Fugue ~みんなのちから~

自分達の好きなこと、とくいなことを生かして、被災地の力に! 一人だとできなくても、誰かと一緒ならできるかも? そんな思いを集めて、大きな力に。

 第3回 「みんなのちから」(東日本大震災チャリティーイベント)

   6月29日(土) 宇治市生涯学習センター(第2回と同じ場所です)

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 「みんなのちから」ホームページ
   http://park.geocities.jp/minnanochikara2011/

高田コンサートからひと月…

 連日の猛暑、お体壊していないでしょうか。

 ブログ更新も滞っていて申し訳ございませんでした。

陸前高田市にも、高田保育所の遊具代として110万円の寄付をさせていただきました。
 (募金合計より、経費と活動費を除いた分になります。)
 遊具を寄贈するためにはもちろん運搬費、工事費等も負担しなくてはならないのですが、皆さまのご協力のおかげで、この金額であれば、滑り台付ジャングルジムや、ブランコのような比較的大きな遊具がおくれるであろう、とのことを、市からご連絡いただきました。
 新・高田保育所の完成は来年8月から10月ごろになるのでは?ということで、具体的にどんな遊具にするかは高田保育所の先生方と市での相談で決定となります。楽しみですね!

 そんな中、陸前高田市とやり取りをしている間、東北地方では豪雨の被害がありました。「今までに経験したことのない雨なので、命を守るように」という報道がされるほどでした。陸前高田市でも職員の方々が休日返上で対応されました。かさ上げや、高台の用地獲得でも時間がかかったでしょうに、工事を進める中で豪雨の被害があり、さまざまな要因が復興を邪魔する現状、ほんとうに歯痒くなります。

 数日後に岩手県内陸でも道路が冠水する被害がありました。私の実家のある盛岡市やその周辺市町村も、局地的に冠水したそうで、現在も災害対策本部が置かれ対応にあたっています。
はなさんから「ご実家は大丈夫ですか?できることがあれば!」とすぐに連絡をいただいたときは、本当に嬉しかったです。

 
     
 イベントや出張コンサートが終わり、協力者の皆様とまた改めてお会いして、感想、反省点、今後の話などいろいろとさせていただきました。
 イベント中はゆっくりお話もできなかったのですが、あらためてゆっくりお話が伺えると、本当に素敵な、そして力と気持ちのあるメンバーの方々が集まってくださったイベントだったと、つくづく実感しました。

 「みんなのちから」については、改善点も含めて様々な感想を頂きましたが、子供たちが楽しみながら震災や東北のことに触れられ、セレモニーまで見られるのがすばらしいといっていただけてうれしかったです。

 高田・大船渡出張コンサートについては、メンバーが帰ってきてから、成広さんのザトウクジラの絵の披露が、職員・子供たち・役員の保護者の方に行われたそうなのですが、それぞれで「わぁ!」っと歓声が上がり、みなさん大変喜んでくださったとのことでした。

 保育所でおこなわれた「ぴかぴかまつり」という夏祭りの様子をはなさんが伝えてくださったのですが、なんと園庭には私たちが届けたひまわりが飾ってありました!
嬉しいですねー。

 帝産バスさんとの反省会では、社長、専務をはじめとする役員の方々が勢ぞろいしてくださいましたが、たいへん和やかな雰囲気で、コンサートを振り返り、また昨年寄付をしてくださってからのご縁を改めて思い起こし、今後の支援をどういう形で行っていくのか、民間としてできること、企業としてできることなど、いろいろと話が弾みました。
 その日は、高速バスの法改正があり、テレビでは連日、バス会社にとっては大きなリスク、コスト負担で大変だというような報道がされているさなかだったのですが、帝産バスさんの役員の方々は余裕でした。「安全のためにコストをかけることはずっと前からやっていますから。今慌てることではありません。」と。「役員なんて黒子にすぎません。大事なのは、運転手やガイドや、現場で働く社員なんですよー。」と笑顔で話される亀岡社長、地球4周分の距離無事故で運転中の、絶対に酔わせない運転をするN運転手の「職人技」ともいえる運転についての心得に、私たちは感嘆の声ばかりあげておりました。飯尾京都支店長からは、「バスツアーは、みんなのちからで頑張って活動をされた、宇治のお母さんたちや協力者の皆さんの力が一番のもとにありますから!」と、大変うれしい言葉をいただきました。

