February 09, 2007

金星

 息苦しさに耐えられず、夜中に目が覚めた。

 ここ1年ぐらいは、そんな夜が続いている。大抵、フラッシュバックした過去と、その幻影が私を苛む夢と一緒になって。

 離婚した妻の怒り顔、そして元妻に引き取られた愛娘が最後に私に向けた蔑みの目、人事部長としてかって私が引導渡した同慮や部下の恨みの篭った視線、そしてさらに昔の若かりし頃に泣かした女の顔、傷害事件を起こした私を警察から引き取ったときの両親の呆れと蔑みの混じった顔。
 その顔を思い出すたび、私の心臓は締め付けられ、かって恨みを買った人間の体重が二つの肺を押しつぶされた感じになり、あまりの苦しさに、「いっそ殺してほしい」と思い「殺してjくれ!」と夢の中で叫ぶ。

 ただ、その叫びは常に現実に叫んでて、心臓の痛みと息苦しさは生々しく私の身体に痕跡を残し、夜中に目を覚ます日々が続いてた。目を覚ましたら、俺にのしかかってた人たちが見事なまでにいなくなるのも同じだった。

 今の私は、単身用のアパートで、わずかながらの年金をもらいながら、一人で生活している。世間的にはもう老人といわれる年だ。妻は、私が定年退職したと同じ頃に、私に離婚届を突きつけて、私は今まで住み慣れた家を追われ、この安普請に転がり込むしかなくなってしまった。
 妻から離婚届を突きつけられたときは、まさに飼い犬に手をかまれたという感情におおわれてしまった。それまでの妻は、私の言うことだけにただ従い、結婚し、娘ができてからは仕事も辞め、専業主婦の座におさまっていた。
 家にはきちんと金を入れてる、時々派遣社員の女の子をつまみ食いすることもあったけど、妻にはバレたことはなかった。そして、仕事はいわゆる有名企業の人事部長まで登りつめた。家に入れる金も、決して少なくない。

 少なくとも、妻と娘には金の苦労はかけさせた覚えはまったく無かった。
 確かに、仕事に明け暮れてて、家のことを顧みないといえば、違うとは言えないけど、妻と娘にいい暮らしをさせるにはそれしかなかったと今でも思ってる。
 離婚するとき、妻は私に「あなたは私を家に閉じ込めて、私の人生を奪った」と言ってるけど、私はそんなつもりは一切なかったはずだった。
 そして、離婚に至っては、娘までが妻の肩を持つようになって、さらに妻は弁護士までつける始末で、その結果、私は退職金の半分と、今まで住み慣れた家を失った。
 そして、この六畳一間に住んで、もう3年になる。

 離婚してから、妻も娘も一切連絡が途絶えてしまっている。
 そして、私を襲ったのは離婚だけじゃなかった。退職してから気づいたことなんだが、私に友達と呼べる人間がほとんどいなかったことに気づいた。同僚も部下も、まったく連絡が途絶えてしまって、しばらくして、私は物凄い孤独感に苛まれるようになった。そして、私はしだいに、必要なとき以外は外出しないで、この六畳一間に引きこもってる生活が当たり前になってしまっていた。

 無駄に時間のある中で、私の視線は未来じゃなく、いつしか自分の過去に向かって、振り返る毎日が続いていた。
 決して豊かでない家庭で育ち、お約束のように非行三昧だった少年時代。家が貧乏でいじめられて、いつしか信じるものは自分だけ、自己表現の手段は他人を殴ることだけだった少年時代。
 なんとか入った高校も少年院送致で退学になり、塀の中でやることなくて勉強して大検資格を取り、三流大学になんとか滑り込めたけど、家が貧乏で、勘当されてた身では、勉強以前に、学費と日々の糧の調達に明け暮れるしかなかった。バイトと家と学校の往復。そしてなんとか一流企業に滑り込んだ。
 一流企業といっても、足の引っ張り合いは当たり前のようにあった。営業畑にいた頃は、商談成立のために、当時付き合っていた女を取引先の慰み者にしたりとか、ライバル企業のネガティブな情報を取引先に流したり、役人相手には賄賂を使って、なりふり構わず営業成績を上げて行った。
 結婚するにしても、愛情があって結婚したわけじゃない。妻の父親が当時のお偉いさんの身内だったんで、自分の出世に役立つだろうという打算が最初にあった。愛情なんて後で持てばいいと思ってた。

