ちゅら島ルーツを訪ねる旅〜そのΑ峙Г蠅旅場にて」ちゅら島ルーツを訪ねる旅〜最終回「悲願の墓参り」

2008年04月07日

ちゅら島ルーツを訪ねる旅〜そのА屬劼瓩罎蠅療磴砲董

明日は、我が家の末っ子あーちゃんの中学校の入学式です。

さっきも、セーラー服を着て鏡の前に立ち、

あれこれ入念にチェックしてました(*^_^*)

初めての制服がうれしいんですね〜♪

制服














いつまでもオボコイやっちゃ〜、と思ってたんですが、

セーラー服の後ろ姿には、

子供っぽさが抜けて・・・ちょっとハッとしてしまいました。




六十数年前の春、夫の母も

生活が苦しいため諦めていた進学の夢が実現することになり、

憧れのセーラー服に胸ときめかせていたのでした・・・

でも、入学後すぐに戦況が厳しくなり始め、

セーラー服は間もなくへちま襟になり、

それからすぐにモンぺ姿で通学することになってしまったのだとか。


母校は「沖縄県立第一高等女学校」


・・・そう、

あの”ひめゆり学徒”の少女達のいた学校です。

看護要員として戦地に駆り出されたのは、

夫の母よりひとつ年上の上級生たちだったのだそうです・・・





沖縄の旅3日目、

平和祈念公園を出てから、「ひめゆりの塔」を訪ねました。

入口














塔















慰霊碑の下にあるのは、

米軍に追われ陸軍病院壕を撤退後身を寄せていた「伊原第三外科壕」

壕














突然の「解散命令」を受けた翌朝、

ガス弾が投下され、38名の生徒と4名の教師が亡くなった場所です。



ひめゆり部隊に動員されたのは生徒222名、教師18名。

3月の動員から6月の突然の「解散命令」までの間に19名が犠牲となり、

「解散命令」後に米軍の包囲する戦地に放り出されてからは、

わずか数日の間に100余名もが亡くなってしまったそうです。

名簿
















沖縄戦の悲劇の象徴として有名な「ひめゆり学徒」ですが、

他にも多数の「学徒隊」が動員され2000名余もが亡くなっていて、

「健児の塔」他、各地に多数の学徒慰霊碑があるのだそうです。

慰霊碑

















「ひめゆりの塔」の裏に、

二十年前、夫と訪れた時は無かった「資料館」ができていました。

資料館














「ひめゆり平和祈念資料館」




ここでも、じっくりと見ることができるように、

娘たちとは展示室前で解散、集合時間無しの自由行動。




「展示の内容」



第二展示室には、

戦地に携行して行った生徒たちの持ち物などが展示されていました。

小さな可愛らしい動物の人形や、流行りだった「少女の絵カード」など、

いかにもこの年頃の女の子らしい”遺品”に

胸がつまる思いでした・・・



第三展示室では、

解散命令後の「死の彷徨」の悲劇を

米軍の記録フィルムと生存者の証言映像で伝えていました。


ひめゆり学徒の生き残った人達の中には、

友を助けられず生き残ってしまったことへの罪責感から

今でも何も語れないでいる方も多いのだそうです。


「生きている」ことが奇跡であるような、こんな凄惨な状況の中を

夫の母も生き延びてきたのか・・・・


逃げ場を失い、捕虜になるまで

アダン(熱帯植物)の葉蔭に砂を掘って何日もじっと隠れて、

末期の水を取ろうとしてそのまま果てた遺体の間を流れてきた

あぶくの浮いた臭う水を飲んで命つないだという、

夫の母の体験談。

あの水と、人の体の朽ちる匂いは

脳裏に焼き付いてはなれないと。・・・・


ガソリンをかけられて火あぶりにされる日本の下士官、

畑や壕で湯気をあげて朽ちていく人・・・

傷から出たウジを手で掻き落とす人・・・

米兵の接近に追い立てられパニックになって逃げようとした時、

両手をやけどした「母親」に、

3、4歳くらいの子供を「負わせてくれ。」と頼まれたものの、

括るヒモがどうしても見つからず、

仕方なく子供に母親のモンペの端を握らせて、

「放したらだめ!」と言って、そのまま他の人を追って逃げたそうです。