 協力者の皆さんも、それぞれの個人の活動の中で、被災地支援の活動を続けてくださっています。
 ふありのメンバーの一圓さん(二胡を演奏してくださった方です!)もみんなのちからのあと、陸前高田もいき、帰ってからすぐに、ご自身のコンサートで募金活動を行ってくださいました。
 絵本作家の成広さんも、ご自身の合唱のコンサートで福島の広野町への募金をあつめられました。私もスタッフ3人で聴きに行きましたが、大変感動的でした。集まった募金は自らの手で福島へ届けるそうです。
 陸前高田にいかれたピアニストの篠原さんは、被災地のことを遠く離れた鹿児島でも伝えたい、と、冬にコンサートを企画し、準備を進めてくださっています。鹿児島で岩手県人会にまで入ってくださったそうで、そこでは陸前高田出身者もいて、出張コンサートを本当に喜んでくださったそうです。
 
 私も、岩手県人会の方で、2度ほど被災地の物産を販売しました。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」効果で、昨年よりよけいに声をかけてもらいました。若い人がすくないので、私が海女の格好をしたもので…
福島県の物産展も、昨年より盛り上がっていて、それが何よりうれしかったです。

 陸前高田市の戸羽市長の講演会でお会いした熱きサポーターの皆さんとも1年ぶりにお会いしましたが、みなさんは、全く見返りももとめず、自己完結で、何度も現地に足を運んでボランティアをされている方たち。3年目を迎え、「支援疲れ」「復興疲れ」という言葉があちこちで聞かれ、被災地でも大人がつかれ始めていたり、無気力になっていたりする中で、「『支援』という言葉を使わなきゃいいんだよね、「友達だよね」「いつでも味方だよ」って寄り添うだけでいいんだよ」と言いいながら現地に足を運んでくださるくださる皆さんに、心が熱くなりました。
「今度は陸前高田で会おうね」と別れました。

 イベントの企画も正直大変だし、結果や達成感、いろいろと求めるとなにが成功なのかという答えはとても難しいのですが、こうして被災地を想ってくださる方が一堂に集まりイベントをおこない、ともに被災地をおもい、それぞれの生活でもそれを個々で続けて行ったり、被災地の様子を伝えていったり・・・ 来てくださった方が、あちこちで被災地の写真見たよーと感想を述べてくださったりしながら、被災地の今を伝えてくださること、これがとても意味のある事なんだと思います。

 陸前高田にいったメンバーが、現地の皆さんからよくかけてもらった言葉
   「忘れないでね。」「また来てね。」

 みんなのちからの参加者の皆さん、出張コンサートにいってくださったメンバーの皆さんが、被災地が忘れられないように語って、動いてくださることを改めて感じ、感謝するこの一か月でした。

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これは、今年3月時点での新高田保育所の建設予定地です。

まだ何にもありません。

一年後、ここに新しい保育所が完成し、おくった遊具が設置され、ピアノがとどき、ピアノの上にはクジラが泳ぐ…

そんなことを心待ちにしながら、今後もこつこつ、大きくはなく身の丈に合った活動を続けていきたいと思っています。




 


 
 




陸前高田+大船渡への旅④~山本の思い~

陸前高田+大船渡への旅①~③までお読みくださってありがとうございました。(お読みではない人は、ぜひ読んでいただいてから、④をお読みください)

今日のブログは、代表山本としてではなく、山本千景が思うこととしてお読みください。


帝産観光バス(株)×Fugue ボランティアバスツアー
は、昨年第2回みんなのちからを私が通う美容室にチラシを置かせていただいたのをご覧になられた、取締役営業部長兼京都支店長のIさんが、みんなのちからの思いに賛同してくださり、昨年はOB会で集められたお金を寄付してくださり、それだけでもありがたいのにもかかわらず、

ピアノをおくることが決まった高田保育所を見てみたい。
被災地を見てみたい、音楽と笑顔を届けたい・・・

と、図々しくもお願いしたのがはじまり・・・

「行きましょうよ~~」って、どんな団体かもわからない、たよりない代表の図々しいお願いにOKをくださり、
社交辞令かな?と思っていたら、何やら会社あげての大きなプロジェクトになり、さすがの私もドキドキしておりました。
素晴らしい企業様に、お力を貸していただくということは、それに応えないといけないんじゃないか?
応えるって何??
Fugueができることって何?