 それ以前に、今まで他人に愛情持ったためしが無かった。人は情についてくるんじゃなく、利にしかついてこない。そう思って生きてきた。
 結婚してからも、出世するためには他人を出し抜いてきた。そうしなきゃ生きていけないと思ってた。
 いつしか、出し抜いてきた相手が落胆してるのを「しめた」と思うようになっていた。、そして娘が生まれ、いつしか私は人事部長にまでなっていた。
 人事部長の頃は、いわゆる首切りが私の仕事だった。働きの悪い人間を会社から追い出すだけだと思い、標的を辞めさせるためには、それもなりふり構わずやっていた。
 勧奨退職じゃ、退職金が多い分、役員の受けが悪くなる。一番いい方法は、自ら辞表を出させるやめ方だ。相手に落ち度がある場合はなおいい。金で女を使い、痴漢の冤罪でっち上げて辞めさせたり、対象者の言動を逐一チェックして、就業規則を最大限に拡大解釈して、対象者を嵌めていた。
 そして、最後に私が肩たたきにあい、その上妻にも肩たたきにあったわけだ。

 過去を振り返り始めたころは、周りに対する憎悪しか頭に無かった。
 六畳一間に移って2年後ぐらいから、私は、夢を見るようになった。最初は顔のない人間が私に涙ながらに詰め寄ってる夢で、それが続くうち、夢に出てくる人間は顔を持つようになり、そして、実体を持つようになった。
 時々、妙な息苦しさを感じるのもその頃だった。

 夢に出てくる人間が顔を持つようになった頃、目が覚めるたびに息ぐるしさを持つようになっていた。
 息苦しさは日々を追うごとに酷くなって、そして、今度は夢の中に私自身が出てくるようになった。

 夢に出てくる私は、顔も醜いけど、何よりも行動が醜かった。怒りと驚きでいっぱいだった。まさにゴキブリより醜いといっていいだろう。夢の登場人物が増える頃、この私の醜さは、かって私がやってきたことだということに気づくようになっていた。
 それからというもの、昼は私の過去の悪行をフラッシュバックするという毎日で、夜は、かって私が苦しめてきた人間に締め上げられる夢を見、心臓の痛みと、息苦しさに目が覚めるという毎日だ。
 そして、それは今でも続いている。

 ただ、今日夜中に目が覚めたのは、いつもと違う感じだ。
 いつもは悪夢にうなされるんだが、今日は夢を見なかった。そして目が覚めたとき、何か温かいものに包まれるような感じがした。息苦しさもまったくない。

 温かい感触に身を包まれてるうち、隣の部屋からラジオが流れているのに気づいた。
 ゆったりとしたシャッフルのリズムで、ラジオからこんな唄が流れていた。
「最後に笑うのは正直な奴だけだ
 出し抜いて 立ち回って
 手に入れたものはみんな
 すぐに消えた」

 いつもは唄に心動かされることはない私だけど、この唄には心動かされ、気がついたら目尻から涙が伝わり落ちていった。
 ああ、そうなんだよな。 まるで今の俺の人生がそんな感じだ。
 汚いまねして立ち回って定年迎えても、稼いだものは全部消えて、残されたのはわずかな家財道具と六畳一間だけだった。なんで、俺、こんな風になっちまったんだろう。
 できることであれば、もう一度生まれ変わって、今度は自分に正直に生きて生きたいよ。

 そして唄は続く
「ねえ この夜が終わる頃 僕等も消えていく
そう思えば 僕にとって 大事なことなんて
いくつも無いと思うんだ」

 私は、その唄が流れていく間、自分は今日死ぬんだという予感にとらわれた。
 息苦しいんだけど、それ以上に温かいものに包まれる感触が気持ちいい

 私の頭の中に、少年時代に家を抜け出し、朝方まで遊んだ夜明けの景色が思い浮かんだ。
 漆黒の空が青みを帯びて、そしてだんだん紫になり、少しずつ明るくなる。
 それと反比例して、夜空を彩ってた星が少しずつ明るさを失い、紫の空の中に紛れ込んで見えなくなっていく。
 そして、完全に星が空の中に紛れ込んで見えなくなる頃、東の空からオレンジ色の光が少しずつさしていく。

 そう、私はこの景色が好きだったんだ。懐かしく、心の汚れが洗われるような気持ちにつつまれるこの瞬間が。
 
 布団に横たわったまま、窓からみえる外の景色を見た。
 窓から見える空は、漆黒というより、青紫色になっていた。
 私の身体は動かないけど、かすかに残ってた息苦しさも、今はもうなくなっている。そして、私の背中が軽くなってる感じだ。まるで3センチぐらい浮いてるような感覚だ。
 ああ、私はもうすぐ死ぬんだとはっきりと確信したけど、不思議なことに恐怖や後悔の気持ちはぜんぜん浮かんでこなかった。子供の頃、外で遊んで、夕暮れに家に帰るような感覚だ。
 金星とともに私は消えるだろう。結局、最期に残ってるものは何もない私の人生だったけど、それでいいんだって感じがする。ああ、私は帰るんだな、本当に私が戻りたかった場所に。
 