あの時の子供が、母親と無事に逃げられたのか・・・

それが今も忘れられないでいるのでした。



「うちは、あの時自分は死んだもんやと思とる。

 後の人生は、おまけみたいなもんや。

 やから、どんな苦労しても生きてこれたんやと思うで。」


・・・・夫の母の言葉が思い出されました。




第4展示室の壁には、

200余名の犠牲者の遺影がぐるっと部屋を囲むように掛けられていました

一枚一枚、

名前と、性格や、好きだった学科やスポーツなど、

その子の学校生活でのエピソードと、

死亡した日付とその時の状況が書き添えられていました。



あーちゃんは、

端から順に読み進みながら一枚づつ釘付けになっていました。

自分と変わらない年頃の少女達の遺影に

どんなことを感じていたのでしょうか・・・


セーラー服の笑顔が囲む部屋の中央には

生き残った方たちの証言集が並んでいました。


ひとつひとつ、

時間をかけてじっくりと読み込んでいる娘たち・・・


本当は、この日のうちにもう一か所寄りたい場所があって、

少し時間も気にはなっていたのですが、

せかす気になりませんでした。



私は、遺影にも、証言集にもずっと・・・

窓から明るい花園の見える「回想の部屋」に抜けてもしばらく、

涙が止まりませんでした。




セーラー服の遺影は、

はつらつとした明るい、夢見るようなやさしい笑顔ばかりでした・・・


どんなにか、生きていたかったでしょうね・・・





像
















資料館を出て、

前を歩く娘たちの後ろ姿を見ながら、

学生の頃に見た映画「ひめゆりの塔」に、

大好きなさだまさしが添えた主題歌を思い出しました・・・・


「しあわせについて」




あやまちを繰り返さず 

しあわせに・・・


うしろすがた














「彼女達」が失ってしまったたくさんのものを

娘たちが、

からだいっぱいに宿して輝いているように見えました・・・







(続く)











最後まで読んでくださってありがとうございます♪
ご縁あって、ここへお立ち寄りくださったみなさまに、
重い話題ですが、ぜひ知っていただきたいことがあります。
時間とお手間がとれましたら、是非ご覧ください。
7分間のフラッシュムービーと、それについての記事です・・・

「あれから1年・・・」

見てくださって、ありがとうございます。
もしかしたら、みなさまのかわいいワンちゃんの親きょうだいも、
今、こんな場所にいるのかも・・・


















minnkuri at 00:43│Comments(21)TrackBack(0) 平和への祈り | 旅行

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この記事へのコメント

1. Posted by タッパ   2008年04月08日 09:14
中学ご入学おめでとうございます。
我が娘も来年なので、ちょっとしんみりしつつ、拝見させてもらいました。
長いと思っていた子育て期間、あっという間なんですね。つくづく思います。
これからの娘さんにエールを送りたいと思います。
2. Posted by パール姫の執事   2008年04月08日 11:21
牛島満が学徒隊らに突然発した「爾後各個の判断において行動すべし」
牛島氏自体の評価は賛否色々あるみたいですが、私個人はこの発言は実に無責任極まりないと考えています。
あの戦火の中、何もわからない若者に何故にこんな指令を下したのか・・。
3. Posted by パール姫の執事   2008年04月08日 11:26
戦の中という異常事態とはいえ、若き命がこれほど失われてしまった虚しさと理不尽さは言葉には出来ません。
太田実少将が次官に宛てたあの決別電報の中に書かれていた、
「看護婦に至っては、軍の移動の際に衛生兵が置き去りにした頼れる者のない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。」
彼の打ったこの一文がどうしても気になります。