Fugueの代表として、被災地に向かわせていただくのに、みなさんの思いも一緒に届ける?って、どうしたらいいのかな?というのはもちろん、被災地の方々へ、離れたところでも、こんな風に思っている人たちがいるんだよ・・・ということを伝えられるといいな。と、

宇治で子供たち描いたひまわりの絵をコンサート会場で貼るとか、みんなのちからで歌った曲を演奏するとか・・・
もっと丁寧な企画、こんなことをすればよかった、こうしたらもっとよかった・・と、反省点はありますが、ひまわりをずっと見つめてくれるコンサートの来てくれたママさんや、子供たちと一緒にビリーブが歌えたり。
何もしないよりも、つながり感じれたかと思います。


帝産観光バスさんの、プロフェッショナルな活動と、素人集団がへたくそなりにでも、どうにか思いを伝えたい・・・と、Fugueの活動のコラボ

こちらの思いだけではなく、帝産観光バスさんの震災への思いをお聞かせいただき、思いが重なり合い、ガイドさんと一つのステージを作り、被災地のみなさまに届けられたこと。

もとをかえせば、同じ美容室に通っていた見知らぬ人との出会いが、このような活動につながったこと・・・・
人との出会い、つながることの素晴らしさを身を持って感じました。

一人ではできないことでも、みんながあつまればできる・・・

きっと、ただ募金額が多いだけよりも、多くの人の思いが集まっていたほうが、被災地の方々も、心強いと思う。

どこの会場でも、「忘れないでほしい・・」と言われてきました。
まだまだ、被災地はこんな状況だということを知ってほしい。


被災地に行かせていただいたものの責任として、伝えていく活動は、これからもしたいし、また被災地に行きたい。と、心から思います・・・


被災地は、やっとゼロにもどっただけ・・・これから。と、絆プロジェクト三陸の理事長さんはいい、

子供たちには、特別なことではなく当たり前の生活をさせてあげたい。被災地の子供・・というのではなく、園児ならだれもが経験するような体験を積み重ねて行ってほしい。と、高田保育所の所長さん。

こんな言葉が物語るように、当たり前の生活は、まだまだ送れていないのです・・・


あたりまえの生活って、
仕事があって収入を得て、帰るおうちがあって・・・・笑っていられる・・・・

みなさんのあたりまえの生活って、どんなことを思い浮かべますか?
私は、あたりまえの生活が送れていることに感謝し、
被災地のことを忘れないでいた。と、思いました


でも、みなさん元気だった・・・コンサートにお邪魔したコミュニティサンターで同じ時間に、フラダンスのサークルの練習もしていたり・・・
色々な大変なことがあっても、楽しい活動というのは、その時だけでも忘れさせてくれるだろうし、がんばろう!!て思えるだろうね。




被災地の写真、ブログでは書ききれない思いなどは、旅に参加した人から、見せてもらい、ぜひ聞いてくださいね。
ぜひ、お声かけてくださいね。




なにができるのか?
活動が大きくなるにつれ、自分の出来ないことばかりに目が行き、自信がなくなることばかり・・・

けれど、何ができるか?なんて言ってるだけの人は、何も進まない・・
何ができるか?ではなく、これならできるかな?と、小さなことでも見つけていきたいな。と思っています


貴重な経験をさせていただきましたこと帝産観光バス(株)様、そして送り出してくださったみなさん・・・・
それからあたたく迎え入れてくださった、各コンサート会場の担当者の方々、お聴きいただいたみなさま本当にありがとうございました。






《陸前高田+大船渡への旅 ③》

《陸前高田+大船渡への旅 ②に続く》
http://blog.livedoor.jp/minnanochikara/archives/67915678.html

7月5日
小雨がぱらついていました・・・

帝産バスの方々の提案で、一本松のまえで全員で写真を撮ろうということになり、記念写真。
一本松については、いろんな考えがあるだろう・・・

陸前高田の方にしてみたら、複雑な思いもあるのかもしれない。
けれど、私は、支援をしたいと思う人たちにとって、被災地に思いを導く光のようなものだと思う。

「陸前高田にいってきたの・・・」と言ってもわからない人がいても、あの奇跡の一本松があるところだよ・・・っていうと、それをとっかかかりに話ができる・・・

なんだそんなこと・・っていわれるかもしれないけれど、第18共徳丸の前で記念撮影をする気になんてならなかった・・・ほかの場所でも、どこで自分が映る写真をとっていいものか?どんな顔で?なんて、考えたけど、奇跡の一本松の前なら、記念写真が撮れた。自分が被災地に立っている、実際に行ってきたんだよ。ということが、伝えられる・・・それって、やっぱりリアルに感じることができない、遠くに暮らすものにとっては、大切な気がします。

