連日の猛暑、お体壊していないでしょうか。
ブログ更新も滞っていて申し訳ございませんでした。
陸前高田市にも、高田保育所の遊具代として110万円の寄付をさせていただきました。
(募金合計より、経費と活動費を除いた分になります。)
遊具を寄贈するためにはもちろん運搬費、工事費等も負担しなくてはならないのですが、皆さまのご協力のおかげで、この金額であれば、滑り台付ジャングルジムや、ブランコのような比較的大きな遊具がおくれるであろう、とのことを、市からご連絡いただきました。
新・高田保育所の完成は来年8月から10月ごろになるのでは?ということで、具体的にどんな遊具にするかは高田保育所の先生方と市での相談で決定となります。楽しみですね!
そんな中、陸前高田市とやり取りをしている間、東北地方では豪雨の被害がありました。「今までに経験したことのない雨なので、命を守るように」という報道がされるほどでした。陸前高田市でも職員の方々が休日返上で対応されました。かさ上げや、高台の用地獲得でも時間がかかったでしょうに、工事を進める中で豪雨の被害があり、さまざまな要因が復興を邪魔する現状、ほんとうに歯痒くなります。
数日後に岩手県内陸でも道路が冠水する被害がありました。私の実家のある盛岡市やその周辺市町村も、局地的に冠水したそうで、現在も災害対策本部が置かれ対応にあたっています。
はなさんから「ご実家は大丈夫ですか?できることがあれば!」とすぐに連絡をいただいたときは、本当に嬉しかったです。
イベントや出張コンサートが終わり、協力者の皆様とまた改めてお会いして、感想、反省点、今後の話などいろいろとさせていただきました。
イベント中はゆっくりお話もできなかったのですが、あらためてゆっくりお話が伺えると、本当に素敵な、そして力と気持ちのあるメンバーの方々が集まってくださったイベントだったと、つくづく実感しました。
「みんなのちから」については、改善点も含めて様々な感想を頂きましたが、子供たちが楽しみながら震災や東北のことに触れられ、セレモニーまで見られるのがすばらしいといっていただけてうれしかったです。
高田・大船渡出張コンサートについては、メンバーが帰ってきてから、成広さんのザトウクジラの絵の披露が、職員・子供たち・役員の保護者の方に行われたそうなのですが、それぞれで「わぁ!」っと歓声が上がり、みなさん大変喜んでくださったとのことでした。
保育所でおこなわれた「ぴかぴかまつり」という夏祭りの様子をはなさんが伝えてくださったのですが、なんと園庭には私たちが届けたひまわりが飾ってありました!
嬉しいですねー。
帝産バスさんとの反省会では、社長、専務をはじめとする役員の方々が勢ぞろいしてくださいましたが、たいへん和やかな雰囲気で、コンサートを振り返り、また昨年寄付をしてくださってからのご縁を改めて思い起こし、今後の支援をどういう形で行っていくのか、民間としてできること、企業としてできることなど、いろいろと話が弾みました。
その日は、高速バスの法改正があり、テレビでは連日、バス会社にとっては大きなリスク、コスト負担で大変だというような報道がされているさなかだったのですが、帝産バスさんの役員の方々は余裕でした。「安全のためにコストをかけることはずっと前からやっていますから。今慌てることではありません。」と。「役員なんて黒子にすぎません。大事なのは、運転手やガイドや、現場で働く社員なんですよー。」と笑顔で話される亀岡社長、地球4周分の距離無事故で運転中の、絶対に酔わせない運転をするN運転手の「職人技」ともいえる運転についての心得に、私たちは感嘆の声ばかりあげておりました。飯尾京都支店長からは、「バスツアーは、みんなのちからで頑張って活動をされた、宇治のお母さんたちや協力者の皆さんの力が一番のもとにありますから!」と、大変うれしい言葉をいただきました。
協力者の皆さんも、それぞれの個人の活動の中で、被災地支援の活動を続けてくださっています。
ふありのメンバーの一圓さん(二胡を演奏してくださった方です!)もみんなのちからのあと、陸前高田もいき、帰ってからすぐに、ご自身のコンサートで募金活動を行ってくださいました。
絵本作家の成広さんも、ご自身の合唱のコンサートで福島の広野町への募金をあつめられました。私もスタッフ3人で聴きに行きましたが、大変感動的でした。集まった募金は自らの手で福島へ届けるそうです。
陸前高田にいかれたピアニストの篠原さんは、被災地のことを遠く離れた鹿児島でも伝えたい、と、冬にコンサートを企画し、準備を進めてくださっています。鹿児島で岩手県人会にまで入ってくださったそうで、そこでは陸前高田出身者もいて、出張コンサートを本当に喜んでくださったそうです。