戦はいつの時代も何も生み出しません。
失うものばかりが多すぎます。
4. Posted by 犬日和   2008年04月08日 14:35
沖縄の旅、興味深く読ませていただいてます。
次に沖縄へ行く機会があれば、平和記念資料館に行ってみようと思いました。資料館やひめゆりの塔は、アメリカ人も訪れるのでしょうか?夫と一緒に行く場合のことを考えると、ちょっと気になります。
学生の頃は、戦争は遠い昔にあった出来事、と思っていました。今は、たった数十年前の事と認識しています。皆の気持ちの中で風化していくのを、くいとめられるのでしょうか?
5. Posted by まある   2008年04月08日 23:12
♪タッパさま、
ありがとうございます(^^)
あーちゃんは、今日から、バスも電車も「おとな料金」です。
ピンとこないんですけどね〜
お姉ちゃんとは歳の離れた末っ子ということもあって、
いつま〜でも子供に見てしまうんですよね・・・
親のほうがもっとしっかりしないとダメですね〜(^_^;)
6. Posted by まある   2008年04月08日 23:47
♪パール姫の執事さま、
その時、その状況の中では「仕方がなかった」ことでも、
生き残ったことをかえって「苦しみ」にしてしまうほどの
たくさんの悲しすぎる記憶となって・・・

戦争は、
「人間らしくありたい」という願う気持ちすら
打ち砕いてしまうものなのですね。

そんな中にあっても、
最後まで「心」失うことなくいた人々もあること、
忘れずにいたいです。
7. Posted by パール姫の執事   2008年04月08日 23:57
ひめゆり部隊が組織された、いわゆる「第一高女」。
彼女らの戦に狩り出される前の時期の写真を見た事がありますが、いつの時代も、今と何らかわる事の無い元気一杯の姿なんですよね。
勉強も、部活もしたい、遊びもしたい、恋もしたい。。
今と何ら変わらない、「女学生」。

わずか60年前に起こった"地獄の日々"は見事に彼女らの人生を打ち砕いてしまった。(--;

ちなみに「ひめゆり平和記念資料館」は、あの戦火の中消失してしまった、彼女らの学び舎を再現したそうで。
一度訪れてみたいです。(^^)
8. Posted by まある   2008年04月09日 00:02
♪犬日和さま、
平和祈念公園も、ひめゆりの塔も、
沖縄にいて一番たくさん外国の方にあった場所です。

沖縄戦では、アメリカ側も多数の犠牲者を出していますし、
特に、精神障害を発症してしまう方が多かったことは、
その戦況のすさまじさを物語っている・・・と、
資料館内で上映されていたフィルムで語られていました。
平和祈念公園にある戦没者の名を刻んだ石碑には、
多数のアメリカ人の名前が刻まれていて、
遺族の方でしょうか・・・
お花を供えておられるアメリカ人らしき方たちもいらっしゃいました。

資料館も、
「敵・見方」「被害者・加害者」の枠を超えて、
「戦争というものの悲惨さ、愚かさ」を訴える展示内容でした。
是非、御主人さまと一緒に、お訪ねくださいね。

意識しなければ、風化は進むでしょう・・
そうならないよう、身近にできることを考えて努力していきたいです・・・

9. Posted by さとり   2008年04月09日 01:16
我々は忘れない事。
「全ての人に人生があった」という事を。
アメリカ人も日本人も。
戦争には是非なんてないのです。

娘さんは大切な時に、
大切なものを感受された事と思います。
10. Posted by ユウユウ   2008年04月09日 20:02
おひさしぶりです。いつも読み逃げのユウユウです。
制服、セーラー服かわいいですね。
こちらは何十年も変わらないデザインの
ブレザー、スカート、ダサダサのかぶりベストです。
同じ何十年でもセーラー服ならいいのに・・と思いながら見せていただきました。

沖縄の旅は体験あり学びありで充実した旅だったんですね。
玉泉洞行きました!十数年前はハブvsマングースまだやってました(笑)
でも、前々闘わないの。
11. Posted by ricaya   2008年04月09日 21:30
こんばんわ^^

「あれから1年」拝見しました…。
とっても考えさせられる内容で見入ってしまいました…。でも正直、直視できない写真もありました…。悲しすぎます。。。うちのコはしみじみと幸せだな〜(本人はどう思っているのかわからないですが^^;)人間のエゴで不幸なわんこたちがこんなにいるんですものね…。わんこたちには罪はないのに…無責任な飼い主にはホントに腹が立ちます!!