きっと、この海でもたくさんの方が亡くなったわけだし、それは勝手なイメージだ。といわれるかもしれないけど、何もかもが流されてしまった、悲しみあふれる景色を見るのとは違う、やはり奇跡を感じました・・・


参加者全員の記念撮影のあとは、陸前高田のボランティアセンターに立ち寄り、コンサート会場へ。

【長部保育所】
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音楽を届けた後は、子供たちと直にふれ合うことも・・・
訪れて思うこと、音楽を届けられたこともうれしいけれど、多くの人と握手をかわし、東北の方はシャイだよとレクチャーされていたけど、いっぱいハグもしてきたよ。

そのときの人の温かさは、ずっと残ってる・・・

【高田保育所】
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ピアノを届けることが決まっている高田保育所。第3回のみんなのちからでは、再建される高田保育所に遊具をおくることを目標としてきました。

どこの会場も大切な場所ですが、やはり高田保育所に行きたい。という気持ちからはじまったこの旅。
やはり、思いはひとしお。
きっと演奏家たちもここでの演奏を望んでいたかもしれませんが、私の独断で、この場所は、ピアノをおくれることになりことになりつながれたところなので、昨年までのメンバーで行かせてもらうことにしました。

みんなに会えた、喜びのせいか、しょっぱなから、段取り間違えるし、ステージ始まっているのに楽譜見当たらな~いと、大パニックの私
とにかく元気な子供たち。

一緒に踊ったり、歌ったり・・・七夕イベントのつながりなんで、長い時間だったのに、一番小さなクラスの子も最後まで聞いてくれました。

どこの会場も、涙がこみ上げてきましたが、ステージに立つ者が泣いてしまってはいけない。。と、こらえてきたけど、高田保育所は無理でした・・・

個人的になりますが、無理をしない・・と、言いながらも、イベントの準備やこの保育所に決まるまでのコト・・・
大変なこともあったのは事実。
顔の見える支援を・・・と、掲げ、まずは高田保育所の子供たちを笑顔にできたらいいな。と、思ってきたから、弾ける笑顔にうれしさと、今までの思いが涙となりあふれ・・・一度流れてしまった涙は止めることができず・・・

そして、子供たちからのお歌のプレゼントにまたまた涙・・・

七夕の会が長くなっちゃったので、イベントで成広のり子さんにかいていただいたクジラの絵は、どんな気持ちがこの絵に込められているか?きちんと子供たちにお話をしながら、みせたいから・・と、おとなだけでの贈呈式になってしまったのですが、後程、所長さんから大感激の声をいただきました。よかった・・・・

保育所の所長さんのお話で、被災地の子供たちではなく、京都に暮らすことどもたちと同じように、普通の暮らしをさせてあげたいの。とあったので、被災地だからあんまり派手なのはね・・ということも考えることなく、普通通り、「みんなのちから」のステージをそのまま持ってきたようなステージは、その場にいるみんなで大盛り上がりでした。

所長さんは、、言葉少ない中に、本当に心がこもっていて、わざわざ楽譜を送ってくださってまでも、リクエストしてくださった曲の思い出話などきかせていただいて、本当にうれしかったです。
ほかの場所で出会った方もそうだったけど、お話してる間に、心が通じて、涙がこぼれます・・・
特別、お上手な言葉を並べるわけでもない。
関西人的な、おおげさなほどの「ありがとう」のリアクションがあるわけでもなく・・・
何だろう…この気持ち・・・これが伝わる。ということなのかな??