 そして、私は瞳を閉じた。瞼の裏にある風景は昔見た、夜明けの景色だ。
 瞼の裏の景色が夜明けを迎えるとき、私はどこで目を覚ますんだろう。

 もし目覚めたら、今度は自分にも他人にも正直に生きるんだと思いながら、今、夜明けのときを待っている。
 いつしか景色は川の前の渡船所になっていた。夜明けまで舟がくるのを待つ。

 渡し舟に乗った頃、夜明けはやってくるだろう。

※文中の歌の部分は、ELLEGARDENの「金星」を引用した。

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March 14, 2006

誕生日-Side A



 女の子って、マジわからねえ。

 その子は、オレの1学年上の隣の家の子で、和実っていうんだけど、元々仲は良かったんだ。ガキの頃からずっと遊んでたって感じ?それは、オレが中学校入ってもあんまり変わらなかったし。多少違うのは、お互い部活動が別だったから年中べったりって感じでもないし、中学校って学年違うだけで付き合いも違うから、あまりのべつまくなし一緒ってわけじゃなかったけど、それでもよく辞書の貸し借りとか、授業で使う地図の貸し借りとかで行き来してたって感じ。で、お互いの部屋に遊びに行くっていう、いわゆる仲のいい友達ってノリだったんだ。オレが1年の頃までは。少なくともオレはそう思ってた、向こうはどうかわからねえけど。
 ちょっと感じが変わったのは、俺が中2になってからのことだったんだ。その頃、オレの友達でも彼女ができる奴がいたりとかして、クラスも浮き足立ってたと思う。
 誰某と誰某がくっついたとか、休み時間よくクラスの女の子が言ってた。オレたちはあまり気にしてなかったけど、俺たちの中でも、女の子といちゃついてる奴は結構バカにされていたんだ。というか男同士で遊ぶ方が楽しいしね。
 そんなときも相変わらず、和実はオレのところに来て、辞書や資料を借りに来てた。ただ、中一の頃と反応が違うのはときたま冷やかす声が聞こえ、二人であわてて、「そんなんじゃねえよ」って返すってのが多くなったことなんだ。それに、同じ学年の女の子からも「貴志ってさ、和実先輩と付き合ってるの?」とか「和実先輩と仲いいね。」って言われることが多くなってきた。
 「そんなんじゃねえよ、誰があんな凶暴な女と。」と大体オレが切り返すんだけどね。誰が付き合うかよ、あいつかなり気が強いし、オレよりも背が高いんだぜ。顔は・・・みんなかわいいって言うけど、本当か?オレには良くわからない。大体、一緒に部屋にいるといっても音楽聞いたり、俺の部屋でマンガ読んでたり、一緒に自転車乗り回したりって感じだもんな。とてもじゃねえがそんな色気のねえカップルってあるのかよ。
 それに、和実と遊ぶよりも、同じサッカー部の連中と遊ぶことが多いし。オレから見たカップルって、正直おちょくる対象にしか見えないんだよな。だって、人目をはばからずべったりだぜ、カッコ悪いよ。
 だいいち、和実とオレがくっつくなんて、とてもじゃねえが想像できねえ。年がら年中憎まれ口ばかり叩きやがるし。和実のやつ。一学年上なのをいいことに結構うるさいしね。
 季節は秋になった。十一月はオレの14歳の誕生月だ。どうでもいいことだけどね。テレビドラマでも、秋は何故か恋愛ドラマが多く、クラスの女の子は休み時間にドラマの話ばっかりやってた。オレはドラマよりも、サッカーとTVゲームに夢中だ。そりゃ、エロ本ぐらいはベッドの下に隠してたけどね。学校の女の子はアウトオブ眼中というか。
 あれは忘れもしない、オレの誕生日のことだ。
 オレは放課後、クラスの女子から呼び止められた。「一体何だろう?」と思いながら、その子にくっついて校舎裏まで歩いていったんだ。
 そこにいたのは、もう一人のクラスの子で、顔を真っ赤にしながら、もじもじした感じで、オレに手紙を渡したんだ。「あの・・・これ・・・。」って。
 オレは驚いた。「ありがとう、家に帰って読むけど、返事は後でいいかな。」というのが精一杯。その子よりももっとオレの頭の中にあったのは「やべえ、誰かに見られてないかな。」って思いだ。友達に見られたら洒落にならねえ。
 家に帰って、ベッドに寝転がりながら、俺は手紙を読んだ。まぎれもなくラブレターって奴だった。そんなのもらったの初めてだ。
 第一、そのクラスの子とはあまり話もしないぐらいだった。オレ達と違うグループって感じだったし。付き合う、付き合わないといっても、全然ピンとこないよ。
 ふと頭に思いついたのは、和実のことだった。奴にだけは何故か見られたくない。他のことでは多分親友といえるぐらいだと思うが、これだけは別だ。
 手紙持って、しばらく物思いに耽ってたら、部屋のドアを開ける音がして、オレは振り返った。
 そこには、いつものように和実が立っていて、オレは急いで手紙を枕の下に隠した。
 ガキの頃からよく家を行き来してたんでオレの親も和実が遊びに来ることについてはフリーパスだった。もちろん、オレが和実の部屋に行くのもね。もっとも最近は和実も受験があるんで、そうそう遊びにはいかなくなったけど。
 「貴史〜。何隠してるのよ。わたしに見せられないもの?」和実は言いながら、枕に手を伸ばした。
 やべえ、見られたら困る。何故かはわからないけど、和実には見られたくない。
 「和実には関係ないだろ!」オレは枕を掠め取るようにして思わず怒鳴ってしまった。考えて見ると和実に怒鳴るなんて初めてだ。
 和実は枕を奪い損ねた反動で、ベッドにすわり込んだ。あわてて立ち上がり、オレは和実を見た。いつもの和実の顔じゃない。
 「・・・どうしたのよ、貴志。何かあったの?」和実は不安げに訊いてくる。
 「・・・ごめん。何でもないんだ。ところで和実、今日はいきなり来たけど、何かあったん?」オレも聞き返した。大体は「おーす。」って感じで入ってくるからね。今日みたいにいきなり入るなんてそうそうない。
 「貴志、わたしね、第一女子の推薦が決まったんだ。」と和実が言った。
 第一女子か・・・オレ達の学区ではかなり頭のいい私立校だ。もしオレが女だったとしても入るのは無理だろう。続けて和実は言った「貴志とは高校が別になるね。」って。
 「第一女子だったらすげえじゃん。おめでとう、和実センパイ。」マジで脱帽もんだ。「学校別になってもまた遊べるじゃん」
 和実は返事しなかった。一体どうしたんだよ。様子が違うぞ?
 「・・・貴志が読んでる手紙って、誰からもらったのよ?」半分切れかけた声で和実がオレに訊いた。
 「和実、見てたのかよ。和実には関係ないだろ?俺が誰から手紙もらっても。」和実のやつ、今日はなんかおかしい。いつもだったらそんな反応じゃねえ。
 「・・・関係あるもん。貴志が他の女の子と仲良くするのが嫌なの!」和実はオレの首根っこに抱きついた。