私にも何かできることはないかと思いつつも何もできない自分が情けなく思うことも。。。
わんこ全員が幸せに暮らせる世の中になることを祈りたいです!
12. Posted by まある   2008年04月09日 22:52
♪パール姫の執事さま、
オシャレをして、持ち物にこだわって、
贅沢な毎日をあたりまえだと思っているわが子。
自分がいかに恵まれた環境にあるかを、
何とかして実感させたい思いでいるのですが、
ここを訪ねることで
どれほどのことが伝わったことか・・・

子供だけでなく、私自身もなのですが。

「あなたが無駄に過ごした今日一日は
 きのう死んでしまった人が生きたかった一日なのです。」
・・・と、何かで読んだことがあります。
人生を無駄にしないよう生きたいですね。
13. Posted by まある   2008年04月09日 23:21
♪さとりさま、
さとりさまのコメントを読んで、
「戦争で死んだ兵士のこと」(小泉吉宏:ベネッセコーポレーション)という絵本を思い出しました。

森の中の湖のほとりに、
「ひとりの兵士が死んでいる。」

一時間前、兵士は生きて闘っていた。
4時間前は、戦火に巻き込まれた子供を助けていた。
8時間前・・・
2日前・・・
10日前・・・
1か月前、2年前、4年前、13歳の時、
8歳の時、3歳の時・・・

時をさかのぼって行って、
倒れた兵士の場面に戻る直前は、
ソファーに並んで大きなおなかを撫でている
「両親」の姿。

戦争で失われる命とその人生の重みを
淡々と、言葉少なく、
でも胸の奥までつきつけられるような、
この本のこと、
娘たちにも教えてやろうと思います。
私が大切にしてた本なので、
もう、家で勝手に読んでるかもしれませんけど・・・




14. Posted by まある   2008年04月09日 23:32
♪ユウユウさま、
こちらこそ、読み逃げでゴメンナサイ。
お体の調子、いかがですか?


セーラー服姿、
やっぱりこの年頃の「かわいらしさ」のひき立つスタイルですよね。
私も中学、高校とブレザーだったので、密かに憧れてました。
念願かなって20年後、職場のイベントで着た時は
「アヤシイ」と言われましたが(^_^;)

沖縄、本当は、もっともっとじっくりまわりたいところがいっぱいあるんですが・・・
たったの4日で、ついつい欲張ってしまって、
駆け足の旅になっちゃいました。

そうなんですか〜
マングースだって、不必要な争いはやりたくないですよねぇ。命がけなんですから・・・

15. Posted by まある   2008年04月09日 23:43
♪ricayaさま、
ご覧いただいて、コメントもありがとうございます。
私も、自分に何ができるのか考え続けています。
不幸な犬たちのレスキューと譲渡にも関わりましたが、
助けた犬たちが、必ずしも飼い主や周囲の人が喜んでくれるような
「マナーある良い飼い方」をされてはいない現実を目の当たりにして
いろいろ考えさせられました。
ブームや煽りに乗らず、正しい知識と意識を持って、
最後まで責任ある飼い方をすること・・・それが一番大事なこと。
だから、自分の家族である犬をそのようにきちんと飼いきることが、
まず、一番基本で大事な「できること」だと思うんですよ。
何もできない、なんてことはないですよ〜(*^_^*)
16. Posted by Boo   2008年04月10日 18:12
まあるさん お久しぶりです(笑)
旦那様のお母様、一年違いで、もしかすると悲しい運命に遭遇してたかもしれないのですね・・・
そうなっていれば、旦那様はこの世にはいないのだし、ましてまあるさんと出会う事もなかったという事ですよね。
人の運命って不思議ですね・・・
みんな、命の大切さを考えて欲しいですね
最近 自殺する人が増えたように感じます
自分で命を絶つなんてもってのほかです
与えられた命を最後までまっとうしてほしいです