またまた、お土産においしいおまんじゅうをいただいて、現地スタッフのはなさんの車に乗って、大船渡へ。
もちろん、乗った途端、車のなかでいただきましたよ。これまたおいしかった・・・ごちそうさまでした。

午後は・・・
高田高校のグランドにある仮設の集会所でのコンサートのみのスケジュール。
【高田高校 仮設集会所】
なんと、この会場では帝産バスの社長さんに専務さん、運転手の指導係のえら~~い方までもが参加。
素敵な歌声でした!!

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私は、みなさんにお任せして、どうしてもお会いしたかった、絆プロジェクト三陸の理事長さんへ会いに行かせていただきました。

みんなのちからでのエンディングでのスライドショーでは、絆プロジェクト三陸で作られた、津波の映像を使わせていただいたり、大船渡の方々が作られていている
「復興の光」http://www.kizuna-sanriku.jp/index.php?hikari_infoを企画販売されていて、みんなのちからでも売らせていただきたい。と、つながりを持たせていただいた方で・・・

ご自分も、被災され自宅兼仕事場(鍼灸院)を津波で流され、仮設暮らしで、鍼灸院はプレハブで再開されている方。
生の声を聞いてみたい・・・どんなことを私たちが伝えたらいいのか?と、思っていながらスケジュールがタイトであきらめていましたが、ボラバス関係者さんたちにも無理を言い、現地スタッフのはなさんは、車を走らせてくださって・・・、理事長さんのKさん、貴重なお時間とってくださり、みなさま本当にありがとうございました。

お会いしたKさんは本当にパワフルで、私が抱いていた東北の方のイメージにはまったくあわず・・・(無口な関西人みたいな感じ。関西人にだって無口な人はたくさんいるけど、知らない人はみんな漫才できるくらいにおもってるでしょ?なわけないか・・・笑)本当に地元の人なんですか?ってきいちゃった・・・

何もないところからつながったんですよ・・・と、お話しいただいた人の輪は、吉本の芸人さんから、起業家の方や・・・とにかく元気とパワーのありそうな方ばかり(ときどき、何を間違ったか、人生相談に来られる人もいたりするんですよ。って、言ってはりましたが。でも相談したくなるようなお方でしたが)
元に戻すんじゃない、前よりいい町にするんだ。と、まっすぐにおっしゃる姿は印象的で、一度ここを離れた人たちが、戻ってきたくなるようにしたい・・・。と。

震災前だって、どんどん高年齢化が進み若者は一度ここを離れると、そのまんま・・・ってことが多かったところだもん。こんなことがおきてしまったけれど、これを機に大きく変えられることもできるかもしれない・・・
前をむいて歩んでいくしかないしね・・・

まだまだ、大変なこともあるけど、東北人は元気です

って伝えてよ。って言われました。

ほんと、元気な方でした。
なんだ、この熱さは!?と思い、「いくつですか?」と聞くと、あらあら同じ年。寅年でした~~~。
寅年3人組!
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遠く離れていると、自分たちの生活で精一杯で、働き盛り、子育て世代の私たちの世代は、ボランティアや、人のために・・・と、活動するのは難しいと思う人も多いのか、シニアの方や、少し生活に余裕のある方が多かったりするんだけど、やはり体力的に動けるのも、人との輪を持っているのも、私たち世代であるわけだし、できることはあるはず!!と、思ったのでありました。

Kさんも、講演会の活動もされているとか・・・
同世代の被災された人が何を想い、考え、毎日を過ごしているか?
そんな話も、お聞きしたいな・・と思いました。

Kさん、貴重なお時間ありがとうございました。


この後は、ランチ。
たっぷりのワカメとほたてが入った、磯ラーメンを大急ぎで食べて、私も高田高校の仮設でのコンサート会場へ。
コンサート終了後に、出演者にサイン求めるおばあちゃまもいらしたり・・・

仮設の集会所の前を通る、高校球児たちは、礼儀正しくみな挨拶をして通ってくれる・・・
みんな焼けた肌に笑顔が似合う子たちばかり・・・

みんなみんな素敵な人ばかりでした。

このスケジュールだったから、いろんな方に会えたんだけど、欲を言えば、もう少しみなさんとお話したかった~~。ってね。
でも、話しだしたら止まらない私だから、一緒にお茶なんて飲んでしまったら、お尻が上がらないだろうし、それも困るね・・




うまくレポートできたかどうかわかりませんが、現地での動きはこんな感じかな?