私も、岩手県人会の方で、2度ほど被災地の物産を販売しました。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」効果で、昨年よりよけいに声をかけてもらいました。若い人がすくないので、私が海女の格好をしたもので…
福島県の物産展も、昨年より盛り上がっていて、それが何よりうれしかったです。
陸前高田市の戸羽市長の講演会でお会いした熱きサポーターの皆さんとも1年ぶりにお会いしましたが、みなさんは、全く見返りももとめず、自己完結で、何度も現地に足を運んでボランティアをされている方たち。3年目を迎え、「支援疲れ」「復興疲れ」という言葉があちこちで聞かれ、被災地でも大人がつかれ始めていたり、無気力になっていたりする中で、「『支援』という言葉を使わなきゃいいんだよね、「友達だよね」「いつでも味方だよ」って寄り添うだけでいいんだよ」と言いいながら現地に足を運んでくださるくださる皆さんに、心が熱くなりました。
「今度は陸前高田で会おうね」と別れました。
イベントの企画も正直大変だし、結果や達成感、いろいろと求めるとなにが成功なのかという答えはとても難しいのですが、こうして被災地を想ってくださる方が一堂に集まりイベントをおこない、ともに被災地をおもい、それぞれの生活でもそれを個々で続けて行ったり、被災地の様子を伝えていったり・・・ 来てくださった方が、あちこちで被災地の写真見たよーと感想を述べてくださったりしながら、被災地の今を伝えてくださること、これがとても意味のある事なんだと思います。
陸前高田にいったメンバーが、現地の皆さんからよくかけてもらった言葉
「忘れないでね。」「また来てね。」
みんなのちからの参加者の皆さん、出張コンサートにいってくださったメンバーの皆さんが、被災地が忘れられないように語って、動いてくださることを改めて感じ、感謝するこの一か月でした。
これは、今年3月時点での新高田保育所の建設予定地です。
まだ何にもありません。
一年後、ここに新しい保育所が完成し、おくった遊具が設置され、ピアノがとどき、ピアノの上にはクジラが泳ぐ…
そんなことを心待ちにしながら、今後もこつこつ、大きくはなく身の丈に合った活動を続けていきたいと思っています。
ブログ更新も滞っていて申し訳ございませんでした。
陸前高田市にも、高田保育所の遊具代として110万円の寄付をさせていただきました。
(募金合計より、経費と活動費を除いた分になります。)
遊具を寄贈するためにはもちろん運搬費、工事費等も負担しなくてはならないのですが、皆さまのご協力のおかげで、この金額であれば、滑り台付ジャングルジムや、ブランコのような比較的大きな遊具がおくれるであろう、とのことを、市からご連絡いただきました。
新・高田保育所の完成は来年8月から10月ごろになるのでは?ということで、具体的にどんな遊具にするかは高田保育所の先生方と市での相談で決定となります。楽しみですね!
そんな中、陸前高田市とやり取りをしている間、東北地方では豪雨の被害がありました。「今までに経験したことのない雨なので、命を守るように」という報道がされるほどでした。陸前高田市でも職員の方々が休日返上で対応されました。かさ上げや、高台の用地獲得でも時間がかかったでしょうに、工事を進める中で豪雨の被害があり、さまざまな要因が復興を邪魔する現状、ほんとうに歯痒くなります。
数日後に岩手県内陸でも道路が冠水する被害がありました。私の実家のある盛岡市やその周辺市町村も、局地的に冠水したそうで、現在も災害対策本部が置かれ対応にあたっています。
はなさんから「ご実家は大丈夫ですか?できることがあれば!」とすぐに連絡をいただいたときは、本当に嬉しかったです。
イベントや出張コンサートが終わり、協力者の皆様とまた改めてお会いして、感想、反省点、今後の話などいろいろとさせていただきました。
イベント中はゆっくりお話もできなかったのですが、あらためてゆっくりお話が伺えると、本当に素敵な、そして力と気持ちのあるメンバーの方々が集まってくださったイベントだったと、つくづく実感しました。
「みんなのちから」については、改善点も含めて様々な感想を頂きましたが、子供たちが楽しみながら震災や東北のことに触れられ、セレモニーまで見られるのがすばらしいといっていただけてうれしかったです。
高田・大船渡出張コンサートについては、メンバーが帰ってきてから、成広さんのザトウクジラの絵の披露が、職員・子供たち・役員の保護者の方に行われたそうなのですが、それぞれで「わぁ!」っと歓声が上がり、みなさん大変喜んでくださったとのことでした。
保育所でおこなわれた「ぴかぴかまつり」という夏祭りの様子をはなさんが伝えてくださったのですが、なんと園庭には私たちが届けたひまわりが飾ってありました!