 和実のアクションに、オレはパニックになった。これって、和実がオレに気があるってことか?わけわからねえ。和実の体がオレに密着する。しかも泣いている。和実の胸の鼓動とか柔らかな体に気づいた俺も、和実に対して、女の子なんだって改めて思ったんだ。
 いや、「女の子」ってひと括りにはできない。なんかいとおしいような、変な感じ。守ってやりたい感じ。小動物みたいな感じっていうのかな。
 上手くいえないけど、いつもと違う感情持ってるのは確かだった。

 オレの首根っこにしがみついたままというのは、絶対にオレに泣き顔を見せたくないっていう和実の意思の表れなんだろう。その辺の気の強さは和実っぽいというか。
 オレにできることは、和実が泣き止むまで、このままにしてるだけだった。
 それにしても、和実って、オレに対してこんなこと考えてたのか、オレは初めて知った。

 泣き止んだ和実がオレに言った。
 「ねえ、貴志って、わたしのことどう思ってるの。ただの友達なの?」
 
 そんなこと言われてもオレには答えようがない。友達とひとくくりにするには仲が良すぎるし、それに今頃になって改めて女の子だというのを意識したぐらいだ。
 オレが黙ってると、和実は畳み掛けた。「来年からは貴志は3年、あたしは高校生になるんだよ。高校だって貴志とは別の学校になるんだし。ねえ、貴志、あたしのこと好きなの?」

