向かう車中で聴いてみたらあまりに素晴らしすぎて泣きそうになる。今度こちらからまた連絡を取ろうと思う。
こうゆうの、なんかすごい嬉しいんです。




過去、現在、未来。僕はそのどれもを大切にしたい。たとえそれが醜いものであったとしても。  
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2004年10月02日

風に吹かれて

20041001223113.jpgもしも、尊敬しているミュージシャンは誰かと聞かれたら僕は躊躇なくこう答えるだろう。
「みうらじゅんさんです。」

1974年。高校一年の一月から自らの部屋で作曲活動を開始。「一日四曲」のノルマをこなし続け、ファースト・アルバム(カセットテープ)「ぼくはかしこい」を完成。以来なんと彼が残したアルバムは15枚。400曲。その曲のどれもが初期衝動に満ち溢れた童貞少年の痛切な叫びだ。
1989年。喜国雅彦氏らとバンド、大島渚を結成。「大島渚」、「アイデン&ティティ」の二枚のアルバムを発表。「カリフォルニアの青いバカ」がヒット。
更にいとうせいこう氏、安斎肇氏と結成したヴァギナーズ。田口トモロヲ氏とのブロンソンズ。大槻ケンヂ氏、人間椅子とのプロジェクト、アンダーグラウンド・サーチライ。最近活動が活発化してきている安斎肇氏とのユニット、勝手に観光協会。
等々、彼の音楽活動には歯止めがきかないようだ。

ボブ・ディランをこよなく愛し、憧れ、ゆえに葛藤し、苦悩する。自分がその時その時に思ったことを正直に歌にする。普通なら自己満足で終わってしまうことをエンターテイメントの域まで広げてしまえるってすごいなと思う。
誰になにを言われようと、誰になにも言われないでも自分が自分のやっていることをただひたすら楽しみながら、そしてそれを「続けていく」こと。それが彼の僕らへのメッセージなのであり、なによりみうらさん本人がいちばんそれをしたいのだと思う。
音楽家だな、と思う。誰でもできそうで、実は誰にも真似できない。それぞれがそれぞれのやり方でないと向かうことができない。



みうらじゅんさんが描いたマンガを田口トモロヲさんが監督した映画「アイデン&ティティ」のイベントが今月の7日に新宿ロフト・プラスワンにて行われる。タイトルは

「コレで最後だ!!
『アイデン&ティティ合同打ち上げ』
みうらじゅん×田口トモロヲ×峯田和伸スペシャル対談
〜剛毛三銃士〜 」


勝手に僕が場所をおさえ、勝手に僕が企画した。そして今日はみうらさんと打ち合わせするために新宿にある事務所に行ってきました。
久しぶりの対面。会って喋っただけでなんだか幸せな気分になる。昨日できたばっかりという彼お手製のエロスクラップブック163号目を見せてもらう。感動して涙がでる。


近くの飲み屋に入り刺身を食べる。やっぱり女の子の話。音楽の話。みうらさんがなにげなく言ってくれた言葉。

「したくないことは、わざわざしなくたっていいんだよ。」


重い言葉だった。
僕にとって、したいことはなんだろう。したくないことってなんだろう。それがはっきりわかればもっと楽なのにな。


「答えはいつも、風の中」。
ディランが歌うとおりだ。そしてみうらさん自身、その答えを僕に黙ったまま夜の新宿通りに消えていった。長髪のみうらさんの後ろ姿。無言のままに突きつけられた問いかけ。それでもやっぱり、みうらさんの笑顔は温かく、素敵で、少し冷えこんできた十月の夜風にも僕は救われているのだ。  
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2004年10月01日

銀杏BOYZのCD出たらどうか万引きしてくれ。(強がり)

そんでね、今日はこれから下北沢CLUB QUEでライヴがあるからっつってまたしても寝てないです。リポビタンDを飲んでバナナだけ食べて、そしたらなんだかしんないけど下半身が熱くなってきちゃって勃起がおさまんないの。この恥ずかしい状態でステージに立っても面白いとは思うんだけど、なんかそんなわざわざ人前で見栄はっても仕様があるめえ、つって部屋でオナニーは済ましましたけどもしっかりと。


がっつりスッキリしたところで下北沢へ。怪物バンドBAZRAと共演。
ギター・ボーカルの鉄平君はまるで悪魔にとりつかれた和田アキ子みたい。妙に病みつきになる歌声なんだけど顔は赤ん坊のよう。ベースの謙太郎君はベース弾いてると空飛んでるみたい。ドラムがすげえ。ドラムがすげえバンドはやはりすげえなと思う。例えがいちいちヘンでごめんなさい(読んでくれてる人達にもBAZRAメンバーにも)。とにかくBAZRAというバンドが圧倒的にすごく良くて感動したんですよー。

僕ら銀杏BOYZは10曲を演奏。アンコールは僕とチン君によるユニット「敏感少年隊」で「夜王子と月の姫」を歌いましたとさ。QUEの皆様、時間40分もオーバーしちゃってほんとすみませんでした。いやしかし一睡もしないでライヴしたの初めて。失神寸前の貴重な体験をしました。終演後、歯科衛生士のお客さんから水色の白衣を頂きました。いやらしいですね。あと中学の同級生で生徒会長やってた大石君と十年ぶりに会いました。一瞬ビビリました。

打ち上げで僕のテーブルにいたのはハンドメイドな芸術家ミノケンこと箕浦建太郎26歳、僕と同じ高校の一個下の後輩で現在ミスター・ハリウッドってところで洋服作ってる庄司くん26歳、同じく彼の山形の同級生で現在お茶の水のディスクユニオンで働いてる映画愛好家の山ちゃん26歳、チン君、ってとこか。庄司君は履いてたスニーカーを僕にあげてしまったので帰りは裸足で帰っていきました。ごめんねー


朝方4:30帰宅。どっぷり寝ます。ちょろい ちょろい。(いつまでも強がってんじゃねえやい馬鹿野郎。素直に今日はいいライヴができて良かったです、満腹です、とか書けばいいじゃねーか。どうやって今日の日記終わらせようかなとか考えてねえで早く寝やがれ馬鹿)




今日のおやすみBGM♪
soulforce revolution
/7seconds
  
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