そして・・・・現地での活動を終えた私たちは、
一ノ関の健康センターへ。

お風呂に大急ぎで入って、ボラバス参加者みんなで、解散式。


全員で乾杯し、食事

最後ははガイドさんの歌で、締め。


またまた泣き出すガイドさん続出。
私たちにとっても忘れられない旅でしたが、ガイドさんたちにとっても心に残る旅になったんだろうな・・・

笑顔と音楽を届ける・・・なんて、言っておりましたが、自分たちのほうが、大事なものを教えていただき、元気をいただいて帰ってきたように思います。


やっぱり、旅の感想は後日・・・ゆっくり想いをまとめさせてくださいね。

                                           ~~続く~~


一ノ関からは、東京へ帰るバス、京都へ・・・みなバラバラ、

途中、サービスエリアでお土産も買ったり。。。



私は、京都の手前草津まで、ずっと寝てました・・・


バスボラツアー 《陸前高田+大船渡への旅 ②》

バスボラツアー 《陸前高田+大船渡への旅 ①》の続きです。
http://blog.livedoor.jp/minnanochikara/archives/67915298.html

7月4日
演奏班は2つに・・・帝産バスの方々は作業班も、3つの部隊にわかれて、活動開始
その前に、みんなで、あの有名な「奇跡の一本松」へ

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一本松は、無事に戻ってきて(7月3日は、ライトアップの点灯式がありました・・)復興のシンボルとして、凛と立っていましたが・・・・

私たちも歩いた写真に映るこの橋は壊れていているし、周りは流されていた松原のあとや、がれきが・・・

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これもまた実際に見ると、思いがあふれます・・・・


そして、それぞれの持ち場へ・・・

午前は、米崎地区コミュニティセンターと、大船渡のつどいのひろば
午後は、慈恩寺と長部コミュニティセンター

【米崎コミュニティセンター】

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【つどいのひろば】

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【慈恩寺】
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【長部コミュニティセンター】
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私は、つどいのひろばと、長部コミュニティセンターで演奏を。そして慈恩寺さんで、ごあいさつだけさせていただけました。

コミュニティセンターでは、みなさんで集まって、お話をしたり、健康チェックをしたりするサロン活動へおじゃましました。
送迎車が、みなさんをお迎えに行っても、来られない方はなかなか来られないんだけど、今日は特別にたくさんの方が来てくださった・・・
もちろん、コンサートを届けに来てくださったことはうれしいけど、声をかけても、なかなか参加してもらえず、元気にしてるかな?気にかけ、心配していた方が、今日は音楽もきけるから、行ってみよう!!と、来てくれた人が多かったこと・・・本当にうれしいです。住民の方のお顔見れて安心できたし・・・
と、社協の職員さんがおっしゃっていたことが、印象に残りました。

ひとそれぞれいろんな思いを抱えていらっしゃるし、無理に「みんなと、お茶飲もうよ・・・みんなで集まれば元気出るよ・・」なんて、伝えても、ためらってしまったり、その気になれない人たちもコンサートが聴けるなら・・・と、お出かけのきっかけになって、うれしく思いました。

コンサートの後、「お茶くらい飲んでよ」と、スケジュールが詰まっている私たちを気遣ってくださる方、涙を流し見送ってくださる方、足がお悪いのに、職員さんの手を借りて、表まで見送ってくださる方。。。

「また来てね・・」「またくるよ」

たくさんの方と約束してきました・・・・

私は、芸能人とかも被災地を訪れているだろうし、演奏にくる人とか多いのだと思っていましたが、職員の方にお話を伺うと、

「震災後、1~2年くらいは、訪れてくださる方も多かったんだけど・・・まだその時は、こんなサロン活動よりも、まずは日々の生活に一生懸命で・・・・来ていただいても、対応しきれなかったり、住民の皆さんもそれどころでなかったり・・・
ようやく・・・・と、思った時には、来てくださる方が減ってしまった・・・・。生活が落ち着いてくると、考える時間が増える・・・そうなると、心のぽっかり感を余計に感じるようになる・・・物資の支援が少なくなっても気にならなくても、訪れてくれる人が減ってしまうと、風化を感じてしまう・・・・忘れられている…と、感じるから。
今日は、たくさんの方が来てくださって、本当にうれしい・・・・」と、お話しくださいました。