 嫌いだったらそもそも友達にすらならない。なんだかんだといっても和実とすごす時間は長い。これだけでも特別な存在だろう。はたから見れば。
 好きだといえば好きだが、それが恋愛感情かといったら、今までは別の話だった。女として見れなかったから。だけど、目の前にいる和実は、紛うことなく女の子だ。っていうか女として見れば、正直言って好きになってるのかもしれない。何か柔らかくてやさしいというか。
 手紙をくれた子には悪いが、その子のことはオレの頭からぶっ飛んでいた。
 
 オレは考えた挙句、こう言った。「オレは・・・和実が好きだよ。女の子として。」
 なんか変な感情だ。いつもは恐ろしく気が強い和実が急におとなしくなってる。何か抱きしめたい感じ。
 小動物相手してるのとも違う感情。

 和実はオレに訊いた。「・・・じゃあ、アタシと付き合ってくれるってことなの?」
 オレは言った。「ていうか、オレの彼女になってください。」
 更にオレは言った「そういうのって男が言うもんだろ?」

 「ガキのくせに生意気ね。あたしも貴志が好き。ずっと一緒にいたいよ。学校別々になっても一緒だよね。」 一度オレから身を離した和実は、いつもの表情でこう言った。
 いや、いつもの表情じゃない。すごくかわいく感じる。和実ってこんな可愛かったっけ?

 オレは柄にもなく胸がバクバクいってる。
 そして、和実はオレに言った。「あっ、貴志、誕生日おめでとう。ちょっと目を閉じてくれないかな。」
 おとなしく目を閉じたオレに、和実はオレの首に手を回して・・・。
 
 唇に柔らかい感触。えーと、これってキスって奴?
 ていうか、こんなのやったことねえよ、オレ。どうすりゃいいんだ?

 とりあえず和実をぎゅっと抱きしめた。和実の体の感触が心地いい。なんか胸が当たってるんだけど。
 えーと、思い出した。オレが見てたエロ本だったら、舌を入れるんだよな?その後。
 恐る恐るオレは和実に舌を入れて見た。何度か舌でノックするうちに和実の舌がオレの舌に絡んでくる。和実の舌の感触とたどたどしい感じが妙にオレを興奮させる。
 しばらくして、お互い唇を離した。そして和実は言った。
 「わたしだってはじめてなのに・・・。ディープキスなんて・・・どこで覚えたのよ!貴志のエッチ!」
 怒ってるにしては妙にかわいらしい感じ。そして和実は言った。
 「いい?わたし以外にこんなことしたら許さないからね!」

 顔を赤らめて言う和実をからかうように、今度はオレのほうから和実に接吻した。

 接吻がレモンの味ってよく聞くけど、全然違うじゃん。
 むしろシャンプーの香りってのが正しいんじゃないのかと思いながら、ああ、これが恋愛ってもんなのかと思った。
 そして、それは思ったよりも悪くはない味だと思った。
minority1 at 17:56|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)短編 

November 02, 2005

OVER THE RAINBOW



 オレの腰の下の単気筒は、スロットルをひねる毎に荒々しい咆哮を上げつづけている。昨日オレが命を吹き込んだこの単気筒四百CCの鉄の馬はひたすら曲がりくねった坂道を登り続ける。
 雨が上がったばかりの空気がオレに心地よい風を運んでくれていて、俺は風の心地良さを感じながら、はじめてこの鉄の馬と出会った半年前のことを考えていた。
 その頃のオレは、いわゆる野球少年崩れってやつだった。ガキの頃から野球だけは得意だった俺は、高校もいわゆる推薦入学って奴で、生まれた場所から数百 キロ離れた地方都市で、それこそ鉛筆もって勉強するかわりに、ひたすらボールとバットを握ってるような生活を送っていた。
 まさに丸一日といえる練習、ひたすら繰り返される遠征試合、そして地区大会、更に甲子園と、名実ともに野球漬けの生活を送っていたオレは、甲子園の土を 踏むことであり、将来も出来ればプロ、最低でもノンプロで野球だけやって生きていくことを夢見てた野球少年の鏡ともいえる少年だった。
 真夏の練習で、途中で夕立になり、ベンチで休憩する間、くたくたの体にスポーツドリンクを入れ、フラフラの中ひたすら渇きを潤す。
 雨はいつしか止み、戻ってきた青空の上につくられる一筋の虹。練習再開の合図ともいえるこの風景がオレは大好きだった。