嬉しいですねー。
帝産バスさんとの反省会では、社長、専務をはじめとする役員の方々が勢ぞろいしてくださいましたが、たいへん和やかな雰囲気で、コンサートを振り返り、また昨年寄付をしてくださってからのご縁を改めて思い起こし、今後の支援をどういう形で行っていくのか、民間としてできること、企業としてできることなど、いろいろと話が弾みました。
その日は、高速バスの法改正があり、テレビでは連日、バス会社にとっては大きなリスク、コスト負担で大変だというような報道がされているさなかだったのですが、帝産バスさんの役員の方々は余裕でした。「安全のためにコストをかけることはずっと前からやっていますから。今慌てることではありません。」と。「役員なんて黒子にすぎません。大事なのは、運転手やガイドや、現場で働く社員なんですよー。」と笑顔で話される亀岡社長、地球4周分の距離無事故で運転中の、絶対に酔わせない運転をするN運転手の「職人技」ともいえる運転についての心得に、私たちは感嘆の声ばかりあげておりました。飯尾京都支店長からは、「バスツアーは、みんなのちからで頑張って活動をされた、宇治のお母さんたちや協力者の皆さんの力が一番のもとにありますから!」と、大変うれしい言葉をいただきました。
協力者の皆さんも、それぞれの個人の活動の中で、被災地支援の活動を続けてくださっています。
ふありのメンバーの一圓さん(二胡を演奏してくださった方です!)もみんなのちからのあと、陸前高田もいき、帰ってからすぐに、ご自身のコンサートで募金活動を行ってくださいました。
絵本作家の成広さんも、ご自身の合唱のコンサートで福島の広野町への募金をあつめられました。私もスタッフ3人で聴きに行きましたが、大変感動的でした。集まった募金は自らの手で福島へ届けるそうです。
陸前高田にいかれたピアニストの篠原さんは、被災地のことを遠く離れた鹿児島でも伝えたい、と、冬にコンサートを企画し、準備を進めてくださっています。鹿児島で岩手県人会にまで入ってくださったそうで、そこでは陸前高田出身者もいて、出張コンサートを本当に喜んでくださったそうです。
私も、岩手県人会の方で、2度ほど被災地の物産を販売しました。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」効果で、昨年よりよけいに声をかけてもらいました。若い人がすくないので、私が海女の格好をしたもので…
福島県の物産展も、昨年より盛り上がっていて、それが何よりうれしかったです。
陸前高田市の戸羽市長の講演会でお会いした熱きサポーターの皆さんとも1年ぶりにお会いしましたが、みなさんは、全く見返りももとめず、自己完結で、何度も現地に足を運んでボランティアをされている方たち。3年目を迎え、「支援疲れ」「復興疲れ」という言葉があちこちで聞かれ、被災地でも大人がつかれ始めていたり、無気力になっていたりする中で、「『支援』という言葉を使わなきゃいいんだよね、「友達だよね」「いつでも味方だよ」って寄り添うだけでいいんだよ」と言いいながら現地に足を運んでくださるくださる皆さんに、心が熱くなりました。
「今度は陸前高田で会おうね」と別れました。
イベントの企画も正直大変だし、結果や達成感、いろいろと求めるとなにが成功なのかという答えはとても難しいのですが、こうして被災地を想ってくださる方が一堂に集まりイベントをおこない、ともに被災地をおもい、それぞれの生活でもそれを個々で続けて行ったり、被災地の様子を伝えていったり・・・ 来てくださった方が、あちこちで被災地の写真見たよーと感想を述べてくださったりしながら、被災地の今を伝えてくださること、これがとても意味のある事なんだと思います。
陸前高田にいったメンバーが、現地の皆さんからよくかけてもらった言葉
「忘れないでね。」「また来てね。」
みんなのちからの参加者の皆さん、出張コンサートにいってくださったメンバーの皆さんが、被災地が忘れられないように語って、動いてくださることを改めて感じ、感謝するこの一か月でした。
これは、今年3月時点での新高田保育所の建設予定地です。
まだ何にもありません。
一年後、ここに新しい保育所が完成し、おくった遊具が設置され、ピアノがとどき、ピアノの上にはクジラが泳ぐ…
そんなことを心待ちにしながら、今後もこつこつ、大きくはなく身の丈に合った活動を続けていきたいと思っています。
















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