まずは皆さん、お気持ち、お言葉、ありがとうございました。
実は1月20日に入院していたんです。年明けも元気でいつも通りではあったのですが、突然激しい腰痛を訴えて。
圧迫骨折。高齢により骨がもう脆いですからね。
肺炎も。ずいぶん前から慢性心不全にもなっていたと。
食事も取れず。
腰の強い痛み止めにより、常に吐き気も酷く。
入院当初から、持って2ヶ月だと言われました。
耳も聴こえないし、動けず、眠ることもままならない毎日は地獄の苦しみだったと思います。
それでも、見舞う僕らには
「なんか食べたか?腹減ってるべ」
「椅子どっかにないか?座れ」
「疲れるしょ?大丈夫だから帰っていいよ」
「世話かけるな、心配かけてすまないな」
僕は歌手になってから、ことあるごとに母の話をしてきました。
ステージでも、ラジオでも。
いわゆるネタにしてきました。
それなのに今回は、口にすることも辛くて、ここまで何も伝えもせずにごめんです。
痛み苦しみが可哀想で可哀想でね。
今までどんなことも、包み隠さず演らせてもらってきたけれど。
むしろそうすることで、自分自身を奮い立たせるやり方でもあるんだけどね。
今回は言わずに触れずに踏ん張るやり方を選びました。
正直、赤坂も美幌も心境はまともではなかった。
まして先週の京都は本番直前に病院から危篤を告げられ、くずおれそうになりました。
途中、実はね、と打ち明けたくもなったけど…自分のスタイルとしてトークで笑いを取りづらくなるのも嫌なのね。
偶然に過ぎないことだろうけど、
デビュー周年記念の5年ごとに。
父、ハヤブサ、兄……。
45周年の今年はとうとう母が……。
なんの因果か、ハヤブサ選手の命日と同じ3月3日の雛祭りにね。
我が母ながら、とてつもなく優しい心の人。バカなほど純粋で、子供みたいに可愛い人。
なだけに尚更…。つらい……。
僕だけに起きることでもないのに
すみません。
大丈夫です。
また、もっと、心で歌っていきます。
まずは、3・27琴似、3・28白石で、星空に歌を降らせます。
ありがとう!!!
みんなも元気で!がんばれよ!!
簑谷郁子
雅彦

毎日ふとした瞬間に思い出す日々。
みのやさんのライブに行き思いっきり泣くって決めていたけれど 今回は仕事が忙しくてライブに行けませんでした。
大丈夫じゃないですよね。でも大丈夫って言い聞かせないと!毎日を過ごせない。。。。。。
お母さん。きっとみのやさんのお母さんでいれたことを幸せに誇りに思って旅立たれたと思います。あの世で自慢のされていると思います。
まだきっと隣にいて見守ってらっしゃると思います。なんかふわって感じませんか?
アルツハイマーの母の最後の言葉。
あんたは、あんたのお母さんに似て明るくてよく気が効くね でした。
私のことを忘れてしまった母が 他人として見た私のことをそう言ってくれた。
そう言われたら 明るく人に気を配り生きていくしかないですよね😃
母は 私のことを分からないことが多くなった時 みのやさんのライブに行くと言うと
ちゃんと学校の宿題してから行きなさいよと言いました。女子高生の頃から大好きだったので その頃のみのやさんを思い出したのでしょう。
みのやさんのお母さんとあの世で きっと仲良くなれると思います。穏やかに楽しくやってもらいましょう。母に伝えておきますね