 だが、今はもう手に入らない風景だ。
 忘れもしない、1年前の夏。当時高校2年のオレは、甲子園の出場がかかっている地区大会のスタメンにピッチャーとして選ばれていた。そのこともあって、 張り切って投球練習に励んでいたときのことだった。不定期に肩と肘に感じる違和感に不吉なものを感じながら、疲れすぎだろうと俺はアイシングでその場を凌 いでいた。
 だが、痛みの間隔は段々短くなり、そして激しくなった。もう地区大会も入ってることもあり、オレは痛みを隠しながら、試合に出て、練習に励んでいた。
 今、肩をやってることがわかったらスタメンに入れない。その恐怖感が大きく、オレは痛みをごまかしながら投げ続けていた。破滅の足跡を感じつつ。
 完全に破滅したのは、地区大会準決勝の前日のことだった。投球練習したとき、いつもより更にきつい激痛がオレの肩と肘を襲い、俺はあまりの痛さに肩を押えて蹲ってしまった。
 病院の医者の宣告は、予測していたものとはいえ、すごくショックだった。具体的な内容は覚えていないが、はっきり覚えてることは、「野球をやるのは絶望 的だ」ってこと。しかも直る頃にはもう高校生活が終わってしまうということだし、直るかどうかもわからないってことだった。
 野球しか取り得がない俺にとって、野球を奪われることは、正直言ってオレの存在意義がなくなるってことだ。ましてオレは野球推薦で高校に入った身だった。野球だけで入ってる奴が野球できないってことは、歌を歌えないカナリアのようなもんだ。
 歌を忘れたカナリアは飼い主に捨てられるのだが、オレは学校から捨てられた。
 学校での居場所がなくなるのは時間の問題だった。退学届を出したオレを引き止める教師は誰もいなく、かといって他の高校に転校するにしても、転校できる高校自体がほとんどない。
 学校以外に知り合いのいないこの町を出て、俺は生まれた町の生まれた家に戻った。
 だけど、家にもオレの居場所はあるはずもなかった。両親は一見オレに気を遣うようだが、目の奥には、オレで一儲けする当てが外れたという失望が見え見え で、「おまえは負け犬だ」と心の中で思ってるのが見え見えだった。夜に街に出て、朝帰って寝るという生活になったのは時間の問題だった。
 その頃はいつも苛々してて、金がなければ家から持ち出すか、他人から恐喝するかという生活。そして、野球で鍛えた体が喧嘩に役立つことを知ってからは、喧嘩ばかりしていた。
 そして、オレの周りは似たような奴が集まり、コンビニにたむろして、金がなければカツアゲ、そして引ったくり。球を打つためのバットが、金を奪うためのツールに代わるのは時間の問題だった。

 ただ生きてるだけという表現がふさわしかった。目的も夢も未来も無い。ただ出口の見えない暗いトンネルを歩いている感じ。かといって死ぬのもめんどくさい、まさに八方ふさがりな感じ。
 引きこもろうとしても、既に家を追い出されて、アパートを借りている状況だ。とりあえず食わなきゃならない。オレはいくつかのバイトを掛け持ちして、糊口を凌いでた。
 そんなオレを変えたのは、この鉄の馬との出会いだった。

 そいつと初めて会ったのは、雨宿りに使った橋の下だった。サビだらけでシートもボロボロのその車体は雨に濡れていて、おまけにシートには草が生えている始末だった。
 この姿が、妙にオレの心に焼きついた。ボロボロで主からも見捨てられた単車。今のオレのようだった。
 今もって何故こんなことをしたのかがわからないが、雨が止んで、オレはアパートまでその単車を運んで行った。単車は錆び付いてて、押して歩くのも一苦労だった。
 だが、雨上がりに単車を押し歩き、ふと空を見たら虹が見えたその時、オレはやりたいことがひとつだけ出来た。
 この死に掛かった単車を、オレが再び息を吹きかえらせてやることだ。
 あ、間違えた、やりたいことはふたつだった。
 免許取らなきゃ走れねえからな。免許も取ることもそうか。