あーちゃん 中学生ですか?
制服を着たらきっと大人びてみえるのでしょうね
あーちゃん 中学校進学おめでとう♪
17. Posted by ほっぺ   2008年04月10日 21:23
メールにしようと思ったのですが
迷惑メールになったしまう事を
思いだし、こちらで失礼します。

いつもお世話になってばかりですみません
でも、久しぶりにお会いできて
嬉しかったです♪ 
Rayもミンちゃんとクッキーちゃんに会えて
楽しかったと思います(=^・^=)
お話もゆっくりできたし、勉強させて
もらいました!(^^)!

あーちゃんの制服姿大人っぽく見えました!
とっても似合ってたし♡
う〜んと甘えさせてあげて下さいね

本当にありがとうございました〜
又お願いします
18. Posted by tokua   2008年04月11日 00:12
まずは、中学進学、おめでとうございます。あーちゃんのこれからに幸あれと、祈らせていただきます。

「ひめゆり学徒」については、知識としては知っていても残念ながら、現地に伺う機会はこれまでありませんでした。この記事でも悲惨さが伝わってきます。誰もが戦争は悲惨だと「知って」はいるのです。
でも、今も世界では各地で戦争が続いているわけで・・・

戦争で被害を受けるのは、今も昔も、弱い子供や女性ばかりです。どこかのビルの中で「戦え!」って命令している人は、死を目前にすることすらなく、ましてや危険など感じることも無いのでしょうね。
それが変わらない限り、いつまでたっても争いは無くならないのかも知れません。
19. Posted by まある   2008年04月11日 12:01
♪Booさま、
ありがとうございます(^^)

沖縄南部の戦渦を逃げまどった人たちは、
「今日は助かったけれど、明日は死ぬのだろう。」
そんな気持ちで生き延びていたそうです。
夫の母も、「生き残れたのは奇跡、後の人生はオマケ」・・・と言っています。
そのオマケの人生ですら、かなりの苦労を重ねているのですから、
今の私たちがいかに「幸せすぎる」のか思い知らされます。
こんな世の中に生れてきて、自分から死のうなんて、
戦争で死んでしまった人たちは「もったいない」と嘆くでしょうね。

制服を着るとそれなりに大人びて見えるんですよね〜
まだまだ頼りないアマちゃんですが、
それなりの接し方してやらないとなぁ、と思いましたよ。



20. Posted by まある   2008年04月11日 12:12
♪ほっぺさま、
いえいえ、こちらこそ、
Rayくんと楽しい時間を過ごさせてもらいました(*^_^*)
ミントとクッキーと、
一緒に違和感なく紛れて過ごしてましたよ♪
会う毎に、オトコマエが上がってくRayくん、
ほんとすごいですね〜
ママの努力の成果なんですよね。
必要な時は、またいつでも声掛けてくださいね。

毎日お弁当作りに励んでますよ〜
「これも母の愛だ〜
でも、給食のある地域がウラヤマシイ・・・


21. Posted by まある   2008年04月11日 12:20
♪tokuaさま、
ありがとうございます。

まだ戦争体験者のいる時代ですら、こんなです・・・
バーチャルな世界での「戦闘」遊戯に慣れ親しんで育った世代が
平和な世界を築くために本当に必要なことは
なんなんだろう・・・と、考えたりもします。

人の痛みのわかる人間に育ってほしい、
そのために、
私たちが普段行っている「犬」との関わりを通じてできることもあるはずだ・・・
改めて、そう思います。

平和も、福祉も、動物愛護も、根っこは同じなんですよね。

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