物資の支援というのは、被災地の方々の自立ということを考えると、送り続けるのがいいことかどうか?というのは、考えなければならない・・・・と、いわれているけれど、心の支援というのは、とても大切で、まだまだ必要なんだと、思いました。

(各コンサート会場での様子は、それぞれの演奏家がコメント欄にでも書いてくれるとうれしいけどなぁ~~~
よろしくね

コンサートの後は・・・
ボランティア班もコンサート班も全員が慈恩寺に集まって、ご住職さんのお話を聞かせていただきました。

コンサートをさせていただいたところは、震災後3か月ほどのべ80名ほどのかたが、避難生活をおくられていた場所。
目の前まで津波がやってきて、見慣れた景色が一変してしまった話。津波が来たとき、人間の無力さを感じたことから、悲しみと不安にくれる大人たちを、子供たちの無邪気さに、大人たちは元気を与えられたことこと・・・そんな話から、ご親族の悲しいお話・・・

時間の制約があった中、穏やかに・・・でも目の前にその様子が浮かんでくるように、景色も人の心の内までもが見えるようなお話に、100名近い参加者は耳を傾けました・・・

言葉をなくしてしまう私たちに、最後は地元で作られている、こんぶとほたてが入ったおやきを参加者みんなにいただき、こうやって地元のみんなも頑張ってるんだよ!と、笑いもこぼれるお話で見送ってくださいました。

本当においしいおやきでした。バスに乗ってすぐに食べちゃった私です。ごちそうさまでした・・・


慈恩寺を後にした私たちは・・・
陸前高田市 戸羽市長との帝産バス主催のお食事会へ。
どんな感じで来られるのか?と、思っていたら、気さくにお一人で来られて、「さっき、さそったんだよ~~」って、市の職員さんも来られました。僕は自転車で来ました。って、ほんと素敵すぎます。
そんなお話をきいていると、
緊張するなぁ~~なんて言っていたのはどこへやら?
最初のかしこまったごあいさつは?あはは

戸羽市長の「友達を増やしていくことの大事さ」のお話を聞きながら、お友達になって!!と、Fugueからの参加者も直接お話を伺ったり、写真を撮っていただいたり・・・
和やかに時は過ぎ、お食事会が終わるころには、みんなお友達に(?)

戸羽市長に、「ブログにお食事会のコト書いてよろしいですか?」ってお聞きしたら、「もちろん!!」と快諾してくださり、私の文章力へのつっこみをいただきました・・・(ありがとうございます。)

ネット友達から、リアル友達になっていくことの大切さと、心強さ・・・
復興の進捗状況・・・・
参議院選挙への思い

直にお話できたからお聞きすることかできたような、貴重な話もあれば、ますます身近に親近感わいちゃうようなお話まで

宇治市の市長さんがどんな人か?お名前くらいならわかるけど・・・って私
だけど、毎朝戸羽市長のフェイスブックへの投稿を読むのが楽しみで、そこから政治のコトとかちょっと難しいお話も興味を持ってみたり・・・
戸羽市長の著書を何度も読んでみたり・・・
よ~くかんがえてみると不思議ですが、「友達」という言葉のちからで、すぐ近くの宇治市長の市長室より、遠い陸前高田の市長室が近く感じ、陸前高田市の復興をより一層願うようになりました。

私は、戸羽市長のお友達にしていただいたつもりだけど、果たして???
関西のおばちゃんの必須アイテムの飴ちゃんあげるの忘れたしね・・・あはは。


そして帝産バス様、ごちそうさまでした。

こんな写真載せたら絶対怒られるな~~。と、思いながらも、やっぱり載せちゃおう。
市長の近くのお席には、遠慮のかたまりが・・・
市長をお見送りした後、「宿に帰るよ~」と、号令かかった後に、あ~もったいない!!と、おばちゃん根性が2013_0704_213109_462

美味しかったよ、ぷりっぷりのお刺身・・・

海の幸満載のお料理は絶品。車屋酒場さん
http://blogs.yahoo.co.jp/kurumayasakaba/MYBLOG/yblog.html





楽しい時間はあっという間に過ぎ、一行は宿へ。



お宿のお風呂の時間もあとわずか~~。急げ急げ!!