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 やりたいことは出来たのだが、先立つものは金だ。金だけじゃないという人もいるが、それでも最低限の金は必要だ。一人暮らしを始めてからオレはそれを痛感していた。
 金がなければ他人の倍働けばいい。俺は昼も夜もバイトに明け暮れていた。昼は工事現場で、そして夜は週4でファミレスと。とにかく教習所に行くだけの金がなければ話にならない。
 ファミレスのバイトを選んだのは、夕飯がタダだからだ。そして仕事休みのときは教習所と。結局、免許を取ったのは11月だった。免許を取って、更にオレは単車にのめり込んで行った。風を切る快感は何者にも換えがたかった。
 免許も取ったオレがやることはひとつ。死にかけた鉄の馬をオレの手によって生き返らせることだ。幸い、工事現場のバイトも期間が終わり、そのかわりファミレスのシフトを長めに組んだ。これで食うには困らない。
 まずはこの鉄の馬の素性だが、エキパイが1つで、スポークホイールといえば、種類は限られる。フレームから見るとGB400かSR400、前輪がドラムブレーキということはSR400だろう。
 これはついている。カスタムパーツが多いから、組みなおすには部品に不自由しない。
 だけど、とりあえずマトモに走る状態に直すのが先だ。まずは外装をマトモにしよう。そう、長年風呂に入ってない鉄の馬を風呂に入れて、長年の垢を落とそう。

 手始めに、さび取りから始める。さび取り自体は実に単純だ。市販のさび取り剤で錆びを落とし、更にCRC5-56でさび止めする。それだけのことだ。錆び取りでもろくなったらその部分を交換する。ただそれだけ。
 問題は、さび取りが必要な範囲がやたら広範囲なことだった。ホイールだったらスポークの一本一本、シリンダーは襞の一本一本までさびを取らねば意味がない。そして、ボルトナットも一本一本さび取りをし。車体をバラバラにする。とてもじゃないが時間が必要だった。
 だけど、その辺は問題なかった。季節は冬に入り、冬は雪が降るこの街では冬に単車に乗れないからだった。 春になった時点できちんと組めれば問題がない。
 
 単純作業で済むさび取りと対照的に厄介なのは、エンジン、サスペンション等の駆動系のレストアだった。専門知識がゼロに等しい。中学校の技術家庭である程度はやってるが、半分忘れている。
 オレは整備関係の本を買いあさり、さび取りの合間など暇があるときは読みふけっていた。そしてサービスマニュアルも買った。レストアには欠かせないモノだからなあ。要はプラモデルの設計図みたいなもんだ。
 プラモデルだって、設計図が無けりゃ完成することもままならない。
 オレは貪るように知識を吸収して行った。学校にいたころはろくすっぽ勉強してなかった俺だけど、整備の勉強は本当に楽しかった。まさに寝る時間を惜しんでって感じ。
 手始めにはサスペンション周りだ。フロントフォークのオイルとスプリングを交換し、オイルシールを貼る。文章で書くとこれだけのことだが、個人でやるに は色々と道具が要る。バイト仲間に単車乗りがいて、そいつが出入りしてる工場の道具を使わせてもらうことにした。SRのレストアの話をすると皆興味津々の 上、何かと協力してくれた。実際、工場使わせてもらって使用料請求されたことがなかったし。整備工場の整備士も色々と教えてくれたりした。
 さらに、見習いとしてここで働かせてもらうことになった。ファミレスのバイトは時間的に無理なので辞めた。
 オレは、忘れていた人の心の温かさを改めて感じることができた。仕事の空き時間は全てSR400のレストアに充てる日々が続いた。
 エンジン周り以外の錆取りが終わった頃、オレは、折角レストアするのだから、オレ好みに改造して、俺だけの鉄の馬にしようかと考え出していた。幸いSR400のカスタムについては、多くの本やネットでの情報もある。大きく分けると3つに改造パターンは分かれる。
 ひとつは、ブリティッシュロッカースタイル。
 イギリスのバイク、トライアンフのように古いスタイルを残しながら改造するパターンだ。これだったら、パーツも出回ってるし、比較的ノーマルに近い状態なんで、レストアも楽だ。
 もう一つは、カフェレーサースタイル。
 メタリック系の派手なカラーリングに、セパレートハンドル、バックステップを備え、必要最小限の部品のみで構成され、更にカウリングもまとった、60年代のレーサースタイル。これもいい。確かにレアで、かなり手を加える必要があるが、あまり乗ってないスタイルだ。
 最後に、ダートトラッカースタイル。
 アップハンドルと、必要最小限のパーツのみ実装したスカチューン。ノリはTW200に近い。これはオフロードにも使えるが、改造が半端じゃない。オレのスキルでできるかどうか。

 どれもオレにとっては魅力的だ。都会を走る馬車馬にレース用の競走馬に野生を走る暴れ馬。どのスタイルにしてもいい。
 オレは自分のことを考えた。肩を痛めた末に学校も家も居場所なくしてドロップアウトした元野球少年。野球選手になる夢を失くし、学校もドロップアウト。 いわゆる「普通のサラリーマン」になるにも、野球やってる割には協調性はゼロに等しい。これから先もオレの人生は舗装された道じゃなく、荒れたオフロード だろう。
 荒れたオフロードをオレと共に走る相棒は、やっぱりオフロードに強い相棒がいい。

