何時に出ようと思っていたら、急に雷が鳴り出した。雨は大したことがなかったので、本降りになる前に駅に着こうと少々早めに出発。結局大したことにならずに一安心。


ヘニング・クラッゲルーヘニング・クラッゲルー 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル

ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)
ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調  Op.27-1
ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調  Op.27-2
ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.27-3 《バラード》
ヴァイオリン・ソナタ第4番 ホ短調 Op.27-4
ヴァイオリン・ソナタ第5番 ト長調 Op.27-5
ヴァイオリン・ソナタ第6番 ホ長調 Op.27-6

昨年来楽しみにしていたリサイタル。

ヘニング・クラッゲルー Henning Kraggerud (b.1973) は、ノルウェーの現在を代表するヴァイオリニスト。何度も紹介しているので、簡単に。
オスロに生まれ、カミラ・ウィックスエマニュエル・ハーヴィッツステファン・バラット=ドゥーエに師事。その後はソルストとして、室内楽奏者として、あるいは音楽祭の監督として、教師として、極めて多忙な日々を送っている。
Simax、Naxos、CPOへの録音はいずれも高い国際評価を受けている。
権威ある『グリーグ賞』のほか、ウーレ・ブル賞やシベリウス賞など受賞歴多数。かつてクライスラーが所有していた1744年製グァルネリ・デル・ジェス(ノルウェーのデクストラ音楽基金からの貸与)を使用している。

ベルギーのヴァイオリン・ヴィルトゥオーゾ、ウジェーヌ・イザイ Eugène Ysaÿe (1858-1931) の6曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ。配られたパンフレットには、クラッゲルー自身が書いたプログラムノートの邦訳が掲載されており、事前にメールで配布もされた。Simaxのライナーノーツと同じ内容だが、聴きに来る客の全員がCDを持っている訳でもないので、こういう丁寧な案内は非常に助かる。

イザイは生涯をかけてJ.S.バッハの無伴奏を研究しており、66歳の時自らも6曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタを作曲した。若い日のヨーゼフ・シゲティの弾くバッハに感銘を受け、書き始めたと伝えられている。奇しくも、バッハの亡くなった年齢であった。
6曲は、それぞれ当時のヴァイオリン・ヴィルトゥオーゾ6人に献呈されており、それぞれの奏者の特徴を掴んでいると言われる。

詳細の解説は割愛。ハンガリー、フランス、ルーマニア、オーストリア、ベルギー、スペインと出身が違う奏者に合わせ、グレゴリオ聖歌《ディエス・イレ(怒りの日)》やハバネラ、バラード(吟遊詩人による)などが巧みに取り入れられていて、聴きこむととても興味深い。聴きやすさという面からは難行苦行かもしれないが・・・

クラッゲルーの演奏は、第1番冒頭から、その力強い演奏に完全に魅了された。パワフルな演奏は時として雑になりやすいが、どれだけ強く弾いても、音色は美しいままだし、微塵も揺らがない。超然と聳え立つ「偉大」そのもの。
それでいて、威圧感はなく、演奏するのが楽しくて仕方ない、という雰囲気が舞台からひしひしと伝わってくる。聴き手としても至福の時であった。

以前も書いたが、ノルウェーの音楽家によるイザイ演奏には、故事が関わる。
まだ「駆け出し」だった頃、イザイはロシアとノルウェーに演奏旅行に出かけている。ノルウェーではベルゲンに3週間滞在し、エドヴァルド・グリーグ Edvard Grieg に面会。当時グリーグはまだ2曲しかヴァイオリン・ソナタを書いていなかったが、イザイによる演奏を聴き、称賛したと伝えられている。また2年前に亡くなった有名なヴァイオリニスト、ウーレ・ブル Ole Bullの財団のためのコンサートも開催している。
クラッゲルーはじめノルウェーの音楽家がイザイの室内楽曲をよく演奏している背景には、こうした歴史への特別な思いもあるのだろう。


終演後サイン会があるというので、列に並ぶ。思ったほどの列にはならなかったのは少々残念(ユジャ・ワンが異常だったのかも)。
サインは、上記パンフレットの如き有様で、申し訳ないと思いつつ、ロング・リストをお願いした。ただ、naimレーベルから出ているシューベルトの《アルペジオ・ソナタ》(クラッゲルーがヴィオラを弾いている)を持参し忘れた(別の棚に整理していた)ので、正確には”ALL"ではない。次回に取っておこう。

Six Sonatas for Solo Violin Op.27Six Sonatas for Solo Violin Op.27
アーティスト:H. Kraggerud
Simax Classics(2010-03-23)
販売元:Amazon.co.jp
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サイン会の後、やはり聴きに来られていたjanbahr-akkeyご夫妻と軽く乾杯。あれこれと話題に花が咲いて、三鷹を後にしたのは午後11時だった。楽しい一時であった。