                                   ~~続く~~~~































バスボラツアー 《陸前高田・大船渡への旅 ①》

帝産バス×Fugue 陸前高田ボランティアバスツアーから無事帰ってきました。
(帰ってきたのは一週間前の土曜日・・・・はよ、報告せんかい!!って、叱られてしまいそうですね

被災地に音楽と笑顔を届けたい。という思いを叶えてくださった、帝産観光バス(株)の方々、本当にありがとうございました。

そして、報告お待ちいただいていた方々・・・

山本からのお礼、ご報告遅くなり、ごめんなさい・・・


旅の様子は、Fugueスタッフが、現地組から時間との戦いの中で送るメールなどからブログを書いてくれていましたので、雰囲気などは伝わっているかな・・・と思いますが、見てきたこと感じたこと・・・その他いろいろ書いてみようと思います。

出発日まで

みんなのちからのイベントの協力者、お客さんの顔を思い浮かべながら荷造り。
みなさんの代表として、現地へ向かえることに、感謝も忘れずに。

イベントで描いてもらったひまわりは一足お先に、宅急便で出発。
いよいよです。


7月2日 夜9時
宇治駅で、Fugueスタッフ、スタッフの子供、、そしてみんなのちからで出演いただいた、ピアノのOさんに見送られ、出発・・・・


帝産バスさんの撮影担当の方が作ってくださった、みんなのちからのスライドショーを見て、みんなのちからに参加していなかったガイドさんたちも、Fugueの思いを感じていただきつつ、被災地へむけて不安な思いと、みんなの思いを届けたい気持ちを胸に・・・・消灯、就寝。バスは走る~~~

7月3日 朝7時頃
福島県 安達太良SAに到着
東京からなどのバス3台も合流。
参加者の結団式も行われ・・・・

陸前高田を目指します。

バスの中では、コンサートメンバー(ガイドさん+Fugueメンバー)で、コンサートで歌う曲の練習や、コンサートの流れの確認などをしつつ・・・・

一ノ関イオンにて、お昼休憩+食料の買い出しを終え・・・(ここまでは、被害を感じることはなく・・・正直、イオンで晩御飯のおかずバイキングを選び、デザートにゼリーでも。なんて話してました。)

そしてバスは気仙沼へ・・・

少しずつ、景色が変わっていきます・・・少しずつ少しずつ、被災の爪痕が目に飛び込んできます。
きっと、だれもがテレビ等で見たことがあるだろう、第18共徳丸を見に行きました・・・

  第18共徳丸 http://www.huffingtonpost.jp/2013/06/23/18th_kyotokumaru_n_3485396.html

海なんて見えない土地に、大きな大きな漁船が。この船がここまで打ち上げられるなんて・・・と、津波の威力を想像するだけで、言葉を失う。
それまで、和気あいあいな感じだった参加者も、それぞれの思いを胸に、一人ひとり手を合わせ、建物の基礎が残る地面を見つめ、本当にこれが流されてきたのか?と信じられない思いで何度も何度も見上げました・・・・


バスは、陸前高田へ・・・

陸前高田に行ったことのない私は、被災前と被災後を比べることができません。
だから一見、何にもない草っぱら・・・

いやいや、何かが違う。

何もない土地、雑草が生い茂ってる地面に目を向けると、そこが住宅地であったことを示すような、路地が見えたり、家の基礎が・・・そして、そこへ色の鮮やかなお花が供えてあったり・・・

コンビニやスーパーや病院、斎場までもがプレハブだった・・・
2年半をむかえようとしているのに、人が見送られるところもプレハブなんだ・・・と、きっと現地の方は、もっともっと辛い状況を過ごしてこられてるから、少しずつよくなってきてる。と、感じてらっしゃるかもしれないけど、私はそれを見て、ショックを受けました。


そして、宿へ到着。

到着するなり、ガイドさんたちとコンサートの練習へ。
いろんな不安はあるけれど、ステージの不安は準備次第でどうにかなるはず・・・と、ガイドさん、演奏家それぞれ、夜遅くまで、練習は続きました・・・





いよいよ、翌日はコンサート(陸前高田・大船渡への旅②へ続く・・・)


写真は

同行してくださった、写真を撮る人 とくおかじゅん さんのブログをご覧ください。

http://yumeashi.exblog.jp/18049003/













「みんなのちから」チャリティーについて
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minnanochikara_music@livedoor.com
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  • ぞくぞくと・・・
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