 オレはダートトラッカースタイルにすることにした。あとはどの色にするかだった。フレームは青みかかった黒にする。マットじゃなくクリア仕上げで。タン クはどっちみち交換だった。タンク内部の錆は半端じゃねえし。丁度ネットオークションでいい感じのタンクを見つけたこともあったし。ノーマルよりもタイト なスタイルのやつ。色はオレンジがかったイエローにしよう。そしてハンドルもバーハンドルのいい出物を見つけていた。
 タイヤはブロックタイプの奴を、もう手配している。
 とりあえず外装は確定だ。あとはエンジンとマフラーだった。

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 エンジンは、この鉄の馬の心臓にあたる。どんなに外見が良くてもエンジンが駄目だったらどうしようもない。まして、こいつは一度死んでしまっ たエンジンだった。まずは分解して、マトモな状態に戻さなければ意味が無い。俺は、サービスマニュアル片手にエンジンを分解し始めた。鉄の馬の心臓手術 だ。
 シリンダーブロックを割って、シリンダー内部を覗いた。素人のオレでもわかるぐらいひどい具合だった。
 まず、吸気バルブと排気バルブ、カムチェーンは錆び付いてて固まってる。そりゃ動かないわな。幸いカムシャフトは錆び付いてはいない。こいつは使えそうだ。
 そしてピストン。鏡のように綺麗に光っている。ピストンリングはもちろん交換するとしても、意外と手がかからない。ピストンヘッドを取り出したとき、オレは感動で震えた。
 ああ、こいつがこの鉄の馬のコアかと。
 必要な部品をメーカーに手配し、到着次第組み立てる。サービスマニュアルと整備の市販本と首っ引きしながら。プラモデルなら設計書見れば一応完成までこ ぎつけるのは難しくないが、エンジンのオーバーホールはそうもいかない。それに、ほとんどの部品を入れ替えるに近い行為なので、金が尽きて次の給料日まで 部品が手に入れられなくなることもしばしばあって、なかなか進まない。
 一方、マフラーはもう決まっている。スーパートラップを入れる。スパトラだったら結構安いというのもあるが、何よりも音がイイ。
 エンジンのオーバーホールは焦ることもなかった。どっちみち今は冬で、春までにはまだ時間があった。

 春、桜が満開の頃、ようやくSR400も、見事に組みあがった。
 次は馴らしだ。それ以前にエンジンがかかるかどうかチェックしなきゃならない。オレは改めてSR400を見る。オレが拾ったときと大違いだ。ボロボロだった車体が見違えるぐらい今はピカピカだ。
 改めてペイントしなおした瑠璃色のタンクが美しかった。そしてブルーメタリックのアップハンドルに、限りなくフラットでタイトなシート。
 そして、余分なものは一切ないこのスタイル。
 ふとこの鉄の馬と出合ったころからのオレの人生を思い浮かべた。学校も家も追い出されボロボロだった俺がやりたい仕事を見つけ、いい仲間に恵まれるようになるまでの道程。まるでこの鉄の馬じゃねえか。
 オレはこいつとずっと走り続けて見せる。こいつはオレの分身だ。
 
 組みあがった鉄の馬にオレはまたがり、キックレバーに足をかけ、軽く下ろしたところ、途中で詰まった感じがし、ピストンが上死点にたどり着くのを感じた。
 そこでオレは左のグリップ近くにある小さなレバーを握る。エンジン内の圧力がすこし軽くなった気がした。 ひとつ、ふたつと数え・・・俺は地上から飛び跳ねる時のようにおもいきりキックレバーを蹴り落とした。

 その時、鉄の馬は太い咆哮を上げ始めた。こいつが息を吹き返した瞬間だった。オレはギアをローに入れ、鉄の馬を走らせ始めた。目的地は決まってない。ひたすら走るだけだ。
 
 鉄の馬は山道を走る。雨上がりの山道、まだ道が濡れている。鉄の馬は峠にさしかかる。
 峠でオレは鉄の馬を止め、周りの景色を見た。
 右手と左手に見える山には山桜が咲いていて、山を繋げる橋のように虹の橋がかかっている。そう、オレがこいつと出合ったときも虹がかかってた。
 ふと思った、この虹の彼方に向かって走って行こうと。

 オレは再び鉄の馬に火を入れ、虹に向かって走り始めた。
 
 

minority1 at 13:53|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)短編