Stockholm International Composer Festival 2008Fredag 7 november 2008 kl 19:30 Stora salen

Tonsättarfestival

Norrköpings Symfoniorkester
Dirigent Thomas Søndergård
Henri Sigfridsson piano
Mats Lidström cello

Hakola Pianokonsert
Martinsson A. S. in memoriam för stråkorkester
Martinsson Cellokonsert


今朝放送になったのは上記の演奏会。本当は一昨日室内楽の演奏会の放送があったのだが、Windows Vistaの自動更新に引っかかって敢無く失敗。再放送があるので、今度は気をつけよう。

FIMIC(フィンランド音楽情報センター)のHPでは、ハコラのピアノ協奏曲は以下のように紹介されている。自動翻訳をベースにしたので若干訳がおかしいままのところがあるかもしれないが御寛恕を。
 
ピアノ協奏曲
ハコラのピアノ協奏曲が1996年にヘルシンキ・フェスティヴァルで初演されたとき、観衆の雰囲気は非常に好奇心をそそられ、興奮させられるものだった。聴衆は作品の持つ難しい概念を、明らかに熟知していた。
作曲家は、この最初のオーケストラ作品の実演を何度か延期してきた。長い間待ってきた聴衆は、思いもかけないこと、ペーソス、ユーモア、伏線、詩情に満ちた1時間に及ぶファンタジーによって報いられた。ピアノ協奏曲は好評に迎えられたが、そこには疑う余地なく敵がいる。ハコラは、きれいに、『良い趣味』の境界内で、音楽を書くことはしない。完成された技術的才能と結合している、こうした挑発的で正統とは異なる作品の性格は、ピアノ協奏曲の初演を文化的イベントへと変えたのである。

ハコラの独奏作品のドラマツルギーが、演奏技術や音楽身体的なジェスチャーにおいて稲妻の如き急速な変化によって創造されるのに対して、大規模なピアノ協奏曲では、対比されるセクション間の対話に基づいた冒険と驚愕が繰り広げられている。これらの対照は、ソリストとオーケストラの並置においてのみならず、テクスチャーとスタイルの間でも存在している。
ハコラは、フィンランドの音楽の中で先例のない寛大なスタイルで、この作品で想像力に無制な自由を与えている。だが彼のポスト・モダニズムは、知的でも皮肉的でも、また投影的でもない。それどころか、彼は暖かさと愛を以って、東洋的ダンスとハリウッドのような弦楽テーマを受け入れている。
しかしいたずらや冗談もそこに同居しているのである。例えば、猛烈にしつこいハ長調のカデンツァでは、突然ジャズ風のエピソードやブーレーズ風のパロディが登場したり、またおよそ不合理なまでに誇張された方法でオーケストラコードの現代的色彩の連続であるこの作品のハーモニックな主題が聴衆の意識に浴びせかけられたりする。

その多くの側面にもかかわらず、ハコラのピアノ協奏曲はコラージュ作品でない。明らかにひどく矛盾するセクションを結ぶ、メロディックでリズミカルな要素が存在する。たとえば、ヒッチコックの映画作曲家であったバーナード・ハーマンに向けられた終結部は、上述したコード進行によって、マイナー二度で引き立てられた三度音の組合せに基づいたハーマンへの気高い賛辞となっている。
この内部結合は、思いがけないことさえ、効果のために書かれたのではないを保証している。ヒッチコックの最高の映画の様に、ハコラのピアノ協奏曲は、筋書きがすでによく知られた後にさえ何度でも戻ってくる価値がある。ハコラの作品には明らかにプロットがある。たとえ言葉で表現することができないとしても。


記事を書いた方の興奮が伝わってくるようではないか。

この曲の編成は以下の通り。
solo piano+orchestra: 3 flutes (2nd doubling piccolo, 3rd doubling alto flute and bass flute) 2 oboes (2nd doubling cor anglais), 2 clarinets (2nd doubling bass clarinet), 2 bassoons (2nd doubling double bassoon), 2 horns, 2 trumpets, 2 trombones, percussion (3 players), keyboard, strings
寡聞にしてよく知らないが、ピアノ協奏曲でパイプオルガンや電子楽器(?)など他の鍵盤楽器まで登場するのは極めて異例だろう。

演奏時間約55分を要するこの曲、初演は上記にあるように1996年。ハコラが38歳の作品である。とにかく初めてこの曲を聴いた人は、必ず驚かされると思う。大曲であるという利点(?)を最大限に活用し、これでもかというくらい様々な音楽要素が取り込まれている。
FIMICの紹介にあるように、それがただ単なる「継ぎ接ぎ」であれば評価もされず再演もされないだろうが、そういう感覚は全くない。実に良くできた遊園地に放り込まれて、次から次へと引き回されているような印象を受ける。55分はあっという間に終わる。
きっと初めて聴いた聴衆は呆気にとられたままだろう。私もその一人であった。とても素人には言葉で解説しきれるものではない。
だが、55分を通じて、飽きたりすることは全くない。これは是非一度生で聴いてみたい。キンモ・ハコラ畏るべし!


まだ日本では初演されていないが、先月にはフィンランド・タンペレ市で同じピアニストで演奏されている。来日したこともあるフィンランドの若手ピアニスト、ヘンリ・ シーグフリードソンである。いつか日本でも弾いて欲しいものである。
なお、ストックホルム作曲家フェスティヴァルの再放送は今のところ予定がないが、タンペレでの演奏会の模様は下記のとり放送される。

DR-P2 11/17

19.30-22:00 Finsk fra Finland.
Kimmo Hakola: Klaverkoncert
Sibelius: Symfoni nr. 1
Henri Sigfridsson, klaver
Tampere Filharmonikerne
Dirigent: John Storgårds
(Tampere Hallen 24. oktober)


日本時間では18日の午前3時半から午前6時までである(時差8時間)。